お見合い結婚します―でもしばらくはセックスレスでお願いします!

(12月第1金曜日)
先週も布団に入れてもらった。あれからいろいろ考えていたが、ようやく心が定まった。亮さんの部屋のドアをノックする。

「はい?」

「入っていいですか?」

「どうぞ」

私は部屋に入るとすぐに亮さんの布団の中に身体を滑り込ませた。そしていつものように背中を向けた。

「撫でてもらっていいですか?」

「もちろん、喜んで」

「お願いします」

亮さんが撫で始めると私は話し始める。

「母に電話して聞いてみたんです。父との最初の夜、どんな気持ちだったかって。そうしたら、自分が信じて結婚を決めたのだからすべて父に任せようと思っていた。そして、とても幸せだったと言っていました。それから今頃何でそんなことを聞くの? と言われました」

「それで何と答えた?」

「知りたくなったからと答えました。母は薄々察したかもしれません。あなたが信じて結婚を決めた人でしょう、すべて任せて受け止めて貰えばいいのよと言われました。聞いてもらえますか、今までお話ししなかったことがあります」

「聞くよ、何でも話して」

「私、高校2年の時、同じクラスの男の子が好きになって、彼も私のことを好きになってくれて、いつも一緒にいたんです。秋の日に彼の家へ行って一緒に宿題をしていたんです。

すると、突然彼が私に抱きついてきて、キスして、私はそんなこと思ってもみなかったので、抵抗したんですけど、すごい力で組み敷かれてしまいました。

しばらくもがいていたのですが、あそこに痛みが走ったので、思い切り力を出してはねのけて、逃げだしました。

あそこに何かついていたので、家に帰ってお風呂で洗いました。彼がそんなことするなんて思ってもみなかったので、すごく悲しかった。

翌日、学校に行くと彼はすぐに私のところへきて謝ったけど、もう話すのも顔を見るのもいやでそれからは口もききませんでした」

「それで男性不信になったのか?」

「それから男の人とは普通のお付き合いができなくなりました」

「よっぽどショックが大きかったんだね。理奈さんと初めて会った時に僕が感じた寂しそうな何かというのはこれだったのかもしれないね。2回目に会った時にセックスレスだなんておかしなことを言うので、何か嫌なことがあったのではないかと思っていたけどね」

「あのときは何も聞きませんでしたね」

「それはそうだろう、あなたはバージンですか? と聞くのと同じだろう」

「そうですね。そんなこと聞かれたらきっと私はお断りしていました」

「僕も断られたくないから何も聞かなかった」

「気にはならなかったですか?」

「気にならないといえば、嘘になるかもしれない」

「ごめんなさい、黙っていて、あの約束をした時にお話ししておけばよかったと思っています」

「でもそんなことがあったとしても、本人しか知らないことだろう。黙っていれば分からないことだ。知らせないことや知らない方が良いこともあると僕は思っている」

「理奈さんはずっと気にしていたの?」

「はい、いずれすれば分かるかなと思っていました」

「同居を始めた時すぐにざっくばらんに聞けばよかったかな? なぜ派遣社員になったのかを聞いたように」

「その時に聞かれたらお話ししていたと思います」

「僕はあの時、やはり聞かないでおいた方がよいと思った」

「ずっと黙っていた私が嫌いになりましたか?」

「いいや、何でそういうことを聞くのかな。始めから何か嫌なことがあったかなと思っていたし、それを承知で結婚式もあげて一緒に住んでいる。それに今までずっと理奈さんと気持ちを通じ合って、早く僕のものにしたいと思っている。嫌いになる訳がない」

「こうして私を撫でていて、私がほしくならないのですか?」

「そう思って撫でていた。こうしていると、押さえつけてでも、縛り付けてでも、僕のものにしてしましたいという衝動にかられる。でも今、理奈さんのその何かが分かったから、それは決してしないでおこうと思う。理奈さんを絶対に失いたくないから。あの約束をした時に、そんなことをしたらすぐに離婚しますと言ったけど、その意味と気持ちが良く分かった」

「してください。今すぐに」

「ええ、何て言った?」

「してください」

「いいのか?」

「はい、お願いします。でも避妊はしてください。まだ、子供を産む覚悟ができていませんから」

「分かった」

亮さんは私の気が変わらないうちにと思ったのか「こっち向いて」と私の身体の向きを変えさせた。そして、両手を頬に充てて、ゆっくりと私の唇の感触を確かめるようにキスをした。私はどうしてよいかわからず目をつむってただ受け入れる。

