「じゃあ、今から文化祭の出し物について話し合いたいと思います」
いじめがなくなってから一週間が過ぎた。9月の中頃。今から1か月とちょっとで来る文化祭の出し物について話し合う。個々の学校は文化祭に結構力を入れていて文化祭は二日あって一日目は9時から17時までで少し短い時間。二日目は9時から19時までと二時間多くなっていて、夜には学校の前の川で花火も上がることになっている。そして話し合いを進めているのは髙宮くんと松倉さん。二人が学級委員のようでこういう話し合いの時は二人が司会をすることになっている。一週間前があれだから二人の間はちょっと気まずい空気が流れているような気がする。でも髙宮くんはそれを気にしないように話を進めている。松倉さんはみんなから裏切られたような行動をとられたので、最近は誰にでもあたりがきつくなっている。それでも話し合いはちゃんと進めてくれている。
みんなが次々に案を出していく。まだ夏祭り気分で「焼きそば屋さん」や「ベビーカステラ」という人もいれば「たこ焼き屋さん」という人もいたし、「お化け屋敷」や「段ボール迷路」という人もいた。どんどん案を出していくみんなは楽しそうで、みんなをまとめるのが髙宮くん、黒板に分かりやすく書いていくのが松倉さん、と言う感じ。そして話し合うこと約20分。最後は多数決で、文化祭でやることが決まった。
「では、文化祭の出し物は、『メイドカフェ』に決まりました」
その髙宮くんの声で、女子は「やったー!」という声が聞こえた。でも男子は……
「メイドカフェかー……。俺らは何すんの?」
「俺らもメイドのコスプレするんじゃね?」
「うわ、絶対無理……」
あまりやる気はなさそう。多数決の結果は、男子は焼きそばやたこ焼きや迷路やお化け屋敷やいろいろと意見が分かれたけど女子はほとんどみんなメイドカフェに手を上げていた。なのでメイドカフェが一番多い結果となりこれに決定した。
「まぁ文句言わないで―。次は装飾、衣装、食材、進行の四つの係に分けます」
そういって髙宮くんはそれぞれ何をするのか説明をしていく。話し合って決めた結果、私は食材係になった。食材係はどんなメニューを出すのか、その作り方はどうするのか、そして材料を買いに行ったりする。ちなみに髙宮くんも食材係。同じかかりだとお話しするときも多いだろうし、うれしいな。
この日からどんどん文化祭の準備が始まっていく。装飾係は看板を作ったり、テーブルをどんな感じにするのか決めたり。衣装係は女子はメイド服、男子にはエプロンをクラスの人数分作って言っている。進行係はちゃんと予定通りに進まっているのかチェック。そして私たち食材係はメニューを決めて作り方を調べ、材料を買ってきて実際に作ったり忙しい。でも着々と完成へとみんなと進んでいくのはとても楽しかった。髙宮くんともしゃべる時間が増えたのも理由かな。
文化祭当日。私は前半の調理担当。調理はお客さんが頼んだものを作る仕事になっている。前半5人と後半5人の10人で構成されている。そしてうれしいのがこの前半の調理に髙宮くんがいるっていう事。私は前半の仕事が終わると自由に文化祭を回れることになってるんだけど誰と行くとかをまだ決めていない。もし、奇跡が起きたら髙宮くんと一緒に回れたらいいのにな、なんて考えているんだけど……髙宮くんは友達がいっぱいいるだろうし、もう行く人決めてるんだろうなぁ。
それよりも、仕事仕事!接客係が聞いてきてくれたものを作っていく。
私たちはメイドカフェなので、女子は全員メイドのコスプレをして接客もできるだけ全員女子にしている。男子はというと、髙宮くんみたいに調理係だったり、校内を回って宣伝したり、材料を調達したりなど。男子は初めはだるそうにしていたけれど、中学校最後の文化祭だから張り切っている。
「スペシャルコーヒー一つとショートケーキ一つ!」
「ココア二つとシュークリーム二つ!」
「コーヒーブラック扶突とスペシャルコーヒー一つ、プリンが一つ!」
