ピピピッピピピッ

 重たい瞼を開ける。カーテンの隙間からちらりと見える空はもう明るく、雲一つないきれいな青空だった。ベッドの前に置いてある机の上の目覚まし時計が鳴った。っていうことは12時ってこと。私は引きこもりだけど、さすがに12時までには起きないと体が起きなくて一日中だらだらしそうだから12時に目覚ましが鳴るようにしてある。だから今日ももう起きようと思ったのだけれども。
 ……体が重い。頭もいたい。一応体温計で熱を測ってみたら37.8度だった。昨日たくさん汗をかいたのにふきもせず、風で冷やされたままにしてたからかな。家にはいつも通りお母さんはいない。小学校の頃はさすがにお母さんも家にいて、風邪をひいたときには看病もしてくれた。でも中学校になってから大した風は引かず、風邪と言っても頭痛ぐらいだった。だからお母さんが男と遊んで家にいなくても、頭痛は薬を飲むだけだから別に困らなかった。
 今日は髙宮くんがバイトがある日で良かった。今日は冷えピタを貼ってゆっくり眠って体を休め、この頭痛たちを治そうと思った。その甘い考えが次の悪夢なのか、吉夢(きちむ)なのかを呼び起こしたようだった。

 ピコン♪

 スマホが鳴った。スマホを見るとホーム画面に髙宮くんのアイコンがあった。LINEが来たのだろう。でもLINEを開く気力もなく、そのままスマホを置いてしまう。時計を見ると、もうちょっとで12時30分になるところ。もう日にちが変わったのか。学校では今昼休みなのだろう。その間にラインを送ってくれたのかなぁなんてぼーっと考える。でも、本当は学校では朝から放課後までスマホを持ってきている生徒は先生にスマホを渡さないといけない。まぁ、その決まりを守っている人なんてほんのわずかで、髙宮くんが渡していなくても納得はできる。髙宮くん、学級委員長だけど。
 ……それよりも。まだ頭が痛い。体もだるい。熱を測るのは体がだるくて測っていないけど、昨日よりも熱が上がっている気がする。どうしよう。病院に行った方がいいのかな。でも何とか手帳なんてどこにあるか知らないし、学校がある時間に高校生が一人で病院になんか来たら親が呼び出されるかもしれない。そんなときにお母さんが呼び出されたら、面倒なことになるに決まっている。
 そんなことを考えていても何にもならないとわかり、あきらめてもう一度寝ることにした。

「……さん、……坂さーん……早坂さん……!」
 誰かに呼ばれて目を開ける。って、この家は私一人だから誰かに呼ばれるなんてこと、ないか。とうとう幻聴まで聞こえるようになったか。そう思っていると。
「早坂さん!大丈夫⁉」
 目の前には髙宮くんの顔があった。
「うゎっ……?」
 心の中では相当びっくりして叫んでいてけど、現実ではそれよりもだるいが勝ってしまってそんな変な声が出てしまった。
「早坂さん、どうしたの⁉」
 髙宮くんが心配そうな目で、とてもあわあわしてとにかく大変。
「なんで……いるの……?」
「あぁ、早坂さん、全然既読つかないからどうしたのかなって、家まで来てみてインターホン鳴らしたけど全然出てこなくって。家のドアが開いてたから勝手に入らせてもらったら早坂さんがすごいしんどそうに寝てるから……!」
 そっか……髙宮くん、わざわざ家まで来てくれたんだ……。
 よく頭では理解できずにいると、だんだん意識が……。
「早坂さん⁉早坂さん⁉……」
 私は髙宮くんが私の名前を呼んでいるところで記憶は途切れていた。

