ピーンポーン♪ピーンポーン♪

 インターホンが鳴った。荷物かな?って思ったっけど、もう一つの可能性を思いつく。絵を描いていた手をとめて部屋をちょっと片付け、玄関に向かう。
「はーい、ちょっと待ってねー」
 玄関のドアを開けると、そこにはもう一つの可能性の、髙宮くんが立っていた。
「こんにちは、早坂さん。今の時間って、大丈夫だった?」
 そういった髙宮くんは自転車をわきに持っていた。今日は自転車できたらしい。だからあんまり疲れていなさそう。
「うん、大丈夫だったよ。私は基本、何時でも大丈夫」
 今日は土曜日。平日は学校が終わってから来るからだいたい時間はわかるけど、土日は特に時間を決めていなかった。だから、髙宮くんは時間を気にしてくれたらしい。今は14時半。お昼ご飯は一般的には食べ終わっている時間で、一番無難な時間だと思う。まぁ私は引きこもりだから何時でも行けるのだけれども。
「そっか。じゃあ、土日は俺が来れる時間に来ていいってことね」
「あ、でも朝早すぎたら私寝てるかも」
「もしかして、早坂さん、起きるの苦手?」
「うん、まぁね。11時ぐらいからだったら大丈夫かな」
「大丈夫、俺もその時間はだいたい寝てる」
「そっか、じゃあ大丈夫だね」
 そんなどうでもいい話をして、笑って、私の部屋に案内する。そして「ちょっと待っててね」と言ってキッチンに向かい、昨日と同じ麦茶をコップに注ぐ。今日は自転車だからあんまりつかれていないかな、と思ったけど、昨日の髙宮くんはまだまだ麦茶を飲みたそうだったので多めに注ぐ。それをおぼんにのせて部屋に戻る。あと何かないかなって思ったけど、家にはお酒のつまみになるものぐらいしかなく、とても髙宮くんに出せるものじゃないのであきらめる。麦茶だけを持って部屋に戻ると。
 机の上には昨日と同じ鏡、くし、髪ゴムのほかに、ぶあつい紙の束が置いてあった。
「あ、早坂さん。今日も麦茶、ありがと。で、今日することなんだけど……」
 そういって髙宮くんがぶあつい紙の束を私の方へ持ってくる。
「ヘアアレンジ……?」
 その紙の束を何個かに分けてホッチキスでとめてある本の表紙にはそう書いてあった。
「そう!まずは一番簡単でやりやすい、ヘアアレに挑戦してみようかと思いまして」
 そういって髙宮くんはヘアアレの本をパラパラめくり、私に見せてくれる。基本の7テク、ヘアアレンジ、スキンケア、ヘアケアという単語が目に入る。カラフルで分かりやすく、イラスト付きでかわいくなっている。でもこれって、鉛筆で書かれている?もしかして……
「これって、髙宮くんの手書き……?」
「実は、そうなんだ。ヘアアレのことのってるのって、俺、教科書しか持ってなくてさ。教科書は言葉や単語難しいし、めっちゃ細かいから分かりやすくまとめてきた。って言っても、前にまとめていたやつを持ってきただけだけど」
 髙宮くんは、そうなんともなさそうに言っているけど、この紙の枚数は100枚ぐらいあると思う。いつから書き始めているのかは分からないけど、字の書き方が初めと終わりではあまり変わっていないから、そんな前から書いていないと思う。だとしたら、どんなスピードでこんなにたくさん書いたのだろう。一日にどれだけの時間を費やしたらかけたのだろう。きっと本気で美容師になりたいんだと思っているんだ、って思うくらいの本。
「今日はまず、どんな風になりたいかを知りたいんだけど……」
 髙宮くんがポケットからスマホを取り出して触りだす。そしてスマホの画面を私に向ける。
「この中で、一番かわいいって思うやつ、こんな感じになりたいってやつってある?」
 髙宮くんが見せてきたのはそれぞれ全然タイプが違う4人の女の子の写真。
 一人目は、ビビットカラーのパーカーを着た女の子。髪の毛は高めのツインテールで、同じ間隔で髪ゴムを結んで、ポコポコさせている。そしてカラフルなピンを何個かとめて、『ポップ』って感じ。この子もかわいいけど、私が鳴りたいかって言ったら、元気すぎるかなぁって思っちゃう。だから、却下。
 二人目は、落ち着いた黒色のダボっとしたスエットを着た女の子。髪の毛は右に一つであみこみしている。この子は『お姉さん』って感じかな。この子はおしゃれでかっこいいけど、私はもっとかわいくなりたいから、却下。
 三人目は、白いブラウスにダボっとしたカーディガンを着た女の子。髪の毛は左右できっちりめのみつあみがされている。『清楚』って感じのナチュラルなのはいいけど、私はあんまり好みじゃないから、却下。
 そして最後の四人目。この子はふわふわしたピンク色のワンピースを着ている。髪の毛は左右で高めのハーフツインをしていて、後ろの髪の毛もちょっと巻いているのかふわふわ。『ガーリー』って感じの女の子。この子は私が思っているかわいいにピッタリ。だから――

「4人目、がいい……!」
「うん、わかった。早坂さんはガーリーな感じになりたいんだね。じゃあ、これから俺が、おもいっきりガーリーにしてあげる」
 そういって、髙宮くんは昨日と同じリュックの中からくしと髪ゴムと……何か細長い黒い袋を取り出してきた。
「じゃあ、一回目は俺がくくってみるね。写真と同じくくりをしてみよっか」
 髙宮くんが私の後ろに回る。
「あの、髙宮くん……あの袋の中って、何?」
