するとその時、美佐子からの連絡があったのでそのまま伝えると「すぐに向かいます!」と言われたので、俺はそのまま走ったのであった。それから十分ほどして美佐子と合流し一緒に病室に向かう。しかし部屋に入るとそこにはベッドで寝ていたはずの患者の姿はなくなっており代わりに警官らしき死体だけが残っていたのであった。それから俺たちは、急いで捜索を開始したがなかなか見つからなかったので一旦警察署に戻ることになった。そして、戻ると既に感染者たちが暴れまわっていて、そこかしこで爆発が起こっていた。なので、それを眺めていると突如として大きな衝撃が起こった。
慌てて発生源を見ると巨大な化け物が立っていた。そして、その姿をみて、これが細菌兵器によって生まれた化け物なんだなと思った。なので、急いで倒すことに決めた。だが、ここで思わぬ事態が起こる。
突然化け物の周りに大量の銃弾が出現して次々と化け物に向かって撃ち込まれていくのだ。しかも一発一発の威力が高くかなりのダメージを受けている様子である。
そして、化け物は堪らずその場から逃げるように離れると俺達の方に向かってきた。それを見た俺たちは、それぞれ戦闘態勢をとったのだった。
すると突然化け物が俺に向かって飛びかかってきたので、即座に反応してカウンター気味に拳を叩き込むと吹っ飛んでいった。そして壁にぶつかると地面に落ちて動かなくなった。
俺は「勝ったのか?」と思っていると突然光に包まれたのだった。そして光が消えると目の前には神と名乗る男が立っており、そして俺に話しかけてくる。「どうだ? 異世界は楽しんでもらえたか? 」
そう言って微笑んでくる。そして続けて「この世界はもう終わりなのだ。このまま放っておいてもいずれ全ての人類は死に至るだろう。だから、せめて異世界に転生する権利を与えようと思ってな。それにお前はまだ生きているみたいだしな」と告げられたので、正直迷ったが、やはり家族を置いていくわけにもいかないと思った俺は断ることにしたのだ すると神は驚いたような表情になりながら問いかけてきた。そして、俺はこれまでの事情を説明する。すると神は「なるほどな……それで家族と一緒に生きたいがために断ったという訳か……」と言ってから少し考え込んだ後にこう言ってきたのだ。「なら一つだけ方法があるが試してみる気はあるかな?」と言ったのでその方法を詳しく聞いてみたところその方法とは転生することであったのだ。ただその場合、元の世界ではなく全く別の世界に飛ばされてしまうらしく、さらには記憶なども消えてしまうので完全に別人になってしまうということだったのだ。
俺はその話を聞いたときに少し考えたが、それでも家族のことを思い出すたびに未練が残ってしまうと思い覚悟を決めることにした。すると、そのことを察してくれたのか神は「本当にいいんだな? 」と念を押してきたが俺は力強く「はい」と答えると、神様はその答えを聞き嬉しそうな顔になったあとに、これから転生するための準備をすると言って呪文を唱え始める。そしてそれが終わると「では、新たな人生を楽しむが良い」と言葉を残して去っていったのだった。
するとその直後意識が薄れていったので俺は「どうか家族だけは幸せにしてあげてください」と言いながら目を閉じたのであった。
こうして俺は転生を果たした。新しい世界での生活を夢見て……。
「ふむ、まさかここまで強くなるとはな」
俺は、つい先程まで人間だったものの成れの果てを眺める。すると後ろから「ありがとうございます。おかげでこの村を救えました」と礼を言われたので振り返るとそこには村人と思われる男女二人がいた。それを見た俺は少し不思議に思った。なぜなら、彼らの瞳はまるで機械のように無機質だったからだ。そしてそんな俺の視線を感じたのか男の方が話し始める。
「申し遅れました。私の名前はロイドです。こちらは妻のセリアです。実は私たちは、あなたが倒したゾンビに襲われて感染してしまったのです。そしてその結果このような姿になってしまいまして。でもご安心ください。もうじきワクチンが完成しますので数日のうちに元に戻れると思います。ですので、それまではこの村で休んでいただいても構いません」
俺はそれを聞いて納得するとお礼を言うことにした。そして少し疑問に思っていたことを聞いてみると二人はもともとこの村の生まれではなかったようだ。ただ仕事の関係で訪れた際にゾンビに襲われたらしい。そしてその時にたまたま出会った俺たちが助けたということだった。
その後、少し話をしてから俺たちは、その足で村長の元へ向かうことにした。そして到着するとすぐに事情を説明したのだが、その際にロイドは、俺が魔王であることを知っていたのでかなり驚いていた。それから話を聞くとやはりというべきかこの村にウイルスが蔓延した際に助けてくれる人を呼ぼうとしたのだが誰一人来ることがなかったそうだ。
「それはきっと皆さま怖かったのでしょう」
「そうですね。ですがそれも当然のことです。何しろこんな恐ろしい生物がいるんですから」
確かにその気持ちはよくわかる。俺もいきなり異世界に飛ばされたら同じことを考えたかもしれない。
だが、俺はそれよりも他に何か理由があるのではないかと考えていた。例えば他の国の連中とかが、もしもこの村から何かを持ち出した場合、それがどこかに運び出される前に止めなければならないと思うからだ。そうすればおそらくこの国自体が滅びかねないからだ。
「あの~もしかして何か悩み事ですか?」
俺はいつの間にか難しい顔をしていたようだ。
なので、それを誤魔化すように笑顔で大丈夫だと伝えるとそのまま家に帰ることにし、そして帰る途中に美佐子と二人っきりの時に先程のことについて相談してみた。
すると、
「確かに可能性としてはありますね。特に最近色々と騒がれていますし、もしや、そういったことが関係しているかもしれませんね」
美佐子はそう言った後で「ただ、あくまで憶測に過ぎませんが」
と付け加えた。
