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 文化祭当日。
 僕たちのお化け屋敷は大変な賑わいを見せていた。

「見てあれ! 看板怖過ぎでしょ!」

「気持ち悪くて鳥肌立つんだけど」

 廊下にできた長蛇の列。
 他校の女子生徒が看板を指差して感想を言い合っていた。

 白い服を着た女性の瞳から血が流れている様子を描いたのだが、これが思いの外好評だった。

 他校にも繋がりの多い純正が事前に声掛けをしていたらしく、お化け屋敷目当てで文化祭に足を運んでいる生徒も多かった。

 全てが順調。のように思われたが、その日の午後になって事件は起きた。
 薄暗い教室内でお化け役の女子生徒が体を触られたのだ。
 女子生徒は泣き出してしまい、お化け屋敷は一時中断することとなった。

実里(みさと)、怖かったね。もう大丈夫だから。ごめんね」

 客引きをしていた明日菜が事態を聞きつけて教室に戻ってきた。
 実里の頭を撫でて落ち着かせる。

「おい、あんまり客待たせるわけにも行かねーぞ!」

 お化け屋敷の仕切り役をしていた純正が明日菜に視線を向ける。
 廊下からは今か今かと待ち構えているお客さんの声が聞こえてくる。

「分かった。美里の代わりに私がやる」

「よし、じゃあ、次の客通すぞ!」

 純正の一声で僕たちはそれぞれの持ち場に散り散りになる。

「明日菜、僕はあっちでこんにゃくを落としてるだけだからもし何かあったら呼んでね」

「うん、ありがと」

 ルートの序盤で天井から紐で吊るされたこんにゃくを落とす役割。
 それが僕の仕事だ。
 最悪、こんにゃくがあっても無くてもそこまで影響は出ない。

「やっと始まったな」

「ヘヘっ、SNSによると暗闇に紛れて体触りたい放題らしいから楽しみだぜ」

「お前、笑い方ゲス過ぎだろ」

 他校の男子生徒3人組が明らかに危険な会話をしながら教室に入ってきた。
 スタート地点付近は『こんにゃく係』の僕しかいないから他に会話を聞いていた生徒はいない。

「うお!? 気持ち悪っ!」

「なんだこれこんにゃくか?」

 紐を離してこんにゃくを首に当てることに成功した。
 3人は突き当たりの壁を曲がって、明日菜が待機しているお化けゾーンへ。

「嫌っ、やめっ、ちょっとどこ触って」

「こら、あんまり騒ぐんじゃねーよ」

 明日菜のことが気になり、耳を澄ませていると僅かに抵抗する明日菜の声が聞こえてきた。
 声が途切れたことから察するに口を塞がれたに違いない。

「許せない」

 この日のためにクラスメイトが、明日菜がどれだけの時間を費やしてきたと思っているんだ。
 数々の理不尽を飲み込みながら今日という日を成功させるために力を合わせてきたんだ。

 それをどこの誰かも分からない、自分の欲を満たしたいだけの人間に壊されてたまるか。

「友陽、くん?」

 角を曲がると、そこには目に涙を浮かべた明日菜の姿があった。

「あっ? なんだお前!」

「明日菜、嫌なことをされたら嫌だって言わなきゃダメなんじゃなかったのか?」

「ごめん。友陽くん、助けて」

 明日菜が恐怖で唇を震わせる。
 相手は3人。
 後先考えずに飛び出したはいいが、ここから先は考えてない。

「無視してんじゃねーよ!!」

 体格の良い男が拳を振るった瞬間、頬に鋭い衝撃が走った。
 一瞬、星が見えたような気がする。

「ヒーローにでもなったつもりか? そんな細い身体で何ができる?」

 口の中に広がる鉄の味。
 殴られることも、倒されることも今回が初めてではない。
 倒れても立ち上がればいい。

「人の顔色ばかり窺ってカースト底辺の座を受け入れているようじゃいつまで経っても君の隣に立つことは許されないんだろうね。それこそヒーローにでもならなきゃ!」

 拳を振り上げてデタラメに振り回す。
 格好悪くたっていい。
 好きな人に助けを求められたら何が何でも救い出さなきゃ男じゃない。

「くそっ、こいつ!」

「離せ!」

 立ちはだかった男2人に掴み掛かり、足を引っ掛けて吹き飛ばした。
 2人は仕切りに使われていた机と椅子を勢い良く倒して蹲る。

「チッ、調子に乗るなよ!」

 体格の良い男が鬼の形相で襲い掛かってきた。
 喧嘩とは無縁の生活を送ってきた僕は瞬時に自分が狩られる側の人間だと理解してしまう。
 そのとき、僕の足に何かが触れた。

「スプレー缶?」

 倒れた机の中から装飾に使った塗料のスプレー缶が出てきたのだ。
 僕は反射的にスプレー缶を拾い上げ、男に向けて噴射した。

「ぐあっ!?」

 男が顔を押さえて後退る。
 その隙に僕は明日菜の手を取った。

「明日菜、逃げるぞ!」

 教室を飛び出した僕と明日菜は無我夢中で走り、気が付けば体育館の裏に来ていた。
 息を整えながらなんとなく目を合わせて同時に噴き出す。

「はーマジ怖かった。明日菜、怪我はない?」

「私は大丈夫だけど、友陽くんこそ殴られた場所は平気?」

「ああ、あんなのかすり傷だよ」

 明日菜が僕の顔を覗き込んできたので、僕は恥ずかしくて目を逸らした。
 体育館では軽音楽部が演奏をしているようで、今流行りのJPOPが漏れている。
 2人で体育館裏の壁に背を預け、のどかな風景を眺める。

「明日菜」

「なに?」

「僕、明日菜のことが好きだ」

「そっか」

「今はまだ頼りないかもしれないけど、これからは純正とかに何か言われても嫌なことは嫌ってはっきり言うよ」

「頼りないなんてことはないよ。友陽くんは誰よりも人の痛みを理解してて、他人の気持ちを優先させてきたでしょ。そんな優しい友陽くんが私も好き」

「じゃあ」

 明日菜が僕の手をぎゅっと握ってきた。
 そして、ニッと笑顔を見せる。

「これからよろしくね」

 軽音楽部の演奏がラストのサビに入り、観客の歓声と拍手が僕の心臓を震わせた。
 想いを伝えて本当に良かった。


君のヒーローになりたくて——完結。