コンコンコン!「ルイーズお嬢様、朝でございます。」メイドはツカツカと部屋に入り、カーテンを開けた。
「ま、眩しい。ん~アリスもう少し寝かせてよ。」うつぶせに寝ながら面倒くさそうに言う。
「お嬢様、お気持ちは分かりますが、旦那様が今日もお嬢様の為に沢山の肖像画を用意されていますのよ。その為に1分1秒でも早く下へ降り来いとのことです。」
「どうせ今も残っている男なんて、ろくなもんじゃないわよ。見るだけ損よ!」掛け布団を頭上からかぶり、断固拒否の姿勢を見せた。
「お嬢様。旦那様も努力なさっているのです。今回はどなたかお眼鏡に叶う殿方がいらっしゃるかもしれませんよ。」メイドのアリスは必死にルイーズの機嫌を取ろうとしていた。
「どうせ私に拒否権なんてないのよね…」ぽつりと呟き、身を起こした。
「お嬢様、それでは今日のドレスはこちらでいかがでしょうか?」アリスは淡いブルーのドレスを出して見せた。
「どうせ、誰とも会わないんだから、何でもいいわよ。」ふくれっ面をしながらメイドに身を任せ支度を始めた。
「おお、やっと来たか。ルイーズ。あっちこっちに掛け合って、これだけ集めることが出来た。どうだ?お前の好みの子はいるか?」父親はお見合い用の肖像画を数点ルイーズに手渡した。
「…。どれもパッとしないわね…。他にはいないの?」
「ルイーズ…これは言いたくはなかったが、実はもうそれで目ぼしい家柄の未婚の息子はすべて出尽くしたんだ。残るは妻に先立たれた寡夫くらいしかいないんだよ。」
「それだけは絶対に嫌!なんで私がそんな老いぼれに嫁がなきゃいけないのよ!」ルイーズは怒鳴りながら、椅子に腰をドスンッと掛けた。
母親はなだめる様にルイーズの背中をさすり、父親は深いため息をついた。
ルイーズは次第に泣き出し、父親は「頼むからもう一度肖像画に目を通してくれないか?」と頼んだ。ルイーズは涙を拭きながら、父親が用意した5枚ほどの肖像画に手を伸ばした。
「…。この中の誰かを選らばなければ終わりなの?結婚しないと私はどうなるの?」「実は異国の発展に投資していたんだが、それが失敗に終わってしまってね。どこかの貴族とお前が結婚すれば多額の結納金が支払われて、負債は相殺出来るんだ。それに、18歳にもなって結婚できないとなれば、この国では悪評が立つ。そうなれば我々は今までの様に社交界に顔を出すことも出来ず、有益な情報も得られなくなり、家計は苦しくなる一方だろう。」ルイーズは父親の言葉にショックを受けた。
この国「ローゼニア帝国」は結婚する事が国民の義務の国。
多くの人は生まれた後すぐに親が婚約者を選び決める。貴族の場合だと家柄を守るために、同じかそれ以上の家名の者と母親が妊娠中に婚約者を選ぶ場合もある。
なぜルイーズは18歳まで相手が見つからないのか、その原因はわが子を溺愛する父親にあった。ルイーズの家柄もこの国では中の上に位置し、由緒ある家柄だった。当然、ルイーズが生まれる前から婚約者にどうかと男児が生まれた家はこぞってアプローチをしてきた。
しかし、父親はもっと家柄の良い家が来るはずと欲を出して、生後半年間来た申し出はすべて断ったのだ。半年、それはもっとも申し出が来る期間だった。
その後、たまに来る申し出はあったが数は少なく、蝶よ花よと育てられたルイーズも成長と共に意見を出すようになり、ルイーズの気に入る男児など見つからなかった。
美人ではあるが、育て方のせいかプライドが高く、負けず嫌い、イケメン好き、性格もきつく、成長すればするほど男児からの人気は無くなっていき、現在は父親が自ら男児のいる貴族の家に行き、ルイーズの良さを必死に訴えて懇願しなければ、相手になろうとはしてくれなかった。
18歳を過ぎれば、もう嫁ぎ先がないのが現実、とにかく早急に相手を決めなくてはならなかった。
乗り気じゃないルイーズを見て父親は深くため息をつき、もう諦めるしかないのかと頭に一瞬よぎった時、ドアがノックされた。
執事がやってきて耳打ちすると父親は目を輝かせて「早くこちらに通してくれ!」と叫んだ。父親の豹変ぶりに母親もルイーズも驚き一斉に父親に目を向けた。
執事は一人の男を応接室に通した。父親は満面の笑みでその男を向かい入れて早速ルイーズに紹介した。「ルイーズ!覚えているか?昔スクールで一緒だったジョセフ君だ!」
「ルイーズさん、お久しぶりです。」「見覚えはあるような、ないよう…無理もないわね、あなたの顔平凡すぎるもの。」「な!?ルイーズ何て失礼な事を言うんだ!!ジョセフ君すまないね、娘は今今気が立っていて…。」焦りながら父親が謝る。
「いえ、構いません。こちらも急に出向いたものですから、間が悪いのは仕方がありません。」
「ジョセフ君、君は本当に器の大きな青年に成長したね。君の噂は聞いているよ!成績も優秀で、将来は父上の会社を継ぐそうだね!」
「いえいえ、自分はまだまだ未熟物だと父親には言われています。まだやるべき事も沢山ありますしね…。」
「そうか、そうか。謙遜するところがまた、良いね!ところで今日は何の話があったのかな?」
「まだ、ルイーズさんにはお相手がいないとお聞きしまして…お父様、僕では不足でしょうか?」
