《私は7組の狩野乙葉です》
「へぇ、こんな漢字なんや。会話だけやと伝わらんかったな。俺も書いてええ?」
私は返事の代わりにメモとペンを織田くんへと渡した。
そこに『織田翔吾』と書かれる。
オダって小田じゃないんだ。
確かに会話の中だけではわからなかった。
私は今日、初めて筆談の良い所を見つけた。
「7組って校舎違うし、なかなか会わんよな」
うちの高校は一学年10クラスあるマンモス校。
同じ学年でも1組から5組はA棟、6組から10組はB棟と分かれている。
だから、同じ学年でも未だに名前は愚か顔すら知らない人も多い。
私達が自己紹介を終えると、コンコンとグラウンド側にある窓が叩かれた。
「はい」畑中先生はそう返事をしながら窓を開ける。
そこから顔を出したのは二人の男子生徒。
「先生、翔吾は?」
「ここにいるわよ」
「「おーい翔吾。まだ終わんねぇの?」」
「あ、ミヤ!幸太郎!今から戻るわ」
「早くしろよ。休み時間終わるぞ」
「はいはい!ほな俺行くわ。またな狩野ちゃん」
織田くんはそう言うと保健室を出て行った。
(ほな……またな……狩野ちゃん)
織田くんが発した言葉をひとつひとつ頭の中で繰り返す。
狩野ちゃんなんて初めて呼ばれた。
そもそも、入学してから他クラスの人と話したのって今日が初めてかも。
いつもの静かな時間に突然、嵐のように現れて嵐のように去っていった織田くん。
でも、不思議と心地の良い時間だった。
それはきっと、織田くんが私を特別視することなく、普通に接してくれたから。