山路さんは二人で行けるところを探して日曜日毎にデートに誘ってくれる。都内で私たちのようなカップルが一緒に行けるところは多くない。しかも私のためにできるだけ人の多くないところを選んでくれる。心遣いがありがたい。

出張などで日曜日がつぶれない限り誘ってくれて、食事もするが、食事は個室のあるところを選んでくれる。出費がかさむので気にしなくてもいいと言っても、これくらいはゆとりがあるから気にしないでいいと言ってくれる。

山路さんは休日に付き合ってくれるだけで嬉しいと言っている。だから、それに甘えている。それで特別の事情でもない限りは必ず付き合うことにしている。

「今度の連休は月曜日が休みだから、日曜日に出かけて1泊して月曜日に帰ってくる旅行へ行かないか?」

「休日の夜は店を開けないのでかまいません」

「どこがいい?」

「おまかせしますが」

「じゃあ。無難なところで箱根でも当ってみるよ。予約がとれたら、待ち合わせ時間と場所などをメールで連絡する。それと同室でいい?」

「かまいません。楽しみにしています」

暫くして、メールに1泊2日の予定が送られて来た。山路さんは泊りがけの旅行に行くのに同室でいいかとわざと確認して来たが、理由はよく分かっている。

山路さんらしく事前にはっきりさせておきたかったのだろう。山路さんのいままでの誠意に応えたいと思っているが、自然の成り行きにまかせるだけだ。

これまで交際中、山路さんは私を抱き締めたり身体を求めたり、そういうことは一切しなかった。そういう気持ちがあることは感じているが、彼はそれをしてこなかった。そういう誠実さと言うか不器用なところがよく分かったし好きだった。

以前のようなお客としての関係ならば、いわずもがなですぐにそういうことになるが、そうではないと、何かきっかけがないとやりにくいらしい。

普通に付き合うってこういうことかもしれない。泊りがけの旅行でそれも同室ならばきっかけはもうセットされているのだから、そういう関係に入りやすいだろう。

日曜日、年令差も考えて服装は地味な感じにした。この方が人目に付きにくい。コンタクトの上からメガネもした。そして待ち合わせ場所には早めに到着した。新宿駅は広いのでうまく落ち合えるか心配だった。

待ち合わせの場所で待っていると、後ろから声をかけられて、ドキッとした。振り向くと彼だった。明るい柄のジャケトを着ていて、いつもより少しばかり若作りだ。手には小さめの旅行鞄を持っている。

「早く着いていたの?」

「駅は広いのでうまく会えるか分からないので早めに来ました」

「今日もメガネなんだ」

「サングラスでは返って目に付くから、これはだてメガネで度が入っていません。コンタクトをしているので、すぐにはずします」

「やっぱり気にしているの?」

「そうでもないけど、用心に越したことないですから」

「すぐにホームへ行こう」

「二人で歩いていると、はたからどう見えるかしら」

「中年男とその愛人?」

「今日はどちらかというと地味な服装にしました。そういうあなたはどちらかというと若いスタイルだから、そうは見えないと思います」

「実際、君は愛人でもないし、普通の交際相手だから、そのような関係にしかに見えないと思うけどね」

ホームにはすでにロマンスカーが入っていた。指定の席に着くと私を窓際に座らせてくれた。席に着くとしばらくして発車した。

この車両は小田原までノンストップだから、発車すれば新たな客は乗車してこないというので、私はメガネを外した。そして外をじっと見ている。

電車に乗って遠出をするのは何年ぶりだろう。この前がいつだったか思い出せない。窓の外はまだ見慣れた街並みや住宅街が続く東京の景色だ。車内販売が来たので山路さんはコーヒーを買ってくれた。それを二人で飲んでいる。

「ずっと外を見ているね。考え事でもしている?」

「旅行は久し振りですから、のんびりした気持ちで外を見ていました。誘っていただいてありがとうございます。私の分の費用は私が払います。そうさせて下さい」

「大体1回分くらいだから、気にしなくても良いけど、君がどうしてもと言うならそうしてもいいけど」

「さっき、おっしゃったでしょう、愛人ではないと、だから、なおさらそうさせて下さい。嬉しいんです。まともな女として付き合ってもらって」

「でも下心はあるけどね」

「男は皆そうです」

「まあ、そうかもしれない。でも二人でのんびり過ごしたいと思っている」

「私もです。久しぶりに温泉に浸かってのんびりしたいです」

「気の向くままにしたい。気楽に行こう」

「はい」

山路さんの肩は大きくて、もたれて外を見ていると気持ちよくなって眠ってしまった。しばらくして目を覚ました。今日は起きてからすこし緊張していたみたいで疲れた。いつもの日曜日は今頃まで寝ているからかもしれない。

