どこにいても、何をしていていても、いつもどこか息苦しいーーこんな自分が大嫌いだ。
四月六日
春は出会いと別れの季節
真っ青な雲一つない晴天
肩までついた髪を一つにまとめて
鏡の前で身なりを整え家を出る。
今日は高校の入学式。
わくわくで心躍る人が大半の中、
私、佐藤小春は
そんな気持ちは一切なかった。
何故なら、この学校の景色は
嫌という程、見てきたからだ。
三年前、私は中学を受験をした。
私が受験した中学は中高一貫だったため、高校もエスカレーター式で入学した。
中学では友達がいなかった訳ではないが
友達以上親友未満という感じで
特別親しい間柄の人は居なかった。
見慣れた同じ校舎で
また三年間を過ごすと思うと憂鬱だった。
昇降口の前に張り出されている
クラス発表の紙を見たあとは、
すぐに指定の教室に向かった。
自分の席を確認して、
左から二列目の一番後ろの席に座った。
席に座って辺りを見回してみた。
中学が同じ人達が高校での
再会を喜んでいたり、
入学前からSNSで繋がっていたり。
もちろん私はどちらでもない。
色んな人がいる中、
自分から積極的に話せない私は
一人、無表情で椅子にぽつんと座っていた。
誰にも話しかけられず、虚無の五分間を過ごしていたら
突然、一人の女の子に話しかけられた。
「佐藤さんだっけ?
中学の頃、同じクラスに
なったことあるよね?」
突然私の目の前にやって来た
話しかけられた瞬間にびっくりして
思わずキョロキョロしてしまった。
中学の頃、同じクラスになったことのある
女の子だった。
戸惑いながら三秒後、彼女の問いに答えた。
「うん。青木さんだっけ。
青木さんもそのまま進学したんだね。」
「そうそう~中学の頃はあんまり
話してなかったけどさ、これから仲良くしよ!」
そう言った彼女の名前は
青木麗奈(あおき れいな)。
長い髪をポニーテールに結んでいて明るくて天真爛漫という印象を抱いていた。
中二の時、同じクラスになった事のある彼女は明るい性格で色んな人と仲が良かったので私にも声を掛けてくれた事もあった。
「ありがとう。これからよろしくね」
この時の私は後々、
あんな事が起きるなんて
予想もしていなかったーー
「おばぁちゃん、ただいま」
「こはちゃんおかえり。
入学式はどうだった?」
「うん。まあまあかな。」
「そっか。そっか。
まだ初日だから焦る必要ないからね」
「うん」
椅子に腰掛けていたおばぁちゃんは
椅子から立ち上がり私に質問してくれた。
私はおばぁちゃんと二人で暮らしている。
お母さんとお父さんは私が三歳の頃、
離婚した。
それ以来、お母さんは
看護師をしながら
女手一つ、私を育ててくれた。
お母さんが仕事で夜勤の時は
おばぁちゃんが私の事を見てくれていた。
小学五年生頃までは優しかったお母さんが
中学受験をする事になった小学六年生の
タイミングで厳しくて口うるさい
お母さんに変わっていった。
当時、母には
「勉強、勉強」「遊んでいる暇なんてない」
などと言われていた。
まだ友達と遊びたい時期の
小学六年生だった私は嫌々ながら
塾に通い始め、寝る間も惜しんで勉強をし、お母さんの言う通りにしていた。
自分がやりたい事でもないのに
何故こんな事をしているのだろうと
思った時期もあった。
つい、この間まで優しかった
お母さんの性格が急に変わり戸惑い、
お母さんのことをあまり
好きになれなかった。
それ以来、会話も最低限の会話しか
しなくなった。
そんなお母さんはもう、
この世にはいない。
二年前、お母さんは突然倒れ、
そのまま病院へ運ばれた。
それからお母さんは植物状態となり、
言葉を交わすことなく半年が経ったある時
お母さんはこの世を去った。
おばぁちゃんは昔から良き理解者で
私の事をとても可愛がってくれた。
高校はエスカレーター式で進学したものの
特待制度の試験を受けて
学費全額免除となっていた。
おばあちゃんに負担を掛けたくなかったので
高校に入る前の春休みからバイトを始めた。
「おばあちゃん私、
自分の部屋に行ってるね」
「ええ。着替えてらっしゃい。
お茶を入れて待ってるよ」
「うん。ありがとう」
私は二階にある自分の部屋に行き、
部屋着に着替えた。
部屋着に着替えた後、
再びおばあちゃんの居る居間へ戻った。
「あら、そう。
中学校の頃のお友達と話せたのね。」
「うん。まだ友達って感じじゃないけど。
仲良くなれるかな?」
「優しくて笑顔が素敵なこはちゃんなら
きっとその子と仲良くなれるさ」
「そうかな」
「きっとそうさ。
笑顔でいれば人は自然と寄ってくるからね」
「うん。頑張ってみる」
「うんうん。おばあちゃんも応援してるよ」
「ありがとう。おばあちゃん」
しばらく、おばあちゃんと雑談をして
そのあと、お風呂に入り夜ご飯を済ませ
自分のベットに入り
その日は眠りについた。
入学式から
一ヶ月半が経ち五月も後半に入っていた。
麗奈ちゃんは今でも
私に話しかけてくれている。
私から話しかける事もよくあった。
自分の席に着き、教科書を開いて
1時間目の数学の授業の予習をしようとしていたその時、私の席にやってきて麗奈ちゃんに話しかけられた。
「おはよう!小春ちゃん」
いつものように明るく挨拶をしてくれた。
「おはよう。麗奈ちゃん」
「もうすぐ中間テストだね。小春ちゃんは勉強してる?」
私たちは六月に高校に
入学して初めての
中間テストを控えていた。
「全然全然。
毎日ほんの少ししか出来てないよ」
本当は毎日コツコツ勉強しているが
ここで「うん。毎日勉強してるよ」
なんて言ってしまったら
中学の頃のように誰からも話しかけられなくなってしまうと思ったので
今回は当たり障りのないように答えた。
「嘘だ〜
だって小春ちゃん中学の時、
頭良かったじゃん!」
「全然そんな事ないよ」
「いやいや!
いつも成績上位で先生からも
褒められてたし〜」
「そうだったかな。
あんまり覚えてないかも」
「やっぱり頭が良い人が言う事は違うね。
私も見習わなくちゃ」
「本当にそんな事ないよ。でもありがとう」
「じゃあさ、今度の土曜日、勉強会しない?」
「勉強会?」
「うん!私、勉強苦手だから
勉強教えて欲しくて!だめかな?」
「ううん。勉強会いいね。しようよ」
「本当?よかった〜じゃあ時間と場所は家に帰ってから連絡するね」
「うん。ありがとう」
私は休日に友達と会う約束をしたのが
小学生の時以来だったので
内心浮かれていた。
家に帰っておばあちゃんに
今日の出来事を話した。
「へぇ。お友達とお勉強会するの。
学生らしくていいねえ」
「うん、楽しみ。
勉強会は土曜日なんだけど
行ってきてもいいかな?」
「勿論、行ってきていいに決まってるじゃない。楽しんでらっしゃい」
「ありがとう!おばあちゃん」
相変わらず優しいおばあちゃんで
良かったと心底思った。
約束の土曜日になり、待ち合わせ場所の
カフェの前で待つこと三十分。
彼女が走りながら
派手な格好をした同世代くらいの
男女四人を連れてやってきた。
「小春ちゃんごめん!待った?」
「ううん。ちょうど今来たとこ」
「あ、違うクラスの四人連れてきちゃったんだけど大丈夫?」
「うん。全然大丈夫だよ。
皆で勉強しよう」
「良かった〜ありがとう!
小春ちゃん最高!」
彼らは麗奈ちゃんと私と同じ学校で
違うクラスの人達だった。
彼らとは同じ中学ではなかったそうだが
SNSを通じて高校入学前から仲良くなっていたと彼女は言っていた。
男子三人、麗奈ちゃんと私をを含めた
女子三人、計六人で勉強会の場所へ向かう事になった。
私はてっきり二人で勉強するものだと思っていたので少し戸惑ったが、
「四人はちょっと…」と
あの場で断ったりして嫌われるのも
怖かったので皆と一緒に勉強する事にした。
待ち合わせ場所のカフェから
10分ほど歩いてカラオケボックスに着いた。
カラオケボックスで勉強をするのかと疑問を持ちながら思いながらお店の中に入った。
カラオケで受付済ませ、やや広めの部屋に
案内された。
部屋に着いて私は小声で麗奈ちゃんに話しかけてみた。
「カラオケで勉強するの?」
「え?ホントに勉強する気だったの?」
「え、ううん。」
「だよね!学生なんだから楽しまなくっちゃ〜」
私は勉強するつもりで来ていたが、
勉強しないからといって
やっぱり帰るとここで発言して
場の雰囲気を壊したくなくなかったので
しばらく周りに合わせた。
「小春ちゃんだっけ?大人しいね」
私の左隣に座っていた
少しチャラ目で髪の毛の毛先を
遊ばせてる感じの男の子が私に
話しかけてきた。
「そうかな」
私は苦笑いをしながら彼に言葉を返した。
「せっかく来たんだから楽しみなよ。
今度二人で遊ぶ?」
「え、いや、ごめんなさい。大丈夫」
「えーなんで〜遊ぼうよ」
「怖がってるからやめてあげなよ〜」
左隣に座っていた麗奈ちゃんが
困っている私に助け舟を出してくれた。
皆が歌い盛り上がる中、私は急に
トイレに行きたくなり席を外した。
トイレを済ませ、部屋に戻ろうと
ドアを開ける三歩ほど前で私の名前が聞こえてきた。
「てかさー麗奈、
何であんな地味な子と絡んでるの?」
どうやら一人の女の子が麗奈ちゃんに
問いかけていた。
私はドアを開けずに
ドアの外から立ち止まって
しばらく様子を見る事にした。
「地味とか言っちゃだめでしょ(笑)
まあ本当の事だけど」
彼女がその発言をした後、
悪い空気の笑いが起きた。
「入学式の日、同じ中学の人とか
誰からも話しかけてもらえてなかったから
可哀想で話しかけてみたんだけど、
その後もちょこちょこ
話しかけたりしてたんだけど、
そしたらずっと話しかけてくるように
なってさ!」
「え、何かちょっとうざ(笑)」
「でしょ!でしょ!
