「髙宮くん……!」
 なぜか梨沙ちゃんはドアを開けた瞬間、ものすごいうれしそうな、心配そうな顔をして、そういった。まぁ、そらそうなのかもしれない。昨日は変な、気まずい別れ方をしたし。
 でも俺はいつも通り、昨日の事なんて何もなかったかのようにふるまう。
早坂さん(・・・・)?どうしたの?もしかして、風邪ひいちゃった……?」
 わざと、苗字呼び。昨日は梨沙ちゃんって、今も心の中では梨沙ちゃんって呼んでるけど、昨日、りこと名前を間違えたときの、梨沙ちゃんの不安そうな顔。まぁ、自分の名前を間違えられたらそんな反応するかもしれない。でも、あんな間違いをして変に間違えられたり勘繰られたりしたら面倒なことになる。だから一番安全な苗字呼びをすることにしたのだ。
 でも、そしたら、また梨沙ちゃんは昨日のような不安そうな顔をした。そして、
「どうして……『早坂さん』?」
 って、思わず口から心の声が出ちゃったっていう声でそう言った。相変わらず、梨沙ちゃんはわかりやすい。恥ずかしかったらすぐに顔は赤くなるし、驚いたときには『驚いてます』って顔に書いてあるみたいな顔をする。顔が赤くなったときは下を向いて隠そうとしているけどバレバレ。でも一応わかっていないふりをしてあげている。
 いつもなら梨沙ちゃん可愛いなって思いながら、からかって返事をしていただろう。でも今回は昨日の事がある。でも俺はできる限りいつも通り、昨日の事なんかなかったかのように、
「もしかして、『梨沙ちゃん』って呼ばれたかった?」
 ってからかいながら平気なふりをして返事をする。
 でもそれがばれてしまったのだろうか。平気なふり(・・)をしていることが。梨沙ちゃんは俺が無理していることを悟ったような顔でおれの方を見てくる。俺はそのまっすぐな視線に耐えられなかった。
「ごめん、早坂さん。今日、ちょっともう帰るね」
 って言って家に逃げる。涙を出さないようにこらえながら。幸い、梨沙ちゃんも追いかけてこなかった。
 ごめん、梨沙ちゃん。俺、ほんとは今日もレッスンしたかったけど。これ以上梨沙ちゃんのまっすぐな視線と――
 りこのよみがえった思い出に耐えられなかったんだ。