いつものように亮さんは背中を撫でてくれる。段々と体の力が抜けて来る。心地よい。もう亮さんに任せるほかはない。力が抜けてゆく。心地よい。

痛みが走った。あの時の痛み、いやもっと痛い。亮さんの右手を掴んでいたので強く握りしめた。痛いのが分かったみたいで、亮さんが動きを止めてくれた。

私は亮さんに抱きついた。すると亮さんが動きだす。痛い! 我慢する。

でも耐えられなくなって、力一杯手を握った。亮さんは気が付いて身体を離してくれた。ほっとしたのと同時に涙があふれてきた。亮さんの胸に顔をうずめる。

そんな私をいたわるようにそっと抱いてくれる。幸せな気持ちでいっぱいになる。もう涙が止まらない。

亮さんは何も言わずに私の髪を撫でていてくれる。身体から力が抜けて行く。眠りたい。このまま眠りたい。いつの間にか眠ったみたい。

明け方だったと思う。薄明るくなっている。時間は分からない。亮さんの腕の中にいる。亮さんは眠っているみたいで、力が抜けている。

胸から顔をあげて亮さんの顔を見上げる。やっぱり眠っているみたいだ。しばらく顔を見ていたい。見上げて見ているその寝顔は柔和だ。きっと人柄が出ているんだ。じっと見ている。

亮さんが下を向いて突然目を開けたので、二人の目が合った。亮さんは私をじっとみつめている。照れくさいし、恥ずかしくて顔を見ていられない。亮さんは私のおでこにそっとキスしてくれた。

「薄明るくなって、すぐに目が覚めました」

「起こしてくれてもよかったのに」

「亮さんの顔を見ていたかったのです」

「昨晩はありがとう」

「こちらこそありがとうございました。うまくできましたか? よく分からなくて」

「ああ、できたよ」

「よかった」

「もう一度してみる?」

「いいえ、もうだめです。今も痛みがあって」

「ごめん、痛がっているのは分かっていたけど、止める訳にはいかないと思って」

「それでよかったです。我慢しましたから」

「我慢してくれているのは分かっていた。ありがとう」

「このまま、ずっとこうしていたいけどいいですか?」

「今日は土曜日だからこのままでゆっくりしよう」

「今日、入籍していただけませんか? 婚姻届けはいつでも受け付けてもらえるそうですから」

「そうだね、今日12月2日を結婚記念日にしよう。できるだけ早く役所に行こう」

私が亮さん抱きついたら亮さんも私をしっかり抱き締めてくれた。いい感じ。ようやく結ばれた。二人抱き合ったまま、またまどろむ。

気が付くとすっかり夜が明けていた。お腹の鳴る音が聞こえた。

「お腹が空いたね」

「誰かのお腹が鳴りましたね」

「そろそろ起きようか? 気が済んだ? これからは理奈さんが望むだけ可愛がってあげる」

「はい」

私は裸のままパジャマと下着を抱えて自分の部屋に戻った。それからしばらく自分の布団に横になって、幸せをかみしめた。よかった、勇気を出して決心して。
(12月第1土曜日)
私はいつものように朝食を準備する。亮さんが身繕いをしてテーブルにつく。私は浮き浮きしている。こんなに浮き浮きするのは始めてだ。

そんな私を亮さんは時々チラ見している。亮さんは目が合うとニコッと笑ってくれる。

「10時になったら役所にでかけようか、書類を確認しておくから」

「分かりました」

後片付けを終えると、ソファーに座っている亮さんの隣に座る。甘えたい気分だ。寄りかかって身体を預ける。亮さんは手を握ってくれた。それが嬉しい。

丁度10時に区役所に二人で出かけた。書類はすべてそろっていたので、すぐに受理された。亮さんは必要となるかもしれないと言って受理証明書をもらっていた。

帰りに公園を散歩した。私は二人きりになりたかったので、家に帰ろうと言った。家に着くと二人共ひと仕事終えた気分になってほっとした。ソファーに座ってお互いによりかかる。

「そうだ、指輪、結婚指輪をしよう!」

「そうですね、入籍して正式な夫婦になったのですから」

二人はそれぞれの部屋に戻って、大切にしまってあった結婚指輪を持ってきた。そして結婚式の時のようにお互いの指にはめた。それから、どちらからともなく自然にキスをした。