だからさ今日勉強会って言っといて
カラオケに連れて行って
私達と空気感っていうか
生きてる次元が違うよって
教えてあげようかなって思ってさ」
「うわ、辛辣〜!」
「あー!そういう事だったんだ(笑)」
「そうそう(笑)」
男女五人が楽しそうに私のことで
盛り上がっているようだった。
その場で黙って帰ろうかと思ったが
カラオケの部屋にバックを置いていたので
バックだけ取って帰ることにした。
今までの事を聞いてなかったのように何でもない顔をして部屋に入った。
ガチャ
「あ、小春ちゃんおかえり〜」
「ごめん、麗奈ちゃんあのさ、私ちょっと体調悪くなっちゃって今日は先に帰るね」
「あ、そうなの?分かった大丈夫〜?」
「うん。大丈夫。お金置いていくね」
「じゃ、また学校でね〜」
「うん。またね」
私は自分が飲んでいたドリンク代を入れて
少し多めにお金を払って部屋を出た。
部屋を出た後、
彼らがどういう会話をしていたかは
知らない。
知った所で私に
何の利益がない事は確かだった。
その日、私は泣きながら歩いた。
道行く人がジロジロと私を見る中
私はそんな事を気にしてる余裕もなかった。
仲が良いと思っていた子から
まさかあんな事を言われるとは
思っていなかった。
仲良くなったと勘違いをしていた
自分が恥ずかしくなった。
当たり障りのないように会話もしていたが
きっと私と彼女とは性格が違いすぎて
彼女が私に気を遣っていたのだろう。
悲しみと同時に
彼女に申し訳ない気持ちにもなった。
家の前まで着くと涙を拭いて
しばらく目の赤みが消えるまで待った。
泣いた姿のまま、家に入ると
優しいおばあちゃんは
きっと心配してしまう。
おばあちゃんに迷惑を掛けたくなかった。
心を落ち着かせ、涙を堪えて
家の中へ入った。
「おばあちゃんただいま」
私は笑顔でそう言った。
「おや、こはちゃんおかえり。予定より帰りが早かったね」
それもそのはずだ。
あの事が起きなければ
私はまだあの場に居て
予定通り六時には帰るはずだった。
私はおばあちゃんに
伝えていた帰宅時間より三時間ほどは
早く帰ってきた。
「うん。何か思ったより早く勉強会が終わっちゃって」
「あら、そう。じゃあおばあちゃんとお茶でも飲むかい?」
「うん。飲もうかな」
そう言うとおばあちゃんは
温かいお茶を入れてくれた。
二人で居間でお茶を飲んだ。
「お勉強は捗ったかい?」
「うん。だいぶ捗ったよ」
「うんうん。それなら良かったよ」
「こはちゃんに仲の良いお友達が出来ておばあちゃん嬉しいよ」
「うんありがとう。おばあちゃん。
優しいね」
「おばあちゃんはいつも
こはちゃんが大好きだからね。
何かあったらいつでも言うんだよ」
おばあちゃんの優しさが身に染みて
泣くつもりのなかった私はポロポロと
涙をこぼしてしまった。
「おやおやどうしたの。
何か辛い事でもあったみたいだね。
おばあちゃん何でも聞くよ」
「あのね…」
話さないでおこうと思った
今日の話を私はおばあちゃんに話した。
「あら、そんな事があったの。辛かったね。
それなのにおばあちゃんの前では
辛い顔も見せず笑顔でいてくれた
こはちゃんは強いし優しい子だよ」
その言葉で更に
涙が止まらなくなってしまった。
「おばあちゃんごめんね。
いつも心配かけちゃって」
「いいんだよ。そんな事気にしなくて。
若いうちは沢山悩んで成長するものさ」
流石人生を長く生きてるおばあちゃんは
違うなと私は思った。
いつもおばあちゃんの
優しさに助けられてきた。
今日もおばあちゃんの優しさに助けられ
人の温かさを学んだ。
翌朝、起きて昨日の事を思い出して
学校に行きたくないと思いつつ
おばあちゃんにこれ以上、
心配を掛けられないと思い、
腹を括って学校へ行く事にした。
いつもより重い足取りで学校へ行き
教室に入った。
麗奈ちゃんに話しかけられたら
どうしようと思っていたが
そんな心配はする必要がなくなった。
一限目が始まる前のHRの時間
担任の先生から話があった。
その内容は麗奈ちゃんを含めた男女四人が
実はあの時、カラオケに
お酒を持ち込んでいて
皆でお酒を飲んでいたというものだった。
お酒を飲んでいたのは私が帰宅した後の
午後六時頃の話だった。
麗奈ちゃんのSNSの投稿からお酒が映っている動画や写真が出てきて、その事が発覚し
それを見た同じ学校の人が
学校へ連絡していたという内容だった。
名前は伏せていたが
今日、麗奈ちゃんは学校に来ていなかったし
麗奈ちゃん達と行ったカラオケの店名と
カラオケに行った人数や曜日を聞いて
麗奈ちゃん達の話だと気がついた。
麗奈ちゃんは三週間の自宅謹慎となった。
授業を終えてお弁当を食べて
家に帰って部屋で一人考えた。
私はあの時、家には帰らず
彼女達とあの時間まで一緒に居たら
今頃、どうなっていただろうか。
たまたま自分の悪口が聞こえ
体調不良を理由に帰ってしまったが、
今思えば彼女達の飲酒問題に
巻き込まれる事もなく
おばぁちゃんにも迷惑を掛けずに済んだ。
私はなるべく良い方に捉えるようにした。
麗奈ちゃんが学校に来なかった間、
私は一人になった。
ヒソヒソと私の事を噂する声も
聞こえてきた。
麗奈ちゃんと行動を共にしていたからか
あの子も本当は不良であの時
一緒にお酒を飲んでいたんじゃないか
とか、あまり関わらない方が良いという
話をしていた。
私に聞こえる場所と声で言うので
聞きたくなくても耳に入ってきた。
居ない所で話してくれたらいいのに
とは思ったが、そんな事を直接伝えたら
揉め事になるかもしれないので黙っていた。
麗奈ちゃんは三週間の自宅謹慎の後
学校を辞めた。
一人で行動する日々は半年ほど続いていて
私は相変わらず一人でお弁当を食べ、
移動教室なども一人だった。
話し相手も居ない学校へ行くのは
正直辛かったが、おばあちゃんに
心配を掛けたくなかったので学校へは
休まず毎日通い、バイトには週四回
行っていた。
「こはちゃん、最近は学校はどう?」
ある日の土曜日のお昼。
バイトが休みで家でテレビを見ていると
おばあちゃんが話しかけてくれた。
「うん。すごく楽しいよ。
友達も沢山いるし」
私は嘘をついた。
いつも一人でいると言ったら
おばあちゃんが心配してしまうと
思ったのでいつ聞かれてもこう答えようと
決めていた。
「あら、そう。おばあちゃん安心した。
こはちゃんに友達が沢山いるって聞いて」
「大丈夫だよ、おばあちゃん。
学校はすごく楽しいし毎日充実してるよ」
「おばあちゃんは嬉しいよ。こはちゃんは昔からお勉強も頑張ってて、家のお手伝いもよくしてくれて、人に気が遣えて優しい子だったからねえ」
そう言うとおばあちゃんは優しい微笑みを
私に向けてくれた。
「ありがとう。おばあちゃんが居たから今の私がいるんだよ」
「ううん。おばあちゃんは何もしちゃいないよ。おばあちゃんの事なんか気にせず、こはちゃんの好きな事をするんだよ。休みの日は遊びに行っていいんだから」
「うん。ありがとう。でもいいの。
私がおばあちゃんと居たいだけだから」
「こはちゃんはやっぱり、優しいねえ。天国のお母さんもきっと喜んでいるよ」
「そうかな」
「うん。きっとそうさ。お母さんは忙しいなりにこはちゃんの事を気にかけてくれていたよ」
「昔からお母さん厳しかったからそんな事
思った事なかった」
「いつかきっとお母さんの
本当の気持ちが分かる時が来るさ。
その時までこはちゃんは
今を思い切り楽しむんだよ」
「うん。わかった。」
お母さんの本当の気持ちとは何なんだろう、
それが分かる時はいつくるのかと思いながら
私はおばあちゃんとの会話が終わり、
おばあちゃんと私はテレビを見て他愛もない話をした。
しばらく経って夕方になり
私はおばあちゃんにおつかいを頼まれ
近くの八百屋に行く事になった。
八百屋で人参と白菜とジャガイモを
購入した。
今日の夜ご飯はシチューだと
おばあちゃんが言っていた。
八百屋の帰り道、私は前から来る人に
声を掛けられた。
「佐藤小春さん?」
ラフな格好をして買い物袋をぶら下げて
いる六十代くらいの男性に話しかけられた。
その人物が誰かは顔を見て
すぐに分かった。
中学三年生の時、私のいるクラスの
数学担当をしていた和田先生だった。
「はい、佐藤です。和田先生ですよね?」
「おー覚えててくれたのか!」
「もちろんですよ。
数学で分からない所を
よく聞きに行ってましたから」
「そうだったそうだった(笑)
君は授業の話をよく聞いていて
休み時間には分からない所を
質問しに来てたね」
「はい、先生とまたお会い出来て嬉しいです」
「先生も嬉しいよ。おばあさんは元気?」
「はい、元気です。
今日はおばあちゃんに頼まれて
おつかいに来てて」
私はおばあちゃんと二人暮らしをしていると
和田先生に話した事があった。
「それは良かった。
最近は変わった事何かないかい?」
「変わった事…特にないです」
少し間が空いて答えると
先生は何かを察したようだった。
「それは何かあるみたいだね。
実は先生は今、色んな事情で学校へ行けなくなった子達が行くフリースクールで勤務をしているんだけど、そこで月に二回ほど、
こども食堂をやっていてね。
今度良かったらそこへ来なさい。」
そう言って先生はチラシをくれた。
フリースクールの場所やこども食堂の
日時、細かな詳細などが書かれていた。
「ありがとうございます。
おばあちゃんに聞いてみます」
「うん。そうすると良い。
こども食堂じゃなくてもフリースクールは
月曜日から金曜日までは
空いてるからいつでも来なさい。」
「はい。ありがとうございます。」
和田先生はあの頃と変わらない優しさで
私をフリースクールに招いてくれた。
家に帰って私はおばあちゃんに中学時代の
数学担当の和田先生に会ったことを話した。
「こはちゃんが中学時代の数学担当だった
和田先生ね。おばあちゃん覚えているよ」
「本当に?」
「ええ。こはちゃんによく数学を教えてくれてすごく優しい先生ってこはちゃんから話聞いてたからね」
「そうなの。
和田先生今は
フリースクールで働いてるんだって」
「あら、そう。
フリースクールで働かれてるのね。」
「うん。そこで月二回、
こども食堂をやってるから来ないかって
誘われたんだけど今度行ってみてもいいかな?」
そう言って私は先ほど和田先生に
貰ったチラシをおばあちゃんに見せた。
「もちろんいいわよ。
お世話になった先生のお誘いじゃない。
こはちゃんも楽しんでらっしゃい」
「本当に?
ありがとう、おばあちゃん。」
「うんうん。
おばあちゃんの事は気にしなくていいのよ。もうすぐシチューが出来るから一緒に食べましょ」
「うん。お腹ペコペコ〜」
おばあちゃんはシチューとサラダを
作ってくれたので
私はテーブルを拭いて
テーブルに置いてあった物を片付けて
食器を用意した。
「さ、食べましょ。いただきます」
「いただきます」
おばあちゃんと食事をしながら会話をして
夜ご飯を食べ終わり、
その後、お風呂から上がり
テレビを見て、
いつも私より先におばあちゃんは寝るので
おばあちゃんがおやすみを私に言いに来る。
「こはちゃんおやすみ。
明日も素敵な一日にしましょうね」
「うん。ありがとう。
おやすみなさい。
ゆっくり寝てね、おばあちゃん。」
そう言って私はテレビを消して
二階へあがり自分の部屋に行き、
少し勉強をして午後十二時後頃、
ベッドに入り眠りについた。
和田先生に渡されたチラシには
毎月第一土曜日と第三土曜日に
こども食堂を開いていると書いてあった。
今日はちょうど第三土曜日だった。
おばぁちゃんに声を掛けて
こども食堂に行ってみる事にした。
「おばぁちゃん、
今日こども食堂に行ってきてもいいかな」
「あら、こども食堂今日だったのね。
ゆっくり楽しんでらっしゃい」
「ありがとう。
おばぁちゃんも何かあったら連絡してね」
「ありがとね、こはちゃん。
おばぁちゃんは大丈夫だよ。
事故とかに合わないように
車に気をつけるんだよ」
「うん。車に気をつけるね。行ってきます」
「ええ。行ってらっしゃい」
おばぁちゃんは玄関まで来てくれて
優しく微笑みながら私を見送ってくれた。
携帯で道を調べながら
私はこども食堂をやってる
フリースクールに向かった。
歩いていけそうな距離だったので
歩いて行くことにして歩くこと二十分ほどで
フリースクールに着いた。
四階建ての建物の三階に
フリースクールはあった。
階段で三階まで上がりスリッパに履き替えて
扉を開けると既に何人かの人が
その場に居た。
そこには和田先生の姿もあった。
「小春さん、こっちこっち」
和田先生が呼びフリースクールの中を
案内してくれた。
普段、こども食堂をしている場所は
フリースクールに通っている
子供達がそこで勉強をしたり、
休憩したり、カードゲームをしたりしていると和田先生は言っていた。
和田先生はそこに居る職員の方や
アルバイトで働いている大学生の方々を
私に紹介してくれた。
その方々は普段、フリースクールで
事務作業をしたり、
子供たちに勉強を教えたり、
会話をしたり、
こども食堂の時は買い出しに行き、
食事をする手伝いなどをしていると
和田先生に教えてもらった。
今日のこども食堂には
職員の方や大学生、
フリースクールに通っている
私と同世代くらいの
中高生の人達が来ていた。
今日のメニューは八宝菜と
わかめスープに白ご飯。
デザートは杏仁豆腐だった。
私も食器を運んで並べたりして
手伝った。
出来上がった食事をテーブルに置き
席に着き、私は手を合わせる。
「いただきます」
そう言って私はまず初めに
八宝菜を口にした。
「美味しい…」
「わかる!それ、めっちゃ美味しいよね!」
あまりの美味しさに私が思わず
「美味しい」という言葉をこぼすと
私の向かい側の席に座っていた
大学生ぐらいの男性が話しかけられた。
「はい。とっても美味しいです。
こんな美味しい八宝菜、誰が作ってるんですか?」
「ここで働いてる職員の方だったり大学生だったり、ここに通ってる子供達も手伝ってくれてるんだよ」
「そうだったんですね。皆さん、料理がお上手ですね。わかめスープも美味しいです。」
「だよね!だよね!
