俺――髙宮 翔は今まで不幸続きだった。
俺のお母さんは人気女優だった。俺が物心ついたときからいろんなところに回っていて、いつも忙しそうだった。それでも休みの日は俺といっぱい遊んでくれて優しいお母さんだった。
でも、お父さんとは俺が8歳の時に離婚した。これが一つ目の不幸で、これからの不幸を呼び起こしたのかもしれない。
まだ小さかったおれには理由がよくわからなかったけど、お父さんは夜になるといつも大声を出して怒っていた。俺が寝ている時間ぐらいになると怒鳴り始めて、その声で起きたのは一度や二度ではない。その怒鳴り声の途中にはたまにお母さんの声も聞こえてきたけど、何を言っているかまでは聞こえなかった。俺はお父さんの声が怖くて枕で耳をふさいで頑張って目を閉じていたな。
お母さんは離婚して1年、俺が9歳の時に再婚した。そのお父さんは優しくて、夜に大声を出すことなんてなかった。そしてその1年後、俺が10歳の時にその二人に女の子の子供ができた。それが梨子。だから俺と梨子は血が半分しかつながっていない。でも俺は年の離れた妹をとてもかわいがった。そして起きたのが不幸の二つ目。
お母さんは出産前からいろんなところへ行って撮影したりしていたので疲れ果てていた。その時に出産したのだから疲れがよほど大きかったのだろう。梨子を産んでからは熱が出て、一ヶ月もたたないうちに息を引き取っていった。
そして三つ目の不幸が、お母さんが死んだことによって、お父さんは気が病んでしまった。仕事もできなくなったし、俺や梨子の世話なんて無理。何なら自分の事までできなくなってしまった。お父さんが仕事をしなくても、幸いお母さんが稼いでくれたお金で当分は暮らせそうだったから大丈夫だったけど。しかもマンションももうかっていたので家賃にも困らなかった。
梨子は女優の娘だけあって可愛くて、目はくりくり、肌はつるつる、ほっぺはぷにぷに。かわいいとしか言いようがなかった。俺はお母さんの分まで梨子をかわいがろうと思った。だからお母さんの代わりにかわいい服を買ってあげたり、髪の毛をくくってあげたり。幼稚園のお弁当にはおれはもともと器用だったのでキャラ弁を作ってみるとうまく出来て毎日梨子に頼まれて困ったりもした。毎日が楽しかった。お母さんはいなくなったけど、それでもその分梨子が笑顔をくれたので、楽しかった。
でも、2年前の今日、11月23日。4度目の不幸、最大の不幸が訪れた。
11月23日。天気は11月の珍しい雨だった。この天気はこれからの不幸の事がわかってたみたいに。
お母さんが死んで、梨沙の面倒はよく俺が見ていた。ご飯を作ってあげたり、お風呂に入れてあげたり、服を買ったり着せてあげたり、髪の毛もかわいくしてあげた。梨子は生まれてすぐにお母さんが死んだので、お母さんとの思い出は何一つない。だから俺がお母さん代わりになれるように頑張ったのだ。
そして梨子には何の不満もないよう、楽しめるようにお買い物によく行った。あの前に梨沙ちゃんとメイク道具を買ったところは、リコとぶらぶらしていたら偶然見つけて、そのころから常連客になっている。そこで梨子もお化粧で遊びたいだろうからちょっと買ってあげたりもした。ほかにはショッピングモールで服を買ったり、髪飾りを買ったり。俺もそういうものが好きだったので梨子と楽しんで買い物をしていた。
でも今日は雨。ネットで調べた可愛いアクセサリーショップに行く予定だったのだけれども、この雨じゃどうしようかと迷っていた。そのことを梨子に話すと。
「やだやだぁー!行きたい!行くって約束したもん。だから行くんだよ!」
そういって駄々をこねる。
「だって雨降ってるじゃん?買い物にはまた今度行こうよ」
俺はそういって梨子をなだめる。それでも梨子は納得できないらしくて、かわいいほっぺをぷくっと膨らませて怒っている。
「もういいもん!」
梨子はやっと折れて、すねたままテレビをつけ、最近流行っている女の子向けのアニメを見る。