「ジョセフ君!?そんな嬉しい申し出、こちらはありがたいとしか思わないよ!むしろうちの売れ残りのような娘を貰ってくれる、こちらの方が申し訳ない気持ちだよ。」
「ちょっと!お父様!勝手に話を進めないでよ!誰が良いって言ったのよ!しかも売れ残りだなんて失礼しちゃうわ!」ルイーズは怒りながら話に割って入ってきた。
父親はルイーズの耳元で「バカ!ジョセフ君はレイ家の跡取り息子だぞ!ジョセフ君がダメなら、さっきの中から選ばせるぞ!」と小声で脅した。
ルイーズはジョセフを見つめる。レイ家と言えばルイーズの家柄よりも上の爵位を保持し、皇帝ともつながりがある家柄だ。
一方、先ほど父親に見せられた肖像画の者たちは同じ位かそれ以下の者だった。父親の必死の形相を見て、ルイーズももう後がないことを理解し始めた。
「分かったわ。じゃ、まずは私があなたを好きになる努力をして見せてよ。」「こらこら、ルイーズ…そんなこと言ってジョセフ君を困らせるんじゃないよ。ジョセフ君の気が変わったらどうするんだ。」焦るあまり本心が漏れる。
「いえ、お父様。僕もすぐにOKしてもらえるなんて思ってはおりません。ルイーズさんに好いてもらえるように、それなりの努力はするつもりです。今日は婚約の申し出に来ただけですので、また出直してきます。明日はどうでしょう?ご都合いかがですか?」
「ジョセフ君、君は本当にいい青年だ!明日?ルイーズは何の予定もないよ!」「ちょ!お父様!」「では、明日同じ時間にお迎えに上がります。失礼いたします。」
ジョセフは一礼して、部屋を後にした。
「ルイーズ!もううちの家名はお前ひとりに託されているんだ!ジョセフ君の気が変わらない内に、プロポーズを受けて、さっさと結婚まで漕ぎつけるんだぞ!」
「お父様!私は愛のない結婚なんて嫌!私が彼を好きになることは無理だと思うから、愛する人と結婚する夢は諦めたけど、彼が私を本当に好きなんだと思えるまでは、承諾はしないわ!好きでもない人間と結婚するのよ、これは絶対に譲れない。」
ルイーズは一度こうと決めたら揺るがない質だ、父親は仕方なしに条件を飲んだ。
翌朝、約束通り昨日と同じ時間に家の前には馬車が止まっていた。「では、ルイーズ。くれぐれも粗相のないように、しっかりと心を掴むのだよ。」父親は少し不安そうにルイーズを見送った。
馬車の前にはジョセフが待っていた。「昨日の淡いブルーのドレスも凄い似合っていたけど、今日のもまた素敵だね!」にっこり笑顔で言うと「ありがとう。」少しつんけんして返すルイーズ。
目的地までの馬車の中は、ジョセフが一生懸命に話すがルイーズは退屈そうに外を見るだけ、盛り上がりにかけるものだった。それでもジョセフは少しでもルイーズを楽しませようと努力を続けた。
目的地は今貴族の間で流行の芝生公園だった。ジョセフはあらかじめ用意したピクニック道具一式を出して、準備を進めた。
準備が整うとジョセフはルイーズに「ここに座って」と優しくエスコートし、広げられた布にルイーズは座り、用意された食べ物を口に入れた。
どれも新鮮で美味しかった。ルイーズは今日一日不機嫌を徹底してジョセフを試そうとしていたのだが、予想以上に美味しい食べ物に頬が緩み、一瞬笑顔が出た。
その表情をみてジョセフも笑った。「うちのシェフが作ったんだ。美味しいだろう?」「そうね、思ったよりは…」あくまで強気なルイーズにジョセフはクスッと笑った。
その後二人はデートの定番手漕ぎボートに乗ったり、散歩したり数時間楽しんだが、やはりルイーズはほとんど不機嫌顔だった。
当のルイーズもデートの途中から笑いたくなった、一緒の時間が楽しく思えたが、相手を試すために作った不機嫌顔、しばらく続けたら引っ込みがつかなくなってしまったのだ。
ジョセフはそんなルイーズの気持を察することは出来ない、ただ今日のデートは失敗だと思った。
家までルイーズを送り届け、次は二日後に約束をして去って行った。
家に入ると両親が今日のデートについてあれこれ詮索してきて鬱陶しいと感じ、急いで階段を駆け上がり自分の部屋のベッドに倒れこんだ。
二日後、ジョセフはまた約束通りの時間に家の前で待っていた。ルイーズはまた不機嫌顔でジョセフの手を取り馬車に乗り込む。
馬車が走り出すと「今日はどちらへ向かわれるのですか?」ルイーズから話しかけてきた。ジョセフは驚きながらも笑顔で「今日はルイーズさんが芸術に興味があると伺ったので、美術館に行こうかと思っています。どうですか?」「そうなの。それは良い選択だと思うわ」これはルイーズが今できる精一杯の世辞だった。ジョセフもそこを察して「それは嬉しいお言葉ありがとうございます。」と返した。
二回目のデートは、相変わらずつんけんしたルイーズをエスコートするだけであったが、前よりも会話が増えて、ジョセフは少し嬉しくなった。
その後もジョセフは、ルイーズが好きと聞いた場所に誘ってはデートを重ねた。五回目のデート辺りからジョセフは宝石をルイーズにプレゼントし始めた。ルイーズは宝石が大好き、好きなものが貰えれば顔は自然と笑顔になった。
ジョセフが贈る宝石は、どれも最高級品。さすがレイ家の次期当主と言ったところだ。
