歩くことしばし。
「ここさね」
流れの早い川を前にして、お師匠様が言った。
見上げれば、大きな滝がある。
「ここから、麓まで川を引こう。お前さん、どこに引きたいとかあるかい?」
「そりゃあやっぱり、猫々亭の隣がいいです」
「あははっ、お前さん、あの女の子にいいとこ見せたいんだろう?」
「なっ……」
顔が熱くなる。
「シャーロッテはそんなんじゃ……いや、そうなれればって――いやいやいまはそんなことは良くってですね!」
ニヤニヤと笑うお師匠様の後ろでは、
「ちっ……目障りな娘ですわね……」
ノティアがものすごく物騒なことを言っている。
「【赤き蛇・神の悪意サマエルが植えし葡萄の蔦・アダムの林檎――万物解析】!」
空一面に真っ赤な魔方陣が展開し、数秒で消える。
「【視覚共有】――さぁ、やりな」
「はい! って、あれ?」
お師匠様の視界では、川からやや離れたところから、掘るべき地面が白く輝いている。
「川、繋げないんですか?」
「先に麓まで掘って、舗装も終えて、それから最後に繋げるんだよ」
「あ、なるほど」
道理だった。川を引くからには単に穴を掘るだけじゃなくて、土を踏み固めたり、側面をセメントや石畳で補強しなくちゃならない。
せっかく引いた川が崩れて氾濫、なんてことになったら、それこそ猫々亭や商人ギルド、行商人の方々に大迷惑を被らせてしまう。
「ええとじゃあ、イメージをつかむために少しだけ掘ってみますね――【無制限収納空間】!」
目の前に、数十メートル分の川――というか、水がないから堀?――が生み出される。
川の横幅は10メートル、深さは一番深いところが5メートルで、高さ1メートルずつで段々畑みたく段差になっている。
「お師匠様、なぜ段差が?」
「【万物解析《アナライズ》】によれば、いまの水量なら一番深いところにしか水は流れない。けれど、ここのところずっと晴れ続きだろう? 川の水がどれだけ増えるかは未知数さね。だから、水が少なかろうが多かろうが足を濡らさずに水を汲めるよう、段差にしたのさね」
「さ、さすがはお師匠様……!!」
「さて小娘、お前さんの魔法で土を踏み固めることはできるかい?」
「小娘じゃなくて、ノティア様、と呼ぶなら可能ですわ」
「ノティア様――これでいいかい?」
「ぐぬぬ……まぁ、可愛いクリス君の為ですもの――あれ? でもこれってそもそもあの娘の為にやってるわけで……わたくし、自分の首を自分で絞めてません?」
「ノティア、お願い!」
「し、仕方ありませんわね! ――【念力】!」
――――ズンッ!!
と重々しい音がして、掘りたての川が、目に見えてぐっと沈んだ。
「す、すご……」
「ふふん、わたくしの【念力】は、グリフォンをすら地面に縛りつけますのよ?」
「じゃあ、次はセメントと、その上に石畳さね」
「はい!」
生セメントと石畳は、まだまだ山のように【収納空間】内に眠っている。
この量からは、明らかにミッチェンの『意図』を感じるんだよね……このセメントを使って、西の森周辺に街道を張り巡らせてくれという、無言の意図を。
「【無制限収納空間】!」
セメントを流し込み、すかさずその上に石畳を、
「【無制限収納空間】!」
貼り付け、そして、
「ノティア、お願い!」
「お任せあれ! 【火炎の壁】!」
僕の【収納空間】による補助なしでも、ノティアは器用に川の石畳全体を均等に熱する。横幅10メートル、長さ数十メートルという長大な距離を、苦もなく。
や、やっぱりカッコいい……。
■ ◆ ■ ◆
そんなふうにして、少しずつ川を引きながら山を下りて行った。
途中からは慣れてきて、一度に数百メートル分ずつ引けるようになったけれど、それでも猫々亭の西隣に川を引いたころには空はすっかり夕焼け色に染まっていた。
ちなみに、お昼は適当に川魚を【お料理収納空間】してノティアに焼いてもらったものを食べた。
相変わらずお師匠様は食べなかったけど。
お師匠様の食生活は本当にナゾだ。
「く、く、クリス様……? そ、それは?」
そうして、いま。
僕らの前では、商人ギルド職員で実質この場所を取り仕切っている若き英才、ミッチェンが目を剥いている。
「はい、川です」
「か、か、か、川ぁぁああ~~~~ッ!?」
「はい。明日には繋げられるかと。川の終着点になるため池を作りたいんですけど……どこがいいですか?」
「な、な、な……」
「あっ! そういえばミッチェンさんに買い上げて頂いたセメント、もうほとんど使い切ってしまいました……すみません」
「――――……はっ!? あ、いえいえいえそんなのまったく全然お気になさらず! この場所に治水済みの川を引いて頂けるんですから! セメントくらい、いくらでも差し上げますとも!! よし、よし! もう一度、街の全景図を練り直すぞぉ~っ!!」
……『街』って何だ『街』って!?
この人は僕に何を作らせようとしているんだ!?
