「はぁ〜……今日も素敵だな〜……」

 校舎の影に隠れ、私が覗いているのは中庭で佇んでいる一人の男子……。清潔感のある爽やかなサラサラヘア。知性と気品を感じさせる顔立ち。それでいて、背丈の高さとガッチリとした肩は、何かあった時には守ってくれそうな逞しさも感じる……。

「まさに理想の人……。
 私は紫音くんとお付き合いしたい……」

 そう。綾小路 紫音くんは理想の男の子。でも、私には一つ大問題がある……。それは……。

「おい! 紫音! 足元にトカゲがいるぞ!」

「何っ!? うわっ!!」

「ちょっ……お前トカゲくらいで
 何ビビってんだよ……」

「うるさいな……。急にあんな
 チョロチョロ動く生き物がいたら
 少しビックリするだろ……」

「ガーンっ!!」

 足元のトカゲを見て盛大に驚く紫音くん……。そんなギャップもとってもキュート。とか、そんなこと言ってる場合じゃなくて……。

「あうぅ……。やっぱり私なんかじゃ
 紫音くんとお付き合い出来ない……」

 私は悲しさと悔しさが入り混じった感情で、バシンッ。と地面に打ち付ける。自分のお尻から生えている太くて逞しい緑色の尻尾を……。

「私、春巻 とかげは、
 トカゲ男と人間の女性のハーフ……。
 生まれつきこんな尻尾が生えていて、
 千切れようが何度も何度も
 新しいのが生えてくる……」

「こんな変な女子、
 嫌われるに決まってるー!!
 元々トカゲなんて万人受けする
 生き物じゃないのにー!!」

「あれ……? 同じクラスの
 春巻さん、だよね……?
 そんなところで何してるの?」

「はうあっ!?」

 一人で悶えていたら、紫音くんが目の前に来ちゃってるじゃないの!? いやでも、これはチャンス! 向こうから話し掛けてくれるなんて、ここで何か気の利いたことを言って、一気に親密度をアップさせなければ……!

「いや〜……。ちょっと
 “木陰”で涼んでおりましてね……。
 “とかげ”だけに……。なんつって……」

「…………」

 やっちまったー!? 何言ってんの私!? テンパりすぎて意味分からんくらい寒いギャグ言っちゃったよ!? ただでさえ変な尻尾生えてるのに! こんなのさらに嫌われるーッ!!

『ブチッ』

「あッ!」

 ヤバイ! 動揺したから、尻尾が千切れちゃったーっ!! は、恥ずかしいーっ!!

「は、春巻さん……! ?
 大丈夫!? 尻尾が落ちてるよ!?」

「うわああああんっ!!」

「春巻さんっ!?」

 私は逃げ出した……。ビクンビクンと痙攣する尻尾を置き去りにして……。グロテスクな断面を彼の前に曝け出して……。恥ずかしすぎる。もうお嫁にいけない。終わった。私の初恋。

「………」

「……ということがあって」

「好きな男の前で、
 尻尾千切れるのはキツイな〜……。
 いや、あたしは
 尻尾生えてないから、
 実際どんな気持ちかは
 分からんけども……」

 私の話を親身に聞いてくれているこの女の子。名前は夏川 あかりちゃん。トカゲと人間のハーフにも普通に接してくれる私の大事な友達だ。

「でも、話し掛けてくるってことは、
 絶対お前のことが気になってると
 思うんよ」

「そ、そうかな!?」

「異性としてではなく、
 奇妙な生き物として
 かもしれないけどな……」

「ええええええ……!?」

「あかりちゃ〜ん……!
 私どうすればいいかなぁ〜!?」

「まぁ、落ち着きたまえ……。
 相手のことを知るには、
 やっぱり地道な調査が
 必要だと思うのだよ……」

「地道な調査……?」

 あかりちゃんが指で顎をなぞり、何やら不敵な笑みを浮かべている。こういう時のあかりちゃんは、私じゃ出来ないことをやってくれるから頼もしい。

「聞いてきてやるよ。
 直接、綾小路に」

「へ……?」

「とかげのことが
 気になってるかどうか」

「えええええええ……!?」

 いきなりすぎるよ、あかりちゃん!? 頼もしいとか通り越してるよ!?

