二人でお酒を飲む準備を始めた。私は手早くオードブルを3品ほど作った。赤ワインをそれぞれのグラスに注いで乾杯する。
「この先どうなるのかね、二人は?」
「おみくじは末吉でした。定めがあるとしたらそれに従うことにします」
「僕は真摯に君と付き合いたい、誰が何と言おうとも」
「無理することはありません。あなたには社会的地位もあるし娘さんもいます」
「そんなことはもう気にしないことにした、この年になると会社での将来も見えてくる。娘も一人前になったのだから、これからは自分の生きたいように生きると決めている。君も過去を引きずらないで自信を持って生きてほしい。君ならそれができる」
「ありがたいです。そう言ってくれる人がいるってことは心強いです」
「絵が好きと言っていたけど、もっと勉強したらどう。好きなことをしたらいい。目を引くいい絵を描いているから。絵は上手、下手ではなくて、人を引き付ける何かがあるかどうかだと思うけど」
「もしそうなら私の今までの生き方の反映かもしれません」
「そうかもしれないし、そうじゃないかもしれない」
「相変わらず、どちらともつかない意見ですね」
「絵は心情を表わしていると思うから、いずれにせよ、僕は君の心情を幸せに満ちたものにしてあげたい。そして君の絵がどう変わっていくのかも見てみたい」
「毎回描いたらお見せします。確かめてください。変わってきたかどうか」
「そうしよう」
お酒が進んだ。泊まることにしたから、酔ってもいいかなと思って少し飲み過ぎた。その方が彼には好都合だろう。赤ワインのボトルが空いてくる。お互いにもう少し飲みたい気分になっている。
ボトルが1本空いたけど、これ以上、ワインを飲むと悪酔いするに決まっている。私は水割りに変更した方がよさそうと考えて、そこにあったウイスキーで水割りを2杯作った。
山路さんが席をテーブルからソファーへ移そうと言う。少し酔いが回ってきたのでソファーの方が楽だから。
「ジョニ黒がお好きなんですか」
「この水割りが一番好きだ。このスモーキーな香りと味が好きなんだ」
「お店にも1本キープしておきます。たまには寄って下さい」
「いや君の神聖な職場だから、行かないようにしたいと思っている」
「神聖な職場ですか? あそこが」
「じゃあ、付き合っている相手の会社に気軽に会いに行けると思うかい」
「それは」
「できないだろう。だから行かない」
「お店なんですから、考え方が真面目過ぎませんか?」
「本当は君がお客の相手をしているところを見たくなんだ。その笑顔を僕にだけ見せてほしいと思っている。そこまで言うと料簡の狭い我が儘な男と思うかもしれないけどね」
「ごめんなさい。客商売していると仕方ないんです。客商売ってそんなものです。お客様には笑顔でお相手しなければなりません」
「すべて営業用の微笑み?」
「そうとは言いませんが、いやなお客もお客様にかわりありません。お客様を選べないんです」
「そうだね」
「いやなお客もはじめは本当にいやですが、段々慣れてきて、割り切ってお相手できるようになるんです。でも、一方で段々そういう自分にやりきれなくなってくるんです」
「だからやめたの?」
「そうです。好きな人だけを相手にできる普通の生活がしたくなって」
「それで、今はそういう生活ができているの?」
「はい、お店では商売と割り切るしかありませんが、個人的なお付き合いは好みの人とだけにしたいと思っています」
「僕も好みの人に入れてもらっているんだね」
「もちろんそうです」
「ありがとう」
山路さんが店へ来ない訳が分かった。私が他の人に媚を売っているのを見たくないらしい。でもこれは今の仕事をしている以上しかたのないことだ。
彼もそのことは十分に分かって言っている。男は独占欲が強いものかもしれないが、裏を返せばそれだけ好かれていると言うことだろう。
そんなことを考えていたら、引き寄せられてそっとキスをされた。そのまま、なすがままになっていると、抱きしめられた。
でも彼は私がこのままということを好まないことを、私がきれい好きだということをよく分かっている。
「お風呂を沸かして温まろう」
「そうですね」
彼は立ち上がってお風呂の準備を始める。私はテーブルと座卓の上を片付ける。お湯が満杯になるまでの間、彼は寝室の準備をする。