俺はいろんな美容師の教科書をダイニングテーブルに広げて勉強を始める。本当は自分の部屋でやりたいのだけれども、リコを一人でリビングに置いておくのは心配だからずっとここでやっている。でも梨子はテレビを見ていてこちらにまで音が聞こえてきて思うように集中できない。テレビを消してって言ったらさっき怒ってたばかりだし、もっと怒るかもしれない。だからもう勉強はあきらめて教科書を閉じ、梨子の隣に座る。すると梨子は俺と距離を取った。やっぱり相当怒っているらしい。どうしたら機嫌が戻るのだろうと窓の外をぼんやり見ると、雨がやんでいた。スマホでこれからの天気を見てみると、当分雨が降らないらしい。これなら、買い物に行けるかも。
「梨子?雨、やんだけど、買い物行く?」
俺は梨子の機嫌が直るのかどうか顔色をうかがいながら言う。するとさっきまでの不機嫌が嘘のようにパァっとした笑顔でこう言った。
「うん、行く!!」
梨子の機嫌がなおったことに安心して、出かける準備をし、アクセサリーショップを目指す。梨子はスキップをしながら進んでいる。よほど嬉しかったのだろう。そんな梨子を見ているとこっちまで嬉しくなってくるから不思議だ。
気に入った可愛いピンを見つけて梨沙は大喜び。走ってはジャンプし、ジャンプしては走るという謎の行動をしている。
「ね、ね!かわいいでしょ!かわいいでしょ!」
「うんうん、かわいいかわいい」
これでもう何回目か分からない同じセリフ。何回も繰り返されるといい加減面倒くさくもなってくる。そんな梨子もかわいいから許すけど。
梨子は相変わらずずっと走っている。これは帰ったら疲れ果ててすぐに寝るな。そんなことをのんきに考えていた。
「梨子ーそこ、車来るから一回ストップ!」
俺は横断歩道までこのままのスピードで渡ってしまいそうな梨子にそう注意する。
「分かってる、分かってるー」
このことはここの道路を何度も通るたびに行っているから、梨子ももう聞き飽きたのだろう。適当な返事が返ってくる。それでも心配だったおれは駆け足で梨子の方へ行く。すると。
キキィィィィィッ
鼓膜が破れそうなほどのブレーキ音が耳に響く。それとほぼ同時にゴンッていう鈍い音。女の人が「キャァァァ!」と叫ぶ声が聞こえてくる。その音は俺の10メートルくらい前から聞こえる。そこには――
「り、梨子……?」
梨子が頭から血を流してアスファルトの床に倒れこんでいた。近くにいたおじさんが慌ててスマホを取り出して、たぶん救急車に連絡する。俺は目の前のことが信じられず、梨子の方へ駆け寄る。
「梨子、梨子?梨子!」
俺はただひたすらに梨子の名前を呼んだ。すると遠くから救急車のサイレンが聞こえてくる。やがて救急車は到着し、梨子を担架に乗せる。
そのあとの事はあまり良く覚えていない。ただ、梨子の無事を祈るばかりだった。
そんな思いもむなしく、病院についたすぐに打ち消された。
「梨子ちゃんは……運悪く頭を打って、即死でした」
先生が言いにくそうに口に出す。おれはそのことが信じられなくて、でも体はわかっていたようで次々と涙があふれだしてくる。
数分したら、お父さんがやってきた。お父さんは、最近は大分元気になってきていて今も意外と冷静だった。いや、がんばって冷静を保っていたのかもしれない。ここでお父さんが泣いたら今度は俺がおかしくなってしまうっていうのが分かったのかもしれない。だからお父さんは静かに涙を流しながら俺の背中を優しくさすってくれた。
俺が少し落ち着くと病院の先生はお父さんに梨子について何か説明をしていた。俺もそこにいたけど、内容は全然頭に入ってこなくてどんなことをどんな風にしゃべっていたのかは全く覚えていない。
お葬式も気づいたら終わっていて、学校はこれから3学期まで休んでしまった。それでも3学期からは学校に行った。ずっと梨子の事を引きずって学校に行かなかったら大学も行かなくて、美容師になれないと思ったから。
俺が美容師になろうと思ったきっかけは、梨子。お母さんがいないからと梨子の髪の毛をくくってあげたら、そのあとの梨子の笑顔が可愛くて。そしてとてもうれしそうで。俺はもっとこんな笑顔を見たいと思ったし、もっといろんな人を嬉しく思わせてあげたい。それが理由で美容師の為に勉強を頑張った。