次々と注文が入ってくる。それを私たちが作ってカウンターへおき運んでもらう。今の時間帯は忙しい時間で一つ作り終わったのにもう三つの注文が来ていたりする。手を休める暇がない。ずっと腕を動かして疲れてきたころ、ちょっと注文の数が減ってきた。そして最後の力を振り絞り最後の注文を作り終えると……
「後半の人に交代でーす!」
そういう声が聞こえてきた。私は後半の人に「お願いします」と礼をしてキッチンから出る。そして椅子に座る。
「はぁー」
私は思わず大きなため息をこぼしてしまう。すると、
「お疲れさま」
そんな声が上からふってきた。私は声だけでだれか分かったけれど顔を見たくて上を向く。
「髙宮くん!」
髙宮くんが優しい笑顔で私の事を見ていた。髙宮くんのこの顔を見ると、なんだかさっきまでの疲れがどこかへ飛んで行ったかのようにうれしくなる。
「コーヒー作るの、どうだった?」
髙宮くんが私の隣の席に座ったそういう。
「大変だったけど……とっても楽しかったよ!」
私は笑顔で返す。
「よかった……」
そういって髙宮くんは一回言葉を切る。そしてもう一度口を開く。
「早坂さんって、この後、誰かと回る約束してる……?」
髙宮くんが少し上目遣いでそう言う。回る約束?
「いや、してないけど……」
「じゃあさ、よかったらでいいんだけど、俺と回らない?」
俺と回らない?って……。
「うん!回りたい!」
髙宮くんと一緒に回れる!私もさっき一緒に回りたいって思ったところだったので誘ってくれてうれしい。じゃあどこに行こうかな?私は誰とも回る約束をしていなかったので、どんな出し物があるのかあまり見ていない。どんなところがあったっけなぁと制服に着替えながら考える。着替え終わって廊下に出ると、髙宮くんはもう着替え終わったみたいで制服で待ってくれていた。
「お、お待たせ」
髙宮くんは廊下の壁にもたれかかっていて、そんな動作だけできれいな絵になるなと見とれてしまう。
「あ、早坂さん。じゃあ文化祭、どこ回ってく?」
髙宮くんが立ちなおし、私に聞く。
「私は何があるか知らないから……髙宮くんが行きたいところでいいよ」
私がそういうと髙宮くんはうぅーんとうなる。そんな髙宮くんもかっこいいな、と思っていると周りが少しざわざわしていることに気づいた。私は何の話をしているのだろう、と周りに耳を集中させると。
「あの人、かっこよくない?」「よね!彼女いるのかなぁ」「隣に女の子いるよ。彼女なのかな」「彼女いるのかぁじゃあ無理じゃん」「てか彼女さんもかわいいね」「ほんとだ……じゃあ次いこっか……」
そんな会話が聞こえてきた。かっこいいって誰の事だろう?と思って周りの人の視線を追ってみると。
「……あぁ、髙宮くんか」
視線の先には髙宮くんがいる。髙宮くんならかっこいいなんて当然納得なんだけど……。髙宮くん、見た目だけでもこんなに人を寄せ付けるなんてすごいな……。って思いながらもう一度視線の方を見る。するとその人たちは全員女子で、うちの学校の人もいるけど、他校の人の方が多い、という事に気づいた。
そしてさっきの会話に出てきたもう一人の『彼女』って誰の事だろう……。髙宮くんには彼女に見える人がいるのか……っていうか彼女なのかもしれない。髙宮くんに彼女いるのかなんて聞いたことないし。髙宮くんなら彼女が一人ぐらいいてもおかしくないからなぁ。って髙宮くんの彼女が今隣にいるの⁉誰なんだろうと私とは反対の髙宮くんの横を見てみる。でもいるのは髙宮くんの事をキラキラした目で見ている他校の女子生徒だけで髙宮くんの彼女らしき人はいない。誰の事だろうって思ってもう少し周りを見渡していると、ある可能性がある事に気づいた。もしかしたら、都合がよすぎるかもしれないけど……
彼女に見える人って、私だったりしない?立って髙宮くんの周りには近くにいる女子なんて私ぐらいしかいないし。でも、あの会話ではかわいいって言ってたな。やっぱり私じゃない人なのかな。それも、私の事をかわいいって言ってくれた……?