私は黙ってソファーに座って水割りを飲んでいる。すると彼が手にバスタオルを何枚も持って戻ってきた。
「一緒に入る?」
「はい、先に入っていてください。すぐに行きます」
彼が入った後に服を脱いで入って行くと、もう身体を洗っている。私はさっとシャワーを浴びるとすぐに彼の身体を洗ってあげる。今度は彼が身体を洗ってくれる。私はじっとしている。
それからバスタブからお湯の溢れるのも構わずに二人で浴槽に浸かる。彼は私を後ろから抱いて浸かっている。
「箱根を思い出しました」
「お風呂はいいね。今度また二人で温泉に行くかい?」
「それもいいですね」
「髪を洗いますから先に上がっていて下さい」
私は髪を洗った。ショートにしてからはすぐに乾くから髪を洗う回数が増えた。お風呂に入ったらまた洗いたくなる。
私はバスタオルを胸に巻いて上がった。髪にもタオルを巻いている。山路さんはソファーで水割りを飲んでいる。
私も隣に座って作ってくれた水割りを飲む。冷たくておいしい。
「気持ちよかった。素敵なお風呂ですね」
「僕も気に入っている。少し広めでゆったり入れるから」
彼は私を引き寄せてキスをする。ウイスキーのいい香りがする。そして抱きかかえて寝室のベッドに運んでくれた。暖房の音だけが聞こえるほど部屋は静かだった。それから愛し合い、二人だけの長い夜を過ごした。
6時に目覚ましが鳴ったので驚いて目が覚めた。もう起きる時間なの? 私の起床時間はもっと遅い。今日は月曜日だから彼は出勤しなければならないのを忘れていた。
「申し訳ないけどもう起きなければいけない。デートが日曜日だとこのあたりが不便だね」
「しかたありません」
「朝食の準備は僕がするから、ここでは僕にいうとおりにして、ゆっくりしていてくれる?」
「そういう訳にはいきません。お手伝いします」
「いいから、お客さんはじっとしていて」
「随分、優しいんですね」
「娘と生活している時はずっとこうだったからね」
「いいパパだったんですね」
「それはどうかな? 僕を置いて遠くへ行ったところを見ると、口うるさかったんだろう」
「娘と言うものは父親が好きなものですよ」
「いずれ、君に会わせるよ」
「私のこと、どう思うかしら」
「どうかね、でも会うと娘はきっと驚くと思う」
私は身支度を整えると言われたとおりにソファーで彼が朝食の準備をするところを見ている。しばらくして朝食の準備ができた。
テーブルに座ると、トースト、ホットミルク、ハムエッグ、プレーンのヨーグルトにジャム、皮を剥いたリンゴのカットなどが並んでいる。
「男の作る朝食はこんなもんだ。諦めて食べてくれる?」
「私が作ってもこれ以上はできません。ご馳走になります」
「これに懲りずに、また遊びに来てくれないか? 二人で飲んだり食べたりしていると楽しいから」
「機会があればまたお邪魔します。今度は何か料理を作りましょう」
「ありがたい、楽しみにしている。これ予備キーだけど持っていてくれる?」
「預かれないわ」
「今日は遅くここを出てくれればいい。今帰ると朝のラッシュに合うから」
「構いません」
「いいからそうしてくれ」
「分かりました。私を信用してくれてありがとう」
「信用していないと付き合ったりしないから、じゃあ頼みます」
彼は身支度を整えると、私をマンションに残して8時前に出勤した。言われたとおりに10時過ぎに帰ることにしよう。電車は空いている方がよい。
鍵を私に預けてくれた。信用していることといつでも来てほしい、いない時でも来て待っていてほしいとの意思表示だと思う。悪い気はしない。お礼にお掃除と台所の整理をしておこう。
それからは、彼のマンションでデートすることが増えてきた。その方が私も周りに気を使わなくて気楽そうなのが分かったみたいで自然とそうなった。
私は公園の散歩も気に入っている。そして家に行くと必ず料理を作ってあげることにしている。それから泊って、月曜日の朝、掃除と洗濯をしてあげて、ゆっくり帰る。
日曜だけの通い妻? Hもできるし、いいようにそれを楽しんでいる。これでも十分に身体と心の安らぎが得られている。彼との生活を考えてみる。平和な心休まる生活! いいかもしれないがそんなことは望まない方が身のためとあきらめている自分がいる。
