どこにいても、何をしていても、いつもどこか息苦しい__こんな自分のことが大嫌いだ。

努力しても、努力しても、親に認めてもらえない。
親友と呼べる友達はいない。頼れる大人もいない。
夢も、希望もない。

この世界は、私にとってはどこか息苦しい。





何でテストなんかあるのだろう。
私が何度も思ったことだ。

『学力を測るため』
『授業の内容を理解しているか確認するため』

そんなことはわかってる。
けれど、テストの点数が私の価値な気がしてたまらない。
テストの点数が100点ならば100万円、0点なら無料、そうやって私という存在に価値をつけられているような気がして仕方なかった。
それならば、私という存在はこの世界にいらないのだろうか。私なんか生まれなければよかったのだろうか。

わからない。わからない。

私は何のために生きているの?

その理由は、私は知っているはずなのにわからなかった。
こんな自分、大嫌いだ。
もう、この世界からいなくなってしまおうか___。
そう考えずにはいられなかった。
ただただこの世界は息苦しい、窮屈で、鳥籠に閉じ込められているようで…。
誰か助けて、なんて言っても、私の声は誰にも届かない
この鳥籠からは抜け出せない。そう、ずっと思っていた。
誰か、私の苦しみに気づいて____そう、ずっと思っていた。


放課後、私はいつも屋上にいる。
家は居心地が悪くて、できるだけ帰りたくなかった。
屋上はいつも人気がない。だから、私にとっては家や教室なんかよりもずっと過ごしやすかった。
広い屋上で、小さく縮こまって、ただ空を眺めていた。
無心になれる、この時間が好きだった。
鳥籠の中から、空を、希望を眺める、この時間が好きだった。

その時、ガチャ、と扉から音がした。
慌てて後ろを振り向く

「……あ」

そこにいたのは1週間ほど前に私のクラスに転校してきた明るい男子だった。
とにかく明るくて、うるさい典型的な陽キャ男子だ。すぐにクラスの人気者になった。少し茶色がかった髪が綺麗だということと、篠原という名字だということは覚えている。
私と正反対の男子は

「あっ、水倉じゃん。やほー」

と白い歯を見せてニカッと笑った。
私の名字____覚えてたんだ。
それが1番の驚きだった。彼とは一度も話したことがない。席が近いわけでもない。

「ここ、座っていい?」

と私が座っている隣の場所を指差した。

「あ……うん」

特に断る理由もなかったから頷いた。
「ありがと」と言って、篠原くんは私の隣に腰を下ろした。

「いいね、ここ、静かで。」

「え……」

クラスの人気者が、そんなことを言うなんて思っていなかったから、驚いた。

「え……ってひど〜!俺がそんなこと言うように見えないって?」

図星だった

「えっと……そんなこと、篠原くんが言わなさそうだったから…びっくりして…」

視線を地面に落としながら言った。

「ははっ、ま、確かにそうかもね〜あんま俺、そういうこと言わないし、そう思うのも当たり前か」

彼は上を向いて笑ってそう言った。
その表情は明るくて、私には眩しすぎて、つい、目を逸らした。

「篠原くんは…なんで屋上に?」

いつもここには誰も来ない。たまに部活で使っている人がいるくらいだった。
クラスの人気者がなぜ屋上に来たのか。単純に疑問だった。

「んー?……水倉がいるかなと思って、」

…私がいると思った?どういうこと?私を探してたってこと?
なんで篠原くんは私を探していたの?

「…私を探してたの?」

「うん」

「どうして?」

「どうしてって……なんか、辛そうだなって」

「…え?」

それは私の心の中にずっと秘めていた気持ちだった。

『生きるのが辛い』

ずっと、私が思っていたことだった。

「何となく…水倉は生きづらそうだなって、見てて思ったんだよなー、顔色が悪い?というか何というか…」

その瞬間、あついものがこみ上げてきて、涙が溢れてきた。
ずっと、誰かに気づいてほしかった。
誰にも話せない、この辛い気持ちに、気づいてほしかった。

「えっ!?ごめん、水倉、なんか俺やばいこと言った?」

頭を精一杯横に振って否定した。
篠原くんは少し安心した様子で私を見つめた。
涙が止まらなくて、屋上の地面にぽたぽたと落ちていった。
篠原くんは私の背中をそっと撫でてくれて

「水倉」
彼が私を呼んだ。

誰かに言ってほしかった。

「『今までよく頑張ったな』」

誰かに褒めてほしかった。

「『すごいよ』」

彼は私が欲しい言葉をくれた。
私がずっと追い求めていた言葉をくれた。
それから私の泣き止むまで側にいてくれた。
気づけば日はすっかり落ちて、夕方になっていた。

「大丈夫?」

「…うん」

「そっか、よかった。……俺、篠原希望、希望って書いてのぞむって読むんだぜ!ちゃんとした自己紹介まだだったよな。」

「私…水倉夢」

「そうか…良い名前じゃん」

彼はさっきと同じように白い歯を見せて笑った。
彼の少し茶色がかった髪が夕日に照らされてキラキラと輝いていた。

その時、なんだか突然胸にこみ上げてくるものがあって、頬が熱くなった。

「ん?顔赤いよ?熱?」

篠原くんは私の顔を覗きこんで、お互いの顔が近づいた。

「まっ」

急に彼の顔が近づいてきたからドキッとして、ついその場から走り出してしまった。
きっと、顔は林檎みたいに赤くなっている。

遠くから「あっ水倉!どうしたんだよ!」と呼ぶ声が聞こえた。
私は走るのを辞めなかった。

こころの底から楽になれた訳じゃない。
根本的な問題が解決した訳でもない。
けれど、
少しだけ楽になった気がした。
少しだけ息がしやすくなった気がした。