そんな風に考えるときりがない。いい方向、悪い方向へと想像はどんどん膨らんでいく。
「えぇッと……じゃあ順番にいろんなとこ回っていこっか!」
髙宮くんがたくさん考えた結果がこれ。周りの視線などこれっぽっちも気にしないでそう言う。でも、ちょっと髙宮くんっぽいかも。
「そうだね、順番に回ろう!」
髙宮くんのこの結果を聞くとさっきまで考えていたことなんてどこかに行っておかしくなってくる。
この後は言った通り焼きそばやパンケーキなどの食べ物、ブレスレットなどを手作りできるところ、迷路やモグラたたきなどのゲーム。いろんなところへ回った。髙宮くんはいつでも楽しそうで、私も楽しかったけど髙宮くんの笑顔を見るともっと楽しくなってくる。
モグラたたきで何回も挑戦してやっとのことで最高記録が出て満足な髙宮くん。そしてもうそろそろ文化祭も終わり、というときに。
「あっお化け屋敷行きたい!」
髙宮くんが思い出したように言う。
「お化け屋敷ね、私も行きたい!」
一日目の最後の締めくくりはお化け屋敷、いいじゃん。お化け屋敷なんてほとんど行ったことがない。私が行ったことのあるお化け屋敷なんて幼稚園の先生たちがお祭りの時にやってくれるお化け屋敷ぐらい。あのお化け屋敷は全然怖くないので、高校生の本気のお化け屋敷は面白そうだなぁ。
そんなことを思いながらお化け屋敷をしている教室へ行く。
もう最後だからか、お化け屋敷はだいぶ空いていて、行ったらすぐに入ることができた。お化け屋敷の中は、当たり前かもしれないけど真っ暗。でも歩いていく道はライトで照らしてくれていて足元は少し明るい。右に左にお化けやゾンビの仮装をした生徒が出てくる。もうちょっと進むと急にライトが、ばっと照らされて照らされたものがはっきりと見える。浮き出てきたのは……
「きゃっ!頭!」
人体模型の頭。偽物だとわかっていても急に出てくると心臓に悪い……。
すると何かに足を捕まれた!恐る恐る足元を見ると……。
「た、髙宮くん!あ、足、捕まれたよぉ……!」
私は半分涙声で髙宮くんに言う。赤い血――赤いペンで真っ赤に塗られた手に足がつかまれる。私はぐいぐい引っ張られるので思わず髙宮くんの腕をもって助けを求める。
「は、早坂さん、大丈夫だよ?あの赤い手に地獄に引き込まれるなんてことはないから……」
「やめてやめてぇ!そんなん言わないで助けてよぉ!」
私は足を進めようともなかなか手を放してくれないからただただ助けを求める。さっき足元についていた明かりも消えていて、あたりは真っ暗闇。どこに髙宮くんがいるかもわからなくなってしまった。私はパニックで叫んでいると、パッと髙宮くんに手を捕まれて私のことをぐいぐい引っ張っていく。その勢いで足の手は放してくれたけど暗すぎて周りが見えず、私はどこに行くかわからなくて恐怖だった。
「た、髙宮くん?もう、手、離れたよ?もう大丈夫だよ?」
そう髙宮くんに行っても止まらない。
「髙宮くん!なんか、変だよ!止まって!」
止まるどころか引っ張る手はもっと強くなり、歩く速度も加速していく。私はがんばって踏ん張って手を振り払おうとするけど、引きこもりだった私の力は弱く、髙宮くんの力は強いため振り払えない。
「た、髙宮くん……?」
今引っ張られている手を触ってみる。なんだかやわらかくて、小さい。髙宮くんの手はもっとごつごつしてて大きかった気がするんだけど……これって、髙宮くんじゃない?でも、じゃあ、誰……?
