ピンポーンピンポーン♪

「あっ!髙宮くんだ!」
 私はカバンを持って靴を履き、玄関の鏡で最終チェックをしてドアを開ける。
「おはよう、髙宮くん!」
「うん、おはよう、早坂さん。なんか元気だね?」
 あ、確かに……?なんだかいつもよりも気分がいい気がする。今からでもスキップしそうなくらいに。
「なんでか分からないけど、確かに、気分いいかも」
 そんな風に雑談しながら学校へ向かう。今日もみんなになるべく合わないよう、昨日のように少し遅めに家を出た。
 髙宮くんとお話しするのはとても楽しい。毎回違う事を言ったり、何回も同じ事を話したり。ちょっとふざけて泣きまねしたり、思いっきり笑ったり。髙宮くんとなら一生話していても飽きないと思う。でも、髙宮くんとずっとしゃべれるのが普通になると――私は友達の次を期待してしまう。これで十分楽しいのに、そのまた次へ。そんなことを思う私は、欲張りなのかな?

 学校の正門をくぐり、髙宮くんが先に教室のドアを開けて中に入る……のはずなんだけど。髙宮くんが教室に一歩入ってから動かない。
「髙宮くん?どうしたの?」
 髙宮くんの視線の先には何があるのだろうと教室をのぞこうとすると。
「早坂さん、ちょっと廊下で待っててくれない?俺がいいって言うまで」
 髙宮くんが私が教室をみえないように手で壁を作る。廊下で待っとく?なんで?
「どうして?何かあったの?」
「い、いや、そんなことはないんだけど……」
 髙宮くん、怪しい。絶対今のウソ。私に嘘ついてまで隠さないといけない事でもあったの?私は気になって髙宮くんの腕の隙間から教室の中を見る。ぱっとみ、何の変哲の無いように見える。だけど……
 私の机の上に、何かたくさんの文字が書かれている。
「髙宮くん……もういいよ?私、こういうの慣れてるし」
 私はそういって髙宮くんの顔を見る。慣れてるから通して、ってことで。でも髙宮くんは違う意味で受け取ったらしい。
「慣れてるってなに?こんなのに慣れちゃ……ダメだよ」
 髙宮くんは悲しそうな顔でそう言う。違う、私はそういう意味で言ったんじゃない。髙宮くんにこんな顔をさせたくて言ったんじゃない。
 この言葉がスラリと口から出てきてくれたらいいのに、出ない。それは髙宮くんがそれだけ悲しそうな顔をしていたからなのかもしれない。
「……とりあえず、教室入ろう」
 私がそういうと、何か決心したように髙宮くんは手をどけてくれた。
 教室に入り私の机の上を見ると、「ブス」とか「死ね」とかがたくさん書かれている。私の経験からすると、たぶん水性ペンで。油性で書いてしまうととれなくなって、いじめに厳しい先生に見つかると怒られてしまうからだと思う。水性だと消えるので、書かれた私が消さなくてはいけなくて、いじめの証拠として残しておいても先生に見つかる前に消される。そういう理由からだと思う。だから私は廊下からぞうきんを持ってきて机を拭いていく。髙宮くんもぞうきんを持ってきて一緒に拭くのを手伝ってくれる。まだ書かれてからあまり時間がたっていなかったようで、拭いたらすぐに取れてくれた。
 そして、机の中。見てみると、案の定ぐちゃぐちゃに丸められた紙がたくさん入っている。その中の一枚を取って開いてみると。「翔君とずっと一緒にいるからって調子乗るな」とか「翔君はあんたの事なんてほんとは嫌いだから」とか……髙宮くんに関係することが、書いてあった。髙宮くん、モテるんだ……。だからずっと私といて、私と髙宮くんの距離を話したいからこんなことを書いたんだ。
「……何が書いてあったの?」
 その紙を持った私の後ろに髙宮くんが来て紙に書かれたことを見ようとする。
「だ、だめっ!」
 私はとっさに隠して髙宮くんにそう言っていた。だって、たぶん、髙宮くんがこれを見たら、髙宮くんは自分の事を責めてしまうと思う。そのせいで私と髙宮くんの距離が離れるなんて嫌だ。絶対に。だから何が何でも髙宮くんに見られたくない……!
 私が急にでかい声で言ったからか、髙宮くんはびっくりしたような顔で私の事を見る。そしてたぶんこの紙を入れたであろうクラスの女子たちがくすくす笑ってこっちを見ていた。
「えっと、ごめん。こんなの見ない方がいいよ。早く捨てよう」
 私はそういってごみ箱を持ってきて机の中に入っていた紙を捨てていく。髙宮くんは何も言わずに無言で、それを手伝ってくれた。髙宮くんは、何か悟ってくれたのかもしれない。だからさっきの事に何も言わないでくれたのはうれしかった。
 紙を全部ごみ箱に入れ終わるとくすくす笑っていた女子がこっちにやってきた。私は何か言われるかもしれない、と思い身構えると。
「翔くぅーん。おはよぉー!あのさぁ、かわいーカーデ見つけたから見てくれなぁーい?」
 そのグループの一番立場が上ともいえる松倉(まつくら)さんが髙宮くんに、語尾にハートでもついていそうな声でそう言った。
「見て見て―!私、翔君のために頑張って髪の毛くくってみたんだー!かわいいでしょー?」
 もう一人の女子はそういって髙宮くんの右腕に腕を回す。髙宮くん、かっこいいし器用だし、やさしいからモテるとは思っていたけれど。こんなに人気だったんだ……。髙宮くんも、こういうかわいい子の方が好きになったりするのかな。やっぱり醜い私なんかよりもかわいい子の方がいいよね……と思って私が何も言われなかったことに安堵する。そして髙宮くんの顔を見てみると。
