時は少し遡り、フードコートの中にある、とある料理店。
旬の魚をたっぷりのせた海鮮丼を何杯も平らげているアレンと、アレン程ではないがそれなりに食べているクィンが二人向かい合って食事をしている。
一息ついたところで、クィンが会話を始める。
「コウガさんって、あんなに戦闘が強いだけではなく、とても情報収集にも精を出していますよね。何だか慎重に思えるくらいに」
「私もそう思ってるんだけど、コウガが、何事にも計画を事前に練って行動すれば、成功率が上がるって言ってた。コウガは強くて頭も良い!」
アレンは少し興奮気味にコウガを褒めた。
「そうですね。圧倒的な力を持つことに驕らず、しっかり考えて行動するあの姿勢には尊敬する気持ちでいっぱいになります」
「私の伴侶は、コウガみたいな人がいい。そうすれば、昔よりももっといい鬼族の里をつくれる」
「...みたいなってことは、コウガさんとは...そ、そういう関係になろうとは考えていないのですか?」
クィンが照れながらアレンに聞く。
「伴侶にするのは、仲間のうちの誰かと……って、鬼族の中ではそう決められている。けど...私は昔から伴侶にしたいって思える男はいなかったし、これから再会出来た仲間の中に男がいなかったら...その時は、コウガと結ばれるのも、良いかも...」
途中からアレンが頬を赤らめて呟く。
「アレンさん...。(何で、こんなに複雑な気持ちになってるのだろう。私は、別にコウガさんとは...けど、気になる人では...あるような...)」
クィンが何か悶々としているのをよそに、アレンがぽつりと呟く。
「コウガは、仲間にはとても優しい。仲間想いのコウガが殺したいと思うくらいだから、元クラスメイトっていう人たちってそれほどロクでもない連中なのかな...」
それを聞いたクィンが落ち着きを取り戻して、会話に戻る。
「やっぱり、何を言っても、コウガさんは復讐しに...人を殺しに...」
「クィンは、コウガには人殺しになって欲しくないと思ってるの?」
「はい...殺して欲しくもないし、復讐そのものも...止めてほしいと思っています。」
アレンが少し俯いて、再び口を開く。
「私もコウガと同じ、復讐の為にこうして大陸を渡っている。両親や仲間たちの命をたくさん奪ってきたあのモンストールを殺すために…。モンストールだけじゃない、散り散りになりながらも生き延びようとした仲間たちを襲ってきた他の魔族たちも赦さない。あいつらのせいで僅だった仲間たちがさらにいなくなってしまった。
だから、私は他の魔族たちにも復讐する…!」」
「……。魔族間では領地争いなどを理由に、頻繁に戦をしているとは聞いています。そのせいで魔族が他の魔族を恨み、攻撃するようになってしまっているのでしょうか…。
アレンさんは復讐というやり方で、もう失ってしまった仲間たちの無念を晴らそうとしているのですね。それが人殺しという結果であろうとも……」
悲し気にクィンが言う。その言動にアレンは少し眉を八の字にする。
「復讐しようとしているコウガの気持ち、すごくわかる。初めて会った時も、コウガは私を敵として見なかった。それどころか私と手を組もうって言ってくれた」
アレンは洞窟で皇雅と会った時のことを振り返る。
「コウガに会うまでは、人族からは敵対されてばかりだった。みんな私を魔物だと勘違いして襲ってきた。
でもコウガは……あの時ずっと心細かった私に、唯一手を差し伸べてくれた。お互いの過去について話し合って、私と境遇が少し似てるって知ったことでより仲間意識が芽生えた。
今の私にとってのコウガは、かつての里にいた仲間たちのような関係だと思ってる。だから、コウガがしようとしてることについて私は否定しないし、止めもしない」
「......やっぱり私には、共感できないし、放っておくわけにもいきません。お二人をこのままにしておくわけにはいかない、とは考えています...どうするかまでは、何も思いつきませんが」
「...そう」
それきり会話は途絶え、沈黙が数秒続いた。
(クィンには、コウガに対して自分にとって“こうであってほしい”っていう理想を、無意識に押し付けているみたい......何となくだけど......)
沈黙の中、アレンはクィンに対してそんな印象を抱いていた。それは正しい評価であり、かといって彼女がクィンにそれを指摘することはなかった。この先もずっと......。
「おーっす、待たせた。休めたか?」
しばらくして、アレンにとって頼りになる男が戻ってきた。
*
案内人として新たに同行することとなった竜人族ドリュウを連れて、アレンとクィンがいる店に入り、二人と合流する。
何か気まずそうな雰囲気を察知したが、アレンが俺を見て少し笑みを浮かべて手を振る。
テーブルをよく見ると、空になったどんぶりが沢山あった。満足していただけたようで。
二人のお代を払って店を出て、二人にそれぞれ紹介する。
「赤い髪の女性がアレン、さっき言った鬼族だ。もう一人のお姉さんはクィン、サント王国の兵士だ。
んで、この竜人はドリュウ。これから竜人族の国に案内してもらうことになってる」
「竜人族の国へ?そこに何か用事が?」
クィンが不思議そうに聞く。
「これは、アレンに関わることなんだが...。アレン、同胞が竜人族のところで保護されていることが分かった。これからそこへ行こうと考えてる」
「!? 私の、仲間が...!?ホントに?」
アレンが目を見開いて詰め寄る。頭をひと撫でして落ち着かせて続きを言う。
「確かだ。竜人族の戦士の中でかなりの凄腕の持ち主であるこいつが言うんだ。確か族長のとこで五人保護しているようだ」
「...無事で、いるの?病気になっていたりしない?」
アレンはドリュウに問いかける。彼は大きく首肯して無事にいると告げる。
それを聞いたアレンは、目に涙をためて、よかったよかったと安堵の感情を吐き出した。
「アレン、これから仲間がいる国に行くか?」
改めてアレンに聞くと、彼女は強い意志を滾らせて、行くと返事した。
「じゃあ、案内頼む」
俺の言葉にドリュウは頷き、竜人族の国へ同行を始める。
*
船着き場から竜人族の国へは直結していて、入国エリアで大きな門と大きな門番があった。
魔族は、人族を領地に入れることを良しとはしない風習がけっこう定着しているらしい。ここも例外ではないようで、俺とクィンを見て、門番二人が立ち塞がる。
そんな彼らにドリュウが、大事な客だの、鬼族に関係することだの、族長に会わせてくれだの色々言って、入国の許可をもらえた。ドリュウに促され、門を通過して入国。
竜人族の国――「サラマンドラ」。人族より昔から繁栄して、最近は人族の技術を習っている。情報交換で学んだものだろう。暮らしが人族に近い、斬新な人外の生活基盤を見た気がした。人間サイズの者がいれば、想像通りのドラゴンや、さっきの門番みたいな巨漢もいた。
しばらく進むと、目立った集団が待ち構えていた。ドリュウがそいつらのところへ行き、何事か会話する。
そしてドリュウが俺たちを手招いたので、俺たちもそこへ行く。
その集団は、誰もが派手な服を着ていた。渋谷とか池袋に行けば頻繁に目にしそうな、派手柄の服装だ。
いや...よく見ると、戦闘服にも見えるな。隠密には絶対向かねーな。
その中でいちばん派手服の(まっ黄色で花柄のカッターシャツ、なんかチェーンをいくつか巻いた黒ズボン。不良コス?)ムキムキなオッサンが挨拶してきた。
「ようこそ竜人族の国サラマンドラへ。俺は族長のエルザレスだ」