ピコン♪

 スマホがぶるってふるえて音が鳴る。LINE……髙宮くんからかな。机の上に置いてあったスマホを取り、メッセージを見る。
『風邪、もう大丈夫?今日はレッスンお休みにしとく?』
 そういえば、もう頭痛はないし、体もだるくない。たぶん、顔も熱くないから熱も下がったと思う。だから、
『もう大丈夫、元気。私はレッスンできるけど、髙宮くんは行ける?』
 もう少しやり取りを続けたかったので、わざと質問で返してみた。スマホの上を見ると、もう13時になりそうなころ。目覚まし時計でも起きなかったんだな、って思いながら返信を待っていると、すぐに来た。
『俺は行けるよ。元気になったんだ。よかったぁ。でもまだしんどかったらもう一回おかゆ作って食べさせてあげようかなって思ったのになぁ』
 なんて返してきた。まぁ、私ももうちょっとおかゆ食べたかったし、食べさせてもらいたかったけど……って何思ってんの⁉まだ熱あるのかなぁ……。そんなことは髙宮くんに言えないので、
『おかゆ、ありがとうございました』
 って返しておいた。そのあとも、ちょっとしゃべって。そしたら髙宮くんが、
『やばい!熊先(くまセン)に見つかった!ごめん、逃げるわ!またあとで!』
 って送ってきた。熊先とは、学校で一番怖いといわれている体育教師だったと思う。熊先に見つかったら最後……そんな風に言われていたのを聞いたことがある。って、髙宮くん、ピンチじゃん!とりあえず、
『頑張って逃げろー!』
 って送っておいた。逃げている最中なので既読はつかないと思っていたけど、すぐに既読がついて、右手を握って親指だけを立てて、『グット』の形を作ったうさぎのスタンプを送ってきた。熊先に追いかけられているのにLINEを見て、スタンプまで送ってくるとか、どれだけ余裕なのだろう。髙宮くんが放課後、無事に帰ってくることを願っておいた。

ピンポーンピンポーン♪

 16時30分。インターホンが鳴った。私は小走りで玄関に向かう。別に急ぐ必要はないけど、髙宮くんに早く会いたくって小走りになってしまう。ドアを開けると、やっぱり、髙宮くんがいた。
「あ、早坂さん。ほんと、元気そうでよかったぁ」
「髙宮くんこそ。生きてこれてよかったぁ」
「何?その言い方は、俺が熊先に捕まってると思ったの?」
「まぁね」
「俺があんな熊先に捕まるはずないじゃん」
 髙宮くんの運動神経がどのくらいなのかは知らないけど、たぶん運動神経も抜群なんだろうな、なんて思ったけど「捕まっててもおかしくないでしょ?」ってあおり気味に返しておいた。それに「俺、足はやいからね?」って本気にした髙宮くんが怒ったようにほっぺをぷくっと膨らませながら言っているのが可愛かった。
「おじゃましまーす」
「はい、どうぞ」
 髙宮くんがあいさつをして家に入る。お母さんはいないって説明したけど『気持ち』が大事らしい。こういうとこ、しっかりしてるなぁなんて思いながらキッチンから麦茶と、前に買ったポテチとクッキーを出してくる。
「あ、ありがと」
 髙宮くんが私の部屋で、まるで自分の部屋のようにリラックスしながら言った。まぁ、私もきちんと正座してやるよりもゆっくりくつろいでくれた方がいいけど。
「じゃあ、早速レッスン、始めますか」
 そういって髙宮くんはポテチを食べていた手をぱんぱんと払う。レッスン、二日ぶり。たった二日だけど、私にはこの二日間が長く感じた。久しぶりのレッスン、楽しみ!
「じゃあ、まず髪の毛からしていこうか」
 そういって前にも使った、くし、髪ゴム、コテを取り出した。
「前におれが早坂さんにくくったヘアアレ、覚えてる?」
 髙宮くんがスマホの画面を私の方へ向ける。あのテイストを決めるときに見せてくれた4人の女の子の写真。その中の前くくってくれた髪形をした子をアップさせた。
「俺が説明しながらやっていこうと思ってるけど……それでいい?」
「うん、お願いします」
「じゃあ、早速やっていこっか」
 前髙宮くんがくくってくれた髪形を思い出す。えっと、まずはハーフツインを左右に一つずつくくるんだっけ。私の前に置かれた四角の卓上鏡を見ながらくくっていく。まず右から。右の髪の毛の上半分を取って、くしで整えてくくる。
「うん、いい感じ。じゃあ、次左もおんなじ感じになるように」
 髙宮くんが言う。次は左。右とおんなじくらいの上半分の髪の毛を取ってくしで整えて、くくる。よし、いい感じ……!
