ピーンポーン♪ピーンポーン♪

 インターホンが鳴った。たぶん、荷物が届いたのだろう。私は引きこもりになってから、外に出てお母さんや知っている人に会ったら面倒だから、買い物はほとんどネットでするようになっていた。ちなみに、お母さんは自分で家事をしない分、家事代や、お小遣いをくれる。だから、私はバイトをしなくても好きなものは買えるので、その点はとても感謝している。
「はーい、ちょっと待ってくださーい」
 今回は何が届いたのだろう。それぞれ配達されるところやモノによって届く日にちが違うので、何がいつ届くのかはあんまり把握していない。小走りで玄関に向かい、ドアを開ける。
「はい、ありがとうございます」
 そういって荷物を受け取ろうとする。しかし、そこに立っていたのは配達員じゃなくて、私の高校の男の子の制服を着た人だった。
「あ、早坂、さん?」
 予想外の人が立っていて、私の頭はちょっとの間、フリーズする。
「……あ、あの……誰、ですか?」
 光の角度によっては金色にも見える、いい感じにふわふわしている茶髪に、ちょっと着崩し気味の制服。顔は整っていて目は二重で大きくまつ毛も長い。ちょっとチャラチャラしているけど文句なしの美少年って感じ。こんな人と一回でもすれ違ったら、記憶に残るはずだけど、私は記憶がないから多分すれ違ったこともない人。じゃあ誰?
「あ、俺はね、早坂さんと一緒のクラスの学級委員の髙宮 翔(たかみや しょう)です」
 ガッキュウイイン?私は高3の一学期の初めから学校に行っていないから、誰と同じクラスか、ましてや誰が学級委員なのかは知らない。今って、ちゃらちゃらしていても学級委員になれるんだ。……ってそれもそっか。私の学校は、あんまり賢い高校じゃないし、どっちかって言ったら、こういうチャラチャラしている人の方が多い。だからまぁ、この人が学級委員でもおかしくないの、かな。
「あ、あの……どうして来たんですか?」
「あぁ、えっとね、先生に早坂さんの様子見てこいっていわれたので、来ました」
「は、はぁ……」
 見た目はちょっとチャラチャラしているけど、意外とまじめ?先生に言われたからってちゃんと私の様子見に来てくれたわけだし。
「私なら、元気ですよ。先生にもそう伝えてくれれば大丈夫です。では、ありがとうございます」
 私だって一応引きこもり。あんまり人とは接したくないし、それが同級生となったらもっと。だから早く分かれたくて、玄関のドアを閉めようとすると。
「あ、ちょっと待って、早坂さん。今って家、大丈夫?」
 そういって髙宮くんは、私が閉めようとしているドアを手でもって、閉めるのを防いでくる。大丈夫ってどういう意味?私は早く家に入りたいんですけど。そう思っていたことが、顔に出ていたらしい。
「そんな嫌な顔しないでー。家におじゃまさしてもらっても大丈夫?」
 家におじゃま?家に入ってくるってこと?いやいやいや、初めてあった人を家の中に入れるって。しかも男の子。いれるわけ――
「ま、おじゃましますねー」
 そういって髙宮くんは私の手を通り抜けて玄関に入り、靴を脱いでいる。
「え?ちょっと、まだ、私なにも……」
「ちょっと聞きたいことあるからさ。外で長々と話すより、家の中で話す方がいいでしょ?外、寒いし」
 今は5月。春っていえば春で、昼間は結構暖かいけど、18時となってくるとまだ日は出ていて明るいものの、少し肌寒い。だからって人の家に勝手に入ってくる?でも、私に聞きたいことって、何だろう……。勝手に入ってくるのはどうかと思ったが、私に聞きたいことの方が気になったので髙宮くんを中にいれることにした。それに……なんだか、髙宮くんは信用できる気が、したから。