「ねぇ、誰なの?髙宮くんじゃないの?」
私が質問するも答えてくれない。答えてくれたのは今握られている手で、もっと強く握られる。
「い、痛いよ……!放してよ!ねぇ、誰なの⁉」
私はまた涙が出そうになるも、こらえる。すると、急に視界が開けて、明るくなった。
私たちが出たのは廊下。お化け屋敷のゴールではない、たぶん緊急用の出口から出てきたんだと思う。そして手を握っているのは……。
「ま、松倉さん?」
松倉さんが無言で私の手を強く握り、引っ張りながらどこかへどんどん進んでいっている。廊下にはもう文化祭が終わる時間だからか誰もいない。ちょっとの間、振り回されていると、松倉さんの足がある教室の前で止まる。ここは……確か、今はもう使われていない教室で、さっきのお化け屋敷のところからはもうだいぶ離れた。あまり掃除がされておらず日当たりも悪いため、生徒や先生がここに来ることはほとんどない。この教室に、何の用事があるのかな?と思っていると松倉さんがドアを開け、私を引っ張って教室の中に入る。私が入り終わるとドアを閉めた。
「松倉さん?どうして……」
「もう、いい加減にしてよ!」
松倉さんが私の言葉をさえぎってそう言う。松倉さんの瞼には涙がたまっている。
「ま、松倉さん?どうしたの?」
私は松倉さんが泣いている理由がわからず、聞く。
「どうしたもなんも……どうしてあんたなんかが翔君と仲良くしてるのよ!」
翔君と仲良く……?髙宮くんの事だよね?仲良くしてないことないけど、松倉さんだって髙宮くんと仲良くしてる、よね?
「私だって、私だって……翔君と仲良くしたいのに!そのためにたくさん努力もしたのに!それなのに、努力してないあんたが翔君と仲良くなるって、どういう事よ!」
そんなこと私に言われても……私だって最近はおしゃれに気を使っている。決して努力していないわけではない。でも、私は松倉さんの気迫に何も言い返せない。私も本気だけど……松倉さんも、同じくらい本気なんだ。
「もう、あんたなんか、あんたなんか……」
松倉さんが手を握り締めて上にあげる。私は予想外の松倉さんの行動に腰が抜けて逃げられず、ただ身を守る事しかできない。そう思って身構える。だんだん松倉さんのこぶしが私に近づいてきた時。
「何やってんの?」
なかなか痛みが来ない。それに、よく知っている声が聞こえたので目を開けると……
「た、髙宮くん……!」
髙宮くんが松倉さんの手を捕まえていた。
「しょ、翔くん!なんで、いるの……?」
松倉さんが青ざめた顔でそう言う。
「早坂さんがいなくなったから探してたら、この教室からすごい声が聞こえてきて、見てみたら二人がいた」
髙宮くんは何もなかったかのように言う。でも、顔はものすごく怒ってる……?松倉さんは驚きすぎて声が出てこない。
「愛華、何やってたの?」
「な、何って、何もやってないわよ……」
松倉さんはさっきとは全く違って、小さい今にも消えそうな声でそう言った。
「何もやってない?じゃあこの手はどうしようとしてたの?」
髙宮くんが握っていた松倉さんの手を松倉さんの目の前に持ってくる。松倉さんは目を伏せていて表情が見えない。すると松倉さんは手を振りほどいてこの教室へ出て行った。
「早坂さん、大丈夫⁉」
松倉さんが出ていくと、髙宮くんがとても心配そうな目でこっちに駆け寄ってきた。
「うん、大丈夫だよ……」
一応大丈夫だけど結構疲れた。それが声に出ていて弱々しい声になっている。
「ごめんね、早坂さん……すぐに気づかなくって」
髙宮くんが謝る。
「いや、私も急にどっか行っちゃってごめん。心配させちゃったよね?」
「ほんとだよー……早坂さんが急にどっか行くからどこ行ったんだと思ったよ……」
声の様子からして、髙宮くんもだいぶ疲れていそう。とても心配かけちゃったな……。
そのあとはいろいろ事情を聴かれた。どうして、どうやってここに来たのか、ここに来てから何をされたのか。特になにもされてはいないけど大体の事を伝えた。そのあとの事はもうあんまり覚えていない。髙宮くんに家まで送ってもらって、そのあとは疲れたのですぐに寝たような気がする。髙宮くんにはとても心配されたけど、私は松倉さんに何を言われたのかは詳しくは言わなかった。