ルイーズはジョセフの熱心なアプローチに次第に心を許し始めてきた、そこに最高級品のプレゼントを幾つも幾つも送ってくるのだから、ルイーズは「この人、顔は私のタイプではないけど、良い人なのは間違いないのよね。私の事も本気で愛してくれているのかも。」と考えるようになった。
ジョセフが婚約者にしてくださいと申し出てから、3か月の月日が流れた。ルイーズはかなりの額の宝石をジョセフから贈与されていた。
普段なら娘に送られた贈り物に大して興味を示さない父親だが、今はサド家の命運が関わる大事な時期、無関心ではいられなかった。
「ジョセフ君から一体幾つ宝石を贈られたんだ?」「あら、お父様。いつもならそんなこと聞いてこないのに、よほど私とジョセフの事が気になるのね。」ルイーズは父親の心配をよそに、茶化しながら答えた。
「いいから、すべて見せてみろ。」父親の真剣な顔に、緊張が走る。ルイーズは宝石箱を持ってきて、テーブルに置き中を見せた。「これで全部よ。これがどうかしたの?まさか偽造品とか?」父親は1つ1つ手に取り、次第に顔色が青く変わっていった。その様子を見たルイーズは「え!?やはり偽物?騙せれたの?」と慌て始めた。
「…すべて本物だ。」
「何だ、お父様ったら、驚かせないでよ!ふふふ。もう本当にびっくりしたわ。」
「何も笑える事ではないぞ!これらは私の見る限り本物だろう。お前は無知だから知らないのも当然だが、高額な贈り物に対して、この国では贈与税というものが課せられ、それは現金で支払わなければならないのだ。」
「え?贈与税?でも税金でしょ?大した額にはならないでしょ!」
「国の制度や法律についてあまりしっかりと教えてこなかったが、税金くらいはお前も学校で学んだはずだぞ?贈与税は受け取り側が一年間で貰った総額から算出される、つまり高い物ほど税も上がるのだ。」
「えぇ!?でも、うちは貴族だし、お金持ちでしょ!この宝石の贈与税位払えるでしょ?」
「そこが難しいところだ、以前なら簡単に払えただろう、しかし投資に失敗してから、事業もうまくいかなくなり、家の現状は火の車状態。お前の知らないところで家財や、お前の母親の宝石や絵画などいくつも売りに出して、お前の新しいドレスを買えているんだ。」
「そ、そんな…じゃあどうしたら良いの?」
「結婚だよ。ルイーズ、結婚相手が受け取った贈り物に対しては贈与税が発生しないんだ。ジョセフ君以上にいい相手なんて見つかるわけないし、もう結婚を決めるしかない!」
「…そんな。でも、本音で言えば、私もジョセフに徐々に好意を抱いているのよね。優しいし、私がどんなに悪い態度をとっても、受け入れてくれるの。私愛されているって気がしてきたのよね。分かったわ、次に会うときにプロポーズをお受けすると伝えるわ。だからお父様安心して!」
「おぉ!ルイーズ、ついに決心してくれたのか!これで何の心配もなく眠れるようになる。」
そう言って、ルイーズの寝室を後にした。
翌日、ルイーズは初めて相手の好みを考えドレスを選び、髪型もいつもより華やかにしてもらい、気合を入れてジョセフの住むレイ家を訪れた。
ルイーズの家よりも豪華で大きなお屋敷、初めて見るルイーズは「将来、私が夫人としてこの家に住むのね。」輝かしい未来に胸が高鳴った。
玄関をノックすると、執事が向かい入れた。「あなた様がかの有名なルイーズお嬢様でございますね。」ルイーズはジョセフが自分の話を執事にまで聞かせているのかと思うと気恥ずかしくなった。
「すぐにジョセフ様はいらっしゃいますので、こちらでお待ちくださいませ。」応接間に通され、ゆっくり腰かけて、ジョセフが来るのを待っていた。
ドアが開き振り向くと、そこには見慣れた男性の姿が。
「急にこちらに出向いてくるなんて、どうしたのですか?」「ジョセフ…そちらの都合も聞かずに訪ねてしまってごめんなさい。今日はどうしても急ぎ伝えなければならない事があって…。」
「それは何ですか?」
「私、あなたと結婚したいと思うの。」
「そうですか!それは嬉しい知らせだ。しかし、なぜ急に決心を?」
「それは…あなたへの愛が芽生えたから。それに、あなたが私を真剣に思っていてくれることはもう十分に通じたから。」
「なるほど、そうですか。急に来られたので、てっきり僕が贈った物に課せられる贈与税を懸念して結婚という決断をしたのかと思ってしまいました。」
ルイーズは一瞬ドキッとし、声が上ずりながら「そ、そんなわけないでしょう。あなたもご存じの通り、サド家もそれなりの財産を有していますもの…おほほ。」というと、ジョセフは髪をかき上げながら溜息をついた。
今まで見せてきた表情ではないジョセフがそこにいた。「もう三文芝居は結構です。」
「え?」「僕があなたみたいな女に本当に愛情を抱いていると思いますか?」
「そ、それはどういう意味?」
「そのままの意味ですよ。あなたは美人ではあるが、性格が悪い、そして見の程を知らない。自分がこの世の中心とさえ思っている。まぁあの父親にたいそう甘やかされて育ったんだから仕方ないでしょうが。」
「はっきり言っておきますが、僕はあなたにはこれっぽっちも愛情を持ち合わせていない。婚約何て端から嘘に決まっているでしょ!」
「なんでそんな酷い事を言うの?」
