ワープホールをくぐって、着いた先は......
「――空き部屋......?」
何の飾りはもちろん、寝具さえ無いという殺風景な部屋だった。
部屋をぐるりと見回したところ、間取りは6~7畳の1Kの無人部屋のようだ。ホコリがそんなに無いということは、最近業者が清掃しに来たっぽいな。
「......つーか、ここ......見覚えがあるぞ!?」
この床といい、壁といい、間取りといい、外から見える景色といい...まさかここは...!
「俺が、この現実で死んだ場所......俺が住んでたあの安アパートだ...!」
何だか、出来過ぎた偶然だな。碌に座標を決めないでワープしたら、生前の最後にいた場所だったなんて。
「...セーブポイントからリスタート、ってやつか?まぁ、別に良いか。ひとまずは、ここを拠点とするか」
とはいえ、ここの物件を取り扱っている仲介役の賃貸会社なり保証会社なりのところに何も言わずにここを使うのはご法度だ。正式な手順でここを押さえようにも、保証人とか本人確認書類云々やらが必要になって手続きが煩わしい。それ以前に俺って死んでることになってるはずだし。よって正攻法もダメ。
「そこで、異世界で得た力の出番...ってな」
“記憶操作”!対象:俺が位置する地域全体 内容:“ここの部屋は既に使われていることになってる”
誰が使っているか...なんて気にしない。この部屋が、空き部屋じゃなくなったということを認知されれば良いだけ。これで、賃貸会社とかはもちろん、たった今から隣や上の階も下の階の住人にもこの部屋に人がいるということを認知させた。
......待てよ?
「右隣の部屋の主って、今は誰だ?」
右隣の部屋主...。俺が死んだ当時のあそこの部屋主は、騒音等で俺を苛つかせた糞隣人だったはずだ。忌々しいことにそいつの名前は今も覚えている。
「瀬藤欽也《せどうきんや》......あれから引っ越ししていないのなら、あの部屋には今もあの糞ゴミ野郎がいるよな。
よし......“透視”」
スキルで壁の向こうがどうなっているのかを覗いた。が......
「留守か。まぁ今は昼時みたいだしな。仕事してるなら不在は当然か」
壁時計や携帯電話が無いから時間が分からない。まずは......生活に必要なアイテム全てを、調達しますか。
思い立ったらすぐに行動。時間は有限だ。準備を終えて部屋から出た俺は外の景色を目にしてすぐに感嘆した。
「いろいろ、変わったなぁ。二十数年、そんぐらい経ってたら変わりもするか」
車道や歩道すら生前と変わって見える。少し歩いていくと二十数年後の変化はより顕著に見られた。コンビニが消えてたり、本屋やレストランができていたり、昔のものが消えて新しいものが入れ替わるように消滅・出現していた。後日、寄ってみよう。今は、もっと優先すべき用事があり過ぎるから。
それから俺は、部屋に必要な家具、衣服、寝具、そして携帯電話を始めとする機械類を買いに飛び回った。“瞬間移動”で移動速度は新幹線以上。どこでも一瞬で辿り着ける。あっという間に必要な買い物を終えた。
携帯電話も、今回はSIMカード無しのスマホを買うに止めた。誰かと連絡を取り合うことなんて今は完全に無いし、SNSさえあれば遊べたり情報が得られるしな。スマホとWi-Fiルーターを買ってインターネットを開通して、パソコンやiPadも使えるようにしてとりあえず娯楽は楽しめるようにした。
衣服はどれも簡素な物。これからの人生でオシャレなんかしても意味無いしな。ベッド・布団類、洋服タンス、食器、家電製品......転々と店を回って購入しては自宅に瞬時にお届けした。家電製品を運んで帰ると言っても、催眠で誰一人とて俺を不審がらないように設定しておいたので滞りは無し。
何往復かして、夕方になる頃には大体必要な物を購入した。お金?生前の俺だったら買えない物ばかりだったが、今は全く問題無い。それどころか手元にはまだまだたくさん財が残っている!
買い物に行く前、異世界の金を、魔術でこの世界の紙幣に全て等価交換したところ、数億円分もの日本紙幣へ成り変わった!部屋中万札だらけになったあの光景は、マジで夢気分だった。前世の自分からしたら信じられないだろうなぁ。まさかリアルにお札シャワーができる日がくるなんて。
しかも錬金術で硬貨もじゃんじゃん造ることもできるから、一生お金に困ることが無い。もっとも今あるお札だけでも、ニート生活あと80年続けてもお釣りができる程の量があるからもう金は造らなくて良いけどな。
まぁ金はいくらあっても困らないしな、絶対に。大金動かすのは目先にある「やりたいこと」全てを済ませてからにしよう。最後は...食い物だな。せっかくの帰還祝いに、贅沢して百貨店で買い物するか。何か...凄く高いやついっぱい買おう!