こども食堂で出る料理、全部美味しいから
どんどん食べてって!」
「はい。ありがとうございます」
私は少し微笑みながらそう答えた。
食事を終えるまで彼と会話を続けた。
話の途中で自己紹介をし合った。
「僕の名前は新田裕也。
新田先生って呼んでくれたら嬉しいかな」
「私の名前は佐藤小春です。呼び方は何でも大丈夫です」
「おっけー。
じゃあ小春ちゃんって呼ばせてもらうね」
この時私は新田先生の事を
距離の縮め方が上手い人だなと思った。
「あ、僕は二十歳。今、大学三年生だよ」
「私は十六歳です。今、高校一年生です」
その後はお互いの趣味を
話したりした。
新田先生の趣味は
一人旅や飼い猫と遊ぶ事。
教師を目指していると言っていた。
今はこのフリースクールで
アルバイトとしてここで
働いているらしい。
私は彼に
爽やかで気さくな話しやすい印象を持った。
食事が終わってこども食堂に来ていた
中高生を呼んでカードゲームが始まった。
カードゲームを楽しみながら
フリースクールに通う中高生とも
仲良くなる事が出来た。
とても楽しい空間で居心地が良かった。
日が落ちてきて、そろそろ帰ろうかなと
いう時に一人の女性に話しかけられた。
「今日はどうだった?」
「とっても楽しかったです。
また来たいです!」
「良かった〜ぜひまた来て!」
「はい!また来ます」
「あ!お名前は?」
「佐藤小春です」
「小春ちゃんか。素敵な名前だね!」
私がそう言うとその女性は
柔らかい笑顔を返してくれた。
新田先生同様、
気さくで話しやすい印象を持った。
とても優しそうな人だった。
「ありがとうございます。嬉しいです」
私も彼女に笑顔を返した。
「二人とも何話してるの〜」
話の途中で先ほど食事をしていた時
話をしていた新田先生がやってきて
会話に入ってきた。
「新田先輩!こども食堂にまた来てねって話をしてたんですよ〜!」
先輩と呼んでいるという事は彼女は
新田さんより年下で後輩の方なんだなと
思った。
「うんうん。それはいい。
また来て僕たちと話をしよう〜」
「ですね〜
私たちはいつでもウェルカムですよね!」
「ウェルカム!ウェルカム!」
「はい。ありがとうございます!」
「そうだ。せっかくだし三人で連絡先でも交換しようよー」
新田先生がそう提案をした。
「それ、いいですね!」
新田先生の後輩の方であろう女性が
そう言った。
私たちは携帯を出しLINEを交換した。
彼女のLINEの登録名に
坂口綾音(さかぐち あやね)と 書いてあった。
「あれ、私まだ名前言ってなかったよね?!」
「そうなの?
綾音ちゃんしっかりしてくれよ(笑)」
「すみません(笑)
改めまして、
私の名前は坂口綾音です!
十九歳の大学一年生です!
新田先輩とは大学が一緒で同じ学部って事をフリースクールにアルバイトするようになってから知ったの」
「そうだったんですね。
なかなかない繋がりですね」
「世間は狭いよね〜」
「本当ですね〜」
「ところで小春ちゃんは今高校生?」
「はい。高校一年生です」
「いいね〜青春真っ盛りだね!」
「そんな事ないですよー」
「青春はいいよね〜
僕も若いうちに沢山経験したかったなあ」
「あれ、先輩は青春してこなかったんですか?」
「うん。勉強に部活に忙しかったからねー」
「それも青春じゃないですか!」
「あ!確かに(笑)」
その後も話をしながら三人で笑い合って
帰りは途中まで一緒に帰った。
家に帰るとおばぁちゃんが
夜ご飯の支度をしていた。
「おばぁちゃんただいま」
「こはちゃん、おかえり。
今日は楽しめたかい?」
「うん。すごく楽しかった」
私は満面の笑みでそう答えた。
「あら、良かった。
こはちゃんがこんなに素敵な笑顔で帰ってきてくれて嬉しいよ」
「おばぁちゃんは今日何してたの?」
「今日は編み物をしたり本を読んでいたよ」
「ゆっくり出来た?」
「ええ。十分ゆっくり出来たよ」
「良かった。じゃあ私、着替えてくるね」
「夜ご飯がもうすぐ出来るからね。
ゆっくり着替えてらっしゃい」
「うん。わかった。ありがとう」
私はそう言って自分の部屋に行き、
部屋着に着替えた。
部屋着に着替えておばぁちゃんが居る
一階に降りて食事を運び、おばぁちゃんと
一緒に食事をした。
食事をしながらおばぁちゃんと会話をした。
「今日はね、本当にすごく楽しかったの」
「うんうん。
今日はどんな事をしたのかい?」
「フリースクールでアルバイトをしている大学生の先生とお話したり、カードゲームをして遊んだりもしたよ」
「それはとっても楽しそうだね〜
フリースクールには
大学生の先生もいるんだね。」
「うん。アルバイトで働いてるんだってー」
「アルバイトさんなんだね。
こはちゃんは誰か仲の良い人は出来たかな?」
「うん。大学生のお兄さんとお姉さんの先生と仲良くなれたよ。」
「それはいいねえ。素敵じゃない。
こはちゃんも心から楽しめたみたいで
おばぁちゃんも嬉しいよ。」
「楽しかったからいつかまた行きたいなあ」
「いいじゃない。
いつかと言わずまた次も行くと良いよ。
こはちゃんが行きたい時に行くと良いよ」
「え、いいの?」
「もちろんだよ。こはちゃんは
アルバイトもいつも頑張ってるし、家のお手伝いもしてくれておばぁちゃんの事も気遣ってくれて、こんな良い子に駄目なんて言わないよ」
「おばぁちゃん…」
「こはちゃんが
こんなにも楽しかったって言ってくれて、
おばぁちゃんは本当に嬉しかったよ。
また行って色んな話を
おばぁちゃんに聞かせてちょうだい。
おばぁちゃん、こはちゃんの話聞くの大好きだから。」
どこまでも優しいおばぁちゃんの言葉に
私は思わず、涙ぐんでしまった。
「あらあら、おばぁちゃんはいつもこはちゃんを泣かせちゃうねえ」
「ううん。違うのおばぁちゃん。おばぁちゃんが優しすぎて涙が勝手に出ちゃうの」
「そうだったの。
こはちゃんは本当に良い子だねえ」
「そんな事ないよ。」
「ううん。こはちゃんは素直でとっても優しい子だよ。おばぁちゃんは近くで見てきたからよーく分かるよ。」
「ありがとう。いつもおばぁちゃんと話すと心が温まって優しい気持ちになるよ」
「それは良い事だねえ。
おばぁちゃんもこはちゃんと同じ気持ちだよ」
おばぁちゃんはいつも私の心の支えに
なっていて、
こんなにも優しいおばぁちゃんが
身近に居てくれて
本当に良かったと私は思った。
おばぁちゃんとの食事を終え
お風呂を済ませ、自分の部屋で
しばらくYouTubeを見ていると
LINEの通知音が鳴った。
ピロリン
誰からだろうと思って開いて見ると
今日のこども食堂で知り合った
坂口綾音先生だった。
『今日のこども食堂はどうだった?
私はすっごく楽しかった!!小春ちゃんとも仲良くなれて嬉しかったよ〜!
一緒にも帰れてハッピーな一日だったよ!』
綾音先生の方からLINEをくれると
思っていたかった私はとても嬉しい気持ちになった。
しばらく返信に悩み
五分後、私はメッセージ送信ボタンを押した。
『今日のこども食堂、
とても楽しかったです。
綾音先生や新田先生、
他の先生方もとても優しくて
ご飯はどれもすごく美味しかったです。
綾音先生とも仲良くなれて私もハッピーな
一日になりました!』
少し長めに返信してしまったかなとか、
私側から仲良くなれてなんて言って
馴れ馴れしくなかったかな、なんて
思いながら返信を待った。
二分後、綾音先生から返信があった。
『楽しかったならよかった〜!!
フリースクールの先生方は
皆優しいからぜひいつでもおいでね。
今日ご飯、すっごく美味しかったよね!
これからも小春ちゃんと
仲良くしたいな〜!』
返信の仕方で綾音先生は
明るくて優しい人だと
私は感じた。
しばらくLINEで会話をしていると
綾音先生からある提案をされた。
『今日は小春ちゃんと新田先生と
仲良くなれたしもし良かったら
三人のLINEグループ作らない??』
突然の提案に
びっくりしたが私は嬉しかった。
『LINEグループ良いですね!
楽しそうです。ぜひ作りましょ』
『よし!決まり〜!
じゃあ私がLINEグループを作るから
その後二人を招待するね!』
私はわくわくしながら
LINEグループに招待されるのを待った。
ピロリン
そして五分後、
LINEの通知音が鳴った。
LINEを開くとLINEグループに
招待されたという内容が書かれていた。
グループ名には『ごはん組』と
書かれてた。
さっそく私はメッセージを送ってみた。
『招待ありがとうございます。
よろしくお願いします!
ご飯組、素敵なグループ名ですね』
その後に新田先生がグループに
入ってきた。
『綾音ちゃん、招待ありがとう!
小春ちゃんもこれからよろしくね〜
素敵なグループ名だよね』
『小春ちゃん、新田先輩、
LINEグループに入って下さり、
ありがとうございます!
これからよろしくお願いします!
LINEのグループ名、何にしようかすごく悩みました(笑)』
その後はLINEで三人の趣味や
好きなテレビ番組の話で盛り上がり
心の底から楽しんでいた。
眠くなってきたので二人に
おやすみなさいと今日のお礼を伝え
ベッドに入って眠りについた。
あれから約三ヶ月ほど経った。
高校一年生も終わりかけの頃だった。
私は相変わらず、
一人で学校生活を送っている。
私はその後も
平日、バイトがない日などは
フリースクールに行くようになって
フリースクールで色んな人と
仲良くなる事が出来た。
こども食堂にも何回か行っていた。
こども食堂で出会ってLINEグループで
話している二人との仲は続いている。
今日の空が綺麗だったと
写真付きで送り合ったり、今日も頑張ろうと
励ましのメッセージを送ったり送られたり
していた。
フリースクールに行った時、
綾音先生と新田先生を見掛けるもあった。
勉強を教えてもらったり
会話をしたりもした。
忙しそうな時は挨拶だけして
他の先生に勉強を教えてもらって、
フリースクールにいる中高生の人達と
会話をしたりした。
そんな日々が続いたある日、
フリースクールに行って
席について勉強を少しした後
休憩をしていると男の子が持ってる
可愛い動物の筆箱が目に入った。
「それ、可愛い筆箱だね」
私は思わず話しかけてしまった。
「ありがとう。
男がこんな可愛い筆箱持ってるの変かな?」
「何で?全然変じゃないよ。」
「僕、昔から可愛い物とか好きで集めてるんだけど、学校で馬鹿にされたんだ」
彼は今、中学二年生で
中学一年生の時、
可愛い物を持ってたり身につけてて
それを同じクラスの人に
「男のくせに気持ち悪い」と言われ周りからも無視をされたり、いじめに遭うように
なったと話してくれた。
その後、しばらくは学校に行っていたが
心に限界が来てしまい
途中で学校に行けなくなり
そんな時にこのフリースクールを
お母さんに勧められて
ここに通うようになったそうだ。
「そんな事があったんだ…気にする事ないよ。好きな物は好きいていいんじゃないかな」
「ありがとう。ここの先生達や生徒の人達はすごく優しくて僕も僕で居ていいんだって思えるよ」
「そうだよ。君は君のままでいいんだよ」
突然、新田先生がやってきて
会話に入ってきた。
「誰かに合わせて自分らしくいられないなら合わせる必要なんてない。
自分らしくいた事で嫌われたり、孤独になるなんて考える必要もないよ。
誰にどう思われるかじゃない。
自分がどう思うかだよ。
その気持ちを忘れないで。
人は皆、自分らしくいる事が一番大切だからね。
自分らしさを好きでいてくれる人と仲良くなるといいんだよ。
心配ないよ。
きっとそんな人が見つかるから」
私もその言葉ではっとした。
中学時代、人に合わせる事が苦手で
友達がどんどん離れていってしまった。
高校では嫌われたくないと思いから
自分の意見を言えず、相手に合わせたり
していた。
結局は人に合わせても
嫌われてしまったけど。
でも新田先生の言葉で自分らしさを好きでいてくれる人と仲良くしたいと思った。
自分は自分のままで
いていいんだと思えた。
「先生、ありがとう。僕もそう思うよ」
「ですね。私もそう思います」
「うんうん。頑張りたまえよ〜」
その日から私は徐々に新田先生に
惹かれていくようになった。
高校二年生になって
話しかけてくれる子がいた。
私はその子にありのままの私でいれて
時には自分の意見をはっきり言う事も
あった。
ありのままの私で接してもその子は
仲良くしてくれた。
新田先生の言った通り
自分らしさを好きでいてくれる人と
仲良くなれて私は嬉しかった。
フリースクールで私はその事を
綾音先生に報告した。
「学校で仲の良いお友達が出来たんだ!
小春ちゃん良かったね!
小春ちゃん、良い子だしすぐにお友達
出来ると思ってたんだ〜」
「ありがとうございます。
前に新田先生が自分らしさを
好きになってくれる人と仲良くしたらいいって言ってくれてそれから無理に人と合わせずに自分の意見もしっかり言えるようになりました!」
「良かった良かった〜!
私、嬉しいな〜
小春ちゃんに仲良い人が出来て、
それをこういう風に伝えてくれて」
綾音先生は心から喜んでくれて
私も嬉しい気持ちになった。
私は家に帰ってテレビを見ていた。
テレビを見ていると、
おばぁちゃんが話しかけてくれた。
「こはちゃん、最近はどう?
学校は楽しめてる?
