愛と禁欲のサーガ・腐食の魔法[第一部・人間界都市編]

 王女エッダの留守中に城の寝室に愛人を招いた王サーディンは、ベッドの上で女性が馬乗りになった状態で、絶頂に達して愉悦(ゆえつ)の表情を浮かべたまま木炭のように固まって最期を迎えた。

 愛人も局部の周辺から腐り、尻と乳房まで炭黒くなって息絶えていたが、肩から上の頭部と腕先の肌は正常な状態を保ち、股間の精液が毒液となり体を蝕んだと疑われる。

[王が愛人と腐って、全裸でフリーズしている。]

 そのニュースはベッドメイキンの為に寝室へ入って悲鳴を上げた召使いから、世話役、女官長、王国専任の錬金術師アルダリに伝わり、旅先の王女エッダへ白い伝書鴉が飛ばされた。

 アーズランド王国の城。塔の上にサーディン[イワシの紋章]の旗がはためき、南東には巨石と森と水の精霊の地がある。額にオスのマーク記号がある白カラスが上空を旋回して、受取人の分泌物を嗅ぎ取りながら巨石の山へ向かった。(異性のフェロモンの匂いで手紙を届ける白カラスをエロガラスと呼ぶ者もいるが、愛の配達人だと商人は高値で売っている。)


 王女エッダは妖精の地へクラウドの台座を調査しに訪れていたが、白カラスが空から舞い降りて王女の肩にとまり、胸元を覗いてからその谷間に鳴き声と共に嘴から書簡を吐き出して落とした。

「ブェッ」

 唾液で粘って丸まった紙片を王女が指で摘んで広げると[王死す。しかもアソコを腐らせ、お恥ずかしい死に様。]と書いてある。

「クラウドの予兆が当たったようですわ」

 王女エッダがスカートの中に潜り込もうとするエロガラスを足で蹴り払い、美しい顔を(しか)めて妖精の族長と四人の侍女と一緒にクラウドを遠巻きに眺めた。

 森と川の望める巨石の連なる窪みに瑪瑙(めのう)の台座があり、1メートル程宙に浮かんでいる。上部は平面で雲の紋様があり、割れない筈の表面には黒い血脈のひび割れが走っていた。
 王女一行は聖なる岩山を降りる途中、妖精の族長チャチルに案内されて、霧の中に聳え立つ巨大なユグドラシルの枯れ木を眺めた。

「ユグドラシルは大丈夫なのですか?」
「生命は感じる。完全に枯れたら終わりじゃがのう」

 巨石と一体化したユグドラシルの幹に蔓の絡み合った門があり、洞窟の迷路で九つの国と繋がっていたが、神々の世界が滅びてからは一つの国・人間界が存在するだけであった。

「王サーディンが呪いで死んだとなると、時間はそれほど残されてはいまい」

 緑色のドレッドヘアーをした老女チャチルがそう嘆き、王女エッダは表情を曇らせながら精霊の木を後にした。


 数時間後、森のゲストハウスへ戻って身支度を終えた王女一行がコブロバが引く水陸車に乗り、王女は名残惜しげに付近を見渡し、滝の流れる岩場でトレーニングをする少年と妖精の娘を見つけて、見送りに出たチャチルに質問する。

「あれは?」
「少年は伝説の勇者ゼツリの子、ソング。指南しているのは我が娘、チーネじゃ」

「あれが、ゼツリの息子ですか?」

 遠くからではあるが、滝の水飛沫の中で激しい剣の対戦をしている二人の姿を王女は瞳に焼き付け、ユニコーンに跨ったチャチルもソングとチーネの素早い動きを笑顔で見つめている。

 宙を舞うチーネへ水の流れるスピードでソングが剣を繰り出し、二人は重なり合うように石の上に落下すると、仰向けに倒れたソングの上でチーネが顔を寄せて微笑む……。
 緑色の草原の中を船首と車輪のある水陸車が走り、前を引くコブロバは背中にコブが二つあり、マイ乳首を取り付ければ旅人に飲み物を与え、愛くるしい瞳で笑顔を振りまく、長い旅路には最適な乗り物である。

