*
涼しい風が吹く。
神社の階段に座り、スケッチブックを開いて、風景画に筆を進めていた。少しでも絵を描いていたキモチになり、朝食後より、神社に足を運んでいた。神社は不思議と落ち着くことが出来る。誰もいないのに、誰かがそばにいてくれている気がするからだろうか。それだけでも嬉しいことである。楓ちゃん宅に帰ってからも、シズとは連絡を取り合っている。描いた絵や草原や神社などの風景、すみれ堂で食べたぜんざいなどの写真を送ったりすると、シズも描いた絵や空の表情、晩御飯などの写真が送られてくる。何げないやりとりでもすごく楽しい。シズとのわだかまりが徐々に解けて行き、以前のような友好な関係を取り戻しつつあり、再び世界が輝き始めていた。
「ハルちゃん、やっぱりここにいた」
やさしい声音で声をかけられ、わたしはゆったりと顔を上げた。キレイな草原を背景に駿人くんが穏やかな表情を浮かべて、わたしを見つめていた。頬が微かに赤く染まり、わたしの胸がドキドキと踊り出す。数日間、彼とは会えていなかったからか、余計に緊張してしまい、ついついクセでおどおどとしてしまっていた。その様子を見てか。駿人くんは噴き出すように笑い始めた。
「ご、ごめん。なんというか、ハルちゃんチワワみたいだなと思って」
「駿人くん、ヒドイです。笑うことはないじゃないですか」
「ごめんって。今度、ぜんざい奢るからさ」
「約束ですからね」
「しょ、承知いたしました」
困りながら頭を掻く駿人くんが見て、とても愛らしく思え、頬が緩んでしまった。彼と目が合い、胸がドキッと高鳴り、わたしは目を背けてしまった。はずかしいというわけでもないのに、体が熱くなり、胸の鼓動が速まっていく。これでは駿人くんに顔を見せることなんて出来やしない。目を背けたままでいると、駿人くんがわたしの額に手を当てた。急な出来事で、体内温度が急上昇し、頭の中がショートしてしまった。
「えっ、ちょ、ハルちゃん? 大丈夫?」
「は、はい。だ、大丈夫です。その急に手を当てられると…」
「あっ、そうだね。でも、顔赤いし、体調大丈夫かなって」
「だ、大丈夫…です。今日も平熱…ですよ」
「そっか。ならいいんだけれど。だけど体調悪くなったら、言うんだよ」
「わかりました。駿人くんって、なんだかお母さんみたいですね」
「よくヒナとかに言われるかも」
「確かに言いそう」
お転婆なヒナちゃんにとって、駿人くんの小言は耳にタコだろう。
二人は幼なじみと聞いているけれど、まるで兄妹のように仲がいいように見える。ヒナちゃんと話しているときの駿人くんは、なんだか素な表情だ。わたしにはあまり見せない表情を浮かべている。わたしが知らない時間が二人にはある。それが時に羨ましく思う。
「そうだ。ハルちゃんに渡したいモノがあったんだ」
「渡したいモノ?」
「うん。ハルちゃんが帰省しているときにね。三人で作ったんだ」
駿人くんはズボンのポケットから紐状のモノを取り出し、わたしの手の平に置いた。きちんと見ると、それは白とピンクが交わったミサンガだ。驚いて、駿人くんを見ると、彼は二ッと笑い、青と白のミサンガを付けた右手を見せた。
「仲間って感じがしていいでしょ」
「仲間…」
「もしかしてイヤだったかな?」
「イヤなわけないじゃないですか。こういうことが初めてで感動してしまって…。そのわたし…」
わたしは駿人くんに駆け寄り、彼を抱きしめた。
違う町からやって来たわたしをきちんと仲間として繋がりを持てているのが、とてつもなくうれしかった。
「泣いているのかい」
「駿人くんのせいですからね」
「そう」
駿人くんはやさしくわたしを包み込み、微笑みを浮かべた。
きっと忘れることはないだろう。いや忘れてはいけない。このうれしさも、そして彼の温もりを…。わたしは一つの決意をした。
「駿人くん」
「ん?」
「わたし、決めました。わたし、絵画コンクール、挑戦してみようと思います」
駿人くんは大きく目を見開いたあと、暖かい微笑みを浮かべた。
「うん、応援するよ。ハルちゃんなら賞をもらえるよ」
「わたしのことを買い被り過ぎです。でももらえるようにがんばります」
「うん」
「駿人くん、もし賞をもらえたら、駿人くんに伝えたいことがあるんです」
「それは今じゃダメなの?」
「はい。ちゃんとケジメをつけえたいんです」
「そっか。わかったよ。ハルちゃんがそう決めているのなら、無理強いはしないよ」
「ありがとうございます」
わたしは駿人くんに一礼をし、彼の目を見て清々しい笑顔を浮かべた。
