ピピピッ、ピピピッ、と目覚まし時計の音が部屋に響く。
朝が苦手な私は毎日五分おきにアラームをかけている。
六時にかけたはずのアラーム。現在時刻は七時。
ピンク色のカーテンの外は明るく、スズメがチュンチュン、と鳴いている。
目覚まし時計を止め、もう一度寝ようと寝返りを打ち、布団にくるまって温まっていると、階段の下から叫び声が聞こえた。
「柚ー!そろそろ起きなさいよー!」
頭がキーンとなりそうなくらいにでかい声。もしかしたらライオンよりもでかいのではないか?今日もお母さんは元気だなぁ、と呑気に考えならがらようやく脳が活性化しだし私はベッドから降り、冷たい床をものすごい勢いで走り階段を下りに行く。
階段を下りながら今日の時間割を思い出す。今日は体育が一時間目にあるから、ジャージで登校しなければ、と考えていた時、昨日も体育があったことを思い出す。
「あちゃー。」と小声をもらしていると、下から和食のいい匂いが漂ってきた。
一階にはキッチンであたふたしているお母さんと、優雅にコーヒーを飲んでいるお父さんがいた。お兄ちゃんはまだ寝ているようだ。大学生はいいなぁ、と考えながら、二人に「おはよう」と言う。
お母さんは忙しそうだからか返してくれなかったけど、お父さんは返してくれた。
私は洗面所に行き、コップ一杯の水を飲んだ。毎日朝晩に飲むと肌が綺麗になって便秘にいいらしい。毎朝のルーティンとして飲むようになってからは確かに綺麗になった気がする。便秘はよくわからないけど。
ヘアバンドをつけ、髪の毛が濡れないようにして顔をバシャバシャ、と洗う。ふと目の前の鏡を見たとき、ため息が漏れてしまった。
一重で浮腫んだ目は腫れぼったく見える。おまけに最近よく眠れていないせいか、クマが出来ていた。校則で化粧ができないため、このままで登校しなければならない。中学生になると容姿も気になり始めるものだ。
昔に「私一重の子はじめてみた!」という一言で、完全にコンプレックスになってしまった。そこまで気にしないようにはしているけど、ふとしたときに見るとやっぱり嫌だな、と考える。
お風呂場を覗くと浴室乾燥機のスイッチが押してあった。ガラッと扉を開けてみると、ジャージがかけてあった。少しほっこりしたが、時間も時間なのですぐ着替えた。
戻ってくるとちょうど朝食のタイミングだったようだ。お母さんに、「ジャージありがとう。」と言ったあと、三人で手を合わせて「いただきます。」と言い食べ始めた。今日のメニューには私の好きなブロッコリーが入っていた。その他にも卵焼きや鮭があって、夢中になってパクリと食べた。
先に食べ終わったお父さんは仕事に行った。私はゆっくり食べていたけれど、時間が迫ってきていたので急いで食べた。
髪の毛をストレートアイロンでストレートにして、オイルを少しつける。準備を終えた私は「行ってきます!」と同時に玄関のドアを開けた。
外はそろそろ梅雨入りだからか湿気がすごい。私は待ち合わせ場所に急いで向かう。そこには入学してからずっと仲のいい友達、美玲(みれい)、涼花(すずか)がいた。
美玲は苗字が金子で、金子の頭文字と小野の頭文字が近くて席順が後ろで、涼香は苗字が蒼井で、席順が隣だったから仲良くなれたんだと思う。
私は「ごめ〜ん!!遅れた!!」と言いながら全力で走った。二人は私の顔が不細工だったのか大爆笑をしながら
「顔きもちわるっ!www」
と笑っている。そんなつもりはなかった私は少しショックを受けたが、ネタだと言ってきたから何も言わなかった。少しモヤモヤしていても、私は恵まれている。何も言わない。少しくらいは我慢をしなければいけない。
このくらい"普通"なんだ、と考えながら二人の話を聞く。
