身なりを整えた二人の男と遥は、畳部屋の円卓を挟んで向き合った。
「それじゃあ、改めて自己紹介を。俺がこの劇団拝ミ座団長の御護守雅。こっちが衣装メイク担当の瑠璃川和泉」
「どうも」
目の前に腰を据えた雅はにっこりと嬉しそうに微笑み、和泉という黒髪の男は口数も少なく表情を変えない。
真逆のタイプのイケメンだな、と遥は思った。
「はじめまして。えっと、私の名前は」
「ああ、いいよ。君の名前の紹介は、ひとまず置いておこう」
「え?」
「君はまだ、俺からの申し出を了承したわけじゃあない。もしも断りの返事に来たのなら、これ以上俺たちと関わる必要はないからね」
さも当然という口ぶりだった。
申し出を受けないのならば、安易に名前を明かされる必要はないということだろう。
一見軽薄な空気も、もしかしたら遥が返答もしやすいようにという配慮なのかもしれない。
「ではその。お答えする前に一つ、確認させていただいてもいいでしょうか」
「もちろん。喜んで」
「お二人は、その、ヤクザさん? ではないんですよね……?」
勇気を振り絞って、遥は尋ねた。
今はシャワー後だからか、先ほどまでのオールバックヘアーは二人ともきれいに下ろされている。
しかし、先ほど建物前で目にした彼らの姿は、どう考えてもそっちの方々の風貌だった。
神妙に尋ねた遥に、目の前の二人は押し黙る。
次の瞬間、雅が大きく吹き出した。
「ぶっ、ははは! あーなるほど。確かに出会い頭であの格好じゃ、そう思われても仕方ないかあ」
「ヤクザじゃねえよ。あれは拝ミ座の活動の一環だ」
「か、活動の一環?」
続く話によると、先ほどの格好は別件での情報収集のためだったらしい。
劇団を名乗るだけあり、この建物には多種多様な衣装道具が揃っている。
劇団拝ミ座の活動に必要とあらば、別人に扮して情報を集めるのも大切な仕事の一つなのだという。
憂いごとがひとまず解消され、遥はこっそり息を吐いた。
赴いた場所が実はヤクザの事務所でした、なんて急転直下の展開はどうやら回避できたようだ。
「安心したかな」
先ほどまで笑っていた雅が、穏やかな微笑を称えこちらを見据える。その真っ直ぐに澄んだ瞳に、遥はまた一瞬怯みそうになった。
騙されているんじゃないか。
ていよく悪事に利用されるんじゃないか。
お金をむしり取られるんじゃないか。
ここに来るまでの間に何度も浮かんだ悪い予感は、もちろん全て消えたわけではない。
それでも意を決し、遥は鞄から取り出したあるものをそっと卓上に置いた。
「遅くなりました。まずは、こちらをあなたにお返しします」
「うん。ありがとう」
答えた雅が、静かにそれを受け取る。
小箱に入れられたそれは、先日渡されていた指輪だった。
返答と引き換えに持ってきてほしいと言われていた、大切な指輪だ。
どきどきと逸る心音を聞きながら、遥はすっと息を整える。
「この指輪は、亡くなった花嫁さんの持ち物なんですね。今年の春に亡くなった、藤野綾那さんの……」
「え?」
遥の言葉に、雅と和泉は揃って目を見開いた。
「君、どうして花嫁の名を?」
「信じてもらえるかはわかりませんが……実は私、物に籠められた想いや記憶を感じ取れることがあるんです」
どうやら自分は他の人とものの受け取り方が違うらしい。
そう気づいたのは高校生のころだっただろうか。
自分の妄想とばかり思っていたそれらは、相手から実際に流れ込んできた感情や記憶らしいと、ある日気づいた。
大人になるにつれて、その不思議な力ともうまく折り合いがつけられるようになってきたのは幸いだった。
それでも、時折遥の意志にかかわらず誰かの感情が流れ込んでくることもある。
久しぶりのそれが、昨日のウエディングドレスからの声だったのだ。
「昨日、夢を見ました。きっとこの指輪から伝わった夢だろうと思います。その夢の中で、持ち主の花嫁さんの記憶を少しだけ見ることができました」
突然こんな話をされたら、たいていの人は呆気にとられるか困惑するだろう。
しかし雅と和泉は表情を変えず、遥の話に耳を傾けてくれている。
その事実に、遥の胸の奥にじんと温かな熱が帯びた。
──協力者には、他者に寄り添う共感力と深い優しさが必要不可欠だ。君にはそれがある。
自覚して以降、ずっとひた隠しに指摘たこの不可思議な力。
もしかしたら、この力で誰かの役に立つことができるのかもしれない。
幸せな日々を突然絶たれた花嫁のために、ほんの少しでも力になれるのかもしれないのだ。
「花嫁さんの代理人役、お引き受けしたいです。是非、私にやらせてください……!」
頬に集まる熱を感じながら、遥ははっきりそう告げた。
逸る胸の鼓動を聞きながら、二人の返答をじっと待つ。
