捨てられ貴族の無人島のびのび開拓記〜ようやく自由を手に入れたので、もふもふたちと気まぐれスローライフを満喫します~

 スケルトンドラゴンの大火球が放たれる寸前、レオの鷲型人形がスケルトンドラゴンの頭部へと衝突した。
 それによって、溜め込んでいた魔力が暴発し大爆発を起こす。
 発射しようとしていた魔力を、スケルトンドラゴン自身が受ける形になった。
 大爆発と共に巻き上がった土煙が舞い上がり、戦場は少しの間視界が覆われる。
 そして、土煙が治まると、爆発によって頭部と共に上半身が吹き飛んだスケルトンドラゴンの骨が散乱していた。

「くそーーーっ!!」

 このような結果になり、ジェロニモは大きな声をあげて怒りを露わにする。
 今にも切れそうなほどの血管をこめかみに浮き上がらせ、スケルトンドラゴンの骨に目を向けた。

「あと少しで王国の虫どもを大量に消せたというのに!!」

 自分の命を失ってでも味方の命を救い出す。
 そんなことをする人間がいるということが、ジェロニモの中には存在していなかった。
 いや、昔のジェロニモなら、もしかしたらそう言ったことも分からないでもなかったかもしれない。
 しかし、自分とエレナの命にしか執着しなくなった彼には、その考えが浮かばなくなってしまったようだ。
 ドラゴンの骨がルイゼン領に存在していたのは、完全なる運というほかない。
 この世界のどこかに住むというドラゴンを探すのにも莫大な金がかかるし、人間が倒すことなどできる訳もない。
 過去の遺跡などをまた探すにしても、頭蓋骨が無事な可能性も低い。
 つまり、もう1度手に入れることなど不可能といってもいいかもしれない。
 貴重な存在を失ったことに、ジェロニモは歯ぎしりをするしかなかった。

「い、いかがいたしましょう……?」

 このような結果になったことは、コルラードにとっても予想外だった。
 唯一無二と思われたジェロニモの能力に似たスキル使いがいたこともだが、それがスケルトンドラゴンを倒すまでの存在だったということにだ。
 驚きはするが、それで固まったままでいる訳にはいかない。
 コルラードは、スケルトンドラゴンを失った今、戦うにしても退却するにしても、これからどうするのをかの判断をジェロニモへと尋ねた。

「クッ!!」

 スケルトンワイバーンだけでなく、スケルトンドラゴンまでもが壊されてしまっては、敵に大打撃を与える手段がない。
 撤退の選択が正しいのだろうが、何か攻め込める隙はないものかと、ジェロニモは焦りながら望遠の魔道具を使って王国側の砦の様子を眺めた。

「……何だ? 奴らほとんどの兵が項垂れているぞ?」

 王国の兵たちを見て、ジェロニモは訝しんだ。
 スケルトンドラゴンが破壊され、忌々しくも意気揚々としている王国兵を想像していたのだが、様子が全然違っていた。
 ほとんどの兵が蹲り、倒れている者も少なくない。
 スケルトンドラゴンの攻撃を受けたわけでもないのに、そのような状況になっているのが不思議で仕方がなかった。

「……もしかして、スケルトンドラゴンに放った魔力障壁が原因では?」

「そうかっ!! 僅かな抵抗にしかなっていなかったが、あれだけの魔力を使えば魔力切れになるのは当然。奴ら疲労困憊で動けないのか!?」

 同じく望遠の魔道具で見たコルラードは、少し考え込むと1つ思い当たる節があった。
 スケルトンドラゴンに何度も魔力障壁を破壊された上に、これまでで一番厚い魔力障壁が最後に張られていた。
 ジェロニモのように膨大な魔力の持ち主でもいれば特に何とも思わないが、普通の人間があれほどの魔力を使って無事でいられる方がおかしい。
 コルラードの言葉に、ジェロニモも同じことを思い至った。
 そして、王国兵が動けなくなっている状況を見て笑みを浮かべた。

「まだチャンスだ!! 今なら奴らが抵抗なく虐殺できる!! スケルトンたちによる攻撃を仕掛ける!!」

「了解しました!」

 スケルトンドラゴンを破壊したのはいいが、魔力切れ寸前の疲労困憊の状態では抵抗することなどできないだろう。
 この状況を好機と見たジェロニモは、残っているスケルトンたちを動かし攻め立てることにした。

「陛下!」

「どうした? テスタ……」

「我々も行かせてもらいます!!」

「あぁ! 好きなだけ殺してこい!!」

「ハッ!」

 スケルトンドラゴンを破壊されて、いら立ちを募らせていたのはテスタも同じだった。
 破壊の象徴とも言うべきスケルトンドラゴンの大火球攻撃。
 あれにより、ひとたまりもなく人間が消え去る様が愉快で仕方がなかったというのに、もう二度と見られなくされてしまった。
 その怒りを晴らすには、王国兵たちの命で贖うってもらおうと考えたテスタは、組織の人間を総動員して攻めかかることを決めた。
 提案を受けたジェロニモは、今のテスタを止めることはできないと判断し、好きにさせることにした。
 ジェロニモの了承を得たテスタは、頭を下げると部下たちと共に消えるようにいなくなっていった。





「クッ! レオ……」

 スケルトンドラゴンが破壊されたことで、あの脅威に怯える必要はなくなった。
 しかし、その代償として、レオという王国にとって貴重な存在が消えてしまった。
 戦いが終わり、レオのこれからのことを色々と期待していたというのに、このような結果になってしまったことに、メルクリオは悔しくて仕方がなかった。
 その思いだけで、魔力切れで気を失いそうになるのを何とか抑え、後方に控える王国軍に向けての信号弾を上げた。

「ほぉ、最後に後方へ合図を送ったか……」

「っ!! な、何…者だ!?」

 これで怖気づいていた貴族たちも参戦してくれる。
 その僅かな安堵によって、メルクリオの意識は途絶えそうになったところへ声が聞こえてきた。
 その声の方へ目を向けると、黒装束に身を包んだ人間がメルクリオを見下ろすように立っていた。
 闇組織の長であるテスタだ。

「これから死ぬ者に名乗る意味はない」

「……く、くそっ……」

 メルクリオの問いに対し、黒装束の人間は短剣を取り出して返答する。
 その動きで、兵たちが動けなくなっていることに気付き、敵が攻め込んで来たのだとメルクリオは理解した。

「私を殺しても、ルイゼンの負けはほぼ決定した」

「そうかもな……。しかし、ギリギリまで稼がせてもらうさ……」

 王国側はスケルトンの対処に慣れている。
 数が多かろうとどうにかできることが分かった今では、脅威とはなりにくい。
 最大の脅威であるスケルトンドラゴンがいなくなったため、もう王国側に恐れるものはない。
 余程のことでもない限り、攻め続ければ勝利を得るのは王国側だというのは分かっているはずだ。
 しかし、テスタは完全にジェロニモに忠誠を誓っている訳ではない。
 テスタの強制奴隷の能力はどこの国でも稼げるため、ジェロニモにこだわる必要もない。
 ギリギリまで資金を得て、いざとなったら退散するのが最適な選択だ。

「スケルトンドラゴンの破壊シーンが見られなくなるし、今回のことで組織の人間もだいぶ減らされてしまった。その憂さ晴らしをさせてもらいに来ただけだ」

「何…だと……」

「死ね!!」

 黒い布に覆われ、目線以外は見ることができない。
 しかし、それでもこの黒装束の男がイラ立っているのが口調で分かる。
 最後の言葉とでも言うように、短い言葉と共に男は手に持つ短刀を振り上げた。
 憂さ晴らしなどという個人的な感情で、自分が殺されることになるとは思わなかった。
 そんな死は認められない。
 しかし、振り下ろされる短剣に抵抗することもできないメルクリオは、襲い来るであろう痛みに目を瞑った。

「そうはさせないぜ!!」

「っ!!」

 メルクリオに突き刺そうとした時、テスタは背後からの声にその場から跳び退く。
 そして、その声を出した人間へと対峙した。
 スケルトンよりも先に砦内に乗り込んだのは、無抵抗な者を殺す楽しみを味わうためだ。
 少し見て回ったが、まともに戦える人間はいなかった。
 今頃自分同様乗り込んだ組織の者たち数名が、魔力切れで動けなくなっている王国兵たちを虐殺しているはずだ。
それなのに、目の前に立つ王国兵に見えない出で立ちの男に、テスタは首を傾げた。

「何者だ!?」

「死に行く者には名乗らねんだろ? こんなこともあろうかと、うちの領主から指示を受けていたんでな……」

 問いに対し、先程テスタがいった言葉を嘲るように返し、男は大剣を軽々と構えた。
 その構えだけでただ者ではないのが理解でき、テスタも武器を構える
 一触即発の空気が流れ、テスタとガイオ(・・・)の戦闘が始まった。

「領主の指示だと……? 貴様どこの者だ?」

 治療員以外に動ける者はいないと思っていたというのに、急に現れたガイオに戸惑うテスタ。
 このような時のためにというのは、恐らく怪我人が大量に出た時に代わりに戦うために待機していたということだろう。
 怪我人が大量に出た場合ということは、逃げる時の殿(しんがり)を務めろということ。
 自領の人間だからと言って、とんでもない指示を出す領主がいるものだと、テスタはその領主のことが気になった。

