「奏楽、まだ元カレのこと引きずってんの?」
あいちゃんが私に尋ねた。あいちゃんと会うと、必ずこの質問をされる。
「……うん」
私も決まってこう答える。
駅前のファミレスで、私はあいちゃんとランチを楽しんでいた。
日曜日ということもあり、店内はまあまあ混雑している。
私が大切な彼を失ってから、もう三ヶ月が経った。
なんてことのない、どこにでもあるようなありふれた失恋だった。
「いい加減止めなよ。いつまでも昔の男ずるずる引きずってる女なんて、誰も相手してくれないよ?」
これもお決まりの台詞だ。
「わかってるけど……」
「あんたが元カレのこと、今でも好きなのはわかるけどさぁ」
「好きとか……そういうんじゃないよ」
嘘だった。たぶん今でも、元カレのことが好きで、未練がある。
そうじゃなきゃ、とうに元カレのことなんて忘れているはずだ。
「まあ。別にいいけどね。あ、それより聞いてよ。私、やっと新しい彼氏ができたの」
あいちゃんは話題を変える。
「え。すごいね。おめでとう」
「ありがとう! 今回の彼氏はなんと、身長百八十超えの長身イケメンです」
あいちゃんは幸せそうに笑う。
「うわぁ。いいなぁ。羨ましい」
みんなこうして、過去のことなんて忘れて、未来へ向かって進んでいく。
立ち止まっているのは私だけだ。
「でしょでしょ! すごく優しくて、将来性もあるの」
「幸せそうだね」
私もいつか、あいちゃんみたいに幸せになれるのだろうか。そんなことを考えてしまった。
元カレを引きずっている間は、少なくとも無理だろう。
「あ、そうだ。奏楽も新しく彼氏作りなよ。そしたら、元カレのことも忘れられるって」
「そうかなぁ……」
「そうだよ! 昔の恋を忘れさせるのは、新しい恋だよ! ね、私も手伝うからさ」
昔の恋を忘れさせるのは、新しい恋……。たしかにその通りかもしれない。
簡単には元カレのことを忘れられそうにないけれど。
「……うん。じゃあ、頑張ってみようかな」
私も、そろそろ前に進み始めないといけないな、と思った。
それから、私とあいちゃんはドリンクバーをおかわりしながら、くだらない会話をした。
「そろそろ出よっか」
ファミレスに入ってから、すでに二時間が経過していた。
あいちゃんと一緒にいると、つい話が盛り上がりすぎてしまう。
「そうだね」
私たちはお会計を済ませて、ファミレスを出る。
「あ、紹介するね。これが私の作った新しい彼氏」
あいちゃんはそう言って、お店の前に立つ長身のイケメンの右手を取った。
「よろしくおねがいします」
あいちゃんが新しく作った彼氏は、ぎこちない日本語で私に頭を下げる。
「よろしくお願いします。あいちゃんの友達の奏楽です」
「奏楽さん、肩にゴミがついています」
あいちゃんの彼氏は、私の肩についたゴミを取ってくれた。優しい。
端正な顔が近づいてきて、思わずドキっとしてしまう。
「わぁ。本当にカッコいいね。これってもしかして最新型?」
「うん。そうだよ。まだ色々と学習させてる途中だけどね」
「そうなんだ。将来が楽しみだね」
たしかに将来性もある。あいちゃんの言う通りだ。
「そうなのよ~。それじゃ、またね。今度は奏楽の新しい彼氏の素材、買いに行こうね」
あいちゃんは新しい彼氏と腕を組む。ラブラブだ。
「楽しみにしてる。ばいばい」
あいちゃんと手を振って別れる。
「よいしょ」
あいちゃんが見えなくなってから、私は、お店の裏に置いておいた大切な元カレの足首をつかみ、ずるずると引きずって帰路につく。
こうして、元カレを引きずるのも、今日で最後にしたいな。
あいちゃんと話して明るくなった心で、私はそう思った。