カランカラン

 お店から出ると、ドアベルがきれいな音でで送ってくれた。ないるさんは美人だし優しいし、おじいさんは不愛想だけど優しいし、どっちもいい人だったな。アイシャドウもリップもかわいいものを買えてテンションが高くなっていたころ。
「梨沙ちゃん、楽しかった?」
 私の右を歩いていた髙宮くんがそう問いかけてくる。
「うん、二人ともいい人だったし、かわいいメイク道具も買えたし、楽しかったよ」
 私はさっき考えていたことをそのまま答える。
 ――言いたいことがあるときは、はっきり言う。さっきおじいさんが言ってくれた言葉。さっきこの言葉を聞いて私は自分の意見もちゃんと言ってみようって思った。自分の思っていることを言葉にして、相手に伝えるのは難しいけど、髙宮くんなら。高宮君なら私が言ったことは何でも受け止めてくれる気がするから、髙宮くんにならチャレンジできるかもな、と思った。
 そのあとも「アイシャドウ、かわいいのいっぱいあったね」とか、「リップ、いいの買えてよかったね」とかちょっと話をしていると。

ぽつぽつっぽつ

 空からしずくが数滴降ってきた。なんて思っていたのもつかの間、気づいたころには結構な土砂降りになっていた。
「え?雨降るのって20時からじゃなかったけ……!」
「と、とりあえず、どっか雨宿りできるとこ探そう!」
 そういって私と高宮君は雨宿りできそうなところを探した。
「あ、あそこの公園の屋根のあるとこ、雨宿りできそうだよ!」
 髙宮くんがそういって公園のシェルターを指さす。そして二人で急いでシェルターの中に入る。
「ここで雨宿りできそう……?」
「ちょっと待ってね。あとどのぐらいで雨やむかな」
 そういって髙宮くんがスマホを触りだす。天気予報でいつ雨が止むか調べてくれているらしい。私はシェルターから空をのぞく。一瞬で私たちの体をびしょぬれにした雨は、ザーザーと大きな音を鳴らしながら降ってシェルターの中まで入ってくる。雨は体の体温をどんどん下げていく。私は寒さでぶるりと震えた。そしたら髙宮くんが、
「ちょっと待って……俺がさっき見てたの、明日の天気予報だった……」
 って絶望したように言う。
「もうこの雨夜までやまないって……しかもどんどん強くなっていくって……梨沙ちゃん!ほんとにごめん!」
 髙宮くんが半分涙目でこっちを見て謝る。
「いいよいいよ、そんなに謝らなくても……それより、どうしよっか」
 私はこれからの事を考える。今いる公園は私の家とお店と、ちょうど半分ぐらいのところにいる。家までは、確かあと15分ぐらいだと思う。晴れていたら。でも今は雨が降っているし、雨も、それに風も結構強い。家に帰るのは15分よりはかかりそう……。その時間をこの雨と風にあたっておくのは寒そうだし……。そこまで考えたら公園を出て、ちょっと行ったところにあるコンビニが目に入った。
「コンビニで傘、買っていく?」
 私は目に入ったコンビニを指さしながら言う。
「うん、そうしよっか」
 そうして私たちはコンビニを目指して雨の中を走る。

「……傘、どうしよっか」
「う、うん……」
 私たちはコンビニの傘と値段でにらめっこ。私たちが持っているお金は二人合わせて600円。コンビニの傘は一番安いのでも、600円。ちょうどピタリ賞なのだけれども。
「……一本、しか買えないね」
「うん……」
 しかも大きい傘じゃなくて、どっちかというとちょっと小さめ。一人入って一人びしょぬれになって帰るのはちょっと……。
「ま、とりあえず買う?」
「うん」
 そういって傘を持ってレジへ向かう。そして私の300円と高宮君の300円を出してお会計をしてもらう。
「ありがとうございましたー」
 コンビニでバイトしている高校生だろうか。すごいダルそうな声でそう送り出してもらう。
 外に出ると、さっきよりももっと雨が強くなっていた。髙宮くんがさっき買った傘を開いてみる。そして髙宮くんが傘に入る。傘に入った髙宮くんは、私と向き合う形になると。
「はい、一緒に入ろ?」
 高宮君がいたずらっ子のような笑顔で言う。そして手の甲を上にして左手を私の方へ持ってくる。
「……え?」
 言葉の意味をうまく理解できずにいると。
「ほら、梨沙ちゃん濡れちゃわないように、しっかりひっついといてね」
 髙宮くんがさっき出してきた左手で私の手をしっかり握り、私を傘の中に入れる。肩と肩は傘が小さいからしっかりついている。それに髙宮くんは私が離れないようにか、左手はつないだまま。雨はちょっと入ってくるけど、髙宮くんの体温で私を温めてくれているような気がした。
 私はとっさのことすぎて、今の状況をやっとのことで理解すると、どんどん顔の体温が上がっていく。高宮君のおかげじゃなくて……髙宮くんのせい。
 もしかして、これって「アイアイガサ」ってやつ……?
