「失礼ですが、勇者アシノ様ですか?」

「えぇ、そうですが?」

 若い男だった、アシノが返事をすると話を進める。

「私は村長の使いの者です。村長が勇者アシノ様に挨拶をしたいと言っているのですが……」

「わかりました、今からでも良いですか?」

「はい、ご案内します」

 男の案内でムツヤ達は周りの家よりも一回り大きい家に着いた。

「村長、アシノ様達をお連れしました」

 戸を開けて中に案内される。そこそこ立派な部屋に村長と思わしき老人が座っていた。

「おぉ、いらっしゃいましたか。本来であれば私から出向くのが筋ですが、足が悪くてですね」

「いえ、お気になさらず。お久しぶりです。あと彼等は冒険者仲間です」

 いつものかったるそうな態度は何処へやら、礼節の正しさは流石は勇者だなと思わせるものがあった。

「お仲間の皆様もどうも、それでアシノ様をお呼びしたのは……、お願いをしたい事がありまして……」

 村長は歯切れが悪く言った、当然アシノは聞き返す。

「ご依頼でしたらギルドを通して冒険者を募集なさってはいかがでしょうか?」

「いえ、実は内密にお願いをしたい事がありまして……」

「内密ですか?」

 アシノは訝しげに聞く、相変わらず村長は何かを言いづらそうにしている。

「その、実はですね……、村の1人が蜘蛛の化け物に化かされてしまいまして」

「蜘蛛の化け物……、もしかしてアラクネの事ですか?」

 アシノが言い直すと村長はゆっくりと頷いた。

「こんな事が村の外に知れたら村の恥です。そこでどうか、勇者アシノ様に内密の内に蜘蛛の化け物を退治していただけないかと思いまして」

 そういう事かとアシノは目を閉じる。

「あのー、ちょっと質問いいですかー?」

 ルーが手を上げて言った。

「はい、何でしょう」

 村長は視線をルーの方へ向けて返事をする。

「アラクネって今はとても珍しい魔物なんですけど、なぜ突然現れたのでしょうか?」

「それは私達にもわかりません。ですが、住民から見たという報告が多く来ておりますので確かだと思います」

「なるほど……」

 アシノは何かを考えて、決断する。

「わかりました、引き受けましょう」

「おぉ、流石は勇者アシノ様です!!」

 村長は喜び、案内をした男はホッとした顔をする。

「では、今日は宿屋に泊まった後に明日から捜索を開始します」

「えぇ、よろしくお願いします」

 話がまとまり、ムツヤ達は村長の家を後にした。宿屋までの道中やたら人に見られた気がするが、皆アシノが目当てだろう。

「お疲れ様、勇者アシノ様」

「だからそう言うのやめろ」

 宿屋のベッドに座りルーは意地悪っぽくアシノに言う。

 ムツヤ達は片方の部屋に集まり、話をしていた。

「でもどうして依頼を受けるつもりになったのよー、確かにアラクネは珍しいから見てみたいけどさー」

「あの、アラクネって何ですか?」

 ムツヤが言うとヨーリィ以外全員ぽかんとした顔をしたが、知らないのも無理はないと説明を始める。

「アラクネって言うのはですね、上半身が女性で下半身が蜘蛛の魔物です」

 ユモトが言うとルーはムツヤに質問をする。

「ムツヤっちの裏ダンジョンにはそういうモンスター居なかったの?」

「えぇ、見たこと無いですね」

 ルーは「ふーん」と言った後に宙を見つめていた。

「あの、女性ってことは人の形をしているって事ですよね? そのアラクネって亜人さんとは違うのですか?」

「あー、そこから説明しないとダメか」

 やれやれとアシノは頭をかいた後にムツヤに説明をしてやる。

「亜人の定義ってのは、まぁ法律で決まっていて色々あるんだが。知性があるかどうか。会話が出来るとか、理性があるかとかだな」

 ムツヤはあれっと思い質問をした。

「って言う事は『迷い木の怪物』のマヨイギさんって亜人じゃないんですか?」

「あー……」

 そう言えばコイツ等は会話の出来る魔物、迷い木の怪物を知っていたんだなとアシノは思い出す。

「後は……人間と他の亜人に悪意や害をもたらさないかだな。迷い木の怪物は本来ならば好戦的で、会話も何百年と生きている奴しか出来ないんだ。お前達が出会ったのは異例だったんだな」

