ぽつぽつぽつぽつ
静かな土曜日。でも窓に雨が当たる音がしてきた。空は雲で太陽がさえぎられていて、どんより暗い。さっきまで晴れていた気がするのに、雨が降ってきたな、なんて思ったけど今は6月中旬。もう梅雨の時期だし、雨なんていつ降ってきてもおかしくないかって思っていると。
ピンポーンピンポーン♪
インターホンが鳴った。雨が降ってきているので、私は急いで玄関のドアを開けに行く。ドアを開けると、
「あ、早坂さん。雨、降ってきちゃった」
と、「さっきまで降ってなかったのにー」とほっぺを膨らませている髙宮くんが立っていた。
「降ってきちゃったね。あ、はい、家に入っていいよ」
髙宮くんが濡れないように雑談は後にして家の中に入れる。その前にちょっと濡れちゃってたみたいで、きれいなふわふわの茶髪の髪に、ちょっとしずくがかかっている。
「タオル、いる?」
「あー。貸してもらおっかな」
「うん」
そういってお風呂場を出たところのタオル置き場のタオルを持ってきて、髙宮くんに渡す。
「ありがとう」
髙宮くんはタオルを受け取って髪の毛を拭く。そのなんてことないしぐさすらもカッコよく見えて、かっこいい人は、何をしてもきまるんだなぁなんて思いながら見ていると。
「……早坂さんのにおいがする」
髙宮くんがタオルに顔をつけて言った。
「洗剤が一緒だからかな」
「いや、それだけじゃなくて、なんか、ふんわりしてあったかいような、安心するにおい?」
「そ、そう?」
ふんわりしてあったかいような、安心するにおい……。そんなこと初めていわれた。髙宮くんが安心するにおいって……それって、髙宮くんが好きなにおいってこと?いい匂いって思ってくれたってこと?たぶん髙宮くんはそういう意味で言ったわけではないと思うけど、つい、変な想像をしてしまう。そして勝手に顔が赤くなる。私は顔が赤いのを髙宮くんに知られないようにちょっと下を向く。だけど。
「早坂さん?大丈夫?顔赤くない?」
気づかれてしまった。
「そ、そんなことないよ!ちょっと熱いかなーって……それよりも、レッスン、始めよ!」
とっさに私はそんな苦しい言い訳をしてしまう。でも髙宮くんはそれに気づくことなく、「うん、レッスン、はじめよっか!」ってレッスンの準備をしてくれる。はぁ、何とかセーフ?
今まで私たちは、火、木、金、土、日曜日はほとんどいつもかわいくなるレッスンをしてきていた。だから、ハーフツインだけじゃなく、かわいいお団子や、くるりんぱ、みつあみなどのヘアアレもできるようになっている。ヘアアレだけじゃなくてメイクもとっても上達してきている。それでも髙宮くんが知っている知識は絶えないようで、毎日新しいヘアアレやメイクの仕方を教えてくれている。
ところで、今日は何を教えてくれるんだろう?そうワクワクしていると。
「今日はね、リップとかアイシャドウを買いに行こうと思ってたんだけど……」
髙宮くんはキラキラした目で、でもしょんぼりした顔でそう言った。
「あ、えっとね、早坂さんがよかったらなんだけどね。あんまり人来ないひっそりとしたところで、値段も安くて。でも質はいいところなんだ。でも……雨、降ってきちゃったしなぁ」
そういって髙宮くんは窓から外を見る。私も髙宮くんの目線をおって外を見ると。
「……あれ?晴れてる……?」
思わず声が出ちゃったのは私。なんでだか知らないけど、いつの間にか雨がやんで、ちょっと青空も見えてきている。
「お、ほんとだ!ちょっと待ってね……」
そういって髙宮くんがスマホを操作し始める。
「あ、あれは通り雨だったみたい。次雨降るのは20時からだって!」