「ここさね」
流れの早い川を前にして、お師匠様が言った。
見上げれば、大きな滝がある。
「ここから、麓まで川を引こう。お前さん、どこに引きたいとかあるかい?」
「そりゃあやっぱり、猫々亭の隣がいいです」
「あははっ、お前さん、あの女の子にいいとこ見せたいんだろう?」
「なっ……」
顔が熱くなる。
「シャーロッテはそんなんじゃ……いや、そうなれればって――いやいやいまはそんなことは良くってですね!」
ニヤニヤと笑うお師匠様の後ろでは、
「ちっ……目障りな娘ですわね……」
ノティアがものすごく物騒なことを言っている。
「【赤き蛇・神の悪意サマエルが植えし葡萄の蔦・アダムの林檎――万物解析】!」
空一面に真っ赤な魔方陣が展開し、数秒で消える。
「【視覚共有】――さぁ、やりな」
「はい! って、あれ?」
お師匠様の視界では、川からやや離れたところから、掘るべき地面が白く輝いている。
「川、繋げないんですか?」
「先に麓まで掘って、舗装も終えて、それから最後に繋げるんだよ」
「あ、なるほど」
道理だった。川を引くからには単に穴を掘るだけじゃなくて、土を踏み固めたり、側面をセメントや石畳で補強しなくちゃならない。
せっかく引いた川が崩れて氾濫、なんてことになったら、それこそ猫々亭や商人ギルド、行商人の方々に大迷惑を被らせてしまう。
「ええとじゃあ、イメージをつかむために少しだけ掘ってみますね――【無制限収納空間】!」
目の前に、数十メートル分の川――というか、水がないから堀?――が生み出される。
川の横幅は10メートル、深さは一番深いところが5メートルで、高さ1メートルずつで段々畑みたく段差になっている。
「お師匠様、なぜ段差が?」
「【万物解析《アナライズ》】によれば、いまの水量なら一番深いところにしか水は流れない。けれど、ここのところずっと晴れ続きだろう? 川の水がどれだけ増えるかは未知数さね。だから、水が少なかろうが多かろうが足を濡らさずに水を汲めるよう、段差にしたのさね」
「さ、さすがはお師匠様……!!」
「さて小娘、お前さんの魔法で土を踏み固めることはできるかい?」
「小娘じゃなくて、ノティア様、と呼ぶなら可能ですわ」
「ノティア様――これでいいかい?」
「ぐぬぬ……まぁ、可愛いクリス君の為ですもの――あれ? でもこれってそもそもあの娘の為にやってるわけで……わたくし、自分の首を自分で絞めてません?」
「ノティア、お願い!」
「し、仕方ありませんわね! ――【念力】!」
――――ズンッ!!
と重々しい音がして、掘りたての川が、目に見えてぐっと沈んだ。
「す、すご……」
「ふふん、わたくしの【念力】は、グリフォンをすら地面に縛りつけますのよ?」
「じゃあ、次はセメントと、その上に石畳さね」
「はい!」
生セメントと石畳は、まだまだ山のように【収納空間】内に眠っている。
この量からは、明らかにミッチェンの『意図』を感じるんだよね……このセメントを使って、西の森周辺に街道を張り巡らせてくれという、無言の意図を。
「【無制限収納空間】!」
セメントを流し込み、すかさずその上に石畳を、
「【無制限収納空間】!」
貼り付け、そして、
「ノティア、お願い!」
「お任せあれ! 【火炎の壁】!」
僕の【収納空間】による補助なしでも、ノティアは器用に川の石畳全体を均等に熱する。横幅10メートル、長さ数十メートルという長大な距離を、苦もなく。
や、やっぱりカッコいい……。
■ ◆ ■ ◆
そんなふうにして、少しずつ川を引きながら山を下りて行った。
途中からは慣れてきて、一度に数百メートル分ずつ引けるようになったけれど、それでも猫々亭の西隣に川を引いたころには空はすっかり夕焼け色に染まっていた。
ちなみに、お昼は適当に川魚を【お料理収納空間】してノティアに焼いてもらったものを食べた。
相変わらずお師匠様は食べなかったけど。
お師匠様の食生活は本当にナゾだ。
「く、く、クリス様……? そ、それは?」
そうして、いま。
僕らの前では、商人ギルド職員で実質この場所を取り仕切っている若き英才、ミッチェンが目を剥いている。
「はい、川です」
「か、か、か、川ぁぁああ~~~~ッ!?」
「はい。明日には繋げられるかと。川の終着点になるため池を作りたいんですけど……どこがいいですか?」
「な、な、な……」
「あっ! そういえばミッチェンさんに買い上げて頂いたセメント、もうほとんど使い切ってしまいました……すみません」
「――――……はっ!? あ、いえいえいえそんなのまったく全然お気になさらず! この場所に治水済みの川を引いて頂けるんですから! セメントくらい、いくらでも差し上げますとも!! よし、よし! もう一度、街の全景図を練り直すぞぉ~っ!!」
……『街』って何だ『街』って!?
この人は僕に何を作らせようとしているんだ!?