いじめがなくなってから一週間が過ぎた。9月の中頃。今から1か月とちょっとで来る文化祭の出し物について話し合う。個々の学校は文化祭に結構力を入れていて文化祭は二日あって一日目は9時から17時までで少し短い時間。二日目は9時から19時までと二時間多くなっていて、夜には学校の前の川で花火も上がることになっている。そして話し合いを進めているのは髙宮くんと松倉さん。二人が学級委員のようでこういう話し合いの時は二人が司会をすることになっている。一週間前があれだから二人の間はちょっと気まずい空気が流れているような気がする。でも髙宮くんはそれを気にしないように話を進めている。松倉さんはみんなから裏切られたような行動をとられたので、最近は誰にでもあたりがきつくなっている。それでも話し合いはちゃんと進めてくれている。
みんなが次々に案を出していく。まだ夏祭り気分で「焼きそば屋さん」や「ベビーカステラ」という人もいれば「たこ焼き屋さん」という人もいたし、「お化け屋敷」や「段ボール迷路」という人もいた。どんどん案を出していくみんなは楽しそうで、みんなをまとめるのが髙宮くん、黒板に分かりやすく書いていくのが松倉さん、と言う感じ。そして話し合うこと約20分。最後は多数決で、文化祭でやることが決まった。
「では、文化祭の出し物は、『メイドカフェ』に決まりました」
その髙宮くんの声で、女子は「やったー!」という声が聞こえた。でも男子は……
「メイドカフェかー……。俺らは何すんの?」
「俺らもメイドのコスプレするんじゃね?」
「うわ、絶対無理……」
あまりやる気はなさそう。多数決の結果は、男子は焼きそばやたこ焼きや迷路やお化け屋敷やいろいろと意見が分かれたけど女子はほとんどみんなメイドカフェに手を上げていた。なのでメイドカフェが一番多い結果となりこれに決定した。
「まぁ文句言わないで―。次は装飾、衣装、食材、進行の四つの係に分けます」
そういって髙宮くんはそれぞれ何をするのか説明をしていく。話し合って決めた結果、私は食材係になった。食材係はどんなメニューを出すのか、その作り方はどうするのか、そして材料を買いに行ったりする。ちなみに髙宮くんも食材係。同じかかりだとお話しするときも多いだろうし、うれしいな。
この日からどんどん文化祭の準備が始まっていく。装飾係は看板を作ったり、テーブルをどんな感じにするのか決めたり。衣装係は女子はメイド服、男子にはエプロンをクラスの人数分作って言っている。進行係はちゃんと予定通りに進まっているのかチェック。そして私たち食材係はメニューを決めて作り方を調べ、材料を買ってきて実際に作ったり忙しい。でも着々と完成へとみんなと進んでいくのはとても楽しかった。髙宮くんともしゃべる時間が増えたのも理由かな。
文化祭当日。私は前半の調理担当。調理はお客さんが頼んだものを作る仕事になっている。前半5人と後半5人の10人で構成されている。そしてうれしいのがこの前半の調理に髙宮くんがいるっていう事。私は前半の仕事が終わると自由に文化祭を回れることになってるんだけど誰と行くとかをまだ決めていない。もし、奇跡が起きたら髙宮くんと一緒に回れたらいいのにな、なんて考えているんだけど……髙宮くんは友達がいっぱいいるだろうし、もう行く人決めてるんだろうなぁ。
それよりも、仕事仕事!接客係が聞いてきてくれたものを作っていく。
私たちはメイドカフェなので、女子は全員メイドのコスプレをして接客もできるだけ全員女子にしている。男子はというと、髙宮くんみたいに調理係だったり、校内を回って宣伝したり、材料を調達したりなど。男子は初めはだるそうにしていたけれど、中学校最後の文化祭だから張り切っている。
「スペシャルコーヒー一つとショートケーキ一つ!」
「ココア二つとシュークリーム二つ!」
「コーヒーブラック扶突とスペシャルコーヒー一つ、プリンが一つ!」