フリースクールでもお勉強頑張ってるねえ」
「うん。すごく楽しいよ。
学校で友達も出来たよ」
「お友達が出来たのね。
最近、こはちゃんの表情が
活き活きしてておばぁちゃん
嬉しかったのよ。」
「そう?無意識だったよ」
「自然と表情が明るくなれるのは
素敵な事だよ。
おばぁちゃんはどんな
こはちゃんも大好きだけど
笑顔のこはちゃんが特に大好きだよ」
「ありがとう。
おばぁちゃんのおかげだよ。
いつも本当にありがとう」
「こちらこそいつもありがとうだよ。
こはちゃんは色んな
苦労を経験して頑張ってきて
アルバイトに家のお手伝いもしてくれて
本当にありがとうねえ。
感謝をするのはおばぁちゃんの方だよ」
「全部おばぁちゃんが居たから
頑張れたんだよ。
これからも私、頑張るよ」
「うん。おばぁちゃん、こうやって
こはちゃんの成長見られるの嬉しい。
応援してるからねえ」
「ありがとう。おばぁちゃん」
私とおばぁちゃんは笑い合って
その後は一緒にホットケーキを
作って食べた。
そしてそれから一年が経ち、
私は高校三年生になっていた。
バイトに行きながら、
バイトがない日にフリースクールに行き、
そんな日々を過ごしていた。
新田先生は大学を卒業し
県外の中学校へ就職をした。
結局、新田先生が好きという思いは
伝えられずじまいだったけど
今でもLINEグループで
綾音先生と新田先生と連絡を取っているので
そんな形で良い関係を続けられるのなら
それで良いと思った。
高校二年生で仲良くなった子とは
高校三年生でも同じクラスで
お互い何でも言い合える良い関係になれた。
毎日、家に帰ったらおばぁちゃんに
その日起きた事を報告したり、
他愛もない会話をして笑い合った。
そして迎えた高校卒業の日ーー
卒業式を終えて私は家に帰った。
「こはちゃん、卒業おめでとう。
三年間よく頑張ったね。
十八歳になったこはちゃんに
これを渡すね」
そう言っておばぁちゃんから
手紙を渡された。
小春へ と書かれた封筒の字がお母さんの
ものだった。
「お母さんからこはちゃんが
高校を卒業した時にこの手紙を
渡して欲しいって頼まれててね。
おばぁちゃんは部屋で本を読んでるから
ゆっくり読むといいよ」
「うん。わかった。ありがとう」
私は自分の部屋に行って
制服から私服に着替えて
お母さんからの手紙を開いた。
小春へ
高校卒業おめでとう。
この手紙を読んでいると言う事は
私はこの世に居ないという事なんだね。
私に何かあったら、
高校を卒業した小春に
この手紙を渡して欲しいと
おばぁちゃんに頼んでいたの。
私は今、未来の小春に向けて
手紙を書いてるよ。
私が手紙を書いている
今の小春は小学六年生。
毎日、塾に行って
勉強を頑張っているみたい。
小春はあまり勉強をしたくなさそうだけど
小春なりに頑張っている姿を見てお母さんは
嬉しいよ。
お母さんね、小春が四歳の時に
病気になった事があったの。
それで病院に入院して治ったはず
だったんだけど、それがまた再発したみたいでこの間、あまり長く生きれない事が分かったの。
いつどうなるか分からないから
今日、手紙を書いてみる事にしたよ。
病気の事黙っててごめんね。
お母さん、小春に心配掛けたくなくて
言い出せなかった。
おばぁちゃんにも病気の事は
小春には伝えないでって言っておいたの。
母子家庭だったけど
小春にはちゃんと勉強して
幸せになって欲しかったから中学受験を
受けさせる事にしたの。
昔はちょっと泣き虫な小春だったから
これからは自分の芯を強く持ってブレない心で居て欲しかった。
だからつい、口うるさく勉強の事を
言ったり厳しくしちゃってた。
突然、厳しくして戸惑ったよね。
本当にごめんね。
小春は素直で良い子だったから
グレる事もなく育ってくれたね。
私が仕事で忙しい時、
「寂しい」なんて言わずに
「お母さん、頑張ってね」って言ってくれたよね。
寂しい思いさせちゃってごめんね。
休みの日もあまり会話は出来なかったけど
洗濯物を畳んでてくれたり、食器を洗ってくれていたり、お手伝いしてくれていたよね。
おばぁちゃんからも私が仕事で
家に居ない時も勉強も頑張ってて
家の手伝いをしてくれてるって聞いたよ。
いつも助かってるよ。
本当にありがとう。
小春が居たからお母さん、
仕事も頑張れたよ。
友達は出来た?
やりたい事は見つかった?
小春が元気で幸せだと嬉しいな。
小春の成長をもっともっと見たかったな。
高校を卒業した小春はきっと
とっても素敵な女の子になってるだろうな〜
頑張り屋さんで素直で良い子の
小春にはきっとこれから沢山良い事が
沢山。
これから色んな人と出会って
素敵な恋愛をしてね。
もちろんお勉強はちゃんとするのよ(笑)
無理せず時には人に頼るのよ。
何があってもお母さんは
小春の味方だからね。
これからもずっとそばで
小春の事を応援してるよ。
小春の事、本当に本当に
大好きよ。
小春が健康で幸せでありますように。
改めて、卒業おめでとう。
それじゃあ、またね。
世界で一番、貴方の事を愛している
お母さんより
私は読み終わり、そっと手紙を閉じた。
手紙を読みながら溢れんばかりの
涙が出た。
しばらく涙が止まる事はなかった。
私は小学六年生の時、
お母さんが急に厳しくなり
あまり好きになれなかったが、
それは母の愛情だった事に手紙を読んで
気付いた。
どうしてもっとお母さんと
話さなかったんだろう。
どうしてお母さんの体調の異変に
気付けなかったのだろう。
どうして…どうして…
これまでの自分の行いを振り返り、
後悔と悲しみが入り交じった
複雑な感情になった。
私は悔しくて悲しくて再び涙を流した。
溢れんばかりの涙を止めたくて頭を上げて
天井を見上げてみたりもした。
しばらくして気持ちが落ち着いてきた頃
おばぁちゃんが私の部屋に来てくれた。
トントン
「こはちゃん、入るよ」
「あ、はーい」
私は泣いていた目をこすって
おばぁちゃんに返事をした。
「こはちゃん、手紙は読んだ?」
「うん。読んだよ。」
「こはちゃん、お母さんの病気の事、今まで黙っててごめんね。」
「ううん。おばぁちゃんは悪くないよ。
悪いのはお母さんの体調の
異変に気付けなかった私だよ。
お母さんの事、ずっと誤解しちゃってた。」
「こはちゃんは何にも悪くないんだよ。
お母さんはお母さんなりに
こはちゃんの事を思っての事
だったと思うし、
お母さんはこはちゃんに対して
ちょっぴり厳しかったけど、
そのおかげでこはちゃんは
誰よりも強くなったと思うし
素直で優しい良い子に成長しているよ。
おばぁちゃんは近くで見てきたから
本当によく分かるよ。
今まで色々、辛い事とか苦しい事
いっぱいあったと思う。
だけどその事に対して
こはちゃんは、ちゃんと向き合って
頑張ってきたよね。
おばぁちゃんが見てない所でもきっと沢山
色んな事を考えて悩んでその事と
向き合って来たんだと思う。
こはちゃん、今までよく頑張ってきたね。
高校卒業おめでとう。
こはちゃんはこはちゃんらしく
いていいんだからね。
大学生活も楽しみながら頑張るんだよ。
仲の良い人を沢山見つけて
その出会いを大切にしてね。
お互い、助け合えるような関係の人が
見つかる事をおばぁちゃんも祈っているよ。
お母さんと同じようにおばぁちゃんも
こはちゃんの事が大好きだからね。
何かあったらいつでもいつまでも
聞くからね。
これからも楽しかった事、苦しかった事、
何でもおばぁちゃんに話してね。」
所々、相槌を打ちながらおばぁちゃんの
言葉にしっかり耳を傾けた。
涙が止まらなくなってしまって
目は真っ赤になってしまった。
「おばぁちゃん、ありがとう。
おばぁちゃんが居たから、
私、頑張れたよ。
いつも私の事を気にかけてくれて
優しい言葉を掛けてくれて
本当に嬉しかった。
おばぁちゃんが優しすぎて
よく泣いちゃって困らせてごめんね。
私もおばぁちゃんの事が大好き。
大学は寮に行くからおばぁちゃんと
離れちゃうけど連絡するね。
手紙を読んでお母さんの本当の気持ちにも
気付けて良かった。
手紙を読んでなかったら私は
お母さんの事を誤解したままだったと思うし
手紙を読んでお母さんの事も心から大好きって思えた。
おばぁちゃん、
今まで育ててくれてありがとう。
沢山、お話を聞いてくれてどんな時も
私の味方でいてくれてありがとう。
私のおばぁちゃんでいてくれてありがとう。
おばぁちゃんが私のおばぁちゃんで
良かった。
これからも私、頑張るよ。
たまにおばぁちゃんに会いに行くね。
元気で長生きしてね。」
「こはちゃん、ありがとう。
やっぱりこはちゃんは優しいね。
いつもこはちゃんが優しい言葉を
掛けてくれておばぁちゃん、
とっても嬉しいよ。
連絡は無理せず、気が向いた時に
たまにでいいからね。
こはちゃんが会いに来た時は
大学の話とか友達の話とか
沢山お話聞かせてね。
いつでも待ってるよ
おばぁちゃんも元気で長生きするからね。」
「うん。ありがとう。
おばぁちゃんも何かあったら、
いつでも私に連絡してね。」
「ありがとう。
じゃあ、その時はそうさせて
もらうねえ」
「うん。待ってるね」
その後、おばぁちゃんと私は
長く今までの事、そしてこれからの事に
ついて沢山話した。
夜ご飯の後は
卒業お祝いにおばぁちゃんと
ケーキを食べて、笑顔で溢れていた。
お風呂に入って
自分の部屋のベッドには行かず
その日はおばぁちゃんと布団を並べて
一緒の部屋で寝た。
翌日ーー
目が覚めて、
顔を洗い、着替えを済ませ
ダンボールに荷物を詰めたり
作業をした。
私は今年の春から大学一年生になる。
フリースクールで出会った先生のおかげで
自分が変わる事が出来た経験から
自分もそんな風に誰かの人生に
良い影響を与えたいと思い教師を目指し、
教育学部に行く事にした。
家から通うとなると交通費も掛かり、
おばぁちゃんに負担をかけてしまうので
寮に入る事にした。
今日はおばぁちゃんと一緒に暮らした
家を出る日だった。
身支度を終えて少し休憩していると
LINEの通知音が鳴った。
ピロリン
LINEを開いてみた。
グループLINE「ごはん組」に入ってる
綾音先生、新田先生からだった。
私は綾音先生からのメッセージから
先に目を通した。
『小春ちゃん!卒業おめでとう!
三年間、よく頑張ったね。
高校一年生の時に出会った
小春ちゃんがもう卒業か〜
何だかすごく感慨深いよ。
小春ちゃんの全てを知ってるわけじゃないけどフリースクールでお話をしたり
こうやってLINEグループで話をしていると
小春ちゃんは自分の芯を持っていて
すごく良い子って
伝わってきてたよ。
これからも何かあったら
いつでも先生達を頼ってね。
新しい道へ進む小春ちゃんを
先生達は応援しているよ!
小春ちゃんは小春ちゃんらしく
一緒に頑張ろうね!』
綾音先生の言葉で心がとても
温かくなった。
次に新田先生からのメッセージに
目を通した。
『小春ちゃん、卒業おめでとう!
高校一年生だった小春ちゃんがもう卒業かあ
時間はあっという間だね。
小春ちゃんからしたら
僕はもうおじさんかな?(笑)
初めて小春ちゃんに会った時、
大人しそうな子だなって思ったけど
話していくうちにどんどん知らない部分を知れて嬉しかった。
こうやって、三人仲良くなれて
僕はとても嬉しかった。
出会いに感謝だね。
これからも先生達は
小春ちゃんを応援してるよ。
自分のペースで頑張っていこう〜』
二人のメッセージを読んで
子ども食堂でのフリースクールでの
思い出を頭の中で振り返ってみた。
フリースクールで
色んな人と出会い、悩みに触れて
アドバイスを聞き、私は目線を変えてみて
新しく気付けた事が沢山あった。
あの時、経験した
辛かった事も苦しかった事も、
色んな人と出会った事で
私は変わることが出来た。
この事をずっとずっと忘れない。
いつか、きっと私はあの時、
経験した気持ちをもう一度
思い出すだろう。
お母さん、私、今幸せだよ。
おばぁちゃんやフリースクールで出会った人達のおかげで沢山、成長出来たよ。
これからは自分らしく頑張るから
見守っててね。
頭の中で今までの思い出を振り返りながら、私はその後、綾音先生と新田先生の二人にお礼を伝え今後の事は
どうしていきたいかなど、
そういう話もした。
少し二人とLINEで会話を交わした後、
メッセージ画面を閉じ私は玄関に向かう。
おばぁちゃんも玄関まで
見送りに来てくれた。
そして、私は新しい未来に胸を高鳴らせ
玄関のドアを開けた。
大きく息を吸って声に出して私は言う。
「行ってきます」
少しだけ息がしやすくなった気がした。
四月六日
春は出会いと別れの季節
真っ青な雲一つない晴天
肩までついた髪を一つにまとめて
鏡の前で身なりを整え家を出る。
今日は高校の入学式。
わくわくで心躍る人が大半の中、
私、佐藤小春は
そんな気持ちは一切なかった。
何故なら、この学校の景色は
嫌という程、見てきたからだ。
三年前、私は中学を受験をした。
私が受験した中学は中高一貫だったため、高校もエスカレーター式で入学した。
中学では友達がいなかった訳ではないが
友達以上親友未満という感じで
特別親しい間柄の人は居なかった。
見慣れた同じ校舎で
また三年間を過ごすと思うと憂鬱だった。
昇降口の前に張り出されている
クラス発表の紙を見たあとは、
すぐに指定の教室に向かった。
自分の席を確認して、
左から二列目の一番後ろの席に座った。
席に座って辺りを見回してみた。
中学が同じ人達が高校での
再会を喜んでいたり、
入学前からSNSで繋がっていたり。
もちろん私はどちらでもない。
色んな人がいる中、
自分から積極的に話せない私は
一人、無表情で椅子にぽつんと座っていた。
誰にも話しかけられず、虚無の五分間を過ごしていたら
突然、一人の女の子に話しかけられた。
「佐藤さんだっけ?