ちなみに今は14時ちょっと前。20時にはもう家に帰っているから、買い物に行けそう。
「買い物、行きたい!」
「でも……大丈夫?」
たぶん髙宮くんが言っているのは前のコンビニへ行った時の話だと思う。誰にも会わないと思ったら好きだった彼のグループにあって、いろいろ言われた、あのこと。でも、今回は髙宮くんがいるし、あんまり人が来ないお店を選んでくれたらしいし。だから……たぶん大丈夫。
「うん、私は大丈夫。買い物、行きたい!」
「よし、じゃあ行こうか!」
「千円ぐらいで大丈夫?」
「うん、俺も千円持ってるから、そんぐらいで大丈夫だと思う」
私は財布にお母さんから全然使わないけどお小遣いとしてもらっていた千円を入れて、カバンに財布とスマホを入れる。そして今まで習ったヘアアレとメイクをしてみる。そのやっているところや完成した姿を見て髙宮くんが「すごい上手になったね。かわいい」って言ってくれて顔が熱くなる。高宮君はすぐにほめてくれるからうれしいんだけど、髙宮くん以外に褒められたことのない私は一回一回照れてしまう。
「準備はOK?」
「うん!」
「じゃあ、レッツゴー!」
そういって私と高宮君は靴を履いて歩いて店を目指す。
ガラガラガラッ
「こんにちはー」
髙宮くんはそういって元気な挨拶をして店に入る。私も髙宮くんの後ろからついていく。
「こんにちは」
店員さんが笑顔で挨拶してくれる。私は挨拶がされたことなんて久しぶりで、失礼ながらも頭をちょっと下げる事しかできなかった。
全体的にレトロな感じで赤レンガの壁にところどころペンキが剥げている緑の枠の窓。窓ガラスはいろんな色できらきらしていてきれい。ドアはまたペンキが剥げている白色でオシャレって感じ。正面にはいろんなきれいなかわいいお花が植えてあるレンガでつくられた花壇がある。看板もないので一見ただのおしゃれな古い家って感じがするけど、知っている人は知っている、有名なお店らしい。どうして高宮君はこのお店を知ったのかと聞くと「ひみつ」っていたずらっ子のような顔で言われた。あの顔でそう言われたらもう聞くことが出来なくなってしまったので、あきらめる。
ここのお店の人はけっこう歳のとっている、ひげが白いおじいさんと、髙宮くんが「ないるさん」って呼んでいた20代前半くらいの美人な女の人だった。肌は白くてきれいで、髪の毛もきれいなセミロングで、目は大きくて優しくて私の足りないところを全部持って行ったような人だった。どちらも髙宮くんとは友達のように気軽に話していたし、髙宮くんも敬語ではあるものの、親しいように話していた。
「翔くん、今日は何を買いに来たの?」
「あーとね、早坂さん用にリップと、アイシャドウを買いに来ました」
「このかわいらしい女の子、早坂さんっていらっしゃるのね?お名前はなんていうの?」
ないるさんが優しい笑顔で私に問いかける。ないるさんのような美人な人に「かわいらしい」なんて言われたら普通にうれしい。
「えっと、り、梨沙って言います」
「梨沙ちゃん?お名前もかわいらしいのね」
「あ、ありがとうございます……」
そんな会話をないるさんとしていると。
「え、ないるさんだけ早坂さんを名前呼びとかずるいですー!早坂さん、俺も梨沙ちゃんって呼んでいい?」
髙宮くんがそういって話に入ってきた。……名前呼び?髙宮くんが私のこと梨沙ちゃんって呼ぶの?……ちょっと、てか結構呼ばれたい……。って何変なこと考えてるの!髙宮くんは普通にないるさんが私を梨沙ちゃんって呼んでたから呼びたいってなっただけで……!
