不朽の王国


「はい、わかりました。今から向かいます」
俺は電話を切ると、急いで家を出た。
向かう先は警視庁。
エレベーターに乗って、4階を目指す。
4階に着き、廊下を歩く。すると、向こう側から女性が歩いてきた。
「あれ?佐藤刑事?」
俺の声に反応する。
「あら、あなたこんなところで会うなんて奇遇ね」
「本当ですね。今日は非番ですか?」
「ええ、ちょっと用事があって来たんだけど、もう終わったわ」
「そうですか」
俺たちは歩き出す。
「ところで、さっき誰かと話さなかった?」
「いえ、一人ですよ」
「本当に?」
「はい」
「まあいいわ。じゃあまた後でね」
「はい」
「あっそうだ、これあげる」
彼女は何かを手渡してきた。
「これは……チョコレート?」
「そうよ。バレンタインデーだから」
「わざわざすみません」
「いいのよ。それより早く行かないと見失うかもしれないわよ」
「えっ、どういうことです?」
「ほら、急がないと」
そういうや否や、佐藤刑事は走り出した。よく見ると、彼女の顔が少し赤い。まるで何かを隠すように……。
「おい待て、何を隠してる!?」
俺は彼女を追いかける。すると、曲がり角を曲がったところに彼女が立っていた。
「やっと追いついたぞ。で、これは一体なんだ?」
手には茶色の小箱があった。
「なんでもないわ。ただのチョコよ」
「ほう、これがね」
俺は小箱を開ける。
中には小さなハート型のチョコが入っていた。
「へぇ〜手作りか?」
「そうだけど」
「なかなか上手いじゃないか」
「そうかしら」
「でも一つ聞きたいんだが、この中に盗聴器とか仕込んでないだろうな」
「何言ってんのよ」
「だっておかしいだろ。非番なのにわざわざ警視庁に来るなんて。しかも誰にも言わずに一人で来るって怪しさ満点じゃん」
「別にいいじゃない。私がどこ行こうと勝手でしょ?」
「まあ確かに……」
「ほら、そろそろ行った方がいいんじゃないの?あの子待ってんでしょう?」
佐藤刑事が指差した先には一人の男が壁に寄りかかって待っていた。彼はこちらに向かってくる。
間違いない。中村悠一だ。
俺も彼の元へ駆け寄る。
彼が口を開いた。
その声は、低く重かった。
中村さんは俺を見るなり言った。
その目はどこか虚ろだった。
中村さんの口から衝撃の言葉が放たれる。
その言葉を聞いた瞬間、全身の血の気が引いていくのを感じた。目の前にいるのは間違いなく中村さんだ。
しかし、彼の姿形をした"ナニカ"がそこにいるようだった。
中村さんの姿をしたモノは俺を見て言う。
そして、手に持っていたナイフを俺の胸に向けた。
その表情からは感情を読み取ることができない。
中村さんの姿を模したそれは、俺に問いかけてくる。
なぜお前がここにいる? どうして七瀬愛実と一緒にいたのだ? どうして警察がいる? 中村さんの顔はどんどん険しくなっていく。そして、ついにその手が動いた。
ナイフは一直線に飛び、俺の首筋めがけて振り下ろされる。
その時、後ろから誰かに引っ張られた。佐藤刑事が俺の腕を引いてくれたようだ。
間一髪で助かり、首元を見ると血は出ていなかった。どうやらかすり傷で済んだらしい。
佐藤刑事は俺の手を引く。
俺はそれに従い走った。
廊下を走る中、俺は振り返る。
そこには、先程までいたはずの場所に誰もいなかった。
代わりに、一枚の写真が落ちていた。
写真を手に取り確認する。
写っていたのはハニークローバーのメンバー・七瀬愛実と肩を組みながら笑う中村さんだった。
これはいったいどういうことだ? まさか、本当に中村さんが? いや、そんなはずはない。
俺は自分に言い聞かせるようにして、頭の中で否定を繰り返した。

***
あとがき こんにちわ!あさかんです!! 2章完結です!! いかがでしたでしょうか?楽しんで頂けたなら幸いです。
次回から3章に入ります。
次回はいよいよ事件の真相が明らかになります(予定)
それでは、今回もこの辺にしておきましょうかね。ここまで読んでいただきありがとうございました。
【お願い】
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特に星5の評価が、作者のモチベーションが上がり作品作りの励みになります。よろしくお願いいたしますm(__)m 3月14日、ホワイトデー。俺は今、七瀬愛の家に来ていた。
彼女の部屋は殺風景で生活感がなかった。
机の上に置かれたパソコンだけが異彩を放っており、それが唯一の存在感を醸し出している。
ベッドの上にはクマのぬいぐるみが置かれていた。
彼女は俺のことを見つめている。
その瞳はまるで何かを訴えかけるように。
俺の鼓動が早くなる。
心臓が締め付けられるような感覚に陥った。
落ち着け、まだそうと決まったわけじゃない。
俺は彼女に話しかける。
「なぁ、ちょっといいか?」
「はい」
「単刀直入に聞くけど、中村さんとはどういう関係なんだ?」
「えっと……それは……」
「頼む、答えてくれ」
「……」
「もし俺の勘違いだったら謝る」
「いえ、大丈夫ですよ」
「そうか」
「はい」
「じゃあ、教えてくれるか?」
「わかりました」
「まず、中村さんとの関係を教えてほしい」
「私と彼は同じ高校の同級生なんですよ」
「そうなのか」
「はい」
「それで、いつ知り合ったんだ?」
「私がストーカー被害に遭ってた時に助けてくれたのが彼なんです。そこから交流を持つようになりまして」
「そうなのか」
「はい」
「それで、なんで付き合うようになったんだよ」
「彼が私のこと好きになって告白してくれたみたいなんです」
「へぇ〜」
「でも、私は彼を異性として意識していなかったのでお断りしました。それからも何度かアプローチされましたが全部断ってきました。そして今日、急に家に来ないかと言われたので来てみたら……」
「刺されたのか」
「はい」
「ちなみにさっき言ってた"私を好きな人"っていうのは誰のことなんだ?」
「それは言えません。だってその人はもういないのですから」
「は?どういう意味だよそれ」
「"そのままの意味"です。まあ、いずれわかることですので気にしないでください」
「そっか」
どうやら、中村さんには彼女以外に好意を寄せてる人がいたということがわかった。
しかし、その相手は既に亡くなっているという。
いったい誰が亡くなったんだろう。
そこでふと思う。
もしかすると、俺の予想は当たっているかもしれない。
だが確証がない以上、下手に動くのはまずいな。
今は様子を見て、後日改めて調査をするべきだ。
俺はそう結論づけることにした。
しかし、そうなってくるとある疑問が出てくる。
七瀬愛を刺し殺した犯人だ。
