最弱スキル【収納】しか使えず通算100パーティーから追放された無能な僕が、王様になるまでに受けた86のレッスン

「ちょっと寄るところがあるから、お前さんは先に宿へお帰り」

 城塞都市、冒険者ギルドへの道すがらでお師匠様が言った。

「あ、僕もついて行きます」

 お師匠様がニヤリと笑い、

「来てもいいが……買い物だよ? ――女の日用品の」

「し、ししし失礼致しました!」


   ■ ◆ ■ ◆


「よぉ、クリス」

 通りを歩いていると、嫌というほど見知った顔が、行き先をふさいだ。

「…………オーギュス」

 短い茶髪頭、そばかすだらけの顔。
 背丈は僕より頭ひとつ分大きい。
 同じ孤児院出身で、同い年の嫌な奴。

 ……忘れもしない、僕がエンゾたちのパーティーから追放されたときに、

『パーティー追放100目、おめでとう』

 と拍手をしてくれやがり、あの場を盛大に盛り上げてくれやがった相手だ。

「な、何の用だよ……」

 こいつとの因縁は長い。
 僕とこいつとシャーロッテは3人して同い年で、物心ついたころにはもう、孤児院にいた。
 こいつは何かにつけて僕をイジメてきて、それをシャーロッテが止めてくれるというのがお決まりのパターンだった。

「何の用、とは連れないなぁ」

 オーギュスが目の前にまで迫って来て、僕を見下ろす。
 ……これをやられると、僕は体が硬直してしまう。
 さんざんに殴られ、蹴られ、踏みつけられてきた記憶がよみがえる。

「知ってるんだぜ……お前、『銀河亭』で寝泊まりしてるんだろ?」

 それは、お師匠様が僕の部屋を借りてくれている高級宿の名前だった。

「あのキレイな姉ちゃんに金出してもらってんのか、ん?」

「お、お、お前には、関係ない、だろ……」

「まぁまぁそう邪件にするなって! 俺ぁお前を(ねぎら)いに来たんだよ」

「労いに……?」

「そう。お前、今朝、薪の伐採任務を受注したんだってな? 冒険者ギルドはこの通りをずぅっと行った先にある。けど、お前が寝泊まりしている『銀河亭』は内壁の向こう側の、『内南地区』にある。冒険者ギルドで薪を納品して、入り組んだ内壁の中をぐる~りぐるりと『内南地区』まで行くのは骨だ」

 オーギュスが向かって右側を指差し、
「けどいま、ここで曲がれば、壁の外からすぐに『内南地区』へと入れる」

「けど、納品しないわけにはいかないだろ」

「だから、俺の出番ってわけだ」

 オーギュスが笑う。人をバカにしたような嫌らしい笑み、嫌いな笑みだ。

「俺が代わりに納品して来てやるよ」

「…………何が目的さ」

「報酬の1割をくれ」

 ――――暴利だ。……けれど、

「な、構わねぇだろう?」

 至近距離で見下ろされ、オーギュスが腰につけた剣のツバをカチン、カチンと鳴らす音を聞いていると、冷や汗が出て来て泣きたくなった。

「…………わ、わかったよ」

「へへっ、まいどあり」


   ■ ◆ ■ ◆


「それで、まんまと薪を奪い取られたってわけかい」

『銀河亭』の食堂にて。
 お師匠様がテーブルに頬杖ついて盛大な溜息を吐く。

「すみません……」

 謝りつつも、僕は極上の食事をひっきりなしに口へ運び込む。
 食べているのは僕だけだ。
 お師匠様はと言うと、僕の景気の悪い顔つきを見るなり、『食欲が失せたさね』って言った。
 そしていましがた、顔色が悪かった理由を説明したところってわけだ。

「……おや、ウワサをすれば、さね」

 食堂の入り口を見れば、オーギュスが立っていた。

「あれ、お師匠様ってあいつの顔知ってましたっけ?」

「【念話(テレパシー)】で思念が流れ込んできたときに、ね。読もうと思ったわけじゃあないんだが、嫌な記憶ってのは想起されやすいからねぇ……」

 気まずそうに目を逸らすお師匠様。

「あ、あはは……お気になさらず」

「おい、クリス」

 オーギュスがずかずかと食堂に入って来て、テーブルにどしんっと麻袋を置いた。

「ほら、約束通り納品して来てやったぜ。じゃあな――」

 オーギュスが背を向けようとして、

「――お待ち」

 お師匠様が声をかけた。

「なんだよ姉ちゃん?」

「儂らが金を数え終わるまでは、ここにいるんだ」

「俺が信用できないってのか?」

「儂にとっちゃあ初対面の相手だからねぇ」

「けっ――」

 依頼書によれば薪は1(たば)数ルキ。
 それが200束以上あったんだから、600~800ルキは固いはず。
 しかもあの薪は水分を完全に抜いた一級品。
 乾燥の手間賃を省いた分、何割り増しかの1,000ルキくらいになるものと期待していたんだ。
 ……だというのに。

「【収納(アイテム)空間(・ボックス)】、【目録(カタログ)】」

【収納】してから枚数を確認して、僕は愕然となる。

「たったの180ルキだって!?」

 どしんっと大きな音がしたのは、粗末な麻袋に入っていた硬貨を、小銀貨18枚ではなくわざわざ大銅貨180枚にしていたからだった。

「オーギュス、これはどういうことだよ!?」

「どうもこうも、買い取り額から俺の取り分を取った額がそれさ」

「そんなわけないだろ!?」

「……あぁッ!? 俺がちょろまかしたとでもいうのか?」

 オーギュスが胸倉をつかもうとしてきたので、お師匠様の前で多少気が大きくなっていた僕は、急激に気持ちが小さくなる。

「わ、わかったよ……」

「わかったんなら、言うことがあるだろうが」

「わ、悪かったよ……」

「けっ」

 最悪の雰囲気を残して、オーギュスは去って行った。


   ■ ◆ ■ ◆


「気に食わないさねぇ……」

 ぼそぼそと食事を再開した僕に向かって、お師匠様が言った。

「お前さん、さっさと食い終えな。――行くよ」

「どこへ?」

「冒険者ギルドへ、さ」
「これが……僕が納品した薪ですって!?」

「ええ。こちらが、オーギュスさんがクリスさんの代わりに納品した品です。間違いありません」

 いつもの受付嬢さんが見せてくれた薪は、それはそれはひどいものだった。
 本数こそ、2,100本と同じだった。
 けれどその中身はというと、サイズはバラバラ、どれも断面はささくれ立っていて、中には枝を割って『薪』と言い張っている代物もあったし、腐りかけの物も多々あった。
 これだけひどい品質なら、200ルキで買い取ってくれたギルドにはむしろ感謝しなきゃと思う。