 髙宮くんを私の部屋に案内する。そして、麦茶をコップに入れて持っていく。この家に人を招くことなんてほぼないし、来たとしてもお母さんが連れてくる男ぐらい。だからあるのはお酒やワインだらけで、紅茶はなく、私はコーヒーも飲まないからコーヒーもない。この家にあるのは麦茶くらいだから麦茶になってしまった。
「あ、おきづかいどうも。ありがとう」
 そういってごくごく言いながら麦茶を飲む。そういえば、私の家は学校から歩きでは遠く、電車では近すぎるという微妙な位置にある。いつもは電車代がもったいないので自転車で通学していたが、髙宮くんは自転車を持っていなかったので、歩きできたのだろう。だから疲れたのかな、なんて思いながら上下に動くのどぼとけを見ていた。
「ぷはー生き返ったー」
 なんて大げさに言いながら麦茶をあっという間に飲み終えてしまった。
「もう一回入れてきますか?」
「いや、もう大丈夫、ありがとう」
 そういって髙宮くんは私の方を向いて、きちんと正座に座りなおした。
「それじゃ、本題」
「は、はい」
「……その前にさ、敬語やめない?同じ学年だし、クラスだし」
 それ、今?私、何を聞きに来たのか気になって、今聞けるって時に。まぁ、私も敬語でしゃべったらいいのかため口でしゃべったらいいのか、話し方に困っていたし、髙宮くんから敬語やめないかって言われるのはうれしかったけど。
「うん、いいよ」
「ありがと。で、本題ね」
「うん」
「早坂さんが学校に来なくなった理由、ってさ……なんなの?」
 きた。私は一学期から不登校だから、この質問が来るんじゃないかとはちょっと思っていた。でも、髙宮くんが続けた言葉は予想外。
「いや、はずれてたらごめんだけど……いじめ、とかあった?」
「え……?」
 どうして、知ってるの?まぁ、それだけが理由ではないけど。でも、私はいじめられていることは誰にも言ったことはなくて、いじめていた人も、先生たちに伝わるのは嫌だから、私をいじめているなんて、わざわざ周りには話さないはずだけど。
「いや、えっとね、実は……学校の早坂さんの机の中に、ひどい言葉……容姿にかかわる悪口がいっぱい書いてある紙が入っていて、もしかしたら、って思って。もしそうなら、学校に来ない理由もいじめられていたからで、すごい傷ついているんじゃないかなって思ったらじっとしていられなくて……」
 髙宮くんは、自分の事じゃないのに自分の事みたいに悲しそうな顔で、そういった。このことを言いに、わざわざここまで来てくれたんだ。たぶん、このことを言うのにもすごい勇気がいたと思う。しかも私の机の中に入っていた紙に書かれた言葉は「容姿にかかわる悪口」って言葉だけじゃ表せないと思うけど、私が傷つかないように、きっと言葉も選んでくれたのだろう。それなのに私は、ずっといじめられていて感情が麻痺(まひ)しちゃっているのか、「まだ続いていたんだ」としか思えなくて髙宮くんに申し訳なくなってしまう。
「それでさ、よかったらなんだけど……かわいく、なってさ、あいつらのこと、見返してやらない?」
 髙宮くんがちょっといたずらっ子のような目でこっちを見ながら言った。あいつらとは私の机に落書きしたり、いじめてきたやつのことだろう。でも、かわいくなるって?私はそんなにかわいくなんてなれないし、そしてあいつらを見返すこともできないと思う。
「でも、私、かわいくなる方法なんて知らないし、知っていたらもっとはやくからかわいくなってるよ」
「……俺が可愛くしてあげる」
「え……?」
「俺さ、将来、美容師志望なの。だから、一通りヘアアレやメイクの仕方、服のいい合わせ方とか勉強してるんだよね」
 美容師かぁ。私はまだ将来の夢なんて、ましてやどこの大学に行きたいのかもはっきり決まっていない。だから、普通にすごいと感心してしまう。なんて思いながら、髙宮くんが言った言葉の意味があんまりよく分かっていなかった。それを察した髙宮くんは、
「じゃあ、やってみよっか?」