ようやく夫婦になれたと思った。二人の絆が少しずつ強くなっていく。新婚ってこんな感じなのだろうと初めて思った。

ここまで来るのに亮さんには随分我慢をしてもらった。私のこだわりのせいだった。でも時間が解決してくれた。

実際は亮さんの私への働きかけの努力によるものが大きい。私は亮さんに努力すると約束したけど、あまり積極的ではなかったように思う。

お昼はサンドイッチを作った。亮さんはドリップで二人分のコーヒーを入れてくれた。私は亮さんの顔をじっとみている。

「そんなにじろじろみてどうしたの」

「今まで余り顔を見ていなかったから」

「ええ、そうなの」

「じっと正面から見たことがなかった」

「そういえば僕も理奈さんをじっと見つめることはなかったように思う。じっと見ると緊張するみたいだったから」

「すみませんでした。気を遣わせて」

「でも、後ろや横からはいつもじっと見ていた。綺麗で、可愛いなと思って」

「気が付きませんでした。これからは好きなだけ見つめてください」

「そうしよう」

「今日は結婚記念日だから外で食事しないか? 雪谷大塚においしいイタリアンレストランがあるから。一度しか行ったことがないけど、料理はおいしい」

「そうですね。連れていって下さい」

亮さんはすぐに電話して6時に予約を入れた。

◆ ◆ ◆
丁度6時にレストランに着いた。開店したばかりで、誰もいなかった。窓際の席に案内された。

「外で夕食を食べるのは2回目ですね」

「もっと連れて来て上げればよかった。毎日夕食を作ってくれるので甘えてしまっていた」

「いいえ、お家で食べるのが好きなんです。落ち着いて食べられますから」

「準備も後片づけもいらないからたまにはいいんじゃないかな」

「そういえば亮さんも外食はあまりしていないと言っていましたね」

「理奈さんはもう分かっていると思うけど、僕は晩酌をしないと緊張が解けない方なんだ。だから外食しないで家で食べて飲んでいることが多かった。外で食べて飲むと帰るのが辛いし、せっかく酔いが回っていい気持になっているのに帰るのもおっくうだからね」

「でも亮さんは家で飲んでも乱れたことがないですね」

「そんなに多くは飲まないし、それに理奈さんがいると緊張して酔わないんだ」

「酔ってもいいですよ」

「でも酔ったらきっと嫌われる」

「酒乱なんですか?」

「そんなことはないけど、理奈さんがいやがることをしそうで」

「嫌がることって?」

「抱き締めたり、キスしたり」

「それくらいならかまいません」

「それを聞いて安心した」

「でもやっぱり酔っ払わないでください」

「分かっている」

料理が運ばれて来た。まずアペタイザーだ。

「せっかくだからアルコールを頼んでいい?」

「いいですよ」

「じゃあ、赤ワインをグラスで注文するから、理奈さんも少し飲んでみない?」

「せっかくの記念日ですから私もいただきます」

「赤ワインをグラスで二人に!」と注文してくれた。すぐに運ばれて来た。

「ちょっとだけ飲んでみて、美味しいから」

一口飲んでみるととてもおいしい。

「とっても美味しい。お料理に合いますね」

料理がどんどん運ばれてくる。食事しながら会話が弾んで楽しかった。私は勤め先のことや学生時代のことなど何でも話した。亮さんも学生時代や研究所時代のことを話してくれた。二人の間にあった見えない垣根がなくなっていくのが嬉しかった。

会話がはずんだのはよかったが、私はワインのグラスを空けてしまったのに気が付いた。弱いけど大丈夫だろうとその時は思った。でも大丈夫ではなかった。

すごく機嫌よくおしゃべりをした。そしてデザートを食べ終わるころには眠くなってきた。

「大丈夫? 少し酔った?」

「大丈夫です。とっても気持ちいいです」

立ち上がろうとしたら,脚がふらついた。亮さんが支えてくれる。

「大丈夫です」

「車を呼んでもらおう」

それからの記憶があまりない。抱えられて歩いて部屋に寝かされた。ほっとして亮さんに抱き付いたような気がする。そして抱き締められて、とても嬉しかったのは憶えている。夢を見ているようだった。