「なぜ?そんな事決まっているでしょう、復讐ですよ。あなたは微塵も覚えていないだろうが、僕らがスクールに通っていたころ、僕は病弱で、大人しい性格だった。気の強いやつらに嫌がらせをされていたんだ。その中の1人が君だ、ルイーズ。僕は生まれた時にすでに皇帝の遠い親戚の御令嬢と将来が約束されていた。それなのに、君たちがその令嬢に僕の偽の悪評を吹き込み、挙句の果てに、君は彼女に僕が君の事を好きだと言い、キスを迫ってきたと言ったんだ。そのせいで婚約は破棄、もちろん子供同士のいざこざ、皇帝は信じてもいなかったし、レイ家と皇族の関係が揺らぐことはなかった。でも、僕は許嫁だからじゃない、彼女だから将来を添い遂げたかったんだ。なのにそれを君が台無しにした。おかげ様で僕はこの復讐を遂げるまで、相手を選ぶ事も出来ないんだ。」
「そんな昔の事で?そんなの酷すぎる!」
「酷い?どう思おうが勝手だ!僕には君らがしてきた暴行や嫌がらせを昨日の事の様に覚えている。その嫌がらせを耐えられた理由は彼女だったのに、僕から彼女まで奪ったんだ。その対価としては、十分だろう。」
「待ってよ!私以外にも加害者はいたんでしょ?その人たちはどうなったのよ?まさか私だけ?」「ハハハ、まさかそんな訳ないだろう。ちゃんと罰してきたさ。彼らには失敗するだろう投資を持ち掛けて、まんまと破産させたさ。」
「投資…?まさか、お父様のも?」「そうだ、あれも私が仲介人を通して君の父上に提案したんだ。驚いただろう?」
「さて、話はこれくらいにして、さっさと帰ってもらおうか?僕は君と結婚する気は全くないし、君にあげた宝石類の贈与税を払う義務も気もない。さっさと家に帰って父親にでも泣きつけばいい。老いぼれの寡夫くらいになら、まだ相手にしてもらえるんじゃないか?ハハハハハッ!」
この三か月で初めて見るジョセフの悪意に満ちた顔、笑い声、今までのジョセフがすべて演技だったことにショックを受け、ルイーズは頭の中が真っ白になりその場に崩れた。
憔悴しきった様子のルイーズを見ても、ジョセフは態度を変えるどころか、執事にルイーズを連れて行くように命じた。
馬車の中でぼんやり子供の頃の思い出が蘇る。
***
「レイ家と言えば、ハンサムな当主にこの国でトップと言われるほど美人な奥様なのに、なんで息子があんな地味顔なの?キャハハ」
「そんな本当のこと言ったら可哀想だよ、ルイーズ!アハハ!」
「私ならいくらレイ家とはいえ、あんな顔の人に嫁ぎたくないわ!きっと婚約したら、妾の子って事が後からばれて、財産も何もかも貰えなくなるに決まってるっわ!」
「俺の親父が言ってたぜ、ジョセフは拾われた子供に違いないってな!」
「え!妾どころか、拾われた子なの!?それじゃ、最後は捨てられちゃうわね。アハハ!」
***
「私ジョセフに酷い事したんだな…あの時はそんな風には思わなかった。」後悔の涙を流していると、馬車が止まった、どうやら家に着いたようだ。
「お父様に何て言えばいいのかしら…きっと怒るに違いないわ。」怯えながら、家の扉を開けると、そこには笑顔で出迎える両親の姿が…。
これから話すことを考えると、ルイーズの胸は酷く傷んだ。「どうしたの?ルイーズ、そんなに暗い顔をして、結婚が決まったからもう家が恋しくなったのかしら?フフフ」母親が優しい笑顔で冗談交じりに言うと、ルイーズは暗い顔のまま「お父様、お母様、お話があるの。応接室に行きたいわ。」
「そんな真剣な顔をしてどうしたの?なんだか怖いわ。」「まぁ、とりあえず、移動しようか。」
応接室に移動しルイーズは重い口を開き、さっきジョセフから言われた事を話した。
「なっ!なんだと?まさかそんな意図があってお前に近づいたとは…。」
「そんな…酷い。なんでそんな仕打ちをルイーズにするの…。」母親が泣き崩れると父親が「バカ者!今はそんな事はどうだって良い!この家が終わってしまうかもしれんのだぞ?」と怒鳴り散らした。
「そうだ!ルイーズ!ジョセフがお前に送ってくれた宝石をさっさと質に持っていこう!そうすれば少しは税金の足しにはなる!」
父親は急いで宝石をルイーズの部屋から持ってきて、馬車に乗り込み質屋へと向かった。
質屋に着き、鑑定士に一つ一つ見てもらうと、どれも贈られたばかりの物だが、元値の7割にしかならなかった。
ジョセフが贈った宝石は総額3億ピケにもなる、この国では1億ピケ以上の贈与には贈与税が60%課せられるので、1億8千万ピケの贈与税の支払いが義務付けられるのだが、7割でしか買取がされなかったので、手元に入ったお金は2億1千万ピケだった。税金を払えば3千万ピケしか残らず、数十億にもなる負債を払うには、結局残っている家財ごと屋敷を手放すしか道はなかった。
しばらくして、サド家は爵位も売り捨て、郊外にそれなりの家を買い、平民としての人生を歩むこととなった。
一方、復讐を果たしたジョセフは家督を継いで、皇帝の従妹の娘との婚約も発表し、幸せを手に入れた。
余談だが、普通なら質屋が7割で宝石を買うのはあり得ない事だ、相場はせいぜい5割だろう。実はルイーズたちが来る前に、ジョセフが差額は払うからと、前もって質屋と交渉していたのだった。ジョセフは復讐で近づき愛情はないと語っていたが、一緒に過ごすうちに、少しはルイーズ嬢に心が動かされてしまっていたようだ。