中学の頃、同じクラスに
なったことあるよね?」
突然私の目の前にやって来た
話しかけられた瞬間にびっくりして
思わずキョロキョロしてしまった。
中学の頃、同じクラスになったことのある
女の子だった。
戸惑いながら三秒後、彼女の問いに答えた。
「うん。青木さんだっけ。
青木さんもそのまま進学したんだね。」
「そうそう~中学の頃はあんまり
話してなかったけどさ、これから仲良くしよ!」
そう言った彼女の名前は
青木麗奈(あおき れいな)。
長い髪をポニーテールに結んでいて明るくて天真爛漫という印象を抱いていた。
中二の時、同じクラスになった事のある彼女は明るい性格で色んな人と仲が良かったので私にも声を掛けてくれた事もあった。
「ありがとう。これからよろしくね」
この時の私は後々、
あんな事が起きるなんて
予想もしていなかったーー
「おばぁちゃん、ただいま」
「こはちゃんおかえり。
入学式はどうだった?」
「うん。まあまあかな。」
「そっか。そっか。
まだ初日だから焦る必要ないからね」
「うん」
椅子に腰掛けていたおばぁちゃんは
椅子から立ち上がり私に質問してくれた。
私はおばぁちゃんと二人で暮らしている。
お母さんとお父さんは私が三歳の頃、
離婚した。
それ以来、お母さんは
看護師をしながら
女手一つ、私を育ててくれた。
お母さんが仕事で夜勤の時は
おばぁちゃんが私の事を見てくれていた。
小学五年生頃までは優しかったお母さんが
中学受験をする事になった小学六年生の
タイミングで厳しくて口うるさい
お母さんに変わっていった。
当時、母には
「勉強、勉強」「遊んでいる暇なんてない」
などと言われていた。
まだ友達と遊びたい時期の
小学六年生だった私は嫌々ながら
塾に通い始め、寝る間も惜しんで勉強をし、お母さんの言う通りにしていた。
自分がやりたい事でもないのに
何故こんな事をしているのだろうと
思った時期もあった。
つい、この間まで優しかった
お母さんの性格が急に変わり戸惑い、
お母さんのことをあまり
好きになれなかった。
それ以来、会話も最低限の会話しか
しなくなった。
そんなお母さんはもう、
この世にはいない。
二年前、お母さんは突然倒れ、
そのまま病院へ運ばれた。
それからお母さんは植物状態となり、
言葉を交わすことなく半年が経ったある時
お母さんはこの世を去った。
おばぁちゃんは昔から良き理解者で
私の事をとても可愛がってくれた。
高校はエスカレーター式で進学したものの
特待制度の試験を受けて
学費全額免除となっていた。
おばあちゃんに負担を掛けたくなかったので
高校に入る前の春休みからバイトを始めた。
「おばあちゃん私、
自分の部屋に行ってるね」
「ええ。着替えてらっしゃい。
お茶を入れて待ってるよ」
「うん。ありがとう」
私は二階にある自分の部屋に行き、
部屋着に着替えた。
部屋着に着替えた後、
再びおばあちゃんの居る居間へ戻った。
「あら、そう。
中学校の頃のお友達と話せたのね。」
「うん。まだ友達って感じじゃないけど。
仲良くなれるかな?」
「優しくて笑顔が素敵なこはちゃんなら
きっとその子と仲良くなれるさ」
「そうかな」
「きっとそうさ。
笑顔でいれば人は自然と寄ってくるからね」
「うん。頑張ってみる」
「うんうん。おばあちゃんも応援してるよ」
「ありがとう。おばあちゃん」
しばらく、おばあちゃんと雑談をして
そのあと、お風呂に入り夜ご飯を済ませ
自分のベットに入り
その日は眠りについた。
入学式から
一ヶ月半が経ち五月も後半に入っていた。
麗奈ちゃんは今でも
私に話しかけてくれている。
私から話しかける事もよくあった。
自分の席に着き、教科書を開いて
1時間目の数学の授業の予習をしようとしていたその時、私の席にやってきて麗奈ちゃんに話しかけられた。
「おはよう!小春ちゃん」
いつものように明るく挨拶をしてくれた。
「おはよう。麗奈ちゃん」
「もうすぐ中間テストだね。小春ちゃんは勉強してる?」
私たちは六月に高校に
入学して初めての
中間テストを控えていた。
「全然全然。
毎日ほんの少ししか出来てないよ」
本当は毎日コツコツ勉強しているが
ここで「うん。毎日勉強してるよ」
なんて言ってしまったら
中学の頃のように誰からも話しかけられなくなってしまうと思ったので
今回は当たり障りのないように答えた。
「嘘だ〜
だって小春ちゃん中学の時、
頭良かったじゃん!」
「全然そんな事ないよ」
「いやいや!
いつも成績上位で先生からも
褒められてたし〜」
「そうだったかな。
あんまり覚えてないかも」
「やっぱり頭が良い人が言う事は違うね。
私も見習わなくちゃ」
「本当にそんな事ないよ。でもありがとう」
「じゃあさ、今度の土曜日、勉強会しない?」
「勉強会?」
「うん!私、勉強苦手だから
勉強教えて欲しくて!だめかな?」
「ううん。勉強会いいね。しようよ」
「本当?よかった〜じゃあ時間と場所は家に帰ってから連絡するね」
「うん。ありがとう」
私は休日に友達と会う約束をしたのが
小学生の時以来だったので
内心浮かれていた。
家に帰っておばあちゃんに
今日の出来事を話した。
「へぇ。お友達とお勉強会するの。
学生らしくていいねえ」
「うん、楽しみ。
勉強会は土曜日なんだけど
行ってきてもいいかな?」
「勿論、行ってきていいに決まってるじゃない。楽しんでらっしゃい」
「ありがとう!おばあちゃん」
相変わらず優しいおばあちゃんで
良かったと心底思った。
約束の土曜日になり、待ち合わせ場所の
カフェの前で待つこと三十分。
彼女が走りながら
派手な格好をした同世代くらいの
男女四人を連れてやってきた。
「小春ちゃんごめん!待った?」
「ううん。ちょうど今来たとこ」
「あ、違うクラスの四人連れてきちゃったんだけど大丈夫?」
「うん。全然大丈夫だよ。
皆で勉強しよう」
「良かった〜ありがとう!
小春ちゃん最高!」
彼らは麗奈ちゃんと私と同じ学校で
違うクラスの人達だった。
彼らとは同じ中学ではなかったそうだが
SNSを通じて高校入学前から仲良くなっていたと彼女は言っていた。
男子三人、麗奈ちゃんと私をを含めた
女子三人、計六人で勉強会の場所へ向かう事になった。
私はてっきり二人で勉強するものだと思っていたので少し戸惑ったが、
「四人はちょっと…」と
あの場で断ったりして嫌われるのも
怖かったので皆と一緒に勉強する事にした。
待ち合わせ場所のカフェから
10分ほど歩いてカラオケボックスに着いた。
カラオケボックスで勉強をするのかと疑問を持ちながら思いながらお店の中に入った。
カラオケで受付済ませ、やや広めの部屋に
案内された。
部屋に着いて私は小声で麗奈ちゃんに話しかけてみた。
「カラオケで勉強するの?」
「え?ホントに勉強する気だったの?」
「え、ううん。」
「だよね!学生なんだから楽しまなくっちゃ〜」
私は勉強するつもりで来ていたが、
勉強しないからといって
やっぱり帰るとここで発言して
場の雰囲気を壊したくなくなかったので
しばらく周りに合わせた。
「小春ちゃんだっけ?大人しいね」
私の左隣に座っていた
少しチャラ目で髪の毛の毛先を
遊ばせてる感じの男の子が私に
話しかけてきた。
「そうかな」
私は苦笑いをしながら彼に言葉を返した。
「せっかく来たんだから楽しみなよ。
今度二人で遊ぶ?」
「え、いや、ごめんなさい。大丈夫」
「えーなんで〜遊ぼうよ」
「怖がってるからやめてあげなよ〜」
左隣に座っていた麗奈ちゃんが
困っている私に助け舟を出してくれた。
皆が歌い盛り上がる中、私は急に
トイレに行きたくなり席を外した。
トイレを済ませ、部屋に戻ろうと
ドアを開ける三歩ほど前で私の名前が聞こえてきた。
「てかさー麗奈、
何であんな地味な子と絡んでるの?」
どうやら一人の女の子が麗奈ちゃんに
問いかけていた。
私はドアを開けずに
ドアの外から立ち止まって
しばらく様子を見る事にした。
「地味とか言っちゃだめでしょ(笑)
まあ本当の事だけど」
彼女がその発言をした後、
悪い空気の笑いが起きた。
「入学式の日、同じ中学の人とか
誰からも話しかけてもらえてなかったから
可哀想で話しかけてみたんだけど、
その後もちょこちょこ
話しかけたりしてたんだけど、
そしたらずっと話しかけてくるように
なってさ!」
「え、何かちょっとうざ(笑)」
「でしょ!でしょ!