それから二人で話し合った結果、ひとまず様子を見ようということになった。
そしてそれから二日ほど経過した時のことだった。突如としてこの世界にあるはずのない飛行機が現れて、そこから出てきた武装集団が村を占領してしまったのだ。それを見た俺たちは急いで向かおうとしたが、その時、どこからともなく現れたゾンビの大群によって行く手を阻まれてしまい、そのまま見失ってしまったのだった。☆ 俺とロイドが会話をしたあと、しばらくするとゾンビの殲滅が終わったので俺らは改めて村人の治療を始めることにした。ちなみにだが、今回の治療では、なるべく痛みを感じないようにするため麻酔薬を使用したりしながらの手術となった。そして全ての人が終わるまでにおよそ三時間ほどの時間を要したのだった。するとそこで一人の少年が話しかけてきた。
「おじさんたちはどうして俺たちを助けてくれたんだ? だって俺は感染した時に死んだはずなのに……」
どうも少年は自分がゾンビになったことを未だに信じていないようだった。
そしてそれを聞いた俺は「まあ普通はそう思うよな。だって、いきなり自分は死にませんでしたなんて言われても信じられないだろうしな。それに君はどうやら記憶を失っているみたいだしな。だからとりあえず、これを飲むといい」
と言って俺が差し出したものを見ると、少年は少し警戒したような目つきをしていたが俺が危害を加えるつもりがないことを告げると渋々ながらも飲んでくれた。そしてその瞬間、少年の体から眩い光が放たれると、しばらくして光は収まったので、俺が恐る恐る声をかけてみたが返事はなく代わりに穏やかな寝息が聞こえてくるだけだった。だが、その様子を見ていた美佐子が俺に声をかけてきて「おそらくですが記憶が戻ったのではないでしょうか?」と言うので確かめるために再び名前を呼ぶと今度は反応があったので一安心するのであった。それからすぐに起こそうとすると、急に泣き出してしまい、宥めるのに苦労したのだった。それからしばらくして落ち着いたところでようやく話すことが出来たので俺は何故自分たちが君を助けたのかを伝えるとその話を聞いた彼は「僕なんかのためにありがとうございます」と言った後にさらにこう続けたのだ。「実はさっきまでずっと昔のことを思い出そうとしていたんだけど何も思い出せなくて。でも今はなぜかすごく懐かしくて温かい気分なんだ。だから多分だけど僕のことを守ってくれたのはあなたたちだと思うからありがとう」と言って微笑んでくるとそれに対して俺は
「そっか。ならよかった。これからは家族と一緒に楽しく暮らせるといいな」
と言って頭を撫でると彼もそれに答えるように笑みを浮かべると「うん! 絶対に約束だよ」と言ってから家族のところに駆けていった。
するとその直後にロイドがこちらに近付いてきて俺のことを抱きしめてきた。
「よく頑張りましたね。それにしても貴方が無事で本当に良かったです。もしかすると、またあの子のような犠牲者が出てしまうのかと思いましたから。それに、私は、この村に来る前は他のところを転々としていましたがどこの町や村にも同じようなことがありました。そのたびに私たちは絶望しました。ですが、今回はこうしてこの村を守れたのでもう心配はないと思っています」
「それは何よりだな。これからも気をつけてくれよ。それとワクチンが完成したら教えてくれ。報酬については用意してあるから遠慮なく受け取ってくれて構わないから。あとこれは個人的な頼みなのだがもし余裕があれば、その時には、あの少年を連れて行ってやってくれないだろうか?」
「もちろんですよ。むしろこちらからもお願いしたいくらいです。実はですね、あの子の両親はすでに亡くなっていましてね。なので私たち夫婦が引き取ることに決めたんですよ。ですのでその機会を与えていただけるのであれば本当に助かります」
「それは何よりだな。じゃあ、これからよろしく頼む」
そう言って俺は立ち去ろうとすると背後から呼び止められたので振り返るとそこには、満面の笑みで俺を見つめているロイドがいた。俺はそれにどう答えればいいのかがわからずに戸惑っているとロイドは、「今日は助けていただき本当にありがとうございました」と言って深々と頭を下げてきたので俺もそれに応えるように軽く会釈をするのであった。そしてその場を離れた俺はというと今更ながらに自分のしたことを振り返ると、少し不安になったのだがそれと同時にこれでよかったのだと思い直すと気持ちを新たにして次の場所へと向かうことにしたのだ。
その後、無事にワクチンの開発に成功し、それを持って村を訪れた俺たちだったが予想以上に大歓迎された。
「本当に感謝します。あなた方が来なければ我々は間違いなく全滅していましたから」
そう言ったあとで握手を求めてきたので応じると
「いえ、当然のことです。それでこれが例の物です」
と言いながら渡してきたので、それを受け取ると、俺は早速村人全員に行き渡るようにして飲ませた。そしてその結果はすぐに出たようで、最初は誰も変化はなかったが次第に顔色が良くなり、さらには苦しそうな様子を見せていた者たちですら今では笑顔で話をしているほどだった。それから少しすると突然としてロイドが倒れた。
「お父様! 一体どうなされたのです?」
娘さんである女性が心配そうに話しかけてきたが、俺と美佐子はすぐさま彼の体を診ることにしたのだがその体は酷く冷えており呼吸すら止まっていた。しかもそれだけではなかった。心臓は鼓動を刻むことをやめており完全に死んでいることがすぐにわかったので、おそらく何らかの原因で死亡したと思われるが、俺たちはそのことについては黙っておくことにした。
なぜならこの村はウイルスの影響でゾンビに襲われたと言っていたからだ。それなのに死者が出たということはつまりそういうことである。だから、下手なことをしてしまえば余計なトラブルに巻き込まれる恐れもあるためここは慎重に行動する必要があると判断すると、とりあえずは医者がいないかを探して治療をすることにしたのだが、残念ながらそのような人物は存在しなかったので仕方なく、俺は美佐子に彼を運ばせてから村長の元に向かった。