「この先どうなるのかね、二人は?」
「おみくじは末吉でした。定めがあるとしたらそれに従うことにします」
「僕は真摯に君と付き合いたい、誰が何と言おうとも」
「無理することはありません。あなたには社会的地位もあるし娘さんもいます」
「そんなことはもう気にしないことにした、この年になると会社での将来も見えてくる。娘も一人前になったのだから、これからは自分の生きたいように生きると決めている。君も過去を引きずらないで自信を持って生きてほしい。君ならそれができる」
「ありがたいです。そう言ってくれる人がいるってことは心強いです」
「絵が好きと言っていたけど、もっと勉強したらどう。好きなことをしたらいい。目を引くいい絵を描いているから。絵は上手、下手ではなくて、人を引き付ける何かがあるかどうかだと思うけど」
「もしそうなら私の今までの生き方の反映かもしれません」
「そうかもしれないし、そうじゃないかもしれない」
「相変わらず、どちらともつかない意見ですね」
「絵は心情を表わしていると思うから、いずれにせよ、僕は君の心情を幸せに満ちたものにしてあげたい。そして君の絵がどう変わっていくのかも見てみたい」
「毎回描いたらお見せします。確かめてください。変わってきたかどうか」
「そうしよう」
お酒が進んだ。泊まることにしたから、酔ってもいいかなと思って少し飲み過ぎた。その方が彼には好都合だろう。赤ワインのボトルが空いてくる。お互いにもう少し飲みたい気分になっている。
ボトルが1本空いたけど、これ以上、ワインを飲むと悪酔いするに決まっている。私は水割りに変更した方がよさそうと考えて、そこにあったウイスキーで水割りを2杯作った。
山路さんが席をテーブルからソファーへ移そうと言う。少し酔いが回ってきたのでソファーの方が楽だから。
「ジョニ黒がお好きなんですか」
「この水割りが一番好きだ。このスモーキーな香りと味が好きなんだ」
「お店にも1本キープしておきます。たまには寄って下さい」
「いや君の神聖な職場だから、行かないようにしたいと思っている」
「神聖な職場ですか? あそこが」
「じゃあ、付き合っている相手の会社に気軽に会いに行けると思うかい」
「それは」
「できないだろう。だから行かない」
「お店なんですから、考え方が真面目過ぎませんか?」
「本当は君がお客の相手をしているところを見たくなんだ。その笑顔を僕にだけ見せてほしいと思っている。そこまで言うと料簡の狭い我が儘な男と思うかもしれないけどね」
「ごめんなさい。客商売していると仕方ないんです。客商売ってそんなものです。お客様には笑顔でお相手しなければなりません」
「すべて営業用の微笑み?」
「そうとは言いませんが、いやなお客もお客様にかわりありません。お客様を選べないんです」
「そうだね」
「いやなお客もはじめは本当にいやですが、段々慣れてきて、割り切ってお相手できるようになるんです。でも、一方で段々そういう自分にやりきれなくなってくるんです」
「だからやめたの?」
「そうです。好きな人だけを相手にできる普通の生活がしたくなって」
「それで、今はそういう生活ができているの?」
「はい、お店では商売と割り切るしかありませんが、個人的なお付き合いは好みの人とだけにしたいと思っています」
「僕も好みの人に入れてもらっているんだね」
「もちろんそうです」
「ありがとう」
山路さんが店へ来ない訳が分かった。私が他の人に媚を売っているのを見たくないらしい。でもこれは今の仕事をしている以上しかたのないことだ。
彼もそのことは十分に分かって言っている。男は独占欲が強いものかもしれないが、裏を返せばそれだけ好かれていると言うことだろう。
そんなことを考えていたら、引き寄せられてそっとキスをされた。そのまま、なすがままになっていると、抱きしめられた。
でも彼は私がこのままということを好まないことを、私がきれい好きだということをよく分かっている。
「お風呂を沸かして温まろう」
「そうですね」
彼は立ち上がってお風呂の準備を始める。私はテーブルと座卓の上を片付ける。お湯が満杯になるまでの間、彼は寝室の準備をする。
