翌日、わたしは一人で町を歩いていた。小学校や以前通っていた中学校、よく通っていた文房具店、親友とときどき行った駄菓子屋、そしてよくスケッチしていた公園。どれも懐かしく思えるのと同時にやはり辛いと感じている。公園の隅あるベンチに腰を下ろした。夏休みということもあり、幼児や小学生の楽しげな声や保護者のおしゃべりをする声、ブランコなどの擦れる音が聞こえてくる。とても平穏な日常だ。まるであの出来事がなかったかのように思わされる。同じことをやってありたいとは思わない。だけれど、なんだか虚しく思えてしまう。わたしだけが取り残されてしまったように感じる。きっとみんなはわたしのことを忘れて、新しい日常を送っている。それが許せない自分がいるのだ。ざわざわする胸にそっと手を添えた。悔しくて苦しい。どうしよもならないこの感情は、ずっと抱くことになるのだろう。きっと大人になってもずっと。わたしは帰路に就こうとベンチから立ち上がった。公園の門から出て少し歩いたところで、わたしは聞き覚えのある声で呼び止められた。

「ハル…? ハルでしょ!」

 今一番に聞きたくはなかった声、出くわしたくはなかった人物。わたしはみるみると顔を青く染め、ゆったりと振り返った。わたしよりも少し高くすらりとしたスタイル、茶色かかったボブカット、横髪に黄色の髪留めを付けた少女、『シズ』こと月城雫が戸惑った表情で立ち尽くしていた。お互いに信じられない様子であった。体が硬直してしまい、動くことが出来なかった。足ががくがくと震えていた。彼女がいるということはリーダー格の女子生徒・佐倉さんも近くにいる可能性だってある。恐くて苦しくて逃げたいというキモチがいっぱいになった。それなのに足が鉛のように重たい。力いっぱいにスカートを握りしめていた。恐くて恐くて仕方がなかった。

「ハル、大丈夫だよ。佐倉さん達はいないから。あたし、今一人だから…」

「し…ず」

「ハル、ハル、ハル、ハル」

 シズは駆け寄って、わたしを抱きしめた。彼女が震えていて泣いているのがわかった。

「あたし、ハルに謝らなきゃってずっと思ってた。親友だったのに、一緒に戦わなきゃいけなかったのに。あたし恐くて、イジメられたくなくて、一緒になってハルのことを遠ざけてイジメをしちゃってた。ごめんなさい。本当にごめんなさい」

 彼女が発する言葉にウソを吐いているようには聞こえなかった。もともと大人しくて性格で純粋な女の子だ。ウソを吐けない子だというのはわかっている。だけれど、わたしは彼女に対し、まっ黒な感情を抱いていた。シズのことを強く押し離し、わたしは自分の想いを全部彼女にぶつけた。

「今さら、何? 許せるわけないじゃない。だって、裏切られたんだよ。信じていたあなたに。親友だと思ってたあなたに。言い訳なんか聞きたくない。わたしは…わたしは…」

 大好きなあなたに手を汚してほしくなかった。
 その言葉を発することが出来ず、わたしは鉛のように重たくなった足を必死の思いで走らせた。何度も躓きつつも走り続けた。走馬灯のように思い出していく。彼女との思い出。お喋りをしたこと、一緒にスケッチしていたこと、共にお弁当を食べたこと、二人で笑い合ったこと、下校中に見たオレンジ色の空を。泪があふれた。もっと一緒にいたかった。もっと笑い合いたかった。もっと一緒に絵を描いて行きたかった。もっと一緒に歩んで行きたかった。それがもう叶うことがないのだと。わたしは、もう彼女と親友には戻れないのだと思い知らされる。彼女自身、たくさんの葛藤があっただろう。とは言えども、イジメに加担したことへの事実は変わりはしない。もうあの頃のわたし達には戻ることは出来ないのだ。わたしはまた悲しみの海へと潜っていた。住宅街の曲がり角、わたしは誰かとぶつかり、派手に尻餅をついた。わたしは慌てて顔を上げて謝罪をした。

「ご、ごめんなさい!」

 そこには楓ちゃんが心配な表情を浮かべて立っていた。

「か、楓ちゃん…。…楓…ちゃん…」

「ハル、あたしね。胸騒ぎをしていたんだ。ハルに何かあったんじゃないかって、あなたを探していたの」

「楓ちゃん楓ちゃん」

「大丈夫。がんばったんだね。いいんだよ。泣いても」

 楓ちゃんはやさしくわたしを包み込んだ。彼女の温もりを感じながら、わたしは声を出して泣き出した。怒りや悲しみ、寂しさや虚しさ、たくさんの感情がわたしの心をいっぱいにしていた。シズが逆らうことが出来なかったのはわかっている。だけれど、もうわたし達の友情が繋がることはないのかもしれない。あふれるばかりの泪。わたしは楓ちゃんの腕の中で泣き続けた。