そして俺が訪ねると村長は何とも言えないような表情を浮かべていたので、
「何か問題でもあったんですか?」と尋ねてみると、「実はですな、あのお方が亡くなったのです」
「あのお方って言うと?」
そう問いかけたところで、村長の目がわずかに泳いだので何か隠し事をしていることがバレバレであり、俺は追及しようとしたのだが、そんな時に奥の部屋から女性が現れたのでひとまずそちらを優先することに決めて事情を聞くと彼女はこの村で一番偉い人物であり村長の妻だったようだ。
そして話を聞くと、彼女の夫が村を守るために無理をした結果亡くなったらしく、そのことを嘆いていた。なので俺は彼女には心から同情するとともに彼には敬意を評すると俺は、もしも可能なら彼が大切にしていたものを形見として譲り受けたいと申し出たところで、二つ返事で了承してくれた。ちなみにだが、その際の条件として俺の正体に関しては他言無用という条件を提示されたので俺は素直に従うことにした。そしてその後はしばらくの間は村の手伝いをすることになったので、その度に村人たちから礼を言われたりしたのだが、正直俺としては困ったことになったなと思うようになった。
何故なら俺は別に正義の味方ではなく、あくまで偶然と成り行きで関わっただけであり、さらに言えば俺は誰かに感謝されることに慣れていなかったからだ。だからか俺はつい勘違いをしてしまっていた。
自分は特別な存在だと。そして調子に乗ってしまった結果が先程の件に繋がったのだ。
「まさか自分があんなミスを犯すとは思ってもいなかった」
俺はそう呟いた後で、あの時の出来事を思い返してみる。
まずは俺が村人達の治療を終えた時のことである。
俺が村人たちから解放されて家に戻ってきたので美佐子とロイドの三人で話し合いをしていた。
「結局のところ今回の騒動についてですが、やはり貴方が考えているとおりでしたね」
「まあ俺の推測が正しかったことが証明されただけでも良しとしよう。それより今後はどうするかだよな」
俺が悩んでいるとそこでロイドが「それについてはひとまずは様子見でよろしいと思います。まだ、確証が得られたわけではないですから」と言うので俺はそれに納得したので、それから数日の間は特にこれといったことはなく穏やかな日常が続いたのだった。
そして事件が起こったのは次の日のことだった。
いつものように俺は朝食を摂るために居間に向かっていた。
ちなみにだが、最近は料理の勉強もしているため美佐子よりも上手になっていたりする。そして、食事を終えてから美佐子が片付けを終わらせた後にお茶を出してくれると、そこでロイドがこんな提案をしてきたのだ。
「最近になって思ったことがあるんだがいいかな?」
「どうした? もしかして何か気づいたことがあったのか?」
「はい。実は、私はずっと考えていたんだがもしかすると、この世界は私たちの世界とは別物ではないかということに気がついてね」
ロイドがそんな突拍子もないことを言い出したので思わず呆気に取られていると彼は、
「実は、ここ最近の出来事の中で私には違和感があってね。まあ私の考えすぎだといいんだが、一応伝えておくよ」
そう言ってから席を立つと、仕事があると言って外に出てしまった。残された俺はロイドの言葉の意味を考えるがどうにもわからなかった。
そしてその日の晩にロイドに呼び出さてたので行ってみると真剣な顔をして待っていた。そして開口一番に彼は、
「単刀直入に言わせてもらうが私はある人物に狙われている」
と口にするのだった。
「実は、私は何者かに命を狙われているんだよ」
唐突にそう告げてきたので、俺は戸惑いながらも、
「それは誰なんだ?」
「それを話すことはできないよ。すまないね」
そう言って頭を下げるので俺は、それ以上は何も聞くことが出来なかった。そしてロイドと別れた後に自室に戻った俺は、今後のことを考えていた。すると不意にドアが開いたので、何事かと思い視線を向けるとその先に立っていたのが佐藤であり、こちらに歩み寄ってくると俺に手紙を手渡してから「村長から預かったものだ。これをお前たちに渡して欲しいと頼まれたので届けに来た」と言ったので、その言葉に従って俺は手紙の内容を確認することにした。そしてそれを読むと俺は怒りを抑えることができずにいた。というのもその内容は、ロイドに対する殺害予告と俺たち二人についての警告だったからである。その内容は次の通りである。『貴様らは危険だ。よって我々の手で排除することとする。
我々に逆らうというのであればそれなりの覚悟をしてもらうことになるだろう』という内容だった。
「ふざけやがって」
そう言って拳を強く握り締めると同時に俺は決めた。
「あいつらがロイドの命を狙っているのならば俺は容赦しない。必ず守り抜いてみせる」
そして次の日の朝、俺は村の入り口までやって来るとそこには既に美佐子が立っており俺が来るのを待ってくれていた。俺はそんな彼女のもとに駆け寄ると、「おはようございます」と微笑みかけてくれたので俺も同じように挨拶をした。
それから二人で歩いていき、しばらくするとロイドの姿を見つけたので俺たちは足を止めるとそのまま彼が出てくるのを待った。するとしばらくしてから現れたので俺達は揃って挨拶を交わすと、「昨日のことで相談したいことがあります。実は――」
「話は聞いています。なので私たちに任せてください」
俺の話に割り込む形でそう言ってから美佐子は歩き出すと俺もその背中を追いかける形で続くのであった。
そして村長の屋敷に着くとすぐに俺は部屋の中に通されるとそこには村長とその妻がいた。そして彼らは俺達に椅子を勧めると、俺達が座ると話を始めた。ちなみに俺とロイドは並んで座っている。そして話の内容は当然ながらロイドのことに関してだった。村長は俺達の前で土下座をしながら、