「梨沙ちゃん、いい?」
「う、うん。いいよ」
「やったー!梨沙ちゃん、ね!確かにかわいいね、梨沙ちゃん!」
ないるさんに呼ばれたときはそうでもないのに、髙宮くんに呼ばれるとなんだか恥ずかしいっていうか……。それに、名前、かわいいだって。いや、名前のことだって分てるんだけど、それでも髙宮くんにかわいいって言ってもらえると、うれしい。
「じゃあ、早速どれがいいか選ぼっか」
髙宮くんが右側の棚の方に移動する。私もそのあとに続いていく。その棚にはたくさんの、いろんな色のアイシャドウが置いてあった。ピンク系やオレンジ系、ブラウン系の普段使う色や、ブルーパープル、イエローといったカラフルな色、それにキラキラのラメが入ったものなど、とにかくたくさん。この中からいいもの選ぼって言われても、どれがいいのかわかんないや……。でも髙宮くんは
「梨沙ちゃんはガーリーな感じにしたいからピンクが入ってた方がいいよねー」
とか、
「ラメが入っててキラキラな方が可愛いかな?」
とか、どんどん絞っていく。ないるさんはないるさんで、
「こっちの方が初心者さんには使いやすいわよ」
とか、
「これは発色がとてもよくてきれいでしたよ」
とかたくさんアドバイスをくれる。そしてついに3つに絞られた。
「梨沙ちゃん、この中だったらどれがいい?」
髙宮くんが私に聞く。二人がすごい速さでぱっぱって色々決めていくから頭がついていけなかった私はちょっと深呼吸する。そして二人が絞ってくれた3つのアイシャドウを見る。
どのアイシャドウもかわいい。一つ目はたくさんの色が入っていて、ピンクからブラウン、濃い色から薄い色が入っている。二つ目はないるさんが発色がきれいってアドバイスしてくれたもの。三つめはピンクやブラウン、ラメが入ってあるものなどが入っている。どれもかわいいしきれいだからいいんだけど……
「これ、がいいな」
私が指さしたのは三つ目。ピンクの色が私がちょうど好きな感じで、ラメが入っていて、かわいい。
「やっぱりー?梨沙ちゃんは何となくこれ選ぶと思ったよ。これ、かわいいよね?ピンクの色とか、ラメとか」
「うん、うん!」
私は髙宮くんとおんなじことを思っていてうれしかったのでちょっと大げさにうなずく。そんな私たちをないるさんが優しい顔でほほ笑んでみていた。
「じゃあ次はリップねー!」
髙宮くんが左の方の棚に移動する。私も後ろについていく。ないるさんはその後ろからちょこっと見ている感じ。
この棚にもたくさんのリップがあった。きれいなピンクや鮮やかな赤、おしゃれなオレンジや黒や白、青のリップもあった。種類もいっぱいでリップスティックやリップグロス、その他にも私には分からない種類のものがあった。
そして髙宮くんは、
「リップはどんな色がいいかなー?」
とか、
「リップスティックの方がいいかな?」
とかアイシャドウの時みたいに絞っていく。でもないるさんは後ろでちょこんと見守っているだけ。私は髙宮くんが選んでいくのを必死で目で追いかけていると。
「梨沙ちゃんも、なんとなくでいいから、こんなのがいいって言ってみたらどうかしら?そしたら、翔くんも何かアドバイスくれたりすると思いますよ?」
ないるさんが私に、耳のそばでこそっとそういった。
そっか、私も何か言ったら髙宮くんも何か返してくれるかな?私はリップの種類とか、どれがいいとかは全く分からないけど……
「髙宮くん……!私、こんな感じの色が、いいな」
私はちょっと勇気を出して髙宮くんにそう言ってみた。私が言ったのはきれいなピンク。ほんとに何となくだけど、きれいなピンクで初めに目に入った時から、これいいな、って思っていたもの。
「わぁ、ほんとだ。きれいなピンク!じゃあ、これにしよっか」
「え?これでいいの?」
「うん、これでいいと思うけど、ほかに気に入ったのあった?」
「いや、そういう事じゃなくて……」
私は何も分からないのに色だけでこれでいいのかなって思って……。
これは心の中で言っているだけで、口には出せなかった。どういおうか考えて、目をさまよわせていると、ないるさんが目に入った。ないるさんは私の考えが通じたようにうん、とにっこり微笑んで、でもしっかりうなずいてくれた。
「え、えと、私、リップの事何も分からないから、本当に私が選んだもので大丈夫かなって思って……」
「あ、そういうことね。全然大丈夫!このリップ、発色いいし、使いやすいし、いいところのだし、色も梨沙ちゃんが気に入ってくれたならばっちりだよ!」
そうなんだ、よかった……。そしてもう一度ないるさんを見るとまたにっこり笑ってうなずいてくれた。その笑みに私もにこっと、かわいくは笑えていないかもしれないけど、笑い返した。
「じゃあお会計お願いしまーす!」
髙宮くんが入ってきた時のような元気な声を出した。そしてレジの方へ歩いていく。私もついていくと、レジの椅子にはおじいさんが座っていた。髙宮くんがアイシャドウとリップを渡す。それを受け取ったおじいさんは電卓でお金を計算して低いボソッとした声でこう言った。
「……2点で、1400円」
あれ?でもアイシャドウは1000円で、リップは800円じゃなかったけ?高宮君はその二つを選ぶときに値段も見て選んでいた気がする。なのになんで気づかないんだろう?髙宮くんは何を気にすることもなくお財布を取り出す。これって言った方がいいよね?