 そう頭で一回でも思ってしまうと、変に意識してしまって体は雨で冷えているのに、反比例するように顔の熱はどんどん上げっていく。心臓も今までの人生の中で一番なっているんじゃないかってくらいドクンドクン言っている。すぐ隣の髙宮くんにまで聞こえてしまいそうなぐらい。私は髙宮くんに顔が赤いのを知られないように――髙宮くんは私より身長が10センチぐらい高いから気づくことはないかもしれないけど――顔を下に向ける。
「梨沙ちゃん、よって」
 髙宮くんが私の腕をちょっと引っ張る。その横を車が通っていく。
「あ、ありがとう……」
 私は顔が赤いのを悟られないように下を向き、更に髙宮くんがさらっとした私を引き寄せたことを理解して顔が赤くなる。
 すると髙宮くんは私と手をつないでいた手を一度はなし、右手で手を握って、髙宮くんが左側、車道側に移動してくる。
「ほら、ちゃんと前向いてないと車にひかれちゃうよ?」
 って言って。髙宮くん、こんなにかっこいいことなんでさらっとできちゃうんだろう。なんて思っていると。
 いつの間にか、立派なマンションの前に来ていた。
「あれ?こっちの道だったけ……?」
「あ、これ、俺んち。梨沙ちゃんちまでちょっと遠いからまずは体拭いた方がいいかなって」
 そういうと髙宮くんはマンションの中に入っていく。
「え?で、でも家族の人は?急に来ても大丈夫なの?」
「あ、俺の家、夜遅くまでお母さんもお父さんも仕事中。誰もいないから大丈夫だよ」
 髙宮君はオートロックも開けてどんどん中に入っていくので、私はどうしたらいいかわからず、とりあえず後ろについていく事にする。
 マンションの中は外からでもわかっていたけれど、とても高級そう。壁はおしゃれな洋風のレンガのデザインで、床はきれいな白のタイル張り、ロビーに置かれているソファーは黒くてとてもふわふわしていそう。
「梨沙ちゃん、こっちこっち」
 髙宮くんは私がこのマンションに見とれている間に奥へと進んでいって、私を呼んでいる。私は急いで髙宮くんのところへ行く。そして髙宮くんの前にある、これも立派なエレベーターに乗り込む。
 エレベーターという狭い空間の中。私と高宮君は二人きりで一緒に入っている。髙宮くんがエレベーターのドアの近くの20のボタンを押す。ボタンは全部でで20階まである。髙宮くん、このマンションの一番上の階に住んでいるんだ。このマンション、ただでさえ家賃がとても高そうなのに、その最上階となると、もっと高くなるんだろうな、なんて考えながらエレベーターのウィーンという機械音を聞いていた。どちらも何もしゃべらない。なんか、気まずい。なんて思っているうちに20階についていて、エレベーターのドアが開く。
「はい、どうぞ」
 髙宮くんが先にエレベーターから出て、エレベーターのドアが閉まらないように手で持って言ってくれる。
「ありがとう……」
 さっきの車道側に行ってくれたことといい、エレベーターのドアを手で持ってくれた事といい、髙宮くん、女の子がどきんとしちゃうこと、さらっとできるからすごい。たぶんほかの男子には出来ない。そんな髙宮くんが私と一緒にいるんだと思うと、なんだか不釣り合いな気がしてきて、でも、なんだかうれしい。
 エレベーターを出ると、髙宮くんは右に曲がって、まっすぐに進んで、歩いていく。
「ここが俺んち」
 あるドアの前で止まって髙宮くんが言った。表札には「髙宮」って文字と、その下には808って書いてある。ここが髙宮くんの家なんだ……って思っていると、髙宮くんが「いらっしゃい」ってドアを開けてくれていた。私は「おじゃまします」って言って家の中に入らせてもらう。