「これは僕が伐採したものではありません」

「証拠はありますか? あるならオーギュスさんを訴えることもできますが……」

「証拠はない。――今はね」

 お師匠様が笑う。

「けど、なければ作ればいいさね。薪の任務はまだまだあるんだろう?」

「は、はい!」

 受付嬢さんの返答に、僕とお師匠様は顔を合わせて笑い合う。

「じゃあ、証拠は明日に」

「ですね!」


   ■ ◆ ■ ◆


 というわけでやって来た翌朝の西の森。

「さぁ、容赦なく行くとしよう」

 お師匠様が楽しそうだ。

「【赤き蛇・神の悪意サマエルが植えし葡萄の蔦・アダムの林檎――万物解析(アナライズ)】!」

 数秒、空という空を真っ赤な魔法陣が覆った。
 いつもより若干、展開期間が長い――いったいお師匠様は、どれだけの広範囲を探査したのだろう。

「来な――【視覚共有(シンクロナイズド・アイ)】」

 お師匠様の視界を借りると、西の森をまるで横断するかのように、西へ西へと無数の木々が青白い光に覆われている。

「人間はいない。ちょい強めの魔物がいるが、いまのお前さんにゃちと辛いだろうから探査対象からは外してある。さぁ、やれ」


「【無制限(アンリミテッド)】――――」


 丹田から、ずるずると魔力が吸い出されていく。


「――――【収納(アイテム)空間(・ボックス)】ッ!!」





 あんなにも生い茂っていた木々が、地平線の向こうまで一本残らず収納された。





 かつて『魔の森』と呼ばれ、魔王国に住む人々を恐れさせてきた森のど真ん中に、一本の道が出来上がった。
 ご丁寧に、切り株のひとつも残さずに。

 そうして僕は、気絶した。


   ■ ◆ ■ ◆


「【魔力譲渡《マナ・トランスファー》】ッ! 【精神安定(リラクゼーション)】ッ!」

「…………っは」

「気がついたさね?」

「……はい、お師匠様」

 また、お師匠様に膝枕をされていた。
 起き上がる。

「悪かったね、クリス。ちょいと、加減を忘れちまったよ」

 改めて、地平線の彼方まで木々が消え、真っ平らな道が出来上がっているのを見て、僕は全身が震えていることに気づく。

「あは、あははっ、すごいすごいすごい! すごいぞ!!」

「ああ、実際すごいさね」

「ですよね!?」

 やったやった、お師匠様にも褒められた!
 すごいぞ! これならもう、誰からもバカにされずに済む!
 役立たずって罵られずに済む!
 僕をバカにしてきた奴を、思いっきり見返してやることが――…

 ばち~んっ!!

 と、僕は自分の両頬を叩く。

「んおっ、どうしたさね、急に?」

「いえ、危く自分を見失うところだったと言いましょうか……」

「うん?」

「いえ、この力は、あくまでお師匠様の助けがあればこその力ですから」

「あははっ、謙虚というか気弱というか……ま、お前さんらしいさね。それで、どうだい? 疲労は感じているかい?」

「疲労……? あっ、言われてみれば僕いま、ものすごく疲労を感じてます。【ステータス・オープン】――おぉぉぉッ!! 【無制限(アンリミテッド)収納(・アイテム)空間(・ボックス)】がスキルレベル4に上がってます!!」

「あははっ、そいつはよかったねぇ! これでゴブリンやオークや――…人間の首だって、狩れるようになったはずだよ」

 なんてことを言うんだ、この人は!

「【遠見(テレスコープ)】――【視覚共有(シンクロナイズド・アイ)】。クリス、ご覧」

 お師匠様が遠く西の地平線を見ている。
 お師匠様の目を借りると、木々が払いのけられてできた道は本当に森の果てまで続いていて、その先にあるのが――

「城壁――アルフレド科学王国の国境!?」

「まぁ正確に言えば、あの国が国境と宣言してるのはもっとこちら側だけれど……あれがあの国の防衛線さね。城壁に隙間が空いているだろう?」

「弓を射かけるんですか?」

「あっちの国じゃあ、弓なんて前時代の物は使わないよ」

「じゃあ弩弓(クロスボウ)?」

「原始時代じゃあるまいし」

「じゃあ、何だっていうんです? まさか、魔王国みたく射撃魔法を飛ばすんですか?」

「銃、さね」

「銃ぅ~~~~?」

 思わず笑ってしまった。

「あんな、真っ直ぐ飛ばない欠陥品並べてどうするって言うんですか。熟練の弓兵(アーチャー)には敵わないし、弩弓(クロスボウ)にも劣るじゃないですか。もちろん、魔法にも」

 お師匠様はにこにこと微笑むばかりで何も言わない。
 ……あれ? 僕いま、何か変なこと言っただろうか……。

「それにしても、お詳しいですね」

 とりあえず、話題を逸らしつつお師匠様を褒めてみる。

「まぁ、旅の経験が長いからねぇ。そら、【念話(テレパシー)】で【万物解析(アナライズ)】の力を貸してやるから、【収納(アイテム)空間(・ボックス)】の中に入ったままの丸太を、まとめて薪におし」

「はい!」

 かくして僕は、死ぬまで毎日納品し続けても一生なくなることのない量の、薪を手に入れた。


   ■ ◆ ■ ◆


「ちょっと寄るところがあるから、お前さんは先に宿へお帰り」

 城塞都市、冒険者ギルドへの道すがらでお師匠様が言う。

「またですか?」

「レディにゃ秘め事が多いのさ。それにいくら師弟だからって、四六時中べったりくっついてなきゃいけない法もないさね。それとも――」

 お師匠様がニヤニヤと微笑んで、

「儂がそばにいないと寂しいのかい?」

「そ、そんなことないです!」


   ■ ◆ ■ ◆


 ――――そうして。

「よぉ、クリス」

 また、昨日と同じ通りで憎らしい幼馴染――オーギュスに呼び止められた。

「…………オーギュス」

「今日も俺が、代わりに納品して来てやるよ」

「はぁ~」

 けれど今日の僕には、深いため息を吐くだけの余裕があった。

「あん……?」

 僕の態度を『生意気』だとでも受け取ったのか、オーギュスの顔が険しくなる。
 逆に僕は満面の笑みを作り、

「頼んでもいいけど、お前の持ってるマジックバッグに入り切るかなぁ?」

「はぁ?」

 オーギュスが懐から、手のひらサイズの革袋を取り出す。

「こいつは倉庫並みの容量なんだぜ?」

「倉庫並み。へぇ……ぷぷぷっ」

 思わず吹き出してしまう。

「なっ――」

 オーギュスの顔に朱が差した。

「てめぇ! クリスのクセに――」

「【収納(アイテム)空間(・ボックス)】!」

 僕につかみかかろうとしてきたオーギュスの目の前に、整然と積み上げられた薪の山が出来上がる。

「何っ!?」

「【収納(アイテム)空間(・ボックス)】」

 オーギュスが後ずさったので、退路を塞ぐようにもうひとつの薪の山。

「えっ!?」

「――【収納(アイテム)空間(・ボックス)】」

 さらに、彼の左右をふさぐように薪の山と山。
 四方の山はがっちりと腕を組み合っていて、さながら往来に薪の尖塔が建造されたかのよう。

「な、な、なっ……」

 オーギュスの、驚いたような、怯えたような声が聞こえてくる。
 思えば生まれて初めて、オーギュスにひと泡吹かせることができた。
 何だろう、この胸のざわざわした感覚は。
 エンゾたちに感じたのとはまた違う、解放感、爽快感、とてつもない胸の高鳴り!