「でも、それだったらマヨイギさんはやっぱり亜人って事になるんじゃ……」

「その辺の文句は国に言ってくれ、私は知らん!」

 アシノはムツヤへの説明を放り投げた。代わりにユモトが説明を始める。

「アラクネは体の構造が人や亜人とかけ離れているんです。人の様に見える部分の頭に脳がありませんし、体も内臓はクモの方に集まっています。食べ物は人型の口の方から食べるらしいですが……」

「ふーん、ユモトっちやけに詳しいのね」

「病気で寝ている時に図鑑をずっと読んでましたから」

 ルーにハハハと苦笑いしてユモトは答えた。

「人の体に見える部分は人間が襲いづらくする為の擬態だとか、他の生物に人間だと思わせて身を守っているとか、色々言われていますがまだ分かっていない部分が多いそうです」

「そうなんですね、わかりました!」

「本当にわかっているのかお前は……」

 アシノは疑うような目でムツヤを見ていた。

「でもでも、本当にアラクネだとしたら捕まえて解剖したーい!!」

「お前はしれっと恐ろしいことを言うな……」

 はしゃぐルーにアシノは呆れていた。

「その、アラクネって珍しい魔物なんですか?」

 ムツヤが質問をするとアシノは答える。

「昔はワラワラ居たらしいが、魔人が消えてから魔物自体が減っているのと」

 ちょっと言いにくそうに続けて言う。

「その……、上半身は人間の女だからな。山賊やら、変な趣味を持っている奴等にとっ捕まってめっきり姿を消したってよ」

「変な趣味ですか?」

「あー、ムツヤっちはまだ知らなくていいのよー?」

 ルーが言うと察したモモも何か話題を変えなくてはと考える。

「そうだ、お昼がまだですし食べに行きませんか?」

「そ、そうですね」

 ユモトもそれに賛成して、何かを考え込むムツヤを引っ張って食堂に食べに行くことにした。

 ムツヤ達は村にある食堂へ向かう。ドアを開けた瞬間ウェイトレスがこちらを見て微笑む。

「いらっしゃいませー、勇者アシノ様ですね!」

「え、えぇ」

 いきなり名前を言われてアシノは戸惑う。

「お待ちしておりました、さぁ、こちらへどうぞ」

 ルーは笑いを堪えている、席に案内された後は適当に注文を入れた。

「何故私の事を知っているのですか?」

 アシノは注文後にウェイトレスに聞いてみる。

「村なんて噂が広まるのはあっという間ですよ。多分村中の人がもう知っているんじゃないですか?」

「そうですか……」

 ウェイトレスが去った後、ユモトはアシノに尋ねた。

「アシノさんって、旅をする度にこんな感じなんですか?」

「いいや、そりゃまぁこういう事もあるが、ここまで広まったのは久しぶりだな」

 そう言ってアシノは水を飲む。

「村って噂話が広まるの本当に早いですからね」

 村出身のモモが言った。勘弁してくれとアシノはうなだれる。

「しかし、アシノ殿はスーナの街から近いこの村に訪れたことは無いのですか?」

「あぁ、勇者になる前の、ただの冒険者だった頃に何度か通ったが、その時は冒険者ギルドの支部も小さかったしな。あまり長居はしたこと無かったな」

 そうだったのかと皆、納得をした。

「どうやら村の人達はこの村を街にしたいらしくて今、頑張っているみたいよー」

 ルーはそんな事を言いながら窓の外を眺める。確かにこの村は中々活気がある。