「わぁ……!」
 髙宮くんちは、玄関からとてもきれいで、ここの家の人をあんな私の家にいつも入れていたのかと思うと、恥ずかしくなってきた。でも、それよりも、玄関だけでもすごい。床は白のタイル張りで、壁は右は木目で左は白で、おしゃれって感じがする。すぐ右の靴箱の上にはいい匂いのするスティック型のアロマが置いてある。髙宮くんち、すごいなぁって思いながら見ていると。
「梨沙ちゃん、こっちこっち」
 髙宮くんが廊下の一番奥のドアの前で手招きをしている。私は急いで靴を脱いでそろえて、髙宮くんのところに行く。
「タオルもってくるから、俺の部屋で待ってて」
 そういってドアを開けて電気をつけ、髙宮くんは廊下の奥の、たぶんリビングの方へ行った。
 ……髙宮くんの部屋って。入っていいのかな?いや、髙宮くんはいいって言ってたけど、一応女の子の私が男の子の髙宮くんの部屋に入っていいの?でも、入って待っててって言われたし……。
 そんな風に迷っていたけど、でも、ちょっと髙宮くんの部屋、入ってみたいかも。そう思うとその気持ちが勝っちゃって、髙宮くんの部屋に入ることにする。
 髙宮くんの部屋は、一軒家の私の部屋よりも、ちょっと大きいくらいの大きさ。まずベッドはシンプルな白のシーツで、きれいな水色の布団。その横には本棚があって、漫画がたくさん置いてあって、下には美容師の教科書みたいなものが置かれてあった。机は薄い茶色の木の机で机の上は美容師の教科書とノートが開けっぱなしにおいてある。でもそれ以外はとてもきれいで制服はちゃんとハンガーにかけてあるし、服も一つもほったらかしにしていない。そして……髙宮くんのにおいがする。ふわふわした感じだけど、安心する、おひさまのにおい。この匂いだと、落ち着くなぁ。すると。
「タオルもってきたよー」
 髙宮くんがタオルを持って部屋の前に来た。そしてタオルを私に渡してくれる。
「ありがとう」
 このタオルも髙宮くんのにおいがする……なんて思っていると、髙宮くんがクローゼットを開けて、その中の引き出しを開けて、なんだかごそごそしだした。そして取り出してきたのは……スエットと、ズボン。それを私の方へ持ってきて。
「服も着替えとく?」
 って、え⁉いやいやいや、そこまでは……。
「梨沙ちゃん、前風邪ひいたばっかだし、そのまま服が濡れっぱなしだとまた風邪ひいちゃうよ?」
 って真剣な、心配そうな顔で言った。と思うと「あ、そしたらまたおかゆ食べさせてあげるね」なんて冗談を言ったり。また髙宮くんにおかゆを食べさせられる……いやではないけどいやだ。でも、髙宮くんの服を借りるのもちょっと……。
 などと考えていると髙宮くんは立って部屋から出て、「脱衣所に着替え置いてるから、こっちー」ってもう私が服を借りることになっている。でも、確かにちょっと寒いし、また風邪ひいちゃうかも。高宮君も貸してくれる気だし、私がまた風邪ひいちゃったら、そっちの方が迷惑かも。
 そう思った私は、髙宮くんがいる脱衣所に向かった。
「ここに袋置いておくから脱いだ服はこっちいれて持って帰ったらいいよ。シャワー浴びたかったら浴びてもらってもいいよ」
 そういって髙宮くんは脱衣所から出ていく。シャワーか。ちょっと入らせてもらおっかな。そう思って服を脱いでさっき髙宮くんにもらった袋に入れる。そしてシャワーを浴びて、髙宮くんに貸してもらった服を着る。やっぱり私より10センチぐらい背が高い髙宮くんの服はでかくて、ダボダボ。拭いただけだから完全に乾かなかった髪の毛にタオルを巻いて、脱衣所から出る。