「薪、よろしくね」

 そう言った僕の声は、いまにも笑い出しそうだった。

「なっ、これ、てめぇがやったのか!? 出しやがれ!」

「自慢のマジックバッグに収納すりゃいいだろ?」

 薪の中にうずもれたオーギュスへ告げ、僕は冒険者ギルドへ向かう。
 何の為にかって?
 そりゃ、まだまだ無限に持ってる薪を自分でも納品する為と、

 ――そして、オーギュスの悪事を暴く為さ。


   ■ ◆ ■ ◆


「な、な、なんと見事な薪……形は均等、断面はささくれひとつなし、オマケに完っ全に乾燥しきっているとはッ!」

 いつもの受付嬢さんが絶賛してくれる。

「ね、昨日僕らが言った通りだったでしょう?」

「そのようですね」

「これでもし次に、オーギュスが粗悪な薪を持ってきたら……」

「はい。当ギルドとしましては、『適切な』処置を取らせて頂くことになるでしょう。――ギルドマスターと相談してきます」
「貴様の方から、面会を申し出てきたというのに……時間に遅れるとは、いい度胸だな」

「も、ももも申し訳ございませんッ!!」

 俺は平伏して、頭を床にこすりつける。
 床には一面にふかふかの絨毯が敷き詰められていて、痛くはなかった。

「まったく、これだからゴロツキは……まぁよい。それで、何の用だ? 詰まらぬ内容だったら処刑してやるぞ」

「へへへ、それはもう」

 揉み手で顔を上げる。
 ソファにはでっぷりと太ったお貴族様が座っている。
 この方は俺の雇い主。
 全国の独自ネットワークを持ち、領地貴族におもねろうとしない冒険者ギルドに代わって、冒険者界隈の情報を集めては、こうやって上奏して小遣いを得ているってわけだ。

「閣下は300本以上もの治癒(ヒール・)一角兎(ホーンラビット)のツノが冒険者ギルドに納品された話をご存じでしょうか?」

「知らぬが、それが?」

「ギルド職員の話によれば、300本と言えば、数年分の納品量に匹敵するとのこと。それだけの量が市場に出回れば、回復ポーションの価格暴落は必死です」

「なっ――そんなものが隣領に流出すれば我が領が悪風を被る! 急ぎ関税を掛けねば! いや、それどころでは済まんかも知れん――…」

 お貴族様が顔色を悪くする。

「私は、300本ものツノを納品し、閣下の領地を窮地に陥れようとしている者の名前を知っております」

「誰だ、それは!?」


   ■ ◆ ■ ◆


 手の中には小銀貨が1枚。
 これだけ有用な情報だ。もっともらえるものと期待していたのに……やはり、遅刻したのが心証を悪くしちまったらしい。

 クソっ、クソクソクソっ、何もかもクリスの所為(せい)だ!

 結局あの後、俺が持っていたマジックバッグだけじゃあの野郎が出した薪は入りきらなくって、残りの薪は置いて行こうかとも思ったんだが、自警団の奴らに呼び止められちまって。
 クリスの所為だっつったんだが、連中も『無能な冒険者』クリスのことはよくよく知っていたから、『あのクリスにこんな上質な薪が作れるもんか』、『いいから馬車が来る前にさっさとどけろ』の一点張り。
 ならお前らのマジックバッグを貸せって言ったら、三割寄越せときたもんだ。
 おまけに断ったら罰金だと。

 自警団なんて名ばかりの、チンピラどもが!

 そんなごたごたの所為で、お貴族様を訪問する時間に遅れちまったってわけだ。


   ■ ◆ ■ ◆


「……ねぇオーギュス。クリス、元気だった……?」

猫々(マオマオ)(てい)』で遅めの昼飯を食っていると、同じ孤児院仲間で幼馴染のシャーロッテが話しかけてきた。
 客は俺しかおらず、暇らしい。
 長い銀髪を結い上げているのが、給仕服によく似合ってる。

「知らねぇよ」

「でも……その、今日、会ったんでしょう?」

「会ってねぇよ」

「ウソ。さっき、お客さんが言ってたもん。クリスとオーギュスが通りで話してるのを見たって」

「ちっ――」

 シャーロッテの口からクリスの名前が出てくるたびに、俺は自分でもはっきり分かるほど不機嫌になる。

「お前だって、あいつのことは見限ったんだろ? だったらもう、あいつのことは無視しろよ」

「た、確かにあたしはこの前、クリスを追い返した……で、でもそれはっ、て、店長に、もうクリスには食わせるなって言われたから――」

 ……そう。
 そして、お人好しなここの店長に、クリスについてあることないこと吹き込んだのはこの俺だ。
 まぁもっとも? あいつがツケを払える見込みもないのに毎日毎日ここに来てたのは事実だし、クリスが冒険者ギルドですこぶる評判が悪かったのも事実だ。

「クリスのことなんて忘れちまえ」

「でも――…」

 シャーロッテもシャーロッテだ。
 クリスはガタイだって腕っぷしだって、魔法でだって俺より弱っちい。
 いっつもなよなよしてイジメられてて、そのたびにシャーロッテに守られていた。

「クリス、大変そうで、可哀想で……」

 こいつだって、きっと内心分かってるはずだ。
 その感情が、犬猫に対する感情と同じものだって。
 あいつがもっともっとみっともない姿を見せれば、きっと冷めるはずだ。

 ……つぶしてやるぞ、クリス。
 もとより、他人の悪いウワサを流すのは得意技なのだから。
「というわけで、いよいよ実戦さね」

「や、や、やっぱり無理ですってお師匠様!!」

 おなじみ、西の森にて。
 今日は何と、ゴブリン討伐の常時依頼を受けてしまった。

「儂の【万物解析(アナライズ)】抜きでやりな」

「そ、そんな! 目視できる距離でなんて、殺されちゃいます!!」

「ほれ、11時方向600メートル先にゴブリン3!」

「無理です無理です!! ぜぇったいに無理です死にます!!」

「はぁ~~~~……冒険者家業が聞いて呆れるさね。分かったよ、儂のとぉっっっっっっておきの魔法でサポートしてやるさね。まずは、【念話(テレパシー)】」

 お師匠様と精神がつながる、なんとも不思議な感覚。

「続いて――【思考加速(オーバークロック・)4倍(スクエア)】!」





 ――その瞬間、世界が止まった。





 いや、正確には、ゆっくりとだけど世界は動いている。
 地面の草木はひどくゆっくりと動いている。
 それに、その光景を見ようとしている僕の動きも、ひどく緩慢だ。
 こう、悪夢の中で、水の中にいるみたいに上手く動けない感覚。

