ピコン♪

 私はスマホの通知を知らせる音で朝、目が覚めた。まだ眠たい目をこすりスマホを見ると『もう』なのか『まだ』なのか、8時になっていた。こんな朝早くから誰だ……って思ったけど、私に連絡してくれる人なんてこの世に一人しかいない。
 ――そう、髙宮くん。
 そのことを理解した私は、眠気なんて吹っ飛んでスマホを見る。
『今日、バイト行く前にちょっと寄ってもいい?』
 えっと。今日は水曜日だから髙宮くん、バイトがあるんだ。なんか用事かな?LINEで言ってくれたらいいんだけどな、と思ったけど、私も髙宮くんに会えるならちょっとでも会いたいので、
『うん、いいよ』
 そういえば、どこでバイトしているのだろう。器用な髙宮君だから、どんな仕事でもすらすらこなしていきそう。
 私がメッセージを送るとすぐに髙宮くんは返信してくれる。
『じゃあ寄ってきますねー』
 その言葉と一緒にかわいいうさぎのスタンプが送られてくる。この髙宮くんのうさぎのスタンプ、かわいいな。そう思って私は髙宮くんとラインが出来て赤面している私の顔をごまかした。

ピンポーンピンポーン♪

 あ、髙宮くん。今日はバイトに行くからいつもよりちょっと早く来たのかな。
「はーい」
 私は少し速足で玄関に向かっている。最近は玄関に向かう足が軽いような、でも足におもりがついているような、そんな感じがする。矛盾しているけど、今の私の足の状態を表したら、一番この表現がしっくりくると思う。でもどうして軽いのか、何のおもりがついているのかは私には分からない。
 玄関を開けると、ふわふわな茶髪がキラキラと光っている髙宮くんが立っていた。
「あ、早坂さん。ちょっと話したいことがあるから上がってもいい?」
 ちょっと話したいことって何だろう?髙宮くんはいつも通りの態度。だから私もなるべくいつも通りに接することを心掛ける。
「うん。どうぞ」
 そういって私は玄関のドアを開けて髙宮くんを中に入れてあげる。靴を脱いで、いつもと同じ私の部屋へ行く。
 髙宮くんはいつもの位置にドスンと座ると真面目な顔をして私の方を見る。そんな髙宮くんを見て大切な話だと思った私は星座をして髙宮くんの顔を見る。
「あの、時間がないから単刀直入に言うね」
 ごくん。私はつばを飲み込む。
「早坂さん……バイトに興味ない?」
「え?」
 バイト……?バイトって、外で働くってこと?どうして急にそんな話になったんだろう……?
「俺、カフェで働いてるんだけど、ちょっと人手が足りなくて……んで、早坂さん、これからメイク道具とか買うにはお金がいるでしょ?だからどうかなって」
 髙宮くん、カフェで働いているんだ。バイトだからエプロン来てるのかな。エプロン姿の髙宮くん、かっこいいだろうなぁ、じゃなくて!