◆ ◆ ◆
(12月第1日曜日)
朝、ドアをノックする音で目が覚めた。もう9時を過ぎている。布団に寝ているが、着替えていないのに気が付いて、飛び起きた。

「キャー」

「どうした? 大丈夫か?」

「私はどうしたんですか? パジャマに着替えていないけど」

「昨日、レストランでワインを飲んで泥酔したのでタクシーに乗せて帰ってきた。それで上着だけ脱がせて寝かせてあげた」

「すみません、あまり覚えていません」

私は部屋着に着替えてからバスルームで身繕いをしてテーブルに着いた。その時はもう私は落ち着きを取り戻していた。亮さんは自分で作ったミックスジュースを飲んでいた。

「ごめん、昨日は無理にワインを飲ませてしまって」

「いいえ、とても話が楽しかったので、知らないうちに全部飲んでしまいました」

「どこまで覚えている?」

「デザートが出てきたのを覚えていますが、あとは断片的にしか記憶がありません」

「僕に抱きついてキスしたことは?」

「私に限ってそんなことはしないと思いますが」

「僕の酔っ払った経験では何となく覚えているけどね」

「そういわれると、そんなことがあったような、嬉しくなって抱きついてキスしたような」

「理奈さんは酔っ払っていたけど、抱きつかれてキスされて嬉しかった。それに大好きといってくれた。間違いなく本心だから」

「きっと無意識にそうしたかったのだと思います」

「それならなおさら嬉しい」

「私も亮さんなら酔っ払って抱き付かれてキスされてもいいです」

「そういってくれて、飲ませたかいがあった」

「でも、醜態を見せるのは今回限りとします。もう絶対に飲みません。しらふで抱きついてキスしますから」

「それならなおさらいうことはない」
(12月第1日曜日)
私は二日酔いにはならなかった。「まあ、グラス1杯のワインで二日酔いはないだろう」と亮さんは言っていた。

今日は二人でのんびり公園を散歩してから、家で過ごした。亮さんがいつも言っているように、今が一番いい時、私にもそう思えた。

「今日の夕食は早めに作ります」といって私は料理を始めた。6時には二人でテーブルに着いていた。

夕食はオムライスにした。大井町のレストランで食べたオムライスがおいしかったので、工夫してみた。亮さんは私の味つけがいいと褒めてくれた。亮さんは休日にはビールを飲まないことにしているみたい。

私が後片付けをしている間に亮さんはコーヒーを入れる準備をする。お湯を沸かして豆を二人分ミルで挽く。テレビを見ながら待っていてくれる。私がソファーに座るとコーヒーを入れ始める。私は黙ってそれを見ている。

「確かに茶道に通じるところがありますね」

2杯分できると1杯を私の前に置く。私はゆっくり一口飲んでみる。

「おいしい」

「よかった。今のこの時間が好きだ。いつも今が一番いい時に思える」

「このまえもそう言っていましたね。これまでもそうだったのですか?」

「もちろん。理奈さんが僕の入れたコーヒーを喜んで飲んでくれていた。そして美味しいと言ってくれた」

「そんなことで一番いい時に思えるんですか?」

「それ以上に何がある?」

「私を抱き締めるとかは、したくなかったのですか?」

「それはあとの楽しみにしておけばいい。その時はそれでベストだった。欲張らないで現状で満足する。そうすると今が一番と思えてくる。いつでもすべてが自分の都合のよいことばかりではないだろう。いつでも良いことと面白くないことがモザイクになっている。そうは思ないか?」

「確かにそうです。すべてうまくいっている時なんかないですよね。そしていつも移り変わっている。うまくいっていなかったことがうまくいき、順調だったことが不調になる。いつも入れ替わっています」

「それでも、きっと今が一番なんだ。そして今日の今は今しかない。昨日の今は昨日しかなかった」

「確かに今日の今は今しかないですね」

「それに、幸せなんて心の持ちようだ。幸せと思うと幸せなんだ。不満があって不幸だと思えば不幸なんだ。人間なんて欲望のかたまりで、ひとつ不満が解消するとまた別の不満が生まれてくる。人間の欲望には限りがない」