『これが、4分の1の世界さね』

 お師匠様の声が聞こえた。その声は普通の速度だ。
 ゆっくりとお師匠様の方へ顔を向けてみれば、ちょうどお師匠様も、こちらを向こうとしているところだった。

『お前さんはいま、敵ゴブリンよりも4倍もの速さで思考することができる。そりゃ手足の動きは4分の1のままだが、思考が速くなれば魔法の発動も速くなる。特に、お前さんの【収納(アイテム)空間(・ボックス)】は特別製だからね』

念話(テレパシー)】で話しかけてきながら、お師匠様が微笑む。
 なるほど、お師匠様はこの魔法に――この感覚に慣れてるってわけだ。

『さ、お行き。大丈夫だ、後ろでちゃんと見てて上げるし、治癒魔法の準備もしておいてやるから』

『――はい!』

 僕は森の中へ走って行こうとして、あまりの体の重さに上手く進めず転びそうになり、けれど100メートルも走るころには慣れてきた。
 何しろ4倍思考して試行できるのだ。

 ――彼我の距離100メートルほどで、木々の間からゴブリンたちの姿が見えた。

 目が合う。
 弓持ちが1、槍持ちが2。
 僕が数歩走る間に、槍持ちたちがこちらに体を向け、弓持ちが矢を番える。
 思わず僕は立ち止まる。両手を掲げ、丹田の魔力を意識する。
 槍持ちたちがこちらへ突進し出して、同時に弓持ちが矢を放ってきた!
 矢が、正確に僕目がけて飛んでくる!

『【収納(アイテム)空間(・ボックス)】ッ!!』

 泣きそうになりながらも、目で追える速さの矢を睨み、唱える。
 ――矢が消えた。
 消えた! 【収納】に成功した!

 ――よし、いける、戦える!

 見れば槍持ちたちがあと数歩のところまで来ていたので、

『【収納(アイテム)空間(・ボックス)】ッ!!』

 今度は比較的落ち着いて、2本の槍を【収納】することに成功する。

『そのまま首を狩っちまいな!!』

 お師匠様の声。

『は、はい――』

 驚き戸惑う2体のうち1体の頭部を睨みながら、

『【無制限(アンリミテッド)収納(・アイテム)空間(・ボックス)】ッ!!』

 ――バチンッ!

 と、ゴブリンの首元で真っ白な光。

『お、お師匠様! 抵抗(レジスト)されました! やっぱり精神力を持った魔物を【収納】し殺すなんて無茶です!!』

『やれる! 気合の問題さね!』

『んな無茶な!』

 僕はゴブリンに背を向け、逃げ出しながらお師匠様に抗議する。

『あ、こら逃げなさんな! 気持ちの問題さね! 魔法ってのはイメージが大事だ! 気づいてるだろう、お前さん? お前さんは口を動かさずに【収納(アイテム)空間(・ボックス)】の行使に成功した――つまりお前さんは、「無詠唱」に成功したんだよ! 英雄クラスの快挙だ! この街に「無詠唱」使いなんているさね!?』

『いない、いません!』

『つまりお前さんは――こと【収納(アイテム)空間(・ボックス)】に関して言えば天才なんだ! お前さんに【収納】できないもんなんてこの世にないさね! さぁ、立ち止まって振り返りな!!』

 言われた通り、振り返った。
 得物を奪われた2体のゴブリンは、どうしていいか分からず戸惑っているようだった。
 弓持ちの1体だけが、ちょうどこちらに矢の1本を飛ばしてくるところだった。

『【収納(アイテム)空間(・ボックス)】ッ!!』

 まずは危なげなく、その矢を【収納】することに成功する。
 ――――そして。

『さぁ、あの醜いゴブリンどもの首を狩り取るところをイメージするんだ』

 イメージ、した。

『儂の言う通りに唱えるさね! ――首狩りぃッ!』

『首狩りぃッ!』

『『【収納(アイテム)空間(・ボックス)】ッ!!』』





 ――――果たして。





 果たして3体のゴブリンが首から上を失い、ゆっくりゆっくりと倒れていった。

「おめでとう! これでお前さんも、【首狩り収納(アイテム)空間使い(・ボクサー)】さね!」

 ふと、時間の流れが普通に戻った。お師匠様が思考加速の魔法を解いたんだろう。

「な、なんですか、【首狩り収納(アイテム)空間使い(・ボクサー)】って……」

 僕は思わず、その場に座り込んでしまった。
「こちら、Dランクの冒険者カードです。順調ですね、クリスさん!」

 いつもの受付嬢さんの良く通る声が、ギルドホール中に響き渡る。

「お、お師匠様のおかげですから……」

 受付嬢さんは僕の名を上げようと善意でやってるのかも知れないけれど、僕はあんまり(わる)目立ちしたくないんだ。
 現にいま背後からは、

「あのクリスがDランクだって……?」

「何か不正でも働いてんじゃねぇのか」

「でも治癒(ヒール)一角兎(・ホーンラビット)のツノを何百本も納品したとこ、俺も見てたぜ!」

「そうそう、薪の話だって――」

 といった、()()()()の――一度は僕をパーティーに迎え入れ、あまりの使えなさに罵倒し、足蹴した挙句に追放した――冒険者の皆々様による話が聞こえてきている。

「はぁ~……お師匠様、お昼にしましょう」


   ■ ◆ ■ ◆


 ギルドホールの端、酒場にて。
 僕は白パンとシチューにありつく。
 お師匠様はと言えば、そんな僕を頬杖ついて楽しそうに見ている。
 今日こそ食べるかな? と思ったけれど、やっぱり食べないらしい。
 お師匠様は極度の小食らしく、朝、自室で食べたっきりでそれ以上の食事をしないんだ。
 まぁ、詮索はすまい、と思う。
 お師匠様がこうやってニコニコ微笑みながら無言でいるときは大抵、『いいから何も聞くんじゃないよ』って感じのオーラを出してるんだよね。
 この世界には様々な種族がいる。
 魔族、人族、獣族、エルフ族、ドワーフ族……お師匠様は見た目人族っぽいけれど、もしかしたらもっと未知の種族なのかも知れない。

 もう、あれだ。種族『お師匠様』でいいや。

 ――そんなことを考えていたら。





「貴方がクリス君かしら?」





 いきなり、初対面の、滅茶苦茶美人でグラマラスなエルフの女性に声をかけられた!

