どこにいても、何をしても、いつもどこか息苦しいーーこんな自分、大嫌いだ

 平安時代初期、俺は、君と出会った。
 君は人間、俺は……。
 俺らは恋に落ちた。でも、俺らの恋は許されない。
「神様、どうか、俺らの恋を許してください。永遠に恋をさせてください」
「神様、どうか、私たちの恋を許してください。それなら、どんな罰でも受けます」
 2人で願った。それは、叶った。
 ただ、永遠なんてなかった……と思った。
 君は、亡くなった。
 でも、ある日から赤い糸が見えたんだ。しかも俺に繋がってた。
 糸を辿ってみると、ある女の人にたどり着いた。
 それは、君だった。君と二度目の恋をした。

 私は、小さい頃から夢を見る。
 夢に出てくる人は、毎回同じ男の人と大きくて力強い、白くてカッコいい竜だった。
 男の人は、銀髪でアイドル並みのイケメン、というわけではないけれど、顔立ちが整っていた。シュッとしたシャープな顔立ちに、一重でキリッとした瞳、少し高めの鼻と可愛らしい唇がバランスよく顔に配置されている。
 その男の人と私に似た女の人が恋をしていた。
 服装が着物で、古風な雰囲気があるものから、オシャレな洋服で今風、昭和風のものもあった。
 夢の中の男の人によく似た人に恋をした。

「はぁ、」
 大人っぽくて、オシャレなカフェには似合わない、心底から出るため息。
 出せばすぐに消えるため息に乗って、私の悩みも消えてくれればいいのに……。
 そんなに簡単な話じゃない事くらい、分かってる。
 今日、私、赤井衣音(あかいいと)は彼氏の永瀬竜久(ながせたつひさ)に大事な事を打ち明けようとしているのだ。
 折角、覚悟を決めたのに、今日のデート場所のカフェに竜久はなかなか来ない。
 私の覚悟が消えてしまいそうだ。っといっても私が早く来すぎただけなのだが。
 しばらく、緊張してる中スマホをいじってると竜久が来た。約束の時間の10分前だ。
 竜久は、私の向かいの席に座った。
「衣音、珍しく早いね。俺より早いの初めてじゃない?」
「そうかもね」
 ごく普通の会話を交わして、私はイチゴミルク、竜久はコーヒーを頼んだ。
 他愛もない話をしながら頼んだ物を待つ。
 イチゴミルクとコーヒーが来た。
 冷たいイチゴミルクを飲む。緊張のせいか甘いはずのイチゴミルクの味がしなかった。
「衣音、険しい顔してどうしたの?なんかあった?」
 覚悟を、決めよう。
「あのね、竜久。聞いてほしい事があるの」
「うん、なに?」
「実はね、私、学校でいじめられてるの」

 事の始まりは、1年生の時だった。
 席替えがあり、イケメンで性格も良い、人気者の日高翔(ひだかしょう)くんと隣の席になった。
 左、つまり窓から2番目でいちばん後ろの席で日高くんは私の左だ。
「日高くん、1ヶ月間、隣よろしくね!」
「赤井さん、よろしく。赤井さんでよかったよ」
「本当?あんまり言われた事ないから嬉しいなぁ」
 自分で言うのもなんだが、私はコミュ力が高くて、誰とでもすぐ仲良くなれる。これが、長所だとも思っていたくらいだ。
 しかし、それがいけなかったのだ。
 日高くんと仲良くしているせいで、日高くんを狙っているクラスの女王、沙夜(さや)ちゃんにいじめの標的にされてしまった。
 そこから、沙夜ちゃんの言う事には誰も反抗できないので、女子の中でいじめられるようになった。
「赤井さん」
「なに?日高くん」
「シャー芯ない?切れちゃって」
「あるよ。ちょっと待ってね」
「ありがとう。あとででいいかな?今から用事あって、」
「いいよ、探しとく」
「ありがとう!」
 日高くんは、去っていった。
 探すというほどでもないが、筆箱の中から、シャー芯を取り出す。
「また、日高くんに媚び売ってるよ。席が隣だからって調子に乗ってさ。
 ほんと、キモいよね」
「そうだよね。きっと、沙夜ちゃんに日高くんの事を取られるのが怖いんだよ」
「そうだよね、沙夜ちゃんの方が可愛いに決まってるもん!」
 その女子2人組は嘲笑うように笑って去っていった。
 ムカつく。ウザい。
 別に、私は日高くんの事が好きなわけじゃない。竜久がいるから。
 なんで、勝手に日高くんの事を好きって思われてるのか、勝手に勘違いして、勝手に敵増やして、沙夜ちゃん達は馬鹿みたいだ。