「どうか助けてやってください! この村は今危機的状況にあるのです!」
「わかりました。私たちが力を貸しますので安心してください。それで具体的には何をすればいいんですか?」
「それについては今準備をしているところなのでしばしお待ちいただきたいのです」
というやり取りが交わされたので俺たちはそれを承諾して一旦は帰ることにしたのだ。そして帰り道では、これからのことを話すことにした。するとまず最初に口を開いたのはロイドだった。
「おそらくですが私たちはあの方々にとって危険な存在であると認識されたみたいですね」
それを聞いて俺は、あの男の発言を思い出す。奴らは俺たちの事を危険視しているようなことを匂わせていたがまさか本当にそうだったとは思いもしなかったが、それでも俺は動揺せずに平然としていると美佐子は俺にこう問いかけてきた。
「ところで、これからどうするつもりなんですか?」
そう聞かれた俺は悩んだ。正直な話をしてしまうと、俺が村長の願いを聞き入れた理由は、村人たちを救うために手を貸すことを嫌だとは思わなかったのが一つ目で、さらにロイドの頼みもあったからなのだが、それだけではない。俺個人としても村長には借りがあったからだ。そして俺の答えを聞いた彼女は、それを聞くなり少し嬉しそうな表情を浮かべていたのでおそらくは、俺と同じ理由なのだろうと察することができた。
俺達は村に戻ることにした。村長は準備が出来次第迎えに行くと約束してくれたのでその通りにすることにしたのだ。ちなみに、村長が俺に用意してくれたものはかなり大掛かりなものであった。それは大きな檻を二つ用意しており、その中には俺が村人達の治療を行った時に手に入れた食料が入れられていた。そしてその周囲には武器を持った男たちが護衛のために控えてくれており俺は少しばかり驚いたのだが村長は笑顔で、「この村の恩人を守るためなら喜んで」と言ってくれたので、俺は感謝の気持ちを込めながら握手を交わしてから美佐子と一緒にその場を離れていくのだった。
そして俺が村を離れてから数日が経過した。
その間に、村長の用意した物資の受け渡しが行われていたのだが、その際に美佐子とロイドは村人たちからお礼を言われてとても喜んでいた。そして俺はというと、彼らからはなぜか救世主のような扱いをされていたのだ。その理由については、俺の村での行いが原因らしい。
まず村人たちを治療した件について、俺は村人たちに感謝の言葉を何度も告げられた。また他にも怪我人を無償で治してくれているということを聞いていたらしく、それが彼らの中ではとても印象に残ったようで気がついたらそういう扱いになっていたのだ。そして俺が、そのことに戸惑っていた時だった。不意に美佐子が、
「そういえば、私には村人たちがどうして貴方をそこまで信頼しているのか理解できません。だって、貴方は医者でもなければ魔術師でもないのでしょう? なのに、そんな人間が村を救ったというのが不思議です」
その発言を受けて、ロイドが何か言おうとしたが、俺が手で制止して美佐子に対して、
「ああ、俺も美佐子の言うとおりだと思っている。だがな、だからこそ俺は皆の期待に応えなければならないと思うんだ。だからそのために俺は最善を尽くすと決めているんだ」
それを聞いてから美佐子は、「そうですか。なら、私からは特に何もありません」
と口にするとそれ以上は何も言わずに歩き始めたので、俺もそれに続く形で移動した。そして、それから数日後の昼頃に俺が檻に大量の肉を入れて運んでいると、美佐子がこちらに近づいてきたので俺は、何かあったのかと思い尋ねてみるとどうやら村から連絡が入ったようだったので、俺も確認してみることにする。
するとそこに書かれていたのは村長からのもので『予定より早まることになった。すぐに来てほしい』というものだったので、それを確認してから美佐子に話しかけると俺は「悪いけどすぐに行ってくる。ロイドを頼む」とだけ言い残してから、すぐさま駆け出した。そしてしばらく走った後にようやく目的地が見えてくると、そこでは数人の男女が慌ただしく動き回っており俺はその中に混ざりこむと、
「状況はどうなっているんだ?」
と、尋ねるとすぐに答えが返ってきた。
「現在我々は籠城戦を続けておりますがそれも時間の問題かもしれませぬ。奴らは、まるで虫のように沸いてきますから」
「一体何匹くらいいるんだ?」
「ざっと見て二百といったところでしょうか」
それを聞くと俺はため息しか出ない。なぜならば俺はゾンビを相手にするのに慣れてない上に銃もない。つまりは、どうすることもできないということであり、このままでは非常に不味い状況であると理解できる。
俺はそのことを考えると同時にロイドのことが心配になった。というのももしもこの状況を彼が知ったならば彼は、俺と美佐子を逃がそうとするはずだからである。そこで俺は、彼にこのことを伝えるべきかどうか迷っていると、一人の男が声をかけてきた。
「おい、そろそろ限界だ。早く避難しろ」
「そうか……わかった」
それからしばらくして俺達は地下道に逃げ込むとそのまま隠れることを選択した。
それから数時間後のことである。
俺達が地下に隠れてすぐのことだった。地響きとともに、壁が破壊されてしまいそこから大量のゾンビがこちらに向かって押し寄せてきた。それに対して俺は慌てて、持っていたライターで火をつけると、迫ってきていたゾンビたちに着弾させることに成功した。だがそれと同時に俺は気づくことになった。それはあまりにも数が多すぎるという点であり、俺は内心で舌打ちをすることしかできなかった。そして次の瞬間である。背後の壁を突き破って巨大な生物が現れた。
その姿は一言で表すのならば巨大で醜悪なもので、体中が腐敗して骨が見えるほどであり、頭部などはもはや原形すらとどめていない状態であり、俺はそのあまりのおぞましさに嘔吐してしまった。
