「よくぞここまで耐えた、クリスよ!」

 いきなり、真横で声がした。

「あとは余に任せろ」

 その声は――

「ま、魔王様!?」

「うむ」

 魔王様とバフォメット様が壁の上に立っている。

「任せろって言ったって、こんなたくさんの魔物を――」

「不敬であるぞ?」

 魔王様がニヤリと微笑む。

「余を誰と心得る。前魔法神マギノスに産み落とされ、アリソンに育てられたルキフェル13世だぞ? マギノスから与えられた加護(エクストラスキル)――【無制限(アンリミテッド)従魔(・テイム)】の力を見るがいい」

 魔王様が、壁の下に向かって手を広げた。
 ……たった、それだけ。
 たったそれだけのことで、すべての魔物がぴたりと動きを止めた!!
 ベヒーモスすらも、だ!!

「なっ、え……?」

「陛下の【無制限(アンリミテッド)従魔(・テイム)】は、ありとあらゆる魔物を完全に服従させます。この程度のことは造作もありませんよ」

 バフォメット様が解説してくれる。

「余の眷属らよ――済まぬが、死んでくれ」

 魔王様が言うや否や、魔物たちが同士討ちを始めた!
 互いに噛みつき合い、互いに刺し合って、魔物たちが死んでいく……。

 こうして、『街』の危機は去った。


   ■ ◆ ■ ◆


 そのあと、僕は気を失ってしまったらしい。
 目が覚めたら自室で、時刻は昼になっていた。
 看病してくれていたシャーロッテに、泣いて抱き着かれた。
『ごめんなさい』とシャーロッテは言った。『一緒に戦えなくてごめんなさい』と。
 僕はそんなこと、ちっとも気にしていないのに。

 ――――僕の【無制限(アンリミテッド)収納(・アイテム)空間(・ボックス)】は、スキルレベルが7に上がっていた。

 スキルレベルはスキルに負荷を掛ければかけるほど成長する。
 ……まぁ、あれだけ大量の魔物を【収納】すれば、ね。
 レベル7と言えば聖級。
 この僕が、万年落ちこぼれだったこの僕が、『剣聖』だとか『聖級魔法使い』だとかと呼ばれて英雄視される、聖級になるとは、ね。


   ■ ◆ ■ ◆


 …………魔物暴走(スタンピード)の原因はすぐに分かった。
 壁の外に、香木の燃えかすが大量に残っていた。
 森狩り、山狩りのときに極少量使う魔物寄せの香木が。

 誰かが意図して燃やしたのは、明らかだった。

 そしてそれが誰かなのかを見つける方法があるんだ。

「お師匠様ぁ……お師匠様の【万物解析(アナライズ)】でパパっと見つけたりできないんですかぁ?」

 僕は居間で、テーブルの上に置いた箱――射影機(キネトスコープ)に顔を突っ込みながらぼやく。
 これは、難民村の川に糞を投げ入れる犯人を見つける為に、王都の魔道具店から購入した最先端の録画機(キネトグラフ)の、記録した映像を再生するものだ。
 録画機(キネトグラフ)は川だけでなく『街』のあらゆるところに設置していて、誰がどこで悪さをしても、後から追跡できるようにしている。
 もちろん、城壁の上にもだ。

「そんな便利な方法があるなら、とっくにやっているさね。いいから黙って映像を確認しな」

 お師匠様も僕の隣で別の射影機(キネトスコープ)に顔を突っ込んでいる。
 その向かいにはノティアとシャーロッテがいる。
 香木が焚かれていた地点に設置されていた録画機(キネトグラフ)の画像を確認しているんだ。
 映像の早回し機能はあるのだけれど、それでも地味で地道な作業であることには変わり――

「――あっ!?」

 ――いた! 人影が、壁の外側で火を焚く姿が映ってる!
 犯人は誰なんだ……?
 緊張で震える手で、映像を止めるボタンを押し、それからダイヤルを回して犯人の顔を大写しにする。

「あぁ……なんてこと……」

 その顔は。
 憎き幼馴染、オーギュスだった。


   ■ ◆ ■ ◆


 領主様に、通報した。
 領主様は冒険者ギルドにオーギュス捕縛の依頼を出して下さった。
 ……でも、どうして領軍を動かさないんだろう?
 まぁ、そんなことはどうでもいい。
 オーギュスからは、聞きださなければならない。
 どうしてこんなバカな真似をしたのかを、だ。

「……冒険者オーギュスが、領境の関所で捕まったとのことです」

 領主邸の応接室に執事さんが入って来て、僕らに告げた。

「ノティア、【瞬間移動(テレポート)】で連れて来てもらえる?」

「分かりましたわ」

 今日のメンバーは、お師匠様とミッチェンさんと僕に加え、ノティアもいる。
 ノティアのドレス姿はそれはもう美しくて艶やかだったけれど……正直いまは、見惚れる気にはなれない。

「一緒に来ますの?」

「ごめん……本当に申し訳ないんだけど、ノティアだけで行って来てもらえる?」

「分かりましたわ」

 ……いまの精神状態では。
 オーギュスを見るや否や、首を狩ってしまいかねない。
 会うならせめて、領主様の目のあるところで、多少なり冷静になって会いたい。
 あいつの、あいつの所為で。
 あいつの所為で、僕らは、あの『街』に住む人たちは、死んでしまうかも知れないような目に遭ったんだ。
 ノティアになんて、一時は死をも覚悟させてしまった。


   ■ ◆ ■ ◆


「何でですか、領主様!?」

 開口一番、それだった。
 両手を縛られ、床に(ひざまず)いたオーギュスが、醜く喚いた。

 僕らがいるのは、『謁見の間』ではなく応接室。
 領主様は僕とお師匠様がお嬢様を治療したことをとても感謝しているらしく、僕らを跪かせたりせず、こうしてソファに座らせてくれてる。

「俺はただ、領主様のご命令に従っただけです!」

「なっ――…『街』で魔物暴走(スタンピード)を引き起こさせたのが、私の命令によるものだと言うのか!?」

 血相を変える領主様。

「だって領主様が、あの街を衰退させろって言うから!」

「「「「!?」」」」

 僕、お師匠様、ノティア、そしてミッチェンさんが、一斉に領主様の方を見る。

「そ、それは……確かに、言った」

「えっと、領主様……?」

 僕の言葉に、

「冒険者クリス! お前にも再三言っておるだろう! あの場所に勝手に街を作られるわけにはいかない、と!」

「――――……」

 言われてる。理由は釈然としないけど。
 けど、だからって、領主様の命令でオーギュスが『街』の発展を妨害していたなんて!

「領主様、あんた、手荒な真似も許すって言いましたよね!?」

「あぁ、言った! 確かに言った! が、それはあくまで、ゴロツキを使って街の雰囲気や治安を多少悪くさせる程度のことを考えていた!」

「いまさらそんな――」

魔物暴走(スタンピード)はいくらなんでもやりすぎだ!! だいたい貴様、領外へ逃げようとしていたそうではないか! 自分が許されないことをしているという自覚があったということであろう!?」

「そ、それは――…」

 言葉に詰まったオーギュスが、怨嗟に染まった目で僕を睨む。
 ……なんだよ、この、最低のごみ野郎。

「……とても、(かば)い切れるものではない。貴様は、処刑だ」

 ――――え?
 オーギュスが、処刑――…