__聞いているはずだった。
自分の考えが脳内でぐるぐる回っていて、話を全く聞いていなかった。
二人に叫ばれた私はようやく気づき、二人に謝る。
「ごめん!ぼーっとしちゃってたみたい!何の話?」
「だから、今日の時間割ってなんだっけ?って話してたの!」
「ちゃんと聞いといてよね?もう!」
と二人は怒る。私は「ごめんごめん笑」と言いながら今度はしっかり聞いておこう、と心の中でひっそりと思った。そして話に答える。
「そういえば、一時間目体育だよ?」
と二人に言うと二人とも顔を歪めて
「えぇー!!!!」と叫ぶ。
「体育なの?!嘘でしょ?!ジャージ洗ってなかったぁ、」
「私もだよ!どうしよう、怒られるかな、」
二人が話している中、私は二人の後ろを歩く。三人で並んで話してたら危ないし、周りの迷惑になるから。なんて考えているけど、きっと違う。二人の話に入れないから。知らない話をされても、きっと私は答えられない。だからこれで大丈夫。と自分に言い聞かせる。
すると二人は私の方を向いて言う。
「「なんで言ってくれなかったのー!!」」
いやいや。それくらい自分で管理できないの?どうして私のせいになってるの?理解ができない。少なくとも私のせいではないでしょ。
なーんて考えるけど口から出るのは全く違う言葉。とりあえず謝っておけばどうにかなる。
「ごめんってば!次はちゃんと言うから!」
あぁ、朝から謝ってばっかだなぁ、なんでこんなに謝ってんだろう。と考えながら私は校門を通った。
「おはよー」
既にクラスのほとんどが教室に居て、慌てて私は準備を済ませる。重いスクールバッグから教科書を取り出して、授業の順番を思い出し、机に一番最後の授業で使う教科書を一番下にして入れる。
ふと廊下を見ると二人が先生に謝っていた。そこまで悪いと思ってなさそうな口調とタメ口で先生に向かって「「許してー!!」」と叫んでいる。つくづく合わないな、と考えるけど、合わせる他ないから諦めてる。
全ての授業が終わり、私は帰りの支度を済ませて帰宅をした。今日の授業の復習に宿題をやろうと思い、机に向かうと、ポケットの中にあるスマホが震えた。ブーブーと電話が鳴っている。
電話の相手は、お母さんだった。
「ごめんね。ちょっとお願いがあるんだけど、いい?」
「うんいいよ、どうしたの?」
「お母さん今日日付変わるまでに帰れなさそうだから、ご飯、お父さんと何とかしてくれない?」
「なーんだそんなこと?いいよー全然!仕事頑張ってね。」
「ありがとね。お母さん頑張るわ!」
「うん!じゃあお父さんにも伝えとくね。」
「はーい」
切ったあと、すぐにまた電話がかかってきた。今度はお父さん。脳裏にひとつの予感が浮かんだ。予感は的中。
「悪いんだが、仕事で帰れそうにないんだ、お母さんと二人で何とかしてくれ。ごめんな。」
「全然大丈夫だよ!伝えとくね!」
「ありがとな。」
「ううん大丈夫!じゃあ切るね!」
電話を切ったあと、大きなため息を漏らしてしまった。お母さんとお父さんががこうやって電話をしてきたのは昔からだ。共働きで忙しいのは分かる。私のために一生懸命働いてくれているのも重々承知している。習い事のピアノも無理を言ってやらせてもらって、ピアノも高いのに買ってもらって。私は恵まれているんだ。でも、やっぱり寂しい、なんて、欲張りなのかな。
頭を空っぽにするために、復習と宿題を始めた。何気に一番頭が空っぽになるのは勉強だなぁ、と考えながら問題を解く。
ある程度の復習と宿題が終わった私はスマホをいじる。実は何度か美玲と涼花からメールが来ていた。内容を見ると、二人の好きなアニメの実写化映画のビジュがいいとか悪いとかいう話をしているようだ。アニメも知らなければ実写化のキャストさんも知らない私は何も返信ができない。
