一時間目が終わり、わたし達は理科室へ足を運ばしていた。さっき声をかけてくれた女の子がわたしの席まで来て「行こっか」と声をかけてくれて、わたしは笑みをこぼしつつ頷いた。彼女はなんだかとても安心する。まるでお日さまのように暖かくて心地がよい。なんだか春みたいな人だなという印象だ。

「そういえば自己紹介していなかったね。うち、瀬戸内ひなたって言うんだ。女子バスケ部。よろしく」

「あ、あの、せ、瀬戸内…さん」

「あぁ、うちのことは『ヒナ』でいいよ。みんなもそう呼んでるから」

「ひ、ヒナちゃん」

「そ、そんな上目づかいで言われると照れちゃうな。水森さん、結構癒し系だからさ。気をつけなよ。特に男子。目の色を変えていたからさ」

「は、はぁ」

 癒し系だなんて、生まれて初めて言われた。うれしい反面照れくさくて、顔が燃えるんじゃないかと思うぐらい熱くなった。わたしは赤くなった顔を隠していると、ヒナちゃんはけたけたを笑っていた。笑いごとじゃないのにとツッコミたくなったけれど、彼女の笑顔を見たらまぁいいやという気持ちになり、わたしも彼女につられて笑みをこぼした。こんな楽しい気持ちなんて久しぶりだ。同じクラスの女の子と、こうして話しを出来るなんて夢みたいな感覚だ。うれしいキモチでいっぱいになる。

「ねぇ、水森さんは、友達や家族とかからなんて呼ばれたりしているの?」

「えっと、そ、そのよく『ハル』って呼ばれてます」

「ハルね。了解。あとタメ口でいいよ。同い年なんだしさ」

「そう…だよね。その、わたし、緊張しちゃってて」

「まぁ初日だし。仕方がないよね」

「う、うん」

 ヒナちゃんはわたしが話しやすいようにゆっくりとやさしく話してくれる。わたしは前へ前へと話されるのは、とても苦手意識がある。何を話せばいいのかわからなくなってしまう。パニックへと陥ってしまうのだ。何も話せなくなってしまうと、無口でつまらない人だと思われてしまうんじゃないかと恐くなってしまう。初めての親友はそれも含めて好きだと言ってくれていた。どこですれ違ってしまったのだろう。ヒナちゃんもいつかわたしから離れていってしまわないだろうか。急な不安に襲われる。わたしはヒナちゃんの袖を掴んでいた。彼女には離れて行ってはほしくはなかった。このままそばにいてほしい。わたしのわがままだというのはわかっている。それでもわたしは彼女と友達になりたい。そしていつか親友と呼び合えるようになりたい。わたしは勇気を出して、ヒナちゃんに口にした。

「ひ、ヒナちゃん、そ、その、わ、わたしと友達になってくれませんか」

「いいよ。うちももっとハルのこと知りたいし、知ってもらいたいな。だからそんな心配にならなくてもいいよ。うち達はそんな簡単にキライになったりはしないから。そうでしょボンちゃん」

「そうだね」という返事が背後から聞こえて来て、わたしはビクッと震わせた。まさか駿人くんがうしろにいるだなんて思っていなかったから。てっきり先に行っているのかと考えていた。駿人くんはわたしのほうを見て、ニコリと笑った。不意打ちの笑顔で、伏せてしまう。胸が異様に踊り出していた。恐いとは別の感情というのはわかる。暖かくて安心するような感情。友情に近いようで、どこか遠いモノ。その感情の名前を知る由もないのが現状で、今のわたしには見つけることは出来ないと思う。それがどことなく悔しくて仕方がない。

「ねぇ二人は知り合いなの? 朝、二人で登校して来たらしいけれど」

「そうだよ。僕とハルちゃん、友達なんだ」

「うち、知らなかったよ。いつから」

「先週ぐらいかな。楓さんに呼ばれてさ」

「楓さんが? どうしてまた」

「ヒナ、ハルちゃんの苗字」

「確か水森だよね。あっ、もしかして娘とか? って違うか」

「姪っ子だってさ」

「あぁ、なるほど、なんだか納得」

 ヒナちゃんは、わたしの隅々まで見渡した。確かに、楓ちゃんとは印象は違うだろう。わたしはよくお母さん似だと言われる。楓ちゃんから内向的で奥手なところや美人なところがよく似ていると言われたことがある。確かにお母さんはキレイだなとは思うけれど、自分が美人と言われるとなんだがはずかしいキモチになってしまう。むしろわたしは地味なほうだ。化粧っけもなく、特別特徴もない。つまらない容姿だ。それのどこを美人だと言うのだろうと思ってしまう。わたしにはよくわからない。それなのに楓ちゃんやヒナちゃんはわたしのことを癒し系や美人だと言ってくれている。褒めてくれていることはうれしいはずなのに、納得出来ていない自分がいる。

「どうしたのハルちゃん?」

「い、いいえ。大丈夫です…」

「ならいいんだけれど。体調悪くなったら言うんだよ」

「しゅ、駿人くん。その心配し過ぎです」

「そう?」

 駿人くんのやさしい笑顔に、頬が熱くなってしまう。彼はやさしいけれど、天然なところがあるから、妙に意識してしまう。それに初めて会った日に、わたしは彼の前で大泣きをしてしまった。思い出しただけでもはずかしい。でも彼は泣いた理由を聞くことはなかった。ずっとわたしの頭をやさしく撫でて気が済むまで泣いているのを見守ってくれていたのだ。彼に抱くこの感情の名前を、わたしはまだ知る由もない。いつかわかるときが来るのだろうか。
 予鈴が鳴り響く、ヒナちゃんが「やば、急ご」と声をかけ、わたし達は理科室へと運ぶ足を速めた。