「おぉ、上手―!じゃあ、次はコテで巻いてみよっか」
 そして髙宮くんが黒い細長い袋からコテを取り出す。
「まずは温めずにそのままの状態でどんな感じにまくかやってみようか」
 そういって髙宮くんはコテの使い方について説明していく。
「コテの巻き方にはいくつかの種類があって、前に早坂さんにしたのはフォワード巻きって言って内巻きにしたんだ。巻くときに大切なことはフリッパーの向き。フリッパーっていうのはパイプに髪の毛を挟む、このパカパカしている部分の事ね。で右を巻くときっはフリッパーを外に向けて、左を巻くときはフリッパーを内にやったらできるよ」
 そう説明しながら髙宮くんは私の髪の毛にコテで巻いてくれるふりをしてくれる。右を巻くときは外、左を巻くときは内……こんがらがっちゃいそう!えと、右は外、左は内!
「ほらこんな感じ」
 髙宮くんは私が分かりやすいようにゆっくり巻いてくれている。
「じゃあ、やってみようか」
「う、うん」
 そして髙宮くんからコテを受け取る。受け取ったときのちょっと髙宮くんの手と私の手が触れたとき。私の心臓は小さくトクンとなった。
 コテをもらって髪を巻いてみる。まず右から。右を巻くときはフッリパーは外向き。フリッパーを外向きにして髪の毛を挟み、数秒待っって優しく抜く。
「……こんな感じ?」
「うん、そんな感じ。でも、もうちょっと巻いてもいいかな」
 そういって髙宮くんは私が持っているテコを私の手の上から持って、コテの巻きぐあいを教えてくれる。髙宮くんの手。前に泣いたときに背中をさすってくれた手と一緒で、温かく、ごつごつしている。そのことを頭で理解すると胸がトクトクなりだした。
 ……って私、何思ってんだろう。高宮くんからしたら、ただ私をかわいくするレッスンでコテの使い方を教えているだけ。それなのに私は胸がトクトクって……。
 私は小さく深呼吸をして心臓を落ち着かせる。
「こんな感じ。このくらい巻いて、3秒ぐらい待つといい感じになるよ」
 そういって髙宮くんの手が離れていく。……ってそうじゃなくって!
 そんなことを思っていたら顔が赤くなっていく。それを髙宮くんに悟られないように私はちょっと下を向く。
「じゃあ、左もやってみよっか」
 髙宮くんは何に気づくこともなく話を進めていく。ばれなくて、よかったぁ。
 そしてコテを左に持ってくる。左はフリッパーを内に持ってきて巻く。ふっりっぱーを開いて髪の毛を挟み、さっき言われたように右と同じくらいに巻いて、3秒待って優しく抜く。
「そうそう。うまいよ!じゃあ、電源をつけてやってみよっか。で、分かってると思うけど、コテはものすっごい熱くなるから、熱い部分を触ったら絶対にダメだよ。一瞬でやけどしちゃうから。気を付けてね」
「はい」
 そう説明をして電源をつける。その温度は160度らしい!ものすっごい暑くて、これなら一瞬でやけどするっていうのも納得する。
「よし、じゃあもういいよ。やってみよっか」
 髙宮くんがコテを渡してくれる。
 さっき練習したとおりに。まず、右から。右はフリッパーを外にして巻いていく。挟んで、巻いて、3秒待ってはなす。おぉ、いい感じにふわふわしたカールになってる……!それを何回かに分けて右全体を巻いていく。右が巻き終わったら次は左。右とは逆でフリッパーを内に持ってきて、挟んで、巻いて、3秒待ってはなす。左もいい感じにできた。何回かに分けて全部の髪の毛を巻いていく。
「……できた!」
 前に髙宮くんがやってくれた時みたいにとてもきれいではないけど、ふわふわしていてかわいくなってる……!
「すごいすごい!かわいいふわふわなカール髪の毛になったね!」
 本当に、私の前の鏡に映った私の髪の毛はクルクルでかわいくなっている。
 ……これは、私がやったんだ。私がくくって、コテで巻いて。自分でやったのに、まだ自分でやったって信じられない。
 だって、それぐらいかわいいんだもん。
 自分で言うのもなんだけど、かわいすぎてついにやけてしまう。きれいなハーフツインに巻いた髪の毛。初めてにしてはものすごくうまいと思う。
「写真撮ろうよ!」
「写真……?」
「そう、記念に。初めて自分でヘアアレした記念!」
 写真、か……。今までの私だったら写真を撮るのも、その写真を見るのも嫌だったかもしれない。自分は醜いから。その醜い顔を見せられ、見せるのがいやだったから。
 でも……今なら、写真、取りたい……!