「ヴェントレ島だ、よっ!」

 この状況にガイオも驚いている。
 砦内のほとんどの者が動けなくなるとは思ってもいなかったからだ。
 しかし、レオの指示に従ってスケルトンドラゴンの破壊が済むまで待機していたのは正解だった。
 動けなくなった王国兵たちを狙って、忍び込んで来た者に対処できたからだ。
 戦闘中だというのに、会話をする余裕を見せてきたテスタへ、ガイオも同じく余裕を見せるように答えを返す。
 そしてその言い終わりと共に、ガイオは手に持つ大剣を振り下ろした。

「クッ!!」

 ガイオの大剣を、テスタは短剣で受け止める。
 ただでさえ重量のある大剣を、短剣だけで防ぐのはすごいことだ。
 それだけ技術があるということなのだろうが、そのまま鍔迫り合いのような状況になるとガイオの方がパワーは上のため、テスタは押されるのを必死に耐えるしかない。

「ヴェントレ島と言うと、カロージェロの息子の所か……」

 ヴェントレ島のことは、部下からの資料を通じて知っている。
 ジェロニモが執心しているエレナを匿っていた島だ。
 そこの領主はレオポルドといい、前の依頼主に当たるムツィオが利用していたカロージェロの息子だ。
 無能の父の血は受け継がず、祖父のアルバーノの血が隔世遺伝として現れたということで評判の人間だという話だ。
 今この状況を予想したのかは分からないが、先を読んでの対処をしっかりと考えている所を考えると、父のカロージェロとは違い優秀な人間なのかもしれない。

「……ようやく思いだした。さっきの人形使いもレオポルドとかいう奴の能力だろう? 死んでしまっても指示に従うとは律儀な奴だ……」

 望遠の魔道具で見た人形使いの顔に、ようやくテスタは資料で見た顔と一致した。
 離れた位置からなのではっきりとしなかったが、今になってようやくレオだったということに気が付いたのだ。
 しかし、そのレオもスケルトンドラゴンと共に自爆するように死滅してしまった。
 ガイオのことを煽る目的で、テスタは同情したように呟き、後方へ飛ぶようにして鍔迫り合いの状態から脱出した。

『面倒な奴だ。ならば!!』

「あっ!?」

 数度の衝突でガイオの実力を理解したテスタ。
 恐らく勝てるとは思うが、パワーで負けている分微妙なところだ。
 しかし、自分の仕事はこの男の相手などではなく王国兵の虐殺。
 ガイオは後回しにして、側にいるメルクリオを先に始末することにしたテスタは、ガイオに背を向けるようにして走り出した。

「何っ!? いない!!」

 ガイオから逃げながら王国の者たちを殺そうと、テスタは先程までメルクリオがいた所まで走ったのだが、いつの間にかメルクリオも他の兵たちもその姿がなくなっていた。
 支援兵も魔力切れで他人を担いで動けない者たちばかりだったため、メルクリオたち自身が動いたということになる。
 しかし、魔力切れで動けなくなっていたはずのメルクリオが、自力で逃れるほど時間は経っていなかったはず。
 姿がないことに驚き、テスタは周囲を見渡した。

「ニャッ!!」

「っ!! 闇猫!?」

 テスタが生物の気配を感じ視線を向けると、そこには気を失って横になっているメルクリオたちと共に漆黒といってもいいような毛色をした猫が立っていた。
 闇猫という魔物の一種だ。
 首輪をしているとこを見ると、何者かの従魔なのだろう。
 メルクリオを動かしたのがその闇猫だということに気が付いたテスタは、今度はそちらへ向かって走り出そうとした。

「行かせねえよ!!」

「クッ!!」

 闇猫の所へと行こうとしたテスタに、追いかけてきたガイオが斬りかかる。
 その剣をまたも短剣で受け止めたテスタは、その場に足をとどめるしかなかった。

「ナイスだクオーレ!!」

「ニャッ!!」

 メルクリオを救出した闇猫は、レオの従魔のクオーレだ。
 闇猫のクオーレには、少しの間なら影の中に何でも入れておける能力がある。
 それを使って、自力で動けない王国の者たちの避難を任されていた。
 ガイオに褒められたクオーレは、当然と言うかのように一声鳴くと、メルクリオを影の中へ入れてその場から去っていった。

「チッ! 闇猫の固有能力か?」

 クオーレの能力を見たテスタは、どうやってメルクリオを運んでいるのか理解して思わず舌打ちした。
 明らかに貴族の出で立ちをしていたメルクリオを、闇猫なんかに邪魔されて殺せなかったことが苛立たしく思えた。

「あれもお前の仲間か?」

「あぁ! さっきの闇猫だけじゃねえぜ!」

「何っ!?」

 人殺しが楽しめると思っていたが、全く思った通りに事が運ばない。
 避難役の闇猫という用意周到さに、テスタは嫌気がさしてきた。
 それでも仲間が動いているのだから、目の前のガイオに集中していればいいと思っていたテスタは、一旦ガイオから距離を取り、時間稼ぎもかねて話しかける。
 しかし、返ってきた答えに眉をひそめた。

「お前のお仲間は、今頃俺たちの仲間にやられているかもな?」

「何だとっ!?」

 組織の他の者の方にも、ガイオの仲間たちが向かっているということを知り、テスタは焦るような声をあげた。
 ガイオのような強さを持つ者は他にいるとは思えないが、仕事の邪魔をされることは間違いない。
 部下たちの力を信用しない訳ではないが、自分もガイオの相手をして時間をかけている場合ではないと考えたからだ。

「フッ!」

「……?」

 すぐにガイオを始末しなければと思ったテスタだったが、すぐにその考えを消し去り、鼻で笑った。
 急に冷静になったテスタに、ガイオは何事かと首を傾げた。

「見てみろ! たとえ我々を止めてもスケルトンがすぐに来る。領主同様、お前たちも死ぬのだ!!」

「……それはどうかな?」

「……何?」

 テスタが指さした先には、スケルトンたちの進軍する姿があった。
 ここまでの戦いでかなりの数を減らしたというのに、まだまだ多くのスケルトンたちが隊列を組んで向かって来ている。
 スケルトンドラゴンの破壊によって、後方に控えていた残りの王国軍が援軍としてこちらへ向かって来るとしても間に合う距離ではない。
 この砦にいる者は、スケルトンたちによって蹂躙されることになる。
 しかし、自分たちはスケルトンの狙いの対象外。
 自分たちが誰も殺せなくても、スケルトンに任せればいい。
 絶望に打ちひしがれるガイオを期待しての発言だったのだが期待通りにいかず、ガイオは笑みを浮かべて返答してきた。

「何がおかしい……?」

「うちらの領主はそう簡単には死なねえよ!」

 何故この状況で笑みを浮かべているのか理解しがたいテスタは、僅かな怒気と共にガイオへと問いかけた。
 その問いに対し、ガイオは上に指をさして答えを返した。 

「……何だ? っ!! あれは……」

「なっ? そう簡単に死なないだろ?」

 何のことかと思いつつ、テスタは上空へ目を向ける。
 すると、ガイオが指さした上空から、何やら大きな傘のようなものによって何者かがゆっくりと降りてきた。 
 その人間の顔を見て、テスタは驚き、ガイオは微笑みながら話しかける。

「ありがとう! エトーレ!」

 落下してきたのは、スケルトンドラゴンと共に死んだと思っていたレオだった。

「これなら殺し放題だな……」

「あぁ……」

「誰が一番殺すか勝負と行くか?」

「良いなそれ!」

 テスタと共に王国の砦内に進入した黒装束に身を包んだ闇組織の者たちは、4人一組で数組に分かれて行動していた。
 中に入ってみれば、王国兵たちは魔力切れ寸前でみんな動けないでいる。
 彼らにしてみたら、まさに殺したい放題というような状況に、全員布で顔を隠しているとは言っても笑みを浮かべているのが分かる。
 普通の人間からすると精神異端者と言っていいが、組織内だと彼らのように人殺しというものに魅了されてからが1人前だと言われている。
 そんな彼らは、快楽を得るという目的のために武器となる短剣を取りだしたのだった。

「んじゃ! よーい……」

「「「っ!?」」」

 ゲームをするように、1人の合図で王国兵たちの殺害を開始することになったのだが、その男が合図をする寸前に前のめりに倒れ込んだ。
 何が起きたのか分からず、驚いた男たちは倒れた仲間に視線が集中した。
 背中から心臓を一突きしたように血が噴き出しているのが目に入ると、彼らは周囲を警戒するように背中を合わせて円陣を組んだ。

「……な、何者!?」

「…………」

「っ!!」

 仲間を刺したらしき人間は、すぐに見つけることができた。
 その人間はスーツを着た熟年の男性で、血の付いた短剣を持っている所を見ると、自分が殺ったと隠すつもりがないようだ。
 答えを期待したわけではないが、組織の男の一人が問いかける。
 しかし、その問いを発した瞬間、スーツの男は無言で消えるようにその場から動いた。