しかし向けられる言葉はなかなか届かず、遥は知らずに閉ざしていたまぶたを恐る恐る開けた。
「あ、あの……?」
「怖くないの?」
「え?」
雅から向けられていたのは、じっと真意を見定めるような眼差しだった。
「自分の身体の中に、他人の霊が入るんだよ。頼んでおいて可笑しな話だけど、一般的にかなり抵抗がある話だよね?」
言われてみれば確かにそうだ。
冷静な指摘を受け、ますます頬に熱が集まっていく。
「す、すみません。ええっと、その」
「うん」
「ちょっとそこまで、考えていませんでした……っ」
「…………ぷっ」
吹き出す気配に、遥はきょとんと目を丸くする。
とうとう我慢しきれなくなったとでもいうように、雅は口元に手を添え豪快に笑い出した。
「あ、あのう……雅さん?」
「あー、いや、ごめんね。想像以上に素敵な人を見つけることができたなあって、ついはしゃいじゃったよ」
「え……」
素敵な人。
それは自分のことだろうか。
いったいどこを取ってそう評してもらえたのかわからず、遥は首を傾げた。
「せっかくの申し出に、水を差すようなことを言ってごめんね。ただ、事前に話すべきことだから。俺らが君に頼もうとしているのは、被憑依者として身体を借りること。そのときにどこまで君自身の意識が保持できるのかは、実際に霊を下ろしてみないと分からないんだ」
丁寧に説明していく雅に、遥はなるほどと頷いた。
身体と霊との相性もあるかもしれないし、百発百中でうまくいくとは限らないことなのだろう。
「そして下ろす霊の中にも、性根の善し悪しがある。身体を乗っ取って悪さをしてやろう、なんて悪巧みをする霊もいる」
「そうですよね。生きている人間でも、いい人も悪い人もいますもんね」
「はは、まさにその通りだね」
遥の相槌に、雅が肩を揺らした。
「でも、心配いらないよ。そういう悪い霊はこちらで事前に振り分けているし、こう見えてお兄さん、霊力はなかなか強い方だから?」
「自分で言うな」
ずっと後ろで黙っていた和泉が、ため息とともに突っ込みを入れる。
「だから心配しないで。君のことは、俺が命を懸けて守るから」
「……!」
さらりと告げられた言葉に、遥の心臓がどきんと打ち震える。
単に美形の異性からの言葉にときめいただけではない。
今の言葉に、ただの励ましではない本気の響きを感じたのだ。
「私の名前は、小清水遥です。雅さん、和泉さん、どうぞよろしくお願いします」
「それじゃあ、改めて自己紹介を。俺がこの劇団拝ミ座団長の御護守雅。こっちが衣装メイク担当の瑠璃川和泉」
「どうも」
目の前に腰を据えた雅はにっこりと嬉しそうに微笑み、和泉という黒髪の男は口数も少なく表情を変えない。
真逆のタイプのイケメンだな、と遥は思った。
「はじめまして。えっと、私の名前は」
「ああ、いいよ。君の名前の紹介は、ひとまず置いておこう」
「え?」
「君はまだ、俺からの申し出を了承したわけじゃあない。もしも断りの返事に来たのなら、これ以上俺たちと関わる必要はないからね」
さも当然という口ぶりだった。
申し出を受けないのならば、安易に名前を明かされる必要はないということだろう。
一見軽薄な空気も、もしかしたら遥が返答もしやすいようにという配慮なのかもしれない。
「ではその。お答えする前に一つ、確認させていただいてもいいでしょうか」
「もちろん。喜んで」
「お二人は、その、ヤクザさん? ではないんですよね……?」
勇気を振り絞って、遥は尋ねた。
今はシャワー後だからか、先ほどまでのオールバックヘアーは二人ともきれいに下ろされている。
しかし、先ほど建物前で目にした彼らの姿は、どう考えてもそっちの方々の風貌だった。
神妙に尋ねた遥に、目の前の二人は押し黙る。
次の瞬間、雅が大きく吹き出した。
「ぶっ、ははは! あーなるほど。確かに出会い頭であの格好じゃ、そう思われても仕方ないかあ」
「ヤクザじゃねえよ。あれは拝ミ座の活動の一環だ」
「か、活動の一環?」
続く話によると、先ほどの格好は別件での情報収集のためだったらしい。
劇団を名乗るだけあり、この建物には多種多様な衣装道具が揃っている。
劇団拝ミ座の活動に必要とあらば、別人に扮して情報を集めるのも大切な仕事の一つなのだという。
憂いごとがひとまず解消され、遥はこっそり息を吐いた。
赴いた場所が実はヤクザの事務所でした、なんて急転直下の展開はどうやら回避できたようだ。
「安心したかな」
先ほどまで笑っていた雅が、穏やかな微笑を称えこちらを見据える。その真っ直ぐに澄んだ瞳に、遥はまた一瞬怯みそうになった。
騙されているんじゃないか。
ていよく悪事に利用されるんじゃないか。
お金をむしり取られるんじゃないか。
ここに来るまでの間に何度も浮かんだ悪い予感は、もちろん全て消えたわけではない。