「おはよう!」
 ある日の朝、教室に入ると、誰も返事を返してくれなかった。
 不思議に思いながらも、机に行くと、紙切れが数十枚置いてあった。
 紙切れを1つ1つ見てみると、『媚び子』『男好き女』『怖がり』などと、悪口が書かれていた。
 中には、『死ね』などの最悪な事が書かれている物もあったが、無視して捨てた。
 幼稚だ。馬鹿だ。最低だ。
 死ね、なんて本気で思ってないだろう、きっと。
 日高くんを取られたくないあまりに、こんな幼稚ないじめを起こす、みんなのほうが怖がりだ。
 1ヶ月たち、席替えをした。
 日高くんと席が離れて、あまり喋らなくなった。席が近かったから喋った、ただそれだけの関係だったのだ。
 しかし、いじめは絶える事なく続いてる。
 机に落書きされたり、物を隠されたり、捨てられたりした。
 竜久から貰った、お気に入りのシャーペンがゴミ箱に入っていた時は、ショックだったし、いじめに対してのこれ以上ないくらいの怒りが込み上げてきた。
 と同時に、辛かったし、苦しかった。イヤだった。最悪だった。ムカついた。泣きたかった。学校を休みたかった。その場から逃げたかった。
 家族に相談しようも、長所だと勘違いしていた事のせいで、「学校で上手くやっている」と思われ、言い出しにくくなったのだ。

 言い終わると、気づけば涙が頬を伝っていた。
「そっか、よく頑張ったね」
 優しい声で竜久が言うから、また涙が溢れ落ちそうだった。
「うん……」
「ねぇ、これから、すごく変な事言ってもいい?」
「え、なに?」
 急にどうしたのだろう。
「すごく、不思議な事。信じ難いと思うから、信じても、信じなくてもいいんだけど。
 聞いてくれる?」
「うん」
「実は……俺は竜なんだ」
「え?」
「千年くらい前かな?俺と衣音が出会ったのは」
 そう切り出し、話し始めた。

 俺、竜久と衣音が出会ったのは、約1000年前、平安時代初期ごろだった。
 俺は、人間に化けた竜。竜の寿命は約2000年。早くても1000年くらい。
 今の衣音は、少なくとも28回目の生まれ変わり。最初の衣音と俺は恋に落ちたんだ。
 でも、竜と人間の恋は許されなかった。だから、神様に願ったんだ。
「神様、どうか、俺らの恋を許してください。永遠に恋をさせてください」
「神様、どうか、私たちの恋を許してください。それなら、どんな罰でも受けます」
 それは、叶った。でも、衣音には様々な罰が降りかかってきた。
 戦や戦争で両親、少なくとも早くに父親を亡くしたり、いじめの標的になったりする事が多かった。
 昔からきっと、衣音はずっと辛かっただろうし、苦しかっただろう。
 でも、逃げずに前向きに戦ってきたんだ。
 ちなみに、衣音と俺は俺にしか見えない赤い糸で繋がっているんだ。

「え?」
 信じ難い話だった。でも、信じようと思った。
 昔から、夢を見るのだ。竜と竜久に似た男の人と私に似た人が恋をしていたのだ。
 前世の私が、今世の私に記憶を渡してくれたのだと考えると竜久と出会う前から竜久の夢を見れた理由が説明される。
「なんで、それを今話したの?」
「衣音は、ずっと、頑張ってきたんだよ。昔からずっと。逃げずに、前を向き続けたことはスゴイと思う。
 でもね、そのせいで、衣音は傷付いて、ボロボロになったんだ。

 だから、たまには、逃げてもいいんだよ?」

 それは、私が今言って欲しかった言葉だった。
 竜久が言ってくれた言葉が嬉しくて、先程の涙が折角乾いたのに、また涙で頬が濡れてしまった。
「私、逃げたい、逃げて、いいの?
 学校、行かなくていいの?」
 泣きながら問う私に、竜久は優しく言う。
「いいんだよ、逃げても。学校に行かなくてもいいんだよ。
 衣音はいつも頑張ってるから。」
「ありがとう、」
 逃げてもいい、学校に行かなくてもいいんだ。
 少しだけ息がしやすくなった気がした。