「私はずっと不幸だと思っていました。いつも何か不満があったのかもしれません」

「はたから見ると随分幸せそうに見えるけどね」

「そんなものなんですね」

「今は?」

「亮さんが私の不満を取り除いてくれました」

「それで幸せを感じている? 新たな不満が生まれていない?」

「不満じゃないですけど、してほしいことができてきました」

「ええ、何?」

「へへ……今晩も可愛がってほしいです」

「もちろん」

私が抱きつくと強く抱き締めてくれる。

「今夜は私の部屋で寝てください」

「お布団を持っていく?」

「私のお布団で一緒に寝てください」

「そうしよう」

今日は私が先にお風呂に入った。それから部屋で寝る準備をした。今日は色っぽいネグリジェにした。下着はつけなかった。

明かりを暗くして待っていると亮さんがドアをノックする。「どうぞ」と答える。

亮さんが入ってきた。いつもと様子が違うので驚いているみたい。私は布団の上で正座して頭を下げる。

「不束者ですがよろしくお願いします」

「どうしたの、改まって、新妻の初夜の挨拶みたいだね」

「入籍して初めてですから、言ってみたくなっただけです」

「こちらこそよろしくお願いします」

亮さんは我慢できなくなったみたいで私を抱き寄せた。私も抱き付く。亮さんが私を撫で始める。私は身体の力が抜けて来てうっとりとなすがままになっている。

やはり痛かった。掴まれている右手を強く握ってそれを伝える。今日はほどほどに身体を離してくれた。でも私は亮さんに抱きついたまま離れない。

それで亮さんは私を後ろに向かせて後ろから抱き締める。亮さんは布団の中で面と向かうと照れくさいらしい。

「辛そうなので、やはり最後までできなかった」

「ごめんなさい。我慢したのに」

「初めてだと普通にできるようになるまで1週間くらいはかかると同期の友達が言っていた」

「そんなこと聞いたのですか?」

「いや、自慢げに話していたから」

「その意味が僕にもようやく分かった。可愛くて愛しくて、可哀そうで無理になんてとてもできなかったんだと」

「私は初めてではありません」

「初めてと同じだ。その証拠に未だにうまくできていない。それに」

「それに?」

「シーツに出血の跡があった」

「そうなんですか?」

「想像するに、理奈さんが話してくれたその時のことだけど、女の子が嫌がっている時に力ずくでしようとしてもできるものじゃないと思う。せいぜい入口までで、彼は興奮してもらしてしまったのだと思う」

「そう言われればそうかもしれません。あの時とは痛みが違います」

「だから、理奈さんはバージンと同じだ。直感的に分かる。間違いない」

「嬉しいような、恥ずかしいような複雑な気持ちです」

「僕は嬉しい。自分が初めての男だと思うとそれは嬉しい」

「でも1週間もかかるのですか?」

「分からないけど、同期はそれくらいかかったそうだ」

「我慢して頑張ります」

「頑張らなくてもいい、我慢もしなくていい、自然でいいから。僕は気が長いほうだから、1か月かかっても良いと思っている。ここまで来るのにさえ随分時間がかったから」

「分かりました」

「少しずつできるようになればいい。その方が長く楽しめる」

「楽しむんですか?」

「少しずつ絆が強くなっていくのを楽しみたい。こんな素敵で楽しいことはほかにないと思わないか?」

「ちょっと苦痛です」

「そのうち絶対に良くなるから。でも同期が注意するように言っていた」

「なんて?」

「良さを覚えさせると後が大変だと」

「どういう意味ですか?」

「言ったとおりだけど」

「そうなればいいんですけど」

「楽しみにしていればいいよ」

亮さんが私を後ろから強く抱きしめる。私は腕を掴んでいる。

「目覚ましをかけるのを忘れていました」

私は枕元の目覚ましをセットしてまたもとのように背を向けた。後ろから抱き締められる。

「こうして抱いてもらうとぐっすり眠れます。おやすみなさい」

「おやすみ」

長くて短い週末が終わった。
(12月第3水曜日)
亮さんは「今日は同期と飲むから夕食はパスします」といって出勤した。もう風俗にいったりしないことは分かっている。

10時少し前に帰ってきた。すぐに玄関まで迎えにいった。私の顔を見ると嬉しそうに笑ってくれた。

「おかえりなさい」

「ただいま。少し疲れた」

亮さんの口から「疲れた」と言うのを聞いたのは初めてだった。確かにとても憔悴して疲れているように見える。あの笑顔は私を見て本当に嬉しかったのだと思う。

「お風呂、大丈夫ですか?」

「大丈夫だ。心配してくれてありがとう。一息ついたらすぐに入るから、もう休んで」

いつものように私を気遣ってくれる。ありがたいけど亮さんのことが心配になる。ソファーに坐ったのでお茶を入れてあげる。

亮さんは一休みしてからバスルームへ入った。私はソファーで上がるのを待っている。でもお風呂の亮さんのことが気にかかる。

「お背中流しましょうか?」

浴室の外から聞いてみる。少し間があった。

「悪いけど流してくれる?」

それを聞いて私はパジャマを脱いで裸になった。そして浴室へ入った。亮さんは頭を洗っていた。

顔をあげて私が裸になっているのに驚いたみたい。私はもう亮さんに裸を見られるのは慣れた。浴室は明るくて恥ずかしいけど、それよりも背中を流してあげたかった。

タオルに石鹸をつけて、背中を洗いはじめると、亮さんは気持ちよさそうだ。よかった、喜んでもらえて。

今まで亮さんにしてもらうばかりで私は何もしてあげられなくて申し訳ない気持ちでいっぱいだった。でもこんなことならいくらでもしてあげられる。これで喜んでもらえるなら。

「一緒に浸かってくれる?」

「はい」

一緒にバスタブに浸かる。亮さんの前に私を招き入れる。お湯が勢いよく溢れる。そして後ろから軽く抱くように手を廻してくる。

うなじにキスされた。私は髪をアップにして留めている。思わず首をすくめたけどいやだからではなかった。くすぐったい。お礼のキス?

