「美麗、これ知ってる?」
 私がぼうっと窓の外を眺めていたら、私の友人の服部奈乃香がいつものように話しかけていた。
「奈乃香、どうしたの?これって?」
 意味が分からず奈乃香に尋ねると、奈乃香は怪しい笑みを浮かべた。
「実はね、転校生が来るんだって」 
「じゃあ何でそんな怪しげな顔してるの?」
 転校生が来るだけでなぜこんなに怪しい顔になるのだろうか。私が尋ねると、奈乃香が怒りだした。
「怪しい顔とか言わないでよ~。でもね、この顔にはちゃんと意味があるんだよ」
 意味もなく怪しい顔をしていたら、奈乃香が不審者に見えていたことだろう。奈乃香を不審者のように見なくていいので、少し安心したというのは、心の中に収めておく。
「転校生ね、お化けが憑いてるって噂なんだよ~」
 おそらく、私を脅かせようと思って怪しい顔をしていたのだろう。しかし私は、こんなことで驚くほどビビりではない。
「なんだ、そんなこと?」
 呆れすぎて真顔で返すと、奈乃香は明らかに落ち込んだ。
「何で美麗は驚かないの~。お化けだよ?」
 奈乃香はホラー系は全て、一度見ればしばらく寝れなくなってしまうほどの苦手意識があった。
「お化けなんて実際はいないんだから。奈乃香も見たことないでしょう?」
「うっ......でも、ちょっとはビビってもいいじゃん」
 奈乃香は自分だけビビるのは嫌ならしく、いつも私に共感を求めるのだ。
「大丈夫大丈夫」
 奈乃香が一度こうなってしまえばずっと治らないので、適当にあしらうしかない。
「全員席に着けー」
 丁度先生が入ってきたので、話は中断された。
 先生に『ナイスタイミング!』と心の中で言っていると、早速先ほどの話題が出てきた。
「それじゃあまず転校生を紹介する。龍華、入ってこい」
 先生が扉に向かって声を掛けると、静かに扉が開き、一人の男子生徒が入ってきた。
 目を隠すように伸ばされた髪。黒縁の眼鏡。他の男子と比べると、かなり細く、白い腕。まるで陰キャを絵に描いたような人だった。
「......龍華蓮也です。よろしくお願いします」
「龍華の席は、服部の隣なー」
 名ざしされた服部奈乃香の方を見ると、まるで死刑宣告をされたような、絶望した顔をしていた。私は心の中で手を合わせた。
 朝の会が終わり奈乃香の席に向かうと、奈乃香があからさまに安心したような顔をした。
「美麗~」
 口には出していないが、奈乃香の表情にはありありと『助けてくれ』という心の声が浮かんでいた。龍華に気づかれていないことが幸いだ。こういう時は関わらないことが一番だ。
「奈乃香、頑張れ!」
 そう言って、私はすぐに自分の席に戻った。『美麗~』と助けを求める声がしばらく聞こえていたが、やがて諦めたのか、声は聞こえなくなった。
 そして今日の授業は乗り切り、今は帰りの会後半だ。しかし一日中、奈乃香の恨みの視線が私にまとわりついている。
 帰りの会が終わると、一瞬で奈乃香が私の元に来た。忍者も顔負けの速さに、私は思わずのけぞる。
「美麗、何で助けてくれなかったの~?」
「だって、話しかけたとしてもどうせ何もできないんだから」
 奈乃香は反論ができないのか、眉間にしわを寄せている。そんな奈乃香を呆れたように見ていると、視界の端に龍華が映った。彼は転校生にしては珍しく、ずっと一人でいたようだが、今はクラスの問題児、杉浦玲奈とその取り巻きに囲まれている。そして、彼女たちに話しかけられ、教室を出ていった。
「奈乃香、ごめんだけど先に帰っといて。先生に呼ばれてるから」
 少し気になったので、後を追うために、奈乃香には先に帰ってもらおうとする。
「じゃあ待っとこうか?」
「ううん、大丈夫。結構時間かかるし」
「そう?じゃあ、またね」
 奈乃香と別れ、私は龍華と杉浦の行方を捜す。
 おそらく屋上にいるだろう。杉浦さんはいつも屋上にいるから。
 屋上に言ってみれば、予想通り龍華と杉浦たちがいた。
 しかし、龍華の身体は震えている。
 耳を澄ますと、最低な言葉が聴こえた。
「ちょっと、こいつきもくない?陰キャの癖に”龍華”って、名前と合ってないじゃん」
 下品な笑いをする杉浦。
 こういう時は無視をするのが一番だと、頭ではわかっているのだが、いつの間にか、屋上に足を踏み入れていた。
 急な私の登場に、杉浦たちは下品な笑いを止めた。
「あら、清瀬さん。どうしたの?」
 あまりの違いに吐き気を覚える。
「何やってるの?あまりの態度の違いに気持ち悪くなったわ」
 口にしてしまって、私は後悔する。そして案の定、杉浦は怒り出した。
「はぁ⁉ふざけんな」
 ここまで言われてしまっては、私もただで帰るわけにはいかない。
「どうしたらここまで下品に育つの?親の顔が見てみたいとは、こういう時に使うのね」
 見下すように言ってやると、杉浦は龍華の話題を出してくる。
「でも、あんただって、こいつの”龍華”って名前が合ってないって思うでしょう⁉」
 名前だけのことでここまで怒れるのか。ある意味凄いなと思いつつ、私は笑いながら口を開く。
「何言ってるの?それを言うならあなたも同類じゃない。”玲奈”という名前には”礼儀正しく”という意味が込められることが多いけれど、今のあなたのどこが礼儀正しいの?」
 流石にここまで言えば諦めるだろうと思い、反論する暇を与えずに喋ると、ここにきて龍華が私の服を引っ張った。
「き、清瀬さんだっけ......?俺は大丈夫だから、清瀬さんは気にしないで。俺が名前と釣り合ってないのが悪いんだから」
 おそらく心配をかけないようにそう言っているのだろう。けれど、龍華の腕は少し震えていた。
「何言ってるの。名前の事は龍華さんの両親が考えてくれたものでしょ?だから、胸を張っていいと思う」
 すると、龍華は驚いたように目を見開いた。
「ちょっと清瀬さん?そいつと名前が釣り合ってないのは事実なんだから、慰める必要ないって」
「なら、杉浦さんと”玲奈”っていう名前も釣り合っていないんじゃない?」
 すぐに言い返すと分が悪いと思ったのか、悔しそうに去っていった。
「龍華さん、大丈夫?」
 呆れながらも龍華に尋ねると、龍華は怯えた様子で聞いてきた。
「清瀬さんは、俺がきもいと思わないの?」
「まさか。私は”龍華蓮也”って名前、凄く似合ってると思う」
 特に考えることもなく言うと、再び龍華が目を見開き、笑みを浮かべた。龍華が笑っているところを見たのは初めてだったので、少し驚きが大きかった。
「そ、それじゃあ、帰るね。また明日」
 私は手を振って屋上を出た。