「いや、私、カフェでどころか、バイトなんてしたことないし、接客とかもちょっと苦手だし、不器用だし……たぶん、私には無理だよ」
 私は友達が少ないから人とあんまりかかわらない。だから人と話すのも、しかも笑顔でしゃべることができるかどうか……。それにコーヒーの淹れ方も知らないし、不器用だから、足手まといにしかならない自信がある……。
 そう思っていると、髙宮くんは少し私に近寄ってまっすぐな視線を向けてくる。
「本当は……どうなの?」
 一応は質問しているけど、口調ははっきり何かを知っているみたいな口調。その何かが私にはわかるような気が、いいや、分かる。髙宮くんは、当の本人よりも私の心がわかるんじゃないだろうか。そう思った。
 本当は、本当は……
「本当は、やってみたい……!」
 バイトの経験がなくて、人付き合いが下手で、不器用な私が役に立つかは分からない。でも、それ以上に新しいバイトという事にチャレンジして、がんばって笑顔で接客もして、コーヒーも淹れて……髙宮くんとバイトがしたい。
 この事は胸の奥底に合った気がする。でも、この思いは髙宮くんが今掘り起こしてくれた。そんな気がした。
 すると、私の頭の上に、何かがのった。
「ほんとの気持ち、言えたじゃん」
 髙宮くんが、私の頭に手を置いて、小さい子の頭をなでるようにして、静かな、でも優しい声でそう言った。私の頭の上に置かれた手。前に背中をなでてくれた手。その時とおんなじ、大きくて、ごつごつして、男の人の手。でもおひさまのようにポカポカあたたくて気持ちいい。
 ……なんだか、髙宮くんのこのなで方、慣れているような感じがする。今までも、とても大切な人をなで続けていたような……そんな感じの。気のせいかもしれないけど……。
「じゃあ、ちょこっとバイトの話しするねー」
 頭の上の手が離れていく。さっきの静かな優しい声が嘘のような明るい元気な声で髙宮くんがそう言う。
「俺が働いているバイトは……」
 そう髙宮くんはバイトの説明をしていく。時給は結構いい。こんなに自給が高いところはなかなかない、って髙宮く言っていたいた。なところ。学生向け、というよりは近所のお年寄り向けで、うちの学校の生徒はきたことがない。その代わりに近所のお年寄りの常連さんがたくさん来て、しかもそのお客さんがお金持ちだから時給も高くなっているそう。もちろん、コーヒーの味はいい豆を使って、いろんな工夫をして手を込んでいるからとてもおいしい。コーヒーを作る作業は技術技なので全部店主が作っている。なのでバイトの私たちの仕事は注文を聞くことと運ぶこと、そして机を片付けることぐらい。だから不器用な私にもできそう……?
「っていう事だから、早速バイト見学へ、レッツゴー!」


チラリラリン

「ご、ごめんなさい、遅れましたぁー!」
 髙宮くんはカフェの扉を開けてすぐにそう叫ぶ。
 もうすぐバイトの時間だから急いで出かける準備をして私の家を出て、カフェに向かった二人。自転車に乗って結構スピードも出して進んでいたのだけれども、私は体力がなさ過ぎてどんどんスピードが落ちていく。急ぎながらも私のスピードに髙宮くんが合わせてくれたから時間に間に合わなくなってしまった。
 私は髙宮くんの後ろを追うことで必死でどこの道をどう来たのかが分からない。だけど一番初めに思ったことはここは私の家の近所や近くの商店街の空気とは、違う、という事。なんというか、ここは大人の街、それも裕福な人たちの街って感じが捨て、私にはとても場違いな気がしてくる。
 そんな場所だから、このカフェもすごい。壁はきれいな白色で、床は赤茶色のレンガ、天井は高くて照明はシャンデリアがついてある。窓はカラフルなきれいな色のステンドガラスで、外からの光がいい感じに部屋に差し込み床にステンドガラスの色が移っている。一階だけで机やいすもたくさん置いてあるというのに、広いのと家具の配置の工夫でで窮屈感を覚えさせない。
 その椅子にはもう何人か……というか結構の人数の人が座って、急に入ってきた髙宮くんの事を見ている。でもその人たちは笑うだけで、髙宮くんの行動は特に気にしていない。髙宮くん、普段から遅れ気味なのかな……。でも今日は髙宮くんだけではない。髙宮くんの後ろには私がいる。お客さんは髙宮くんよりも私に興味を示しているみたいで、ほとんどの人が私の事を見ている。たくさんの視線に慣れていなくて恥ずかしかった私は髙宮くんの後ろに隠れる。そんな私の様子に気づいてくれた髙宮くんは、