 渓谷の吊り橋を渡り、曲がりくねった野道を揺られて巨人の手の如く五本の川が集結するミーミル湖に着くと、アヒルと一緒にコブロバが泳いで水陸車を湖の中央にある城へ運び王女一行が入場した。

 そして正門の扉が開くと、王国専任の錬金術師アルダリが出迎え、その足で王女エッダは城の大広間から塔の上階の寝室へ向かい、極秘裏に死体の現場検証が始められた。


 アルダリは神々の最終戦争『ラグナロク』を唯一知る魔術師であり、白髪で髭を生やして肋骨が浮き出るほど痩せているが、未だに現役だとちょいワルファッションを目指して、スエードのアウターの胸ポケットにはサングラスを入れてある。

 一角獣の角骨の杖を持ち、(わざ)とゆっくり歩き、助手のケインを先頭にして塔の石段を上がる王女の揺れるお尻を眺めて楽しんだ。

 つまり炎と情熱の優れた錬金術師であるが、スケベジジイとしての評判は拭いきれない。その弟子のケインはごく普通の真面目な若者であった。


 雲に隠れていた白カラスが塔のバルコニーへ舞い降り、寝室に入った女王エッダが窓から白カラスをチラッと見て開き戸を閉じ、眩しい陽射しを遮るように赤い花柄のジャカード織のカーテンをきっちり閉めた。

「アリダリ。いつまで、そのままにしておくつもり?」

 塔の狭い寝室にはキングサイズのベッドが鎮座し、シャンデリアの下で性器から炭黒く腐って死んだ王サーディンと愛人がその時の体位を保ったまま抱き合っていた。

「そうですね。これから外しますから少々お待ちを……」

 アリダリは王と愛人の肌の状態を調査してから、腐敗した体が崩れないように王の下半身に馬乗りになっている愛人を助手と二人で持ち上げて引き離す。

「ケイン。そっちを持ってくれ」

 墨黒く変色した皮膚をピンセットでビニール袋に採取していた助手のケインが愛人の左側に立ち、一緒に持ち上げて結合した性器を外し、ゆっくりと床に置いたが、腕がひび割れて傾き、片方の腐敗した乳房が床に崩れ落ちた。
「まったく、どういうことなの?」

 女王の嘆きに、助手のケインが慌てて落ちた乳房をくっ付けようとしたが、もう片方も取れて、両方の乳房を持ってため息を漏らす。

 しかしアルダリは冷静に王の下半身を見て、そそり立った物に手を伸ばし、「コレより腐ったに違いない」と呟き、真っ黒に風化した王の性器を白い手袋をした指先で摘み、先端に拡大鏡を近付けて感想を述べた。

「思ったより、小さい……」
「変なこと言ってないで、原因を突き止めなさいよ」

 王女エッダは鼻を摘んでアリダリに文句を言い、乾燥して(にお)ってはなかったものの、王と愛人の絶頂の瞬間を想像して顔を顰めたが、ある意味助かったと苦笑した。

『ずっとご無沙汰だったけど、逆に命拾いしたわ……』

 その心の呟きを読み取ったのかアルダリが王女に耳を傾けたので、ドキッとしてアルダリの顔を押しやり、声を荒げて誤魔化す。

「王が尻軽女のアソコに射精して、腐りながら死んでしまったのは明らかです。割れない筈のクラウドにひびが入り、妖精の族長はウルズの泉が汚されていると絶滅の予兆を告げた」

 アルダリはそんな話に興味ないのか、ケインに指示をして、愛人の性器から粉になった精液を採取させている。

「まさか、神々を滅ぼした腐敗の呪いでしょうか?」

 ケインが王女の発言に驚き、呪いに感染しないかと慎重に採取したアソコの粉を壺に入れ、焦って洗面所に手を洗いに行く。

「腐敗の呪い。または絶滅の黒い呪いとも云う。しかし、精液から発症するのは初めて見た」

 アルダリが表情を一変させ、真剣な顔つきで王の亡骸を見つめた。王サーディンは今でこそハゲた小太りの怠惰な王となり、国政も王女に任せっきりだったが、若い頃は青みがかった銀髪の『光り輝く者』としてこの国に君臨していた。

「王がこんな無残な姿で死に、腐敗の呪いがこの国を滅ぼすのは時間の問題だわ」
「何者かが、呪いの力をバージョンアップさせたのでしょう。王の名にかけてもその魔術師を突き止め、呪いを解かなければなりませぬ」

