文化祭二日目。私は一日目に調理の前半を担当していたので二日目は後半を担当することになっている。後半は髙宮くんと一緒。文化祭は9時から始まっていて、午後の人は午前中に友達と回ったりするのだけれど、私は昨日の事もあって学校に行っていない。そのことを髙宮くんに言うと、髙宮くんも午後から行くことにしたらしい。付き合わせて悪いかな、と思ったけど髙宮くんと一緒に行きたかったので午後から一緒に学校に行くことになった。
 私が午後から行く事には理由が二つある。一つ目は昨日松倉さんにあんなことをされた恐怖で、松倉さんにはあまり会わないでいたいから。そして二つ目は、松倉さんと話し合おうと思ったから。ちょっと矛盾している気がするけど、私は松倉さんと話がしたい。だからその内容を整理するために午前中を使いたかった。話し合うのは後半が終わって、最後の花火の準備をするために各出し物を片付けている時。その時に松倉さんを呼び出して、話をしようと思っている。
 そういうことで私は松倉さんに話すことを、頭の中で整理する。


ピンポーン♪ピンポーン♪

 私は最後にもう一度話すことを考えてから玄関のドアを開ける。
「……お待たせ」
 なんだか少し緊張してしまう。
「うん。じゃあ行こっか」
 髙宮くんは普通に話しかけてくれる。いや、普通のように話しかけてくれている。話しながら私の様子をうかがうみたいに。
「ごめん、髙宮くん。私もう大丈夫だから」
 それだけで髙宮くんには伝わったみたいで、うん、とうなずいてくれる。それでも心配なようでちょくちょく私の顔を見てくる。ほんとに大丈夫なんだけど、私は昨日の帰りはものすごい顔をしていただろうから心配しないわけがない。そう思うと少し申し訳なくなってくる。
 私たちは無言で学校に向かう。今日は雲一つない快晴だけど、もう10月だから涼しい。10月に花火って変な感じだけど、今日はきれいに見えそう。
 学校につくともう私たちが働かないといけない時間になりそうで、急いで教室に向かう。そして服を着替えてスタンバイ。注文されたものを昨日と同じように次々に作っていく。昨日と同じだけどもう二回目だから大分手馴れてきて、作るのが早くなっている。午後の私たちはひたすらに注文されたものを作っていた。

ピーンポーンパーンポーン♪
『本日の文化祭は、これにて終了させていただきます。このあと18時からは、花火が上がります。その準備をしますので、今日来てくださった方々は、運動場に出て、しばしお待ちください。もう一度繰り返します……』