「どの辺が地道な調査なの!?
 それ聞いちゃったらもう
 一発で終わるじゃん……!」

「好きかどうか聞く訳じゃないって。
 気になってるのか聞くだけだから」

「そこだけ聞けたら、
 とりあえずとかげも
 安心出来るかもしれないだろ?」

「それはそうだけど……。
 気になってないとか
 言われたらどうするの……?」

「大丈夫大丈夫。
 あたしの勘が大丈夫だって
 そう言っている」

「う〜……不安だ……」

 物凄く怖いけど、でもあかりちゃんの言っていることも一理あるので、結局、私は彼女に任せてみることにした……。

「お、いたいた」

 紫音くんは、お昼休みによく中庭にいる。今日もいつものように、一人で中庭で静かに佇んでいた。

「う、うぅ……」

「ん……? なんか様子が変だぞ?」

「え……?」

 よく見ると、紫音くんの顔色が悪く、目眩を起こしているような素振りを見せている。何やら体調が優れていないように見えた。私は普段の彼の様子を思い出す……。

「紫音くん、いつも
 少しツラそうにしてるかも……」

「大丈夫か、それ……?」

「そっちも気になるけど……。
 とりあえず、予定通り
 とかげのこと聞いて来ちゃうか」

「う、うん……」

 あかりちゃんは、紫音くんの元へと駆けていく。私は、心がザワザワしながらも、校舎の陰からその様子を伺うことにした。

「おっす。綾小路」

「え……? な、夏川さん?」

(あかりちゃん、軽っ!?)

 紫音くんに話し掛けることなど何も感じていないように、あっさりと声を掛けるあかりちゃん……。私にも、あれくらいの度胸が欲しいもんだ……。

「突然だけど。とかげのこと
 気になってる?」

(本当に突然だなぁ!?)

 物凄くストレートに聞くあかりちゃん。私は耳を塞ぎたくなる気持ちを必死で堪える……。

「春巻さんのこと……?」

「そう。どうなん?」

「彼女のことは……
 あんまり考えたくない……」

「え……?」

「悪いけど……俺、
 保健室に行くから……」

 顔色の悪い紫音くんは、フラフラとした足取りで保健室へ向かって行った。私は、紫音くんが心配な気持ちと、私のことを考えたくないと言われたことが、頭の中をぐるぐると回っていた……。

「悪いとかげ……。
 なんか思ってたのと違った……」

「う、ううん……。
 紫音くん……。どうしたのかな……」

「うぅ〜ん……」

 あかりちゃんが顎に手を当て、目を閉じながら深く考え込んでいる。今まで得た情報を整理しているようだった……。

「もしかしたら、綾小路は
 悪い病気なのかもな……」

「えぇ……!?」

「普段からあんな感じなら、
 その可能性は高いよな……」

「そ、そんな……」

「それから、お前のことを
 考えたくないって
 言ってたことだけど……」

「やっぱ綾小路は、
 とかげのこと好きなんじゃないか?」

「ど、どういうこと……!?」

「あいつは悪い病気で、
 もう長くないのかもしれない……」
 
「そんな状態で、
 好きな女なんて
 出来ちゃったら余計に
 ツラくなっちゃうだろ?」

「だから、綾小路は
 とかげへの恋心は
 忘れようとしてるんだよ」

「そんな……紫音くん……」

 紫音くんが病気で、もう長くない……? そんなこと信じたくない。でも、紫音くんからは、その言葉を否定出来ない雰囲気を感じた……。

「じゃあ、これから私は
 どうすれば……」

「何言ってんだ! だからこそ、
 とかげは綾小路に気持ちを
 ちゃんと伝えないと!」

「えっ……でも……」

「このままじゃ、本当に
 一生後悔することに
 なっちゃうぞ!」

「そ、そんなの嫌だ……!」

「じゃあ、思い切って告白しよう!
 あたしはとかげのことを、
 この学校の誰よりも知ってる!
 ちゃんと気持ちを伝えられれば、
 相手に必ず届くはずだ!」

「分かった……!
 勇気出してみる……」

 私は、新しく生え変わった尻尾を振り回し、気合いを入れる。例え少しの間だけでも良い……。私は、紫音くんと一緒にいたいのだから……!

「……綾小路の奴、まだ
 保健室にいるみたいだな」

 私とあかりちゃんは、保健室の外から中の様子を伺う。保健室の中には、窓際でそよ風に当たる紫音くんの姿が見えた。ベッドのカーテンは全て開かれていて、寝ている人は誰もいないようだった。

「先生の姿はない……。
 どこかに行ってるみたいだな。
 これはチャンスだぞ」

「窓際のあいつに気付かれないように
 そっと中に入っちまえ……!
 そして、ギリギリまで近付いて、
 ババッと告白するんだ!」

「で、出来るかな……」

「あの位置なら逃げ場はない。
 そして密室で2人っきり。
 こんな絶好のシチュエーション
 そうそうないぞ!」

「大丈夫! とかげなら出来る!
 万が一駄目でも、あたしがいっぱい
 励ましてやる!」

「あ、あかりちゃん……!」

 私はあかりちゃんの言葉から勇気を貰い、音を立てないように、保健室の扉をゆっくり慎重に開ける……。

(伝えるんだ……。
 私の気持ちを紫音くんに……!)