「写真、取ってくれる?」
「もっちろん!」
 そういって私のスマホを髙宮くんに渡す。私は写真をあんまりとったことはなく、絶対取らないといけない小学校の集合写真などはなるべく下を向いて、私の顔がカメラに映らないようにしていた。だから、写真のポーズなどはつけたことがなく、どんなポーズでとったらいいのかわからなかった。
「早坂さん、笑って笑って―?はい、ではとります!1+1はー?」
「え?えっと、2?」
 私は戸惑いながらも答えを言う。どうして1+1なんて聞いたのだろう。1+1なんて誰でもわかる計算なのに。もしかして、髙宮くん、1+1を分からないふりして私を笑わせようとしたのだろうか。それだったらもっと笑った方がよかった?
 そんな感じで私は髙宮くんが1+1の答えを聞いた理由を考えているた。そんな私を髙宮くんはぽかんとした顔で見ていた。
「え?もしかして早坂さん、写真撮るときの1+1のやつ、知らない?」
 写真撮るときの1+1……?計算の1+1じゃないの?なんか違う答えだった?どういうこと?って頭が混乱していると。
「えー知らないんだ。じゃあ教えてあげる」
 そういって髙宮くんは私の前に来た。
「『に』って言ったら、笑っているように見えるでしょ?だから1+1の答えを聞いて、『2』って言わせようとしてるの」
 あぁーそういうことかー。じゃあもっと『にー』って言ってる方がよかった?なんて思っていると髙宮くんがメイクの時に使っている鏡を私に渡す。そして顔を近づけてから、こういった。
「ほんとに知らなかったんだー。じゃあ、鏡見ててね?」
 そういって髙宮くんの手を私の顔に持ってきて、ほっぺをむにってつかんで上にあげる。
「ふぇ⁉」
「ほら、笑っているみたいでしょ?」
 髙宮くんは、前と同じ、いたずらっ子のような笑顔でそう言った。急に顔を触られてびっくりした私は変な声が出てしまう。
そしてほっぺを触られたことを理解すると、全身の血液が顔に集まったかのように顔が赤くなってしまう。
「じゃあ気を取り直して、写真撮るよー!」
 髙宮くんが私の顔から手を放してスマホを持つ。そしてもう一度カメラを私に向ける。
「はい、1+1はー?」
「に、にー」
 さっき髙宮くんがやってくれたぐらいまで頬を上げる。そしたら髙宮くんがパシャパシャ写真を撮る。かわいくとれたかな?撮れ終わったみたいなので写真を見せてもらう。
「じゃじゃーん!どう?」
 そこに映った私は、笑っていた。ちょっと作り笑いみたいで変だけど、写真を久しぶりにとった私に取ったら上手に笑っていたと思う。
「すごい……すごいよ、1+1!笑ってるみたい(・・・)……!」
 そういって髙宮くんはちょっと悲しそうな、難しそうな顔をした。……もしかして、1+1を知らなかったから?機嫌を損ねちゃった?そう思ったら髙宮くんに悪いと思って、でもどうやって謝ったらいいかわからずおわおわしていると。
「じゃあ、これからは、写真撮るとき笑ってるみたい(・・・)じゃなくて笑わせてあげる」
「……え?」
 髙宮くんは、真剣な顔で、私をしっかり見て、そういった。笑ってるみたいじゃなくて笑わせてくれる……?謝り方を考えていた私は、突然言われたその言葉を理解できず、戸惑ってしまう。
「っていうことで!もうそろそろ帰るね?」
 そういって急いで片づけを始める。
「う、うん」
 私も髪ゴムをまとめたり、テコをしまったり、片付けのお手伝いをする。全部髙宮くんのリュックの中にしまい終わると。
「早坂さん、もしよかったら、このセット早坂さんちに置いておく?俺、家で使わないし、毎回持ってくるのもめんどいし、早坂さん、俺がいない時でも自由に使ってもらっていいし」
「あ、私はどっちでも……」
「じゃあ置かせてもらうねー。あ、コテを使うときはやけどしないように気を付けてね。じゃあ、ばいばい」
「うん、ばいばい」
 髙宮くんが手を振って私の部屋を出ていく。私の部屋には髙宮くんが置いて行ってくれたかわいくなるセットが入ってあるトートバックが置かれている。そのかばんから、ほんのり髙宮くんのにおいがした。