「中に入ろうか」
 といって私の方を見て店の中に入っていく。私は髙宮くんに続いて入っていいのか迷ったけど、それも気づいてくれて髙宮くんがこっちこっちというように手招きをしてくれる。
「し、失礼します……」
 そんな挨拶はおかしいかなと思ったけど早くこの視線から逃れたいので髙宮くんのところへ小走りで行く。すると髙宮くんが「ちょっと待っててね」と言ってお店の奥へ行ってしまった。
 数分するとエプロン姿の髙宮くんと同じエプロンの優しそうなおじいさん、背の高い丸眼鏡をしたお兄さん、私と同じくらいの年の女の子が出てきた。
「君が……梨沙さん?」
 おじいさんが私に尋ねる。
「は、はい!早坂梨沙と言います」
「翔さんから話は聞いておるよ。中へお入り」
 そういっておじいさんは奥へ入っていく。続いてお兄さんと女の子も。少しの間おどおどしていた私の手を髙宮くんが引っ張って奥へ進んでいく。
「ここの人たち、みんな優しいからそんなに緊張しなくても大丈夫だよ」
 髙宮くんが私の耳の近くで、そうそっとささやいてくれる。そのことが分かるとまた別の意味で心臓がどくどくなり始める。もう少し進んで、コーヒーの苦いにおいや甘い匂いがしたかと思うと少し広い部屋に出てきた。
「ここはキッチン。主には注文されたものを作るところだけど、ちょっとした会議の時も使うよ」
 髙宮くんが説明してくれる。見渡してみると、コーヒーを入れるための機械やケーキやマカロン、クッキーなどの洋菓子、コッピやお皿などの食器をしまっている棚がある。そして中央には会議用なのか少し小さめの机が置かれてある。椅子は4個。お兄さんが置くから椅子をもう一つ持ってきてくれた。
「どうぞ、ここに座って」
 お兄さんの心地いい低音で優しい声。
「ありがとうございます」
 私は椅子に座らせてもらう。右に髙宮くんで、正面の左は女の子、左がお兄さん、そして真ん中がおじいさんという形で座ると。
「では、今から面接を始めます」
 急な面接に私は初めてなので何をしたらいいか、何を言ったらいいのか全く分からず焦っていると。
「面接って言っても何個かの質問に答えるだけだから大丈夫だよ」
 髙宮くんがそう私に言ってくれる。その髙宮くんの言葉に少し安心した私。少し深呼吸をして、
「お願いします」
 面接を始める。

 面接は髙宮くんが言ったとおり何個かの質問に答えるだけだったので意外とすぐに終わった。そしてすぐに「採用します」というおじいさんの許可が出たので、今から私もここのカフェで働くことになった。
 働く日は髙宮くんと一緒の月曜日と水曜日にしてもらった。時間も髙宮くんと一緒。だからこれからはまいにち髙宮くんと会える。そう思うとこれからが楽しみになってくる。
 面接が終わるともう17時30分になっていた。私は今から何をしたらいいのだろう?今からお手伝いするにはもう遅いし、帰るのには早い……。そうどうすればいいのかわからなくて、髙宮くんの方を見ると。
 コップを二つ持って、来た時よりもだいぶ空いた椅子に座っていた。どういうことかわからずに髙宮くんの事を見ていると。
「早坂さん。こっち座っていいよ」
 そういって椅子を引き出して、私が座れるようにしてくれる。私はどうすることもできないので髙宮くんの横の椅子に座る。
 コップの中にはコーヒーが淹れてあった。
「これ、店主さんに特別に淹れてもらったコーヒー。早坂さんがここに来た記念だね」
 そういって髙宮くんは静かにコップを自分の口元に持っていく。なんだか飲み方もきれいだな、と思ってみていると。
「……早坂さんも飲んでいいよ」
 顔をそらしてそういってくれた。私もコーヒーを飲んでみる。
「おいしい……!」
 思わずそんな声がこぼれてしまった。コーヒーはもっと苦いものかと思っていたけど、このコーヒーは苦いけどそんなにしつこい苦みではなくて、ほど良い感じの苦み。で飲んだ後にふわっと甘みが広がる。この何とも言えない瞬間が心を落ち着かせて、安心させてくれるような、そんな味がした。
「でしょー!」
 髙宮くんも目をキラキラさせながら私に同意する。
「あ、ちなみにこのコーヒー店主さんのおごりだからね」
 そう髙宮くんはちょっといたずらっ子のような顔で言った。久しぶりにこの顔が見れたような気がして少し安心する。そしてコーヒーを飲みながら髙宮くんとお話をする。