次々と注文が入ってくる。それを私たちが作ってカウンターへおき運んでもらう。今の時間帯は忙しい時間で一つ作り終わったのにもう三つの注文が来ていたりする。手を休める暇がない。ずっと腕を動かして疲れてきたころ、ちょっと注文の数が減ってきた。そして最後の力を振り絞り最後の注文を作り終えると……
「後半の人に交代でーす!」
そういう声が聞こえてきた。私は後半の人に「お願いします」と礼をしてキッチンから出る。そして椅子に座る。
「はぁー」
私は思わず大きなため息をこぼしてしまう。すると、
「お疲れさま」
そんな声が上からふってきた。私は声だけでだれか分かったけれど顔を見たくて上を向く。
「髙宮くん!」
髙宮くんが優しい笑顔で私の事を見ていた。髙宮くんのこの顔を見ると、なんだかさっきまでの疲れがどこかへ飛んで行ったかのようにうれしくなる。
「コーヒー作るの、どうだった?」
髙宮くんが私の隣の席に座ったそういう。
「大変だったけど……とっても楽しかったよ!」
私は笑顔で返す。
「よかった……」
そういって髙宮くんは一回言葉を切る。そしてもう一度口を開く。
「早坂さんって、この後、誰かと回る約束してる……?」
髙宮くんが少し上目遣いでそう言う。回る約束?
「いや、してないけど……」
「じゃあさ、よかったらでいいんだけど、俺と回らない?」
俺と回らない?って……。
「うん!回りたい!」
髙宮くんと一緒に回れる!私もさっき一緒に回りたいって思ったところだったので誘ってくれてうれしい。じゃあどこに行こうかな?私は誰とも回る約束をしていなかったので、どんな出し物があるのかあまり見ていない。どんなところがあったっけなぁと制服に着替えながら考える。着替え終わって廊下に出ると、髙宮くんはもう着替え終わったみたいで制服で待ってくれていた。
「お、お待たせ」
髙宮くんは廊下の壁にもたれかかっていて、そんな動作だけできれいな絵になるなと見とれてしまう。
「あ、早坂さん。じゃあ文化祭、どこ回ってく?」
髙宮くんが立ちなおし、私に聞く。
「私は何があるか知らないから……髙宮くんが行きたいところでいいよ」
私がそういうと髙宮くんはうぅーんとうなる。そんな髙宮くんもかっこいいな、と思っていると周りが少しざわざわしていることに気づいた。私は何の話をしているのだろう、と周りに耳を集中させると。
「あの人、かっこよくない?」「よね!彼女いるのかなぁ」「隣に女の子いるよ。彼女なのかな」「彼女いるのかぁじゃあ無理じゃん」「てか彼女さんもかわいいね」「ほんとだ……じゃあ次いこっか……」
そんな会話が聞こえてきた。かっこいいって誰の事だろう?と思って周りの人の視線を追ってみると。
「……あぁ、髙宮くんか」
視線の先には髙宮くんがいる。髙宮くんならかっこいいなんて当然納得なんだけど……。髙宮くん、見た目だけでもこんなに人を寄せ付けるなんてすごいな……。って思いながらもう一度視線の方を見る。するとその人たちは全員女子で、うちの学校の人もいるけど、他校の人の方が多い、という事に気づいた。
そしてさっきの会話に出てきたもう一人の『彼女』って誰の事だろう……。髙宮くんには彼女に見える人がいるのか……っていうか彼女なのかもしれない。髙宮くんに彼女いるのかなんて聞いたことないし。髙宮くんなら彼女が一人ぐらいいてもおかしくないからなぁ。って髙宮くんの彼女が今隣にいるの⁉誰なんだろうと私とは反対の髙宮くんの横を見てみる。でもいるのは髙宮くんの事をキラキラした目で見ている他校の女子生徒だけで髙宮くんの彼女らしき人はいない。誰の事だろうって思ってもう少し周りを見渡していると、ある可能性がある事に気づいた。もしかしたら、都合がよすぎるかもしれないけど……
彼女に見える人って、私だったりしない?立って髙宮くんの周りには近くにいる女子なんて私ぐらいしかいないし。でも、あの会話ではかわいいって言ってたな。やっぱり私じゃない人なのかな。それも、私の事をかわいいって言ってくれた……?