「髙宮くん、出たよー」
 そういってたぶん髙宮くんがいるだろう、髙宮くんの部屋へ向かった。そこには私がシャワーを借りている間に着替えたのだろう、髙宮くんが服を着替えてスマホを見ながらベッドに横になっていた。
「あ、梨沙ちゃん。ドライヤーで髪の毛、乾かす?」
「あ、うん。ドライヤー借りてもいい?」
「いいよー」
 そういって髙宮くんが部屋を出て、ドライヤーを手に持って戻ってきた。そしてベッドに座ると。
「ほら、りこ(・・)、おいで―。乾かしてあげる」
 っていたずらっ子のような顔で言ってドライヤーの準備をして乾かす体制になっていた。
 りこ?りこって誰だろう。『りさ』と『りこ』を間違えた?それにしては言いなれた感じだったけど……。
「っじゃなくて梨沙ちゃん!乾かして、あげるよー……」
 髙宮くんが慌てて訂正する。さっきのは言い間違いだった……のかな?とりあえず、私は髙宮くんはさっきのいい間違いについてはあんまり触れてほしくなさそうだし、普通に乾かしてもらう感じで言って、逆にからかってやろう。そう思って髙宮くんの前に座る。
「お、お願いしまーす……」
 でも、やっぱり恥ずかしさが勝ってしまって、普通にお願いしますって言いたかったのにつっかえてしまった。だけど髙宮くんは何も言うこともなく……なにも返事もなく、私の髪の毛を乾かし始める。
 頭のてっぺん、耳の後ろ、全体、その順番で乾かしていく。その乾かし方がとても慣れた手つきで、美容師になりたいからドライヤーの使い方も練習したのかな、と思う。私が乾かすときは結構時間がかかってしまうのに、髙宮くんが乾かすと一瞬で乾ききった。
「ありがとう」
「うん……」
 あれ?なんだか髙宮くん、声的に元気なさそう?そう思って髙宮くんの顔を見てみると、一瞬元気なさそうな顔をしていた気もするけど、すぐに笑顔になって「髪の毛乾かすの、おしまい!」って元気な声で言った。元気がなさそうに見えたのも、見間違えかなぁ。
 服も借りて、髪の毛も乾かしてもらった時には17時30分になっていた。もうそろそろ帰ろうか、という事で、帰り支度を始める。
 私はさっきコンビニで買った傘、髙宮くんは自分の傘を持って髙宮くんちから出る。
「おじゃましました」
「うん」
 そういってマンションを後にする。
 私は髙宮くんちのマンションから私の家までどう帰ればいいか分からないから、髙宮くんに送ってもらう。帰っている間は二人とも、無言。だからとても居心地が悪かった。いつもは髙宮くんばかりしゃべっていたんだな、と今思った。だって、別に、私はいつも通りだったから。髙宮くんがなんだかさっきからへんで、しゃべっていない。どうしたんだろう。私、何か嫌なことしちゃったかな、なんて考えていると私の家の前についていた。
「……ここまでありがとう。じゃあ、また、明日ね」
「……んね」
「え?」
 髙宮くんが何か、小さな声で何か言った。でもその声は小さすぎて雨の音に雨と一緒に流されていった。
「ごめん、なんて?」
「ううん、何にもない。じゃあ、ばいばい」
「う、うん、ばいばい」
 なんか、髙宮くん、やっぱり変。いつもなら「バイバーイ」って元気よく分かれていたのに。雨だから?雨だからテンション下がっちゃたのかな。それにしては元気がなさすぎるような……。
 そんなこと思っているうちにも髙宮くんの背中がどんどん遠ざかっていく。その背中を私は何も言えないまま見送る事しかできなかった。