この部屋には彼女と中村さん以外の指紋は一切なかった。つまり、第三者が侵入した可能性は極めて低い。
また、彼女が持っていたナイフは刃がボロボロになっていた。明らかに誰かを傷つけようとした痕跡がある。
これらのことから、誰かに殺意を持って刺そうとしたことは間違いないはずだ。
だけど、結局のところ誰も殺すことができなかった。
なぜだろう? その理由を考えるため、俺は思考を巡らせる。
考えられる理由は二つある。
一つは七瀬愛を殺す動機を持っている人物がいるということ。
もう一つは中村さん自身が彼女を殺せなかった理由があったということだ。
七瀬愛に恨みを持っていた人物が中村さん自身だった場合、殺害することは不可能ではない。その場合だと、中村さんが容疑者ということになるのだが……。どうにも違和感が残るのだ。
あの状況で中村さんが逃げ出すことができたとは思えない。それに、俺が駆けつけた時既に中村さんの身体は血だらけだった。とても演技でできることじゃない。
となると、やはりもう一つの説の方が濃厚になる。
俺は考える。
もしそうだとしたら、中村さんはどうして七瀬愛を殺したのだろうか?その時、俺は思い出した。
中村さんの家に行った時に見つけた写真のことを。
確か、あの写真に写っていたのはハニークローバーのメンバー・七瀬愛と肩を組みながら笑っている中村さんの姿があった。
もしかすると、中村さんは七瀬愛のことが好きだったのかもしれない。
それを知った他のメンバーが七瀬愛の命を狙っていた可能性がある。
もしくは、メンバーの誰かが七瀬愛の弱みを握っていて脅していたとか。
どちらにせよ、今回の事件には七瀬愛の他にもメンバーがいた可能性が高い。
これは一度、メンバー全員を調査する必要がありそうだな。

***
あとがき こんにちわ!あさかんです!! 3章完結です。いかがでしたでしょうか?楽しんで頂けたなら幸いです。
次回から4章に入ります。今回は少し短いかもしれませんが、ご了承下さい。
それでは、今回もこの辺にしておきましょうかね。ここまで読んでいただきありがとうございました。
【お願い】
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特に星5の評価が、作者のモチベーションが上がり作品作りの励みになります。よろしくお願いいたしますm(__)m 4月1日、エイプリルフール。
今日は嘘をついてもいいとされている特別な一日である。
俺、天川春人は現在、バイト先の喫茶店に来ていた。
「いらっしゃいませ〜♪」
「いらっしゃい」
店内には女性の明るい声と男性の落ち着いた声が響いていた。
俺はその光景を見て思う。
(相変わらず、ここは女性客が多いなぁ。今更だけど、こんなところに男が一人で入って大丈夫なのか?)
そんなことを考えているうちに、二人の接客が終わったようだ。
「お疲れ様です」
「おつかれ」
「おつ〜」
「マスターもお疲れさまでした」
「ああ」
「じゃあ、俺は上がりなんで失礼しますね」
「わかった。おつかれ」
「おつかれ〜」
そうして、俺は着替えるために裏へと移動した。
「ふぅ、終わった」
「あっ、ハルくん。今日もお疲れさま」
「おう」
「この後は何か予定でもあるの?」
「いや、別にないけど」
「そっか。それならさ、久しぶりに一緒にご飯でも食べに行かない?もちろん私の奢りだから」
「えっ、マジでいいの!?行く!!」
「うん。決まりだね」
「あーあ、早く終わんねぇかな」
「もうちょっと待っててよ」
俺はこの時、美波から誘われたことで頭がいっぱいになってしまっていた。
だからこそ気づかなかった。
"それ"が誰に向けられたものなのかということに。
それから数十分後、俺は店を出た。
そして、いつも通り美波と一緒に夕食を食べに向かった。
俺たちが向かった先は個室のある居酒屋だった。
俺は最初こそ遠慮したが、結局押し切られる形で入ることになった。
最初は緊張していたが、話している内に徐々に慣れてきた。
しかし、途中で問題が発生した。
それは、トイレに行きたくなったことだ。
まだ飲み始めて間もないのに尿意を催すなんて……。
だが、ここで中断するわけにもいかない。
俺は必死に我慢することにした。
すると、いつの間にか結構時間が経っていたらしく、そろそろ店を出ようという話になった。
俺はホッとした。
これでやっと解放されると思ったからだ。
だけど、現実は甘くなかった。
会計を済ませたあと、突然腕を引っ張られた。
何事だと思い振り返る。
そこには、顔を赤く染めて息遣いが荒くなっている美波の姿があった。
明らかに様子がおかしい。
俺は直感的に感じ取った。
そこで、俺はハッと気づく。
まさかとは思ったが、念のために聞いてみる。
もし違っていて欲しいと思いながら。
俺は恐る恐る尋ねた。
どうか違うと言ってくれという願いを込めて。
俺は震えそうになる唇を動かした。
その言葉を口にした瞬間、全身に鳥肌が立ったのを感じた。
それと同時に嫌な予感がした。
心臓の鼓動が速くなり、額からは汗が流れ落ちる。
俺は最悪の事態を想定してしまったのだ。
そんな俺に対して、彼女はこう告げた。
——私はあなたが好きです。付き合ってください。
俺は自分の耳を疑った。
この女は何を言っているんだ? 意味がわからなかった。理解不能だった。
頭の中が真っ白になる。
すると、美波が口を開いた。
彼女の口から放たれたのは衝撃的な一言だった。
それを聞いた途端、俺は頭の中でプツンと何かが切れる音が聞こえた気がした。
俺は怒りが込み上げてくるのを感じながら、目の前にいる女の胸ぐらを掴んだ。
そして、感情のまま怒鳴りつけた。「ふざけんな!!お前は一体、何がしたいんだよ!!!」
「……」
「黙ってんじゃねえよ!何とか言えよ!」
「……私だって、好きでこんなことしてないもん」
「はぁ?どういうことだよ」
「…………」
「おい、無視してんじゃねぇぞ」
「うっさい、バカ」
「は?」「あんたがいけないんでしょ。全然振り向いてくれないし、他の女の子と仲良くしてばっかりいるから」
そう言い放った美波の目には涙が浮かんでいた。
それを見ていた俺は一瞬怯む。
しかし、すぐに持ち直した。
そして、再び彼女に詰め寄る。
今度は先程よりも強い口調で問い質しながら。
「それでこんなことをやったのか!?」
「そうだよ!!」
「最低だな」
「うるさい」
「もう二度と顔見せんな」
俺は吐き捨てるように言うとそのまま店を出て行った。
俺は今度こそ家に帰り、ベッドの上に横になると、今日あった出来事を思い出していた。
すると、自然とある疑問を抱く。
(あれ、なんであいつあんなに酔ってたんだろう?)