「がっ!!」

 消えたと思ったスーツの男は目で追えないほどの速さで縦横無尽に動き回り、組織の男がようやく姿を見つけたと思った時には目の前に立っており、男は抵抗する間もなく、心臓を一突きされていた。
 刺した短剣が引き抜かれると、傷口から一気に血が噴き出す。
 その返り血を浴びる前に、スーツの男はその場から飛び去っていた。

「速い……」

「まるで長(おさ)並だ……」

 暗殺業もおこなうため、自分たちは速度には自信がある。
 そんな自分たち以上の速度で動き回るスーツの男に、残った2人は全身に冷や汗を掻いた。
 長であるテスタ並に動くこの男によって、自分たちも殺される未来が頭に浮かんだからだ。

「…………」

「こ、この野郎!!」

 あっさり仲間を殺したというのに、スーツの男は表情を全く変えない。
 ずっと無言で、まるで虫でも見るかのように自分たちに視線を向けてくる。
 しかも、短剣に付いた血を汚いとでも言うかのように振り払う。
 それを見て、男の1人が怒りや恐怖に耐えきれなくなったかのように、スーツの男に襲い掛かった。

「うがっ!!」

「……つ、強すぎ……」

 組織の男の短剣による素早い攻撃もスーツの男に通用せず、躱されると共に背後に回られ刺殺された。
 仲間たちがあっさり殺られ、残る男は退避の選択が頭に浮かぶ。
 しかし、退避をさせる間もなくスーツの男は接近し、残った組織の男を始末した。

「……次に行きましょう」

 結果に喜ぶわけでもなく、短剣に付いた血を拭い去る。
 他にも侵入した人間がいるかもしれない。
 クオーレが兵たちを避難させているとは言っても、王国兵たちを殺害されないうちに侵入者たちを始末するべく、スーツの男ことセバスティアーノはその場から立ち去った。





「ぐあっ!!」

「くっ!! こんなのが残っていたとは……」

「……はっ!」

 侵入者たちを相手にしていたのは、ガイオやセバスティアーノだけではない。
 槍使い兄弟の兄であるドナートもその1人だ。
 得意の槍による一突きで侵入者を始末したドナートは、残りの1人の言葉に思わず笑みを浮かべる。 

「俺と弟なんて可愛いもんだ。他にはバケモンたちが参戦しているからな」

「……何…だと?」

 自分のことを評価するような言葉だが、実力がある人間に思われるのは少し間違った評価だ。
 敵にとっての脅威が自分だけだと思っているようだが、むしろ自分と弟は弱い方だ。
 仲間の3人を倒した実力から、相当な槍使いだと思っていた組織の男は、ドナートの言葉に信じられないというような声を呟いた。

「このー!!」

「へっ!!」

「がっ!!」

 信じたくない思いの組織の男は、怒りに任せて短剣で斬りかかる。
 その攻撃を槍の柄で弾き、ドナートはそのまま槍で組織の男の腹を突き刺した。

「良かったな。俺や弟が相手なら死を確信できるが、他の人たちならそれすらもさせてもらえないかもしれないからな……」

「ぐふっ!!」

 腹を突かれた組織の男は、大量の出血と共に倒れ伏す。
 僅かに開いた眼をしている男に、ドナートは最期の言葉を投げかけたのだった。





「なっ!?」

「ホッホッホ……、全員即死を免れたようじゃの?」

 別の組織の男たち4人に、どこからともなく風の刃が飛んで来る。
 それに反応してその場から跳び退こうとするが僅かに遅く、男たち4人はそれぞれ体の一部に深手を負って動けなくなった。
 そこに現れたのは、耳が長く先が尖った老人、エルフのジーノだ。
 ヴェントレ島の魔法指導者としてのんびり過ごしているが、長年の研鑽で鍛え上げた魔法技術は国内でトップといってもいい。
 当然荒事も苦手ではないため、レオは今回の戦いに参加してもらうことを頼んだ。
 魔法の弟子として気にいっているレオに頼まれたのでは断るわけにもいかず、ジーノはその頼みを受け入れたのだった。

「弟子のためには、こんな戦争さっさと終わらせてほしいものだわい」

 レオの魔法の成長と、ヴェントレ島が変わっていく様を楽しみながら、ジーノはのんびり過ごしていたい。
 そのためには、この戦いを終わらせるしかない。
 少しくらいは自分も協力しようと侵入者の始末に参加したのだが、その侵入者たちは思ったよりも実力のある者たちだったようだ。
 気付く間もない不意打ちの風魔法に反応し、男たちは全員生き残ってしまった。

「くっ! この…ジジイ……」

「【爆】!!」

 全員即死は免れたといっても、深手で虫の息の者たちばかりだ。
 その中の1人は、脇腹を深く斬り裂かれた状態で立ち上がり、ジーノへ向けて短剣を向ける。
 最後まで戦うという意思は見上げたものだが、ジーノは4人を始末するために追撃の魔法を放つ。
 その魔法によって、4人の体は爆発して跡形もなくなってしまった。

「やれやれ、腕が鈍ったかの……」

 何のためらいもなく死体を残さない行為をおこなっておきながら、ジーノは1発で仕留められなかったことを反省するかのように呟く。
 そして、他に侵入者がいないかを探しに、その場から去っていったのだった。





「ヌンッ!!」

「ギャッ!!」「ごぼっ!!」

「「…………」」

 巨大な鎚が横薙ぎされ、3人の侵入者が弾け飛ぶ。
 突然の出来事に、たまたま生き残った侵入者の男は驚きで声も出せず、恐れを抱いた目で巨大な鎚を振った人間を見つめた。

「どうした? 止まっているとさっきの2人と同じになるぞ?」

「な、なんて馬鹿力だ……」

 巨大鎚の持ち主である隻腕のドワーフの言葉に、固まっていた侵入者の男はようやく言葉を発することができた。
 しかし、仲間の人のグチャグチャになった遺体を見て、足が鉛になったように重くなっている。

「俺のためにもエレナ嬢を連れていかれては困るのでな……」

 隻腕のドワーフ、エドモンドも戦いに参戦していた。
 自分の腕を斬り落とした張本人である、レオの兄イルミナートが処刑され少しは気が晴れた。
 島に住んでいるうちに、弟とはいえレオはイルミナートのような態度を取らない人間だと理解した。
 だからと言って、戦いに協力してくれと言われても断る気でいた。
 しかし、敵の狙いがエレナであるというのは放置できない。
 ジーノの魔法指導により、エレナの回復魔法の才能が開花した。
 それにより、エドモンドはなくなった腕の再生魔法をエレナから受けるようになった。
 毎日少しずつではあるが腕が再生してきており、後は手首から先を治してもらうだけにまでなってきた。
 あと少しという所まで来て、エレナを連れていかれる訳にはいかない。
 他の者とは違い、やや自己のためという思いがあるが、それでも強力な戦力になっていた。

「フンッ!!」

「へぶっ!!」

 鍛冶で鍛えた極太の腕によって振られた鎚に、侵入者の防御など意味もない。
 そのまま吹き飛んで壁に打ち付けられた侵入者の男は、潰れた蛙のようにグチャグチャな状態で死を迎えた。

「初めての経験だったけど、成功してよかった……」

 仲間たちが戦っている時、高所からの着地に成功したレオは安心したように呟いていた。
 スケルトンドラゴンの破壊をするために飛空用の鷲型人形を犠牲にする形になってしまったのは悲しいが、それで多くの王国兵を救うことができた。
 そのまま自分も乗っていれば一緒に死んでいただろうが、もしも上空から落下した時のために用意しておいた策が成功した。
 最初、風魔法を使っての着地も考えたが、魔法は精神状態が発動や威力に左右するので、地面へ向かって落下中まともな精神状態でいられるか不安だった。
 そこで思いついたのが、レオの従魔であるエトーレが出した糸で作った丈夫な布を使って、傘のようにして落下速度を落とす方法を思いついた。
 幾つかサンプルを作り、申し訳ないが危険なので木製人形たちに実験の協力をしてもらった。
 何度も人形たちが海に落下するという結果になりながらも、完成品はできていた。
 レオ自身が試すまでは至らなかったため、ぶっつけ本番の不安が残っていたが、上手くいってので心の底から安堵したというのが本音だ。

「レオポルド……、生きていたのか……」

 スケルトンドラゴンと共に死滅したと思っていたレオが生きていたことにテスタは驚いた。
 どうやら、いつの間にか上空で乗り物から離脱していたようだ。
 それにしても、スケルトンワイバーンの乗り手を使い捨てにしたジェロニモとは違い、着地方法まで用意していたとは驚きだ。

「クオーレと言い、エトーレと言い、あいつには面白い魔物が寄ってくるもんだ……」

 落下傘という着地方法の実験を見ていたため、参戦しているヴェントレ島の者たちはスケルトンドラゴンと共にレオが死滅したなんて思っていなかった。
 それはガイオも同じで、このような結果はむしろ当然とすら思っていた。
 しかし、改めて考えると、レオの従魔たちはレオを補助するのに適している。
 闇猫のクオーレは、もしも戦闘などになった時に爪や牙を使って戦えるし、レオに危険が迫れば影移動で逃走することもできる。
 蜘蛛のエトーレは、自分が直接戦うということはできないが、糸で足止めをしたり捕縛をしたりと援護できる。
 2匹がサポートすることで、レオは安心して自分の知識と能力を如何なく発揮できている。
 レオは特殊スキルだけの人間ではなく、従魔の協力あっての存在なのではないかと思えてきた。
 最近では、ガイオもペットとして以外にも従魔の重要性を感じているほどだ。
 エレナが羽カワウソのイラーリを従魔にするのを止めなかったのも、そういった思いがあったからだ。
 ただ、イラーリは今の所大食いのペットという以外に役に立っていないので、魔物の種類は選んだ方が良いのではと思うところだ。