 アリダリは以前から計画していた人間界への視察を王女エッダに提案した。他の世界が消滅し、呪いの主が存在するとしたら、そこしか考えられない。

「至急、戦士を集めて人間界へ向かわせましょう。もちろんその陣頭指揮は錬金術師アリダリにお任せください」

 王の変色した睾丸を壺に投げ入れ、アリダリが王女に(ひざまず)き、差し出された細い手を舐めてから窓辺へ行き、一角獣の杖でカーテンと窓を一気に開けてサングラスをした。

「最強の魔術師が、この美しい島を守ってみせましょうよ。ファッ、ヒッヒッ」

 そう宣言して、青い海の果てにある水壁(すいへき)と青空に輝く太陽を眺めて決め顔をしたが、その後ろでは王女エッダが唾で濡れた手をハンカチで拭き取って、不安な表情を浮かべている。

 そして王の名誉を重じて恥ずかしい死に様を隠蔽した為に、殆どの戦士がSEXをして腐敗の呪いで死んでしまい、この後のチーム編成は難航した。
 巨大なカワゲラの背中に乗って空を飛ぶソングとチーネが、水壁(すいへき)からこぼれ落ちた魚を空中で(モリ)を突いて獲っている。(精霊の地の川底に棲むカワゲラは幼虫から成虫になると四枚の羽が生え、2メートル程となり空を飛ぶが、妖精しか乗りこなせない。)

 胴体の前に跨ったチーネが触角に装着した紐で操縦し、ソングはその後ろに立って(モリ)を構えて魚を狙う。

「しかし、何度見ても不思議だ」

 垂直に切り立った海の絶壁はナイフで切り取ったような断面で、自然の水族館みたいに水中を泳ぐ鯨や魚が太陽の光で輝いて見えた。

「違う世界だから、こっちには入れないのさ。でも、稀に落っこちんだよ」

 チーネがカワゲラをコントロールして水壁(すいへき)に近寄ってソングに教えている。五年前、人間界からソングがこっちの世界へ来て指南役を任され、剣術だけでなく、歴史から暮らし方まで先生として面倒を見ていた。

「新鮮でめちゃ美味い。神に選ばれた魚かもな?」
「いや、落ちこぼれ魚さ」

 水壁(すいへき)を横切る魚はアーズランドの世界を素通りして、対面の水壁へ侵入して何事もなかったように泳いでゆくが、ごく稀にこっちの世界にこぼれ落ちる。

 空も透明なドームの壁で途切れているらしく、雲の半分が反対側の空間から伸びていた。

「おっ、デカっ」

 ソングが大きめの青魚が水壁(すいへき)の断面から顔を出して、水の膜をぷくっと膨れさせ、ラップを突き破るようにぽろっと落ちるのを発見して(モリ)を打つが、重くて刺さった瞬間にカワゲラが傾き、ソングがチーネの後ろから抱きついた。

(アブ)な」
「コラっ、胸触るな」
「いや、こっちはちっちゃい。それよりチーネ。ちゃんと飛ばせよ」

 チーネはキルトの花柄を織り込んだ肩空きの服を着ていたが、胸は甲虫(コウチュウ)の緑色の胸当てをし、青い厚手のスリットを腰に巻き、薄手の赤いスカートと紐状のパンツを穿いている。(動き易さを重視しているのだが、かなりの露出度であった。)

 ソングがチーネの胸当ての下に手を潜らせて柔らかい胸を揉んで幸せの笑みを浮かべると、カワゲラのバランスを立て直したチーネが肘打ちを喰らわせた。

「生意気ね。ガキのくせに」
「うわー。やめろ」

 (モリ)の先に魚を付けたまま、ソングがカワゲラから仰向けに落下して行く。それを見てチーネとカワゲラが笑った。
 光り輝く海原をカワゲラが滑空し、水を掻き分けて海面に浮き上がったソングがチーネに手を振り、(モリ)先を上げて獲った青魚を見せつける。