*
* * *
【あとがき】
最後まで読んでいただきありがとうございます。
次回は3月26日(火)に投稿予定です。
よろしくお願いしますm(__)m 翌日、俺は朝起きると真っ先にシャワーを浴びた。
理由は、昨日の美波との一件で体中に付いた匂いを落とすためだ。
その後、朝食を済ませて身支度を整えてから家を出た。学校に到着するまでの間もずっと考えていた。
"あの時"の美波の言葉の意味についてだ。
正直言ってわからない。
ただ一つ言えることは、美波の気持ちに応えることはできないということだけだ。
教室に入ると既にクラスメイトたちは全員揃っていた。
俺はいつも通り自分の席へと向かう。
すると、いつも通り声をかけられた。
「おっす、ハル」「おはよう」
「おう、おはよう」いつも通り挨拶を交わした後、俺はあることに気づいた。
美波がいないことに。
いつもなら、必ず先に来ているはずなのに。
どうやら今日はまだ来てないみたいだ。
そのことを少し気にしつつも、俺は鞄の中に入っていた教科書などを机の中に入れていく。
そして、一通りの作業が終わったところで、俺は後ろの座席に座る雄二に声をかけた。
ちなみに、明久は別のクラスなのでここにはいない。
まあ、アイツのことだから、きっと遅刻ギリギリに来ると思うけど。
俺は雄二に美波のことを尋ねてみた。
すると、意外な答えが返ってきた。
なんでも、風邪を引いてしまったらしい。
珍しいこともあるものだと思った。
俺はそんなことを考えながら、ふぅっと息を吐き出す。
これでやっと静かになるな。
内心ホッとしていた。
美波とは昨日の夜、大喧嘩をしたばかりなのだ。
正直、どんな顔をすればいいか、わからなかった。
俺は安堵のため息をつくと、窓の外を見つめた。
☆ 放課後、俺は図書室に向かっていた。
目的は勉強するためだ。
実は、この前受けたテストの結果が戻ってきたのだ。
そのせいもあって、家での勉強だけでは不安になり、こうして図書館に来ている。
俺は返却された答案用紙を確認する。
点数は89点。
学年順位は18位だった。
これでも、頑張った方だと思う。
今回の結果を見て思ったのだが、やっぱり俺って文系科目の方が得意なのかな? そういえば、去年の期末試験の時は数学の成績があまり良くなかったような……。
俺はそこで考えることをやめた。
これ以上思い出すと頭が痛くなりそうだからだ。
俺は頭を切り替えると、次に物理の問題集を取り出した。
それからしばらくの間、問題を解いていた。
だけど、思うように集中できない。
どうしても、昨日のことが頭から離れなかったのだ。
そのせいで、問題を解くのにかなり時間がかかってしまう。
それでもなんとか終わらせることができたのは幸いだった。
俺は参考書を閉じると、大きく伸びをする。
そして、腕時計を見た。
時刻は午後6時半過ぎを指している。
そろそろ帰ろうかな? 今日は金曜日だし、明日は休みだ。
ゆっくりと休める。
俺は鞄を持って立ち上がると、出入り口の方に向かって歩き出した。
その時、誰かがこちらに近づいてくる気配を感じた。
誰だろうと思い振り返ってみると、そこには美波の姿があった。
一瞬ドキッとする。
彼女は俺のすぐ傍まで来ると、口を開いた。
俺は平静を装いながら言葉を返す。
とりあえず、ここは一旦家に帰ろうと提案する。
すると、美波はその必要はないと言い放った。
「だって、ウチがここでアンタを殺すから」
「え?」
「今更、何驚いてんのよ」
「いや、殺すとか物騒なこと言うなよ」
「大丈夫よ。すぐに楽にしてあげる」
「おい、冗談だろ」
「本気だよ」
美波は真剣な表情で言った後、ナイフを取り出す。
そして、それを振りかざした。
ヤバいっ!殺されるっ!! 俺は咄嵯に身をかわす。
しかし、完全に避けることはできず、頬に鋭い痛みが走った。
血が流れ出る感触を感じる。
美波は避けられたことに対して驚いた様子だったが、俺はそれ以上に彼女の行動に動揺していた。
なんでだ!?どうしてこんなことになってるんだ!? 意味がわかんねぇよ!! 混乱している俺を無視して、美波は再び襲いかかってくる。
今度はさっきよりも速い動きだ。
このままじゃ殺られるのも時間の問題だ。
こうなったらやるしかないのか…… 俺は覚悟を決めると、美波の手首を掴んで捻り上げた。
美波の手から離れたナイフが床の上に落ちる。
そのまま押し倒すようにして地面に組み伏せた。
美波は苦しそうな声を上げる。
俺はそんな彼女を見下ろすような形で見下ろしていた。
しばらく沈黙が続く。
やがて、俺は彼女に問いかけた。
一体どうしちまったんだよ? そう尋ねると、彼女は怒りに満ちた目で睨みつけてきた。
そして、こう言い放つ。
それはこっちのセリフよ!どういうつもりか知らないけど、アキはウチのことが好きなくせに他の女と一緒にいたじゃない! あの時、教室にいた女子生徒は姫路さんだけだ。
確かに、一緒にいたけど、あれには事情があるんだ。
美波はそれを聞くと、納得いかないといった感じで捲くし立てるように言ってきた。
どんな理由があっても許せない。
だから、殺した。
本当はもっと早くそうするつもりでいたが、勇気が出なくてできなかった。
昨日は本当にすまないことをしてしまったと思っている。反省してる。
もう二度とあんなことはしない。
約束する。
俺はその言葉を聞いて唖然とした。
美波は本気で言っているようだ。
つまり、昨日のアレはそういうことだったのか。
俺はある結論に達した。
俺は静かに立ち上がりながら、ゆっくりと口を開く。美波、君は勘違いをしている。
その前に、一つ聞いてもいいか?