「生きていたのは驚きだが、だからと言って何ができる?」

「……何?」

「見ろ! あのスケルトンの数に対抗できると思っているのか?」

 装着している落下傘を脱いでいるレオを見ているうちに、テスタは次第に冷静になっていった。
 よく考えれば、レオが生きていようがいまいが、ここはもうすぐスケルトンたちによって破壊される。
 それに巻き込まれるようにして、ここの砦にいる人間は滅ぼされるのだ。
 さっきの闇猫がどこかに避難させたといっても、全員を遠くに運ぶことなど不可能。
 王国の援軍到着前に終わらせることができるはずだ。
 それをガイオに分からせるために、テスタは迫り来るスケルトン軍団を指差したのだった。

「お前はまだレオの全てを知らない」

「……?」

「あいつを人形だけだと思うなよ!」

「……何だと?」

 テスタの言うように、スケルトンの大群をこのまま放置すれば、いくらガイオたちが強いといっても数の暴力によって殺されてしまうだろう。
 しかし、ガイオは焦っていない。
 テスタへの言葉の通り、レオがいるからだ。

「無駄話はここまでにして、続きを始めようか?」

「クッ!!」

 一番危険な人物だと判断し、テスタの相手を請け負ったガイオ。
 思った通りテスタの動きは速く、なかなか始末させてくれない。
 体感としては、セバスティアーノと同等レベルの速度をしているように思える。
 しかし、セバスティアーノと共に訓練をしてきたガイオは、その速度には慣れている。
 現にここまでの戦いで、得物が大剣で隙ができそうなガイオが無傷なのに対し、テスタはガイオの大剣による攻撃が掠り、数か所から僅かに出血している状態だ。
 仲間を呼ぼうにも、ガイオの仲間と交戦中と考えられるため、援護を期待できない。
 戦闘継続を促すガイオに、自分一人でガイオの相手をしなくてはならないテスタは、歯噛みしつつ短剣を構えた。

「ハッ!!」

 睨み合うように対峙した2人のうち、先に動いたのはテスタ。
 これまでで初めて自分から攻撃をしてきた。

「っ!?」

 短剣による攻撃を大剣で防いだガイオは、そのまま蹴りを食らわせようかと右足を踏み込む。
 しかし、テスタの次の動きに嫌な気配を感じたガイオは、蹴りを中断してそのまま踏み込んだ足で横へと跳び退いた。
 
「チッ!!」

「危ない、危ない……」

 先ほどまでガイオがいた場所へ、テスタの攻撃が通り抜ける。
 不意打ちのような攻撃をしたというのに、咄嗟の判断で躱されたことにテスタは舌打ちをする。
 横へ飛び退き躱したガイオは、腹の部分の服が切り裂かれたことに冷や汗を流した。
 服の下に防刃ベストを着こんでいるといっても、絶対的なものではない。
 動きの速い相手に大きな怪我をしては、動きが鈍って対応できなくなってしまう。
 そういった意味でも、あのまま蹴りを放っていたら危ないところだった。

「……ベタに双剣か?」

 何をしたのかをすぐに理解したガイオは、面倒くさそうに呟く。
 これまで何もなかった左手にいつの間にか短剣を取りだし、それによってテスタはガイオの服を斬り裂いたのだ。
 両手に短剣を持っての戦闘スタイル。
 それがテスタの本来の姿のようだ。

「少しは楽しませてくれそうだな……」

「ぬかせっ!!」

 本来の戦闘スタイルを出してきたテスタに、ガイオは若干楽しそうに呟く。
 その余裕そうな表情にイラ立ちつつ、テスタはまたも攻めかかって行ったのだった。





「……さて、援軍が来るまであれを何とかしないとな……」

 大爆発により、スケルトンドラゴンの破壊はなされた。
 スケルトンドラゴンの存在に腰が引けていた者たちも、これで動かざるを得ない。
 恐らく、伝令兵がそのことを後方に控える援軍に伝えに行ったはずだ。
 到着までにスケルトンたちを止めておかないと、砦内に進入されてしまう。
 なので、レオはその足止めをおこなうことにした。

「ハッ!!」

 気合いの言葉と共に、向かって来るスケルトン軍団へ両手を広げる。
 レオがやった行為は、パッと見だとそう説明するしかない。

「……何だ!? スケルトンがスケルトンを攻撃している……」

 ガイオとの戦闘を続けていたテスタは、少しして異変に気付く。
 こっちに向かってきているスケルトンのうち、数体が何故だか仲間割れをするかのように攻撃をしている。
 どうしてこのようなことになっているかと考えていると、テスタは先程のガイオの言葉と、スケルトンに向けて手を動かしているレオのことが気になった。

「奴は何をしている!?」

「てめえで考えな!」

 ガイオが自信ありげに言っていてことから、あの現象を起こしていることにレオが関係しているのだと思い至る。
 しかし、何をしているのか分からないため、テスタは思わず語気を荒げてガイオへと尋ねる。
 それに対し、ガイオは答えるつもりはなく。
 動き回るテスタへ大剣での攻撃を放った。

「……まさか、奴が操っているのか?」

 なんとなくではあるが、その可能性は頭に浮かんでいた。
 しかし、そんなことをできるとは思えず選択肢から除外していたのだが、そう考えれば納得いく。
 レオがジェロニモの動かすスケルトンを操っているのだと。

「ハッ!!」

「……何だ? その能力?」

 ヴェントレ島を出発する前、レオは今まで秘密にしていた自分の能力を今回参戦する者たちに見せることにした。
 ガイオを含めた全員がレオが自分で作った人形に魔力を与えて、指示通り動いてもらうものだという認識だった。
 森で魔物相手の披露した能力に、みんな驚きで目を見開いた。
 レオの指から伸びる糸。
 それが巻き付いたゴブリンが、仲間のゴブリンに対して攻撃をしているのだ。
 操られているゴブリン自身も、何が起きているのか分からないというような表情をしている。
 明らかにレオの能力によってゴブリンを操作しているということが分かるが、どういうことなのかまでは分からない。
 そのため、ガイオはレオへ説明を求めた。

「説明しますと、これが元々の【操り人形(マリオネット)】の能力だと思います」

「元々?」

 自動で動いてくれる人形たちは、 魔物との戦闘、農業、建築、などのあらゆる労働力として重宝していて、ヴェントレ島の開拓にとって、なくてはならない存在だ。
 その能力が、まるで不随された能力と言っているようで、信じがたい。
 しかし、どうしてレオがそう思うのか、とりあえず説明の続きを待つことにした。

「自動で動いているのも、僕の魔力で指示通り動いている観点からすれば、大局的に操作しているといえなくはありません」

「……あぁ」

「しかし、能力名の通り、操っているように見えるかといったら微妙に感じる所がありますよね?」

「まぁ、そう言われれば……」

 元々そういうものだと思っていたため、ガイオたちは特に感じることはなかったが、レオの中では少し疑問に思う所があったようだ。
 レオの言うように、能力名の「操り」という面だけを考えると、確かに微妙に感じてきた。

「その「操り」の部分を重視した能力が使えるのではないかと、訓練を続けてきました」

「続けてきたということは、前々からこの能力は使えていたと?」

「はい」

 いつもはエレナに付いているセバスティアーノにも、この説明会に参加してもらっている。
 セバスティアーノが離れる時は、女性部隊の隊長のイメルダをエレナの護衛として置いてきている。
 そのセバスティアーノが、レオの言葉に反応する。
 これまで訓練してきたと言うことは、使おうと思えばいつでも使えたということだ。
 もしかしたら初めて会った時、レオが平気で自分たちを島に住むことを認めた時には使えていたという可能性もある。
 あの時、少年1人ならどうとでも出来ると思っていたが、もしかしたら自分たちの方が危険だったのではないかと、今さらになってセバスティアーノは背筋に冷たいものを感じた。

「とは言っても、この能力が思い通りに使えるようになったのは、エトーレのお陰もありますね」

「エトーレ?」

 レオの言葉に、ポケットから顔を出すエトーレに視線が集まる。
 蜘蛛の魔物のエトーレは、戦闘において補助的な面で能力を発揮しているが、この場合どう活躍しているのか疑問だ。

「この能力は、糸を通して魔力を流すことで操作する能力です。しかし、対象物に糸を付けられても、魔力を通しやすい糸がなかったので、一瞬動きを止める程度の力しかありませんでした」