そして俺は恐怖で震えていたのだが、美佐子が突然立ち上がって、拳銃を取り出したのだ。それを見た俺は、彼女が何をしようとしているのか察することができてしまった。俺は咄嵯に声をかけようとしたが、それよりも先に彼女は行動に移った。
そうして放たれたのは銃弾の嵐だった。しかもそれは一箇所に集中しているわけではなく、四方八方にばら撒かれるものであり俺は、その光景を見て背筋が凍る思いだったがそれでも必死になって叫んだ。
「やめろ!」
「なんで止めるんですか! このままでは私たちは殺されてしまうんですよ!? それとも私のことが信用できなくなってしまったから止めているんじゃ……えっ?」
とそこで彼女は言葉を止めて目を見開いた。それというのも俺が彼女の腕を掴んだからだ。
そして、そのタイミングで怪物がこちらの存在に気づいて襲いかかろうとしてきたが、美佐子は俺が何を考えているのかを理解したのか、引き金を引いて牽制をする。それによって、化け物の動きは止まるのを確認した俺は彼女に告げることにした。
「あいつは確かに恐ろしいし気持ち悪いし、今すぐ逃げ出して全てを忘れたいと思っている。だけどな、それと同じくらい、お前のことも大切なんだよ。俺には、家族がいる。守りたい人がたくさんいる。だからこそ、こんな所で死ぬわけにはいかないんだ」
「そうだったんですね……」
とそう呟くと彼女は俯いてしまったため俺は少し不安になってしまう。もしかしたら嫌われてしまったのではないかと思いながら、美佐子の顔色を伺うと頬を染めており、さらには目もどこか潤んでいたのだが、それでも気丈に振舞おうとしているのか俺に微笑みかけてくると、
「貴方がそういう考えを持ってくださっていたとは知りませんでした。ありがとうございます。それで一つ提案があるのですが聞いてもらってもいいですか?」
「あ、ああ……」
と、俺は戸惑いながらも答えたのだがその前に美佐子はこう口を開いた。
「私達であの化け物をなんとかする方法です。おそらくあれは感染した村人達のなれの果てだと思うので、その元凶を絶てばいいと思います。それにこの人数でも倒せないことはないはずです」
「なるほどな。でもどうやって倒すつもりなんだ? 俺には良い案なんて思い浮かんでいないんだけど」
そう尋ねると彼女は少し考えた後に俺の耳元で囁くようにこういった。
「貴方が、村人達の頭に銃弾を撃ち込んでください。そうすればおそらくは、彼らを元に戻せると思うので、そうしてもらえれば助かります。ただ私は、まだこの世界に残るつもりです。私の目的はあくまでも復讐ですから」
そう言われて俺は、彼女を引き止めたことを思い出した。俺は、俺が美佐子と一緒にこの世界で生きていくのは違う気がした。なので、彼女をどうにかして説得しようと思った。だが、ここで俺はあることに気づいた。なぜ美佐子はこの状況下で笑えるのかと、普通なら恐怖のあまりに発狂していてもおかしくない状況だというのに、それなのに彼女は笑顔を浮かべ続けているのだ。その様子は狂気的というかもはや異常といっても過言ではないレベルであった。
そう思った時に俺はふと理解してしまった。もしかしたら俺と美佐子は似た者同士なのかもしれないと。だからきっと、俺達はお互いに求めているものがある。だからこそ、一緒に居続けたいという想いがどこかにある。だから俺は、自分の気持ちを正直に伝えることにした。
「美佐子、俺はこれからもずっとお前と一緒に生きていきたい。俺と一緒にいてくれ」
俺の発言に対して、美佐子はすぐに反応しなかった。その代わりに少しの間だけ呆然とした表情で俺のこと見つめた後で、「嬉しいです。でも、貴方に迷惑はかけられません。私が貴方を巻き込んだのにも関わらず、勝手に死んでしまえば貴方まで非難の対象になってしまいます。だから、ごめんなさい。私と別れてください」
そう言って、美佐子は泣き始めてしまいそんな姿を見てしまった俺は何も言えずにいると、さらに言葉を続けた。
「それと、これはお詫びといっては何ですけど貴方の村を救ってみせますよ。そして、その後のことは、また二人で考えて行きましょう」
「待ってくれ! 美佐子!!」
俺は思わず叫ぶが、彼女はこちらを振り返ることなく歩き始めたので、俺はその後を追いかけようとしたがすぐに美佐子は立ち止まってしまった。
その光景を見ていたロイドは俺に対して、どうして追わないのかといった疑問を投げかけたので、俺はそれに対して素直に答えることにした。
「あいつにはまだやりたいことがあるみたいだしな。だから、俺はそれを尊重してやるべきだろう」
「君は……優しいんだね」
「まぁな。それよりこれからどうする? 美佐子のやつ本当に一人で行っちまったけど」
「そうだね……まずは村人たちを正気に戻さないとね。とりあえず村長さんを探せばいいんじゃないかな?」
「なら行くか」
という会話の後で俺はロイドとともに、先程ゾンビに襲われた場所に向かって歩き始める。
それからしばらくすると村の人達が集まっている場所にたどり着いたので中に入ってみると、そこには数人の男と女がいて何かをしているところだった。よく見るとどうやら注射器のようなもので何かを注入しているようでそれが気になった俺は彼らに話しかけてみたのだが、すぐに追い返されそうになったのでそれを慌てて制止して話しかけると彼らは渋々といった感じではあったが話を聞く姿勢を見せてくれたため、俺から質問することにした。
「その薬は何だ?」
「これはなワクチンだよ。この村を治すために必要なものでな。これで村人たちを正気にできるんだ」
「そうなのか。だったら、それを使って全員を治してくれないか? 頼む」
そう言うが、誰も返事をしてこなかった。どうやらそのつもりはないようだ。そこで俺は再び問いかけた。美波は今どこにいるか知らないかと尋ねると、何人かはわからないと答えていたが一人の男が教えてくれることになり彼はこういった。
「多分だが俺の妻と一緒に行動しているはずだ」