そんな風に考えるときりがない。いい方向、悪い方向へと想像はどんどん膨らんでいく。
「えぇッと……じゃあ順番にいろんなとこ回っていこっか!」
髙宮くんがたくさん考えた結果がこれ。周りの視線などこれっぽっちも気にしないでそう言う。でも、ちょっと髙宮くんっぽいかも。
「そうだね、順番に回ろう!」
髙宮くんのこの結果を聞くとさっきまで考えていたことなんてどこかに行っておかしくなってくる。
この後は言った通り焼きそばやパンケーキなどの食べ物、ブレスレットなどを手作りできるところ、迷路やモグラたたきなどのゲーム。いろんなところへ回った。髙宮くんはいつでも楽しそうで、私も楽しかったけど髙宮くんの笑顔を見るともっと楽しくなってくる。
モグラたたきで何回も挑戦してやっとのことで最高記録が出て満足な髙宮くん。そしてもうそろそろ文化祭も終わり、というときに。
「あっお化け屋敷行きたい!」
髙宮くんが思い出したように言う。
「お化け屋敷ね、私も行きたい!」
一日目の最後の締めくくりはお化け屋敷、いいじゃん。お化け屋敷なんてほとんど行ったことがない。私が行ったことのあるお化け屋敷なんて幼稚園の先生たちがお祭りの時にやってくれるお化け屋敷ぐらい。あのお化け屋敷は全然怖くないので、高校生の本気のお化け屋敷は面白そうだなぁ。
そんなことを思いながらお化け屋敷をしている教室へ行く。
もう最後だからか、お化け屋敷はだいぶ空いていて、行ったらすぐに入ることができた。お化け屋敷の中は、当たり前かもしれないけど真っ暗。でも歩いていく道はライトで照らしてくれていて足元は少し明るい。右に左にお化けやゾンビの仮装をした生徒が出てくる。もうちょっと進むと急にライトが、ばっと照らされて照らされたものがはっきりと見える。浮き出てきたのは……
「きゃっ!頭!」
人体模型の頭。偽物だとわかっていても急に出てくると心臓に悪い……。
すると何かに足を捕まれた!恐る恐る足元を見ると……。
「た、髙宮くん!あ、足、捕まれたよぉ……!」
私は半分涙声で髙宮くんに言う。赤い血――赤いペンで真っ赤に塗られた手に足がつかまれる。私はぐいぐい引っ張られるので思わず髙宮くんの腕をもって助けを求める。
「は、早坂さん、大丈夫だよ?あの赤い手に地獄に引き込まれるなんてことはないから……」
「やめてやめてぇ!そんなん言わないで助けてよぉ!」
私は足を進めようともなかなか手を放してくれないからただただ助けを求める。さっき足元についていた明かりも消えていて、あたりは真っ暗闇。どこに髙宮くんがいるかもわからなくなってしまった。私はパニックで叫んでいると、パッと髙宮くんに手を捕まれて私のことをぐいぐい引っ張っていく。その勢いで足の手は放してくれたけど暗すぎて周りが見えず、私はどこに行くかわからなくて恐怖だった。
「た、髙宮くん?もう、手、離れたよ?もう大丈夫だよ?」
そう髙宮くんに行っても止まらない。
「髙宮くん!なんか、変だよ!止まって!」
止まるどころか引っ張る手はもっと強くなり、歩く速度も加速していく。私はがんばって踏ん張って手を振り払おうとするけど、引きこもりだった私の力は弱く、髙宮くんの力は強いため振り払えない。
「た、髙宮くん……?」
今引っ張られている手を触ってみる。なんだかやわらかくて、小さい。髙宮くんの手はもっとごつごつしてて大きかった気がするんだけど……これって、髙宮くんじゃない?でも、じゃあ、誰……?