「なるほど、だからエトーレか」

 糸でものを操る能力を訓練していたレオだが、どうしても問題点があった。
 魔力を使って糸を対象物へ巻き付けることはそんなに難しくなかったのだが、その対象物に魔力を流して自在に操るというようなことはできなかった。
 敵を動けなくするのなら、闇猫のクオーレの方がいれば事足りるため、わざわざレオがする必要がない。
 しかし、従魔にしたエトーレが様々な糸を出せると知った時、この能力の向上の糸口が見えた。
 エトーレの有用性を認識しているせいか、ガイオたちはすんなりレオの言っている意味が分かった。

「自動機能は自作の人形じゃないと動かせませんが、この糸操作は生物でも無機物でも可能ですが、人間や大きい物体を動かすのは難しいですね」

「……どうしてだ?」

 自作の人形という縛りがないとなると、ありとあらゆるものが操れるということになる。
 何なら、敵側の兵同士で殺し合いをさせてしまうという手も取れるし、問題のスケルトンドラゴンを操作してしまえば簡単に戦争を終わらせてしまえるのではないか。
 そんな考えをしていたガイオだったが、どうやらそれらは不可能のようだ。

「人間はゴブリンとは違って魔力を操作したりできるため、抵抗されるとすぐ操れなくなります。大きい物体だと、操作できるようになるまで時間がかかってしまう上に、魔力の消費が著しいので使いどころがほぼない状況ですね」

「……何にしても、とんでもないな……」

「本当にバケモンだな……、うちの領主……」

 スケルトンドラゴンの操作で逆転有利にするということはできないとはいっても、そもそもオート機能だけでもとんでもない威力だ。
 この能力とオート人形の能力を合わせれば、まさに鬼に金棒といえるのではないかと思えてきた。
 その2つを使われたら自分たちはひとたまりもないと感じたドナートとヴィートは、冗談と呆れが混じったような口調で呟いた。

「操作の件は分かったんだが、ここまで上手くなるなんて……」

 エトーレの糸を手に入れて再度操作の向上を図ったのは分かるが、それにしても先程のゴブリンの操作は見事だった。
 あそこまでの操作は、そんな1、2年で向上するものなのだろうか。
 ガイオには、その点が疑問に思えた。

「……この【操り人形】の能力を得たのも、人形作りと人形操作の練習をしていたからだと思います」

「……どういうことでしょう?」

 ガイオの問いに、レオは何故か少し表情が暗くなった。
 その理由が分からず、セバスティアーノは首を傾げた。

「僕は小さい頃から母に見せるために練習していました。人形も、人形の操作も……」

「そうか……」

 この説明で、ガイオたちはレオがこの能力を得た理由が分かった気がした。
 母のツキヨは、レオの幼少期に体調を崩した。
 その母を元気にするために、人形を使った劇を見せて母に元気になってもらおうとした。
 レオが懸命に練習した人形劇をツキヨは喜んでくれたため、レオは自分の体調も気にせず、人形作りと人形操作の練習を繰り返したものだ。
 母が死んでからもそれを続けていたことで、レオはこの能力を得たのだと考えるようになっていた。
 つまり、自分の能力は、自分のことが心配だった母が与えてくれた能力なのだと次第に思うようになっていったのだ。





◆◆◆◆◆

「……な……何だ? 何が起きている!?」

「……て、敵の能力によるもの、かと……」

 時は戻り、レオが飛ばした糸によって、スケルトンたちが攻撃し合っている。
 離れた場所からでは何が起きているのかは分からないため、敵のジェロニモは訳が分からず慌てることしかできないでいた。
 側にいるコルラードも何が起きているのか分からず、予想となることを告げることしかできないでいた。

「フザケルナ!! 何であんな能力の人間がいるんだ!?」

 操作する数の上では圧倒的にこちらが上。
 自分の下位互換の能力の持ち主が敵にいるのだと思っていたが、これでは自分の方が下位互換のように思えてきた。

「くそーーっ!! 神に選ばれたのは俺だけじゃないということか!?」

「……ジェロニモ様」

 レオとは違い、ジェロニモの中では、自分の能力はエレナを愛する自分のために神が与えてくれた能力だと思っている。
 神に従うように愛する者のために能力を発揮しているというのにこのようなことになり、ジェロニモは唇を噛んで悔しさに見悶えた。
 あまりの悔しさからか、噛んだ口からは血が流れていた。

「あいつにばかり負担をかける訳にはいかないからな……、そろそろお前には死んでもらう!」

 レオが足止めを開始したが、人形を出しつくした状態でどこまで止めていられるか分からない。
 1人では無理でも、自分が協力すれば多少は役に立つ。
 そうするためにも、ガイオはテスタとの戦いを終わらせることにした。

「チッ!! 死ぬのは貴様だ!!」

 2本の短剣を使い出してからは、テスタの方がガイオを押し始めた。
 やはり手数の多い相手に大剣では、なかなか攻め込むことができないというのが現状だ。
 それでもガイオは、服を斬られても怪我は負っておらず、まだ勝機を狙う目をしている。
 テスタは、強制奴隷能力のみで組織のトップに上り詰めたわけではない。
 戦闘技術も一流の戦闘員だ。
 強いのは認めるが、得物による相性で完全に有利に立たれたというのに、自信ありげなガイオの目にいら立ちが募る。
 決着をつけるというなら望むところと、テスタはガイオの大剣に注意しつつ接近を試みた。

「オラッ!!」

 左斬り上げからの右薙ぎ。
 ガイオによって、大剣とは思えないような速度で攻撃が振るわれる。

「っ!!」

 上半身を横に真っ二つ。
 そうなる寸前に、テスタは地面スレスレに身をかがめることにより、ガイオの攻撃を回避した。

「もらった!!」

 これまで以上のスイング速度で振るわれたガイオの攻撃を躱し、テスタは勝利を確信した。
 ガイオは大剣の遠心力によって自分の攻撃を躱すことなどできず、腹でも首でも狙いたい放題。
 その中でテスタが選んだのは首。
 しゃがんでいるような状態から伸びあがる反動を利用して、ガイオの頸動脈を斬り裂こうと短剣を持つ手を伸ばした。

「っ!!」

 しかし、テスタの思い通りの結果にはならなかった。
 ガイオの首に届いたと思った瞬間、ガイオが体を回転させて短剣の攻撃から回避をした。
 スローモーションのように感じられる僅かな時間で、そんなはずはないとテスタが目にしたのは、大剣を手放したガイオの姿だった。
 大剣を振ったことによる遠心力を、そのままテスタの攻撃を回避することに利用したのだと気付いた時には遅かった。
 首を狙った大振りの攻撃によって、隙だらけになったのはテスタの方だった。

「ハッ!!」

「ガッ!!」

 テスタの短剣回避と共に、腰に差していた短剣を引き抜く。
 そして、回転を利用したガイオの攻撃がテスタの両足を斬り飛ばした。

「これで動けんし、自害もできんだろ!?」

「う…うぅっ!!」

 足をなくし、床へと倒れ伏したテスタに対し、ガイオはすぐさま紐を取り出し手と口を縛り上げる。
 殺すつもりでいたが、侵入者の中で一番実力があると思われるこの男なら、ジェロニモに関するこれまでの情報を得られると、ガイオは捕縛の選択を取ったのだ。
 縛り上げられて身動きできなくなったテスタは、うめき声を漏らすことしかできなくなった。





「ハッ!! セイッ!!」

 仲間たちが侵入者と戦っているなか、レオは懸命に援軍到着までの時間稼ぎをおこなっていた。
 レオの指1本から伸びる糸は1本。
 つまり、両手で合計10本の糸しか操れない。
 糸を付けた個体しか操れないため、たった10体のスケルトンを利用して迫り来る何千、何万のスケルトンを止めなければならない。
 1体を長く操るのが一番魔力を使わずに済むのだが、どうやらスケルトンは自分たちに攻撃してくるなら同じスケルトンでも敵とみなすらしく、糸を付けて操れるのは1分程度。
 それ以上はスケルトンたちの反撃によって破壊されてしまう。
 しかし、これは利用できる。
 糸を付けて仲間を攻撃し、数体を倒したら糸を外す行為を繰り返すことで、操ったスケルトンを含めた数体が破壊できる。
 しかも、前列のスケルトンが反撃中、後続は進軍が鈍る。
 進軍を遅らせるだけでいいレオとしては、これが分かったのは僥倖だった。

「くっ!」

 所詮たった10体を操るだけでは、進軍を多少遅らせることはできても止めることはできない。
 レオの糸の届く範囲とは言っても、間に合わずすり抜けるスケルトンが出始めた。

「っ!! ナイス!! エトーレ!」

 レオの足止めを抜けたスケルトンが、レオの従魔であるエトーレの糸によって動きを止められた。
 それを見たレオは、指を動かしながらエトーレのことを褒める。
 糸を使って動きを止めるという意味では、蜘蛛の魔物であるエトーレの方がレオ以上の力を発揮していた。
 自慢の糸を飛ばして、スケルトンの手足を縛りつける。
 刃物でないと切れないエトーレの糸は、仲間のスケルトンに協力を受けないと脱出できない。
 助けようにもレオとエトーレによって止められるため、イモムシのように動けなくなるスケルトンの数が、少しずつ増えていった。

「くっ!!」

 学習能力があるのか、段々とスケルトンたちはレオの糸を躱すように動き始めた。
 それにより、エトーレの捕縛も間に合わなくなり始め、せっかく捕まえたスケルトンが解放され始めた。
 援軍到着はもう少しかかるというのに、このままでは砦内へなだれ込んでしまう。