「ま、眩しい。ん~アリスもう少し寝かせてよ。」うつぶせに寝ながら面倒くさそうに言う。
「お嬢様、お気持ちは分かりますが、旦那様が今日もお嬢様の為に沢山の肖像画を用意されていますのよ。その為に1分1秒でも早く下へ降り来いとのことです。」
「どうせ今も残っている男なんて、ろくなもんじゃないわよ。見るだけ損よ!」掛け布団を頭上からかぶり、断固拒否の姿勢を見せた。
「お嬢様。旦那様も努力なさっているのです。今回はどなたかお眼鏡に叶う殿方がいらっしゃるかもしれませんよ。」メイドのアリスは必死にルイーズの機嫌を取ろうとしていた。
「どうせ私に拒否権なんてないのよね…」ぽつりと呟き、身を起こした。
「お嬢様、それでは今日のドレスはこちらでいかがでしょうか?」アリスは淡いブルーのドレスを出して見せた。
「どうせ、誰とも会わないんだから、何でもいいわよ。」ふくれっ面をしながらメイドに身を任せ支度を始めた。
「おお、やっと来たか。ルイーズ。あっちこっちに掛け合って、これだけ集めることが出来た。どうだ?お前の好みの子はいるか?」父親はお見合い用の肖像画を数点ルイーズに手渡した。
「…。どれもパッとしないわね…。他にはいないの?」
「ルイーズ…これは言いたくはなかったが、実はもうそれで目ぼしい家柄の未婚の息子はすべて出尽くしたんだ。残るは妻に先立たれた寡夫くらいしかいないんだよ。」
「それだけは絶対に嫌!なんで私がそんな老いぼれに嫁がなきゃいけないのよ!」ルイーズは怒鳴りながら、椅子に腰をドスンッと掛けた。
母親はなだめる様にルイーズの背中をさすり、父親は深いため息をついた。
ルイーズは次第に泣き出し、父親は「頼むからもう一度肖像画に目を通してくれないか?」と頼んだ。ルイーズは涙を拭きながら、父親が用意した5枚ほどの肖像画に手を伸ばした。
「…。この中の誰かを選らばなければ終わりなの?結婚しないと私はどうなるの?」「実は異国の発展に投資していたんだが、それが失敗に終わってしまってね。どこかの貴族とお前が結婚すれば多額の結納金が支払われて、負債は相殺出来るんだ。それに、18歳にもなって結婚できないとなれば、この国では悪評が立つ。そうなれば我々は今までの様に社交界に顔を出すことも出来ず、有益な情報も得られなくなり、家計は苦しくなる一方だろう。」ルイーズは父親の言葉にショックを受けた。
この国「ローゼニア帝国」は結婚する事が国民の義務の国。
多くの人は生まれた後すぐに親が婚約者を選び決める。貴族の場合だと家柄を守るために、同じかそれ以上の家名の者と母親が妊娠中に婚約者を選ぶ場合もある。
なぜルイーズは18歳まで相手が見つからないのか、その原因はわが子を溺愛する父親にあった。ルイーズの家柄もこの国では中の上に位置し、由緒ある家柄だった。当然、ルイーズが生まれる前から婚約者にどうかと男児が生まれた家はこぞってアプローチをしてきた。
しかし、父親はもっと家柄の良い家が来るはずと欲を出して、生後半年間来た申し出はすべて断ったのだ。半年、それはもっとも申し出が来る期間だった。
その後、たまに来る申し出はあったが数は少なく、蝶よ花よと育てられたルイーズも成長と共に意見を出すようになり、ルイーズの気に入る男児など見つからなかった。
美人ではあるが、育て方のせいかプライドが高く、負けず嫌い、イケメン好き、性格もきつく、成長すればするほど男児からの人気は無くなっていき、現在は父親が自ら男児のいる貴族の家に行き、ルイーズの良さを必死に訴えて懇願しなければ、相手になろうとはしてくれなかった。
18歳を過ぎれば、もう嫁ぎ先がないのが現実、とにかく早急に相手を決めなくてはならなかった。
乗り気じゃないルイーズを見て父親は深くため息をつき、もう諦めるしかないのかと頭に一瞬よぎった時、ドアがノックされた。
執事がやってきて耳打ちすると父親は目を輝かせて「早くこちらに通してくれ!」と叫んだ。父親の豹変ぶりに母親もルイーズも驚き一斉に父親に目を向けた。
執事は一人の男を応接室に通した。父親は満面の笑みでその男を向かい入れて早速ルイーズに紹介した。「ルイーズ!覚えているか?昔スクールで一緒だったジョセフ君だ!」
「ルイーズさん、お久しぶりです。」「見覚えはあるような、ないよう…無理もないわね、あなたの顔平凡すぎるもの。」「な!?ルイーズ何て失礼な事を言うんだ!!ジョセフ君すまないね、娘は今今気が立っていて…。」焦りながら父親が謝る。
「いえ、構いません。こちらも急に出向いたものですから、間が悪いのは仕方がありません。」
「ジョセフ君、君は本当に器の大きな青年に成長したね。君の噂は聞いているよ!成績も優秀で、将来は父上の会社を継ぐそうだね!」
「いえいえ、自分はまだまだ未熟物だと父親には言われています。まだやるべき事も沢山ありますしね…。」
「そうか、そうか。謙遜するところがまた、良いね!ところで今日は何の話があったのかな?」
「まだ、ルイーズさんにはお相手がいないとお聞きしまして…お父様、僕では不足でしょうか?」
「ジョセフ君!?そんな嬉しい申し出、こちらはありがたいとしか思わないよ!むしろうちの売れ残りのような娘を貰ってくれる、こちらの方が申し訳ない気持ちだよ。」
