みにくいアヒルの子

あるお母さんアヒルのもとに、1匹だけ、みにくい姿をしたアヒルが産まれました。
そのアヒルは、みにくい姿をしていたのでお母さんや兄弟たちからいじめられていました。
そして、アヒルの子は生活に耐えられなくなり、逃げ出してしまいます。
逃げ出した先でもみにくいアヒルの子はみにくいといわれます。
あるとき、一人で湖を泳いでいると、とても白くて美しいハクチョウに出会いました。
なんて美しいんだろうと感動しましたが、みにくい姿の自分じゃ、仲間に入れてもらえないと、あきらめます。
やがて春になり、みにくいアヒルの子も、空を飛べるようになりました。
空を飛んでいると、また美しい鳥の群れに出会います。
みにくいアヒルの子は、殺されるのを覚悟で群れの中に入ります。
しかし、きれいな水面に映った自分の姿はみにくくなく、きれいな白いハクチョウだったのです。

 幼稚園でよく先生が読んでくれる絵本。その中でも私は「みにくいアヒルの子」が一番心に残っている。理由は、私とよく似ていたから。

 私――早坂 梨沙(はやさか りさ)は、顔が(みにく)い。それも、みにくいアヒルの子のように一人だけ。お父さんとお母さんは美男美女、とまではいかないけど、普通な、かわいくも醜くもない顔をしていた。だけど私は一人だけ醜い。
 でも、幼稚園の頃はあまり気にならなかった。4,5歳の子供は、あんまり友達の容姿は関係ないんだろう。だから、私と仲良くしてくれている子も何人かいた。それに、私もあのみにくいアヒルの子のように、大きくなったらきれいなハクチョウになれると信じていたから。でも、あれは絵本の中のお話。現実はそううまくいかない。

 小学生になると、みんなは友達はしっかり選ぶようになっていくのか、幼稚園の頃のように仲良くしてくれる人が減った。しかも、私に悪口を言う人も出てきた。「ブス」「キモい」「ゴミ」「死ね」などを毎日たくさん言われた。直接言わなくても裏や、グループLINEでこそこそ言っていたり、気持ちわるっていう目で見られたり。悪口だけならまだよかったのかもしれない。でもそれもどんどんエスカレートしていって、小学校高学年や、中学校、高校ではいじめられたりもした。
 学校でこんなにひどいからって、家が平和なことはなかった。家も同じぐらいひどい。お母さん、お父さんには毎日のように「死ね」「キモい」って言われた。醜い私に触りたくなくて、暴力をしてこなかったのは、不幸中の幸いなのだろうか。そんな二人は私が小3の時に離婚した。理由は私。お父さんがこんな「こんな醜い奴、育てていけるか!」って言って、家を出て行き、それきり帰ってこなかった。だから取り残されたお母さんは醜い私の世話役を押し付けられ、でも私の世話なんかろくにせず、私が中学校になったころには毎日いろんな男と夜中まで遊んでいる。
 家にも学校にも私の居場所がない――私はこの世に必要ない。
 私はそれに耐えられなくなった。いや、誰も味方がいない中で高2までもった方がすごいんだろうか。高2までは、自分の事は醜いものだと思っていたから何を言われてもそう傷つかなかった。耐えられなくなった原因――それは、

 好きな人。高2の時、初めて私に好きな人が出来た。私は醜くて誰にも好かれず、誰も好かないと思っていた。でも、一人だけ、私にしゃべりかけてくれた人がいた。彼は、私を醜いものだなんて思わずに、みんなと同じように接してくれた。
 初めて人とちゃんと喋ったかもしれない。
 初めて悪口を言われなかったかもしれない。
 初めて私を気にかけてくれた人かもしれない。
 初めて、初めて――
 だから、私は彼に惹かれた。彼も私の事を好きだったんだと本気で思っていた。そんなわけないのに。
 放課後、持って帰るのを忘れた課題を取りに学校へ戻ってきて、教室に入ろうとしたとき、たまたま聞いてしまった会話。教室ではまだカースト上位の男女グループが残っていた。さすがにあの人たちがいる中に、一人でずかずか入っていく勇気は私にはなかったので、忘れ物はあきらめて家に帰ろうと思った。あの時、彼と彼との会話が聞こえなければ。あの会話は、今まで言われてきた度の悪口よりも、いや、そんなの比にならないくらいの衝撃の言葉だった。

「最近あの子と、どぉ~?」
「あのブスに好かれるって……誰が考えた罰ゲーム?世界一最悪なんですけどー!」
「やっぱぁ?最高でしょー」
「てか、俺、結構うまくいってるよ?あいつ、俺のこと好きって感じするもん。もうちょっと遊んで、それでほんとのこと言おっかなぁ。そしたらどんな顔するだろ」
「なにそれ?趣味わるー」
 彼と、人気のある女子との会話。これは、言葉の意味くらい、私にもわかった。
 ――私は世界一最悪な罰ゲーム。
 遊びだったんだ。今まで仲良くしていたこと全部。からかわれていただけ。
 それでもまだ信じられなかった。信じたくなかった。世界一最悪な罰ゲームは私の事じゃなくて、また違う人の事で。私は本当に彼に好かれていて、私は彼を好きで。そう思いたかった。
 思いたかったのに。1週間後、ちゃんと事実を告げられた。
「もしかしてぇ~お前、俺がお前のこと好きだって思ってる?」
「……」
「ごめ~ん。今までやってたこと、世界一最悪な(・・・・・・)の罰ゲームだったから。お前みたいなきっもちわるい奴の事、誰が好きになるかよ」
 この。一瞬で。すべて打ち砕かれた気がした。
 覚悟はできていたはずなのに。あの時聞いた会話の本当の意味は分かっていて、それでもまだ彼を信じていた私が悪いんだ。ダメだったんだ。そう頭ではわかっていても、目と心はわかってなかったみたいで。あのあと何日も一人で泣いて、泣いて。心はずたずたに引き裂かれた感じで。
 誰も、なにも、信じられない。今まで一緒にいた人も、今まで一緒にいた時間も。
 自殺、しようかとも思った。学校の屋上から飛び降りて。だから、屋上に行ってみた。でも、屋上から下を見ると、どんどん 怖くなっていって。自殺すらできなかった。そんな勇気がなかった。

 だから私は高3から自分の部屋で引きこもることにした。あと一年。あと一年で大学に行けるし、学校に行かなくても何も言われない。まぁ、今も大したことは言われないけど。
 引きこもりの中で、私は絵を描くことにした。私は昔から絵を描くのが好き。現実ではどんなに醜い自分の顔も、絵の中ならかわいくなれるから。私が世界で一番かわいい絵。私が笑っているところや、泣いているところ、寝ているところや座っているところ。そんなのただの現実逃避だってわかっていた。でも、そうしないと私は壊れそうだったから。
 そして、お母さんとの接触や会話も、必要最低限にした。
 まぁ、そんなことしなくてもあんまり会わないんだけど、この日からは絶対に会わないよう、私から避けた。ご飯を作るときも、洗濯するときも、トイレに行く時も、お風呂に入るときも。お母さんが確実にいない時間を狙って部屋から出た。そんなことをしてもお母さんは私の事なんて普段から見ていないから、異変に気付かれる心配もなかった。