「あ、あの……二つ合わせて1800円じゃありませんでした?」
「……」
おじいさんは無言でこっちを見てくる。え?これってどういうこと?もしかして、私の勘違い?おじいさんがあまりにも真顔でこっちを見てくるので私が間違っているのかと思えてきた。そう色々考えていると、髙宮くんがそっと私の耳元でこう言ってくれた。
「ここのおじいさん、やさしいからそっと値引きしてくれるんだ。ツンデレおじいさんだからいちいち言わないんだけどね」
あ、これはおじいさんなりのやさしさなんだ。じゃあ、400円も浮くし、甘えておこうかな。って思って私はそっと頭をちょっと下げてお礼をしておいた。
「じゃあ、梨沙ちゃんとおれでちょーど半分で割り勘でいい?」
「え?でもアイシャドウもリップもほとんど私しか使わないから私が1000円出すよ」
「いやいやいや、ここで梨沙ちゃんの方が多くお金出すとか、男のプライドが許さないよ」
男のプライド?何そのプライド?でも何度私がそういってもなかなか髙宮くんは譲ってくれない。困って、ないるさんの方を向くと、
「まぁ、今日ぐらいは甘えてもいいんじゃないかしら?翔くんも男のプライドがあるらしいからね」
なんていわれた。おじいさんは無言だし、ないるさんはこういうし、髙宮くんは聞かないし。じゃあ、今日だけ甘えさせてもらったらいいのかな……?
「じゃ、じゃあ今日だけ、お願いします」
「はーい」
そういって二人とも1000円札を取り出し、お金を入れるトレーに入れる。そしておじいさんはそれを預かり、100円玉を6枚600円のお釣りを出してくれた。そしてそれを髙宮くんと3枚ずつお財布に入れる。おじいさん、お釣りを二人で分けるから100玉6枚でお釣りをくれたのかな。こういうところも優しいんだなって思う。
「……言いたいことがあるときは、はっきり言う。いうタイミングも大事だが、そのタイミングをうかがいすぎて、最大のチャンスを逃してしまったら意味はない」
「あ、これ、おじいさんの一日一個の名言ね」
お釣りを取り終わったタイミングで言われた言葉。そのあとすぐに髙宮くんが説明を入れる。
言いたいことははっきり言う……。これって、さっきの私の事かな。確かに、あの時私もないるさんにうなずいてもらえなかったらあのまま見ているだけで、あのリップが買えていなかったかもしれない。そんなことをしみじみ考えていると、もう髙宮くんはお店を出ようとしていた。
「ありがとうございましたー」
「はい、ありがとうございました」
髙宮くんが入ってきたと同じような元気な声で言う。その声にないるさんがお礼を言う。私も言っておこう。
「あ、ありがとうございました!」
「……」
「ありがとうございました」
私は髙宮くんのようにとっても元気な声では言えなかったけどないるさんはにこっと笑顔でほほ笑んでくれたし、おじいさんも相変わらず無言だけど、思いは伝わったはず。なんだか、今日は長かったな。
静かな土曜日。でも窓に雨が当たる音がしてきた。空は雲で太陽がさえぎられていて、どんより暗い。さっきまで晴れていた気がするのに、雨が降ってきたな、なんて思ったけど今は6月中旬。もう梅雨の時期だし、雨なんていつ降ってきてもおかしくないかって思っていると。
ピンポーンピンポーン♪
インターホンが鳴った。雨が降ってきているので、私は急いで玄関のドアを開けに行く。ドアを開けると、