またスマホが震える。今度は美玲と涼花。見てみると二人が「「今度三人で映画行かない?!」」と誘ってきていた。
「行けるよ!」
と入力し、送信ボタンをタップする。毎回こうだ。誰かのこんなところが嫌だ、とか好きじゃない、とかすぐに人の事を愚痴るくせに、遊びに誘われるとポンポン行く。なんでって言われても私にも分からない。
恵まれた生活を送っているはずなのに、何かが違う。家族も友達も何もかも。自分は何がしたいんだろう。そんなこと考えたって意味が無いことくらいわかってる。でも、考えは止められない。
都合のいいように解釈してばっかりで、自分からは何も言わないししない。周りから見れば軽い、って思われるかもしれないし、思われても何も言い返せない。
何回か考えて、考えても無駄ってことに気づいて、考えを辞めるんだ。
この問題に、答えは絶対にない。
映画の日にちは土曜日に決まった。一応アニメも見てみたから、内容は大体わかる。
当日になった私は前日に取っておいたチケットを確認する。
集合時間になり、私は映画館のあるショッピングモールに行った。
...映画の上映時間三○分前になっても二人が来ない。嫌な予感がした私はすぐに電話をかけた。電話は二人ともでない。
結局私は一人で映画を見てから、帰ってきてすぐにまた電話をかけた。
二人は電話に出てくれなかった。
しっかり疑問を解いて、また仲良くしようって、言うはずだった。
__言うはずだったのに、
朝、学校に行く前、待ち合わせ場所に二人はいなかった。冷や汗が止まらない。何か嫌な事がおきる、そんな予感がした。
学校に着いて下駄箱のロッカーを開ける。上履きが、無かった。
目の前の時が止まった気がした。
先週までの記憶が全て逆再生で流れているような感覚だった。
これはまずい。
私はすぐに裸足で階段を駆け上がり、教室の扉をガラッと開ける。
こちらを向いているクラスの人達は以前と何も変わらずに優しい視線で見つめてくる。ただ、一部のところは私のことをキッと睨みつける。その中には、泣いている美玲がいた。
話がしたい。ただそれだけなのに、それは叶いそうにない。どうして自分がこんなにも冷静なのかも、自分では分からない。けど、前にも同じことがあった気がした。弁解も何も出来ない。ただただ自分が悪者にされる。
友達を武器にして、根も葉もないことを言われる__
私は1度味わったからかは分からないけど、冷静に考えて、すぐに話し合った方がいい、と考えた。長引けば長引くほど、また仲良くなれる確率は下がる。
冷静に、冷静に、
「美玲。」
返答は、ない。
もう一度、問いかけても、返ってこない。
すると周りの女子がこちらにやってきた。
....まるで、私たちの仲を引き裂くように。
「小野さん、何軽々しく美玲に話しかけてんの?」
胸が張り裂けそうになった。涼花に、まるで他人のように呼ばれたことに。刺されたような感覚で、息ができなかった。
「...二人と話がしたいの。」
「何言ってんの?話すことなんてないよ?」
「私は話すことがある。」
「よくそんなのうのうとしてられるよねw私なら耐えられないwwwwww」
「みんなどうしちゃったの?!なんでそんなに私を避けるの?!」
「なんでって、柚が遊びに行ってもスマホとかばっかで、ちょっとは考えてくれるかなって思って、柚のためにやったんだよ?」
涼花の声が、頭を通り抜ける。上手く聞こえない、目の前が霞んで見える。
ただただ、悔しかった。気にしてたなら言ってくれればよかった。
スマホはお母さんが連絡してこないか常に確認してるだけ。
スマホばっかりいじらないでって、理由を聞いて欲しかった。
どうしてスマホを見るのって。話もしないで、どうしてそんなことするの。
怒りが湧いてきた。
