「あっはい、そうですよね、そうですよねー……」

 村長は目を閉じ腕を組んでうーんと唸る。

 伊達に70年も生きてはいない。

 ある程度の嘘は見破れるし、人を見る目もそこそこにあるはずだ。

 荒唐無稽な話だが、ムツヤが嘘を言っているようには見えなかった。

 気まずい沈黙が流れ、それを打ち破る為にモモは提案をした。

「ムツヤ殿、今日はひとまず夜も遅いので私の家でおもてなしをさせてくれないか? 大したもてなしは出来ないでしょうが、私がいれば村のバラのような考えのオークも馬鹿な真似はしないでしょう。村長よろしいですか?」

 モモが確認を取ると村長はゆっくりと頷いた。

「ムツヤ様の話、私は信じましょう。今は村がこんな状態でお礼もおもてなしも出来ませんが、戦士も命がある者は全員傷が癒えた。見回りは他のものに任せる、モモ出来る限りのもてなしを頼むぞ」

 「かしこまりました」とモモは元気良く答え、それでは失礼しますと村長に一礼した。

 それに見習いムツヤも一礼すると、村長は立ち上がり礼を返す。

「いやー、今日は外で寝るようかと思いましだが、助かりました」

 ムツヤが嬉しそうにそう言うとモモは首を振った。

「恩人を野宿なんてさせたら一族の恥です。宿屋でもあれば良いのですが、私達の村は何も無いへんぴな場所にあり、旅人も来ないのでそういった施設が無いのです。私の家で本当に申し訳ないのですが……」

「わかりました、俺もお家で色々、もっとモモさんの事を知りたいので」

「い、色々とはなななんでしょうかムツヤ殿!?」

 突然モモの堅苦しい調子が崩れてムツヤは首を傾げる。

 またおかしな事でも言ってしまっただろうか。

「いえ、俺のことはもう大体は話しだので、ごの世界の事やオーグさん達の事まだ知らねんので……」

「そ、そうですよね、お任せ下さい!」

 ムツヤは連れられてモモの家の中に入ると、すっかり元気になったモモの妹ヒレーが出迎えてくれた。

「人間の方、先程はありがとうございました」

 着ている服だけを見ればとても可愛らしい、と思ってしまった自分をムツヤはまた戒める。

「ヒレーこの方はムツヤ殿だ」

「ムツヤ様ですか…… 改めまして私はヒレーと申します」

「あ、どうもどうも」

 ヒレーは可愛らしく両手でスカートを持ち上げてペコリとお辞儀をする。

 それに対してムツヤは頭を掻きながら愛想笑いをしていた。

「ヒレーも元気になりましたし、遅い時間ですが夕飯をごちそうしたいのですが、いかがでしょうかムツヤ殿」

「良いんですか!? ありがとうございます、もうすっかりお腹が減っていたのでありがたいですよ」

 (うなが)されてムツヤは椅子に座る。

 人間にとってはだいぶ大きめの木製椅子だ。モモは別室で鎧を脱ぎ、エプロンに着替えて台所に立つ。

「お姉ちゃん、私も手伝うから」

「ヒレーは病み上がりなんだ、大人しくしていて大丈夫だ」

「もー、ムツヤ様のお薬で本当にもう何ともないってば!!」

「わかったわかった、それじゃ皮むきをしていてくれ」

 ヒレーに押され、観念したモモだったがその顔は嬉しそうだった。

 ムツヤは椅子に座りボーッと台所を眺める。

 人に料理を作って貰うなんていつぶりだろう。

 じいちゃんが腰悪くなってからは殆ど自分が作ってたし、そういや勢いで外の世界へ来ちゃったけども、じいちゃんはちゃんと生活できてるのかなと心配にもなる。

 まぁ、飲むと元気になるっていうか、あのじいちゃんの腰が真っ直ぐになって走り回れる緑の薬をたくさん置いて来たし大丈夫だろうと自分に言い聞かせた。

「ムツヤ殿? ムツヤ殿、起きて下さい」

 ムツヤはモモに体を揺さぶられて目が冷めた。

 いつの間にか寝ていてしまったらしい。

 あまりに気持ちよさそうに寝ていたからそのままにしておいてくれたのだという。

 頭が段々と冴えてくるとムツヤの目の前にはいい香りのする料理が運ばれてきた。

 似たようなものは作ったことがあるがそれよりもずっと美味しそうだ。

「お客人が来るとは思わず、普段どおりの食事で申し訳ないのですが……」

 モモは少しバツの悪そうに下を向いて言った。

 妹を村を救ってくれた客相手にこの様なもてなしが精一杯の自分が恥ずかしい。

「いえいえ、美味しそうでずよ。モモさんありがとう、いだだぎます」

 皮肉を言われたのではないかと不安になったが、ムツヤ殿はそのような事は言わないだろうとそのまま感謝の意味としてモモは受け取る事にし、笑顔を作る。

「どうぞ、お召し上がり下され」

 ムツヤの目の前に出されたものは多分シチューと、焼き魚にソースが掛かった物。

 それと、見知ったものとは形は違うが、細長い物はパンだろう。どれも一応は食べたことがある。

 祖父には申し訳なかったが全てが今まで食べた物の数倍美味しそうだ。

 シチューを一口食べる。何の乳だろうか。

 元の世界では死体の残る怪物を捌いて取り出した薄い味の物しか飲んだことがない。

 初めて味わう深いコクとまろやかさ、それと、とても良く合う野菜たちの優しい甘みと食べごたえのある柔らかい肉にムツヤは感動した。

「こんなに美味しいものは生まれて初めて食べました」

「そんな、またまたご冗談を……」

 そう言ってモモは笑うが、ムツヤの顔を見ると、あながち冗談でもお世辞でも無いような気もした。

 モモは気付いたのだがムツヤは感情の全てがそのまま顔に出る。

「こっちの世界に来て本当に良かっだです、ごんなに美味じいものがあるなら毎日食べたいぐらいですよ」

 その言葉を聞いてモモはうっと小さく言うと顔を赤くして下を向いた。