「――ふぇ!?」

 口の中をパンでいっぱいにしたまま、情けない声を上げてしまう。

 魔法使い風の旅装に身を包んだ美女――耳の長さからして、純血かそれに近いエルフだろう――が、僕たちのテーブルに座り、ずずいと僕に顔を寄せてくる。
 ……顔が、近い。

「へぇ、ウワサでは『川辺に打ち上げられたナマズのような目』をしてるとか、『さらし首にされたゴブリンよりなお生気のない顔』だなんて言われてましたけれど、ずいぶんと生き生きとした、可愛らしいお顔じゃありませんの」

 なんて言いながら、美女が僕の頬についたパンくずをつまみ、口に運ぶ。

「~~~~ッ!?」

 言語を喪失しつつも、僕はその美女を観察する。

 編み上げた白髪に、紫水晶(アメジスト)のような綺麗な瞳。
 顔はびっくりするほど整っていて、歳は20手前くらいに見えるけれど、相手は――いまや魔族では手も足も出ないほどの――長寿な種族だ。見た目通りじゃないだろう。
 若々しい顔つき体つきに比べると、白髪頭に違和感があるけれど……()()()()()使()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 そして、服装。

 これが、すごい。何がすごいって、露出がすごい。
 いかにも魔法使い然としたローブ姿なのだけれど、胸元をばーんっと開けていて、エルフ族にあるまじき巨乳がこぼれ落ちんばかりに強調されている。

「……ごくり」

「こぉらクリス、どこを見てるさね」

 ジト目のお師匠様に注意される。
 かく言うお師匠様もとんでもなく美人なのだけれど、その全身は首から足元に至るまでローブと外套(マント)ですっぽりと包み込まれていて、夜の魔力『養殖』のときに部屋着を見せてくれるとき以外はメチャクチャ身持ちが固そうなんだよね。

「あ、あの……貴女はどなたですか?」

 必死に美人エルフの胸元から目を逸らしつつ、問いかける。
 エルフが「うふふ」と笑い、

「あら失礼、思わず舞い上がってしまいましたわ。わたくしの名はノティア・ド・ラ・パーヤネン。Aランク冒険者、『不得手知らず(オールマイティー)』のノティアと言った方が通りがよいかしらね?」

「「「「「えぇぇええええ~~~~ッ!?」」」」」

 僕は絶叫した。
 周りで聞き耳を立てていた冒険者たちも絶叫した。

 全国に何十人もいない、冒険者の頂点たるAランク冒険者。
 そして、ノティア・ド・ラ・パーヤネンと言えば――

「全属性で上・聖級を極めた稀代の天才魔法使い!!」

「宮廷筆頭魔法使いの席を蹴った怖いもの知らず!!」

地竜(アースドラゴン)を轢きつぶし、風竜(ウィンドドラゴン)を叩き落すことができる魔王国最強生物!!」

「何百年と生き続けている永遠の美女!!」

 と、冒険者たちが(はや)し立てていく。
 ウソかまことかは分からないけれど、どれもこれも冒険者の間では定番のウワサだ。
 そして、

「エルフ族自治領・パーヤネン公国の、(すえ)の皇女様!」

 と、これは僕の発言。
 そう、この方は公族――パーヤネン公国の王族とも言うべき身分のお方なんだ!

 誰も彼もがびっくりするやら囃し立てるやらで大狂乱の中、

「……ふぅん?」

 ただ一人、お師匠様が『誰それ?』って顔をしている。

「え、ご存じないんですかお師匠様!? 旅の魔法使いなのに!?」

 僕の指摘に、

「し、知ってるさね! あれだろ、『不得手知らず(オールマイティー)』だろう!?」

 慌てて言うお師匠様。
 いや……それはさっき、ご本人が口にしたふたつ名じゃあないか。

「そ、そんな雲の上のお方が、ぼ、僕に何のご用で……?」

 もはや胸をのぞき見る余裕もなく、顔中冷や汗まみれの僕。

「うふふ、そんなかしこまらないで下さいまし。同じ冒険者同士じゃありませんか」

 朗らかに笑うAランクお姫様。

「わたくし、貴方に興味がございますのよ、クリス君」

「ぼ、僕に!?」
「わたくし、貴方に興味がございますのよ、クリス君」

 巨乳美人エルフのAランク冒険者でお姫様のノティア様が、僕に迫ってくる。

「ぼ、僕に!?」

「そう――キミの加護(エクストラ・スキル)、広大な西の森から数百本もの治癒(ヒール)一角兎(・ホーンラビット)のツノだけを正確に【収納】せしめた【無制限(アンリミテッド)収納(・アイテム)空間(・ボックス)】の力。たった一日で西の森に道を作り出してしまった、神級にも等しきキミの力に」

「あ、あぁ……それは」

 僕はちらりと、隣のお師匠様を見る。

「僕の――僕だけの力じゃあない、です。お師匠様の支援魔法があったから、お師匠様がいて下さったから、できたことです……すべて」

「それも、存じておりますわ。何でもそこの()()()()は、聖級の探査魔法【万物解析(アナライズ)】の使い手だそうですわね」

 ノティア様がお師匠様を見て、くすりと笑う。

「ですが、【万物解析《アナライズ》】ならわたくしも使えますわ」

「いや、でも……【視覚共有(シンクロナイズド・アイ)】とか【念話(テレパシー)】とか、あと【思考加速(オーバークロック)】とか!」

「すべて得意魔法ですわ」

「――――……」

「お前さん……ノティア()()()だったか、何が言いたいさね?」

 お師匠様が珍しく、不機嫌そうに尋ねた。

「聞いたまんまですわ。――ねぇクリス君、キミ、この()()()()は止めにして、わたくしとパーティーを組みません? 今言った通り、この()()()()ができることはわたくしもすべてできますし、その上――この()()()()が使えない攻撃魔法も、使えますわ」

 ――お師匠様が攻撃魔法を使えないって、どこで聞いたんだ!?
 …………いや、考えても見れば、一緒に狩りをしたエンゾたちはお師匠様が攻撃魔法を一切使わなかったのを見ていたし、このごろは西の森で戦闘訓練をしていたのに、お師匠様はただの一度も攻撃魔法を使わなかった。
 森では他の冒険者たちも活動していて、みな他の冒険者のことをよく見ているものなんだ。

「ふんっ、()()が偉そうに。この子は儂が先に見つけたんだ。渡す気はないよ?」

「あら、それは()()()()ではなく、クリス君が決めることではなくって? ――ねぇ?」

 ノティア様がずずいと胸を強調しながら迫ってくる。

「え、あ、ちょっ……」

 思わず椅子を引きながらお師匠様の方を見るも、お師匠様は居心地悪そうに腕組をしてそっぽを向いている。
 ……駄目か。
 胸を強調するお師匠様が見れるかと期待したのだけれど、そういう(よこしま)なのは、いまはやめておこう。





「その…………すみません!」





 僕はノティア様へ頭を下げる。深々と、テーブルにこすりつけるようにして。

「申し訳ございませんが、ノティア殿下とパーティーを組むことはできません。お師匠様は……アリス師匠は、僕の命の恩人で、人生の恩人なんです。だから、お師匠様から『お前はもう要らない』って言われるまでは、僕はずっとずぅっとお師匠様について行くつもりなんです……だから、……申し訳ございません」