「ごめんチーネ。早く帰ってこれ、食べようぜ」
「いいけど。今度、変なことしたら叩きのめすからね」

 チーネがそう注意してから、手を伸ばすソングを引っ張り上げてカワゲラの背中に乗せ、魚を籠に入れたソングの濡れた手を自分の腰にまわし、カワゲラを急上昇させて海風を受けながら陸地へ向かう。

「しっかり掴まってなさい」
『甘い小麦の香りがすんだよな』

 ソングはチーネの黄金色の髪の匂いにうっとりして、さっきの胸の柔らかな感触と、今朝滝で戦った時に重なり合って落ちて見上げたチーネの可愛い唇を想像した。

 妖精は年齢を気にしないので不明だが、チーネはソングより身長では5センチ程高く、何かと先生としてのプライドをソングに見せ付けた。

 黄金色の髪は編み込んでハーフアップスタイル。スレンダーで妖精の中でも一番強くて可愛い。ソングは年頃なのか、恋と欲情でチーネを求めていたのである。

『なによ……?』

 チーネは上空で少し揺れ、後ろから腰に手を回すソングの股の辺りが硬くなって、お尻に時々当たるのを感じたが、気づかないフリをしてカワゲラの飛行をゆっくり楽しんだ。

 妖精は精霊の地の森に住んでいるが、チーネは昼食と授業を兼ねて崖の中腹にある岩室が連なるスクールへ向かう。

 数百年前から妖精の子供が減り、現在、生徒はソングしかいないが、昔はこの岩室が満室になるほど勉強と剣術のトレーニングをする生徒がいたらしい。

 深い渓谷が巨石の山へと続き、奥へ進むと垂直の崖が左右から迫って狭くなり、初めてソングを連れて来た時はチーネの背中にしがみ付いて目をつぶって震えていた。

「ソング、もう怖くないのか?」
「俺に怖い物なんてねーよ」

 チーネの後ろで立ち上がり、両手を広げて風を全身に受けて濡れた服を乾かしているソングを見て、チーネは『少しは成長したわね』と思った。

 それはある意味、性的な意味合いも含めて、ソングを男の子として意識し始めたということである。

 崖から突き出た岩場にカワゲラが近寄り、空中でソングとチーネが飛び降りると、カワゲラは向きを変えて川の住処へ帰って行く。

 チーネとソングはいつも使用している上階の岩室へ入り、清水が流れる炊事場で食事の用意を始めた。薪が積んであって、煉瓦を積んだ(かまど)がある。

「ねっチーネ。なんで妖精は女性しかいないんだ?」
「教えたと思うけどなー。再度レクチャーしますか?」
 ソングが火を起こして青魚をナイフで捌いて料理し、チーネがパンと果物を石のテーブルの上に用意した。

 妖精は菜食主義で肉は食べないが、異界から海に落ちた魚は大好物である。アーズランドの海中には奇妙な古代魚から異常巻アンモナイトが生息していて、神族は食すが妖精は不味いと嫌っていた。

「やっぱ美味いな」
「うん。ソングは魚料理上手だ」

 三枚に切り分けた焼魚と刺身をチーネは木のフォークで食べ、ソングは箸を使って器用に食べている。(十歳まで人間界に住んでいたソングとしては普通の食事スタイルであった。)

「それじゃ、今日の授業を始めるか?神族の歴史を読み取れば、妖精が女性だけになった理由が見えてくる」

「それともう一つ、俺はなぜ妖精の世界に連れて来られた?母からそれとなく聞かされていたが、しっくりこないんだよなー」

 ソングの首には母の形見である父の写真が入ったペンダントが掛けられている。それを手に取ってチーネに見せた。

「勇者ゼツリね?」

 もみあげと顎髭を生やした精悍な顔付きであるが、優しい眼差しと精一杯の笑顔で見守っている。チーネはソングの目を見て、少しは似てるわねと微笑む。

 昼食を終えて、ハーブティーを飲みながらチーネがソングの疑問に答えるべく授業を始めた。岩室の中央に窪みがあり、大理石のホワイトボードと石膏を染めたチョークが置いてある。