 そういって私はあの袋の事を指さす。髙宮くんが何も説明せずに髪の毛をくくり始めようとしたので、私は気になって聞いてみた。
「あぁ、これ?」
 髙宮くんが袋をもって、チャックを開ける。その中は……
「コテ。早坂さんはガーリーがいいっていうと思ったから、持ってきた。コテで髪の毛を巻いて、ふわふわにしようって思って。だから、コンセント、借りていい?」
「うん、もちろん」
 髙宮くんがプッシュレバーを押して、巻くところをパカパカさせる。そして、私の髪の毛を挟んでくるくる巻いく真似をして、「こうやって使うやつ」って説明してくれた。
「もう始めてもいい?」
「うん、説明してくれてありがとう。お願いします」
「はーい」
 そして髙宮くんが私の髪の毛をくくりだす。私は、どうやってくくっているのかを見るために前に置かれた鏡で、どんな風になっているのかを見ていく。くしでまず右の髪の毛を上半分とって、ゴムでくくる。次は左の上半分を取ってくくる。次は温めていたコテで髪の毛を巻いていく。まずハーフツインした二つの束を取って、巻いていく。次は後ろの髪の毛。何回かの束にして巻いていく。そこまでしたら、髙宮君はリュックをあさりだした。そして取り出したのは……
「これはヘアワックスとヘアスプレー。髪を巻いても何もしなかったら崩れてきちゃうから、崩れないように固めんの」
 私が聞く前に髙宮くんが説明してくれた。ヘアワックスとヘアスプレー。髙宮くんは、まずヘアワックスを出して、私の髪の毛に下から上へもみこんでいくようにする。そしてふわふわにしたら、ヘアスプレーで固める。慣れた手つきでやっていく髙宮くんはもう本当の美容師さんみたい。でも、こんなにうまくできるのって練習したからだよね?なにで練習したんだろうなんて思っているうちに……
「完成!早坂さん、見てみて」
 鏡を見てみると、
「かわいい!」
 さっき見せてもらったお手本にした子よりもかわいく見える。髙宮くん、お手本見ただけでこんなにすぐできちゃうんだ。
「じゃあ、メイクもする?」
 と言って髙宮くんは昨日のポーチを取り出す。そして何か考えるようにちょっとぼーとしてから、
「今日は、早坂さんがメイクしてみる?」
 って、すごいいいこと思いついちゃったと言わんばかりにこっちを見てくる。どうしよう。メイクはちょっとしてみたいけど、私やったことないし、失敗したら……
「俺が一から全部、隣で教えてあげるがら。早坂さんが自分の事かわいいって思えるようにしてあげる。どう?やってみる?」
「……うん、やってみたい……!」
 あの美容師みたいな髙宮くんが隣で教えてくれる。失敗しても髙宮くんならバカにされない。失敗しない。そんな気がした。
「じゃあ、今日も昨日と同じ感じで、まずは簡単なメイクからしよっか」
「うん」
「じゃあ、まずアイシャドウね」
 そういって髙宮くんが説明していく。はじめに薄めの茶色を目頭から真ん中ぐらいのところまでブラシでさっとつける。次はピンクをチップにとって、から黒目の上ぐらいのところまで重ねる。広げすぎたり濃すぎたりしないようにゆっくりと。
「次はマスカラ」
 上まつ毛だけにマスカラを塗ってキュンっとした目元にする。ほかのところについたりだまにならないように注意。
「次はチークね」
 小鼻横から上に、頬を広めに塗って、指でなじませる。濃すぎて変にならないようにしっかり鏡を見ながら。
「最後はリップ」
 べっとりと突きすぎないように、口でちょっと落としてから、唇に塗っていく。はみ出さないように慎重に。
「じゃあ、全体的に鏡見てみて?」
「……うわぁ、すごい……!」
 鏡に映っていた私は、昨日髙宮くんがやってくれたのよりは下手かもしれないけど、初めてにしたらとてもきれいな仕上がりになったと思う。アイシャドウで目がキラキラしていて、マスカラでまつ毛が強調されて、チークでほっぺたがほんのりピンクになって、リップでプルプル唇になって。
「かわいい」
「うんうん!かわいい!早坂さん、メイク上手だね!」
 髙宮くんもとても褒めてくれた。「俺より上手なぐらい!」なんて大げさすぎるぐらいに褒めてくれた。
 そのあとは、明日の事だとか、これからメイクやヘアアレをするんだから肌や髪の毛をきれいにしようという事で、スキンケアやヘアケアのやり方も教えてもらった。あ、あと髙宮くんは月曜日と水曜日にバイトがあるからレッスンは無理ってことも。髙宮くん、カフェでバイトしているらしい。そこのカフェは時給がとてもよくて週2しか行っていないって話もした。そんな話をしていたら、あっという間に時間が過ぎていた。気づいたころにはもう18時になっていて、そろそろ帰ろっかって。だから今日使った髪ゴムやメイク道具を片付ける。帰る用意が出来て、玄関に行き、靴を履いている時。
「早坂さん。よかったら、LINE交換しない?」
 って髙宮くん。断る理由もなく、むしろ私もちょっと交換してみたいなぁって思っていたので交換することにした。私は誰からも嫌われていたので、友達とラインを交換するのは初めて。お母さんともつながってはいるけど、ほとんど話さないから、髙宮くんと交換出来てちょっと、ていうか結構うれしい。
「じゃあ、ばいばい」
「うん、ばいばい」
 髙宮くんが帰った私の部屋は、いつもなら気にならないはずなのに、今日はとても寂しかった。