一時期は、梨子がもういないんだから美容師になる意味なんてない、と思った。でもそのあと考えて、梨子を理由にこの夢をあきらめたくない、そう思ったのだ。だから今も美容師のための勉強をこつこつと頑張っている。
お正月が終わって3学期。おれが学校に行くと、まずいろんな人になんでこんなに学校を休んでいたのか理由を問われた。俺は自分で言うのもなんだけど、人付き合いが結構上手で友達も多い方。だから学校に行った一日中はいろんな人に囲まれていた。
その時に、梨沙ちゃんの話を聞いた。
「あいつさ、罰ゲームであのブスに好きになってもらわないといけねーんだって」
「最悪じゃーん!でも面白そ」
俺が普段仲良くしている男子友達の会話。俺の机の前でそんな話をしていた。罰ゲームって。いくらその人が嫌いでもそんな人の心で遊ぶ罰ゲームはしてはいけないと思う。
「ブスって?」
俺はブスが誰の事だかわからなかったので聞いてみた。
「え、知らねーの?あの早坂……下の名前なんだっけ?」
「確か……あ!梨沙だよ梨沙。早坂 梨沙」
俺は梨沙という名前に反応する。いや、梨子ではないことはわかっていたけど、梨子と名前が似ているから。俺はもう少し詳しくその話を聞くと先生が入ってきて会話は終了。そのあとはもうこの話はしなかったので、このまま中途半端な形で終わっていってしまった。
だから3年生で梨沙ちゃんと同じクラスだったからびっくりした。梨子ではないことは百も承知だけどちょっと会ってみたかったから。
すると学校に来てなくてさ。だから学級委員だからって理由を用意して梨沙ちゃんの家に行ったの。そしたら梨沙ちゃん、自分に自信がないようで。俺はかわいいと思ったんだけど。だから梨沙ちゃんをかわいくして梨沙ちゃんを罰ゲームにしてたやつらを見返したくなって。だから「レッスン」を始めたんだよ。
梨沙ちゃんと一緒にいると、もっとかわいいって思う回数が増えていって。
俺のお母さんは人気女優だった。俺が物心ついたときからいろんなところに回っていて、いつも忙しそうだった。それでも休みの日は俺といっぱい遊んでくれて優しいお母さんだった。
でも、お父さんとは俺が8歳の時に離婚した。これが一つ目の不幸で、これからの不幸を呼び起こしたのかもしれない。
まだ小さかったおれには理由がよくわからなかったけど、お父さんは夜になるといつも大声を出して怒っていた。俺が寝ている時間ぐらいになると怒鳴り始めて、その声で起きたのは一度や二度ではない。その怒鳴り声の途中にはたまにお母さんの声も聞こえてきたけど、何を言っているかまでは聞こえなかった。俺はお父さんの声が怖くて枕で耳をふさいで頑張って目を閉じていたな。
お母さんは離婚して1年、俺が9歳の時に再婚した。そのお父さんは優しくて、夜に大声を出すことなんてなかった。そしてその1年後、俺が10歳の時にその二人に女の子の子供ができた。それが梨子。だから俺と梨子は血が半分しかつながっていない。でも俺は年の離れた妹をとてもかわいがった。そして起きたのが不幸の二つ目。
お母さんは出産前からいろんなところへ行って撮影したりしていたので疲れ果てていた。その時に出産したのだから疲れがよほど大きかったのだろう。梨子を産んでからは熱が出て、一ヶ月もたたないうちに息を引き取っていった。
そして三つ目の不幸が、お母さんが死んだことによって、お父さんは気が病んでしまった。仕事もできなくなったし、俺や梨子の世話なんて無理。何なら自分の事までできなくなってしまった。お父さんが仕事をしなくても、幸いお母さんが稼いでくれたお金で当分は暮らせそうだったから大丈夫だったけど。しかもマンションももうかっていたので家賃にも困らなかった。