 そういって、髙宮君は有名なスポーツメーカーの学校のリュックの中をごそごそあさりだした。取り出してきたのは……くしと髪ゴム。「これで何をするんだろう?」なんて考えていると、髙宮くんが私の後ろに回ってきた。私が高宮くんの方を向こうとすると、「前向いてて」って言われたので、前に向き直す。すると、髙宮くんが私の髪の毛をくくりだす。右を触っているかと思うと、左を触っている。髪の毛を一つにまとめたかと思うと、ゴムで結んでいる。私は人に、それも男の子に髪の毛をくくってもらったことはほとんど初めてだから、ちょっと緊張した。でも、髙宮くんが髪の毛をくくっていると、安心もできた。
「……よし、できた。早坂さん、ちょっと見てみて」
 私の前に鏡が置かれる。その中の私を見ると……

 かわいくなっていた。右と左には、みつあみが高い位置にお団子にされていて、お花の形のようになっている。あっという間に出来上がったお花は、きれいで、かわいくて、これが私というのは信じられないくらい。
「どう?気に入った?」
「うん、うん!すごいよ、髙宮くん!こんなのあっという間にできるなんて」
 髪の毛が可愛くなった私は、興奮気味。そんな私を髙宮くんはにっこり笑ってみていた。
「ちょっと、メイクもする?」
「え?いいの?」
「もちろん!」
 髙宮くんはメイクもしてくれるのか、またリュックをあさりだす。そして筆箱よりもちょっと大きいくらいのポーチを取り出した。その中を開けるとアイシャドウやチーク、リップ、ほかにもメイク知識のない私には分からないメイク道具が入っていた。
「じゃあ、もう一回前向いててね」
 髙宮くんは今度は私の前に来ると、早速メイクをやり始めた。アイシャドウを(まぶた)に塗ったり、チークをほっぺたに乗せたり、リップを(くちびる)に塗ったり。メイクをしている、髙宮くんの真剣な顔。やっぱり顔が整ってるなぁなんて思い始めたころ。
「できたよ」
 と言って鏡を前においてくれる。鏡を見ると、やっぱり、かわいくなってる。瞼はアイシャドウでいい感じにキラキラ。ほっぺはチークでほんのりピンク。唇はリップでプルプル。その他にもいろいろかわいくなっていた。
「うわぁ。とってもかわいい……!」
 自分で自分をかわいいと思う日が来るなんて。昨日の私には想像できなかったな。今もこれが現実か、ちょっと怪しいってくらい。でも、私も、かわいくなることが、できるんだ。
「これから毎日、する?」
「え?」
「これから毎日、早坂さんをかわいく、してあげよっか?」
 毎日、してくれるの?毎日、かわいくなれるの?それは……
「かわいく、なりたい!」
「おっけ!じゃ、これから毎日、かわいくなるレッスンをしてあげる」
「レッスン……?」
「うん、俺が可愛くしても、早坂さん、自分でかわいくなれた方がいいでしょ?だから、かわいくなる方法教えてあげる。そして、あいつら見返そう!」
「う、うん!」
「じゃ、これからよろしくね」
 髙宮くんが手のひらを上にして、私の方に手を持ってくる。どういうことかわからずおろおろしていると髙宮くんが「握手」と言ってくれる。
「これからよろしく、の握手」
 これからよろしく……これからかわいくしてくれるんだ。かわいくなれる方法を教えてくれるんだ。
「うん、よろしくお願いします!」
 私は力強く髙宮くんの手に握手をする。それにこたえるように、髙宮くんも私の手をぎゅっと握り、またにっこり笑った。
「じゃあ、そろそろ帰るね、また明日」
 そういって髙宮くんはくしや髪ゴム、メイク道具を片付ける。これで今日はおしまい。かわいくなるのはまた明日。そう思うと、ちょっぴり明日が楽しみになった。
 片付け終えたら、玄関に行ってドアを開ける。
「今日がありがとう。また明日、よろしくお願いします」
「うん、ばいばい」
 髙宮くんが手を振ってくれる。私も髙宮くんに手を振り返した。