話し込んでいるうちに、日が落ちるころになってしまっていた。学校近くとは言えども、灯りが少ない地域だ。駿人くんと藤堂くんの計らいで家まで送ってもらうことになった。わたしには駿人くんで、ヒナちゃんには藤堂くんという組み合わせだ。少し言葉を交わしたあとに、わたし達はそれぞれに帰路に就くことになった。転校して来て、初めての寄り道だ。学校帰りというものの、部活動が異なったり、門限などがあり、なかなかする機会がなかった。こうして、制服で甘味処などに立ち寄れたことが夢みたいに思えてくる。楽し過ぎて仕方がない。少し憧れていた。わたしと親友は、お店に寄っておしゃべりしながら食べるのが苦手なほうだった。

「ハルちゃん、楽しそうだね」

「はい。こうやって友達とお店に立ち寄ったりするの初めてで。すごく憧れていたんです」

「そうなんだ。俺達、よくあそこで時間潰したりしているんだ」

「そうなんですね」

「うん。だからハルちゃんも来てくれたから、すごくうれしいよ」

 駿人くんは二ッと笑みを見せた。
 彼の笑顔がいつも不意打ちでズルイ。この頃、彼の笑顔を見ると、胸が落ち着かなくなってしまう。今でも胸が躍り出して、体が熱くなってくる。彼の笑顔に目が離せないでいる自分がいた。駿人くんは、わたしにとって初めての男の子の友達。それ以外はないと思っていた。わたしは彼に、友情以上の感情を抱いてしまっているのだろうか。まだその感情の正体を知るには、まだ勇気が足りない。それを知ってしまったら、今の関係のままではいられなくなってしまう。もう関係が壊れてしまうのがイヤだった。わたしはそっと心に蓋をした。それなのに彼はわたしを翻弄するのだ。

「今度は、二人で行こうよ。僕のねおすすめを教えてあげるよ」

「そ、そんなクラスの人に見られたらどうするんですか」

「へぇ、ハルちゃんもそういうの気にするんだね」

「し、しますよ! わたしだって年頃の女の子なんですよ」

「女の子って言い方、かわいいね。ハルちゃんらしい」

「しゅ、駿人くん。ご、誤解しちゃいますよ。それ」

「えっ、あ、そうだね。ごめんつい」

 慌てて手を合わせる駿人くんに対し、わたしはスンッと歩いて行った。彼は女心に疎すぎる。言葉に気をつけてほしいものだ。わたしは胸のあたりを触れつつ、足を進めて行った。赤くなった顔を見られたくはなかったから。知りたくない気づきたくない。そのキモチがいっぱいだった。わたしは彼のことを…。

――好きになってもいいのかな?

 彼と出会って、間もないわたしが恋心を抱いてしまうのは軽薄ではないだろうか。そしてそれを口にしてしまったら、もうわたし達は今みたいに仲良くすることが出来なくなってしまう。今まで通り、わたし達は男女友達だ。それ以上もそれ以下もない。そう思い込むようにしていた。もう友達を失うのはイヤだ。それなのにどうしてこんなにも心が苦しくなるのだろう。彼にとっても、わたしは女友達の一人しか見られていないってわかっているのに、どうしてなのだろう。光が差しかかった心にモヤモヤと煙がかかって行った。速足で歩くわたしの手を駿人くんが掴んだ。
「ハルちゃん、ごめん。癪に障るようなことして。でも僕、本当にハルちゃんがかわいいと思ったんだよ。本当だよ」
「駿人くん、本当にわたしのことをかわいいって思っているんですか?」
「うん。初めて会ったときからね。かわいいとも思っているし、時にはキレイだと思うときがある。本当だよ。僕はウソがキライなんだ。特に人を傷つけるウソがね。お世辞に聞こえるかもしれないけれど、本心から僕はハルちゃんがかわいいって思っているよ」

「本当ですか?」

「本当だよ。ハルちゃんはもっと自分に自信を持っていいんだよ。だってハルちゃんは変わりたいって、努力しているし、どんどん明るくなって来ていると思う。僕はそういうところを認めているんだよ」