「ちょっと!お父様!勝手に話を進めないでよ!誰が良いって言ったのよ!しかも売れ残りだなんて失礼しちゃうわ!」ルイーズは怒りながら話に割って入ってきた。
父親はルイーズの耳元で「バカ!ジョセフ君はレイ家の跡取り息子だぞ!ジョセフ君がダメなら、さっきの中から選ばせるぞ!」と小声で脅した。
ルイーズはジョセフを見つめる。レイ家と言えばルイーズの家柄よりも上の爵位を保持し、皇帝ともつながりがある家柄だ。
一方、先ほど父親に見せられた肖像画の者たちは同じ位かそれ以下の者だった。父親の必死の形相を見て、ルイーズももう後がないことを理解し始めた。
「分かったわ。じゃ、まずは私があなたを好きになる努力をして見せてよ。」「こらこら、ルイーズ…そんなこと言ってジョセフ君を困らせるんじゃないよ。ジョセフ君の気が変わったらどうするんだ。」焦るあまり本心が漏れる。
「いえ、お父様。僕もすぐにOKしてもらえるなんて思ってはおりません。ルイーズさんに好いてもらえるように、それなりの努力はするつもりです。今日は婚約の申し出に来ただけですので、また出直してきます。明日はどうでしょう?ご都合いかがですか?」
「ジョセフ君、君は本当にいい青年だ!明日?ルイーズは何の予定もないよ!」「ちょ!お父様!」「では、明日同じ時間にお迎えに上がります。失礼いたします。」
ジョセフは一礼して、部屋を後にした。
「ルイーズ!もううちの家名はお前ひとりに託されているんだ!ジョセフ君の気が変わらない内に、プロポーズを受けて、さっさと結婚まで漕ぎつけるんだぞ!」
「お父様!私は愛のない結婚なんて嫌!私が彼を好きになることは無理だと思うから、愛する人と結婚する夢は諦めたけど、彼が私を本当に好きなんだと思えるまでは、承諾はしないわ!好きでもない人間と結婚するのよ、これは絶対に譲れない。」
ルイーズは一度こうと決めたら揺るがない質だ、父親は仕方なしに条件を飲んだ。
翌朝、約束通り昨日と同じ時間に家の前には馬車が止まっていた。「では、ルイーズ。くれぐれも粗相のないように、しっかりと心を掴むのだよ。」父親は少し不安そうにルイーズを見送った。
馬車の前にはジョセフが待っていた。「昨日の淡いブルーのドレスも凄い似合っていたけど、今日のもまた素敵だね!」にっこり笑顔で言うと「ありがとう。」少しつんけんして返すルイーズ。
目的地までの馬車の中は、ジョセフが一生懸命に話すがルイーズは退屈そうに外を見るだけ、盛り上がりにかけるものだった。それでもジョセフは少しでもルイーズを楽しませようと努力を続けた。
目的地は今貴族の間で流行の芝生公園だった。ジョセフはあらかじめ用意したピクニック道具一式を出して、準備を進めた。
準備が整うとジョセフはルイーズに「ここに座って」と優しくエスコートし、広げられた布にルイーズは座り、用意された食べ物を口に入れた。
どれも新鮮で美味しかった。ルイーズは今日一日不機嫌を徹底してジョセフを試そうとしていたのだが、予想以上に美味しい食べ物に頬が緩み、一瞬笑顔が出た。
その表情をみてジョセフも笑った。「うちのシェフが作ったんだ。美味しいだろう?」「そうね、思ったよりは…」あくまで強気なルイーズにジョセフはクスッと笑った。
その後二人はデートの定番手漕ぎボートに乗ったり、散歩したり数時間楽しんだが、やはりルイーズはほとんど不機嫌顔だった。
当のルイーズもデートの途中から笑いたくなった、一緒の時間が楽しく思えたが、相手を試すために作った不機嫌顔、しばらく続けたら引っ込みがつかなくなってしまったのだ。
ジョセフはそんなルイーズの気持を察することは出来ない、ただ今日のデートは失敗だと思った。
家までルイーズを送り届け、次は二日後に約束をして去って行った。
家に入ると両親が今日のデートについてあれこれ詮索してきて鬱陶しいと感じ、急いで階段を駆け上がり自分の部屋のベッドに倒れこんだ。
二日後、ジョセフはまた約束通りの時間に家の前で待っていた。ルイーズはまた不機嫌顔でジョセフの手を取り馬車に乗り込む。
馬車が走り出すと「今日はどちらへ向かわれるのですか?」ルイーズから話しかけてきた。ジョセフは驚きながらも笑顔で「今日はルイーズさんが芸術に興味があると伺ったので、美術館に行こうかと思っています。どうですか?」「そうなの。それは良い選択だと思うわ」これはルイーズが今できる精一杯の世辞だった。ジョセフもそこを察して「それは嬉しいお言葉ありがとうございます。」と返した。
二回目のデートは、相変わらずつんけんしたルイーズをエスコートするだけであったが、前よりも会話が増えて、ジョセフは少し嬉しくなった。
その後もジョセフは、ルイーズが好きと聞いた場所に誘ってはデートを重ねた。五回目のデート辺りからジョセフは宝石をルイーズにプレゼントし始めた。ルイーズは宝石が大好き、好きなものが貰えれば顔は自然と笑顔になった。
ジョセフが贈る宝石は、どれも最高級品。さすがレイ家の次期当主と言ったところだ。
