私も自分の想いをちゃんと言葉にしないと。
そう思ったけれど、伝えたいことが多すぎて何から書けば良いのかわからない。
そんな私を見た織田くんは「返事は今じゃなくてもええから」と口にする。
(待って、私……!)
「とりあえず一回考えてみて。俺、教室に鞄置きっぱなしやから取りに戻るわ」
織田くんはそう言うといつものように「はな、またな狩野ちゃん」と言って保健室から出て行った。
“返事は今じゃなくていい”
それなら、家に帰ってから一旦頭の中を整理すればいい。
その方が上手く自分の想いを文字に起こせるだろう。
だけど、ふと脳裏に浮かんだのはあの日の後悔。
父に自分の気持ちを伝えられなかったこと。
父と織田くんは違う。
そんなのわかってる。
状況だって全く違う。
織田くんは突然いなくなったりしない。
(……本当に?)
一年前の私は両親が離婚するなんて思わなかった。
数ヶ月前の私は声が出なくなるなんて思わなかった。
明日、何も起こらないなんて言える?
もう二度と後悔なんてしたくない。
私も織田くんのことが好きだって、“今”伝えたい。
だけど、私には今すぐ織田くんを追えない理由がある。
それは、私が畑中先生から保健室を任されているからだ。
勝手に出ていくわけにはいかない。
(とりあえず、落ち着こう)
まずは今の想いをメモにまとめて畑中先生が戻って来たら、すぐに織田くんを追いかける。
そう思ってペンを手に取った時、ギィィとドアの開く音がした。
「狩野さんお待たせ。さっき織田くんとすれ違ったわ」
私は笑顔でそう話す畑中先生に走るようなジェスチャーを見せ軽い会釈をした後、荷物も置いたまま保健室を飛び出した。
背中越しに聞こえたのは「あらあら、青春ね」という優しい笑い声。