「なによ」
もし、仮に俺が君のことを好きだとして、その告白を受け入れたとしたら、俺たちの関係は変わってしまうと思う。
今までのようにはいられなくなる。
少なくとも、俺はそう思う。
そうならないために、自分の気持ちを伝えることができなかった。
俺は君との関係を壊したくなかったから。
たとえ、その結果俺以外の誰かが感染しても、きっと後悔なんてしなかっただろう。
だけど、昨日のことで俺は思った。
この関係のままだと、いつか必ず壊れてしまう。
それなら、思い切って伝えようって。
そうすることで何かが変わるかもしれないと思った。
それがどんな結果になるとしても。
美波は黙ったまま俺の話を聞いていた。
そして、その顔からは先程までの狂気じみた笑みは完全に消えている。
俺は話を続けた。
だから、これからすることはその一歩なんだ。
正直、怖い。
怖くてたまらない。
だけど、いつまでもこのままでいるわけにもいかないから。
美波、君のことが好きなんだ。
俺はありきたりな言葉で想いを伝えた。

「…………」
美波は何も言わずにただ呆然と俺を見つめていた。
俺は美波に近寄ると、手を差し伸べて立ち上がらせた。
そして、そのまま抱き寄せる。
美波は抵抗せずにされるがままだった。
俺は優しく語りかける。
ごめんね。美波。不安だったよね。
でも、安心して欲しい。
俺は絶対に美波を傷つけるような真似はしないから。
そう言ってから、そっと美波から離れる。
美波の瞳はまだ潤んでいたが、そこにさっきのような狂気の色は見えなくなっていた。
ただ、戸惑っているような感じだ。
「アキ」
「なに?」
「今のって、ホントなの?」
「うん」
「ウチのこと好きっていうのは」
「本当だよ」
「じゃあ、キスしたいとか、抱きしめたいとか、エッチなことしたいだとか」
「え?いや、そこまでは……」
まぁ、そりゃ少しくらいは……って何言わせるんだよっ!
「へぇ~、アキも男の子だもんねぇ。仕方ないわよねぇ」
美波はニヤリと笑いながら言った。
なんかバカにされてる気がするのは気のせいではないはずだ。「とにかく、俺の気持ちは伝えたんだから、次は美波の番だろ?」
「ウチの、番?」
「そう。美波の本当の気持ちを聞かせて欲しい。それで、できれば応えたいと思ってる」
「そんなの決まってるじゃない。ずっと前からアンタのことが好きで好きでたまらなくて―――」
「ちょっと待った!」
俺は慌てて美波の言葉を止める。
「なによ?いいところなのに」
「いや、その……先に言われちゃうと恥ずかしいし……それに、今の状態で告白されると、色々と問題がありそうだし、ね」
「??? よくわからないけど、わかったわ。じゃあ、ウチが言うからちゃんと聞きなさいよ」
美波は深呼吸してから真っ直ぐに俺の目を見て口を開いた。
ウチもアキのことが好き。大好き。愛してます。
ウチと付き合ってください。
そう告げると、彼女は頭を下げた。
俺はそんな美波を見ていると、胸の奥底から熱いものが込み上げてくるのを感じた。
それは涙となって溢れ出す。
美波は俺の様子に驚いて声をかけてきた。
どうしたの?泣いてるじゃない。
俺の目に映るのは、いつもの美波の姿だ。
俺をからかって遊んでいる時の彼女だ。
俺はそれが嬉しくてたまらなかった。
だから、俺は泣きながら言った。
こちらこそよろしくお願いします。
すると、美波は一瞬驚いた顔をした後、にっこりと微笑んでくれたのだった。
『キミとボクと殺人の協奏曲』
第一章 プロローグ・1 そこは闇に閉ざされていた。
音もなく、温度もない。光さえも射さない真の暗闇が空間を支配している。
しかし、その漆黒の世界にあって唯一輝いているものがあった。
赤である。まるで血の色を連想させるような紅蓮の輝きが世界を照らし出しているのだ。
その光は脈打つように明滅を繰り返し、同時に熱を帯びて揺らめいている。
その光が照らしているのは、巨大な球体だった。
直径にして百メートル近くはあるだろうか。圧倒的な存在感を放っている。
それだけではない。その周囲には大小様々な物体が浮遊していた。
その一つ一つが、何らかの装置のように見える。だが、それらは今、機能していないのか沈黙を保っていた。
また、それらの周辺には幾つもの人影があった。どれもこれも奇妙な格好をしている。全身をタイツで覆っていたり、ボディペイントを施していたり、あるいは白衣を着ていたり、と様々だ。
そして、それらのうち何人かは、手にした武器を周囲に向けて構えていた。
「どうなっているんだ!?」
そのうちの一人が叫んだ。すると、それに呼応するかのように他の者達が声を上げる。
「こいつら、様子がおかしいぞっ!!」
「おい、何をするつもりだっ!よせっ!!よすんだっ!!!」
その叫びは届かない。彼らは自らの意思で、それを為すことができるようになっていたからだ。彼らの腕が動く。手にした銃が火を吹き、目の前にいる生物に弾丸を浴びせる。
命中箇所が血飛沫を上げ、肉片が飛び散る。それは紛れもなく生物の身体の一部であり、生物の死体であった。
にもかかわらず、彼らには疑問などなかった。何故なら、彼らは既に死んでいたから。
死体が動いていた。その事実を疑うことさえしない。いや、そもそも彼らにとって自らの生死すら意味を持たないことなのだから。
彼らはゾンビ。ウィルスによって屍鬼へと変えられた人間達であった。

「ふぅ……」
とある建物の一室で男は安堵のため息を漏らした。
彼は先程までパソコンの前に座り、キーボードを叩いていた。そして、最後の仕上げを終えてようやく一段落したところだった。
「これでよし……と」
男は満足げに呟くと、傍らに置いてあったペットボトルを手に取り、中の液体を飲み干した。