「あ、早坂さん。雨、降ってきちゃった」
と、「さっきまで降ってなかったのにー」とほっぺを膨らませている髙宮くんが立っていた。
「降ってきちゃったね。あ、はい、家に入っていいよ」
髙宮くんが濡れないように雑談は後にして家の中に入れる。その前にちょっと濡れちゃってたみたいで、きれいなふわふわの茶髪の髪に、ちょっとしずくがかかっている。
「タオル、いる?」
「あー。貸してもらおっかな」
「うん」
そういってお風呂場を出たところのタオル置き場のタオルを持ってきて、髙宮くんに渡す。
「ありがとう」
髙宮くんはタオルを受け取って髪の毛を拭く。そのなんてことないしぐさすらもカッコよく見えて、かっこいい人は、何をしてもきまるんだなぁなんて思いながら見ていると。
「……早坂さんのにおいがする」
髙宮くんがタオルに顔をつけて言った。
「洗剤が一緒だからかな」
「いや、それだけじゃなくて、なんか、ふんわりしてあったかいような、安心するにおい?」
「そ、そう?」
ふんわりしてあったかいような、安心するにおい……。そんなこと初めていわれた。髙宮くんが安心するにおいって……それって、髙宮くんが好きなにおいってこと?いい匂いって思ってくれたってこと?たぶん髙宮くんはそういう意味で言ったわけではないと思うけど、つい、変な想像をしてしまう。そして勝手に顔が赤くなる。私は顔が赤いのを髙宮くんに知られないようにちょっと下を向く。だけど。
「早坂さん?大丈夫?顔赤くない?」
気づかれてしまった。
「そ、そんなことないよ!ちょっと熱いかなーって……それよりも、レッスン、始めよ!」
とっさに私はそんな苦しい言い訳をしてしまう。でも髙宮くんはそれに気づくことなく、「うん、レッスン、はじめよっか!」ってレッスンの準備をしてくれる。はぁ、何とかセーフ?
今まで私たちは、火、木、金、土、日曜日はほとんどいつもかわいくなるレッスンをしてきていた。だから、ハーフツインだけじゃなく、かわいいお団子や、くるりんぱ、みつあみなどのヘアアレもできるようになっている。ヘアアレだけじゃなくてメイクもとっても上達してきている。それでも髙宮くんが知っている知識は絶えないようで、毎日新しいヘアアレやメイクの仕方を教えてくれている。
ところで、今日は何を教えてくれるんだろう?そうワクワクしていると。
「今日はね、リップとかアイシャドウを買いに行こうと思ってたんだけど……」
髙宮くんはキラキラした目で、でもしょんぼりした顔でそう言った。
「あ、えっとね、早坂さんがよかったらなんだけどね。あんまり人来ないひっそりとしたところで、値段も安くて。でも質はいいところなんだ。でも……雨、降ってきちゃったしなぁ」
そういって髙宮くんは窓から外を見る。私も髙宮くんの目線をおって外を見ると。
「……あれ?晴れてる……?」
思わず声が出ちゃったのは私。なんでだか知らないけど、いつの間にか雨がやんで、ちょっと青空も見えてきている。
「お、ほんとだ!ちょっと待ってね……」
そういって髙宮くんがスマホを操作し始める。
「あ、あれは通り雨だったみたい。次雨降るのは20時からだって!」
ちなみに今は14時ちょっと前。20時にはもう家に帰っているから、買い物に行けそう。
「買い物、行きたい!」
「でも……大丈夫?」