「ありがとう、洗ってもらっていい気持ちだった。疲れがとれる」

「喜んでもらえて嬉しいです」

「上がろう」

浴室を出ると私はバスタオルで背中を拭いてあげる。亮さんもお返しに拭いてくれる。拭き終わると「ありがとう」といって、私に軽くキスした。亮さんはとっても嬉しそうだった。よかった。

「頼みごとがあるけど聞いてくれる」

「何ですか?」

「今夜は理奈さんの布団に入れてもらえないかな?」

「良いですよ、喜んで」

「理奈さんを抱きたいとかいうよりも、一緒にいたい、いてほしい」

「お安い御用です」

亮さんは私についてきて部屋に入った。そしてお布団に入って上向きに寝転んだ。目をつむっている。

「疲れているみたいですね」

「ああ、疲れた」

「背中を撫でてあげましょうか? うつ伏せに寝てください」

亮さんは素直に身体の向きを変えた。私はゆっくりといつも亮さんがしてくれるように背中を撫で始める。

「いいもんだね、背中を撫でてもらうのは」

「そうです。とっても気持ちいいんです。いつもしてくれているではありませんか」

「そういえば、してもらったのはこれがはじめてだ。ありがとう。癒される! なぜ疲れたのかって聞かないの?」

「言いたくないと思うし、それを聞いても私は何もしてあげられないから」

「こうして撫でて癒してくれている。それで十分だ。本当に十分過ぎるくらいだ。ありがとう」

「亮さんはいつも私をこうして癒していてくれています。これくらいさせてください」

「そうか、ありがとう。このままここで眠らせてくれれば、もう言うことはない」

亮さんはすぐに眠った。やっぱりとっても疲れていたんだ。亮さんが私の腕の中で眠っている。すごく亮さんが愛おしい。きっと亮さんも私を抱いてこう思ってくれていると思うと、嬉しくなって、抱き締めた。

亮さんは「うーん」といって私を抱き締めた。きっとこれは無意識にしたことだと思う。抱き締められて幸せ!

朝、私の部屋から亮さんが起きてきた。私はもう朝食の準備を始めている。亮さんにはゆっくり寝ていてほしかったので、気づかれないように起きてきた。

私を恨めしそうにみている。起きた時もそばにいてほしかったのだと気が付いた。次からはそうしてあげよう。
(12月第3金曜日)
亮さんの背中を洗ってあげて一緒に寝た日から私たちはいっそう親密になったような気がする。

なぜかというと、亮さんの私への行き過ぎた遠慮や気遣いがなくなってきたから。それもきっと私のせいだったけど、それも私自身で取り払うことができた。

それから私は亮さんに「理奈」と呼び捨てにしてほしいと頼んだ。「理奈さん」と呼ばれると遠慮されているみたいでいやだったからだ。

亮さんは「理奈さん」という呼び方には愛しいと言う気持ちがこもっていると言ってくれた。

でも私は「理奈」と呼ばれることで亮さんのものになったと実感できるからそうしてほしいと言うと、亮さんも確かに「理奈」と言うと自分のものにしたと実感できるといって、そう呼んでくれるようになった。

「今日は一緒にお風呂に入らないか? この前、理奈に背中を洗ってもらって、とても気持ちが良くてぐっすり眠れた。今日は僕が理奈の背中を洗ってあげたい。まあ、本当はまた洗ってほしいんだけどね」