それからしばらくした後のことである。美佐子が戻ってくると、こちらに視線を向けると近づいてきて声をかけてきた。そして、俺のことを抱きしめてくるのと同時に涙を流す。それはまるで子供が親を求めようとするかのように必死さがあった。そして、俺は彼女のことを安心させるべく頭を撫でてあげることにすると、彼女は落ち着いたのか顔を上げる。
「すみません。少し取り乱しました。ですが大丈夫ですよ。ちゃんと作戦は成功しましたから」
「そうか……」
俺がそう答えると、美佐子は再び笑みを見せると続けてこう言った。
「えぇ、村人達の頭に銃を撃ち込んできました。もう、大丈夫ですよ」
そう言われた俺は少し安堵したがそこで気になることがあって彼女に尋ねてみることにした。
「それで、その、美佐子は大丈夫なのか? あんなにも酷い傷を負わされていたわけだし……」
それに対して彼女は「はい、平気ですよ。心配してくださったんですね。ありがとうございます。貴方のおかげで助かりました。あともう少しで、私まで感染してしまうところでしたし。もし、そうなれば大変なことになっていたかもしれません。ですから、改めて感謝します。貴方は私の命の恩人です」
そう言って美佐子は頭を下げてきた。その様子を見てしまった俺は、複雑な心境だった。なぜなら俺のせいで、美佐子は死にかけていたということになるからだ。それなのに俺に感謝をするなんてどうかしていると思いながらも、彼女のことを見つめていると、美佐子は「では、これからは別々に暮らしましょう。これ以上、貴方には迷惑をかけられませんから」と言いながら立ち去ろうとしたので俺は咄嵯に声をかける。
「美佐子、ちょっといいか?」
「何でしょうか?」
「俺はこれからもずっとお前のことが好きだし愛してる」
「私も貴方のことが大好きですし、貴方だけを想っています」
「だから……その……俺ともう一度付き合ってくれないか?」
「…………」
「俺はお前の復讐を手伝う。俺ができることはそれくらいしかないけどそれでも……」
「嬉しいです」
「だったら、一緒に暮らそう。俺が、守っていくから。今度は俺が美佐子を守る番なんだ。俺だって戦える。あの時とは違うんだよ。今の俺は美佐子を守れるだけの力を手に入れたんだ」
「貴方がそういうのならわかりました。よろしくお願いします。それならまずは食料の確保ですね。それと住む場所も確保しなければなりませんが、そこはなんとかできそうです。私も、この村に用はなくなりましたから。ですが、その前に一つだけやっておきたいことがありますので少し時間をいただいてもよろしいですか?」
「わかった」
と、俺は答えると美佐子は「すぐに終わらせてきます」と言うとそのまま走り出した。その様子を見て、俺は不安を覚えながらも彼女が帰ってくるのを待つことにした。そして、十分ほどが経過した頃に彼女は戻ってきたのだがその手には血まみれのナイフを持っており彼女はこう告げた。
「これで、私は救われました。この村には、もう用はありません。さようなら」
そう言うと彼女は歩き出し俺の手を取ると、そのまま村の外を目指して歩いていく。そして、外に出る直前に彼女は口を開いた。
「さぁ、ここから先は別々です。お互い、自由に生きていきましょう。貴方が幸せになることを祈っております」
俺は、美佐子と一緒にこの世界から逃げることしかできなかった。
俺は美佐子と共に、この村から離れることに決めた。というのも、この村で生き残っている人間は、俺達だけになっていたからだ。それにこのまま村に留まることは危険だということもあってすぐに移動を始めた。
ただ、どこに向かうべきか悩んでいた。というのも、行く当てがなかったのだ。
そのためとりあえずは、村を離れて適当に移動することにしていたのだが、当然のことながら徒歩での移動である。なので、俺達は体力の限界が来るまでに何とか次の街に辿り着く必要があったのだ。そして、歩き始めてから約一週間が過ぎた頃のことである。ついに俺達は、街らしきものを発見することに成功した。
俺は、思わずガッツポーズをして喜びを露にする。しかし、その一方で美佐子はあまり浮かない顔をしていた。その理由について尋ねると彼女はこう口にする。
「あまり、良い状況とは言えませんね」
「どうしてだ?」
「この街で人が生活している気配が感じられないんですよ。もしかしたら全滅している可能性があります」
「それは困ったな」
俺としては街の人に助けを求めたかったのでどうにかできないかと考えていると、美佐子が俺に提案をしてきた。
「とりあえずは、街に行ってみるというのはいかがでしょう? 何かわかることがあるかもしれないですから」
「そうだな」
という会話をしてからしばらくした後のこと。ようやく俺達は、その街へと辿り着いたのだが、すぐに異変を感じ取る。その理由が目の前にある死体の山だ。その光景を見て俺は絶句してしまい言葉を失った。だが、美佐子は俺とは違って冷静だったようで特に動揺した様子はなかった。
そこで彼女はこんな質問をしてくる。
「ゾンビってご存知ですか?」
俺はその問いかけに対して首を横に振る。
「簡単に言えば動く死体といったところです。彼らは、生前に強い未練を残して死んだ人間達が蘇ったもので、生者に対して襲い掛かってくるのです」
その説明を聞いて、俺は思わず呟く。
「それじゃあ、ここは天国じゃないんだな」
「いえ、地獄でもないと思いますよ。少なくともまだね」
と、美佐子がそんなことを言ってきたので俺はどういう意味か尋ねてみることにした。すると、彼女は淡々と言葉を紡ぐ。
「だって、ここには天使が居ませんから」
俺はそれに対しては何も答えずに黙っていると、美佐子は話を続けてきた。
「天使がいないということはつまり神が不在だということになり、死後の世界が存在しないということを意味していますから、ここはおそらく現実に近い空間ではないかと」