「………………………………」

 ノティア様は無言だ。
 恐る恐る顔を上げると、ノティア様は残念そうな、それでいて吹っ切れたような表情をしていた。

「仕方ありませんわね。()()()()()()()退いて差し上げましょう」

 言って立ち上がる。
 そこから、ふと思いついたように僕の顔をのぞき込んで来て、

「――あ、パーティーメンバーがダメなら、伴侶としてならどうです?」

「ぶっふぉっ!!」

 飲みかけていた水を、正面にいたお師匠様の顔に思いっ切りぶちまけた。


   ■ ◆ ■ ◆


 ……怒られた。それはもう。
 その代わりに、【万物解析(アナライズ)】と【視覚共有(シンクロナイズド・アイ)】を使った身体や衣類の汚れを除去する、通称【洗浄(クリーンナップ)収納(・バイ・)空間(アイテム・ボックス)】を伝授された。
 お師匠様曰く、これも『マスター』とやらが使う【収納(アイテム)空間(・ボックス)】奥義のひとつらしい。
 ますます、お師匠様の『マスター』が誰なのか気になる……。

「そ、それで……午後からは何の依頼を受けますか、お師匠様?」

 お師匠様が掲示板の依頼書を眺めながら、

「ゴブリンの次と言えば定番のオーク、いや一足飛びにオーガなんてどうだい?」

「こ、これ! これにしましょうよ!」

 僕は適当な肉体労働任務の依頼書をお師匠様に見せる。
 オークとかオーガなんて、今度こそ死んでしまう!

「ん~なになに? 水汲み……供給先は西の森に急に発生した謎の街道……依頼主は商人ギルドの若手有志!?」

 お師匠様が急に目を輝かせて、

良い(グート)! 実に良いさね! いやぁどこの国も商人ってのは目ざとく耳ざといものさね! ()()()()()()()()()()

「へ? どういうことです?」

「ほら先日、西の森で思いっきり木を伐採して西の王国に続く道を作っただろう?」

「あぁ、そう言えば」

 あの時に作った大量の薪は、ギルドではとても引き取り切れないと言われ、僕の【収納(アイテム)空間(・ボックス)】内でひしめき合っている。

「それが?」

「急に出来た交易路を、商人たちが捨て置くと思うかい? この街の商人ギルドが、行商に必須の水を売りつけようとしているってわけさ」

「水? 水なんてマジックバッグにあらかじめ大量に入れておけば、わざわざ買わなくっても」

「バカだねぇお前さん、大容量のマジックバッグがタダ同然の値段で手に入るのなんて、世界広しと言えどもここ、魔王国くらいなものさね」

「えっとつまり――…商人っていうのは、西の科学王国の!?」

「そりゃ、休戦から100年も経っているんだ。交易くらいあるだろうさ」

「言われて見れば……」

 この街でも、取っ手を回したら音楽が流れる機械とか、雷魔法を流し込んだら明かりがつくランプとか、これまた雷魔法を流し込んだら壁に映像が流れる謎の機械とか……というよく分からないものが、たまに骨董品店に出回っている。

「よし、じゃあ訓練がてら北の山で大量に水を汲んで、そいつを【収納(アイテム)空間(・ボックス)】で綺麗にして、そいつを売りつけるとしよう」

「はい!」
「……何でついて来ていらっしゃるんですか?」

 冒険者ギルド会館を出て、城塞都市の西門に続く大通りを通り、西門から出て北の山へ向かう道すがら。
 たまらず、僕は後ろを歩くノティア様に尋ねた。
 僕らの後ろをずぅ~っとついて来ていたノティア様が、悪びれもせずににっこり微笑み、

「それはもちろん、クリス君の魔法を見る為ですわ」

「あの……いくら頼まれても、お師匠様とパーティーを解消するつもりはありませんからね? ま、ましてや、け、け、結婚なんて……」

「そのことなんですけれど」

 ノティア様が僕とお師匠様の間に割って入って、僕の腕に絡みついてくる。
 胸が腕に当たる。
 鎖帷子(くさりかたびら)やらでガチガチに守られたお師匠様の胸と違い、メチャクチャ柔らかい……ッ!!

「実は、伴侶のお話の方こそ大本命なのですわ。無論、実際に結婚に踏み切る前には、クリス君のことを、ちゃんと見極めさせて頂きますけれど」

「僕のことを……あぁ、【無制限(アンリミテッド)収納(・アイテム)空間(・ボックス)】が有用かどうかってことですね?」

「うふふ。貴方は、あくまで自分のことを加護(エクストラ・スキル)の付属品として見ている……謙虚な男性は大好きですわ」

 お師匠様からは『()()()としろ』とか『自信を持て』とかさんざん言われているのに、相手が変われば意見も変わるものだなぁ。

「まったく、この国の男性ときたら!」

 と、ノティア様が憤慨して見せる。

「どいつもこいつも驕り高ぶっていて、女と見れば性欲を満たす道具か、自分の面倒を見させて子供を産ませる道具くらいにしか見ていないんですもの」

「あ、あははは……」

 ……まぁ確かに、荒くれ冒険者たちには、そういうところがある。
 かなり、ある。

「でも」

 ノティア様が、ずずいと顔を近づけてきて、

「貴方は随分と違いますわね、クリス君」

 僕は生まれてこの方ずぅ~~~~っとオーギュスや他のイジメっ子たちにイジメられてきて、その度に幼馴染のシャーロッテに助けてもらってきた。
 僕が『女性』と言われて真っ先に思い浮かべるのはシャーロッテなわけで、でもそんな強くて頼もしいシャーロッテですら、猫々(マオマオ)亭で男性客にお尻を触られたり罵倒されても、文句のひとつも言わずに粛々と働いているんだ。
 そういう光景を目の当たりにして、そして上、冒険者になってからの一年以上、あらゆる男女の冒険者から徹底的に虐げられてきたものだから……僕の中では『僕以外の人は全員僕より上』という感覚が染みついてしまっていた。
『いた』というのは、近頃はそういう――お師匠様が言うところの――『負け犬根性』を矯正するように、お師匠様に鍛えてもらっているからだ。

 貧しくて危険で毎日が死と隣り合わせのここ、辺境では、腕っぷしの強い男が一番偉く、それ以外の人たち――特に女性は、息を潜めて生きている。

 もっとも、有能な女性冒険者に限ってはそうじゃない。彼女たちはちやほやされて引く手あまただ。
 それもまぁ、当然と言えば当然だろう。
 いつ大怪我を負うとも、死ぬとも知れない冒険者家業で、命を預けるに足る、命を賭すに足る女性を追い求めるというのは、冒険者の(さが)なのだから。