それでも意を決し、遥は鞄から取り出したあるものをそっと卓上に置いた。
「遅くなりました。まずは、こちらをあなたにお返しします」
「うん。ありがとう」
答えた雅が、静かにそれを受け取る。
小箱に入れられたそれは、先日渡されていた指輪だった。
返答と引き換えに持ってきてほしいと言われていた、大切な指輪だ。
どきどきと逸る心音を聞きながら、遥はすっと息を整える。
「この指輪は、亡くなった花嫁さんの持ち物なんですね。今年の春に亡くなった、藤野綾那さんの……」
「え?」
遥の言葉に、雅と和泉は揃って目を見開いた。
「君、どうして花嫁の名を?」
「信じてもらえるかはわかりませんが……実は私、物に籠められた想いや記憶を感じ取れることがあるんです」
どうやら自分は他の人とものの受け取り方が違うらしい。
そう気づいたのは高校生のころだっただろうか。
自分の妄想とばかり思っていたそれらは、相手から実際に流れ込んできた感情や記憶らしいと、ある日気づいた。
大人になるにつれて、その不思議な力ともうまく折り合いがつけられるようになってきたのは幸いだった。
それでも、時折遥の意志にかかわらず誰かの感情が流れ込んでくることもある。
久しぶりのそれが、昨日のウエディングドレスからの声だったのだ。
「昨日、夢を見ました。きっとこの指輪から伝わった夢だろうと思います。その夢の中で、持ち主の花嫁さんの記憶を少しだけ見ることができました」
突然こんな話をされたら、たいていの人は呆気にとられるか困惑するだろう。
しかし雅と和泉は表情を変えず、遥の話に耳を傾けてくれている。
その事実に、遥の胸の奥にじんと温かな熱が帯びた。
──協力者には、他者に寄り添う共感力と深い優しさが必要不可欠だ。君にはそれがある。
自覚して以降、ずっとひた隠しに指摘たこの不可思議な力。
もしかしたら、この力で誰かの役に立つことができるのかもしれない。
幸せな日々を突然絶たれた花嫁のために、ほんの少しでも力になれるのかもしれないのだ。
「花嫁さんの代理人役、お引き受けしたいです。是非、私にやらせてください……!」
頬に集まる熱を感じながら、遥ははっきりそう告げた。
逸る胸の鼓動を聞きながら、二人の返答をじっと待つ。
しかし向けられる言葉はなかなか届かず、遥は知らずに閉ざしていたまぶたを恐る恐る開けた。
「あ、あの……?」
「怖くないの?」
「え?」
雅から向けられていたのは、じっと真意を見定めるような眼差しだった。
「自分の身体の中に、他人の霊が入るんだよ。頼んでおいて可笑しな話だけど、一般的にかなり抵抗がある話だよね?」
言われてみれば確かにそうだ。
冷静な指摘を受け、ますます頬に熱が集まっていく。
「す、すみません。ええっと、その」
「うん」
「ちょっとそこまで、考えていませんでした……っ」
「…………ぷっ」
吹き出す気配に、遥はきょとんと目を丸くする。
とうとう我慢しきれなくなったとでもいうように、雅は口元に手を添え豪快に笑い出した。
「あ、あのう……雅さん?」
「あー、いや、ごめんね。想像以上に素敵な人を見つけることができたなあって、ついはしゃいじゃったよ」
「え……」
素敵な人。
それは自分のことだろうか。
いったいどこを取ってそう評してもらえたのかわからず、遥は首を傾げた。
「せっかくの申し出に、水を差すようなことを言ってごめんね。ただ、事前に話すべきことだから。俺らが君に頼もうとしているのは、被憑依者として身体を借りること。そのときにどこまで君自身の意識が保持できるのかは、実際に霊を下ろしてみないと分からないんだ」
丁寧に説明していく雅に、遥はなるほどと頷いた。
身体と霊との相性もあるかもしれないし、百発百中でうまくいくとは限らないことなのだろう。
「そして下ろす霊の中にも、性根の善し悪しがある。身体を乗っ取って悪さをしてやろう、なんて悪巧みをする霊もいる」
「そうですよね。生きている人間でも、いい人も悪い人もいますもんね」
「はは、まさにその通りだね」
遥の相槌に、雅が肩を揺らした。
「でも、心配いらないよ。そういう悪い霊はこちらで事前に振り分けているし、こう見えてお兄さん、霊力はなかなか強い方だから?」
「自分で言うな」
ずっと後ろで黙っていた和泉が、ため息とともに突っ込みを入れる。
「だから心配しないで。君のことは、俺が命を懸けて守るから」
「……!」
さらりと告げられた言葉に、遥の心臓がどきんと打ち震える。
単に美形の異性からの言葉にときめいただけではない。
今の言葉に、ただの励ましではない本気の響きを感じたのだ。
「私の名前は、小清水遥です。雅さん、和泉さん、どうぞよろしくお願いします」