たぶん髙宮くんが言っているのは前のコンビニへ行った時の話だと思う。誰にも会わないと思ったら好きだった彼のグループにあって、いろいろ言われた、あのこと。でも、今回は髙宮くんがいるし、あんまり人が来ないお店を選んでくれたらしいし。だから……たぶん大丈夫。
「うん、私は大丈夫。買い物、行きたい!」
「よし、じゃあ行こうか!」
「千円ぐらいで大丈夫?」
「うん、俺も千円持ってるから、そんぐらいで大丈夫だと思う」
私は財布にお母さんから全然使わないけどお小遣いとしてもらっていた千円を入れて、カバンに財布とスマホを入れる。そして今まで習ったヘアアレとメイクをしてみる。そのやっているところや完成した姿を見て髙宮くんが「すごい上手になったね。かわいい」って言ってくれて顔が熱くなる。高宮君はすぐにほめてくれるからうれしいんだけど、髙宮くん以外に褒められたことのない私は一回一回照れてしまう。
「準備はOK?」
「うん!」
「じゃあ、レッツゴー!」
そういって私と高宮君は靴を履いて歩いて店を目指す。
ガラガラガラッ
「こんにちはー」
髙宮くんはそういって元気な挨拶をして店に入る。私も髙宮くんの後ろからついていく。
「こんにちは」
店員さんが笑顔で挨拶してくれる。私は挨拶がされたことなんて久しぶりで、失礼ながらも頭をちょっと下げる事しかできなかった。
全体的にレトロな感じで赤レンガの壁にところどころペンキが剥げている緑の枠の窓。窓ガラスはいろんな色できらきらしていてきれい。ドアはまたペンキが剥げている白色でオシャレって感じ。正面にはいろんなきれいなかわいいお花が植えてあるレンガでつくられた花壇がある。看板もないので一見ただのおしゃれな古い家って感じがするけど、知っている人は知っている、有名なお店らしい。どうして高宮君はこのお店を知ったのかと聞くと「ひみつ」っていたずらっ子のような顔で言われた。あの顔でそう言われたらもう聞くことが出来なくなってしまったので、あきらめる。
ここのお店の人はけっこう歳のとっている、ひげが白いおじいさんと、髙宮くんが「ないるさん」って呼んでいた20代前半くらいの美人な女の人だった。肌は白くてきれいで、髪の毛もきれいなセミロングで、目は大きくて優しくて私の足りないところを全部持って行ったような人だった。どちらも髙宮くんとは友達のように気軽に話していたし、髙宮くんも敬語ではあるものの、親しいように話していた。
「翔くん、今日は何を買いに来たの?」
「あーとね、早坂さん用にリップと、アイシャドウを買いに来ました」
「このかわいらしい女の子、早坂さんっていらっしゃるのね?お名前はなんていうの?」
ないるさんが優しい笑顔で私に問いかける。ないるさんのような美人な人に「かわいらしい」なんて言われたら普通にうれしい。
「えっと、り、梨沙って言います」
「梨沙ちゃん?お名前もかわいらしいのね」
「あ、ありがとうございます……」
そんな会話をないるさんとしていると。
「え、ないるさんだけ早坂さんを名前呼びとかずるいですー!早坂さん、俺も梨沙ちゃんって呼んでいい?」
髙宮くんがそういって話に入ってきた。……名前呼び?髙宮くんが私のこと梨沙ちゃんって呼ぶの?……ちょっと、てか結構呼ばれたい……。って何変なこと考えてるの!髙宮くんは普通にないるさんが私を梨沙ちゃんって呼んでたから呼びたいってなっただけで……!