そこからの記憶は、あまりない。
覚えているのは、声を荒らげて叫んでいる自分と涼花。それを止めようとする周りの子達。
私だって、言いたいことも沢山あった。喧嘩をした時の口調とか、何かとすぐに文句つけて来るところとか、喧嘩をしたらすぐに周りに知らせて味方を作るところとか、自分が気に食わないとすぐに怒るところとか、自分が良かったら周りはどうでもいいとか
言いたいことが、沢山あった。
でも、私は我慢したの。
所詮モブの私が、なにか言っていいわけがないって。
変なところで躊躇った自分のせいなのかな、また。あぁ、目の前が霞んで見えない。
倒れちゃったみたいだ。
夢を見ていた。
小学生の頃の。
何気に小学生の頃が一番辛かった。
周りの考えと自分の考えが一致しなくて、居心地が悪かった。
自傷だってしちゃってたし、自殺行為をしたことだってあったんだ。
それくらい、辛かった。
その時大人は言ったの。
「小学生は辛くない。まだまだこれから」
「あの子の方が辛いのよ。」
小学生でも辛いよ。私だって辛いよ。私だってくるしいよ。
そんなことを言っても大人は慰めてもくれない。
恵まれた生活を送っていたはずだったのに、
どこから私の人生は狂ったのだろうか。もしかしたら、生まれたときから狂っていたんじゃないか。私なんて、生まれなきゃ良かったんじゃないか。
昔から考えていた。生きる理由って何?
生きる理由を探すために生きるってそんな綺麗事で生きていけない。将来なんて考えたこと無かった。なんのために生きているんだろう。
私が生きる意味って、あるの?
目が覚めた。
倒れたあと、先生が運んでくれたらしい。
昔のことを思い出す。
思い出すだけで吐き気がして、すぐに考えるのをやめた。
保健室を見渡すと、窓の外では体育をしているクラスの子達がいた。まるで病院みたいな、変な感じがした。ふと目の前を見たとき、同じように横たわっている男の子がいた。
男の子はやせ細っていて、目にはクマが沢山ある。...まぁ人のこと言えないんだけどね。
肌は怖いほど白くて、言い方はあまり良くないんだけど、死人みたいな子だった。
養護の先生が帰ってきて、結局私は早退をした。
お母さんとお父さんには連絡を入れなかった。余計な心配をかけないため。
お母さんとお父さんが帰ってきたあと、二人は私の元気の無さに気づいたのか「何かあった?」と聞いてくる。
本人は心配してくれていても、今の私にとってはとても重たい。また、気を使わなければならないから。
余計な心配はかけない。絶対に。
心の中の自分が自分に叩き込めと言わんばかりに言ってくる。
「なんにもないよ笑」
と適当に誤魔化して私はそそくさと部屋に戻った。
部屋に戻った瞬間、呼吸ができた気がした。先週までは温厚な日々を過ごしてきたのに、たった3日でこんなにも関係は崩れるんだ。とつくづく思う。
部屋はあの日から何ひとつとして変わらないのに私は変化している。もう関係は戻らないのに、少しの期待を抱いている自分に嫌気が差した。
その日からかはあまり覚えていないけれど、確実に愚痴が増えた。
学校に行っても視線は鋭い。刃物や鈍器で体を刺されたり殴られたりしているようだった。その度に私は家で愚痴を沢山吐いた。
ある日の事だった。
お母さんに言われた一言。
「愚痴ばっかり聞いてるとイライラしてくるから、もう愚痴らないで。」
私は、愚痴でストレスを発散していると言ってもいいほど、ストレスが溜まっている。
それを理由にして、お母さんを傷つけた。
その事がショックで、私は愚痴を言うのをやめた。
恵まれた生活を壊したのは、私自身だったのかもしれない。
久しぶりに学校以外に出かけた。
最後に行ったのは一か月前の映画の日でそれっきり一回もどこにも行っていない。