そして一食分で5000円くらいもの買い物を済ませて(前世では一日の食費500円以内だった)、ご機嫌な気分で帰路に着く。
と、歩道を歩く道中――
「――あ?あいつ......」
俺と反対方向から歩いてくる中年の男が―
歩きタバコ吹かしているではないか...!
「......あ~~~嫌なこと思い出させるね......マジで」
ここで復讐する人間リスト(後で作ろう)の中には、ヘビースモーカーの仕事先輩がいた。
そいつは、俺に嫌味と同時にタバコの煙も吹きかけてくる糞ヤニカスだ。俺に対して受動喫煙の考慮など微塵もしない...そもそも分煙すらしようともしない糞会社だったが。
とにかく、何度も間近で副流煙を吸わされ目に入ったせいで、俺は目がおかしくなったりなど体を悪くしてしまった。体を壊したのはそれだけが原因ではないと思うが、あの度重なる受動喫煙は確実に俺の健康を損ねさせた...!
事実、副流煙には喫煙者が吸う煙以上の有害物質が含まれている。そんな煙を何度も間近でくらえば、癌や白内障、運動機能障害などが発症するというものだ。
体を壊された遠因として、俺はタバコと、喫煙マナーを守らないヤニカスを憎悪するようになった。歩きタバコや喫煙所外で喫煙しやがるヤニカスなど、全員死ねば良いと思い続けたまではある。
だから......今もああやって向かいから何食わぬ面をして歩きタバコ吹かしてやがるクソ野郎には、心底ムカついている。それも――
「――よし。最初は、あいつにしよう。この力の試運転もかねて」
人目など気にせず、即行動(=殺害)に移るくらいにな!!
俺の殺気に気付くことすら出来ていない呑気な、喫煙モラルなど微塵も持ち合わせていないあの中年男が近づく。
そして――
「――喫煙は、喫煙所でしろよ クソが 死ね」
―――グチャア......!!「.........へ?ぇぇぇえええええええええ”え”え”え”!!?」
すれ違う刹那、巻きタバコを持つ手ごと、中年男の肩から腰にかけて風の塊をぶつけて、それらの部分を抉った!
「ごぷ...!な、にが......!?」
「何がじゃねーよここでタバコ吸うなっつーんだよそれくらいガキでも分かるだろ?つーかお前ら大人がそんなだから路上喫煙とか平気で横行する馬鹿どもが増えるんだろがふざけんじゃねーぞ詫びとしてここで無様に死ねクズが」
ドゴッと良い音を立てて、中年男の側頭部を蹴り飛ばして道路に吹っ飛ばす。その際に首がへし折れ、首が変な方向に曲がった状態のまま中年男は車に轢かれた。直後、クラクション音と悲鳴がけたたましく響いた。
「うるっさいな...異世界ではあんな絵面は日常的だってのに。まぁ平和ボケしてるこのご時世じゃあ仕方ないわな。というより目立つのはマズい...からっとー」
“今の惨状を誰も気にならない。今死んだ男のことなど どうでもよくなる 全て
忘れる” (パンッ!)
――――――――
魔術を発動して両手を叩いた直後、俺の周囲の世界は、俺の都合良いように塗り変えられた―。
さっきまで道路に転がった頭部を見て騒いでいた連中は、突然それが見えていないかのように、何も無かったかのように数秒前と同じ「日常」に戻っていった。
「初めてやってみたけど、凄い効果だな。本当に全員、今起きたことがなかったかこととして振舞って......いや、忘れてしまっているから、本当に認知もしていないんだ。俺だけが、今の殺害を認知している。殺したという行為を実感できている...」
ここに帰ってきてから......もっと言えば前世含めてこの世界で初めての殺人だった。だけど殺す直前、何の躊躇いもなかった。抵抗など一切発生しなかった。人の命を作業ゲーのようにサラッと消してやった俺は......
「うん、良いゴミ掃除をした気分だ!清々しい、良いことをした!」
良い笑顔で、今の殺人への余韻に浸っていた。その後、俺と俺の行動を認知しないように、また魔術(認識阻害)をかけてから頭部の無いゴミを燃やして消した。キモい死骸なんて見てて気が滅入るだけだ。
はい、焼却完了。じゃあこの高揚感が消えないうちにさっさと帰って美味いディナーといこうか!