「ねぇ、誰なの?髙宮くんじゃないの?」
私が質問するも答えてくれない。答えてくれたのは今握られている手で、もっと強く握られる。
「い、痛いよ……!放してよ!ねぇ、誰なの⁉」
私はまた涙が出そうになるも、こらえる。すると、急に視界が開けて、明るくなった。
私たちが出たのは廊下。お化け屋敷のゴールではない、たぶん緊急用の出口から出てきたんだと思う。そして手を握っているのは……。
「ま、松倉さん?」
松倉さんが無言で私の手を強く握り、引っ張りながらどこかへどんどん進んでいっている。廊下にはもう文化祭が終わる時間だからか誰もいない。ちょっとの間、振り回されていると、松倉さんの足がある教室の前で止まる。ここは……確か、今はもう使われていない教室で、さっきのお化け屋敷のところからはもうだいぶ離れた。あまり掃除がされておらず日当たりも悪いため、生徒や先生がここに来ることはほとんどない。この教室に、何の用事があるのかな?と思っていると松倉さんがドアを開け、私を引っ張って教室の中に入る。私が入り終わるとドアを閉めた。
「松倉さん?どうして……」
「もう、いい加減にしてよ!」
松倉さんが私の言葉をさえぎってそう言う。松倉さんの瞼には涙がたまっている。
「ま、松倉さん?どうしたの?」
私は松倉さんが泣いている理由がわからず、聞く。
「どうしたもなんも……どうしてあんたなんかが翔君と仲良くしてるのよ!」
翔君と仲良く……?髙宮くんの事だよね?仲良くしてないことないけど、松倉さんだって髙宮くんと仲良くしてる、よね?
「私だって、私だって……翔君と仲良くしたいのに!そのためにたくさん努力もしたのに!それなのに、努力してないあんたが翔君と仲良くなるって、どういう事よ!」
そんなこと私に言われても……私だって最近はおしゃれに気を使っている。決して努力していないわけではない。でも、私は松倉さんの気迫に何も言い返せない。私も本気だけど……松倉さんも、同じくらい本気なんだ。
「もう、あんたなんか、あんたなんか……」
松倉さんが手を握り締めて上にあげる。私は予想外の松倉さんの行動に腰が抜けて逃げられず、ただ身を守る事しかできない。そう思って身構える。だんだん松倉さんのこぶしが私に近づいてきた時。
「何やってんの?」
なかなか痛みが来ない。それに、よく知っている声が聞こえたので目を開けると……
「た、髙宮くん……!」
髙宮くんが松倉さんの手を捕まえていた。
「しょ、翔くん!なんで、いるの……?」
松倉さんが青ざめた顔でそう言う。
「早坂さんがいなくなったから探してたら、この教室からすごい声が聞こえてきて、見てみたら二人がいた」
髙宮くんは何もなかったかのように言う。でも、顔はものすごく怒ってる……?松倉さんは驚きすぎて声が出てこない。
「愛華、何やってたの?」
「な、何って、何もやってないわよ……」
松倉さんはさっきとは全く違って、小さい今にも消えそうな声でそう言った。
「何もやってない?じゃあこの手はどうしようとしてたの?」
髙宮くんが握っていた松倉さんの手を松倉さんの目の前に持ってくる。松倉さんは目を伏せていて表情が見えない。すると松倉さんは手を振りほどいてこの教室へ出て行った。
「早坂さん、大丈夫⁉」
松倉さんが出ていくと、髙宮くんがとても心配そうな目でこっちに駆け寄ってきた。
「うん、大丈夫だよ……」
一応大丈夫だけど結構疲れた。それが声に出ていて弱々しい声になっている。
「ごめんね、早坂さん……すぐに気づかなくって」
髙宮くんが謝る。
「いや、私も急にどっか行っちゃってごめん。心配させちゃったよね?」
「ほんとだよー……早坂さんが急にどっか行くからどこ行ったんだと思ったよ……」
声の様子からして、髙宮くんもだいぶ疲れていそう。とても心配かけちゃったな……。
そのあとはいろいろ事情を聴かれた。どうして、どうやってここに来たのか、ここに来てから何をされたのか。特になにもされてはいないけど大体の事を伝えた。そのあとの事はもうあんまり覚えていない。髙宮くんに家まで送ってもらって、そのあとは疲れたのですぐに寝たような気がする。髙宮くんにはとても心配されたけど、私は松倉さんに何を言われたのかは詳しくは言わなかった。