「というわけで、いよいよ実戦さね」

「や、や、やっぱり無理ですってお師匠様!!」

 おなじみ、西の森にて。
 今日は何と、ゴブリン討伐の常時依頼を受けてしまった。

「儂の【万物解析(アナライズ)】抜きでやりな」

「そ、そんな! 目視できる距離でなんて、殺されちゃいます!!」

「ほれ、11時方向600メートル先にゴブリン3!」

「無理です無理です!! ぜぇったいに無理です死にます!!」

「はぁ~~~~……冒険者家業が聞いて呆れるさね。分かったよ、儂のとぉっっっっっっておきの魔法でサポートしてやるさね。まずは、【念話(テレパシー)】」

 お師匠様と精神がつながる、なんとも不思議な感覚。

「続いて――【思考加速(オーバークロック・)4倍(スクエア)】!」





 ――その瞬間、世界が止まった。





 いや、正確には、ゆっくりとだけど世界は動いている。
 地面の草木はひどくゆっくりと動いている。
 それに、その光景を見ようとしている僕の動きも、ひどく緩慢だ。
 こう、悪夢の中で、水の中にいるみたいに上手く動けない感覚。

『これが、4分の1の世界さね』

 お師匠様の声が聞こえた。その声は普通の速度だ。
 ゆっくりとお師匠様の方へ顔を向けてみれば、ちょうどお師匠様も、こちらを向こうとしているところだった。

『お前さんはいま、敵ゴブリンよりも4倍もの速さで思考することができる。そりゃ手足の動きは4分の1のままだが、思考が速くなれば魔法の発動も速くなる。特に、お前さんの【収納(アイテム)空間(・ボックス)】は特別製だからね』

念話(テレパシー)】で話しかけてきながら、お師匠様が微笑む。
 なるほど、お師匠様はこの魔法に――この感覚に慣れてるってわけだ。

『さ、お行き。大丈夫だ、後ろでちゃんと見てて上げるし、治癒魔法の準備もしておいてやるから』

『――はい!』

 僕は森の中へ走って行こうとして、あまりの体の重さに上手く進めず転びそうになり、けれど100メートルも走るころには慣れてきた。
 何しろ4倍思考して試行できるのだ。

 ――彼我の距離100メートルほどで、木々の間からゴブリンたちの姿が見えた。

 目が合う。
 弓持ちが1、槍持ちが2。
 僕が数歩走る間に、槍持ちたちがこちらに体を向け、弓持ちが矢を番える。
 思わず僕は立ち止まる。両手を掲げ、丹田の魔力を意識する。
 槍持ちたちがこちらへ突進し出して、同時に弓持ちが矢を放ってきた!
 矢が、正確に僕目がけて飛んでくる!

『【収納(アイテム)空間(・ボックス)】ッ!!』

 泣きそうになりながらも、目で追える速さの矢を睨み、唱える。
 ――矢が消えた。
 消えた! 【収納】に成功した!

 ――よし、いける、戦える!

 見れば槍持ちたちがあと数歩のところまで来ていたので、

『【収納(アイテム)空間(・ボックス)】ッ!!』

 今度は比較的落ち着いて、2本の槍を【収納】することに成功する。

『そのまま首を狩っちまいな!!』

 お師匠様の声。

『は、はい――』

 驚き戸惑う2体のうち1体の頭部を睨みながら、

『【無制限(アンリミテッド)収納(・アイテム)空間(・ボックス)】ッ!!』

 ――バチンッ!

 と、ゴブリンの首元で真っ白な光。

『お、お師匠様! 抵抗(レジスト)されました! やっぱり精神力を持った魔物を【収納】し殺すなんて無茶です!!』

『やれる! 気合の問題さね!』

『んな無茶な!』

 僕はゴブリンに背を向け、逃げ出しながらお師匠様に抗議する。

『あ、こら逃げなさんな! 気持ちの問題さね! 魔法ってのはイメージが大事だ! 気づいてるだろう、お前さん? お前さんは口を動かさずに【収納(アイテム)空間(・ボックス)】の行使に成功した――つまりお前さんは、「無詠唱」に成功したんだよ! 英雄クラスの快挙だ! この街に「無詠唱」使いなんているさね!?』

『いない、いません!』

『つまりお前さんは――こと【収納(アイテム)空間(・ボックス)】に関して言えば天才なんだ! お前さんに【収納】できないもんなんてこの世にないさね! さぁ、立ち止まって振り返りな!!』

 言われた通り、振り返った。
 得物を奪われた2体のゴブリンは、どうしていいか分からず戸惑っているようだった。
 弓持ちの1体だけが、ちょうどこちらに矢の1本を飛ばしてくるところだった。

『【収納(アイテム)空間(・ボックス)】ッ!!』

 まずは危なげなく、その矢を【収納】することに成功する。
 ――――そして。

『さぁ、あの醜いゴブリンどもの首を狩り取るところをイメージするんだ』

 イメージ、した。

『儂の言う通りに唱えるさね! ――首狩りぃッ!』

『首狩りぃッ!』

『『【収納(アイテム)空間(・ボックス)】ッ!!』』





 ――――果たして。





 果たして3体のゴブリンが首から上を失い、ゆっくりゆっくりと倒れていった。

「おめでとう! これでお前さんも、【首狩り収納(アイテム)空間使い(・ボクサー)】さね!」

 ふと、時間の流れが普通に戻った。お師匠様が思考加速の魔法を解いたんだろう。

「な、なんですか、【首狩り収納(アイテム)空間使い(・ボクサー)】って……」

 僕は思わず、その場に座り込んでしまった。