私は黙ってソファーに座って水割りを飲んでいる。すると彼が手にバスタオルを何枚も持って戻ってきた。
「一緒に入る?」
「はい、先に入っていてください。すぐに行きます」
彼が入った後に服を脱いで入って行くと、もう身体を洗っている。私はさっとシャワーを浴びるとすぐに彼の身体を洗ってあげる。今度は彼が身体を洗ってくれる。私はじっとしている。
それからバスタブからお湯の溢れるのも構わずに二人で浴槽に浸かる。彼は私を後ろから抱いて浸かっている。
「箱根を思い出しました」
「お風呂はいいね。今度また二人で温泉に行くかい?」
「それもいいですね」
「髪を洗いますから先に上がっていて下さい」
私は髪を洗った。ショートにしてからはすぐに乾くから髪を洗う回数が増えた。お風呂に入ったらまた洗いたくなる。
私はバスタオルを胸に巻いて上がった。髪にもタオルを巻いている。山路さんはソファーで水割りを飲んでいる。
私も隣に座って作ってくれた水割りを飲む。冷たくておいしい。
「気持ちよかった。素敵なお風呂ですね」
「僕も気に入っている。少し広めでゆったり入れるから」
彼は私を引き寄せてキスをする。ウイスキーのいい香りがする。そして抱きかかえて寝室のベッドに運んでくれた。暖房の音だけが聞こえるほど部屋は静かだった。それから愛し合い、二人だけの長い夜を過ごした。
6時に目覚ましが鳴ったので驚いて目が覚めた。もう起きる時間なの? 私の起床時間はもっと遅い。今日は月曜日だから彼は出勤しなければならないのを忘れていた。
「申し訳ないけどもう起きなければいけない。デートが日曜日だとこのあたりが不便だね」
「しかたありません」
「朝食の準備は僕がするから、ここでは僕にいうとおりにして、ゆっくりしていてくれる?」
「そういう訳にはいきません。お手伝いします」
「いいから、お客さんはじっとしていて」
「随分、優しいんですね」
「娘と生活している時はずっとこうだったからね」
「いいパパだったんですね」
「それはどうかな? 僕を置いて遠くへ行ったところを見ると、口うるさかったんだろう」
「娘と言うものは父親が好きなものですよ」
「いずれ、君に会わせるよ」
「私のこと、どう思うかしら」
「どうかね、でも会うと娘はきっと驚くと思う」
私は身支度を整えると言われたとおりにソファーで彼が朝食の準備をするところを見ている。しばらくして朝食の準備ができた。
テーブルに座ると、トースト、ホットミルク、ハムエッグ、プレーンのヨーグルトにジャム、皮を剥いたリンゴのカットなどが並んでいる。
「男の作る朝食はこんなもんだ。諦めて食べてくれる?」
「私が作ってもこれ以上はできません。ご馳走になります」
「これに懲りずに、また遊びに来てくれないか? 二人で飲んだり食べたりしていると楽しいから」
「機会があればまたお邪魔します。今度は何か料理を作りましょう」
「ありがたい、楽しみにしている。これ予備キーだけど持っていてくれる?」
「預かれないわ」
「今日は遅くここを出てくれればいい。今帰ると朝のラッシュに合うから」
「構いません」
「いいからそうしてくれ」
「分かりました。私を信用してくれてありがとう」
「信用していないと付き合ったりしないから、じゃあ頼みます」
彼は身支度を整えると、私をマンションに残して8時前に出勤した。言われたとおりに10時過ぎに帰ることにしよう。電車は空いている方がよい。
鍵を私に預けてくれた。信用していることといつでも来てほしい、いない時でも来て待っていてほしいとの意思表示だと思う。悪い気はしない。お礼にお掃除と台所の整理をしておこう。
それからは、彼のマンションでデートすることが増えてきた。その方が私も周りに気を使わなくて気楽そうなのが分かったみたいで自然とそうなった。
私は公園の散歩も気に入っている。そして家に行くと必ず料理を作ってあげることにしている。それから泊って、月曜日の朝、掃除と洗濯をしてあげて、ゆっくり帰る。
日曜だけの通い妻? Hもできるし、いいようにそれを楽しんでいる。これでも十分に身体と心の安らぎが得られている。彼との生活を考えてみる。平和な心休まる生活! いいかもしれないがそんなことは望まない方が身のためとあきらめている自分がいる。