ルイーズはジョセフの熱心なアプローチに次第に心を許し始めてきた、そこに最高級品のプレゼントを幾つも幾つも送ってくるのだから、ルイーズは「この人、顔は私のタイプではないけど、良い人なのは間違いないのよね。私の事も本気で愛してくれているのかも。」と考えるようになった。
ジョセフが婚約者にしてくださいと申し出てから、3か月の月日が流れた。ルイーズはかなりの額の宝石をジョセフから贈与されていた。
普段なら娘に送られた贈り物に大して興味を示さない父親だが、今はサド家の命運が関わる大事な時期、無関心ではいられなかった。
「ジョセフ君から一体幾つ宝石を贈られたんだ?」「あら、お父様。いつもならそんなこと聞いてこないのに、よほど私とジョセフの事が気になるのね。」ルイーズは父親の心配をよそに、茶化しながら答えた。
「いいから、すべて見せてみろ。」父親の真剣な顔に、緊張が走る。ルイーズは宝石箱を持ってきて、テーブルに置き中を見せた。「これで全部よ。これがどうかしたの?まさか偽造品とか?」父親は1つ1つ手に取り、次第に顔色が青く変わっていった。その様子を見たルイーズは「え!?やはり偽物?騙せれたの?」と慌て始めた。
「…すべて本物だ。」
「何だ、お父様ったら、驚かせないでよ!ふふふ。もう本当にびっくりしたわ。」
「何も笑える事ではないぞ!これらは私の見る限り本物だろう。お前は無知だから知らないのも当然だが、高額な贈り物に対して、この国では贈与税というものが課せられ、それは現金で支払わなければならないのだ。」
「え?贈与税?でも税金でしょ?大した額にはならないでしょ!」
「国の制度や法律についてあまりしっかりと教えてこなかったが、税金くらいはお前も学校で学んだはずだぞ?贈与税は受け取り側が一年間で貰った総額から算出される、つまり高い物ほど税も上がるのだ。」
「えぇ!?でも、うちは貴族だし、お金持ちでしょ!この宝石の贈与税位払えるでしょ?」
「そこが難しいところだ、以前なら簡単に払えただろう、しかし投資に失敗してから、事業もうまくいかなくなり、家の現状は火の車状態。お前の知らないところで家財や、お前の母親の宝石や絵画などいくつも売りに出して、お前の新しいドレスを買えているんだ。」
「そ、そんな…じゃあどうしたら良いの?」
「結婚だよ。ルイーズ、結婚相手が受け取った贈り物に対しては贈与税が発生しないんだ。ジョセフ君以上にいい相手なんて見つかるわけないし、もう結婚を決めるしかない!」
「…そんな。でも、本音で言えば、私もジョセフに徐々に好意を抱いているのよね。優しいし、私がどんなに悪い態度をとっても、受け入れてくれるの。私愛されているって気がしてきたのよね。分かったわ、次に会うときにプロポーズをお受けすると伝えるわ。だからお父様安心して!」
「おぉ!ルイーズ、ついに決心してくれたのか!これで何の心配もなく眠れるようになる。」
そう言って、ルイーズの寝室を後にした。
翌日、ルイーズは初めて相手の好みを考えドレスを選び、髪型もいつもより華やかにしてもらい、気合を入れてジョセフの住むレイ家を訪れた。
ルイーズの家よりも豪華で大きなお屋敷、初めて見るルイーズは「将来、私が夫人としてこの家に住むのね。」輝かしい未来に胸が高鳴った。
玄関をノックすると、執事が向かい入れた。「あなた様がかの有名なルイーズお嬢様でございますね。」ルイーズはジョセフが自分の話を執事にまで聞かせているのかと思うと気恥ずかしくなった。
「すぐにジョセフ様はいらっしゃいますので、こちらでお待ちくださいませ。」応接間に通され、ゆっくり腰かけて、ジョセフが来るのを待っていた。
ドアが開き振り向くと、そこには見慣れた男性の姿が。
「急にこちらに出向いてくるなんて、どうしたのですか?」「ジョセフ…そちらの都合も聞かずに訪ねてしまってごめんなさい。今日はどうしても急ぎ伝えなければならない事があって…。」
「それは何ですか?」
「私、あなたと結婚したいと思うの。」
「そうですか!それは嬉しい知らせだ。しかし、なぜ急に決心を?」
「それは…あなたへの愛が芽生えたから。それに、あなたが私を真剣に思っていてくれることはもう十分に通じたから。」
「なるほど、そうですか。急に来られたので、てっきり僕が贈った物に課せられる贈与税を懸念して結婚という決断をしたのかと思ってしまいました。」
ルイーズは一瞬ドキッとし、声が上ずりながら「そ、そんなわけないでしょう。あなたもご存じの通り、サド家もそれなりの財産を有していますもの…おほほ。」というと、ジョセフは髪をかき上げながら溜息をついた。
今まで見せてきた表情ではないジョセフがそこにいた。「もう三文芝居は結構です。」
「え?」「僕があなたみたいな女に本当に愛情を抱いていると思いますか?」
「そ、それはどういう意味?」
「そのままの意味ですよ。あなたは美人ではあるが、性格が悪い、そして見の程を知らない。自分がこの世の中心とさえ思っている。まぁあの父親にたいそう甘やかされて育ったんだから仕方ないでしょうが。」
「はっきり言っておきますが、僕はあなたにはこれっぽっちも愛情を持ち合わせていない。婚約何て端から嘘に決まっているでしょ!」
「なんでそんな酷い事を言うの?」