 文化祭終了の放送がなった。お客さんは運動場に出て、生徒は次々に片づけていく。だいたい片づけ終わってあとは明日、そこまで片付けるとみんなはぞろぞろ運動場に出ていく。
 松倉さんに言うなら、今だ!
 私は事前に松倉さんの位置を把握していつでも話しかけれるところにいる。松倉さんの周りには、前のように一軍はいないので話しかけやすい。
「松倉さん!」
 私は駆け寄って松倉さんに近づく。それに気づいた松倉さんはぎょっとして逃げようとする。でもその前に私が松倉さんの腕をつかみ逃がさないようにする。
「ちょっと!放してよ……!」
 松倉さんが腕を振って振り払おうとする。私は振りほどかれないように両手で松倉さんの腕をつかむ。
「松倉さん。ちょっと話したいことがあるから、来てくれない?」
 私はお願い、というよりも半ば命令口調でそう言う。
「何?今度は私が何か言われるの?」
「私が一方的に話すんじゃないよ。松倉さんと二人で話し合うの」
 私は松倉さんに逃げられないようにすぐに言う。
「話し合ってきなよ」
 私でも松倉さんの声でもない声が、二人の後ろから聞こえてくる。誰かと思って振り返ると……
「……翔くん!」
 私はもう髙宮くんが運動場に出ていくのを見てから松倉さんに話しかけたのに、ここに髙宮くんがいてびっくり。頭が働くのを一瞬やめてしまう。
「昨日あんだけ言ったんだから、一つぐらい言うこと聞いてあげてもいいんじゃない?」
 髙宮くんが私と松倉さんを交互に見て言う。髙宮くん、もしかして私が松倉さんと何か話し合うこと、見抜いてたのかな……?いつばれたのかは分からないけど、私の力では松倉さんを引っ張っていく事なんてできないので、髙宮くんが助け船をしてくれて助かる。
「……」
 松倉さんは無言だけど、私に抵抗することをやめる。
「じゃあ、昨日の教室でいいかな?」
 私は松倉さんに問うけど何も答えてくれないので勝手に決める。
「早坂さん、話が終わったら運動場来てね」
「うん、わかった」
 私は髙宮くんにうなずく。
「そして、愛華。早坂さんに手、出したらダメだよ」
 髙宮くんが松倉さんにくぎを刺す。
「……分かってるわよ」
 松倉さんも返事をする。ぶっきらぼうだけど、今の松倉さんなら何もしてこない、そう分かる返事。
「じゃあ後で」
 髙宮くんが運動場に出ていく。教室では、まだ何人か残っていて、おしゃべりをしている。私は松倉さんの手を放して昨日の教室へ静かに向かう。教室につくとドアを開けて、松倉さんが入ったのを確認するとドアを閉める。
「で、話って何なのよ」
 口調はきついけど、声が弱々しいから怖くない。
「あのね、私、昨日松倉さんに言われたこと、考えてみたの」
 松倉さんは何も反応しないので、話を進める。
「松倉さん。あのね、恋の中で悪い人なんかいないんだよ」
 下を向いていた顔がぴくって揺れる。
「昨日松倉さんは口では私を、でも本当は自分で、自分を責めていたよね」
 私は確信を持ちながらも質問のいい方で言う。
「でもね、恋の中では悪い人はいないんだよ?髙宮くんと仲良くしていた私が悪いわけでも、努力しても結果が出ないって言ってた松倉さんが悪いわけでもない」
 松倉さんは相変わらず無言。でも、直感だけど、意味は通じたような気がする。
「まぁ、これは私の考えだけどね。じゃあ、話はこれだけだから。来てくれてありがとう」
 私はこの空気から逃げるようにさっさと教室から出た。すると後ろからガタッという音が聞こえて振り返る。
「……こっちこそありがと。もう、あんたにはかなわないや」
 私はなんていいのかわからずにペコッと頭を下げて教室から出る。私はもうこれで満足。だって、松倉さんは目に涙をためていたけど、笑っていたから。

「髙宮くーん!」
 私は運動場に出てきて髙宮くんを探していると、たくさんの女の子のかたまりがあった。もしかして、と思ってみてみると、案の定、中心には髙宮くん。女の子の中には昨日見た子もいる。相変わらずすごい人気だな、と思ってる場合じゃなくて!早くしないと花火が始まっちゃう!とりあえず必死に髙宮くんの事を呼ぶ。
 何回呼んだら気づいてくれるかな、と思ったけど、一回呼ぶと髙宮くんは私の方を見て気づいてくれた。
「早坂さん!」
 髙宮くんがこっちに来てくれる。髙宮くんが歩くと、女の子たちは髙宮くんように道をささーっと開ける。その異様な光景がおかしくて、思わず吹き出してしまった。
「何笑ってるの?」
 髙宮くんが私の事を見てそう言う。
「いや、何でもないよ」
 私は一生懸命笑いをこらえながら言うも、こらえきれなくて再び吹き出してしまう。
「なになにー?なんで笑ってるの?」
 髙宮くんが本当に不思議そうな顔でそう聞いてくるから、それもおかしくてまた笑う。するとまた放送が鳴った。