「くー、生き返るぜ」
そして、空になったボトルを置くと、改めて部屋の様子を眺めた。
そこかしこにあるのは、やはりというべきか、大量の銃器類だった。種類としてはアサルトライフルやサブマシンガンといった、比較的小型のものが多い。そして、それらのほとんどには弾帯が取り付けられていた。その数はざっと見積もっても二千発以上はありそうである。
また、壁際には大型の機関銃も設置されていた。これに関しては、さすがに弾薬までは備えていないようだ。それでも、普通の家庭やオフィスには不釣り合いな物であることは間違いない。
「いやぁ、こんなにたくさんの武器が手に入るなんて思わなかったなぁ」
その男は、どこか夢見心地といった感じで呟いた。その表情は、とても幸せそうに見える。
「それもこれも、みんなあのサイトのおかげだよな」
その男の名は黒田聡。どこにでもいそうな三十代の会社員だった。
だが、今は違う。今の彼を見る人間は、皆こう思うだろう。"こいつは一体誰なんだ?"と。
髪の色は抜け落ち、目は充血して真っ赤に染まっている。口元からは牙のような物が覗き、口の端から唾液が垂れている。その姿はとても正視できるものではない。もしもこの場に警察が踏み込んできたら即逮捕は免れないだろう。それほどまでに今の彼の姿は常軌を逸している。
「それにしても、この服は窮屈だな」
そう言って自分の服装を見下ろす。
彼が着ているのはスーツだった。ただし、一般的なそれとは違ってかなり派手な色合いをしている。さらに、ネクタイの代わりに首に巻かれているのは蝶ネクタイだ。
これはいわゆるタキシードと呼ばれる代物だ。だが、この状況下では滑稽でしかない。むしろ狂気を感じさせてしまうほどだ。
その証拠に、彼は笑みを浮かべていた。その顔は歪んでおり、まさに悪魔のそれと言っても過言ではあるまい。
「それにしても、もうそろそろか」
そう言って時計に目をやる。時刻は間もなく正午になろうとしていた。
「待ち遠しいよなぁ」
ニヤリと笑うと、椅子から立ち上がる。そして、ゆっくりと歩き出した。向かう先はベランダだった。
☆ 昼時を迎えたこともあってか、駅前の喫茶店は大勢の客で賑わっていた。
その光景をガラス越しに見ながら、少女は小さくため息をついた。
その表情は曇っており、その心が晴れていないことを如実に物語っている。
彼女は今、悩んでいた。その原因は言うまでもない。恋人の安否についてだ。
昨日、彼女は愛すべき少年から告白を受けた。彼女も彼のことを憎からず思っていたし、何より彼自身のことを愛していた。だから、すぐにOKを出したのだが、その時の彼女の喜びようは尋常ではなかった。
当然と言えば当然だ。何しろ、彼女は生まれて初めて告白されたのだから。
しかも、相手は大好きな男の子だ。嬉しくないはずがない。
彼女は舞い上がってしまった。あまりにテンションが上がりすぎて、ついその場で抱きついてキスをしてしまったくらいだ。
しかし、それがいけなかった。
その直後、事件は起こった。
突如として現れた謎の男が二人に襲いかかってきたのだ。
最初は何が起きたのか分からなかったが、どうやら何者かに操られているらしいということだけは理解できた。
そして、それは彼女も同じだった。気がついた時には、見知らぬ男性を殴りつけていたのだ。
それからのことは記憶が曖昧だった。気がつくと、自分は地面に倒れており、傍に男性が立っていた。
その男性は、自分を庇って死んでいったのだ。自分が殺したようなものである。
彼女は激しく後悔した。そして、同時に思った。自分も早く死にたいと。
だが、そんな願いは叶わない。なぜなら、彼女が感染したのはゾンビ化のウィルスだったからだ。
このままだと自分は確実に死んでしまう。それだけは嫌だった。まだ、彼に何も伝えていないのに。
そんなことを考えていると、携帯電話が鳴った。彼女は慌てて電話に出ると、聞こえてきたのは聞き慣れた声だった。
☆ 黒田はマンションの一室を出ると、そのまま大通りに向かって歩いて行った。
目的地はもちろん決まっている。そこに行けば、全ての望みが叶えられるはずだ。
やがて、目的の場所が見えてきた。
それは、小さなビルだった。だが、外観は普通のそれとは異なっている。
それは、巨大な倉庫を思わせるような造りになっていた。出入り口は頑丈そうなシャッターで閉ざされており、中に入るためには専用の鍵が必要になる。
そして、それはこの建物の中に保管されているのであった。
黒田は入り口に近づくと、ポケットからカードを取り出した。そして、それをかざすと、機械音が鳴り響いて扉が開いた。
中に足を踏み入れると、そこには複数の人影があった。
いずれも、見た目は十歳前後の子供だ。しかし、それは人間ではない。彼らは人の姿をした化け物――屍鬼だった。
彼らは黒田の姿を見ると、一斉に駆け寄ってきて飛びかかってきた。どうやら歓迎してくれているようだ。
黒田はそれらを難なくかわすと、手にした銃の引き金を引いた。弾丸が撃ち出され、それらは正確に標的を捉えて貫いた。
命中箇所から血飛沫が上がる。それと同時に肉片が飛び散り、周囲に飛び散る。
だが、屍鬼達は怯むことなく攻撃を続ける。黒田はそれらをかわし、あるいは銃で受け止めながら反撃する。
だが、敵の数は多かった。次々と襲い掛かってくる屍鬼達を相手に、黒田は次第に劣勢に立たされていった。
そして、ついに限界が訪れた。弾丸を撃ち尽くした銃を捨てると、屍鬼達の攻撃を避けきれずに捕まってしまった。黒田の身体に無数の傷跡が残る。そして、そこから血が流れ出す。
しかし、彼は痛みを感じていなかった。既に痛覚は失われていたからである。
彼は目の前にいる屍鬼達を睨みつけると、最後の力を振り絞って叫んだ。