「梨沙ちゃん、いい?」
「う、うん。いいよ」
「やったー!梨沙ちゃん、ね!確かにかわいいね、梨沙ちゃん!」
ないるさんに呼ばれたときはそうでもないのに、髙宮くんに呼ばれるとなんだか恥ずかしいっていうか……。それに、名前、かわいいだって。いや、名前のことだって分てるんだけど、それでも髙宮くんにかわいいって言ってもらえると、うれしい。
「じゃあ、早速どれがいいか選ぼっか」
髙宮くんが右側の棚の方に移動する。私もそのあとに続いていく。その棚にはたくさんの、いろんな色のアイシャドウが置いてあった。ピンク系やオレンジ系、ブラウン系の普段使う色や、ブルーパープル、イエローといったカラフルな色、それにキラキラのラメが入ったものなど、とにかくたくさん。この中からいいもの選ぼって言われても、どれがいいのかわかんないや……。でも髙宮くんは
「梨沙ちゃんはガーリーな感じにしたいからピンクが入ってた方がいいよねー」
とか、
「ラメが入っててキラキラな方が可愛いかな?」
とか、どんどん絞っていく。ないるさんはないるさんで、
「こっちの方が初心者さんには使いやすいわよ」
とか、
「これは発色がとてもよくてきれいでしたよ」
とかたくさんアドバイスをくれる。そしてついに3つに絞られた。
「梨沙ちゃん、この中だったらどれがいい?」
髙宮くんが私に聞く。二人がすごい速さでぱっぱって色々決めていくから頭がついていけなかった私はちょっと深呼吸する。そして二人が絞ってくれた3つのアイシャドウを見る。
どのアイシャドウもかわいい。一つ目はたくさんの色が入っていて、ピンクからブラウン、濃い色から薄い色が入っている。二つ目はないるさんが発色がきれいってアドバイスしてくれたもの。三つめはピンクやブラウン、ラメが入ってあるものなどが入っている。どれもかわいいしきれいだからいいんだけど……
「これ、がいいな」
私が指さしたのは三つ目。ピンクの色が私がちょうど好きな感じで、ラメが入っていて、かわいい。
「やっぱりー?梨沙ちゃんは何となくこれ選ぶと思ったよ。これ、かわいいよね?ピンクの色とか、ラメとか」
「うん、うん!」
私は髙宮くんとおんなじことを思っていてうれしかったのでちょっと大げさにうなずく。そんな私たちをないるさんが優しい顔でほほ笑んでみていた。
「じゃあ次はリップねー!」
髙宮くんが左の方の棚に移動する。私も後ろについていく。ないるさんはその後ろからちょこっと見ている感じ。
この棚にもたくさんのリップがあった。きれいなピンクや鮮やかな赤、おしゃれなオレンジや黒や白、青のリップもあった。種類もいっぱいでリップスティックやリップグロス、その他にも私には分からない種類のものがあった。
そして髙宮くんは、
「リップはどんな色がいいかなー?」
とか、
「リップスティックの方がいいかな?」
とかアイシャドウの時みたいに絞っていく。でもないるさんは後ろでちょこんと見守っているだけ。私は髙宮くんが選んでいくのを必死で目で追いかけていると。
「梨沙ちゃんも、なんとなくでいいから、こんなのがいいって言ってみたらどうかしら?そしたら、翔くんも何かアドバイスくれたりすると思いますよ?」
ないるさんが私に、耳のそばでこそっとそういった。
そっか、私も何か言ったら髙宮くんも何か返してくれるかな?私はリップの種類とか、どれがいいとかは全く分からないけど……
「髙宮くん……!私、こんな感じの色が、いいな」
私はちょっと勇気を出して髙宮くんにそう言ってみた。私が言ったのはきれいなピンク。ほんとに何となくだけど、きれいなピンクで初めに目に入った時から、これいいな、って思っていたもの。
「わぁ、ほんとだ。きれいなピンク!じゃあ、これにしよっか」
「え?これでいいの?」
「うん、これでいいと思うけど、ほかに気に入ったのあった?」
「いや、そういう事じゃなくて……」
私は何も分からないのに色だけでこれでいいのかなって思って……。
これは心の中で言っているだけで、口には出せなかった。どういおうか考えて、目をさまよわせていると、ないるさんが目に入った。ないるさんは私の考えが通じたようにうん、とにっこり微笑んで、でもしっかりうなずいてくれた。
「え、えと、私、リップの事何も分からないから、本当に私が選んだもので大丈夫かなって思って……」
「あ、そういうことね。全然大丈夫!このリップ、発色いいし、使いやすいし、いいところのだし、色も梨沙ちゃんが気に入ってくれたならばっちりだよ!」
そうなんだ、よかった……。そしてもう一度ないるさんを見るとまたにっこり笑ってうなずいてくれた。その笑みに私もにこっと、かわいくは笑えていないかもしれないけど、笑い返した。
「じゃあお会計お願いしまーす!」
髙宮くんが入ってきた時のような元気な声を出した。そしてレジの方へ歩いていく。私もついていくと、レジの椅子にはおじいさんが座っていた。髙宮くんがアイシャドウとリップを渡す。それを受け取ったおじいさんは電卓でお金を計算して低いボソッとした声でこう言った。
「……2点で、1400円」
あれ?でもアイシャドウは1000円で、リップは800円じゃなかったけ?高宮君はその二つを選ぶときに値段も見て選んでいた気がする。なのになんで気づかないんだろう?髙宮くんは何を気にすることもなくお財布を取り出す。これって言った方がいいよね?