 駿人くんはわたしの手を引っ張り、体を受け止められた。とても大きく逞しい。あぁ男の子なのだなと思わされる。そしてやさしく包み込まれた。まるで雛鳥を守るように。わたしの体温が急上昇していく。わたしは言葉を発することが出来なくなっていた。わたしは、わたしは…。
 わたしは、駿人くんを力いっぱいに押し離した。キライではないのに、イヤなキモチになったわけではないのに。情報の処理が上手く出来ず、わたしは、その場から立ち去ってしまった。今のわたしの顔を、駿人くんに見られたくはなかった。わたしは、必死の思いで夜道を走った。街灯のない暗闇の道。わたしは何かに躓き、倒れるように転んでしまった。わたしの瞳から一粒二粒と泪が流れた。痛いからじゃない。はずかしいからではない。わたしは駿人くんのことが心の底から好きになってしまったのだ。それは友達としてではなく、一人の男の子に恋をしてしまったのだ。自分にはどうすることも出来ない感情に苦しくて辛い。わたしは声を殺しながら泣き続けた。

「ハルちゃん、帰ろう。楓さんが心配する」

 わたしを追いかけて来たのか息を切らした駿人くんに声をかけられた。わたしは、言葉を発することが出来ず、首を横に振った。駿人くんはその場に座り、わたしが落ち着くのを待ってくれていた。彼はやさしい。やさし過ぎる。それが辛く苦しい。わたしは、その場で泣き続けた。しばらくして、駿人くんが楓ちゃんに連絡を取ってもらい迎えに来てもらうことになった。今、わたしは楓ちゃんの車の車窓から外をぼんやり見ていた。真っ黒に染まった畑道。今、わたしは再び悲しみの海にいる。イヤなことをされたわけではないのに、わたしの心が不安定になり、駿人くん自身を傷つけ悲しいキモチにさせてしまった。いつもやさしくしてもらえているのに、一人にならないようにしてくれているのに、わたしは、彼を拒絶するような行為をしてしまった。次に会うとき、わたしは彼にどんな顔で会えばいいのだろうか。不安でしかなかった。一人の男の子に恋をすることも、これまでの距離を取り戻すことも。わたしは何一つ前には進めてはいない。

「ハル、大丈夫かい?」

「楓ちゃん、ごめんなさい。ごめんなさい。ごめんなさい」

「謝らなくても大丈夫だよ。お互いに悪いところはない。たまたま今日が不安定なときだった、ただそれだけのことなんだよ。ハル自身も着実にいい方向に進めているし、駿人だってまだまだこれからの子だよ。大丈夫。ゆっくりでいいんだよ。ハルはハルのペースで。挫けそうなときはあたし達が全力で助けてあげる。だから、ハル、一人になろうとしちゃダメだからね」

「楓ちゃん、わたし…。わたし、駿人くんのこと傷つけちゃった…」

「大丈夫、あいつはあれぐらいでは傷ついたりはしない。だってずっとあんたのこと心配してたんだもん。最近、あんたの話題ばかりなんだよ駿人は。毎晩のようにハルの様子をメールで送って来てるの。ハルのストーカーかって言っているんだけどね」

「わたしの様子を…? どうして?」

「ごめん白状するね。あたし、ハルが越して来る前に駿人に話したの。ハルがイジメに合っていたことやそのことで今ハルの心に傷を負ってしまったこと。すべて駿人に話した。ハルにはそのことを触れないでやってほしいって伝えてある。だけど、ハルが独りぼっちにならないように守ってあげてほしいって」

 だからいつもわたしの傍にいてくれていたのだろう。そしてわたしが一人にならないように藤堂くんのことも紹介をしてくれていたのかもしれない。わたしは守られていたのだ。楓ちゃんにも駿人くんにも。それなのにわたしは何も出来ていない。まだまだ心が不安定な女の子でしかない。そんなのはイヤだ。一刻も早く駿人くんに謝りたかった。そして守ってくれていてありがとうと伝えたい。感謝のキモチでいっぱいになる。これからも駿人くんと笑って行きたい。

「ハル、駿人に伝えたいことはあるのなら早いほうがいい。だけれど、今日はもう遅い。明日、早めにしたほうがいい。あたしから伝えたいことがあると言っていてあげようか?」

 楓ちゃんの提案に、わたしは首を横に振った。キモチはうれしいけれど、これは自分でやらないといけないことだ。楓ちゃんに甘えてばかりじゃダメだ。わたしは自身のスマホを取り出して、駿人くんに『明日、会って話したい』と短い本文のメールを作成し、送信をした。そしたらすぐに返信が来た。『わかった』とのことであった。明日になったら、きちんと謝罪をしよう。そしてこれまでのことをちゃんとお礼をしよう。もう守られてばかりの女の子から卒業をしよう。