「パーヤネン公国はそうではないのですか?」

「我が国は魔力至上主義ですから。たとえ夫婦でも、妻の方が魔力が高ければ妻が家父長になりますの」

「なんと……」

 エルフ族が魔力至上主義なのは知っていたけれど、まさかそこまでとは。

「ですから、まぁ……わたくしのように魔法に秀でた女性というのは、公国では煙たがられるのですわ」

「――――……」

「そういう意味でも、あなたのように女性を蔑視せず、かつ自分より魔力が高くても忌避しない男性というのは貴重なんですの」

 ノティア様が、ますます体を密着させてくる。

「これで【無制限(アンリミテッド)収納(・アイテム)空間(・ボックス)】が我が国の血脈に取り入れるに足る魔法でしたら、是非とも子を成したいですわね」

「か、か、からかうのもいい加減にしてください!!」

 僕が遠慮がちに体を押し返すと、果たしてノティア様は腕を離してくれた。

「本気なのですけれどねぇ」

「……………………終わったかい?」

 空気に徹していたお師匠様が、ものすごく不機嫌そうな声で言った。

「さっさと山に行って水を汲んでこなきゃ、日が暮れちまうんだがねぇ」

「あら、これは失礼しましたわね、()()()()。でも、急いでいるなら【瞬間移動(テレポート)】を使えば良いのではないですの?」

「え、ノティア様、【瞬間移動(テレポート)】が使えるんですか!?」

瞬間移動(テレポート)】は、遠いところに瞬時に移動できる奇跡のような(せい)級時空魔法だ。

「わたくしからすれば、()()()()が使えない方が意外なのですけれど」

 お師匠様はぷいっとそっぽを向いている。可愛い。

「まぁいいですわ。あの山の――」

 ノティア様が、北の方角にそびえ立つ山々を指差して、

「川がある場所でよいのですわよね?」

「あ、はい」

「では――【赤き蛇・神の悪意サマエルが植えし葡萄の蔦・アダムの林檎――万物解析(アナライズ)】」

 山の上空が、数秒ほど巨大で真っ赤な魔法陣で覆われる。

「見つけましたわ。ではお二方とも、私の腕なり服なりをつかんでくださいまし。【地獄の君主セアルよ・三千世界を瞬く間に移ろう翼の主よ・我を望む場所へ転送し給え】」

 足元に白い魔法陣が浮かび上がり、すさまじい量の魔力が巻き上がる風となる。

「――瞬間移動(テレポート)】!」





 ――――気がつけば、僕らは山中に立っていた。





「……こ、これが【瞬間移動(テレポート)】!」

 かなりの魔力を消費したはずだろうに、隣に佇むノティア様は顔色ひとつ変えていない。
 水の音がする方を見てみれば、目の前に大きめの川が流れていた。

「ほれ、呆けてないでさっさと水を酌むよ」

 お師匠様もまた、急に景色が変わったことに戸惑うでもなく、いつもの調子でそう言った。
「ほれ、呆けてないでさっさと水を酌むよ」

「はい!」

 そこからはお決まりのパターンだ。
 お師匠様が【万物解析(アナライズ)】で川底の地形を確認し、川底から上の部分を選択する。
 その上で【視覚共有(シンクロナイズド・アイ)】でお師匠様の視界を借り、

「【無制限(アンリミテッド)収納(・アイテム)空間(・ボックス)】!」

 果たして、川を流れていた大量の水が視界の限り一瞬で消え、少し経ってから再び上流から流れてくる。

「す、素晴らしいですわ……ッ!!」

 その――僕にとってはもはや見慣れた――光景を見て、ノティア様が全身を震わせながら感動している。

「く、くくくクリス君! 是非、是非我が伴侶に……ッ!!」

 両肩をつかまれた。
 ノティア様の鼻息が荒い。

「ちょちょちょっ! ノティア様、落ち着いて下さい! そういうのは、もっとお互いをよく知ってから――」

「様だなんて、そんな他人行儀に呼ばないで下さいまし! どうぞお気軽に、『ノティア』と呼んで下さい!」

「え、えぇと……」

「さぁ!」

「……の、ノティア」

 ノティア様――じゃなかった、ノティアが全身をくねくねさせて、

「……いい。いいですわぁ」

「なぁ小娘や、いい加減におし。早くしないと日が暮れるって言っているだろう?」

 横からお師匠様の苦情が入る。

「あら、ごめんあそばせ」

 素直に離れるノティア。
 この切り替えの早さは、熟練の冒険者を思わせる。

「じゃ、もう十数回ほど水を酌むよ」

「はい!」


   ■ ◆ ■ ◆


 あっという間に、一生水に困らないんじゃないかってくらいの量が手に入った。

「よし、じゃあ【目録(カタログ)】で中身を確認おし」

「はい! ――【目録(カタログ)】」


 *****
 川の水
 *****


 長押しすると、『水』『魚』『水中昆虫』『小石』『木の葉』『その他ゴミ』と出てきた。

「まずは、水以外をここにぶちまけちまいな」

「はい!」

 言われるがまま、ポチポチとタッチしていって川辺に出していく。虫は気持ち悪いので、できるだけ遠くに出した。

「魚は【収納】しなおしな」

「はい――【収納(アイテム)空間(・ボックス)】」

 大小さまざまな魚が一瞬で姿を消す。

「じゃあ、水を【収納(アイテム)空間(・ボックス)】で濾過する前に、まずは魚でウォーミングアップといこうか」

「水は難しいんですか?」

「ああ、難しい。【目録(カタログ)】を見せてもらってもいいかい?」

「もちろんです」

 言ってお師匠様に【目録(カタログ)】のウィンドウを見せる。

ニジ(レーゲンボーゲン)マス(フォレレ)か! サイズもちょうどいい。ではクリス、こいつを下処理してくれるかい」

「し、下処理……【収納(アイテム)空間(・ボックス)】で、ですか?」

左様(ヤー)

「うーん……」

ニジ(トリュイッ)マス(タルカンシエル)』を長押しすると、『ニジマス』『汚れ』『ぬめり』と出た。
『汚れ』と『ぬめり』を選択すると、地面にべちゃりとぬめついたものが落ちる。

「ほほぅ、【万物解析(アナライズ)】なしでも、ぬめりまで取れるか。が、やはりあくまで見える範囲しか無理なようさね。よしじゃあ――【赤き蛇・神の悪意サマエルが植えし葡萄の蔦・アダムの林檎――万物解析(アナライズ)】からのぉ【念話(テレパシー)】!」

 再び『ニジマス』を長押し。
 すると今度は、『身』『内臓』『骨』『寄生虫』『皮』と出た。

「す、すごい……」

「んじゃ、『内臓』と『寄生虫』と『骨』は捨てて、『皮』は長押ししてみな」

「はい」

 言われた通り『内臓』と『寄生虫』だけ【収納(アイテム)空間(・ボックス)】から取り出して、地面に捨てる。
 『皮』を長押ししてみると、『皮』と『鱗』と『臭み』に。

「『鱗』と『臭み』は捨てよう。あと、『身』にも『臭み』があるようなら捨てちまいな」

「はい」

 言われた通りにする。

「じゃあ出してみな」

 お師匠様が最近いろいろと買ってくれた家財道具の中から適当な机を出し、まな板を出し、その上に『下処理』が済んだ、両手のひらくらいのサイズのニジマスを取り出す。
 依頼遂行中に野宿をしたときなんかは、魚を釣って食べたりもするけれど……ここまでぴっかぴかに磨き上げられ、鱗ひとつないニジマスは初めて見たよ。

