気付いたら、我が家の中心は姉だった。
 私が物心ついたときには、既に姉は医者に宣告されていた。

「大変申し訳ないですが、お嬢さんが成人することはできないでしょう」

 そう通告された、らしい。
 子供は病院に行ったら迷惑かかるからと、私は近所の託児施設に預けられていたため、祖父母たちからの又聞きでしか、このことを聞いていない。
 そのために、私はいつも姉を見守りながら生活していた。
 姉は小学校には、休みながら行っていた。季節の変わり目には検査入院をし、長期休みのときはずっと入院しているという具合。
 私は夏休み明けに、友達から「夏休みはどこに行ったの?」と言われても、「病院」としか言いようがなく、どうにか「夏休みの自由研究どうしたの?」と話題をすり替える術を会得しなければならなかった。
 両親は毎日のように、病院に通っていた。
 父は憔悴していた。母は毎日泣いていた。さすがに見かねた私は、おちゃらけたことを言って、どうにかその場の空気を和ませないといけなかった。
 いつしか、両親は私のことを「お姉ちゃんがいないけどしっかりしている妹」という扱いをするようになり、私に過度にどうこう言わなくなってきた。
 それぞれの祖父母からしてみれば初孫で、両親からしてみれば長女で、必然的に姉中心の生活に変わりがない。
 これで姉の性格が悪かったら、もっと嫌いになれたというのに。
 皆からの愛情を受けて弱い体に反して心はすくすく育った姉は、まるで天使のように性格がよかったのだ。
 お見舞いに行くたびに、毎回綺麗なパジャマを着て、笑顔で迎えてくれた。

「お姉ちゃん、着替え」
「ありがとう、蛍」

 姉は中学を卒業してからは、いよいよ体がもたなくなって、高校進学はせずにそのまま入院を続けていた。
 一方の私は、姉の度重なる入院転院治療費により生活費がカツカツになり、どうにか公立高校に進学はしたものの、大学は奨学金をもらわなければ進学することができず、成績を落とさず勉強をするしかなくなっていた。
 服も制服以外だったら、量販店のセールで買ったペラペラの薄い生地の服しか持っていない。一シーズンで駄目になるのはわかっていても、ほとんどお小遣いがもらえない状態では、それしか買える服がなかった。
 姉はよく私に学校の話を聞いてきた。

「高校はどう?」
「普通」
「もーう、授業とか面白い先生の話とか、いろいろあるでしょう?」
「国語の授業が嫌い。読まされる文読まされる文、目が滑って受け付けない」
「あー……そういえば契約書とか読まされるんだっけ?」

 姉は私にとってはくだらない話でも、心底楽し気に、そして羨ましそうに聞いてくれた。
 そのたびに、胸の中にサリサリとなにかが積もる。
 姉の性格が悪かったらよかったのに。
 何度目かわからない叫びを胸中で上げた。
 性格のいい姉は、「着替えありがとう」と手を振って見送ってくれた。
 私は溜息をつきながら、家路に着く。
 姉は今の私と同い年の頃、既に病院からほぼ軟禁生活を強いられていた。今受けている治療も、痛みの緩和のみで、もう絶対に生きたまま成人を迎えられないだろうと宣告を受けている。
 姉がにこにこ笑いながらも、ときどき嗚咽を漏らして痛みに耐えて治療を受けていたことを知っている両親は、既に一発逆転の手術を何度も受けさせたあとだった。これ以上痛い想いをさせて成人を迎えるか、痛い想いをさせずに残りの命を大切に使わせるかを考えた末、後者を選んだのだ。
 生きていて欲しいという願いと、果たして痛い痛いと泣いているのに無理矢理生かしていいのだろうかという迷い。
 天秤が揺れ動いた結果、姉に穏やかな最後を送ることとなった次第だった。
 姉は知っているのかは、私も知らない。
 私は帰る際に、ドリンクを持っている女の子たちとすれ違った。

「新しいフレーバー、これおいしいよね」
「えー……なんかこれ、チャレンジし過ぎの味しない?」
「そんなことないよー」

 新ドリンクの味について笑いながら討論しているのに、私は息を吐いた。
 既に私は普通と外れてしまい、同い年の子たちがなにを喜び、なにを楽しんでいるのかすら知らない。
 ただ本屋の一部の棚を、私は見ることすらできなくなったのだけはたしかだ。

『余命特集 あなたは何度涙を流すか』

 姉みたいな人を取り扱った小説が、これでもかとふんだんに積まれている。
 真面目に読んではいないけれど、帯の説明文を見た限りほとんどの話が好きな人と一緒に残りの寿命を大切に過ごすという純愛もののようだった。
 それにサリサリと私の中でなにかが削れる。
 人の命を娯楽に使うなよ。感動するなよ。残された身にもなってみろよ。
 フィクションに八つ当たりしても、その読者に八つ当たりしてもどうしようもないのに、それでも勝手に腹を立てて、私はその場を素通りして、勝手に自己嫌悪に陥るのだ。