「翔さん。お客様もだいぶ帰ったから梨沙さんに自己紹介してやろう」
 十分ぐらい髙宮くんとしゃべっているとキッチンから顔をのぞかせて店主さんがそういった。
「そうですね、やりましょうか」
 髙宮くんが空になったコップをもってキッチンの方へ向かっていく。
「早坂さんもコップもってこっちに来てくれる?みんなを紹介するから」
「は、はい!」
 私も席を立ってコップを持って髙宮くんの後をついていく。
 キッチンに入ると面接のときにいた三人と髙宮くんが並んで立っていた。
「では、まずは私から。この店の店主の奥川 秋吉(おくがわ あきよし)といいます。まぁ、店主と呼んでくれたら大丈夫です。私はこの店が休みの木曜日以外はここでコーヒーを入れたりお客さんとお話したりしています。これからよろしくお願いします」
 店主さんが自己紹介をする。優しいけどしっかりと芯がある声で、まだちょっとしか触れあっていないけれど、性格を表したような声だな、と思った。
「次は僕ですね。僕は益井 啓人(ますい けいと)と言います。僕も店主さんと同じで木曜以外を働かせていただいています。益井と呼んでくれたらいいです。私は主に接客担当ですが、お客様が多くてキッチンが混雑している時はキッチンの方もお手伝いさせていただいています。よろしくお願いします」
 益井さん。背が高くてすらっとしていて丸眼鏡をかけている。この人はバイトでこの店を働いているのではなさそう。
「あたしは永野 結依(ながの ゆい)。高3。火、水、土、日曜日に働いてる。呼び方は何でもいいから。よろしく」
 永野さん。やっぱり同い年なんだ。で、かわいい。目はくりくりしてて大きくて小顔でスタイルもよくて。でもちょっと顔は不機嫌そう……?私、何かしちゃったかな……?
「じゃあ早坂さんも自己紹介どうぞ」
 髙宮くんが私の方を見て言う。そっか、私も自己紹介しなくっちゃ。なんていおう……。
「えっと、早坂 梨沙です。私も高3で……髙宮くんとおんなじ月曜日と水曜日に働こうと思っています。よろしくお願いします……!」
 店主さんと益井さん、髙宮くん、そして一応永野さんが拍手をする。一応というのはさっきよりも不機嫌な顔でいやいや拍手していたから。入って早々嫌われた……?
 そのあと店主さんと益井さんとしゃべって。髙宮くんがずっと永野さんと話していた。その時の永野さんはとびきりの笑顔でかわいくて。私は嫌な予感で胸がちくりと痛んだ。
「じゃあもうそろそろ帰ります」
 18時前。もう外は夜の色になろうとしていた。
「そうだね。じゃあ次は月曜日に。ありがとうございました」
 店主さんが優しい声で、ふんわりとした笑顔でそう言った。そのあとに続いて益井さんも。永野さんは髙宮くんには笑顔でばいばいしてい私には冷たい目で形だけばいばいするようだった。もしかして、永野さん()髙宮くんの事……。
 この後の事は考えたくなかったの頭から振り払うように頭をぶんぶんふる。
「早坂さん?どうしたの?」
 急に変な行動をした私を心配するように髙宮くんは見てくれる。
「え?い、いや、何でもない……」
「ほんとにぃ?」
 そういって髙宮くんは顔を私の顔に近づけてくる。ち、近い。心配してくれるのはうれしいけど、これじゃあもっと心臓がおかしくなっちゃうよ……!
「ほんとにっ!大丈夫だよ……!」
 心臓が爆発する前に私は髙宮くんから距離をとる。
「そぉー?ならいいけど。なんかあったらすぐ言ってね。何でも聞くから」
 口調は少し軽いけど目は真剣。こんなに心配してもらえて、うれしい。
「ほんとに大丈夫。心配してくれて、ありがとう」
 そのあとは自転車に乗らず、しゃべりながらおして歩いて帰った。どうしてそうなったかは分からないけど、歩いた方が髙宮くんと話す時間は長くなるから私はうれしい。それに髙宮くんも自転車に乗るようなことはしてなかったから多分歩いて帰って大丈夫ってことだよね?そう思うともっと私と一緒にいたかったんだという変な解釈をしてしまって勝手に顔が赤くなって下を向いて隠す。
 しゃべっていると時間が過ぎるのはあっという間で、気づいたら私の家の前にいた。
「今日はありがとね。無事に早坂さんが受かってよかったよ」
「うん、こちらこそありがとう。これからバイト、がんばるね」
 そう最後の言葉を交わして髙宮くんが自転車にまたがる。お互いに手をふりあってそれぞれの家に帰っていった。