*
帰省すると決めた週の土曜日にわたし達は両親のもとへ向かった。
空は快晴。とてもおでかけ日和であった。運転をする楓ちゃんの傍ら、わたしは車窓の外を眺めていた。懐かしい風景が広がっている。最寄り駅に広がるたくさんのビル。何度も通りかかったチェーン店。よく買いに行っていた文房具店。家に近づけば、見慣れた住宅街。変わらぬ風景に、どこか安心している自分がいた。でも不安があるのも事実だ。胸のあたりがざわざわとしている。
「ハル、どうだい。久しぶりの地元は」
「まだ数ヶ月しか経ってないのに、すごく懐かしい」
「そうだね。駿人達と出会って、ハルはどんどん明るくなっていく。まだ不安定なところもあるかもしれないけれど、少しずつ変わって来ていると思うよ」
「うん。そうだといいんだけれど…」
わたしの煮え切れない答えに、楓ちゃんはクスリと笑った。
変われている自信はまだない。だけれど、以前のように笑えるようになって来ているように思える。むしろ以前よりも笑っている気がする。それも楓ちゃんのおかげだ。楓ちゃんのおかげで駿人くん達と出会えた。そして恋を知ることが出来た。感謝をしてもしきれてないぐらいだ。徐々に両親が住む家が見えてくる。楓ちゃんはウィンカーを出し、減速しつつ敷地内へと入って行った。二階建ての黄緑がかかったマイホーム。車から降り、ぼんやりとその光景を眺めている。玄関が勢いよく開き、母さんがわたしに向かって駆け寄り、力いっぱいに抱き締めた。久々に感じる懐かしい温もり。花のような甘くやさしい匂い。離れていた時間を埋めていく。そんな感じがした。
「母さん、苦しい」
「あっ、ごめんなさい。えっと、そのおかえりなさいハル」
「ただいま。母さん」
「見間違えるぐらい、明るくなって…」
「そ、そんなことないよ。それでさ父さんは…?」
「中でテレビ見ているわ。帰省するって連絡あってから、ずっとそわそわしているわよ。晴香はまだか。まだ帰ってこないのかって。そればかりなんだから」
「父さんらしい」
二人でクスクスと笑った。
「お二人さん。そろそろ中に入りましょ」
楓ちゃんはわたしと母の肩に手を回し、玄関へと足を運ばせた。
父さんが仕事で履いて行く革靴や普段履いている運動靴、母さんがよく履いている桃色のパンプスがキレイに並べてあった。下駄箱に上にはキレイなガラス細工の細い花瓶に一輪の花が添えられていた。きっと母さんだろう。母さんは玄関を大切にしている。『帰って来たときに安心することが出来るでしょ』といつも言っている。で確かに玄関に花が添えられていると、キモチがいい。脱いだ靴を揃え、リビングに向かった。父はソファーに座り、バラエティー番組を視聴していた。普段観ていないくせに、今日に限って観ているだなんて、明らかに落ち着きがないのがわかる。いつもだったら、ニュースや刑事ドラマ、時代劇などを好んで視聴している。父さんの新しい一面を見れた気がする。
「た、ただいま、父さん」
「あぁ、おかえり」
父さんはこちらを向かず、挨拶を返した。威厳を保ちたいのだろう。わたしが部屋に引きこもってしまったとき、父さんは何度もドアを叩き、何度もわたしに呼びかけた。何があったのか。顔を見せてくれないか。何度も何度も。あのときのわたしは、恐くて、心配をかけたくなくて、両親に壁を作ってしまった。余計に心配をかけてしまう結果になってしまったけれど。だけれど、こうしてまた顔を合わせることが出来ている。
「あ、あの。と、父さん。その…」
「なんだ」
「コーヒー淹れようか」
「いや、いい。大丈夫だ」
「うん。わかった」
父さんはどちらかというと寡黙な人だ。家でもあまり話さないし、いつも読書をしているか、書斎で仕事をしているかだ。家族に興味がないのかと思いきや心配性な面も見せてくる。わたしが体調を崩したときも母さんよりもそわそわしているし、ショッピングモールで迷子になったときも走って探し回ってくれたこともあった。きっと不器用な人なのだろう。だからこそ、わたしは父さんのことをキライになることはなかったし、反抗期らしい時期もなかった。
「やぁ兄さん」
「楓、お前、何しに来たんだ」
「冷たいわねぇ、兄さん。愛しいハルを送って来たんじゃない」
「あぁ、それはすまなかったな。ありがとう」
「どういたしまして。それより兄さん。愛しの娘がコーヒーを淹れてくれるっていうのに断る阿呆がどこにいる?」
「うるさい。お前に関係ないだろう」
「そうだねぇ。でもいいのかなぁ。ハルが結婚とかしたらもう淹れてもらえなくなるかもねぇ」
「け、結婚なんてまだ早い! 晴香はまだ中学二年生なんだぞ!」
「そんなこと言っているうちに、あっという間にハルが結婚相手連れてくることになるよぉ。に・い・さ・ん」
楓ちゃんの言葉に言い返せず、父は小さく唸っていた。わたしのこともあって、父さんは楓ちゃんには弱いようだ。わたしのこともあって、あまり強くは言えないのだろう。父さんは気まずそうにこちらを見て「晴香、コーヒーを頼めるか」と口にした。大きな子どもみたいなところがおかしくなってしまい、思わず噴き出してしまった。そのことに父さんはムッとした。父さんと楓ちゃんは本当に仲のいい兄妹だなと感じる。
「なんだ?」
「ううん。なんでもない。コーヒー淹れてくるから。待ってて」
「わかった」
肩を落とす父さんを横目にわたしは再び微笑みをこぼして、キッチンへと足を運んだ。