「……ッ!」

「誰だッ!?」

「へ……?」

 窓の外を見ていた紫音くんが、突然、後ろを振り返った。私は、声を掛ける前に気付かれてしまった……。そっと忍び寄っている最中に……。

「なんだあいつ……!?
 なんで気付くんだよ……!?」

「は、春巻さん……?
 何、してるの……?」 

「はひ……!
 あの……私……!」

 駄目だ……! こんな状態でもう告白なんて無理だよ! だってめちゃくちゃ怪しいもん! 音もなく忍び寄って変なアサシンリザードだもん!

「う、うぅ……!」

「うわああああんっ!!」

「春巻さんっ!?」

 私は急いで駆け出した! 恥ずかしくて紫音くんの顔もまともに見られない! 保健室から出て、勢いよく扉を閉めた!

『ブチッ』

「ぎゃんッ!?」

 保健室の扉に尻尾が挟まって千切れちゃった! もうめちゃくちゃだよ! なんで私っていつもこうなの!?

「とかげ……!!」

 私はビチビチと保健室で跳ね回る尻尾を置き去りして、全力で駆け出した……。もう紫音くんに合わせる顔なんてない……。あかりちゃんの声が聞こえたけど、私の足は止まらなかった……。

「うぅ……ぐすん……」

 私は、茂みの陰で泣いた。トカゲの私には、こんな暗くてジメジメしてる場所がお似合いだ……。心の重さと、尻尾が千切れて軽くなった身体のアンバランスさがとても気持ちが悪かった……。

「あ……いた……!」

「あかりちゃん……」

 あかりちゃんが、額から汗の雫を零し、息を切らせながら私の元へ駆け寄った。そんなになるまで探し回ってくれたんだね……。

「ごめんね、あかりちゃん……」

「あ……いや……。
 それはあたしの台詞……。
 ごめん。とかげ……。
 あたし、余計なことばっかりして」

「ううん……。
 余計なことなんて
 思ってないよ……!
 告白したいって思ってたから、
 あかりちゃんに後押ししてもらえて
 良かったって思ってるもん……」

「うぅ……! とかげぇ……!
 お前ほんとに良い奴だなぁ!」

「……綾小路はなかなか
 読めない奴だから……。
 下手に作戦立てるのは
 向いてなかったのかもな……」

「あたし、少し頭冷やすよ……」

「あかりちゃん……」

 いつもは元気なあかりちゃんが、トボトボと項垂れながら去っていった……。あかりちゃんは、心の底から私のことを想ってくれてるんだな……。それだけに、鈍臭い自分が憎らしくなる……。

 翌日。

「はぁ……」

 昨日千切れた私の尻尾は、驚異的な再生力ですでに新しく生え変わっている。心の方は全く再生出来ていないというのに……。頭を冷やすと言っていたあかりちゃんも、なんだか今日はずっと静かだ……。

「私、これからどうすれば……」

 昼休み。あかりちゃんの姿は見えず、仕方がないので、私は一人で昼食を取ろうとしていた。

「あの、春巻さん……」

「えっ!?」

 突然、爽やかなイケメンボイスで名前を呼ばれ、私は飛び上がってしまった。声の主はまさかの紫音くんだった……。

「今から中庭に来てくれるかな……。
 実は話したいことがあるんだ……」

「は、話したいこと……?」

 私の頭は混乱して、今、自分の身に何が起きているのか全く理解出来なかった。紫音くんに言われるがまま、私は、中庭へ向かう彼の後ろを付いていく……。

 中庭に着いた私と紫音くん。日当たりが悪く、そこまで居心地が良い場所とは言えない中庭は、いつものようにひと気がなく静かだった。

「……さっき、昨日のこと
 夏川さんから聞いたんだ」

「俺と話をさせるために、
 春巻さんに保健室に
 そっと入るように言ったのは
 自分なんだって……」

「あかりちゃんが……」

 あかりちゃん……私のことをフォローしていてくれたなんて……。

「それで、俺もずっと
 春巻さんに言おうと
 していたことがあって……」

「わ、私に……?」

 な、なんだろう……。やっぱり、私なんかとは会いたくないのかな……。

「そ、それは……うっ……」

「紫音くん……!?」

 紫音くんは突然、糸が切れた操り人形のようにパタリと倒れた。私はもうパニック状態だった。やっぱり紫音くんは病気なの……!?