「うぅん……」
 次私が目を覚ますとちょっと熱っぽさがなくなっていた。
「あ、早坂さん!目、覚めた?」
 髙宮くんは私のベッドの横に正座で座って心配そうに私の事を見ていた。
「うん、覚めた……。私、どうなったっけ?」
「あ、えっとね、……寝てた」
「うん」
「……」
 あれ?それだけ?まぁ、寝てたのは事実で、その他の事を言わないってことはそんな大したことはなかったのだろう。そして熱があるかどうかおでこを触ってみると、冷えピタが貼ってあった。昨日私が貼った奴はとっくにあったかくなっていたけど、おでこに貼られているのはまだ冷たい。
「冷えピタ……貼ってくれたの?」
「あ、ごめん!でも早坂さん顔赤くておでこ熱かったから貼った方がいいかなって思って。薬局で急いで買ってきた。あ、それと、ゼリーとかも買ってきたよ。あと、キッチン借りておかゆも作ってみたんだけど……食べる?」
 このキッチンからする優しいいいにおいはおかゆのにおいだったのか。そんなにおいをかいでいるとおなかが減ってきた。
「食べたい……かも」
「わかった。じゃあ、準備してくるね。お皿、借りまーす」
「はーい……」
 そういって髙宮くんはキッチンの方へ行った。お皿やお鍋、フライパンがぶつかって、がちゃがちゃいっている。その音がなんだか心地よかった。
 戻ってきた髙宮くんは、お盆に小さいお鍋とお椀、ゼリーやスポーツドリンクをのせて持ってきた。
「座れる?」
「うん……」
 ちょっと体はだるいけど、おかゆが食べたいので起き上がる。髙宮くんがお鍋からお椀におかゆをよそってくれる。そしてスプーンでおかゆをすくって私の口の方へ持ってくる。
「はい、あーん」
 うん?ちょっと言っている意味が分からなくて固まる。
「お口開けて?あーん」
 あーんって……え?私、髙宮くんに食べさせられるってこと?
「いや、自分で食べれるし……」
 熱で赤い顔がさらに赤くなるのを感じる。
「でも、しんどいでしょ?食べさせてあげるから、あーんして?」
 そういった髙宮くんの顔は……いたずらっ子のような顔で笑っていた。これ、絶対からかわれている。今はそんな状況じゃないと思うけど。でも、目の前であおるようにおかゆが入ったスプーンをくるくる回されたら、おかゆが食べたくてしょうがない。この調子じゃ自分では食べられないだろうし。じゃあ、別に……
「あ、あーん」
「はい、よくできましたーじゃあもう一回」
「一回で気が済んだでしょ?自分で食べるから返して……」
「えーもう一回やりたかったのになぁー」
 髙宮くんが上手な上目遣いで、しょんぼりした顔でこっちを見てくる。もう、こんな顔されたら断れないじゃん……!
「もう一回だけだよ……?」
「何回でもしてあげる」
 なんだか話がかみ合ってないようだったけど、もう一口おかゆをもらう。おかゆ、おいしいなぁ。ヘアアレも、メイクも、料理もできるって、すごい、髙宮くん。
 ちょっと熱っぽくてお酒に酔ったようになっていた私は、もう一回だけじゃなく、おかゆが食べ終わるまで髙宮くんに『あーん』をしてもらっていた。してもらいたかったっていうよりかは早くおかゆが食べたくてしてもらっただけだから!
 全部おかゆを食べ終わると、髙宮くんが「早坂さん、かわいかったね」なんて言ってきたからまた熱が上がっちゃいそう。
 そして髙宮くんに、「今日は安静に寝ていたら明日ぐらいには治るはずだよ」って言われたので寝ることにする。髙宮くんは「今日はもう帰るね」って言って帰っていった。
 私はあの時、見逃さなかった。髙宮くんがいたずらっ子のように「あーんして?」といった時。その時髙宮くんの髪の毛からちらりと見えた耳は私と同じように、ちょっぴり赤かったのを。
 髙宮くんは、「早坂さん、かわいかったね」って、言ってくれていたけど、髙宮くんも十分可愛かったな。