梨子は女優の娘だけあって可愛くて、目はくりくり、肌はつるつる、ほっぺはぷにぷに。かわいいとしか言いようがなかった。俺はお母さんの分まで梨子をかわいがろうと思った。だからお母さんの代わりにかわいい服を買ってあげたり、髪の毛をくくってあげたり。幼稚園のお弁当にはおれはもともと器用だったのでキャラ弁を作ってみるとうまく出来て毎日梨子に頼まれて困ったりもした。毎日が楽しかった。お母さんはいなくなったけど、それでもその分梨子が笑顔をくれたので、楽しかった。
でも、2年前の今日、11月23日。4度目の不幸、最大の不幸が訪れた。
11月23日。天気は11月の珍しい雨だった。この天気はこれからの不幸の事がわかってたみたいに。
お母さんが死んで、梨沙の面倒はよく俺が見ていた。ご飯を作ってあげたり、お風呂に入れてあげたり、服を買ったり着せてあげたり、髪の毛もかわいくしてあげた。梨子は生まれてすぐにお母さんが死んだので、お母さんとの思い出は何一つない。だから俺がお母さん代わりになれるように頑張ったのだ。
そして梨子には何の不満もないよう、楽しめるようにお買い物によく行った。あの前に梨沙ちゃんとメイク道具を買ったところは、リコとぶらぶらしていたら偶然見つけて、そのころから常連客になっている。そこで梨子もお化粧で遊びたいだろうからちょっと買ってあげたりもした。ほかにはショッピングモールで服を買ったり、髪飾りを買ったり。俺もそういうものが好きだったので梨子と楽しんで買い物をしていた。
でも今日は雨。ネットで調べた可愛いアクセサリーショップに行く予定だったのだけれども、この雨じゃどうしようかと迷っていた。そのことを梨子に話すと。
「やだやだぁー!行きたい!行くって約束したもん。だから行くんだよ!」
そういって駄々をこねる。
「だって雨降ってるじゃん?買い物にはまた今度行こうよ」
俺はそういって梨子をなだめる。それでも梨子は納得できないらしくて、かわいいほっぺをぷくっと膨らませて怒っている。
「もういいもん!」
梨子はやっと折れて、すねたままテレビをつけ、最近流行っている女の子向けのアニメを見る。
俺はいろんな美容師の教科書をダイニングテーブルに広げて勉強を始める。本当は自分の部屋でやりたいのだけれども、リコを一人でリビングに置いておくのは心配だからずっとここでやっている。でも梨子はテレビを見ていてこちらにまで音が聞こえてきて思うように集中できない。テレビを消してって言ったらさっき怒ってたばかりだし、もっと怒るかもしれない。だからもう勉強はあきらめて教科書を閉じ、梨子の隣に座る。すると梨子は俺と距離を取った。やっぱり相当怒っているらしい。どうしたら機嫌が戻るのだろうと窓の外をぼんやり見ると、雨がやんでいた。スマホでこれからの天気を見てみると、当分雨が降らないらしい。これなら、買い物に行けるかも。
「梨子?雨、やんだけど、買い物行く?」
俺は梨子の機嫌が直るのかどうか顔色をうかがいながら言う。するとさっきまでの不機嫌が嘘のようにパァっとした笑顔でこう言った。
「うん、行く!!」
梨子の機嫌がなおったことに安心して、出かける準備をし、アクセサリーショップを目指す。梨子はスキップをしながら進んでいる。よほど嬉しかったのだろう。そんな梨子を見ているとこっちまで嬉しくなってくるから不思議だ。
気に入った可愛いピンを見つけて梨沙は大喜び。走ってはジャンプし、ジャンプしては走るという謎の行動をしている。
「ね、ね!かわいいでしょ!かわいいでしょ!」
「うんうん、かわいいかわいい」
これでもう何回目か分からない同じセリフ。何回も繰り返されるといい加減面倒くさくもなってくる。そんな梨子もかわいいから許すけど。
梨子は相変わらずずっと走っている。これは帰ったら疲れ果ててすぐに寝るな。そんなことをのんきに考えていた。
「梨子ーそこ、車来るから一回ストップ!」
俺は横断歩道までこのままのスピードで渡ってしまいそうな梨子にそう注意する。
「分かってる、分かってるー」
このことはここの道路を何度も通るたびに行っているから、梨子ももう聞き飽きたのだろう。適当な返事が返ってくる。それでも心配だったおれは駆け足で梨子の方へ行く。すると。
キキィィィィィッ