「眠っていたみたいだけど、早起きさせたからかな」

「いえ、そうじゃなくて、気持ちよくて眠ってしましました。こうしていると安心するというか」

「それならいいけど、僕もひと眠りさせてもらおうかな」

外の田園風景を見ていたらまたいつのまにか眠っていた。電車が止まった。二人とも眠っていたみたいだった。

「着いたみたいだね、意外と早く着いた」

「あれからまた眠ってしまいました」

「これだけ眠ったら今夜は眠れないかもしれない」

「それなら夜通しお話ししましょうよ」

「ううん、そうだね」

それから箱根登山鉄道に乗り換えて、ケーブルカーに乗り換えて、ロープウェイで湖尻に到着した。そこから船で元箱根へ向かいホテルには3時前には到着した。

私は箱根へは修学旅行で一度来ただけだったので途中の大涌谷ではロープウェイを降りて散策させてもらった。二人で歩き回るのがとても楽しかった。そして湖尻で軽く食事をした。

案内された部屋は和室で窓際の小部屋にはソファーがあって湖が良く見える。露天風呂ではないけれど、湖が見える温泉のお風呂がついている素敵なお部屋だった。

「お風呂がついているけど、僕は大浴場に行ってくる。君はどうする?」

「私も大浴場に行ってきます」

二人は浴衣をもって早速、大浴場へ行った。久しぶりの温泉はいい、身も心も温まる。

部屋に戻ると山路さんが窓際のソファーに腰かけてビールを飲んでいる。部屋に戻った私をじっと見つめている。見つめられるのは悪い気がしない。

ソファーに近づくと、窓から芦ノ湖の湖面が見える。遊覧船が動いていく。いつまで見ていても飽きがこない景色だ。まだ、私を見ている。

「そんなに浴衣姿が珍しいですか?」

「きれいだし、色っぽいね、いいもんだね、浴衣姿は、目の保養になる。どう、ビール」

「はい、私もいただきます」

私が彼の正面に腰かけるとグラスにビールを注いでくれた。

「おいしい」

「いい、飲みっぷりだね」

「温泉に浸かって、湯上りにビール、やっぱりこれが最高ですね」

「親父みたいなことを言うね」

「もう1杯お願いします」

2杯目はゆっくりグラスを開けた。私は彼に微笑んだ。彼もグラスを空けたので、注いであげる。

「少し酔いが回って気持ちいい。横に座っていいですか」

「もちろん」

私が隣に座って彼に寄りかかる。男に隙をみせるというか、きっかけを作ってあげるのには慣れている。彼も私に寄りかかるようにしてバランスをとってくる。

「恋人同士って、きっとこうしてもたれ合うんじゃないかなと思って」

「もたれ合いたいから、恋人同士なんだと思うけど、きっと」

「それなら、私たちは恋人同士?」

「そこまで言えるといいけどね」

「でもこうしているとなぜかほっとします」

私は目をつむって彼にもたれかかる。彼の湯上りの身体が温かい。

「僕はいつも君に癒されていた。今、君がそういう思いをしているとは妙な気分だけど」

「いつもあなたは私といると癒されると言っていましたが、その気持ち分かるような気がします」

「分かってくれた?」

「今はどうなんですか?」

「癒されるっていうより、少しドキドキしている。好きな娘に身体を預けられてどうしようって」

「いつもと違うの?」

「ああ、ドキドキして緊張している。この後どうしようかと考えているから」

「どうしようって?」

「抱きしめてキスしたい」

私を抱き締めてキスをした。彼は私の誘いにのってきた。私は抱かれてじっとしている。しばらくそのまま私は抱かれて、彼の身体の心地よい温かさを感じながら、温泉の匂いとぬくもりに包まれている。

「今ようやく心が満たされて癒された気持ちになった」

「よかった、そういう気持ちになってもらえて」

今の私はただ抱かれているだけでよかった。とっても心地よくてそのまま二人は酔いもあってうたた寝をしたみたいだった。