「チーネって、防具外すと普通の可愛い女の子になるよな」
「揶揄うのはやめなさい」

 チーネは緑色の胸当てと青い厚手のスリットを外し、ピンクの布ブラと薄手の巻きスカートになっている。

 透けて紐パンが微かに見えるが、全然気にせずにソングに背中を向けて、ボードにユグドラシルの木を描き、九つの国の名前と一番下にアーズランドの名前を記す。

「神々の国の最終戦争を覚えてる?」

「ああ、ラグナロク。プロレス団体の抗争みたいな感じで、ヨツンヘイムの巨人族とアースガルドの神々の戦争に他の国も巻き込まれた。神のくせに、邪悪な欲望に呑み込まれてしまったんだ」

「そう、一番恐ろしかったのは戦争が終わってからも続く呪いだった。腐敗の呪いが生き残った者を灰にして、聖なる木を枯らした」

 チーネがボードに描いたイグドラシルの木に繋がる異世界に次々とバツ印を付け、残った二つの国から線を引いて項目を書き足す。

・アーズランド 精霊の地に棲む妖精族と神族の移民エミー族が魔の呪いから免れた。

・ミッドガルド(人間界) 神を信じなくなり、他の世界から分断されて生き残る。

 ソングは円形に囲む石の段差に腰掛け、ボードではなく、チーネの細い足首から太もも、尻の膨らみと紐パンの食い込んだ割れ目を眺めてうっとりしている。
「妖精の王もラグナロクの戦いで死んだ。戦争に反対だった族長チャチル、チーネの祖母が数人の仲間と共にアーズランドの精霊の地で生き延びたんだよ」

「それで女性だけになったのか?」

 ソングはハーブティーを飲むフリをして視線を逸らし、嫌らしい目付きでお尻を覗いていたのを誤魔化す。

「そうね。妖精が男の子を産む確率は0.01パーセント。故に妖精の王とするしかなかったらしい」
「ハ、ハーレムじゃねーか?」

 チーネはソングの驚きと歓喜を挑発するように、巻きスカートを揺らして左右に歩き、太ももと紐パンをチラチラと見せている。

「でも妖精はミッドガルドで純粋な男を見つけて子供を産むシステムを考え出したんだ。チーネの母もそうなんだけどさ、病気で死んじゃった」
「つまり、に、人間とSEXしたのか?」

 ソングがまたもや驚きと歓喜の混じり合った声を上げて興奮している。

『で、できる……』

 ゴクッとハーブティーを喉に流し込み、更に一気にコップを空すると、笑みで緩んだ唇からドバッとこぼれ落ちた。

「ソング。さっきから変なこと考えてるでしょ?授業に集中しなさい」

 チーネがソングの前に来て両手を腰に当てて怒ったが、足を開いて巻きスカートが捲れ、紐パンがギリギリの位置で見えそうで見えない。

「君は勇者ゼツリの子であり、チーネと同じく人間の血を持ってるんだぞ」
「わ、わかってる。それで俺はなぜこの異世界にいる?」

 ソングはチーネと恋をして子孫を残す使命なんだと妄想するが、チーネはもっと純粋で崇高な想いを語った。

「アーズランドが守られたのは、勇者ゼツリと錬金術師アルダリ、族長チャチルの力だと云われている。特にゼツリは最強の戦士だったらしく、ドラゴンを倒して、ウルズの泉の門番を命じたのもゼツリだよ」

「マ、マジか?」

「うん。ミッドガルドへ逃げ出して、サーディン王を裏切ったっていう者もいるけど、ゼツリは愛の為に人間界へ行ったんだと思う」

(王サーディンが輝きを失い、堕落したのはゼツリが王の元から去ったからだと云われている。〕

 チーネはそう言ってボードの方へ戻り、台に置いたカップを持って、喉を潤すようにハーブティーを飲んで一息つく。実はソングの熱い視線を感じて、少し頬が火照(ほて)っていたのである。

『ヤダ。アソコも熱くなってる……』

「母が父を愛してたのは間違いない。幼い頃、父みたいに戦う日が来ると俺に言ってたぜ」

「ソング、それだ。精霊の地も、いつ魔の手に侵略されるかわかったもんじゃない。実際、クラウドの予兆により、絶滅の危機が迫っていると祖母が言ってた。チーネの買い被りかもしれないけど、将来ソングは世界を救う最強の戦士になると思ってる。まだまだ力不足ではあるが、そう信じてずっと鍛えてきたつもりだぞ」

