*
気分が晴れやかだ。
朝食を食べたあとに、楓ちゃんとスケッチブックを持って草原近くにある神社まで足を運んだ。度々絵を観てもらっているけれど、こうして一緒に絵を描くことなんて久しぶりな気がする。今は夏休みだからということもあるけれど、普段、わたしは学校があり、楓ちゃんにだってイラストレーターの仕事がある。仕事の締め切りが近いときなんて余計だ。こうして楓ちゃんと肩を並べて共に絵を描くことがとてもうれしかった。描きあげた絵をお互いに見せ合い、二人で笑い合った。自然と焦りを感じていた心も落ち着いていた。楓ちゃんは先に仕事で帰宅し、わたしはしばらく田舎道を散策していた。とてものどかで、風が運んでくる葉っぱの匂いが心地よく感じる。キレイな青い空を見上げて、ぐっと手を伸ばした。あの空に触れらたならどんな感触なのだろう。想像するだけでも、心が躍った。帰宅しようと足を進めたとき、うしろから「ハールちゃん!」と女性に声をかけられつつガバッと抱き着かれ、わたしは思わず「きゃあ」と悲鳴を上げた。頭の中がパニックになり、何が起きているのかを理解することが出来なかった。相手も悲鳴に驚いたのか即座に手を離し、少し後退ったのかわかった。恐る恐るうしろを見ると、そこには先日見た顔がぼんやりと見えた。肩まで伸びたキレイな髪で天使のような笑顔が似合う女性の顔がそこにあった。
「あ、綾香さん…」
わたしは腰を抜かして、その場に座り込んでしまった。同時に知り合いであったことに安心をしている自分がおり、泪もポロポロと流れてしまっていた。
「は、ハルちゃん。ごめん。普通に声をかければよかったね」
「い、いえ。その、すみません…」
「謝らなくちゃいけないのはこっちだよ。急にうしろから抱きしめられたら、普通に恐いもんね」
綾香さんはやさしく撫でてくれながら、取り出したハンカチでわたしの泪を拭ってくれていた。本当に知らない男性の人だったらと考えると恐く感じてしまう。拭ってもらえているのに、余計に泪があふれてきて申し訳なかった。そんなわたしをやさしく包み込んだ。
「ごめんね。本当に。引っ込み思案なハルちゃんからしたら余計だよね。そこまで考えてなくて本当にごめんなさい」
「あ、綾香さん…」
わたしは情けない声で彼女の名前を呼んで、身を任せた。
安心しきってしまい、体に力が入らなくなってしまったのだ。綾香さんは考える様子を見せたあと、すぐにわたしを背負って近くに停めた自転車の荷台のところに乗せてくれた。綾香さんはサドルに腰かけ「ちゃんと掴んでてね」と言って、ペダルを漕ぎ始めた。わたしが落ちないようにゆったりと風を切ってくれていた。とても心地いい。綾香さんの背中はとても落ち着く。ふと駿人くんを頭が過ぎった。綾香さんと駿人くんを重ねている自分がいる。やはり姉弟なんだなと思ってしまう。不思議と彼女のことも信頼することが出来てしまう。
「すみません。腰を抜かした上に自転車に乗せてもらって」
「いいのいいの。あたしが悪いんだから、これぐらいさせてよ」
二人乗りはいけないことだとはわかってはいるけれど、今だけは彼女の温もりを感じていたい。それだけでも彼がそばにいてくれていると思えるから。いつだって暖かく見守ってくる駿人くん。彼の暖かさにわたしは惹かれたのだ。
「ねぇハルちゃん」
「は、はい」
「ありがとうね。弟のことを好きになってくれて」
「――!」
綾香さんの言葉に、顔が赤く染まった。
自分の想いに、他の人に気づかれていることにとてもはずかしい。それにまだ一度しか会っていない人に気づかれているなんて。確かに顔に出やすいとはよく言われるけれど。穴があったら入りたいぐらいだ。汗が滝のように出てくる。その様子を見てか、綾香さんはその様子を見てか、噴き出すように笑い始めた。
「ごめんごめん。ハルちゃんって本当にかわいいよね。男子達からかなりモテるでしょ」
「そ、そんなこと…全然ないです。わたし、男の子とそんなに話さないし。どちらかというと苦手分野なんですけど…」
「そう? 駿人とは普通に話せてるじゃない」
「それは…、えっと…、その…」
駿人くんは特別だ。いつだってやさしい声音で話してくれて、わたしが言葉に詰まるときも、彼は待ってくれる。彼は暖かく接してくれている。だからこそ信頼をすることが出来るし、恋をしたのだ。
「あいつやさしいからねぇ。ハルちゃんのような子のことをほっとけないんだろうね」
「そうですよね。わたしだけ…じゃないですよね」
「ごめんね。あたしの言い方が悪かった。あいつは誰でもいいってわけじゃない。確かに駿人は誰にでもやさしいところはあるけれど。本当に助けたいって思った人には全力で手を差し伸べるような奴だよ。ハルちゃんのことだって純粋に助けたいと思っていたと思う。それにハルちゃんと出会ってから、駿人って前よりもやわらかくなったと思うよ。元々やわらかい奴なんだけどさ。なんかニヤつくことが増えたように見えるんだよね。それはハルちゃんのおかげだと思う」
「そ、そんな! わたしのおかげだなんて!」
「ハルちゃんのおかでだよ。これからも駿人のことをよろしくね」
綾香さんの爽やかな声に、わたしは頬を赤く染めて小さく「はい」と返事をした。
爽やかに吹く風が、わたし達をそっとやさしく包み込んだ。