「ニャッ!!」

「っ!! クオーレ!!」
 
 焦燥感に駆られるレオに、スケルトンの動きを止める存在がまた現れた。
 兵の避難を任せていたレオ自慢のもう一匹の従魔、闇猫のクオーレだ。
 レオとエトーレから逃れたスケルトンを、自慢の影を使った闇魔法により動けなくさせた。
 クオーレがここにいるということは、動けなくなっている兵たちを避難場所へと送り終わったということだろう。
 これで少し安心した気持ちでスケルトンの相手ができる。
 しかし、砦内に侵入されれば、レオに協力したフェリーラ領のメルクリオをはじめとした貴族や兵たちは成すすべなくスケルトンにやられてしまう。
 何としても足止めをするべく、レオは魔力を増やして糸の操作速度を上昇させた。

「頑張り過ぎだぜ! レオ!」

「ここまで来たのは俺たちに任せろ!」

「っ!! ドナートさん! ヴィートさん!」

 糸へ流す魔力を増やしたことにより、レオは魔力消費の疲労をジワジワ感じて汗が頬を伝う。
 そこへさらに仲間が到着した。
 槍使い兄弟のドナートとヴィートだ。
 数が多ければ危険なスケルトンも、単体ならたいしたことない。
 2人に危険が迫ればクオーレが止めると連携することで、砦付近にまで迫っていたスケルトンの破壊を始めた。

「【爆】!!」

「っ!! ジーノ師匠!」

「ホッホッホ……、弟子が頑張っとるのに師匠のワシが何もせん訳にはいかんからな」

 爆発の魔法によって、レオの糸の届かない位置のスケルトン数体が吹き飛ぶ。
 レオの師匠であるジーノの魔法だ。
 長命なエルフの特権である豊富な魔力を使い、遠距離のスケルトンを破壊し始めた。

「お前らに先を越されるなんてな……」

「ガイオさん!!」「「おやっさん!!」」

 ドナートとヴィートの側に、もう一人仲間が到着する。
 少し前までテスタと戦っていたガイオだ。
 頼もしい人間の到着に、レオだけでなくドナートとヴィートも嬉しそうに声をあげた。

「兵たちはエドモンドとセバスティアーノに任せてある。全力で足止めを継続しろ!!」

 動けなくなっている兵たちと共に、ガイオは縛ったテスタの見張りをエドモンドとセバスティアーノに任せてきた。
 侵入者はすべて倒したと思うが、他にいないとも限らないため、2人に残ってもらった。
 これで安心して足止めに専念できる。
 レオたちたった数名による全力の足止めが開始されたのだった。





◆◆◆◆◆

「何故だ!! 何であの数がいて攻め込めない!!」

「ジェ、ジェロニモ様……」

 レオたちの抵抗により、スケルトンたちが砦内へと攻め込めないでいる。
 これでは数がいる意味がない。
 ここまで自分の能力を虚仮にされて、ジェロニモは血管が切れそうなほど顔を赤くして怒り狂っていた。
 それをどう諫めていいか分からず、コルラードは内心狼狽えるしかなかった。

「ジェロニモ様! このままでは敵の援軍が到着してしまいます。そうなる前に、このまま我々は撤退すべきかと……」

「くっ!!」

 敵の援軍が到着しても、このままスケルトンの相手をさせておけば、自分たちの退却時間が稼ぐことができる。
 ジェロニモがいればスケルトンは増やすことはできる。
 一刻も早く退避して、スケルトン制作にあたってもらうことが得策だとコルラードは判断した。

「おのれ!! おのれーー!!」

 コルラードの言うように、ここにいてもできることはもうない。
 そのことを理解したジェロニモは、恨みがましい言葉と共に、将軍たちや兵たちと共に退避を開始したのだった。

「っ!! まさか奴ら!!」

 砦の防壁の上から、眺めるようにしてスケルトンを操っているレオ。
 ガイオたちの協力により多少の余裕ができたからか、 スケルトンたちの後方に控えているジェロニモたちの陣に異変を感じた。
 スケルトンたちをこのまま攻め込ませ、奴らが逃走を図るつもりなのだということが、レオにはすぐに理解できた。

「どうやら逃げるつもりのようじゃの……」

「くっ!!」

 レオと同じく砦の防壁の上に立ち魔法を放つジーノも、同じように敵陣の様子に気が付いていた。
 自分の思った通り逃走をしようとしていることに、レオは悔しい気持ちで歯を食いしばり、従魔であるクオーレに目を向ける。

「……まさか、追いかけようと思っとらんじゃろな?」

「…………」
 
 魔法の師匠として見てきたからか、レオの性格から何か考えているということにジーノは気付く。
 しかも、クオーレを見たとなると、転移して止めに入るつもりなのかと考えられた。
 その考えが的中したらしく、レオは気まずげな表情をして黙り込んでしまった。

「ならんぞ!」

「しかし、このまま逃がしては、またスケルトンを増やすことになります!!」

「だからと言って、お主が行ってどうする!?」

 気付けたのは正解だった。
 レオはジェロニモに逃げられて、また態勢を整えられることを嫌ったのだろう。
 しかし、王国にとって最悪の問題だったスケルトンドラゴンの破壊は成功した。
 スケルトンをまた増やされたといっても、脅威に感じることはないはずだ。
 ここで仕留めてしまいたいという気持ちは分からなくないが、ジーノはレオの無謀な考えを強めの口調で止めた。

「人形たちの魔力は切れており、お主自身の魔力も消耗しておる! 転移しても足止めどころか何も出来んじゃろうが!」

 以前奇襲をかけたようにクオーレの影移動を使えば、たしかにジェロニモたちの近くに移動することができるだろう。
 しかし、それができたとしても、相手は多くの兵を無傷のまま残している。
 それに対し、ここまでの戦闘でレオは人形たちを使い果たし、自身の魔力もかなり消耗している。
 クオーレは兵の避難をするために魔法で影を使っており、エトーレもパラシュートや足止めの補助などで魔力を使っているため、いつものようにレオの援護ができるとは限らない。
 人間を相手にした場合、操り糸もほんの数秒しか止めることはできないと、能力の開示時にレオ自身が言っていたことだ。
 クオーレの能力で、もしもレオが敵軍を先回りして立ち塞がったとしても、何もできることなどないはずだ。
 そのことを言い含めるようにして、ジーノはレオの考えを止めようとした。

「あいつの能力に使われているスケルトンは、恐らく人間の死体です。死者を冒涜するようなことをこれ以上させる訳にはいきません! それに……」

「……スケルトンを作るために人間を殺すかもしれんか? いや、もしかしたら……」

 スケルトンの材料は人間の骨、レオたちの誰もが薄々気が付いていた。
 では、その材料となる骨はどこから入手したのだろうか。
 まず考えられるのは墓。
 ゾンビなどの魔物へ変化しないように、この世界では遺体は火葬されるのが基本となっている。
 火葬した骨を、墓から持ってきてスケルトン化させているというのが思いつく。
 次に考えられたのが、ここまでの戦いで死んだ兵。
 敵なら当然のこと、味方でも利用価値に差などない。
 最後に考えられたのが、何の罪もない平民。
 父のムツィオと同様に、ジェロニモも兵や市民を強制奴隷にしてしまう人間だ。
 生きていれば奴隷として、死んだのならスケルトンとして利用する。
 それくらいのことを平気でおこなっていることだろう。
 そうなると、今回のことでスケルトンを使って逃げられたら、その補充をするために手っ取り早く殺してスケルトン化させるという選択を取るかもしれない。
 そう考えると、レオとしてはこのままジェロニモを逃がすのを良しとしたくないのだ。
 レオの言いたいことが分かったジーノもそのことに思い至り、渋い表情へと変わった。
 ただ、ジーノはレオと違い、もうすでにそう言ったことがおこなわれているのではないかと思い始めていた。

「言いたいことは分かったが、お前を行かすわけにはいかん!」

「しかし……」

「まぁ、聞け!」

 少しでも市民に手出しをさせないように、この場で何としてもジェロニモを止めたいというレオの気持ちは分かった。
 だからと言って、行かせてレオの命を散らせるわけにはいかないため、結局ジーノはレオを止めた。
 止められても気持ちが納得いかないのか、レオは反論しようとする。
 それを遮るように、ジーノはレオの言葉に被せた。

「ワシは魔法だけのジジイではない。年寄りの知恵を聞くんじゃ!」

「知恵……ですか?」

「あぁ」

 別に魔法だけの老人だとは思っていないが、どうやらジーノには敵軍の退却を止める何かを思いついているらしい。
 どんな知恵があるのかは分からないが、ジェロニモたちを止められるなら何でもいい。
 自信ありげに返事をするジーノを見て、レオはその考えに乗ることにした。

「何をすれば良いですか?」

「そうじゃな……、まずは、クオーレ!」

「ニャッ?」

 スケルトンの相手をしながら、ジーノはクオーレを手招きする。
 ガイオが来たこともあり、ドナートとヴィートもスケルトンの相手には余裕がある。
 そのため、クオーレはジーノの所へと移動した。