鼓膜が破れそうなほどのブレーキ音が耳に響く。それとほぼ同時にゴンッていう鈍い音。女の人が「キャァァァ!」と叫ぶ声が聞こえてくる。その音は俺の10メートルくらい前から聞こえる。そこには――
「り、梨子……?」
梨子が頭から血を流してアスファルトの床に倒れこんでいた。近くにいたおじさんが慌ててスマホを取り出して、たぶん救急車に連絡する。俺は目の前のことが信じられず、梨子の方へ駆け寄る。
「梨子、梨子?梨子!」
俺はただひたすらに梨子の名前を呼んだ。すると遠くから救急車のサイレンが聞こえてくる。やがて救急車は到着し、梨子を担架に乗せる。
そのあとの事はあまり良く覚えていない。ただ、梨子の無事を祈るばかりだった。
そんな思いもむなしく、病院についたすぐに打ち消された。
「梨子ちゃんは……運悪く頭を打って、即死でした」
先生が言いにくそうに口に出す。おれはそのことが信じられなくて、でも体はわかっていたようで次々と涙があふれだしてくる。
数分したら、お父さんがやってきた。お父さんは、最近は大分元気になってきていて今も意外と冷静だった。いや、がんばって冷静を保っていたのかもしれない。ここでお父さんが泣いたら今度は俺がおかしくなってしまうっていうのが分かったのかもしれない。だからお父さんは静かに涙を流しながら俺の背中を優しくさすってくれた。
俺が少し落ち着くと病院の先生はお父さんに梨子について何か説明をしていた。俺もそこにいたけど、内容は全然頭に入ってこなくてどんなことをどんな風にしゃべっていたのかは全く覚えていない。
お葬式も気づいたら終わっていて、学校はこれから3学期まで休んでしまった。それでも3学期からは学校に行った。ずっと梨子の事を引きずって学校に行かなかったら大学も行かなくて、美容師になれないと思ったから。
俺が美容師になろうと思ったきっかけは、梨子。お母さんがいないからと梨子の髪の毛をくくってあげたら、そのあとの梨子の笑顔が可愛くて。そしてとてもうれしそうで。俺はもっとこんな笑顔を見たいと思ったし、もっといろんな人を嬉しく思わせてあげたい。それが理由で美容師の為に勉強を頑張った。
一時期は、梨子がもういないんだから美容師になる意味なんてない、と思った。でもそのあと考えて、梨子を理由にこの夢をあきらめたくない、そう思ったのだ。だから今も美容師のための勉強をこつこつと頑張っている。
お正月が終わって3学期。おれが学校に行くと、まずいろんな人になんでこんなに学校を休んでいたのか理由を問われた。俺は自分で言うのもなんだけど、人付き合いが結構上手で友達も多い方。だから学校に行った一日中はいろんな人に囲まれていた。
その時に、梨沙ちゃんの話を聞いた。
「あいつさ、罰ゲームであのブスに好きになってもらわないといけねーんだって」
「最悪じゃーん!でも面白そ」
俺が普段仲良くしている男子友達の会話。俺の机の前でそんな話をしていた。罰ゲームって。いくらその人が嫌いでもそんな人の心で遊ぶ罰ゲームはしてはいけないと思う。
「ブスって?」
俺はブスが誰の事だかわからなかったので聞いてみた。
「え、知らねーの?あの早坂……下の名前なんだっけ?」
「確か……あ!梨沙だよ梨沙。早坂 梨沙」
俺は梨沙という名前に反応する。いや、梨子ではないことはわかっていたけど、梨子と名前が似ているから。俺はもう少し詳しくその話を聞くと先生が入ってきて会話は終了。そのあとはもうこの話はしなかったので、このまま中途半端な形で終わっていってしまった。
だから3年生で梨沙ちゃんと同じクラスだったからびっくりした。梨子ではないことは百も承知だけどちょっと会ってみたかったから。
すると学校に来てなくてさ。だから学級委員だからって理由を用意して梨沙ちゃんの家に行ったの。そしたら梨沙ちゃん、自分に自信がないようで。俺はかわいいと思ったんだけど。だから梨沙ちゃんをかわいくして梨沙ちゃんを罰ゲームにしてたやつらを見返したくなって。だから「レッスン」を始めたんだよ。
梨沙ちゃんと一緒にいると、もっとかわいいって思う回数が増えていって。