気分が晴れやかだ。
朝食を食べたあとに、楓ちゃんとスケッチブックを持って草原近くにある神社まで足を運んだ。度々絵を観てもらっているけれど、こうして一緒に絵を描くことなんて久しぶりな気がする。今は夏休みだからということもあるけれど、普段、わたしは学校があり、楓ちゃんにだってイラストレーターの仕事がある。仕事の締め切りが近いときなんて余計だ。こうして楓ちゃんと肩を並べて共に絵を描くことがとてもうれしかった。描きあげた絵をお互いに見せ合い、二人で笑い合った。自然と焦りを感じていた心も落ち着いていた。楓ちゃんは先に仕事で帰宅し、わたしはしばらく田舎道を散策していた。とてものどかで、風が運んでくる葉っぱの匂いが心地よく感じる。キレイな青い空を見上げて、ぐっと手を伸ばした。あの空に触れらたならどんな感触なのだろう。想像するだけでも、心が躍った。帰宅しようと足を進めたとき、うしろから「ハールちゃん!」と女性に声をかけられつつガバッと抱き着かれ、わたしは思わず「きゃあ」と悲鳴を上げた。頭の中がパニックになり、何が起きているのかを理解することが出来なかった。相手も悲鳴に驚いたのか即座に手を離し、少し後退ったのかわかった。恐る恐るうしろを見ると、そこには先日見た顔がぼんやりと見えた。肩まで伸びたキレイな髪で天使のような笑顔が似合う女性の顔がそこにあった。
「あ、綾香さん…」
わたしは腰を抜かして、その場に座り込んでしまった。同時に知り合いであったことに安心をしている自分がおり、泪もポロポロと流れてしまっていた。
「は、ハルちゃん。ごめん。普通に声をかければよかったね」
「い、いえ。その、すみません…」
「謝らなくちゃいけないのはこっちだよ。急にうしろから抱きしめられたら、普通に恐いもんね」
綾香さんはやさしく撫でてくれながら、取り出したハンカチでわたしの泪を拭ってくれていた。本当に知らない男性の人だったらと考えると恐く感じてしまう。拭ってもらえているのに、余計に泪があふれてきて申し訳なかった。そんなわたしをやさしく包み込んだ。
「ごめんね。本当に。引っ込み思案なハルちゃんからしたら余計だよね。そこまで考えてなくて本当にごめんなさい」
「あ、綾香さん…」
わたしは情けない声で彼女の名前を呼んで、身を任せた。
安心しきってしまい、体に力が入らなくなってしまったのだ。綾香さんは考える様子を見せたあと、すぐにわたしを背負って近くに停めた自転車の荷台のところに乗せてくれた。綾香さんはサドルに腰かけ「ちゃんと掴んでてね」と言って、ペダルを漕ぎ始めた。わたしが落ちないようにゆったりと風を切ってくれていた。とても心地いい。綾香さんの背中はとても落ち着く。ふと駿人くんを頭が過ぎった。綾香さんと駿人くんを重ねている自分がいる。やはり姉弟なんだなと思ってしまう。不思議と彼女のことも信頼することが出来てしまう。
「すみません。腰を抜かした上に自転車に乗せてもらって」
「いいのいいの。あたしが悪いんだから、これぐらいさせてよ」
二人乗りはいけないことだとはわかってはいるけれど、今だけは彼女の温もりを感じていたい。それだけでも彼がそばにいてくれていると思えるから。いつだって暖かく見守ってくる駿人くん。彼の暖かさにわたしは惹かれたのだ。
「ねぇハルちゃん」
「は、はい」
「ありがとうね。弟のことを好きになってくれて」
「――!」
綾香さんの言葉に、顔が赤く染まった。
自分の想いに、他の人に気づかれていることにとてもはずかしい。それにまだ一度しか会っていない人に気づかれているなんて。確かに顔に出やすいとはよく言われるけれど。穴があったら入りたいぐらいだ。汗が滝のように出てくる。その様子を見てか、綾香さんはその様子を見てか、噴き出すように笑い始めた。
「ごめんごめん。ハルちゃんって本当にかわいいよね。男子達からかなりモテるでしょ」
「そ、そんなこと…全然ないです。わたし、男の子とそんなに話さないし。どちらかというと苦手分野なんですけど…」
「そう? 駿人とは普通に話せてるじゃない」
「それは…、えっと…、その…」
駿人くんは特別だ。いつだってやさしい声音で話してくれて、わたしが言葉に詰まるときも、彼は待ってくれる。彼は暖かく接してくれている。だからこそ信頼をすることが出来るし、恋をしたのだ。
「あいつやさしいからねぇ。ハルちゃんのような子のことをほっとけないんだろうね」
「そうですよね。わたしだけ…じゃないですよね」
「ごめんね。あたしの言い方が悪かった。あいつは誰でもいいってわけじゃない。確かに駿人は誰にでもやさしいところはあるけれど。本当に助けたいって思った人には全力で手を差し伸べるような奴だよ。ハルちゃんのことだって純粋に助けたいと思っていたと思う。それにハルちゃんと出会ってから、駿人って前よりもやわらかくなったと思うよ。元々やわらかい奴なんだけどさ。なんかニヤつくことが増えたように見えるんだよね。それはハルちゃんのおかげだと思う」
「そ、そんな! わたしのおかげだなんて!」
「ハルちゃんのおかでだよ。これからも駿人のことをよろしくね」
綾香さんの爽やかな声に、わたしは頬を赤く染めて小さく「はい」と返事をした。
爽やかに吹く風が、わたし達をそっとやさしく包み込んだ。