「だとしたら、どうやって俺らはここに来たっていうんだ?」
「そこはまだ、はっきりとはしていません。ただ、可能性として挙げられるのは、何者かによって呼び出されたか。あるいは何らかの事故に巻き込まれたかということになりますが」
「まぁ、考えても仕方がない。とにかくまずは、街の中に入らないと」
そう言うと俺は足を進める。
それからしばらくして、街中に入るとそこは凄惨な有様となっていた。
建物のほとんどは崩壊しており原型を留めていない。地面を見ると大量の血が飛び散っていた。どうやら戦闘が行われたようだが、その犯人は既に死亡している。何故ならば、首から上が無くなっていたからだ。しかも身体中至る所から骨が出ているため恐らくはその状態で数日間過ごしていたと考えられる。俺はそれを見た時に背筋に悪寒を感じたのだった。それからしばらくの間は辺りを警戒しつつ慎重に進んでいくことにしたのだが、結局何も見つからずにいたので生存者を探しながら移動することにする。
とはいえ、俺達のいる場所は街の中心部からは離れていたので探すことは困難だと思われたが、意外にも早く発見することができた。というのも建物の陰から物音が聞こえてきたからである。そして、ゆっくりと近づくとそこには二人の男女がいたのだが男は女の方を抱きかかえていた。どうやら男の方が怪我を負っていて治療をしているらしい。
だが、男の方は腹部から血を流していて重傷の様子だったので、俺が美佐子に頼んで応急処置を施すことにした。その最中、美佐子は女の方を観察していたが彼女は完全に意識を失っており全く反応がなかったのだ。それどころか体温がかなり低下しているため放っておけば間違いなく命を落とす。俺は焦りつつも傷口を綺麗にしてから止血を行う。そして包帯を巻いていると美佐子は口を開く。
「このままでは、彼女は死んでしまいますね」
俺はそれに答える。
「なら、助けないと」
「ですが、私達に彼女を助けるだけの余力はありません」
確かに美佐子の言っている通りで俺達の荷物の中には、薬のようなものは入ってはいなかった。というよりも俺達の手持ちは全て処分されていた。それは街を離れる時に必要最低限のもの以外を全て破棄したからだ。理由は簡単で、街で俺達の持ち物が発見されるのを避けるためだった。そのため俺達は、所持品の中で必要なものだけを持って移動をしていたので他にはほとんどなかったのだ。それ故に今、ここで彼女の命を救うことは不可能に近かったが、それでも俺は諦めるつもりはなかった。だからこそ、俺はこう告げる。
「でも俺は彼女を救いたい」
すると美佐子は大きく息を吐いた後に、こう言い放った。
「分かりました。私も貴方と一緒なら構いません。ですが、その前にまずはここから逃げ出さないといけません」
「どうして?」
「あの男がいつ戻ってくるかわからないからです。それに彼は既に感染している可能性が高いですから」
「そういえばあの人の名前聞いていなかった」
すると美佐子は非常に面倒そうな表情でこう口にする。
「あの人は、私の婚約者で、名前は佐藤隆二と言います」
「えっと、それなら何でこんな状況なのに美佐子とあんな風に抱き合っていたんだ?」
「私が彼と一緒にこの街を訪れたのは仕事の関係でしたが、その前にも一度来ていました。その際に私達は出会ったんです。私は彼に惚れてしまいました。ですが、彼の方から告白してきた時は驚きました。なぜなら私も彼を愛していたのですが、それを告げていませんでしたから」
「そっか。それで美佐子は恋人の仇を取るために、こんな場所に一人でやって来たのか」
俺は美佐子がここに来た理由を察したのでそう告げると、彼女は小さく笑みを浮かべた。
「貴方には何でも分かってしまうようですね」
「いや、分からない。ただ、俺と同じような状況に置かれていることだけはなんとなくだけど理解できたよ」
そう言って俺は彼女の顔を見つめる。彼女は少し驚いたような顔をしてからこう言った。「やはり貴方は特別な人なのかもしれませんね」
「そんなことはない。それよりも美佐子は俺のことをどう思っているんだ?」
「好きですよ。だから、私は貴方と一緒に行くことに決めました」
俺は美佐子の言葉を聞くとその手を握った。すると美佐子も握り返してくる。それからしばらくしてから俺達はその場を去って移動を始めた。
美佐子と共に街を出ることを決めた俺達は、ひとまず安全な場所を探すことを目標に行動を開始した。というのも俺達がこの世界に来て以来、ずっと人の死体を目にし続けていたのだ。それも大量に。そのため、精神的にはかなり参ってしまっていた。
しかし、その一方で美佐子は全く動じていなかったのだ。なので、俺としては彼女のことが心配になってしまう。
「美佐子、大丈夫か?」
「はい、今のところは何の問題も」
と口にするが、明らかに美佐子の顔色が悪くなってきているのが分かる。それだけではなく、彼女はふらつき始めていた。なので、俺の心臓はバクバク鳴りっぱなしである。そこで美佐子は口を開く。
「申し訳ございません。さすがに限界が近いみたいで」
「じゃあ、どこかで休まないと」
俺達は適当な場所を見つけて、腰を下ろしてからしばらく休憩をすることにした。その間、美佐子は苦しそうにしていたので、少しでも楽になってほしいと思い、肩を貸してあげることにした。
そして、それからしばらくして俺達が歩き始めた時のことだった。突然、目の前の地面が盛り上がり何かが姿を現す。そして、俺と美佐子はそれが何かを確認するよりも先に美佐子を庇うようにして覆いかぶさった。するとその直後、背中に強烈な痛みを感じ始める。だが、それはほんの一瞬のことで俺は地面に倒れ込んだ。美佐子が俺の名前を呼んでいたが、俺はそれに答えられなかった。
俺は薄れゆく意識の中でどうにか美佐子の無事を確認しようと、彼女の方を向く。そこで俺は思わず目を丸くした。何故ならば美佐子は、ゾンビに襲われそうになっていたからだ。しかもそのゾンビは人間ではなく、化け物のようで頭は犬のように変形していて全身は毛で覆われており鋭い牙を生やしている怪物だった。俺は必死に抵抗しようとするのだが身体が全く言うことを聞かない状態だ。