「次にレオ! スケルトンドラゴンに使う予定だったあの爆弾が残っておるじゃろ?」

「えぇ!」

「あれを使う!」

 スケルトンドラゴンを倒すために、レオはドワーフのエドモンドの協力を得て作り上げた爆弾を用意していた。
 結局、鷲型人形との相打ちで倒せることができたため、ジーノの言うように爆弾は残ったままだ。
 どうやらジーノはその爆弾を使って、ジェロニモたちの退却を阻止するつもりのようだ。

「爆弾で敵に打撃を与えるのですか?」

「いいや、違う」

「えっ!?」

 たしかにスケルトンドラゴンを倒すために爆弾を用意していたが、この爆弾はスケルトンドラゴンの頭部を一部でも破壊できればと用意したものに過ぎない。
 スケルトンドラゴンの頭部の一部を破壊するためのもので、広範囲に威力を及ぼすのではない。
 それでも多くの敵を倒すことはできるため、レオはジーノが爆弾を使って敵に打撃を与えるのだと考えたのだが、すぐにそれが否定された。

「クオーレ!」

「ニャッ!?」

 スケルトンの足止めをしながら、ジーノが爆弾を使って何をするか分からずレオは首を傾げる。
 そんなレオを無視し、受け取った爆弾を手にしたジーノはクオーレへ何やら話始めた。





◆◆◆◆◆

「へ、陛下!!」

「何だ!?」

 スケルトンをそのまま攻め込ませ、馬に乗ったジェロニモたちは退却を開始していた。
 背にした戦場が見えなくなり、このまま王城へ戻ってすぐさまスケルトン製造に着手するつもりでいた。
 しかし、以前のように後方から攻められてはいけないと配置していた兵たちが、何故かジェロニモたちを止めてきた。

「後方の渓谷が破壊されました!! 」

「バ、バカな!!」

 兵の思わぬ報告に、ジェロニモは驚きの声をあげる。
 王城のある王都へ続く渓谷。
 ほぼ一方通行となるその渓谷を通り抜けることで王都へとたどり着くのだが、その渓谷が破壊されたということだ。
 そうなると、王都へ行くには西か東の山を越えて戻るしかない。

「貴様ら!! 何をしていたのだ!?」

「申し訳ありません!! 突如爆音と共に渓谷の岩が崩れ落ちて来まして……」

 ジーノが狙ったのは、この渓谷を破壊しての足止めだ。
 クオーレの影移動を利用して、遠く離れたこの地へ爆弾だけ転移させたのだ。
 距離が離れればその分クオーレも魔力も消費してしまうが、爆弾だけ飛ばすならここまで離れていても届くはずだと判断したのだが、どうやら成功していたようだ。

「クッ! 東だ! 東の山から戻るのだ!!」

「了解しました!」

 西か東かで言えば、東の方が恐らく王都に近い。
 そのため、ジェロニモはすぐさま東の山越えを指示したのだった。

「師匠! さっきの爆弾は?」

 闇猫のクオーレの影移動によって何をしたのか気になったレオは、スケルトンの操作をしつつ問いかける。
 爆弾だけを飛ばしたようだが、それでジェロニモの逃走を阻止することができたのだろうか。

「この先の渓谷に飛ばしたのじゃ。これで奴らは遠回りするしかないじゃろう」

「そうか! 戻るとなるとあの道を通るしかない。そこを爆破して塞いだのですね!?」

「そうじゃ」

 ルイゼン側は、以前クオーレの影移動を利用したレオによって後方からの襲撃を受けた。
 それが、王国の誰がどのようにしてやったのかまで分かっていないだろう。
 分かっていたとしても、警戒していれば前回のように攻撃を受けるとは思っていなかったはずだ。
 たしかに人間には対応できるだろうが、物にまで警戒できる訳ではない。
 ジーノの策を阻止することなどできず、きっと今頃どうするべきか悩んでいることだろう。

「まぁ、奴らが態勢を整えるのを遅らせるくらいにしかならんかもしれんがの……」

「……それでも被害は最小に押さえられるはずです」

 すんなり逃がしていれば、ジェロニモは市民を殺してでもスケルトンの数を増やそうとしていただろう。
 しかし、援軍が来てここを乗り切れば、王国側はそれ程時間をかけることなくジェロニモたちに追いつくことができる。
 そうなれば、たいして態勢が整わないまま迎え撃つことになり、ルイゼン側は今度こそ終わりだ。

「この音……援軍だ!!」

 多くの馬や人の足音が近づいてくる。
 その音で、援軍が到着したということを知ったレオたちは安堵した。
 全力の時間稼ぎにより、みんな疲労困憊だったからだ。

「これでお役御免だ……」

 到着した援軍は、そのままスケルトンたちへと攻めかかっていた。
 それを見たレオたちは攻撃をやめ、後のことは援軍に任せることにした。

「フゥ~……、疲れたの……」

 レオの側で魔法を撃っていたジーノも、魔力の消費で疲れているようだ。
 腰にきたのか、トントンと叩きつつその場に座り込んでいる。

「レオポルド殿!!」

「オレアンス様……」

「いや、そのままでいい!」

 援軍と到着した指揮官の男性に声をかけられ、レオは休憩した状態から姿勢を正そうとしたが、指揮官はそれを止めた。
 声をかけてきたのはオレアンス公爵で、レオが徹底抗戦した時に渋っていた相手で、体型は細く、文官タイプといった中年の男性だ。
 彼はジェロニモの提案に乗ることを指示していたが、スケルトンドラゴンの強さを目の当たりにすればその選択も仕方がないこと。
 レオとしては彼に対して思うことはない。
 徹底抗戦賛成派だった武闘派のルチーボ公爵は、前線でスケルトンを相手に兵を指揮している。
 彼もレオと共に戦いたがっていたが、もしもレオがスケルトンドラゴンを倒せなかった時の場合、王であるクラウディオを守りながら撤退するために、後方に控えることになった。
 戦場で暴れることが出来ないことがストレスだったらしく、その表情は気合いが入りまくっている。

「メルクリオ伯率いるレオポルド殿たちの戦果、お見事でした! あとは我々が請け負いますので、安全な場所で体を休めてくだされ!」

「ありがとうございます。後のことお任せいたします」

 クラウディオの選択によって徹底抗戦となり、オレアンス公爵はレオがスケルトンドラゴンを倒せるか半信半疑だった。
 再度見た時、前回の恐怖から撤退すべきという思いが強かったが、まさか本当にスケルトンドラゴンを倒してしまうとは思わなかった。
 有言実行したレオに対し、オレアンスは体が震えるほど感動した。
 疲労困憊のレオたちを見て、後始末となるスケルトンの討伐を請け負うことを進言した。
 レオたちはもう戦う力も残り少ないため、オレアンスの進言に素直に乗っかることにした。

「大丈夫ですか? 師匠……」

「な~に、大丈夫じゃ」

 オレアンス公爵に頭を下げ、魔法の師匠であるジーノに肩を貸しながら、レオはこの場を後にした。
 王国を守った若き英雄の背を、オレアンスは感謝しつつ見送った。

「魔導士部隊!! 投石を開始しろ!!」

 レオを見送ったオレアンスは、若者にここまでされたのだから自分たちは後始末をしっかりこなさなければと思い、スケルトン相手へ魔法を放つように魔導士たちへ指示を出したのだった。





◆◆◆◆◆

「くそっ!! また魔物か!!」

「頭は傷つけずに倒せ!!」

 渓谷の落石によって通行止めを食らったルイゼン軍は、東側の山越えを余儀なくされていた。
 道なき道を進みながら、何度も魔物の妨害を受けていた。
 その魔物は兵たちが倒し、その亡骸は次の戦いに利用するためにジェロニモがスケルトンと化していた。

「ぐぅ……」

「大丈夫ですか? ジェロニモ様……」

「あぁ……」

 スケルトンドラゴンを動かすことに魔力をほとんど使ってしまったため、倒した魔物をスケルトン化するたびにジェロニモは気を失いそうになるのを必死に耐えていた。
 退却しなければならなくなった事への怒りを糧に、何とか気絶を阻止しているが、もう完全に魔力切れ寸前だ。
 コルラードが心配そうに体調を尋ねると何とか返事をしてくるが、ジェロニモの顔色は悪く、限界のようだ。

「……このまま戻っても、きっと態勢を整えるまで至らない。どうするべきか……」

 顔色を悪くしながらも、ジェロニモは今後のことを思考していた。
 戻ってこない所を見ると、敵の砦に乗り込んだテスタたち闇の組織の連中は、捕まったか倒されたのだろう。
 スケルトンも使い切り、今後増やしたとしても態勢を整えるまでは難しい。
 自分たちルイゼン側に、戦う術はもうないように思われた。

「エレナさえ手に入れば!!」

 元々、愛するエレナを手に入れるために国家として成り立たせようと、父からこの戦争を引き継いだのだ。
 スケルトンドラゴンさえいれば何とかなると思ったが、まさか自分に似た能力の使い手がいるとは思わなかった。
 このままでは、敗北は必至。
 夢見たエレナとの生活も泡と化す。