帰省すると決めた週の土曜日にわたし達は両親のもとへ向かった。
空は快晴。とてもおでかけ日和であった。運転をする楓ちゃんの傍ら、わたしは車窓の外を眺めていた。懐かしい風景が広がっている。最寄り駅に広がるたくさんのビル。何度も通りかかったチェーン店。よく買いに行っていた文房具店。家に近づけば、見慣れた住宅街。変わらぬ風景に、どこか安心している自分がいた。でも不安があるのも事実だ。胸のあたりがざわざわとしている。
「ハル、どうだい。久しぶりの地元は」
「まだ数ヶ月しか経ってないのに、すごく懐かしい」
「そうだね。駿人達と出会って、ハルはどんどん明るくなっていく。まだ不安定なところもあるかもしれないけれど、少しずつ変わって来ていると思うよ」
「うん。そうだといいんだけれど…」
わたしの煮え切れない答えに、楓ちゃんはクスリと笑った。
変われている自信はまだない。だけれど、以前のように笑えるようになって来ているように思える。むしろ以前よりも笑っている気がする。それも楓ちゃんのおかげだ。楓ちゃんのおかげで駿人くん達と出会えた。そして恋を知ることが出来た。感謝をしてもしきれてないぐらいだ。徐々に両親が住む家が見えてくる。楓ちゃんはウィンカーを出し、減速しつつ敷地内へと入って行った。二階建ての黄緑がかかったマイホーム。車から降り、ぼんやりとその光景を眺めている。玄関が勢いよく開き、母さんがわたしに向かって駆け寄り、力いっぱいに抱き締めた。久々に感じる懐かしい温もり。花のような甘くやさしい匂い。離れていた時間を埋めていく。そんな感じがした。
「母さん、苦しい」
「あっ、ごめんなさい。えっと、そのおかえりなさいハル」
「ただいま。母さん」
「見間違えるぐらい、明るくなって…」
「そ、そんなことないよ。それでさ父さんは…?」
「中でテレビ見ているわ。帰省するって連絡あってから、ずっとそわそわしているわよ。晴香はまだか。まだ帰ってこないのかって。そればかりなんだから」
「父さんらしい」
二人でクスクスと笑った。
「お二人さん。そろそろ中に入りましょ」
楓ちゃんはわたしと母の肩に手を回し、玄関へと足を運ばせた。
父さんが仕事で履いて行く革靴や普段履いている運動靴、母さんがよく履いている桃色のパンプスがキレイに並べてあった。下駄箱に上にはキレイなガラス細工の細い花瓶に一輪の花が添えられていた。きっと母さんだろう。母さんは玄関を大切にしている。『帰って来たときに安心することが出来るでしょ』といつも言っている。で確かに玄関に花が添えられていると、キモチがいい。脱いだ靴を揃え、リビングに向かった。父はソファーに座り、バラエティー番組を視聴していた。普段観ていないくせに、今日に限って観ているだなんて、明らかに落ち着きがないのがわかる。いつもだったら、ニュースや刑事ドラマ、時代劇などを好んで視聴している。父さんの新しい一面を見れた気がする。
「た、ただいま、父さん」
「あぁ、おかえり」
父さんはこちらを向かず、挨拶を返した。威厳を保ちたいのだろう。わたしが部屋に引きこもってしまったとき、父さんは何度もドアを叩き、何度もわたしに呼びかけた。何があったのか。顔を見せてくれないか。何度も何度も。あのときのわたしは、恐くて、心配をかけたくなくて、両親に壁を作ってしまった。余計に心配をかけてしまう結果になってしまったけれど。だけれど、こうしてまた顔を合わせることが出来ている。
「あ、あの。と、父さん。その…」
「なんだ」
「コーヒー淹れようか」
「いや、いい。大丈夫だ」
「うん。わかった」
父さんはどちらかというと寡黙な人だ。家でもあまり話さないし、いつも読書をしているか、書斎で仕事をしているかだ。家族に興味がないのかと思いきや心配性な面も見せてくる。わたしが体調を崩したときも母さんよりもそわそわしているし、ショッピングモールで迷子になったときも走って探し回ってくれたこともあった。きっと不器用な人なのだろう。だからこそ、わたしは父さんのことをキライになることはなかったし、反抗期らしい時期もなかった。
「やぁ兄さん」
「楓、お前、何しに来たんだ」
「冷たいわねぇ、兄さん。愛しいハルを送って来たんじゃない」
「あぁ、それはすまなかったな。ありがとう」
「どういたしまして。それより兄さん。愛しの娘がコーヒーを淹れてくれるっていうのに断る阿呆がどこにいる?」
「うるさい。お前に関係ないだろう」
「そうだねぇ。でもいいのかなぁ。ハルが結婚とかしたらもう淹れてもらえなくなるかもねぇ」
「け、結婚なんてまだ早い! 晴香はまだ中学二年生なんだぞ!」
「そんなこと言っているうちに、あっという間にハルが結婚相手連れてくることになるよぉ。に・い・さ・ん」
楓ちゃんの言葉に言い返せず、父は小さく唸っていた。わたしのこともあって、父さんは楓ちゃんには弱いようだ。わたしのこともあって、あまり強くは言えないのだろう。父さんは気まずそうにこちらを見て「晴香、コーヒーを頼めるか」と口にした。大きな子どもみたいなところがおかしくなってしまい、思わず噴き出してしまった。そのことに父さんはムッとした。父さんと楓ちゃんは本当に仲のいい兄妹だなと感じる。
「なんだ?」
「ううん。なんでもない。コーヒー淹れてくるから。待ってて」
「わかった」
肩を落とす父さんを横目にわたしは再び微笑みをこぼして、キッチンへと足を運んだ。