だからさ今日勉強会って言っといて
カラオケに連れて行って
私達と空気感っていうか
生きてる次元が違うよって
教えてあげようかなって思ってさ」
「うわ、辛辣〜!」
「あー!そういう事だったんだ(笑)」
「そうそう(笑)」
男女五人が楽しそうに私のことで
盛り上がっているようだった。
その場で黙って帰ろうかと思ったが
カラオケの部屋にバックを置いていたので
バックだけ取って帰ることにした。
今までの事を聞いてなかったのように何でもない顔をして部屋に入った。
ガチャ
「あ、小春ちゃんおかえり〜」
「ごめん、麗奈ちゃんあのさ、私ちょっと体調悪くなっちゃって今日は先に帰るね」
「あ、そうなの?分かった大丈夫〜?」
「うん。大丈夫。お金置いていくね」
「じゃ、また学校でね〜」
「うん。またね」
私は自分が飲んでいたドリンク代を入れて
少し多めにお金を払って部屋を出た。
部屋を出た後、
彼らがどういう会話をしていたかは
知らない。
知った所で私に
何の利益がない事は確かだった。
その日、私は泣きながら歩いた。
道行く人がジロジロと私を見る中
私はそんな事を気にしてる余裕もなかった。
仲が良いと思っていた子から
まさかあんな事を言われるとは
思っていなかった。
仲良くなったと勘違いをしていた
自分が恥ずかしくなった。
当たり障りのないように会話もしていたが
きっと私と彼女とは性格が違いすぎて
彼女が私に気を遣っていたのだろう。
悲しみと同時に
彼女に申し訳ない気持ちにもなった。
家の前まで着くと涙を拭いて
しばらく目の赤みが消えるまで待った。
泣いた姿のまま、家に入ると
優しいおばあちゃんは
きっと心配してしまう。
おばあちゃんに迷惑を掛けたくなかった。
心を落ち着かせ、涙を堪えて
家の中へ入った。
「おばあちゃんただいま」
私は笑顔でそう言った。
「おや、こはちゃんおかえり。予定より帰りが早かったね」
それもそのはずだ。
あの事が起きなければ
私はまだあの場に居て
予定通り六時には帰るはずだった。
私はおばあちゃんに
伝えていた帰宅時間より三時間ほどは
早く帰ってきた。
「うん。何か思ったより早く勉強会が終わっちゃって」
「あら、そう。じゃあおばあちゃんとお茶でも飲むかい?」
「うん。飲もうかな」
そう言うとおばあちゃんは
温かいお茶を入れてくれた。
二人で居間でお茶を飲んだ。
「お勉強は捗ったかい?」
「うん。だいぶ捗ったよ」
「うんうん。それなら良かったよ」
「こはちゃんに仲の良いお友達が出来ておばあちゃん嬉しいよ」
「うんありがとう。おばあちゃん。
優しいね」
「おばあちゃんはいつも
こはちゃんが大好きだからね。
何かあったらいつでも言うんだよ」
おばあちゃんの優しさが身に染みて
泣くつもりのなかった私はポロポロと
涙をこぼしてしまった。
「おやおやどうしたの。
何か辛い事でもあったみたいだね。
おばあちゃん何でも聞くよ」
「あのね…」
話さないでおこうと思った
今日の話を私はおばあちゃんに話した。
「あら、そんな事があったの。辛かったね。
それなのにおばあちゃんの前では
辛い顔も見せず笑顔でいてくれた
こはちゃんは強いし優しい子だよ」
その言葉で更に
涙が止まらなくなってしまった。
「おばあちゃんごめんね。
いつも心配かけちゃって」
「いいんだよ。そんな事気にしなくて。
若いうちは沢山悩んで成長するものさ」
流石人生を長く生きてるおばあちゃんは
違うなと私は思った。
いつもおばあちゃんの
優しさに助けられてきた。
今日もおばあちゃんの優しさに助けられ
人の温かさを学んだ。
翌朝、起きて昨日の事を思い出して
学校に行きたくないと思いつつ
おばあちゃんにこれ以上、
心配を掛けられないと思い、
腹を括って学校へ行く事にした。
いつもより重い足取りで学校へ行き
教室に入った。
麗奈ちゃんに話しかけられたら
どうしようと思っていたが
そんな心配はする必要がなくなった。
一限目が始まる前のHRの時間
担任の先生から話があった。
その内容は麗奈ちゃんを含めた男女四人が
実はあの時、カラオケに
お酒を持ち込んでいて
皆でお酒を飲んでいたというものだった。
お酒を飲んでいたのは私が帰宅した後の
午後六時頃の話だった。
麗奈ちゃんのSNSの投稿からお酒が映っている動画や写真が出てきて、その事が発覚し
それを見た同じ学校の人が
学校へ連絡していたという内容だった。
名前は伏せていたが
今日、麗奈ちゃんは学校に来ていなかったし
麗奈ちゃん達と行ったカラオケの店名と
カラオケに行った人数や曜日を聞いて
麗奈ちゃん達の話だと気がついた。
麗奈ちゃんは三週間の自宅謹慎となった。
授業を終えてお弁当を食べて
家に帰って部屋で一人考えた。
私はあの時、家には帰らず
彼女達とあの時間まで一緒に居たら
今頃、どうなっていただろうか。
たまたま自分の悪口が聞こえ
体調不良を理由に帰ってしまったが、
今思えば彼女達の飲酒問題に
巻き込まれる事もなく
おばぁちゃんにも迷惑を掛けずに済んだ。
私はなるべく良い方に捉えるようにした。
麗奈ちゃんが学校に来なかった間、
私は一人になった。
ヒソヒソと私の事を噂する声も
聞こえてきた。
麗奈ちゃんと行動を共にしていたからか
あの子も本当は不良であの時
一緒にお酒を飲んでいたんじゃないか
とか、あまり関わらない方が良いという
話をしていた。
私に聞こえる場所と声で言うので
聞きたくなくても耳に入ってきた。
居ない所で話してくれたらいいのに
とは思ったが、そんな事を直接伝えたら
揉め事になるかもしれないので黙っていた。
麗奈ちゃんは三週間の自宅謹慎の後
学校を辞めた。
一人で行動する日々は半年ほど続いていて
私は相変わらず一人でお弁当を食べ、
移動教室なども一人だった。
話し相手も居ない学校へ行くのは
正直辛かったが、おばあちゃんに
心配を掛けたくなかったので学校へは
休まず毎日通い、バイトには週四回
行っていた。
「こはちゃん、最近は学校はどう?」
ある日の土曜日のお昼。
バイトが休みで家でテレビを見ていると
おばあちゃんが話しかけてくれた。
「うん。すごく楽しいよ。
友達も沢山いるし」
私は嘘をついた。
いつも一人でいると言ったら
おばあちゃんが心配してしまうと
思ったのでいつ聞かれてもこう答えようと
決めていた。
「あら、そう。おばあちゃん安心した。
こはちゃんに友達が沢山いるって聞いて」
「大丈夫だよ、おばあちゃん。
学校はすごく楽しいし毎日充実してるよ」
「おばあちゃんは嬉しいよ。こはちゃんは昔からお勉強も頑張ってて、家のお手伝いもよくしてくれて、人に気が遣えて優しい子だったからねえ」
そう言うとおばあちゃんは優しい微笑みを
私に向けてくれた。
「ありがとう。おばあちゃんが居たから今の私がいるんだよ」
「ううん。おばあちゃんは何もしちゃいないよ。おばあちゃんの事なんか気にせず、こはちゃんの好きな事をするんだよ。休みの日は遊びに行っていいんだから」
「うん。ありがとう。でもいいの。
私がおばあちゃんと居たいだけだから」
「こはちゃんはやっぱり、優しいねえ。天国のお母さんもきっと喜んでいるよ」
「そうかな」
「うん。きっとそうさ。お母さんは忙しいなりにこはちゃんの事を気にかけてくれていたよ」
「昔からお母さん厳しかったからそんな事
思った事なかった」
「いつかきっとお母さんの
本当の気持ちが分かる時が来るさ。
その時までこはちゃんは
今を思い切り楽しむんだよ」
「うん。わかった。」
お母さんの本当の気持ちとは何なんだろう、
それが分かる時はいつくるのかと思いながら
私はおばあちゃんとの会話が終わり、
おばあちゃんと私はテレビを見て他愛もない話をした。
しばらく経って夕方になり
私はおばあちゃんにおつかいを頼まれ
近くの八百屋に行く事になった。
八百屋で人参と白菜とジャガイモを
購入した。
今日の夜ご飯はシチューだと
おばあちゃんが言っていた。
八百屋の帰り道、私は前から来る人に
声を掛けられた。
「佐藤小春さん?」
ラフな格好をして買い物袋をぶら下げて
いる六十代くらいの男性に話しかけられた。
その人物が誰かは顔を見て
すぐに分かった。
中学三年生の時、私のいるクラスの
数学担当をしていた和田先生だった。
「はい、佐藤です。和田先生ですよね?」
「おー覚えててくれたのか!」
「もちろんですよ。
数学で分からない所を
よく聞きに行ってましたから」
「そうだったそうだった(笑)
君は授業の話をよく聞いていて
休み時間には分からない所を
質問しに来てたね」
「はい、先生とまたお会い出来て嬉しいです」
「先生も嬉しいよ。おばあさんは元気?」
「はい、元気です。
今日はおばあちゃんに頼まれて
おつかいに来てて」
私はおばあちゃんと二人暮らしをしていると
和田先生に話した事があった。
「それは良かった。
最近は変わった事何かないかい?」
「変わった事…特にないです」
少し間が空いて答えると
先生は何かを察したようだった。
「それは何かあるみたいだね。
実は先生は今、色んな事情で学校へ行けなくなった子達が行くフリースクールで勤務をしているんだけど、そこで月に二回ほど、
こども食堂をやっていてね。
今度良かったらそこへ来なさい。」
そう言って先生はチラシをくれた。
フリースクールの場所やこども食堂の
日時、細かな詳細などが書かれていた。
「ありがとうございます。
おばあちゃんに聞いてみます」
「うん。そうすると良い。
こども食堂じゃなくてもフリースクールは
月曜日から金曜日までは
空いてるからいつでも来なさい。」
「はい。ありがとうございます。」
和田先生はあの頃と変わらない優しさで
私をフリースクールに招いてくれた。
家に帰って私はおばあちゃんに中学時代の
数学担当の和田先生に会ったことを話した。
「こはちゃんが中学時代の数学担当だった
和田先生ね。おばあちゃん覚えているよ」
「本当に?」
「ええ。こはちゃんによく数学を教えてくれてすごく優しい先生ってこはちゃんから話聞いてたからね」
「そうなの。
和田先生今は
フリースクールで働いてるんだって」
「あら、そう。
フリースクールで働かれてるのね。」
「うん。そこで月二回、
こども食堂をやってるから来ないかって
誘われたんだけど今度行ってみてもいいかな?」
そう言って私は先ほど和田先生に
貰ったチラシをおばあちゃんに見せた。
「もちろんいいわよ。
お世話になった先生のお誘いじゃない。
こはちゃんも楽しんでらっしゃい」
「本当に?
ありがとう、おばあちゃん。」
「うんうん。
おばあちゃんの事は気にしなくていいのよ。もうすぐシチューが出来るから一緒に食べましょ」
「うん。お腹ペコペコ〜」
おばあちゃんはシチューとサラダを
作ってくれたので
私はテーブルを拭いて
テーブルに置いてあった物を片付けて
食器を用意した。
「さ、食べましょ。いただきます」
「いただきます」
おばあちゃんと食事をしながら会話をして
夜ご飯を食べ終わり、
その後、お風呂から上がり
テレビを見て、
いつも私より先におばあちゃんは寝るので
おばあちゃんがおやすみを私に言いに来る。
「こはちゃんおやすみ。
明日も素敵な一日にしましょうね」
「うん。ありがとう。
おやすみなさい。
ゆっくり寝てね、おばあちゃん。」
そう言って私はテレビを消して
二階へあがり自分の部屋に行き、
少し勉強をして午後十二時後頃、
ベッドに入り眠りについた。
和田先生に渡されたチラシには
毎月第一土曜日と第三土曜日に
こども食堂を開いていると書いてあった。
今日はちょうど第三土曜日だった。
おばぁちゃんに声を掛けて
こども食堂に行ってみる事にした。
「おばぁちゃん、
今日こども食堂に行ってきてもいいかな」
「あら、こども食堂今日だったのね。
ゆっくり楽しんでらっしゃい」
「ありがとう。
おばぁちゃんも何かあったら連絡してね」
「ありがとね、こはちゃん。
おばぁちゃんは大丈夫だよ。
事故とかに合わないように
車に気をつけるんだよ」
「うん。車に気をつけるね。行ってきます」
「ええ。行ってらっしゃい」
おばぁちゃんは玄関まで来てくれて
優しく微笑みながら私を見送ってくれた。
携帯で道を調べながら
私はこども食堂をやってる
フリースクールに向かった。
歩いていけそうな距離だったので
歩いて行くことにして歩くこと二十分ほどで
フリースクールに着いた。
四階建ての建物の三階に
フリースクールはあった。
階段で三階まで上がりスリッパに履き替えて
扉を開けると既に何人かの人が
その場に居た。
そこには和田先生の姿もあった。
「小春さん、こっちこっち」
和田先生が呼びフリースクールの中を
案内してくれた。
普段、こども食堂をしている場所は
フリースクールに通っている
子供達がそこで勉強をしたり、
休憩したり、カードゲームをしたりしていると和田先生は言っていた。
和田先生はそこに居る職員の方や
アルバイトで働いている大学生の方々を
私に紹介してくれた。
その方々は普段、フリースクールで
事務作業をしたり、
子供たちに勉強を教えたり、
会話をしたり、
こども食堂の時は買い出しに行き、
食事をする手伝いなどをしていると
和田先生に教えてもらった。
今日のこども食堂には
職員の方や大学生、
フリースクールに通っている
私と同世代くらいの
中高生の人達が来ていた。
今日のメニューは八宝菜と
わかめスープに白ご飯。
デザートは杏仁豆腐だった。
私も食器を運んで並べたりして
手伝った。
出来上がった食事をテーブルに置き
席に着き、私は手を合わせる。
「いただきます」
そう言って私はまず初めに
八宝菜を口にした。
「美味しい…」
「わかる!それ、めっちゃ美味しいよね!」
あまりの美味しさに私が思わず
「美味しい」という言葉をこぼすと
私の向かい側の席に座っていた
大学生ぐらいの男性が話しかけられた。
「はい。とっても美味しいです。
こんな美味しい八宝菜、誰が作ってるんですか?」
「ここで働いてる職員の方だったり大学生だったり、ここに通ってる子供達も手伝ってくれてるんだよ」
「そうだったんですね。皆さん、料理がお上手ですね。わかめスープも美味しいです。」
「だよね!だよね!