そして、黒田は死んだ。
☆ その瞬間、小鳥遊花恋は目を見開いて硬直した。そして、全身の血の気が引いていくのを感じた。
手にした箸が床に落ちるが、それを拾うことすら忘れてしまっていた。
理由は簡単だ。テレビ画面に映し出されていた映像が衝撃的すぎたからだ。
それは、あまりにも現実離れした光景であり、とてもではないが信じることなどできはしないものだった。
画面には一人の男性の姿が映っていた。年齢は二十代後半といったところだろうか。一見するとごく普通のサラリーマンといった感じだ。
その彼が、銃を手にして何かと戦っているように見える。
銃口からは煙が立ち上っており、発砲した直後だということが窺える。だが、その銃弾は相手の身体を貫通することなく、命中箇所から肉片のようなものを飛び散らせていた。
つまり、ゾンビ化した人間を殺したということだ。
画面はそこで途切れた。その後、別の人物が出てきて同じことを繰り返したからだ。
花恋の頭の中で様々な考えが浮かんでは消えてゆく。
本当にゾンビがいるのか? ゾンビとは映画だけの架空の存在ではないか? もし仮に実在するとしたなら、なぜ彼は襲われなかった? そして、そもそも彼は一体誰なのか?どうして彼は殺されてしまったのか? 分からないことだらけだった。だが、これだけはハッキリしている。彼はもうこの世にはいないのだろう。
そして、もう一つだけ分かることがあった。彼は自分のために戦ってくれたのだろう。でなければ、彼が殺される理由などないのだから。
そして、彼が守ろうとしたのは自分だ。おそらく彼はこうなることを予測していたのだろう。だからこそ、自分に告白してきたのだ。
その事実に思い至った時、彼女は泣き出してしまった。そして、こう呟く。
ありがとう……と。
☆ そのニュースが流れたのは、ちょうど昼食を食べ終えた頃のことだった。
内容は、某県にある総合病院で原因不明の大量死が発生したというものだった。その病院は県内でも有名な場所で、入院患者もかなり多いはずだった。
だが、その病院で何が起こったのかを知る者は誰もいなかった。
☆ 黒田聡が死亡する少し前のこと。
彼の住む町はずれにある一軒家では、二人の少女が深刻な表情を浮かべながら話し合っていた。
片方の少女は中学生くらいの年齢に見える。もう片方は小学生高学年くらいの年端もいかない少女だった。
二人は向かい合うようにして座っていた。
テーブルの上には地図が広げられている。そして、その上には赤いマーカーが置かれていた。
そのマーカーが指し示すのは、この県の中心部に位置するとある都市だった。その場所には大きな総合病院があるのだが、今は無残な姿に変わり果ててしまっている。
まるで爆撃を受けたかのような有様だった。壁は崩れ落ちており、建物のあちこちから火の手が上がり、周囲には死体の山が築かれている。
生存者は一人もいない。
それは一目瞭然だった。
しかし、その光景を目の当たりにしても、少女たちの顔色に変化はなかった。むしろ、納得しているようにすら見える。
彼女たちは既に知っているのだ。自分たちはこの場所に行かなければならないということを。
そうしなければ、自分たちの命はないのだということを。
☆ 午後二時過ぎのことである。その日は休日だったので、朝からずっと自室にこもって勉強をしていた。
一区切りついたところで休憩することにした僕は、気分転換も兼ねて散歩に出掛けることにした。
外に出てみると、空は雲一つない快晴だった。気温はそれほど高くないが、風が吹いているおかげでそれほど暑さは感じなかった。心地よい空気が肌に触れる感覚が気持ちいい。
特に目的もなく歩いているうちに、いつの間にか例の廃屋の近くまで来ていることに気付いた。無意識のうちに足を運んでいたらしい。
あの一件以来、ここには近づかないようにしていたが、今日はどういうわけか行きたいという衝動に駆られた。
もしかすると、美波が近くまで来て僕を呼んでいるのかもしれない。そんなことを考えながら、足を踏み入れようとした時だった。
不意に、背後から視線を感じ取った。
反射的に振り返ると、そこにはスーツを着た男性が立っていた。
年齢は三十歳前後といったところだろうか。眼鏡をかけており、知的な雰囲気を感じさせる男性だった。
男性は僕の方を見てニヤリと笑うと、ゆっくりとこちらに向かって歩いてきた。
そして、声をかけてくる。
初めまして。私はこういう者です。差し出された名刺を眺めると、そこには"中村雄介(なかむらゆうすけ)"という名前と、会社の名前らしきものが書かれていた。
株式会社N&S 営業部 部長 中村 雄介 どうやら、彼は会社の上司らしい。だが、どう見ても普通の会社員とは思えない雰囲気を醸し出している。
それどころか、その顔つきは人間のそれとはかけ離れていた。
額からは角のような突起物が生えており、口元からも牙が覗いていた。さらに、瞳の色は赤く染まっている。
その姿はまさに異形だった。
あなたは……ゾンビですか?思わずそんな言葉が口をついて出た。
ゾンビではありませんよ。我々は屍鬼と呼ばれる種族です。ゾンビとは別物ですよ。
ゾンビとはまた違うんですね。
えぇ、ゾンビはあくまでも感染者が理性を失っているだけです。我々屍鬼は違います。…………。
屍鬼は人間と共存できるのです。我々の目的はただひとつ。人間と屍鬼の争いを終わらせることです。
ゾンビと人間は争っているのでしょうか。
もちろん、中にはゾンビと手を組んでいる人間も存在しています。そして、そういう連中に限って、我々の存在を疎ましく思っているんですよ。
人間と屍鬼の関係は昔から良好とは言えませんでした。かつては人間と屍鬼の間で戦争が起きていた時期もありました。