「いいですよ、一緒に入りましょう。ここのお風呂は広いから一緒に入れます。先に入っていてください。あとからすぐに入ります」

亮さんは先に入ってバスタブに浸かっている。私が入って行くとじっと見られた。でももう気にならなくなっている。

「もう恥ずかしがらないよね」

「もっと恥ずかしいことをいっぱいしていますから大丈夫です。だからこの前も入りました」

「一緒に浸かろう」

「お湯が溢れます」

「溢れたら、またお湯を入れればいいから、一緒に温まろう」

私がバスタブに入るとこの前のように亮さんは自分の前に後向きに座らせた。亮さんはもう温まっているので身体を起こして、私の身体が肩までお湯に浸かるようにしてくれる。

「お父さん子だったね。お父さんとはお風呂に入っていたの?」

「小さい時からいつも父と入っていました。父に洗ってもらうと気持ちよくて、一緒にバスタブに浸かって数を数えて、上がるとすぐに寝てしまいました」

「いつまで一緒に入っていた?」

「小学校6年生まで一緒に入っていました。中学生になったら、一人で入りなさいと言われました」

「そうだね、中学生になったら、まずいかもね。身体も大人になって来るしね」

「私は構わなかったですけど」

「お父さんが遠慮したんだね」

温まってきたので、上がって洗い合うことにした。私を洗おうとしたけど、亮さんを先に洗ってあげた。

「洗うのが上手だね。すごく気持ちいい」

「小学生の高学年になった時ぐらいから、父の背中を洗ってあげていましたから、でも随分昔のことです」

「背中を洗ってもらうのは本当に気持ちいいもんだね。眠くなってくる。背中だけでいいから」

今度は亮さんが私を洗ってくれる番だ。

「今日は背中と言わず全身を洗ってあげるから」

「背中だけでいいですから」

「いや、洗わせて、気持ちいいから」

まず、背中から石鹸をつけたタオルで洗い始めた。肩から腕、脇の下からお尻まで洗ってくれる。始めは恥ずかしかったけれど、気持ちいいのが分かって、もう為すが儘になっている。

「とっても気持ちいいです」

「じゃあ、今度は前を洗ってあげるから、立ってくれる」

亮さんは立ち上がって、上から順に肩から胸、お腹、大事なところ、脚を洗ってくれる。

私は気持ちよくて、もううっとりしている。洗い終わると、肩から順にシャワーで石鹸を流してくれた。

「終わったよ、お湯に浸かろう」

「ありがとう、とっても気持ちよかった。癒されます」

亮さんはバスタブに先に浸かって、私を亮さんの前に後向きで座らせようとしたけど、私は前向きで入って抱きついた。

亮さんは折角だからと抱き締めてくれる。いい感じ。一緒に入って洗い合ってよかった。ずっと、このままでいたいけど、二人とものぼせてしまう。

「喉が渇きました」

「上がって、冷たいものでも飲もう」

上がって、お互いにバスタオルで身体を拭き合うが、私はまだ気持ち良くてうっとりしている。

ソファーに腰かけていると、亮さんが冷蔵庫から冷たい水を持ってきてくれる。一緒にコップの水を飲む。私は亮さんに身体を預ける。いい感じ。

私の部屋に二人で入って、ひとつのお布団に入った。お風呂で身体が温まって、気持ちよくなっていたので、抱き合ったところで、二人とも眠ってしまった。

金曜日だから疲れていたこともある。これからというところなのに、めでたい夫婦だ。

明け方、目を覚ますと、昨晩眠ってしまったことに気が付いて、慌てて愛し合った。
(2月第1週)
亮さんと一緒に寝るようになって2か月になる。セックスレスが解消したころは、毎晩、どちらかの部屋で一緒に寝ていたが、ここのところ愛し合うのは週末に収束して来た。

それは、二人とも働いているので、体調や気持ちの行き違いもあり、二人とも週末に集中した方が良いと思うようになったからだった。

そして二人になるとためらいもなく愛し合えるようになっている。私も恥ずかしいとは思わなくなっている。

体位を変えても、いやがらずに応じてあげている。それなりの快感も得られているから、不満などは全くない。でも亮さんは私の反応に満足していないみたい。

「気持ちいいなら、声を出してもいいんだよ。そうしてくれた方が理奈の気持ちが分かっていいから」

「はい」とは言っているが、やっぱり亮さんは不満みたい。でも終わったあと私が満足していることは抱いて寝ているからよく分かっているはずだけど。亮さんの気持ちが良く分からない。

朝、亮さんが出かける前に私に頼みごとをした。

「昨日帰ったら僕の部屋のDVDレコーダーがつけっぱなしになっていた。録画した番組などを見ながら寝込んでしまって、朝、スイッチが入っているのに気が付かないで出勤してしまった。気を付けてはいるけど、もし気が付いたら消しておいてくれないか? 部屋に入ってもらっても構わないから」

「はい、そうします」

始めはその頼みごとを普通に受け止めていて、時々気が付くと亮さんの部屋に行って、DVDレコーダーのスイッチをチェックしていた。ときどきスイッチが入っていた。

金曜日の夜、亮さんが今日は帰りが遅くなるとメールで知らせてきた日のことだった。スイッチが切られているかチェックしてあげなければと部屋に入ると、DVDレコーダーのスイッチが入りっぱなしになっていた。