こども食堂で出る料理、全部美味しいから
どんどん食べてって!」
「はい。ありがとうございます」
私は少し微笑みながらそう答えた。
食事を終えるまで彼と会話を続けた。
話の途中で自己紹介をし合った。
「僕の名前は新田裕也。
新田先生って呼んでくれたら嬉しいかな」
「私の名前は佐藤小春です。呼び方は何でも大丈夫です」
「おっけー。
じゃあ小春ちゃんって呼ばせてもらうね」
この時私は新田先生の事を
距離の縮め方が上手い人だなと思った。
「あ、僕は二十歳。今、大学三年生だよ」
「私は十六歳です。今、高校一年生です」
その後はお互いの趣味を
話したりした。
新田先生の趣味は
一人旅や飼い猫と遊ぶ事。
教師を目指していると言っていた。
今はこのフリースクールで
アルバイトとしてここで
働いているらしい。
私は彼に
爽やかで気さくな話しやすい印象を持った。
食事が終わってこども食堂に来ていた
中高生を呼んでカードゲームが始まった。
カードゲームを楽しみながら
フリースクールに通う中高生とも
仲良くなる事が出来た。
とても楽しい空間で居心地が良かった。
日が落ちてきて、そろそろ帰ろうかなと
いう時に一人の女性に話しかけられた。
「今日はどうだった?」
「とっても楽しかったです。
また来たいです!」
「良かった〜ぜひまた来て!」
「はい!また来ます」
「あ!お名前は?」
「佐藤小春です」
「小春ちゃんか。素敵な名前だね!」
私がそう言うとその女性は
柔らかい笑顔を返してくれた。
新田先生同様、
気さくで話しやすい印象を持った。
とても優しそうな人だった。
「ありがとうございます。嬉しいです」
私も彼女に笑顔を返した。
「二人とも何話してるの〜」
話の途中で先ほど食事をしていた時
話をしていた新田先生がやってきて
会話に入ってきた。
「新田先輩!こども食堂にまた来てねって話をしてたんですよ〜!」
先輩と呼んでいるという事は彼女は
新田さんより年下で後輩の方なんだなと
思った。
「うんうん。それはいい。
また来て僕たちと話をしよう〜」
「ですね〜
私たちはいつでもウェルカムですよね!」
「ウェルカム!ウェルカム!」
「はい。ありがとうございます!」
「そうだ。せっかくだし三人で連絡先でも交換しようよー」
新田先生がそう提案をした。
「それ、いいですね!」
新田先生の後輩の方であろう女性が
そう言った。
私たちは携帯を出しLINEを交換した。
彼女のLINEの登録名に
坂口綾音(さかぐち あやね)と 書いてあった。
「あれ、私まだ名前言ってなかったよね?!」
「そうなの?
綾音ちゃんしっかりしてくれよ(笑)」
「すみません(笑)
改めまして、
私の名前は坂口綾音です!
十九歳の大学一年生です!
新田先輩とは大学が一緒で同じ学部って事をフリースクールにアルバイトするようになってから知ったの」
「そうだったんですね。
なかなかない繋がりですね」
「世間は狭いよね〜」
「本当ですね〜」
「ところで小春ちゃんは今高校生?」
「はい。高校一年生です」
「いいね〜青春真っ盛りだね!」
「そんな事ないですよー」
「青春はいいよね〜
僕も若いうちに沢山経験したかったなあ」
「あれ、先輩は青春してこなかったんですか?」
「うん。勉強に部活に忙しかったからねー」
「それも青春じゃないですか!」
「あ!確かに(笑)」
その後も話をしながら三人で笑い合って
帰りは途中まで一緒に帰った。
家に帰るとおばぁちゃんが
夜ご飯の支度をしていた。
「おばぁちゃんただいま」
「こはちゃん、おかえり。
今日は楽しめたかい?」
「うん。すごく楽しかった」
私は満面の笑みでそう答えた。
「あら、良かった。
こはちゃんがこんなに素敵な笑顔で帰ってきてくれて嬉しいよ」
「おばぁちゃんは今日何してたの?」
「今日は編み物をしたり本を読んでいたよ」
「ゆっくり出来た?」
「ええ。十分ゆっくり出来たよ」
「良かった。じゃあ私、着替えてくるね」
「夜ご飯がもうすぐ出来るからね。
ゆっくり着替えてらっしゃい」
「うん。わかった。ありがとう」
私はそう言って自分の部屋に行き、
部屋着に着替えた。
部屋着に着替えておばぁちゃんが居る
一階に降りて食事を運び、おばぁちゃんと
一緒に食事をした。
食事をしながらおばぁちゃんと会話をした。
「今日はね、本当にすごく楽しかったの」
「うんうん。
今日はどんな事をしたのかい?」
「フリースクールでアルバイトをしている大学生の先生とお話したり、カードゲームをして遊んだりもしたよ」
「それはとっても楽しそうだね〜
フリースクールには
大学生の先生もいるんだね。」
「うん。アルバイトで働いてるんだってー」
「アルバイトさんなんだね。
こはちゃんは誰か仲の良い人は出来たかな?」
「うん。大学生のお兄さんとお姉さんの先生と仲良くなれたよ。」
「それはいいねえ。素敵じゃない。
こはちゃんも心から楽しめたみたいで
おばぁちゃんも嬉しいよ。」
「楽しかったからいつかまた行きたいなあ」
「いいじゃない。
いつかと言わずまた次も行くと良いよ。
こはちゃんが行きたい時に行くと良いよ」
「え、いいの?」
「もちろんだよ。こはちゃんは
アルバイトもいつも頑張ってるし、家のお手伝いもしてくれておばぁちゃんの事も気遣ってくれて、こんな良い子に駄目なんて言わないよ」
「おばぁちゃん…」
「こはちゃんが
こんなにも楽しかったって言ってくれて、
おばぁちゃんは本当に嬉しかったよ。
また行って色んな話を
おばぁちゃんに聞かせてちょうだい。
おばぁちゃん、こはちゃんの話聞くの大好きだから。」
どこまでも優しいおばぁちゃんの言葉に
私は思わず、涙ぐんでしまった。
「あらあら、おばぁちゃんはいつもこはちゃんを泣かせちゃうねえ」
「ううん。違うのおばぁちゃん。おばぁちゃんが優しすぎて涙が勝手に出ちゃうの」
「そうだったの。
こはちゃんは本当に良い子だねえ」
「そんな事ないよ。」
「ううん。こはちゃんは素直でとっても優しい子だよ。おばぁちゃんは近くで見てきたからよーく分かるよ。」
「ありがとう。いつもおばぁちゃんと話すと心が温まって優しい気持ちになるよ」
「それは良い事だねえ。
おばぁちゃんもこはちゃんと同じ気持ちだよ」
おばぁちゃんはいつも私の心の支えに
なっていて、
こんなにも優しいおばぁちゃんが
身近に居てくれて
本当に良かったと私は思った。
おばぁちゃんとの食事を終え
お風呂を済ませ、自分の部屋で
しばらくYouTubeを見ていると
LINEの通知音が鳴った。
ピロリン
誰からだろうと思って開いて見ると
今日のこども食堂で知り合った
坂口綾音先生だった。
『今日のこども食堂はどうだった?
私はすっごく楽しかった!!小春ちゃんとも仲良くなれて嬉しかったよ〜!
一緒にも帰れてハッピーな一日だったよ!』
綾音先生の方からLINEをくれると
思っていたかった私はとても嬉しい気持ちになった。
しばらく返信に悩み
五分後、私はメッセージ送信ボタンを押した。
『今日のこども食堂、
とても楽しかったです。
綾音先生や新田先生、
他の先生方もとても優しくて
ご飯はどれもすごく美味しかったです。
綾音先生とも仲良くなれて私もハッピーな
一日になりました!』
少し長めに返信してしまったかなとか、
私側から仲良くなれてなんて言って
馴れ馴れしくなかったかな、なんて
思いながら返信を待った。
二分後、綾音先生から返信があった。
『楽しかったならよかった〜!!
フリースクールの先生方は
皆優しいからぜひいつでもおいでね。
今日ご飯、すっごく美味しかったよね!
これからも小春ちゃんと
仲良くしたいな〜!』
返信の仕方で綾音先生は
明るくて優しい人だと
私は感じた。
しばらくLINEで会話をしていると
綾音先生からある提案をされた。
『今日は小春ちゃんと新田先生と
仲良くなれたしもし良かったら
三人のLINEグループ作らない??』
突然の提案に
びっくりしたが私は嬉しかった。
『LINEグループ良いですね!
楽しそうです。ぜひ作りましょ』
『よし!決まり〜!
じゃあ私がLINEグループを作るから
その後二人を招待するね!』
私はわくわくしながら
LINEグループに招待されるのを待った。
ピロリン
そして五分後、
LINEの通知音が鳴った。
LINEを開くとLINEグループに
招待されたという内容が書かれていた。
グループ名には『ごはん組』と
書かれてた。
さっそく私はメッセージを送ってみた。
『招待ありがとうございます。
よろしくお願いします!
ご飯組、素敵なグループ名ですね』
その後に新田先生がグループに
入ってきた。
『綾音ちゃん、招待ありがとう!
小春ちゃんもこれからよろしくね〜
素敵なグループ名だよね』
『小春ちゃん、新田先輩、
LINEグループに入って下さり、
ありがとうございます!
これからよろしくお願いします!
LINEのグループ名、何にしようかすごく悩みました(笑)』
その後はLINEで三人の趣味や
好きなテレビ番組の話で盛り上がり
心の底から楽しんでいた。
眠くなってきたので二人に
おやすみなさいと今日のお礼を伝え
ベッドに入って眠りについた。
あれから約三ヶ月ほど経った。
高校一年生も終わりかけの頃だった。
私は相変わらず、
一人で学校生活を送っている。
私はその後も
平日、バイトがない日などは
フリースクールに行くようになって
フリースクールで色んな人と
仲良くなる事が出来た。
こども食堂にも何回か行っていた。
こども食堂で出会ってLINEグループで
話している二人との仲は続いている。
今日の空が綺麗だったと
写真付きで送り合ったり、今日も頑張ろうと
励ましのメッセージを送ったり送られたり
していた。
フリースクールに行った時、
綾音先生と新田先生を見掛けるもあった。
勉強を教えてもらったり
会話をしたりもした。
忙しそうな時は挨拶だけして
他の先生に勉強を教えてもらって、
フリースクールにいる中高生の人達と
会話をしたりした。
そんな日々が続いたある日、
フリースクールに行って
席について勉強を少しした後
休憩をしていると男の子が持ってる
可愛い動物の筆箱が目に入った。
「それ、可愛い筆箱だね」
私は思わず話しかけてしまった。
「ありがとう。
男がこんな可愛い筆箱持ってるの変かな?」
「何で?全然変じゃないよ。」
「僕、昔から可愛い物とか好きで集めてるんだけど、学校で馬鹿にされたんだ」
彼は今、中学二年生で
中学一年生の時、
可愛い物を持ってたり身につけてて
それを同じクラスの人に
「男のくせに気持ち悪い」と言われ周りからも無視をされたり、いじめに遭うように
なったと話してくれた。
その後、しばらくは学校に行っていたが
心に限界が来てしまい
途中で学校に行けなくなり
そんな時にこのフリースクールを
お母さんに勧められて
ここに通うようになったそうだ。
「そんな事があったんだ…気にする事ないよ。好きな物は好きいていいんじゃないかな」
「ありがとう。ここの先生達や生徒の人達はすごく優しくて僕も僕で居ていいんだって思えるよ」
「そうだよ。君は君のままでいいんだよ」
突然、新田先生がやってきて
会話に入ってきた。
「誰かに合わせて自分らしくいられないなら合わせる必要なんてない。
自分らしくいた事で嫌われたり、孤独になるなんて考える必要もないよ。
誰にどう思われるかじゃない。
自分がどう思うかだよ。
その気持ちを忘れないで。
人は皆、自分らしくいる事が一番大切だからね。
自分らしさを好きでいてくれる人と仲良くなるといいんだよ。
心配ないよ。
きっとそんな人が見つかるから」
私もその言葉ではっとした。
中学時代、人に合わせる事が苦手で
友達がどんどん離れていってしまった。
高校では嫌われたくないと思いから
自分の意見を言えず、相手に合わせたり
していた。
結局は人に合わせても
嫌われてしまったけど。
でも新田先生の言葉で自分らしさを好きでいてくれる人と仲良くしたいと思った。
自分は自分のままで
いていいんだと思えた。
「先生、ありがとう。僕もそう思うよ」
「ですね。私もそう思います」
「うんうん。頑張りたまえよ〜」
その日から私は徐々に新田先生に
惹かれていくようになった。
高校二年生になって
話しかけてくれる子がいた。
私はその子にありのままの私でいれて
時には自分の意見をはっきり言う事も
あった。
ありのままの私で接してもその子は
仲良くしてくれた。
新田先生の言った通り
自分らしさを好きでいてくれる人と
仲良くなれて私は嬉しかった。
フリースクールで私はその事を
綾音先生に報告した。
「学校で仲の良いお友達が出来たんだ!
小春ちゃん良かったね!
小春ちゃん、良い子だしすぐにお友達
出来ると思ってたんだ〜」
「ありがとうございます。
前に新田先生が自分らしさを
好きになってくれる人と仲良くしたらいいって言ってくれてそれから無理に人と合わせずに自分の意見もしっかり言えるようになりました!」
「良かった良かった〜!
私、嬉しいな〜
小春ちゃんに仲良い人が出来て、
それをこういう風に伝えてくれて」
綾音先生は心から喜んでくれて
私も嬉しい気持ちになった。
私は家に帰ってテレビを見ていた。
テレビを見ていると、
おばぁちゃんが話しかけてくれた。
「こはちゃん、最近はどう?
学校は楽しめてる?