そして、屍鬼の王が人間と協定を結んだことにより、ようやく平和が訪れたのでした。
しかし、最近になって、その協定を破って暴れまわる輩が現れ始めたので、我々は困り果てていたのですよ。
そこで、我々の王は考えた末にひとつの結論を出しました。
人間に化けることができる屍鬼を造り出し、それを人間社会に紛れ込ませることに決めたのでした。
それが私でした。
こうして、私は人間としての生活を手に入れることができたのでした。
しかし、ある日のことでした。私の身体が突然変化を始めたのでした。
最初は気のせいだと思いましたが、時間が経つにつれてそれは確かなものへと変化していきました。
やがて、額のあたりから二本のツノが生えてきてしまい、歯は鋭く尖り、身体は徐々に腐っていったのです。これはまずいと思い、慌てて病院に向かいました。しかし、そこで私が目にしたのは、院内で大量の死者が発生し、ゾンビ化した人々が歩き回っているという光景でした。
すぐに逃げ出そうとしましたが、すでに遅かったようです。
気が付けば、大勢の屍鬼に囲まれていました。そして、奴らは襲いかかってきたのでした。その時のことは今でも覚えています。屍鬼達は鋭い爪を剥き出して、次々と襲い掛かってきました。
しかし、彼らの動きは緩慢なものにしか見えず、難なくかわすことはできました。そして、反撃することもできました。
屍鬼達は次々に倒れていった。
そして、最後の一体を倒した直後、急に意識を失い、目が覚めた時にはこの家の前に横たわっていました。
これが、今の自分が持っている記憶の全てなのでした。
☆ 黒田さんは死んだ。
黒田さんの死因は失血死だった。背中にナイフが突き立てられており、そこから流れ出した血が全身に広がっていったそうだ。
警察は殺人未遂の容疑で犯人を追っていたが、結局捕まることはなかった。
☆ 午後五時三十分過ぎのこと。
夕暮れに染まった街は、どこか寂しげな様子を見せていた。
そんな中、一人の少年が自宅へ向かって歩いていた。
その表情は暗く沈んでおり、まるで生気が感じられない。
彼の名前は小鳥遊誠治といった。年齢は十五歳で、高校一年生である。
身長は平均よりも少し低いくらいだろうか。体格は華奢だが、弱々しい印象はあまり受けない。
髪型はショートヘアだが、前髪の一部が長くなっている。いわゆるアシンメトリーというやつである。
顔立ちは整っており、目鼻立ちもはっきりしている。だが、その表情のせいで台無しになっていた。
彼は今にも泣き出してしまいそうな顔をしていた。だが、実際に涙を流したことはない。
彼の両親は、彼が幼い頃に離婚している。そして、母親は彼が中学二年生の時に交通事故で亡くなった。
それ以来、彼は父親と二人暮らしをしている。
父親は警察官であり、仕事の都合で家に帰ってくるのは週に一度あるかないかといった具合だった。そのため、家事は彼が一人でこなしている。
そして、現在彼は父親が帰って来る前に夕食の準備をしておこうと考えていたのだった。
いつもなら、この時間帯は学校から帰宅して、家で勉強をしたりテレビを見たりしながら父親の帰りを待つのだが、今日ばかりは事情が違う。
彼はこれから出かけなければならないのだ。☆ 黒田さんが亡くなった後、僕は中村氏に連れられて病院へと向かった。
病院に到着すると、中村氏は僕をロビーにあるソファーへと座らせた。
僕は何がなんだか分からずに混乱していたが、中村氏が落ち着いた口調で説明してくれた。
病院内が大変なことになっているのは事実だが、まだ感染していない人間が大勢残っているということだった。
その人たちを助けるために、病院の関係者に協力を要請しに行くのだという。
僕はその話を聞いて驚いた。
どうしてそこまでしてくれるのかと訊ねると、 屍鬼の王がそう望んでいるからです。
と、中村氏は答えてくれた。
そして、あなたは王に選ばれたのだと。
正直言って、あまり信じられなかった。
そもそも、ゾンビやら屍鬼やらの存在自体、未だに半信半疑なのだ。
そんな僕に、中村氏はさらに衝撃的なことを告げてきた。
あなたには特別な力があるのです。それは屍鬼と戦うための力。
あなたは屍鬼を狩ることのできる存在なのです。
☆ その日の夜、僕たちは廃屋を後にした。
そして、中村氏の運転する車に乗って、とある場所に向かっていた。
そこは県内でも有名な総合病院だった。その駐車場には、既に多くの車が停まっていた。おそらく、ここに避難してきた人々なのだろう。
中村氏は車を降りると、建物の方に向かって歩いて行った。僕はその後ろ姿を追いかける。
受付にいた女性職員は中村氏と顔見知りらしく、お互いに軽く挨拶を交わしていた。
彼女は僕の方に視線を向けると、不思議そうに首を傾げた。
中村さんのお知り合いですか? いえ、今日初めて会いました。
僕は彼女との会話を続けることができなかった。なぜなら、背後の気配を感じ取ったからだ。
振り返ると、そこには一人の男性が立っていた。年齢は三十代後半ぐらいだろうか。オールバックにした黒髪を綺麗にセットしており、スーツを着こなした紳士風の男性だった。
初めまして。私はこういう者です。差し出された名刺を眺めると、そこには"中村雄介(なかむらゆうすけ)"という名前と、会社の名前らしきものが書かれていた。
どうやら、彼は会社の上司らしい。しかし、どう見ても普通の会社員とは思えない雰囲気を醸し出している。
それどころか、その顔つきは人間のそれとはかけ離れていた。
額からは角のような突起物が生えており、口元からも牙が覗いている。さらに、瞳の色は赤く染まっている。その姿はまさに異形だった。
ゾンビですか?思わずそんな言葉が口をついて出た。