「こいつを、頭から尻尾まで真っ二つにする」

「はい――【収納(アイテム)空間(・ボックス)】」

 半身を【収納】し、

「【収納(アイテム)空間(・ボックス)】」

 再び、まな板の上に取り出す。

「これで、ニジマスの三枚おろしならぬ二枚おろしの完成さね」

「「おぉぉぉおおお……」」

 思わず声が出る。
 と、横を見るとノティアも同じように感動しているようだった。

「くんくん……これ、すごいですわね! 川魚と言えば臭みが強いもののはずですのに、まったく嫌な臭いがしませんもの!」

「これが、マスターの誇る七大奥義のひとつ、【お料理(クッキング)収納(・バイ・)空間(アイテム・ボックス)】さね」

 得意げに、お師匠様が言った。
「これが、マスターの誇る七大奥義のひとつ、【お料理(クッキング)収納(・バイ・)空間(アイテム・ボックス)】さね」

 た、確かにこれは奥義かも。世の中の料理人たちを敵に回しそう……というか、絶望させそう。
 っていうか『マスター』とやらの奥義、また出てきたな。

【首狩り収納(アイテム)空間(・ボックス)
洗浄(クリーンナップ)収納(・バイ・)空間(アイテム・ボックス)
お料理(クッキング)収納(・バイ・)空間(アイテム・ボックス)

 あとの4つは何なんだろう?
 まぁ、お師匠様が適当にふかしてる可能性も十分にあるんだけど。

「あの、これ調理させて頂いてもよろしくって!?」

 と、目を輝かせてノティアが言った。

「儂ゃ構わないが、お前さんは?」

「え、僕ですか!? も、もちろん構いませんよ!」

 というか、パーティー解消云々、結婚云々はともかくとして……そのくらいの頼みなら、公女殿下相手に断ることなんて無理だ。

「ではお言葉に甘えて……【念力(テレキネシス)】」

 2枚の半身がふわりと宙に浮く。
 半身はゆっくりと回転しており、ノティアがマジックバッグから取り出した塩と香辛料(コリアンダー)で彩られていく。
 香辛料の王様と言えば黒胡椒だけれど、あれは南方でしか育たないから、この辺りでは超高級品なんだ。
 かく言う僕は、香辛料にうるさい猫々(マオマオ)亭に勤めるシャーロッテから聞きかじったことがあるくらいで、食べたことがない。
 ちなみに猫々(マオマオ)亭で出てくる香辛料はコリアンダーでも胡椒でもなく、花椒とか山椒とかだ。

「【火炎(ファイア)の壁(・ウォール)】」

 ノティアの両手から発生した極小の炎の壁が、ニジマスの半身を両面から熱していく。
 たちまち、ものすごくおいしそうな匂いが漂ってきた。
 ノティアはマジックバッグからお皿を出して、ニジマスの塩焼きを【念力(テレキネシス)】で盛り付ける。
 ナイフとフォークを添えて、

「召し上がれ」

「え、いいんですか? 頂きます!」

「あー……悪いが儂は遠慮しておくよ」

「もぐもぐ……うっま!? あ、ノティア、気を悪くしないでくださいね。お師匠様は小食なんです」

「あら、そうなんですの。じゃあわたくしが頂きますわ。――ぱく。こ、こ、これは美味しいですわ!」

 ノティアが僕の手を取ってくる。

「クリス、わたくしの伴侶兼専属料理人になってくださいまし!」

「えぇぇ……いやいや、料理したのはノティアじゃないですか」

「わたくしは焼いただけですわ。やはり、小骨や鱗はおろか『臭み』まで分離できてしまうあなたの【無制限(アンリミテッド)収納(・アイテム)空間(・ボックス)】がすさまじすぎますわ!」

「…………ごほんっ!」

 お師匠様が不機嫌な様子で咳払いをした。

「お前さん、ここに来た目的を忘れちゃいないだろうね? 魚はあくまで、【目録(カタログ)】による分離の練習代だ。さっさと水の精製をするよ!」

「は、はい! すみませんでした!」

 お師匠様の命令は絶対服従。
 僕は直立不動で返事をする。

「よし、じゃあ儂の【万物解析(アナライズ)】影響下にある状態で、『水』の詳細を見てみな」

「はい! ――んげっ」

『水』『水中昆虫』『寄生虫』『細菌』『小石』『砂』『その他有機物』『その他無機物』……。
 川の水は煮沸させないと飲んじゃいけない、ってのは冒険者の間じゃ常識だけれど……ここまで気味悪いものだったとは!
 なんだよ、『寄生虫』って……。

「じゃ、虫と虫と細菌と小石、砂、その他有機物は捨てちまいな……遠くに」

「はい!」

 森の中の方へ射出した。

「お師匠様、この『その他無機物』? っていうのは捨てないんですか?」

「これがねぇ、水精製におけるキモなのさ」

「はぁ」

「じゃあその『水』を両手の指で長押しして、片方の指を動かしてみな」

「はい? お、おぉおお!?」

『水』が『水』と『水』に分離した。
 分離元の『水』の量は『計測不能』って書いてるんだけど、分離した方の『水』は『1リットル』と書いてある。

「そんなふうにして【目録(カタログ)】の中で好きな量だけ分けることができるのさ」

「すごいですねぇ!」

「お前さんの加護(エクストラ・スキル)さね。んじゃ、少ない方の水から、『その他無機物』を取り除いた上で、飲んでみな」

「はい――【収納(アイテム)空間(・ボックス)】」

 言われた通り1リットルの水から『その他無機物』を地面に捨て、コップをテーブルの上に取り出し、その中に水を注ぎ込む。
 嗅いでみる。匂いは――しない。
 飲んでみる。……ん? んんん?

「なんか変わった味……味? いや、これは味が……しない?」

「超純水だからねぇ!」

「超純水?」

「そう。普通の水ってのは、ミネラル――超微細な鉱物が含まれていて、水の味ってのはその、ミネラルの味なんだよ。ミネラルの中にはナトリウム――塩が入っているからね」

「へぇ……?」

「この国の知識水準じゃあ、ちと難しかったかねぇ。まぁとにかく、ミネラルの入っていない水は美味しくないし、何より飲み続けているとミネラル不足になって、体調を崩しちまうんだ」

「――え!?」

「あぁ、一口飲んだくらいじゃ何も影響はないから心配しなさんな。儂がお前さんの体調を害するようなことをするわけないだろう?」

「――――……」

 毎晩の『魔力養殖』でしこたま吐かされてるんですが……。
 おかげで最近は、お風呂とご飯の前に魔力養殖の時間を持ってくるようになった。

「というわけで、その水はもう捨ててしまって、残りの方の水を長押ししてみな」

「はい」

目録(カタログ)】の『水』を長押しし、『その他無機物』をさらに長押しすると、果たして『ミネラル』と『その他』と表示された。

「よし、『その他』を捨てれば最高の飲み水の完成さね」

 こうして僕は、一生困らない量の飲み水を手に入れた。