「なぜ?そんな事決まっているでしょう、復讐ですよ。あなたは微塵も覚えていないだろうが、僕らがスクールに通っていたころ、僕は病弱で、大人しい性格だった。気の強いやつらに嫌がらせをされていたんだ。その中の1人が君だ、ルイーズ。僕は生まれた時にすでに皇帝の遠い親戚の御令嬢と将来が約束されていた。それなのに、君たちがその令嬢に僕の偽の悪評を吹き込み、挙句の果てに、君は彼女に僕が君の事を好きだと言い、キスを迫ってきたと言ったんだ。そのせいで婚約は破棄、もちろん子供同士のいざこざ、皇帝は信じてもいなかったし、レイ家と皇族の関係が揺らぐことはなかった。でも、僕は許嫁だからじゃない、彼女だから将来を添い遂げたかったんだ。なのにそれを君が台無しにした。おかげ様で僕はこの復讐を遂げるまで、相手を選ぶ事も出来ないんだ。」
「そんな昔の事で?そんなの酷すぎる!」
「酷い?どう思おうが勝手だ!僕には君らがしてきた暴行や嫌がらせを昨日の事の様に覚えている。その嫌がらせを耐えられた理由は彼女だったのに、僕から彼女まで奪ったんだ。その対価としては、十分だろう。」
「待ってよ!私以外にも加害者はいたんでしょ?その人たちはどうなったのよ?まさか私だけ?」「ハハハ、まさかそんな訳ないだろう。ちゃんと罰してきたさ。彼らには失敗するだろう投資を持ち掛けて、まんまと破産させたさ。」
「投資…?まさか、お父様のも?」「そうだ、あれも私が仲介人を通して君の父上に提案したんだ。驚いただろう?」
「さて、話はこれくらいにして、さっさと帰ってもらおうか?僕は君と結婚する気は全くないし、君にあげた宝石類の贈与税を払う義務も気もない。さっさと家に帰って父親にでも泣きつけばいい。老いぼれの寡夫くらいになら、まだ相手にしてもらえるんじゃないか?ハハハハハッ!」
この三か月で初めて見るジョセフの悪意に満ちた顔、笑い声、今までのジョセフがすべて演技だったことにショックを受け、ルイーズは頭の中が真っ白になりその場に崩れた。
憔悴しきった様子のルイーズを見ても、ジョセフは態度を変えるどころか、執事にルイーズを連れて行くように命じた。
馬車の中でぼんやり子供の頃の思い出が蘇る。
***
「レイ家と言えば、ハンサムな当主にこの国でトップと言われるほど美人な奥様なのに、なんで息子があんな地味顔なの?キャハハ」
「そんな本当のこと言ったら可哀想だよ、ルイーズ!アハハ!」
「私ならいくらレイ家とはいえ、あんな顔の人に嫁ぎたくないわ!きっと婚約したら、妾の子って事が後からばれて、財産も何もかも貰えなくなるに決まってるっわ!」
「俺の親父が言ってたぜ、ジョセフは拾われた子供に違いないってな!」
「え!妾どころか、拾われた子なの!?それじゃ、最後は捨てられちゃうわね。アハハ!」
***
「私ジョセフに酷い事したんだな…あの時はそんな風には思わなかった。」後悔の涙を流していると、馬車が止まった、どうやら家に着いたようだ。
「お父様に何て言えばいいのかしら…きっと怒るに違いないわ。」怯えながら、家の扉を開けると、そこには笑顔で出迎える両親の姿が…。
これから話すことを考えると、ルイーズの胸は酷く傷んだ。「どうしたの?ルイーズ、そんなに暗い顔をして、結婚が決まったからもう家が恋しくなったのかしら?フフフ」母親が優しい笑顔で冗談交じりに言うと、ルイーズは暗い顔のまま「お父様、お母様、お話があるの。応接室に行きたいわ。」
「そんな真剣な顔をしてどうしたの?なんだか怖いわ。」「まぁ、とりあえず、移動しようか。」
応接室に移動しルイーズは重い口を開き、さっきジョセフから言われた事を話した。
「なっ!なんだと?まさかそんな意図があってお前に近づいたとは…。」
「そんな…酷い。なんでそんな仕打ちをルイーズにするの…。」母親が泣き崩れると父親が「バカ者!今はそんな事はどうだって良い!この家が終わってしまうかもしれんのだぞ?」と怒鳴り散らした。
「そうだ!ルイーズ!ジョセフがお前に送ってくれた宝石をさっさと質に持っていこう!そうすれば少しは税金の足しにはなる!」
父親は急いで宝石をルイーズの部屋から持ってきて、馬車に乗り込み質屋へと向かった。
質屋に着き、鑑定士に一つ一つ見てもらうと、どれも贈られたばかりの物だが、元値の7割にしかならなかった。
ジョセフが贈った宝石は総額3億ピケにもなる、この国では1億ピケ以上の贈与には贈与税が60%課せられるので、1億8千万ピケの贈与税の支払いが義務付けられるのだが、7割でしか買取がされなかったので、手元に入ったお金は2億1千万ピケだった。税金を払えば3千万ピケしか残らず、数十億にもなる負債を払うには、結局残っている家財ごと屋敷を手放すしか道はなかった。
しばらくして、サド家は爵位も売り捨て、郊外にそれなりの家を買い、平民としての人生を歩むこととなった。
一方、復讐を果たしたジョセフは家督を継いで、皇帝の従妹の娘との婚約も発表し、幸せを手に入れた。
余談だが、普通なら質屋が7割で宝石を買うのはあり得ない事だ、相場はせいぜい5割だろう。実はルイーズたちが来る前に、ジョセフが差額は払うからと、前もって質屋と交渉していたのだった。ジョセフは復讐で近づき愛情はないと語っていたが、一緒に過ごすうちに、少しはルイーズ嬢に心が動かされてしまっていたようだ。