時ノ音学園高等学校、騙し合いクラブ

—1—

 それから私たちの騙し合いの日々が始まった。
 あるときは部室である視聴覚室で。

長窪(ながくぼ)、外見てみろ! ヤバいぞ! UFOだ!」

 興奮した様子で窓の外を指差す郡山先輩。
 騙し合いと言えばもはや定番のそれだが、無視するのも可哀想なのでわざと引っ掛かることにした。

 でも、願い事の件がある以上ただでという訳にはいかない。
 私は先輩が座っていた椅子にある物を仕込むことにした。

「えっ、どこですか?」

 窓際に寄り、先輩の指の先を見る。

「あっ、よく見たら飛行機だったわ」

「むっ、また騙したんですか?」

「騙される方が悪いんだよ。俺たちはそういう勝負をしてるんだからさ」

 楽しそうに笑う先輩が何の疑いもなく、元いた席に座った。
 そこで私が先輩を驚かすべく大きな声を出す。

「あっ、先輩! さっきそこの席に大きな蜘蛛が死んでましたよ!」

「うっ、マジか! 最悪。そういうことは座る前に教えてくれよ」

 私の渾身の演技にすっかり騙されている郡山先輩。
 ばっと立ち上がり、お尻を手で払う。
 すると、おもちゃの蜘蛛が地面に落ちた。

「うお!?」

 郡山先輩はそれを見て再び驚きの声を上げた。
 私はその様子がおかしくておかしくて、お腹を抱えて笑っていた。

「やりやがったな長窪。悔しいけど今のは完璧に引っ掛かったわ。っておい、そんなに笑うなって」

 いつまでも笑っていた私のことが気に入らなかったのか、郡山先輩が私の肩を指先で優しくつついてきた。

 あー、楽しい。もう毎日が楽しくて楽しくて仕方がない。
 こんな日がいつまでも続けばいいのにな。

 いつからか私はそんなことを思うようになっていた。
—1—

 11月6日土曜日は、私の16回目の誕生日だ。
 誕生日とはいえ特に予定も入っていなかったので、朝からベッドの上でだらだら過ごしていると、スマホにメッセージが届いた。