『今から五分後の、18時から花火が上がります。もう一度繰り返します……』

 この放送を合図に、みんなは花火が上がる、川がある方にどんどん歩いていく。
「もう花火上がるね。私たちも移動しよっか」
 私もみんなと同じ方向に行こうとすると。
「いいところ、知ってるよ。こっち来てみて」
 髙宮くんが私の手をつかんで言う。私は振り返ると髙宮くんがいたずらっ子のような笑顔。この顔、何か普通じゃないことするなぁ。私はそう気づいたけど、楽しそうだったので髙宮くんについていく。
 手が握られた大きい手。ごつごつした手。あたたかい手。なんだかとても安心する。そんなことを思いながらついていくと、校舎の中に入ろうとする。
「え?校舎から見えるの?」
 校舎は運動場を挟んで川があるから、ちょっとは高いけど、遠い。だから近くで見た方がよさそうだけど……
「校舎だけど校舎じゃないよ」
「え?」
 校舎だけど校舎じゃないって……いったいどこなんだろう?そんなことを思っていると最上階の3回についた。ここからきれいに見える教室なんてあったかなぁと考えていると。髙宮くんは更に階段を上る。その瞬間に私は理解した。
「もしかして、屋上?」
 私が冗談かも、なんて思って聞いてみると。
「せーいかーい!」
 全然冗談なんかじゃなかった。
「屋上って入ったらだめなんじゃ……」
 それに鍵もかかってるんじゃない?そんなこと言う前に。
「バレなかったらセーフですー」
 なんて言って髙宮くんはポケットからカギを取り出す。そして屋上のドアのかぎへ差し込み、回す。ドアを押すとギギギッという音を立ててドアが開いた。
「学級委員とはいいものでしてねー。あ、これ、みんなには内緒ね」
 髙宮くんが口元に人差し指を立ててそう言う。ほんとはだめなことなんだろうけど……楽しそう。私は残念ながら何でもかんでも先生の言う事を聞く、とても賢い優等生ちゃんではない。なので好奇心の方が勝ってしまって髙宮くんに続いて屋上に出る。すると……

ヒュルルゥゥゥ……バーン!

 空にとてもきれいな花が咲く。そのお花はどんどん増えていって、視界全部がお花で埋もれていく。
 どんどん!ってなるたびに立つ鳥肌と、空がきれいすぎて離せない目。花火って、こんなにきれいなものだったけ。私はそんなことをぼんやり思いながら空を見つめている。
 そんなきれいな花火は30分もあるはずなのに、一瞬で過ぎて行ってしまった。上がり終わっても、まだ頭の中で再生される。ただただ、きれいだったな。
「早坂さん。こっちに座ってちょっとしゃべろ?」
 花火が終わってちょっとの間、私たちは一言も発さなかった。初めに口を開いたのは髙宮くん。そういうと屋上の端っこにあるベンチの方へ歩いていった。
「そうだね」
 私の頭も現実に戻ってきてもらって髙宮くんの隣に座る。
「きれいだったね」
 髙宮くんがため息のように言う。
「うん、きれいだった」
 私もそれしか言えない。ものすごい大規模な花火だったわけではないけど、とても楽しいひと時だった。それは、髙宮くんが隣にいたっていうのも理由かもしれない。
「愛華とは、どうだった?」
 髙宮くんが聞く。
「ちゃんと話せたよ。私が思ってたこと。松倉さん、最後にありがとうって答えてくれた」
 私があの時の事を思い出して言う。詳しいことは言わないけど。
「そっか……ちゃんと話せたんだね。よかったじゃん」
 そのあとのしばらくの沈黙。なんだか居心地がよくて、悪くて、変な空気。その沈黙を破ったのは髙宮くん。
「早坂さん」
「ん?」
 なんだか改まって、何だろうと思っていると。
「俺、早坂さんの事が好き」
「……え?」
「梨沙ちゃんの事が好きだよ」
 好きって……あの、好き?
 私は突然言われたことに頭が真っ白になる。そしてまた沈黙。でも私の心臓は、これまでにないぐらいバクバク言っている。髙宮君の事を見ると、薄暗くなってきた今でもわかるくらいに顔を赤くして、こっちを見ていた。
「付き合って、ほしい……です」
 そこまで言うと髙宮くんは顔をそらしてしまう。私は頭を急いで整理する。
「髙宮くん」
 髙宮くんが顔を上げる。私も髙宮くんの顔を見て目を合わせる。
「私も、髙宮くんの事が……好き、です。私も、付き合いたい……!」
 私は今すぐにでも顔をそらしたいけど、そらせられない。数秒間、髙宮くんと見つめ合う。すると髙宮くんの顔が近づいてきて唇に何か柔らかいものが触れる。
「じゃあ、これから梨沙ちゃんは俺の彼女ね?」
 髙宮くんがあのいたずらっ子のような顔でそう言った。もしかして、今……?
「じゃ、じゃあ髙宮くんはこれから私の彼氏だね……!」
 私は恥ずかしい気持ちをそらすように目をそらしながら言い返す。
 その日のその時が私のファーストキスとなった。