「わかった。チーネ、俺に卒業試験を受けさせてくれ。そして俺が勝ったら、SEXしょうぜ」

 ソングは興奮してつい口を滑らせ、欲望を前面に出し過ぎたと後悔したが、もう後には引けなかった。理由はどうあれ、どちらも大人の戦士への第一歩である。
『チーネ、俺に卒業試験を受けさせてくれ。そして俺が勝ったら、SEXしょうぜ』

 チーネはその言葉を聞いてドキドキしたが、指南役として余裕の表情でソングに微笑みかけ、無謀な挑戦だと忠告した。

「いいでしょう。でもチーネに勝つなんて無理だと思う。それに君の今の力じゃ卒業試験は危険だよ。妖精だって、失敗して命を無くす者もいるんだからね」
「俺が人間だからって、甘く見てるんだろ?とにかく俺に勝ったら、SEXすると約束しろ」
「いいでしょう。SEXを賭けて戦いましょう」

 そう言ってチーネも甘い想像を脱ぎ捨て、本気モードのスイッチを入れた。妖精の戦士としてのプライドに懸けてソングを負かしてやる。

「可愛がってあげるわよ」

 不敵な表情でソングを睨んで、背を向けて岩壁の棚に置いた甲虫の胸当てと厚手のスリットを腰に装着する。

「ソング、武器を選びなさい」

 奥の収納庫に武器が常備してあり、防具とナイフ、剣と弓と槍が数種類並んでいる。妖精は盾は使わないので、二種類の武器を使用するのが通常であるが、ソングは使い慣れた少し重めの剣を選んで甲虫の防具を装着した。

 チーネは一番軽くて細い剣。妖精の熟練者しか使いこなせない、蜜蜂の剣を手にして先に歩き出す。

 絶壁の崖の両側を結ぶ岩橋の中央に対戦スペースがあり、三十センチ幅しかない足場をチーネが背中に剣を装着して平然と歩いて行く。

 ソングはその後ろ姿をチラッと見て、ゆっくりと幅の狭い橋を踏み出した。下は深い谷底で、チーネのお尻を眺める余裕なんてない。

『足を踏み外したら、戦う前に死ぬな』

 SEXを体験しない前に人生が終わってしまう。ソングはそれだけは嫌だと、戦いに全神経を集中した。

 岩石の天然橋は全長で百メートル程あり、中央に三メートル程の楕円形のスペースがある。妖精の戦士の卒業試験はその場所で対面して戦い、相手を退けるか切り倒して前に進み、逆側の崖まで先にたどり着いた者が勝者だ。

『ゴールは遠いが、チーネへの想いがアソコ、いやソコにある……』

 高所の平均台のような狭い場所では身軽な妖精が有利なのは間違いないが、ソングもチーネにしごかれ、五年間厳しいトレーニングに励み、人間離れした力を身に付けている。

『初めて見た時から、ずっとチーネが好きだった』

 初恋が妖精だなんて変な話だが、ソングはチーネに恋をして、母の死を乗り越えて頑張ってきたのである。いつの日か先生を超えて、同等の立場で愛し合うことを目標にし、夜な夜なエッチな想像をして初体験を夢見た。

 チーネが早足で対決の場所、楕円形のスペースの端に着くと、背中の剣を抜いてソングの方に振り向く。

「遅いわよ。ソング」

 足元を見ながら慎重に進むソングに、チーネが手招きをして挑発している。前屈みになって右足を前に出し、スリットから太ももが露わになったが、ソングはそれどころではなかった。

 両手を広げてバランスを取りながら、やっと楕円形のスペースにたどり着く。

「ゼツリの息子の力を見せてもらおうかしら?」
「ふん、父は関係ないぜ。俺は愛の為に戦う」

 実は怖がっているように見せたのは、ソングの作戦だった。油断させて一気にチーネを飛び越え、そのままゴールに突っ走る。

「俺はこの異世界に来て、チーネに出逢えてラッキーだったと思ってる。チーネが好きだから、この対決を申し出た。俺が目指すのは父ではなく、愛の戦士だからな」

 そう言って、いきなり上段から剣を振り下ろして飛び上がり、チーネの頭上で一回転して、三十センチ幅の踏み台に両手を広げて見事に着地した。