一旦はスイッチを切ったものの、まだ8時を過ぎたばかりで、時間もあるのでビデオを見てみる気になって、またスイッチを入れた。画面に映し出されたのはHビデオだった。

亮さんはこんなものを見ているんだ。Hビデオを見るのは始めてだった。せっかくだから見てみたい。操作はすぐに分かった。興味もあって最初から見た。

亮さんが私にいつもしているような映像が流れてゆく。私が亮さんにまだしてあげていないようなシーンもあった。

亮さんもきっとしてほしいけど、私に遠慮して言えないのだろうから、してあげるときっと喜んでくれると思った。

亮さんはこのごろ体位をいろいろ変えて愛してくれるようになったけど、まだしてくれていない体位がたくさんあった。

恥ずかしくて見ていられないような体位、私にはきっと無理だと思う。でもしてほしい気もする。

私とかなり違っていたのは女優さんの反応だった。私はあんな声を出したりしないし、感じ方もオーバーなような気がする。

でも確かに私は我慢しているし、本当はそうしてもいいのかもしれないし、亮さんもその方が良いのかもしれない。

最後まで見終わったらすっかり疲れてしまって身体に力が入らない。その時、ドアを開ける音が聞こえた。すぐにスイッチを切って、玄関に飛んでいく。足がもつれた。

「おかえりなさい」と言えたが、ビデオのスイッチを消しておいたとは言えなかった。まして、ビデオを見たなんてとても言えなかった。

その夜、亮さんは私を可愛がってくれた。私はビデオを思いだしていつもよりも興奮してしまった。

声を出して亮さんに快感を伝えた。亮さんはいままでしていない、でもビデオにあった体位で私を可愛がってくれた。それもあっていつもより快感がとても増した。

◆ ◆ ◆
私はAVに関心を持った。亮さんのAVは前後二段重ねの本棚の後ろの棚に20巻ほどあった。

AVを見てもよいというのは婚約した時に私が認めていた。前の棚を横にずらすとすぐに見つかった。外からすぐには見えないようになっている。

亮さんの帰りが遅い時に、部屋に入って少しずつ見せてもらうことにした。もちろん、亮さんには内緒で、分かると恥ずかしいから、見たことが分からないように気を付けた。

20巻もあると随分過激なものもある。これ亮さんの趣味? と思うようなものまである。見るたびにセックスの奥深さが分かるような気がする。私って本当は好きなのかもと思うようになった。

亮さんに抱かれるたびに、ビデオを思い出して興奮する。あんなこともしてほしい。でも恥ずかしくてとても亮さんに言えない。

夜中にとっても恥ずかしい夢を見て目が覚めた。無意識に亮さんに抱き付いたみたいで、亮さんも目を覚ました。

「どうしたの? 怖い夢でも見たのか?」

「すごく恥ずかしい夢を見ました」

「どんな夢?」

「とても口に出して言えません」

「僕は出てこなかっただろうね」

「亮さんに恥ずかしいことをされている夢です」

「夢に見るほど理奈を恥ずかしがらせることなんかしているはずないけど、いったいどんなこと?」

「言えません」

「聞かせて」

亮さんが真顔で聞いてくるので、言ってもいいかな? という気になって来る。

「亮さんが私を動けなくして恥ずかしいことを無理やり」

「ごめん、そんな夢を見させてしまって、でも僕のせいか?」

「すごく恥ずかしいのにとっても感じてしまって、驚いて目が覚めました」

「そうだったのか」

「同じようにしてください」

思い切って言ってしまった。恥ずかしい。

「ええ…」

それから、亮さんは私が言うとおりに、夢を再現してくれた。私はとても恥ずかしかったけれども、何度も何度も昇りつめてしまった。快感が襲ってきて頭が真っ白になって身体から力が抜けた。

それからは、私は快感をそのまま表して亮さんに伝えることができるようになった。またひとつ二人の間の垣根を取り払うことができたみたい。

亮さんは私が頼んだようなことはビデオを見ているから当然知っているはずだった。ひょっとすると、亮さんが私にビデオを見るように仕掛けた? 間違いない! でもそれを聞いて確かめると藪蛇になるから聞かないことにしよう。

亮さんもビデオを見たのか? とは聞いてこないと思う。私が恥ずかしがることが分かっているから絶対にしないいい人だ。だからこれはこれで二人の暗黙の了解にしておいた方がいいみたい。

◆ ◆ ◆
もう4月も終わり近くなって春たけなわの良い季節になっている。去年の9月、2回目に会った時に私からお願いした「結婚しても気持ちが通い合うまではセックスレスで」はもうすっかり解消されている。

式を挙げてから6か月経った今では亮さんとは本当に気持ちが通い合った夫婦になっている。幸せ! 結婚して本当に良かった!


これでお見合い結婚する時にお願いした「しばらくはセックスレス!」が解除されるまでのお話はこれでおしまいです。めでたし、めでたし。

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