『エレナさえいれば?』

 今後の戦いを考えていたはずだったジェロニモは、あることに思い至った。
 そもそも自分はルイゼン領を国にするために戦っていたのか。
 そうではなく、エレナが手に入れるために国にしようとしていたのではないだろうか。

『……そうか、そうかっ!!』

 王国との戦いを考えていたはずが、ジェロニモの思考はいつの間にか違う方向へと向かっていた。
 これ以上エレナのために王国と戦う必要なんてない。
 エレナさえ手に入れれば、ルイゼン領のことなんてどうでも良いと考えるようになっていた。
 昔なら領民のことを考えて最後まで戦っていただろうが、自暴自棄になっている期間にいつの間にか性格が完全に変革してしまったようだ。
 魔力切れを理由に兵が倒した魔物のスケルトン化をやめ、ジェロニモはどうやったらエレナを手に入れられるかということのみに思考がチェンジしていた。

『方法は…………ある!!』

 無言で考え続けたジェロニモは、どうしたらエレナを手に入れられかを考える。
 終戦の条件として自分が名前を出したことにより、王国側もエレナが生きていたということを知った。
 ならば、王のクラウディオ、もしくは宰相のサヴェリオがそれを確認するはず。
 きっとエレナは王都にいる。
 そう考えれば、彼女を奪取するために必要なものは何か。
 考え続けたジェロニモの頭の中には、ある一つの案が思い浮かんだ。
 彼に従うコルラードや兵たちは、彼がそんなことを考えているなど気付くことなく、ただ彼を無事に王城へと届けるために魔物と戦っていた。

「よくぞやってくれた!! ヴェントレ準男爵よ!!」

「お褒め頂きありがとうございます」

 レオたちの奮戦により、スケルトンの侵攻を抑えた王国軍。
 怪我人も出たが、これまでのスケルトンとの戦いで対応策を取っていたため、援軍にきた者たちによって数多くいたスケルトンは全て破壊することに成功した。
 彼らも頑張ったことはたしかだが、何といっても最大の脅威だったスケルトンドラゴンを破壊することに成功したレオは、王であるクラウディオから最大の賛辞を受けることになった。
 これほどまでの戦果を目の当たりにしたため、他の貴族たちも文句をつけようがない。
 砦内に作られた玉座の間を入退室する際は、多くの拍手を受けることになった。

「これで恐れるものはない。このまま攻め込み、ジェロニモの首をとってくれるわ!!」

 どんな能力も、使い方を間違えれば悪と言わざるを得ない。
 スケルトンの操作という気味の悪い部分もあるが、ジェロニモもレオ同様領地の発展にその能力を利用すべきだった。
 もうこうなったら、ジェロニモの命も風前の灯と言ったところだろう。
 何の恐れもなく攻め込めるからか、クラウディオも興奮で鼻息荒くなっていた。

「そなたへの褒賞は後々きちんとさせてもらうぞ。欲しいものを考えておくがいい」

「ありがとうございます」

 時間をかければ、またジェロニモはスケルトンを増やして抵抗を続けるかもしれない。
 そうならないためにも、明日にはルイゼン領の領都(ジェロニモ側が呼ぶ王都)へ向けて進軍することが決まっている。
 この戦争による褒賞も、全てはジェロニモの捕縛か始末が終わってからの話になった。





「とは言っても、戦争に金を使っているからな……」

「ですね……」

「あまり資金的な期待はできないだろうな」

 レオたちに与えられた部屋に戻り、クラウディオとした会話を説明すると、ガイオが渋い表情で言葉を漏らし、レオも言いたいことを察して同じような表情で同意の言葉を呟いた。
 褒賞と言っても、思っていた以上に大事になってしまったルイゼン領の奪還戦。
 国の多くの兵が出陣することになり、その分大量の資金を支出することになっている。
 そのため、資金的な褒賞は期待できそうにない。
 かと言って、領地も持っているレオには領地を与えるということもないだろう。

「また爵位が上がるだけかもな……」

「僕はそれで構わないですけどね。資金が欲しいとかは特にないですね」

「欲がないな……」

 ドナートの言うように、今回も陞爵してもらえるだろう。
 しかし、これまでの成果とは違い、今回の場合爵位が上がるだけだと物足りなく感じてしまう。
 陞爵以外に何が与えられるかという考えをみんなはしているようだが、レオは陞爵だけで充分だと思っている。
 レオのその考えに、ヴィートは少し呆れたように呟いた。
 爵位じゃ物は食えない。
 資金はあるだけあった方が、ヴェントレ島の開拓速度を上げることができる。
 それをいらないというのは、少々欲がなさすぎると思うのも当然だ。

「地道に島の発展を続けていく方が面白くないですか?」

 たしかに資金があった方が良いとは思うが、別にヴェントレ島は貧しい思いをしていない。
 ロイたちが倒した魔物の素材をフェリーラ領に売っているため、資金面において全く困っていない。
 使い道も特にないせいか、むしろ溜め込んでいないでもっと資金を流通させた方が良いのではないかと思えてくる。
 それに、開拓を無理に進めて、今の環境が崩れるかもしれない方がレオとしては嫌だ。
 何事もほどほどがいいと、年齢にしては達観した考えだ。

「…………」

 レオの考えは分かったが、1人黙ったまま聞いていた者がいた。
 いつもはエレナの護衛兼執事として付いているセバスティアーノだ。

「レオ殿。ずっと聞きたいと思っていたのですが……」

「はい?」

 王都に残してきたエレナの護衛は、ガイオの部下であるイメルダに任せてきているため、執事としてではなく聞いておきたいことがセバスティアーノにはあった。
 セバスティアーノは今それを聞いておこうと考えた。
 島ではエレナの執事として接していたため、レオはセバスティアーノから私的な質問をされたことなど無かった。
 セバスティアーノから話しかけられ、レオは少々意外な思いをしつつ話の続きを待った。

「レオ殿はエレナ様のことをどう思っていらっしゃるのですか?」

「……えっ?」

「「「…………」」」

 どんな質問をされるのかと思っていたが、想像もしていなかったセバスティアーノからの問いに、レオは表情が固まった。
 ガイオ、ドナート、ヴィートの3人も、今このタイミングでそれを聞くのかという表情で、質問をしたセバスティアーノのことを見つめた。

「今回のことで、エレナ様はルイゼン領に戻ることができるかもしれません」

「……そうですね」

「そうなった場合、レオ殿はエレナ様とどのような付き合いをなさるのかをお聞きしたく存じます」

 ルイゼン領は、元々エレナの父であるグイドが収めていた領地である。
 そのグイドは、弟のムツィオによって暗殺された。
 当然エレナが継ぐべきところを、ムツィオが奪いとった形になっている。
 今回のことでジェロニモも排除されることになるのだから、エレナが領主に任命される可能性が高い。
 ムツィオの手から逃れた時は、いつかルイゼン領をエレナの手に取り戻して見せると思っていたが、今は少々事情も変わっていた。
 そのエレナの気持ちが問題なのだ。
 側に使えているセバスティアーノは、エレナがレオに対してどのような感情を持っているのかは分かっている。
 というより、島の多くの人間がなんとなく気付いて、気付いていないのはレオだけなのではないかと思える。
 しかし、エレナがルイゼン領の領主になると、今後レオに簡単に会う事も出来なくなる。
 この国では、領主同士の婚姻というのはあまりない。
 1つの家が1つの領地を経営するというのが基本となっているため、領主同士での婚姻となるなら、どちらかの領主が違う人間に領地を渡して嫁(とつ)ぐしかない。
 その場合、親族に渡して婿なり嫁に行くことになるのだが、レオもエレナも親族と呼べる人間はもういない。
 どちらかがどちらかの領地に嫁ぐとなると、もう片方の領地は王家へ返上しなければならなくなる。
 せっかくエレナがルイゼン領を取り戻しても、レオとの関係次第ではすぐに返上することになるかもしれない。
 戦後の復興のこともあるだろうし、市民のことを考えるならコロコロ領主を変えるようなことはしない方が良い。
 つまり、レオの考え次第でエレナがどうなるか決まる。
 セバスティアーノは、終戦間際のこの時期に聞いておきたかったのだ。

「僕は……」

 この質問の意味は、レオも分かっていたことだ。
 ずっとベッドの上で過ごしたレオにとって、エレナは初めてできた友人だ。
 島の開拓を進めるうえで、楽しいことはいつもエレナが側にいたと思う。
 それが友人としてなのか、それとも違うことなのかが、ずっとレオの中でせめぎ合っている状況で今を迎えているというのが本音の所だ。

「まだ戦いが終わってない状況で言うのも何ですが、ご自分がエレナ様に対してどういう気持ちなのかということをお考えいただきたいと思います」

 戦いと言っても、ルイゼン領の領都へ攻め込むときにレオたちの出番は特にないだろう。
 2家の公爵軍に任せておけば、何もせずにジェロニモのことは始末が済むはずだ。
 終戦すれば、数日中にはエレナの身の振り方も決まるだろう。
 それまでの間に、レオにはどうするのか決めてもらいたい。
 そのことを願いも込めて、セバスティアーノは頭を下げた。

「自分の気持ち……」

 今回セバスティアーノに言われたことで、レオはこれまでどっちつかずだった自分の気持ちに向き合う時が来たのだと、静かに考え込むようになっていったのだった。