「くそ……こんな時に……。
 ごめん……春巻さん……」

「俺もう……駄目みたいだ……」

「紫音くん! しっかりして!」

『ブチッ』

「あっ!」

 動揺しすぎて、私の尻尾が場違いな音を立てながら千切れてしまった。ああもう! こんな時まで空気読めない尻尾が憎たらしい!

「し、尻尾……」

「春巻さんの尻尾ッ!!」

「へ?」

 気が付くと、紫音くんは目にも止まらぬ速さで私の尻尾を鷲掴みにすると、勢いよくかじり付き始めた……。あまりにも衝撃的な光景に、私は完全にフリーズしている……。

「美味いっ!!
 やっぱり春巻さんの尻尾は
 めちゃくちゃ美味いよっ!!」

 な、なんだろこの状況……。なんだか分からないけど、さっきまで私の身体の一部だった物を、紫音くんが美味しそうにムシャムシャと食べている……。それがとてつもなく恥ずかしくて、なんだかちょっと嬉しかった……。

「ふぅ……。ごちそうさまでした……」

「あ、はい。お粗末様でした……」

 しばしの沈黙。お腹を満たした紫音くんは、改めて今の状況に気不味くなったようで、私から目を逸らしている……。

「えっと……俺、実は
 ライオン男と人間の女のハーフなんだ」

「えええええええ……!?」

「見た目は普通の人間と
 あんまり変わらないんだけど、
 困ったことに、食欲が異常で、
 人間の食事量だと全然
 足りないんだよ……」

「それでずっと顔色が悪くて
 フラフラしてたの!?」

「ま、まぁ、そういうこと……」

「そんな時、俺は運命の出会いを
 果たしてしまったんだ……。
 春巻さんの尻尾と……!!」

「し、尻尾……」

「そう! 千切れて地面に落ちてる
 春巻さんの……女の子の尻尾を
 勝手に食べるなんてとても失礼で
 申し訳ないと思ったんだけど……」

「でも! 春巻さんの尻尾は、
 太くて大きくて食べ応えがあって、
 ほのかな甘みと上品な味わいで
 めちゃくちゃ美味いんだっ!!」

「腹持ちも良くて、
 当分の間、空腹も抑えられる……。
 あんな物を食べてしまったら、
 もう忘れることなんて出来ないよ……」

「でも、そんな何回も
 食べる訳にもいかず、
 俺はもう、春巻さんの尻尾のことは
 忘れようと、そう心に決めたんだ……」

「だから私のことは
 考えたくないって
 言ってたんだね……」

 まさかの事実……。紫音くんがライオンと人間のハーフで、さらに私の尻尾を食べていて、さらにさらに、私の尻尾のことが好きになっていたなんて……!

「だけど……そんな誓いを立てたにも
 かかわらず、保健室に落ちてる尻尾を
 俺はまた食べてしまった……。
 あんなに活きの良い尻尾を見たら
 食欲が抑えられなくて……!!」

「本当にごめん……。
 人の尻尾を勝手に食べるなんて……。
 めちゃくちゃ気持ち悪い奴だよね……」

「そのことをずっと
 春巻さんに謝りたかったんだ……!」

「俺、やっぱり春巻さんの尻尾のことは
 綺麗サッパリ忘れて生きるから……!」

「ちょ!? ちょっと待って!!」

「えっ……?」

 私は、胸の高鳴りを抑えながら、紫音くんに自分の気持ちを正直に伝える……。

「いいよ……。私の尻尾、
 いくらでも食べてもいいよ……」

「春巻さん……!?」

「私、すぐ千切れてビチビチ跳ね回る
 この気持ち悪い尻尾のことが
 ずっとコンプレックスだったんだ……」

「だから、こんなに尻尾のこと
 褒めてもらったの、初めてだから、
 その……凄く嬉しくて……!」

「紫音くんが喜んでくれるなら、
 私、食べられちゃってもいいよ……」

「春巻さん……!」

 紫音くんは、とても嬉しそうに笑っていた。紫音くんのこんな笑顔が見られるなんて……私、トカゲで良かった!

 それから数日後。

「紫音くん……。あの……。
 さっき驚いちゃって尻尾千切れたから、
 良かったら、どうぞ……!」

「うおおっ! ありがとう春巻さん!
 腹ペコで死にそうだったんだ!」

 私は、尻尾が千切れると、お腹を空かせている紫音くんに差し入れするようになったのだった。紫音くんに喜んでもらえて、毎日幸せだ!

「……な、なんだこの関係?
 でも、とかげが幸せそうなら、
 まぁ、良いか……!」