午後の退屈な授業が過ぎ、ホームルームの時間、部活動の準備をしつつ、今日はどういった練習メニューを組もうかと思案していると、スーツ姿の女性が教室に入ってきた。
「みんな教室にいるねー。じゃあホームルーム始めまーす」
何か嬉しいことがあったのか、笑顔で発言したこの人は藤原美羽。今年大学を卒業したばかりの新任教師(23)で、このクラスの副担任を務めている。
「あれー?美羽ちゃん、浜田先生はー?」
「うん、浜田先生は、午後から出張に出てるから、今日は私が…って、今朝 浜田先生が言ってたでしょー。もーう」
彼女とクラスメイトらとは年齢がやや近いこともあってか、新学期からひと月も経たないうちにまるで同級生と会話するくらい、名前呼びされるくらいに彼らと親しくなっていた。俺も彼女とはある程度雑談を交わしたくらいはあった。
因みに、浜田先生(45)は、このクラスの担任で、学年主任でもある。
脳内で練習メニューを粗方組んで、何気に黒板に目を向けると、藤原先生が俺の方に目を向けており、目が合うと彼女は何故か微笑み、すぐ視線をそらした。
何なのだろうか?何故優し気に微笑んだのか?
俺の困惑は解決されないまま、先生は期末試験の日程のことやら不審者への注意喚起やらといった連絡事項を簡単に伝える。ホームルームが終わり、後はクラス委員の号令といったところで...
「...?」
教室の真ん中の床が青白く輝き出した。その周辺の席にいる奴の携帯のフラッシュか、と疑った、その光が次第に教室全体を満たし、強く輝いてきたところで、何かおかしいと考えを改め、思わず身構える。
クラス全体に動揺が走り、ざわめきだす中、光に目が若干慣れて、光の発生源である教室の真ん中を見ると、何か円環と幾何学模様らしき紋様が床全体にビッシリと浮かんでいることに気付く。
「これって、俗にいう魔法陣か...?」
俺がそう呟くのと魔法陣が鮮明になったのは同時だった。周りもそれに気付き、疑問の声が上がるが、答えるものはいない。そして、魔法陣がくっきりと見えるようになると、突然意識が朦朧とし、そのまま意識を手放した。
数秒か、数分か、光によって青白く塗りつぶされて魔法陣が消滅し、教室が再び色を取り戻す頃、そこには既に誰もいなかった。
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目が覚め、周りを見回すと、さっきまで教室だったところが、全く違った風景にかわっていた。さっきまで自分が立っていた床は見慣れた教室の床ではなく、見たこともない文字で埋め尽くされた、魔法陣の下になっている。俺以外の生徒、先生も次第に目が覚め、困惑している。
今、俺たちがいる場所は、薄暗く、とても広い、巨大な魔法陣の床という遊園地にありそうなところだ。
さらに周りを注意深く見ると、魔法陣の端に人がいた。一人だけでなく、円形の魔法陣に沿って、数人が同じ灰色生地に赤の刺繍がなされた法衣のようなものを纏った格好で俺たちを取り囲むように立っている。
その異様な雰囲気に警戒していると、周囲が明るくなり、前方奥から数人ドアの音を立ててこちらへ近づいてくる音がした。どいつもこいつも豪奢で煌きらびやかな衣装を纏った高貴そうな身分だ。
そのうちの一人に少女とよべるくらいの女性が一歩前に出て、俺たちを見据えてよく通る声で、
「突然ここに呼び出してしまった非礼をお許しください!あなた達にこの世界を脅かす化け物達と戦ってほしいのです。どうか我々に力を貸して下さい!」
と話しかけた。
(...!これって、いわゆる異世界召喚じゃね!?)