期末試験を終え、みんなが待ち望んでいた夏休みに入った。だからと言って、特別に用事あるわけでもなく、わたしは静かに縁側で風景画を描いていた。畑で育った野菜のキレイな緑、野菜を育てるための土の濃い茶色、空の深い青。少し前のわたしでは気づける色ではなかったと思う。

「ハル、宿題のほうは大丈夫かい」

「うん。大丈夫。きちんとやっているよ」

「まぁ、あんたは勉強出来るから。心配はいらないか」

 楓ちゃんはとなりに座って、お茶を啜った。
 彼女自身も、ここのところ仕事が立て込み、徹夜が続くことがあった。昨晩もあまり眠れていないようで、クマが出来ていて、少しやつれたようにも見える。ごはんのときは、いつも一緒に食べるけれど、食べ終えるとすぐに書斎へと戻ってしまうことが多かった。お茶を持って行ったときも、行き詰っている表情をしていることもあった。楓ちゃんはずっと一人で戦っていたのだと気づかされる。そして仕事に向けている顔が紛れもなくプロのイラストレーターそのものであった。わたしはその楓ちゃんに甘えてばかりいた。いつか彼女のようにやさしくて強い人になりたい。そして独りではないと知った今、前へと歩いていくことを決意した。少しでも強くなれるように。両親とも少しずつではあるが、連絡を取るようにしている。明るくなったわたしの声に、母は泣いて喜んでいた。わたしはそれだけ心配をかけてしまっていたのだと反省した。辛いことがあったら、殻に閉じこもることはせずに打ち明けようと思う。そしてこれからは心配かけた分を、恩返しをして行きたい。

「ねぇハル。久しぶりに帰省してみるかい」

「えっ」

 楓ちゃんの提案に、わたしは目を大きく見開いた。
 帰省しようだなんて考えてもいなかった。むしろ、考えようともしていなかった。わたしは言葉を失いつつ、わたしは自分の絵を見つめた。自分はどうしたいのか。両親のもとに帰って、平常心でいることが出来るのか。元同級生と出くわしたとき取り乱してしまわないか。恐怖心や不安感が膨らんで行った。今でもイジメを行っていた佐倉さん達のことを思い出すと震えがとまらなくなってしまう。前に進むと決めたというのに、未だに恐怖心で苛まれている。わたしはどうすれば。震える手にキレイな手が添えられた。怯えた表情でわたしは楓ちゃんを見た。わたしとは対照的に安らかに微笑んでいた。風が吹き、わたし達の髪を揺らした。

「ハル。泣いたっていい。怒ってもいい。取り乱しだっていい。だってそれがハルの本音なんだから。親友だった子がどう考えているかはあたしにもわからない。だけれど、もし許してほしいと思っているのであれば、本音をぶつけてやればいい。その子が罪を償うのはそれからでいい」

「楓ちゃん、わたしね恐いんだよ。恐くて仕方がないの。またイヤなことをされるんじゃないかって。また立ち向かえないんじゃないかって。そう考えると、震えが止まらないの。弱い自分がイヤなの」

「うん。だけれど今のハルにとって乗り越えなくちゃいけない壁なのかもしれないね。だからさイヤなことをして来た奴らに見せつけてやんな。強くなったんだぞわたしはって。それが最高のやり返しだと思うな。あたしは」

 楓ちゃんは二ッと笑った。
 彼女の笑顔はやっぱり好きだ。前に進めなくなったときに、再び足を前へ前へと進めるように導いてくれているように感じる。殻に閉じこもったとき、あのときの温もりを思い出す。わたしが抱いていた恐怖心が、少し和らいだ。わたしは楓ちゃんにとびっきりの笑顔を向けた。そんなわたしに楓ちゃんはやさしく包み込んで頭を撫でてくれた。

「うん。やっぱりハルは笑顔が似合う」

「ありがとう。わたしもね、楓ちゃんの笑顔がすごく好きだよ」

「うれしいことを言ってくれるじゃない」

 青い空の下、二人で笑い合った。