「あ、あの……二つ合わせて1800円じゃありませんでした?」
「……」
おじいさんは無言でこっちを見てくる。え?これってどういうこと?もしかして、私の勘違い?おじいさんがあまりにも真顔でこっちを見てくるので私が間違っているのかと思えてきた。そう色々考えていると、髙宮くんがそっと私の耳元でこう言ってくれた。
「ここのおじいさん、やさしいからそっと値引きしてくれるんだ。ツンデレおじいさんだからいちいち言わないんだけどね」
あ、これはおじいさんなりのやさしさなんだ。じゃあ、400円も浮くし、甘えておこうかな。って思って私はそっと頭をちょっと下げてお礼をしておいた。
「じゃあ、梨沙ちゃんとおれでちょーど半分で割り勘でいい?」
「え?でもアイシャドウもリップもほとんど私しか使わないから私が1000円出すよ」
「いやいやいや、ここで梨沙ちゃんの方が多くお金出すとか、男のプライドが許さないよ」
男のプライド?何そのプライド?でも何度私がそういってもなかなか髙宮くんは譲ってくれない。困って、ないるさんの方を向くと、
「まぁ、今日ぐらいは甘えてもいいんじゃないかしら?翔くんも男のプライドがあるらしいからね」
なんていわれた。おじいさんは無言だし、ないるさんはこういうし、髙宮くんは聞かないし。じゃあ、今日だけ甘えさせてもらったらいいのかな……?
「じゃ、じゃあ今日だけ、お願いします」
「はーい」
そういって二人とも1000円札を取り出し、お金を入れるトレーに入れる。そしておじいさんはそれを預かり、100円玉を6枚600円のお釣りを出してくれた。そしてそれを髙宮くんと3枚ずつお財布に入れる。おじいさん、お釣りを二人で分けるから100玉6枚でお釣りをくれたのかな。こういうところも優しいんだなって思う。
「……言いたいことがあるときは、はっきり言う。いうタイミングも大事だが、そのタイミングをうかがいすぎて、最大のチャンスを逃してしまったら意味はない」
「あ、これ、おじいさんの一日一個の名言ね」
お釣りを取り終わったタイミングで言われた言葉。そのあとすぐに髙宮くんが説明を入れる。
言いたいことははっきり言う……。これって、さっきの私の事かな。確かに、あの時私もないるさんにうなずいてもらえなかったらあのまま見ているだけで、あのリップが買えていなかったかもしれない。そんなことをしみじみ考えていると、もう髙宮くんはお店を出ようとしていた。
「ありがとうございましたー」
「はい、ありがとうございました」
髙宮くんが入ってきたと同じような元気な声で言う。その声にないるさんがお礼を言う。私も言っておこう。
「あ、ありがとうございました!」
「……」
「ありがとうございました」
私は髙宮くんのようにとっても元気な声では言えなかったけどないるさんはにこっと笑顔でほほ笑んでくれたし、おじいさんも相変わらず無言だけど、思いは伝わったはず。なんだか、今日は長かったな。