「友聖が、また死んだ......!?」
日本にいる友聖の様子・動向を定期的に観察していたある日。彼は禁忌の魔術を使用して、自身の死と引き換えに(正確には抜け殻状態、植物状態になるだけだが)自身の魂と精神体、さらには魔力や戦闘系の能力などを過去の自分に引き継がせるという、ある意味の時間遡行を実行したのだった。
「肉体は死んでも、魂がまだ“この世”にあるから...ここには来ない......っ」
リリナはその事実を知って愕然とする。もし過去の彼も同じように魂を過去に送ることができるのならば、彼がこの次元にやって来ることはほぼ無くなるということになる。
「事実上の不老不死じゃない!友聖、あなたは......っ」
「......まずいことになりましたね...。今回彼が過去へ飛んだ動機は......復讐の為」
傍で同じく友聖の様子を見ていた大女神はやや渋面を浮かべてそう告げる。
「復讐...!?そんなどうしてですか?友聖はもうあの世界で憎んでいた人たちを全員殺して終わったはずじゃあ...っ」
「理由は分かりませんが、とにかく彼はまだ彼らを殺そうと考えてのことと思われます。そしてそれが正しい予想なら、彼は何度も時間を遡って...」
「そ、んな...!友聖、あなたはまだ復讐を......人をたくさん殺すつもりなの...?」
大女神による友聖の行動予想を聞いたリリナはさらに悲しい気持ちになる。友聖の底無しの憎悪と殺欲に震えてもいる。己の心を満たす為に己の命さえ捨てるという彼の執着心を、今になって理解できた。
杉山友聖という男がどれほどまで壊れてしまっているのかを、今理解した...。
「...大女神様、友聖の行いはもう看過できるものではないと、思います...。私だけでも、あの世界へ行ってはならないのですか?」
リリナの言う通り、友聖の行いは看過できるレベルではない。人の命をたくさん奪うという人道に悖る行為のこともあるが、彼が過去に行って本来その時代で死ぬはずではなかった人が大勢死ぬことで時空が滅茶苦茶になる恐れがあるのだ。
最悪世界が滅ぶ事態に及ぶ...その可能性もリリナは提示して“この世”へ転移する許可を求める。
しかし...
「リリナさん、お気持ちは察しています。けれどこの次元に魂を置く者が異なる次元へ転移するのは禁忌とされています。良くて今のあなたの資格と地位の剥奪、最悪あなたが次元の間へ閉ざされるという事態も起こることも考えられるのです。
次元を超えるということはそれほど危険で禁ずるべき行為なのです。辛いでしょうが、私たちが彼に干渉する術は...ありません」
「.........っ」
リリナの申し出は、不許可と不可能の二つ返事で拒否された。為す術が無いと宣告されたリリナは悲痛な面持ちで、少年の友聖を眺めることしかできなかった。
そんなリリナを大女神は謝罪と簡単な慰めの言葉をかけてその場を去った。
(あの頃...勇者として活躍していたあなたの姿に、戻ったのね。今のあなたを見てると思い出すわ......あの頃の日々を。親しかったあなたとの出来事を。今のあなたを見てるといっぱい、いっぱい思い出す...!)
身体の年齢15に戻った友聖。本来の人生では中学生で二度目の人生では勇者だった彼を懐かしむ一方悲しくも思いながら、リリナは何もできないこの現実を嘆くしか出来なかった。
このまま永遠に彼に会えないのなら、いっそ禁忌を犯してでも...つまり無断で次元を超えて友聖に会いに行こうかという考えに至った頃、女神族に衝撃的な報告が入った。
「悪魔族長サタンの最後の分身体の潜伏先が......“この世”に!?それも人間界に...!?」
女神族同じく“あの世”に魂を置く者である悪魔族...その長である“大悪魔”サタン。彼は女神族を滅ぼすべく全ての悪魔を率いて戦争を仕掛けて、今も争いは続けている。
リリナの参戦で悪魔族は次第に勢いを失くし、終戦するかに思えた...が、追い詰められたサタンは数十年前に自身の分身体を大量に作り出して世界中に散りばめさせた。分身体を全て倒さない限りはサタンは消えないということを知った彼女たちは悪魔たちと戦いつつサタンの分身をも討伐し続けた。
数年前に最後の一体にまで減らすところまでは成功ものの、最後の一体だけがどうしても発見できず、ずっと捜索していたのだが、まさか禁忌を犯し危険を冒してこの世の次元へ侵入してまで身を潜めていたとは、思いもよらなかった。
「もし、サタンが率いる悪魔戦士までもが人間界に侵略したとしたら、人間界は確実に滅ぼされてしまいます...。今のサタンならやりかねません」
大女神の言葉に女神全員...特にリリナは戦慄する。大敵である悪魔族したことと同じことをしようと彼女はついさっきまで考えていたのだから当然だ。戦慄と同時に恥じてもいた。敵と同じことをしようとした自分の未熟さを恥じたのだ。
「サタンは、人間界にいるある少年の中に潜伏していることが分かりました。その少年も、普通の人間ではありません...。サタンが潜伏しているという理由もありますが、その少年は......一度死んで別の世界へ転生した者で、その後空間をわたって元の世界へ帰ってきた人間なのです」
「―――」
大女神の言葉にリリナは大きく狼狽する。他の女神たちも同様の反応をしていたから目立つことはなかったが、彼女の場合その度合いと色は大きく異なる。
大女神が口にした人間に、覚えがあるからだ。
「その少年を別の世界へ転生させたのは...私です。
そしていつどういう経緯でそうなったのか分かりませんが、今彼の中には、あのサタンが潜伏しているのです...。
その少年の名は杉山友聖。彼を討伐すれば、悪魔族との戦争に終止符をつけることができます―――」
ガツンと頭を殴られるくらいの衝撃的な報告に、リリナは驚愕に震える。しばらくして落ち着きを取り戻し、大女神に問いかける。
「確か、なのですか...?友聖に、あのサタンが......っ」
落ち着いたとは言っても声にまだ震えがあるリリナを、他の女神たちがどうしたのかという視線を向ける。リリナの事情を知っている大女神だけは彼女がひどく動揺している理由を汲み取って対応する。
「間違いありません。私としても僅かな可能性を模索しての、人間界への捜索を試みました。そして見つけたのです、杉山友聖にサタンがいつの間にか潜伏していたのを。普通の感知では引っかからない彼でしたから、私の本気の感知魔術で捜索してやっと見つけました。まさかずっと杉山友聖の中にいたとは思いませんでしたが」
二人とも重い沈黙をしたことで女神たちがオロオロするが、すぐに大女神がキリっとした面持ちでリリナにある命令を下した。
「女神リリナ。あなたには“この世”に転移し、日本という国にいる杉山友聖を討伐してもらいます!!
彼を討てばサタンを討つことができ、そして悪魔族との戦いを終わらせることが出来ます!女神族の精鋭であるあなたにお願いします。
彼を…杉山友聖の凶行を、あなたの手で終わらせて下さい」