「これって愛華(あいか)たちがやったの?」
 髙宮くんが口調はいつものままだけどいつもよりも何トーンも低い声でそう言った。髙宮くんのそんな声に、周りの女子たちも相当驚いているようで、開いた口を閉じないまま髙宮くんの方を見ていた。
「え、翔君?もしかして、私達がやったって思ってるぅ?」
 松倉さんが髙宮くんにさっきの話の口調で動揺しつつもそう言う。髙宮くんが「何を」と言っていないのに何かわかったのは、この人たちがやったからなのだろう。
「愛華が早坂さんの机に書いたり紙入れたりしたの?」
 もう一度、髙宮くんが低い声で言う。すると松倉さんはさっきの様子とは一変してこう言った。
「そうだよ、私たちが入れたよ?でもだから何になんの?クラスのみんながやってほしい思ってたこと私たちが代表してやっただけなんだけど?」
 クラスのみんながしてほしいって思ってたこと……やっぱり、みんな、こう思ってるんだ。まぁ、こんなに醜い私に近づかないでほしい人もいると思う。でもそれがみんなだという事を言われると、髙宮くんと一緒にレッスンして可愛くなったことがばからしく思えてくる。どうせ、私はどれだけかわいくなっても嫌いという事は変わらない。だから、今までのは全部、全部、意味なかったんだ……!
「クラスみんなの代表?愛華は一人一人に聞いていったの?」
 髙宮くんがそう問う。背が高い髙宮くんにそう言われて松倉さんもちょっとビビったみたい。でもすぐに反発してくる。
「聞いてないから何?絶対みんなそう思ってるでしょ。聞かなくてもわかること」
「勝手に人の思い決めつけんなよ?」
 それを聞いた髙宮くんは一呼吸する。そして髙宮くんは松倉さんをまっすぐに見て言う。
「俺はそんなことしたいと思ってないし、していいとも思ってない」
 そういうと髙宮くんは顔を上げてもう学校に来ているほとんどの人たちを見た。
「たぶんこう思っているのは俺だけじゃないよ」
 みんなはこのやばい状況に目を伏せていたけど、さっきの髙宮くんの言葉で数名の人が顔を上げる。
「ほら、今顔を上げた人。本当はだめだって心のどこかで分かっていたはずだけど止められなかったんでしょ?」
 顔を上げた人は区部を縦に振って肯定はしなかったけど、横に振って否定もしなかった。ただ、何かを訴えているように髙宮くんの事を見ていた。
「何か言いたいんなら、いていいよ。大丈夫、こいつらにイジメられるなんてことはないから」
 髙宮くんは松倉さんたちの事をキッとにらむんでそう言った。しばらくの沈黙が続く。するとガタッといすが揺れる音がして、一人の女の子が立ち上がる。
「わ、私もっ大勢で一人をいじめるのは、ダメだと思う!」
 普段は静かな女の子。でも今は顔を真っ赤にして、大きな声でそう言ってくれた。
「早坂さん、もっと早くから気づいていたのに何もしなくてごめん。私は何もしなかったからそれもいじめの中に入ると思うし、今からいうことはいいわけでしかないかもしれないけど。でも、早坂さんの事をブスなんて思ってないよ!私のほかにもそう思っている人はいるはず。早坂さんはかわいいよ!」
 私はかわいい……髙宮くん以外では初めていわれた言葉。なんだかその言葉だけでとても救われた気分になった。
「ぼ、僕も。こんなことやってほしいなんて望んでない!」
 一人の男の子が立ってそういった。それが初めとなって次々と立っていく人。「こんなこと思ってない」「いじめはだめ」「ブスなんかじゃない」……たくさんの人がそういってくれた。髙宮くんの言葉で顔を上げた人以外にも立ってくれる人はいた。そしてその場を静かにさせたのはこの人の子の言葉。
「私も、こんなことはしたらいけないと思う。ううん、いけない!」
 そういったのは松倉さんのグループの花笠さん。この子は松倉さんのグループに入っていたからそんなこと思っていないと思っていたのだけれども。
「そうだよ、愛華。さすがにこれはやりすぎ。あたしたちもう愛華についていけないよ」
 花笠さん以外も松倉さんのやったことはっけないと思っていたらしく、松倉さんから離れる。ついには松倉さんについてきてくれる人は誰もいなくなっていた。
「……え?みんな?私よりもこいつの事かばってんの……?」
 松倉さんは顔を青ざめて後ずさる。すると教室の後ろから先生が入ってきた。
「はい、ホームルーム……ってなんだなんだ?みんな立って。何してたんだ?」
 先生は怖い目つきの髙宮くん、青ざめた松倉さん、そして立っているみんなと私を順番に見てそう言った。みんなはこの悪いタイミングで先生が入ってきてどう答えればいいのか迷っている。
「えぇと……何でもありません」
 私はそう答えた。すると髙宮くんは何か言おうとしたけどその前に私が話す。
「大丈夫、ありがとう」
 それだけで私が言いたいことは通じたみたいで髙宮くんはうん、とうなずいて席に座ってくれた。
「なんだよ―何があったのかと思った。じゃあホームルーム始めるからみんな座れー」

 その日からは机に何か書かれることもなくなり、私と仲良くしてくれる人も増えた。だから楽しい学校生活も送れた。でも私にはまた悲劇が訪れる――