ゾンビではありませんよ。我々は屍鬼と呼ばれる種族です。ゾンビとはまた別物ですよ。
屍鬼は人間と共存できるのです。我々の目的はただひとつ。人間と屍鬼の争いを終わらせることです。
ゾンビと人間は争っているのでしょうか。
もちろん、中にはゾンビと手を組もうとしている人間も存在しています。そして、そういう連中に限って、我々の存在を疎ましく思っているんですよ。
人間と屍鬼の関係は昔から良好とは言えませんでした。かつては人間と屍鬼の間で戦争が起きていた時期もありました。
そして、屍鬼の王が人間と協定を結んだことにより、ようやく平和が訪れたのでした。
しかし、最近になって、その協定を破って暴れまわる輩が現れ始めたので、我々は困り果てていたのですよ。
そこで、我々の王は考えた末にひとつの結論を出しました。
人間に化けることができる屍鬼を造り出し、それを人間社会に紛れ込ませることにしたのでした。
それが私でした。
こうして、私は人間としての生活を手に入れることができたのでした。
しかし、ある日のことでした。私の身体が突然変化を始めたのです。
最初は気のせいだと思いましたが、時間が経つにつれてそれは確かなものへと変化していきました。
やがて、額のあたりから二本のツノが生えてきてしまい、歯は鋭く尖り、身体は徐々に腐っていったのです。これはまずいと思い、慌てて病院に向かいました。しかし、病院で私が目にしたのは、院内で大量の死者が発生し、ゾンビ化した人々が歩き回っているという光景でした。すぐに逃げ出そうとしましたが、すでに遅かったようです。
気が付けば、大勢の屍鬼に囲まれていました。そして、奴らは襲いかかってきたのでした。その時のことは今でも覚えています。屍鬼達は鋭い爪を剥き出して、次々と襲い掛かってきました。しかし、彼らの動きは緩慢なものにしか見えず、難なくかわすことはできました。そして、反撃することもできた。
屍鬼達は次々と倒れていった。
そして、最後の一体を倒した直後、急に意識を失い、目が覚めた時にはこの家の前に横たわっていました。
これが、今の自分が持っている記憶の全てなのでした。
☆ 黒田さんの話を聞いた後、僕たちは中村氏と一緒に病院の中へ入った。院内は悲惨な状況だった。
床には大量の血痕が残されており、その周囲には複数の死体が転がっていた。
その光景を目の当たりにした僕は、胃から込み上げてくるものを感じた。
慌ててトイレに向かおうとしたが、途中で足を止めてしまう。
その理由は、目の前の光景にあった。
病院の廊下で、ゾンビ化した患者たちが徘徊していたのだ。
彼らは僕らの姿を見つけると、ゆっくりとした動作で近づいてきた。
すると、中村氏が前に出た。そして、懐から何かを取り出した。
それは拳銃だった。
銃声が響き渡る。
ゾンビ達は次々と倒れていった。
そして、動かなくなった。
僕は呆然とその様子を見ていた。
中村氏はこちらを振り向くと、穏やかな笑みを浮かべた。
☆ ロビーにあるソファーに腰掛けながら、僕と中村氏はしばらく待っていた。
しばらくして、中村氏が戻ってきた。
彼の隣には女性が立っていた。僕は彼女の姿を見て、驚きのあまり目を見開いた。
そこにいた女性は七瀬愛さんだった。
彼女は以前と同じ制服を着ており、髪型も変わっていなかった。
僕は思わず立ち上がった。
彼女は僕を見ると、微笑んだ。
お久しぶりですね。元気にしていましたか? その口調は以前のままだった。
僕は戸惑いながらも返事をした。
えっと……おかげさまで、なんとか生きています。
そう言うと、彼女は嬉しそうにはにかみ、こう言った。
あなたのおかげですね。ありがとうございます。
彼女はそう言って頭を下げた後、中村氏の方へと向き直った。
そして、深々と礼をする。
中村様、今回の件では大変ご迷惑をおかけしてしまい、申し訳ありませんでした。
彼は何も言わなかった。
ただ黙ったまま、じっと彼女を見つめているだけだった。
彼はいったい何を考えているのだろうか。僕には想像もつかなかった。
そして、彼はおもむろに口を開いた。
それで、あなたはこれからどうするつもりですか。
中村氏は静かに問いかける。
その問いに対して、彼女は少し考えるような素振りを見せたあと、こう答えた。
はい。一度、自宅に戻って荷物をまとめてから、県外の親戚の家に身を寄せることになっています。
そこで、今後の身のふり方を考えたいと思っております。
中村氏は小さくうなずくと、再び口を開く。
わかりました。ところで、あなたのお父上はどうなさるのですか? その質問を聞いた彼女は、表情を曇らせた。
父はおそらく助かりません。病院の様子を見てきたのですが、あの状況で生きている可能性は低いでしょう。
そうですか。
中村氏は再び無言になった。
彼女は彼の顔を真っ直ぐに見据えると、真剣な口調で語りかけた。中村さん、お願いがあります。
何でしょうか? どうか、この国を守ってください。屍鬼達から。
屍鬼から? はい。屍鬼は人間の敵です。だから、あなたは屍鬼と戦うことができる。
中村氏は怪しげに目を細めると、低い声で呟いた。
なぜ、そう思うのですか。あなたは我々屍鬼のことをよく知っているのではないのですか。
いいえ、知りません。
ならば、どうしてそのようなことを言えるのでしょうか。あなたは勘違いをしている。屍鬼は人間の味方です。あなたは屍鬼の王の言葉に耳を傾けるべきです。
王という言葉に、僕の心は反応した。
中村氏は話を続けた。
屍鬼の王があなたを選んだのです。あなたは屍鬼と戦うために生み出された存在なのです。
しかし、私は王の考えには賛同できない。屍鬼は人間の敵だ。
中村氏は彼女の言葉を遮るようにして、語気を強めた。
王は間違っている。屍鬼は人間と共存できる存在なのだ。