フリースクールでもお勉強頑張ってるねえ」
「うん。すごく楽しいよ。
学校で友達も出来たよ」
「お友達が出来たのね。
最近、こはちゃんの表情が
活き活きしてておばぁちゃん
嬉しかったのよ。」
「そう?無意識だったよ」
「自然と表情が明るくなれるのは
素敵な事だよ。
おばぁちゃんはどんな
こはちゃんも大好きだけど
笑顔のこはちゃんが特に大好きだよ」
「ありがとう。
おばぁちゃんのおかげだよ。
いつも本当にありがとう」
「こちらこそいつもありがとうだよ。
こはちゃんは色んな
苦労を経験して頑張ってきて
アルバイトに家のお手伝いもしてくれて
本当にありがとうねえ。
感謝をするのはおばぁちゃんの方だよ」
「全部おばぁちゃんが居たから
頑張れたんだよ。
これからも私、頑張るよ」
「うん。おばぁちゃん、こうやって
こはちゃんの成長見られるの嬉しい。
応援してるからねえ」
「ありがとう。おばぁちゃん」
私とおばぁちゃんは笑い合って
その後は一緒にホットケーキを
作って食べた。
そしてそれから一年が経ち、
私は高校三年生になっていた。
バイトに行きながら、
バイトがない日にフリースクールに行き、
そんな日々を過ごしていた。
新田先生は大学を卒業し
県外の中学校へ就職をした。
結局、新田先生が好きという思いは
伝えられずじまいだったけど
今でもLINEグループで
綾音先生と新田先生と連絡を取っているので
そんな形で良い関係を続けられるのなら
それで良いと思った。
高校二年生で仲良くなった子とは
高校三年生でも同じクラスで
お互い何でも言い合える良い関係になれた。
毎日、家に帰ったらおばぁちゃんに
その日起きた事を報告したり、
他愛もない会話をして笑い合った。
そして迎えた高校卒業の日ーー
卒業式を終えて私は家に帰った。
「こはちゃん、卒業おめでとう。
三年間よく頑張ったね。
十八歳になったこはちゃんに
これを渡すね」
そう言っておばぁちゃんから
手紙を渡された。
小春へ と書かれた封筒の字がお母さんの
ものだった。
「お母さんからこはちゃんが
高校を卒業した時にこの手紙を
渡して欲しいって頼まれててね。
おばぁちゃんは部屋で本を読んでるから
ゆっくり読むといいよ」
「うん。わかった。ありがとう」
私は自分の部屋に行って
制服から私服に着替えて
お母さんからの手紙を開いた。
小春へ
高校卒業おめでとう。
この手紙を読んでいると言う事は
私はこの世に居ないという事なんだね。
私に何かあったら、
高校を卒業した小春に
この手紙を渡して欲しいと
おばぁちゃんに頼んでいたの。
私は今、未来の小春に向けて
手紙を書いてるよ。
私が手紙を書いている
今の小春は小学六年生。
毎日、塾に行って
勉強を頑張っているみたい。
小春はあまり勉強をしたくなさそうだけど
小春なりに頑張っている姿を見てお母さんは
嬉しいよ。
お母さんね、小春が四歳の時に
病気になった事があったの。
それで病院に入院して治ったはず
だったんだけど、それがまた再発したみたいでこの間、あまり長く生きれない事が分かったの。
いつどうなるか分からないから
今日、手紙を書いてみる事にしたよ。
病気の事黙っててごめんね。
お母さん、小春に心配掛けたくなくて
言い出せなかった。
おばぁちゃんにも病気の事は
小春には伝えないでって言っておいたの。
母子家庭だったけど
小春にはちゃんと勉強して
幸せになって欲しかったから中学受験を
受けさせる事にしたの。
昔はちょっと泣き虫な小春だったから
これからは自分の芯を強く持ってブレない心で居て欲しかった。
だからつい、口うるさく勉強の事を
言ったり厳しくしちゃってた。
突然、厳しくして戸惑ったよね。
本当にごめんね。
小春は素直で良い子だったから
グレる事もなく育ってくれたね。
私が仕事で忙しい時、
「寂しい」なんて言わずに
「お母さん、頑張ってね」って言ってくれたよね。
寂しい思いさせちゃってごめんね。
休みの日もあまり会話は出来なかったけど
洗濯物を畳んでてくれたり、食器を洗ってくれていたり、お手伝いしてくれていたよね。
おばぁちゃんからも私が仕事で
家に居ない時も勉強も頑張ってて
家の手伝いをしてくれてるって聞いたよ。
いつも助かってるよ。
本当にありがとう。
小春が居たからお母さん、
仕事も頑張れたよ。
友達は出来た?
やりたい事は見つかった?
小春が元気で幸せだと嬉しいな。
小春の成長をもっともっと見たかったな。
高校を卒業した小春はきっと
とっても素敵な女の子になってるだろうな〜
頑張り屋さんで素直で良い子の
小春にはきっとこれから沢山良い事が
沢山。
これから色んな人と出会って
素敵な恋愛をしてね。
もちろんお勉強はちゃんとするのよ(笑)
無理せず時には人に頼るのよ。
何があってもお母さんは
小春の味方だからね。
これからもずっとそばで
小春の事を応援してるよ。
小春の事、本当に本当に
大好きよ。
小春が健康で幸せでありますように。
改めて、卒業おめでとう。
それじゃあ、またね。
世界で一番、貴方の事を愛している
お母さんより
私は読み終わり、そっと手紙を閉じた。
手紙を読みながら溢れんばかりの
涙が出た。
しばらく涙が止まる事はなかった。
私は小学六年生の時、
お母さんが急に厳しくなり
あまり好きになれなかったが、
それは母の愛情だった事に手紙を読んで
気付いた。
どうしてもっとお母さんと
話さなかったんだろう。
どうしてお母さんの体調の異変に
気付けなかったのだろう。
どうして…どうして…
これまでの自分の行いを振り返り、
後悔と悲しみが入り交じった
複雑な感情になった。
私は悔しくて悲しくて再び涙を流した。
溢れんばかりの涙を止めたくて頭を上げて
天井を見上げてみたりもした。
しばらくして気持ちが落ち着いてきた頃
おばぁちゃんが私の部屋に来てくれた。
トントン
「こはちゃん、入るよ」
「あ、はーい」
私は泣いていた目をこすって
おばぁちゃんに返事をした。
「こはちゃん、手紙は読んだ?」
「うん。読んだよ。」
「こはちゃん、お母さんの病気の事、今まで黙っててごめんね。」
「ううん。おばぁちゃんは悪くないよ。
悪いのはお母さんの体調の
異変に気付けなかった私だよ。
お母さんの事、ずっと誤解しちゃってた。」
「こはちゃんは何にも悪くないんだよ。
お母さんはお母さんなりに
こはちゃんの事を思っての事
だったと思うし、
お母さんはこはちゃんに対して
ちょっぴり厳しかったけど、
そのおかげでこはちゃんは
誰よりも強くなったと思うし
素直で優しい良い子に成長しているよ。
おばぁちゃんは近くで見てきたから
本当によく分かるよ。
今まで色々、辛い事とか苦しい事
いっぱいあったと思う。
だけどその事に対して
こはちゃんは、ちゃんと向き合って
頑張ってきたよね。
おばぁちゃんが見てない所でもきっと沢山
色んな事を考えて悩んでその事と
向き合って来たんだと思う。
こはちゃん、今までよく頑張ってきたね。
高校卒業おめでとう。
こはちゃんはこはちゃんらしく
いていいんだからね。
大学生活も楽しみながら頑張るんだよ。
仲の良い人を沢山見つけて
その出会いを大切にしてね。
お互い、助け合えるような関係の人が
見つかる事をおばぁちゃんも祈っているよ。
お母さんと同じようにおばぁちゃんも
こはちゃんの事が大好きだからね。
何かあったらいつでもいつまでも
聞くからね。
これからも楽しかった事、苦しかった事、
何でもおばぁちゃんに話してね。」
所々、相槌を打ちながらおばぁちゃんの
言葉にしっかり耳を傾けた。
涙が止まらなくなってしまって
目は真っ赤になってしまった。
「おばぁちゃん、ありがとう。
おばぁちゃんが居たから、
私、頑張れたよ。
いつも私の事を気にかけてくれて
優しい言葉を掛けてくれて
本当に嬉しかった。
おばぁちゃんが優しすぎて
よく泣いちゃって困らせてごめんね。
私もおばぁちゃんの事が大好き。
大学は寮に行くからおばぁちゃんと
離れちゃうけど連絡するね。
手紙を読んでお母さんの本当の気持ちにも
気付けて良かった。
手紙を読んでなかったら私は
お母さんの事を誤解したままだったと思うし
手紙を読んでお母さんの事も心から大好きって思えた。
おばぁちゃん、
今まで育ててくれてありがとう。
沢山、お話を聞いてくれてどんな時も
私の味方でいてくれてありがとう。
私のおばぁちゃんでいてくれてありがとう。
おばぁちゃんが私のおばぁちゃんで
良かった。
これからも私、頑張るよ。
たまにおばぁちゃんに会いに行くね。
元気で長生きしてね。」
「こはちゃん、ありがとう。
やっぱりこはちゃんは優しいね。
いつもこはちゃんが優しい言葉を
掛けてくれておばぁちゃん、
とっても嬉しいよ。
連絡は無理せず、気が向いた時に
たまにでいいからね。
こはちゃんが会いに来た時は
大学の話とか友達の話とか
沢山お話聞かせてね。
いつでも待ってるよ
おばぁちゃんも元気で長生きするからね。」
「うん。ありがとう。
おばぁちゃんも何かあったら、
いつでも私に連絡してね。」
「ありがとう。
じゃあ、その時はそうさせて
もらうねえ」
「うん。待ってるね」
その後、おばぁちゃんと私は
長く今までの事、そしてこれからの事に
ついて沢山話した。
夜ご飯の後は
卒業お祝いにおばぁちゃんと
ケーキを食べて、笑顔で溢れていた。
お風呂に入って
自分の部屋のベッドには行かず
その日はおばぁちゃんと布団を並べて
一緒の部屋で寝た。
翌日ーー
目が覚めて、
顔を洗い、着替えを済ませ
ダンボールに荷物を詰めたり
作業をした。
私は今年の春から大学一年生になる。
フリースクールで出会った先生のおかげで
自分が変わる事が出来た経験から
自分もそんな風に誰かの人生に
良い影響を与えたいと思い教師を目指し、
教育学部に行く事にした。
家から通うとなると交通費も掛かり、
おばぁちゃんに負担をかけてしまうので
寮に入る事にした。
今日はおばぁちゃんと一緒に暮らした
家を出る日だった。
身支度を終えて少し休憩していると
LINEの通知音が鳴った。
ピロリン
LINEを開いてみた。
グループLINE「ごはん組」に入ってる
綾音先生、新田先生からだった。
私は綾音先生からのメッセージから
先に目を通した。
『小春ちゃん!卒業おめでとう!
三年間、よく頑張ったね。
高校一年生の時に出会った
小春ちゃんがもう卒業か〜
何だかすごく感慨深いよ。
小春ちゃんの全てを知ってるわけじゃないけどフリースクールでお話をしたり
こうやってLINEグループで話をしていると
小春ちゃんは自分の芯を持っていて
すごく良い子って
伝わってきてたよ。
これからも何かあったら
いつでも先生達を頼ってね。
新しい道へ進む小春ちゃんを
先生達は応援しているよ!
小春ちゃんは小春ちゃんらしく
一緒に頑張ろうね!』
綾音先生の言葉で心がとても
温かくなった。
次に新田先生からのメッセージに
目を通した。
『小春ちゃん、卒業おめでとう!
高校一年生だった小春ちゃんがもう卒業かあ
時間はあっという間だね。
小春ちゃんからしたら
僕はもうおじさんかな?(笑)
初めて小春ちゃんに会った時、
大人しそうな子だなって思ったけど
話していくうちにどんどん知らない部分を知れて嬉しかった。
こうやって、三人仲良くなれて
僕はとても嬉しかった。
出会いに感謝だね。
これからも先生達は
小春ちゃんを応援してるよ。
自分のペースで頑張っていこう〜』
二人のメッセージを読んで
子ども食堂でのフリースクールでの
思い出を頭の中で振り返ってみた。
フリースクールで
色んな人と出会い、悩みに触れて
アドバイスを聞き、私は目線を変えてみて
新しく気付けた事が沢山あった。
あの時、経験した
辛かった事も苦しかった事も、
色んな人と出会った事で
私は変わることが出来た。
この事をずっとずっと忘れない。
いつか、きっと私はあの時、
経験した気持ちをもう一度
思い出すだろう。
お母さん、私、今幸せだよ。
おばぁちゃんやフリースクールで出会った人達のおかげで沢山、成長出来たよ。
これからは自分らしく頑張るから
見守っててね。
頭の中で今までの思い出を振り返りながら、私はその後、綾音先生と新田先生の二人にお礼を伝え今後の事は
どうしていきたいかなど、
そういう話もした。
少し二人とLINEで会話を交わした後、
メッセージ画面を閉じ私は玄関に向かう。
おばぁちゃんも玄関まで
見送りに来てくれた。
そして、私は新しい未来に胸を高鳴らせ
玄関のドアを開けた。
大きく息を吸って声に出して私は言う。
「行ってきます」
少しだけ息がしやすくなった気がした。