涼しい風が吹く。
神社の階段に座り、スケッチブックを開いて、風景画に筆を進めていた。少しでも絵を描いていたキモチになり、朝食後より、神社に足を運んでいた。神社は不思議と落ち着くことが出来る。誰もいないのに、誰かがそばにいてくれている気がするからだろうか。それだけでも嬉しいことである。楓ちゃん宅に帰ってからも、シズとは連絡を取り合っている。描いた絵や草原や神社などの風景、すみれ堂で食べたぜんざいなどの写真を送ったりすると、シズも描いた絵や空の表情、晩御飯などの写真が送られてくる。何げないやりとりでもすごく楽しい。シズとのわだかまりが徐々に解けて行き、以前のような友好な関係を取り戻しつつあり、再び世界が輝き始めていた。
「ハルちゃん、やっぱりここにいた」
やさしい声音で声をかけられ、わたしはゆったりと顔を上げた。キレイな草原を背景に駿人くんが穏やかな表情を浮かべて、わたしを見つめていた。頬が微かに赤く染まり、わたしの胸がドキドキと踊り出す。数日間、彼とは会えていなかったからか、余計に緊張してしまい、ついついクセでおどおどとしてしまっていた。その様子を見てか。駿人くんは噴き出すように笑い始めた。
「ご、ごめん。なんというか、ハルちゃんチワワみたいだなと思って」
「駿人くん、ヒドイです。笑うことはないじゃないですか」
「ごめんって。今度、ぜんざい奢るからさ」
「約束ですからね」
「しょ、承知いたしました」
困りながら頭を掻く駿人くんが見て、とても愛らしく思え、頬が緩んでしまった。彼と目が合い、胸がドキッと高鳴り、わたしは目を背けてしまった。はずかしいというわけでもないのに、体が熱くなり、胸の鼓動が速まっていく。これでは駿人くんに顔を見せることなんて出来やしない。目を背けたままでいると、駿人くんがわたしの額に手を当てた。急な出来事で、体内温度が急上昇し、頭の中がショートしてしまった。
「えっ、ちょ、ハルちゃん? 大丈夫?」
「は、はい。だ、大丈夫です。その急に手を当てられると…」
「あっ、そうだね。でも、顔赤いし、体調大丈夫かなって」
「だ、大丈夫…です。今日も平熱…ですよ」
「そっか。ならいいんだけれど。だけど体調悪くなったら、言うんだよ」
「わかりました。駿人くんって、なんだかお母さんみたいですね」
「よくヒナとかに言われるかも」
「確かに言いそう」
お転婆なヒナちゃんにとって、駿人くんの小言は耳にタコだろう。
二人は幼なじみと聞いているけれど、まるで兄妹のように仲がいいように見える。ヒナちゃんと話しているときの駿人くんは、なんだか素な表情だ。わたしにはあまり見せない表情を浮かべている。わたしが知らない時間が二人にはある。それが時に羨ましく思う。
「そうだ。ハルちゃんに渡したいモノがあったんだ」
「渡したいモノ?」
「うん。ハルちゃんが帰省しているときにね。三人で作ったんだ」
駿人くんはズボンのポケットから紐状のモノを取り出し、わたしの手の平に置いた。きちんと見ると、それは白とピンクが交わったミサンガだ。驚いて、駿人くんを見ると、彼は二ッと笑い、青と白のミサンガを付けた右手を見せた。
「仲間って感じがしていいでしょ」
「仲間…」
「もしかしてイヤだったかな?」
「イヤなわけないじゃないですか。こういうことが初めてで感動してしまって…。そのわたし…」
わたしは駿人くんに駆け寄り、彼を抱きしめた。
違う町からやって来たわたしをきちんと仲間として繋がりを持てているのが、とてつもなくうれしかった。
「泣いているのかい」
「駿人くんのせいですからね」
「そう」
駿人くんはやさしくわたしを包み込み、微笑みを浮かべた。
きっと忘れることはないだろう。いや忘れてはいけない。このうれしさも、そして彼の温もりを…。わたしは一つの決意をした。
「駿人くん」
「ん?」
「わたし、決めました。わたし、絵画コンクール、挑戦してみようと思います」
駿人くんは大きく目を見開いたあと、暖かい微笑みを浮かべた。
「うん、応援するよ。ハルちゃんなら賞をもらえるよ」
「わたしのことを買い被り過ぎです。でももらえるようにがんばります」
「うん」
「駿人くん、もし賞をもらえたら、駿人くんに伝えたいことがあるんです」
「それは今じゃダメなの?」
「はい。ちゃんとケジメをつけえたいんです」
「そっか。わかったよ。ハルちゃんがそう決めているのなら、無理強いはしないよ」
「ありがとうございます」
わたしは駿人くんに一礼をし、彼の目を見て清々しい笑顔を浮かべた。