そして遂に俺の身体が宙に浮いて飛ばされそうになる。それからしばらくして地面へと落下した俺の耳に届いたのは悲鳴のような声であった。
――嫌だ!死にたくない!!誰か助けてくれぇ!!! 俺がそんなことを考えていると再び衝撃が走るが何とか耐えることができた。それからしばらくして辺りを見回そうとすると、そこには信じられない光景が広がっていたので言葉を失う。というのも美佐子が俺のことを助けてくれたらしくて、彼女がゾンビを引き付けていたからである。彼女はそのまま走って距離を取りつつ反撃を行っていた。だが、それはかなり厳しいもので彼女の腕や足から血が流れていく。このままでは美佐子が殺されてしまうと思った俺は、すぐに立ち上がる。そして、すぐにでも彼女のもとへ行こうとするのだが身体が思うように動かない。そればかりか視界までおかしくなってきたのである。それでもどうにかしようと頑張った末に美佐子の手を掴もうと手を伸ばしたところで俺は気絶してしまった。それからしばらくして目が覚めると、俺は建物の中に寝かされていて側には美佐子の姿があった。
美佐子の方はというと怪我をしていたので俺の着ている服を破って包帯代わりに使っていた。どうやら俺は美佐子に運ばれてきたようだ。そして、俺は起き上がる。身体に目立った外傷はないのだが未だに気怠さが残っていたのでゆっくりと立ち上がった。それから周囲を見ると俺の持ち物と思われる物が机の上に置かれていたので手に取ってみると、そこには美佐子の私物が入っていた。それを見た俺は少しばかり嬉しく感じてしまった。というのも、俺は彼女から嫌われていると思っていたので余計に嬉しかったのだろう。そして、俺は美佐子の元へと向かっていくと優しく抱きしめる。すると美佐子は何も言わずにされるがままの状態であったがやがて涙を流す。
「怖かった……」
「ごめんな。俺のせいで」
そう告げたのだが、彼女は俺の首筋に噛み付いてきたのだ。そのせいで俺は苦痛を感じるが、それと同時に気持ちよくもあった。俺は彼女に全てを委ねることにして身を任せる。そして、俺は美佐子に食べられてしまったのだった。そして、美佐子は俺を美味しいと言ってくれた。
その後、美佐子は自分のしたことを反省して落ち込んでいた。なので、俺は彼女の頭を撫でながらこう伝えた。「気にしなくていいよ。だって、好きな人が相手なんだから」と。それを聞いた美佐子は俺のことを見つめると、ゆっくりと顔を近づけてきた。そして、彼女は俺の唇を奪うと舌を入れてきたのだ。それからしばらくの間は互いの唾液を交換し合うような濃厚なキスを続けた。それからしばらくして美佐子は恥ずかしそうにしながら口を開く。「あの、もう一度しますか?」
その言葉で理性が飛んでしまった俺は美佐子と激しい行為を行うことになった。その後は、お互いに疲れ果てて眠ることにした。こうして俺達は恋人同士になったのだ。
「あれ?俺って死んだんじゃなかったのか」
そう口にした俺は慌てて美佐子の方へ視線を向ける。すると彼女は笑みを浮かべる。
「いえ、死んではいませんよ」
「でも俺は確かに美佐子に食べられるのを見て……」
「私も貴方と同じようにあの男によって感染させられていましたから」
それを聞いた俺は、あの時の美佐子は正気を失っていたんだと理解する。そして、同時に自分が助かるために美佐子を犠牲にしてしまったことに対して罪悪感を覚えた。だからこそ俺は彼女を責めるようなことはせずに、ただひたすらに謝り続けた。しかし、当の本人は怒っておらず、逆に喜んでいたという。なので俺は少し安心してしまう。だが、その一方で彼女は自分の過去を語り出したのだ。
美佐子の話によると俺達が暮らしていた場所とは、全く違う場所から来たのだという。
そこで生まれ育った美佐子は、ある日両親と共に車で旅行に行くことになりとある山奥へと向かうことになったらしいのだ。ところが、道中の高速道路にて事故が起きてしまい両親は死亡。その際には美佐子だけが奇跡的に生き残ってしまうことになる。しかし、その時に彼女はウィルスに感染してしまい死を待つだけとなった。だが、そんな時に出会ったのが佐藤隆二であり、二人は惹かれ合い結婚に至ったのだという。そして、二人で幸せに暮らしているうちに子供が生まれたそうだ。
それから数年後のある時のことだった。俺と同じような症状で苦しみ続ける美佐子は、とうとう命を落としてしまった。だが、彼女は後悔していなかったそうである。なぜなら、大切な夫と子供を最後まで守り通すことができたからだという。
俺達はその後、街を出ることを決めた。
それからしばらく歩いて街の入り口付近まで到達したその時のことだった。
――ようこそ、この街へ。おや、貴方達の身体からは懐かしき香りが漂ってくる……そうですか。そういうことなのですね。分かりました。どうぞこちらにいらしてください。私が貴方達を歓迎致します。
どこからともなくそんな声が聞こえてくると俺達は不思議に思う。すると、目の前に扉が出現してゆっくりと開き始める。それからしばらくして俺達は中へと入って行った。
部屋に入ると一人の少年がいた。少年はこちらに近づいてくる。そこで俺は美佐子を抱き寄せようとするのだが美佐子は離れていった。
「どうして?」
「すいません。私は彼に近寄りたくありません」
そう口にした美佐子はとても険しい表情を浮かべていた。そこで俺は彼女の過去に何があったのだろうかと考えるが、その前に彼が自己紹介を始める。
「私は中村悠介と申します。以後、お見知りおきを」
それから彼は、ある人物のことについて語り始めた。彼の話を簡単にまとめてみると、その人物は中村さんの奥さんのことだという。しかし、彼女について詳しいことを知らなかったので質問をしてみることにする。