『風邪でも引いたのか?』

『えっと、至って元気ですけど?』

 少し間をおいてそう返信した。
 休みの日に先輩から連絡してくるのは珍しい。
 私はボーっとしていた頭をフル回転させる。

『今日は土曜日だけど、振替授業だぞ。聞いてなかったのか?』

 嘘!?
 私はベッドから飛び降りて制服を手に取った。
 時刻は10時15分を回ったところ。今から走れば3時間目には間に合う。

『知りませんでした! 今からダッシュで向かいます!』

 全力で走っているうさぎのスタンプを送信してから家を出た。

「もう、なんで誰も教えてくれなかったのよ」

 急いでいたから教科書も適当なものを持って来てしまった。
 そもそも振替授業って何曜日の授業をするのかもわからない。

 校門を抜け、下駄箱で靴を履き替える。
 ここでようやく私は異変に気がついた。

「誰もいないじゃん!」

 騙された。校内に生徒の姿がない。授業をしているなら先生の声が聞こえてくるはずだがそれもない。
 完全にしてやられた。

 でも、これは酷すぎる。休みの日に学校に呼び出すなんて。
 引っ掛かる方も引っ掛かる方だけど、これにはさすがの私も腹が立った。

 学校に用は無いので外靴に履き替えなおして家へ帰ることに。
 あー、ムカつく。このイライラをどこにぶつければいいのだろうか。

 やり場のない怒りを胸に1人で歩いていると、私の家の前に私を怒らせた張本人が立っているのが見えた。

 郡山先輩は、私の姿を見て何か言いたげにしていたが私はそれを無視して玄関へと足を進める。
 人間は無視されるのが1番辛い。

 騙し合いと言ってもやって良いことと悪いことがある。先輩なんだからそれくらいの判断は自分でしてほしい。

「ちょっと待てって」

 ドアノブに手をかけたところで先輩に腕を掴まれた。

「悪かった。長窪が怒るのも無理ないよな。それに関しては謝る。本当にごめん」

 郡山先輩が頭を下げた。
 後輩として先輩がここまでしているのだから許してあげないこともない。

「わかればいいです。相手を傷つける騙しは極力避けて欲しいです」

「俺、サプライズって人生でやったことがなくてさ。準備をする時間が欲しかったんだ」

「え?」

 先輩はそう言って、袋を差し出してきた。

「えっと、これは?」

「今日、誕生日だろ。だから誕生日ケーキを買ってきたんだ。長窪に喜んでほしくてさ。少しやり方を間違えちまったけど」

 郡山先輩は目線を私から逸らして頭を掻いた。
 何と言うか不器用な人だな。

「ありがとうございます。嬉しいですっ」

 郡山先輩から袋を受け取った。

「でも、もうちょっと上手いやり方があったんじゃないですかね?」

 騙された仕返しと、照れ隠しも含めて私はそう言った。
 いつの間にかすっかり怒りも吹き飛んでいた。こんなに幸せなことが私に起きていいのだろうか。
—1—

 騙し合いを続けて約2年。
 とうとう郡山先輩の旅立ちの日がやってきた。

 卒業式には在校生代表として私たち2年生が参加した。

『卒業証書授与』

 郡山先輩が担任の先生に名前を呼ばれてステージに上がる。
 私はその姿を見てこれまで先輩と過ごした時間を1つずつ辿るように思い出していた。

 入部初日から騙されて、そこから騙し、騙される毎日。
 誕生日のサプライズは今でも忘れない。

 先輩と過ごした時間が私の高校生活に色を付けてくれた。

 卒業か。流れ出る涙をハンカチで拭う。
 顔を上げると、ステージから降壇する先輩と目が合った。ヤバっ、泣いてる顔、見られちゃったかな。

 卒業式はつつがなく進行し、在校生が花のアーチを作って先輩たちを見送る。
 郡山先輩も少しして私と美鈴(みすず)で作ったアーチを通過した。

 言葉は交わさなかった。いや、交わせなかった。
 これで最後だと思うと言葉が喉に引っかかって出てこなかった。
—1—

 体育館の後片付けを済ませた私と美鈴は先輩の出待ちをしていた。
 記念撮影をしたり、寄せ書きを渡したり、在校生は先輩たちに想いを伝えていた。

 ほどなくして郡山先輩が昇降口から出てきた。

「玲奈、行ってきな」

「う、うん」

 美鈴に背中を押されて私は郡山先輩の所へ。

「おう、長窪。今日で勝負も終わりだな」

「そうですね」

 297勝348敗。もう私に勝ち目はない。
 それでも私は諦めない。最後の最後に人生最大の大勝負を仕掛ける。

「郡山先輩、私、先輩のことが好きです」

 先輩と過ごした日々は本当に楽しかった。
 騙し合いを通して先輩の不器用さ、優しさを知れた。
 先輩と一緒にいれば毎日が刺激的で楽しい。いつからか私にとって先輩は無くてはならない存在になっていたのだ。

「先輩と一緒だったらどんなに辛いことでも笑顔で乗り越えられる。そう思ったんです。もしよかったら付き合って下さい」

「ごめん」

 届かなかった。
 当然、こうなる可能性も考えていた。
 でも、いざ面と向かって断られるとキツイな。
 ふぅ、切り替えろ玲奈。今日は先輩の晴れ舞台なんだ。最後は笑顔で見送るって決めたでしょ。

「な、なーんちゃって。ドッキリです。もし、先輩に告白したら先輩はどんな反応をするのかってやつです」

 我ながら苦しい嘘だ。ダメだ。どんな顔をすればいいんだろう。
 気を抜いたら涙が出てきそう。もう嫌だ。全部を投げ出して帰りたい。

「長窪、騙し合いの勝者の特権をここで使ってもいいか?」

「はい」

 先輩のいつにもなく真剣な声に私は頷いた。

「長窪、俺と付き合ってくれないか」

「えっ?」

 聞こえなかったわけじゃない。
 頭の理解が追いつかなくて聞き返してしまった。

「俺と付き合ってくれないか?」

「えっ、でも今ごめんって……」

 『振られてから告白されるまでの最短時間』というギネス記録が仮にあったとしたら更新してしまったのではないだろうか。
 混乱しすぎてそんな意味のわからないことが頭に浮かんだ。

「絶対俺の方から告白するって決めてたからつい反射的に、な」

「な、って言われても。なにそれ」

 一体この人はどこまで不器用なのだろうか。
 もう、私のドキドキを返して欲しい。

「なんだよ。なんで笑ってんだよ」

 緊張が解けたのと、拍子抜けしたのが合わさって笑えてきた。

「いや、なんか先輩らしいなって思って」

「ダメかな?」

「騙し合いの勝者の特権は何でも1つだけ願い事を聞いてもらえるなんですよね? だったら私は断れないじゃないですか?」

「そうだけど、長窪が嫌だったら別に断ってもらってもいいけど」

「えーどうしようかなー。勇気を出して告白したのにあっさり振られた身にもなって欲しいかななんて思ったりもするんですけど」

「……」

 私がいじわるでそんなことを言うと先輩が悲しそうな顔をした。
 そんな捨てられた子犬みたいに悲しい目をしなくても。

「ごめん、でも本気で長窪のことが好きなんだ。これから先もずっと一緒にいたいって心から思ってる」

 気持ちが昂ったのか先輩の声のボリュームが一段と大きくなった。
 その証拠に周りにいた生徒の視線が私たちに集まった。
 みんなが私と先輩を見てる。恥ずかしくて顔が熱い。

 もう今日は感情が次から次へと変化して大渋滞だ。 

「先輩、これからもよろしくお願いします」

 私は先輩に抱きついた。
 大勢に見られているという恥ずかしさはあったけど、ずっとこうしたいと思っていた。
 このタイミングを逃すと次にいつできるか分からないから自分の感情のまま飛びついた。

「よろしくな玲奈」

 先輩は優しく受け止めてくれた。

 試合に負けて勝負に勝つとはこのことを言うのだろう。
 先輩と出会えて本当によかった。

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